Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
ようやく夏に向かおうとする北極圏の街は、街本来の色を取り戻しつつあった。きらびやかさには程遠いが、雪の色一色に染まる街よりも人の住んでいる感じがする。今はブルーコスモスの拠点となっている街であるが、住んでいる人全員がブルーコスモスというわけではない。
ただ、見捨てられ打ち捨てられた街の住民と、その思想のために追われ流れ着いた者達のメンタリティには、相通じるものがあったのだろう。むしろ街に産業と活気をもたらしたブルーコスモスは、歓迎される存在だった。チン・ヤンチャンは、そんな街並みを眺める。
「ユーラシアの台所事情も複雑のようだな」
彼らジンビンメイの今回の作戦行動は非常にリスクが高い。ユーラシアと東アジアの間に無用な揉め事の種を残さないためにも、シャーレンによる出撃は可能な限り短時間で済まさねばならない。撃墜されても大丈夫なように、回収用の船は既にバルト海に派遣済みである。
問題はフリーダムとの戦闘で、インとヤンが不必要な健闘をする場合である。シャーレンの情報が、連合を通じてどの程度ユーラシアに伝わっているかは不明だが、戦闘時間が延びればそれだけ姿を知られる可能性は増える。
作戦内容は両名とも理解しているはずだが、理解した通りに行動する保証などない。
「わーってるって。今回のターゲットはイージヨウじゃなくて、ウェイティアンシーの方なんだろ」
「ターゲットはあくまでスレイ・カルガだ」
「りょーかい、りょーかい」
二人揃って喉を鳴らすインとヤンに、ヤンチャンはため息を飲み込んだ。作ったのも自分達なら、運用するのも自分達だ。誰にも文句は言えない。
既にブルーコスモスの特殊部隊は、作戦行動に入っている。あくまでも本命の作戦を隠蔽するための欺瞞行為であるが、そのためには絶好の舞台が用意されていると言ってよかった。
そして、絶好の舞台はジンビンメイにとっても同じだった。彼らの標的がスヴァルバル諸島に入ったことは、情報として入手している。その後の足取りは不明であるが、間違いなくスカンジナビアに対する何らかの行動を予定しているという事であろう。ブルーコスモスが動けば、間違いなくリアクションをとる。
そこでフリーダムとアークエンジェルに対して接触をする事が、作戦の第一段階だ。第二段階以降は、インとヤンを信用するしかないというのが、この作戦のネックであった。それに応じた調整は済ませてあるが、最終的にはやってみなければ分からない事である。
まともな軍隊であれば却下されるようなプランであろう。だが、ジンビンメイは元が研究機関である。このような作戦を企画立案できるだけでも、たいしたものだと思ってくれなくては、やっていられない。ヤンチャンは機長に声をかける。
滑走路を覆いつくしそうな輸送機がゆるゆると加速を開始した。離陸した輸送機は、作戦へのシャーレン投入のため、成層圏まで上昇する。
ヴェーネルン湖に浮かぶ小島が会場であった。プラントの壁面に使用されている自己修復ガラスの実験施設だった建物を改築した、巨大な温室を式典に使用しているのだ。プラント建造の技術を応用し、ドーム型の天井が島の大半を覆っている。昼間に浴びた太陽の熱を逃がさない仕組みになっているため、夜でも快適な暖かさだった。
そうでなければローブ・デコルテなんて選ばないと、ユンディはタルハに耳打ちした。式典は滞りなく進んでいるようだ。末席からではよく見えるはずもなく、見えたとしても面白いものではないだろう。イェレが欠伸をかみ殺す。
見上げると透明の天井を通して星空が見え、周囲を見回すと温かい地方の花々があちこちで強い芳香を放っている。ゆっくりと見て回れたら、素晴らしいところだろうと思う。どこか人工的な様子をうかがわせるそこに、プラントへの郷愁を感じた。
「あんまりキョロキョロしないの」
リリトがカシアに言う。不満そうに口を曲げたカシアはリリトに耳打ちをした。自分達は浮いているのではないかと。
出席者はスカンジナビアに大使館を置く各国の大使であり、ユーラシアからは外務大臣も来ていた。それに連合からも高官が数名来ている。基本的に全員が夫妻で来ていた。大使なので当然、外交官のキャリアが長い人が勤めるのであろうし、年齢は高めだ。
そのため、デコルテを着ているのは彼女らを含めてスカンジナビア王族の側に数えるほどいるだけだ。唯一プラントの大使は若めで、婦人は控えめながら肩を露出したドレスを着ている。
「あんたが胸を出しすぎなのよ」
「私の胸は他の使い道がない」
横にいるフィジェに同意を求める視線を送った。彼は視線を逸らしたままだ。リリトとしても、それをまじまじと見つめるのは恥ずかしい気がする。その直接的な色気は、普遍的な武器だろう。
ヒソヒソと雑談を続ける後ろの六人を注意することはしない。いっそのこと騒ぎでも起こしてくれれば、さぞかし愉快だろうとレセディは思う。我ながら低レベルな発想だと思うが、自分をこの場に呼びつける発想自体が低レベルなのだ。彼女は壇上の皇太子を見つめた。
学生の時から何も変わっていない彼の様子を、うらやましさと腹立たしさの両方で見ていた。彼と目が合ったような気がするが、構わずに見つめ続けた。遠くからモーター音が微かに聞こえてきた。
ふと見上げると星空が消えている。いつの間にか、ガラスの外側のシャッターが閉じられていたのだ。レセディは、マーカスの手に触れる。このタイミングで顔を赤らめた彼を殴りたい衝動を抑え、異変に備えさせた。
式次第の省略が目立つ。居並ぶ王宮警護隊とスカンジナビア軍の儀仗隊が、姿勢を変えた。式典の中心となっている壇から遠くはなれたところに待機していた黒いスーツの男達が、いつの間にか背後の木立にまで近づいていた。
式典自体には、混乱は見えない。出席者もその変化に気付いた者は少ないであろう。だが軍関係者なら、少しずつ高まる緊張を感じるかもしれない。リリトが目配せをすると、イェレも応じた。
彼女らの本来の任務は、依然として皇太子の護衛である。しかし今回はその皇太子から、拳銃と共に寄せられたメッセージで、レセディとマーカスの護衛を要請されていた。そしてマーカスには、とりあえず自分の身を第一に守れと言われている。リリトは触れたくもない拳銃に触れた。
スカンジナビア王国の国歌の冒頭部分だけを演奏して楽隊が下がる。国王の言葉も省略され、皇太子が式典の閉幕を宣言した。拍子抜けしたような出席者から、パラパラと拍手が上がっていく。それがようやく最高潮に達しようというときには、木立から湧き出したSPが、わらわらと出席者を取り囲むようにして退席を急がせる。警護隊も儀仗隊も銃を水平に構えていた。
「かなりヤバイ状態なんじゃね?」
「でもまだ、抑えてはいるって感じだな」
テロの予告というレベルではなく、何らかの行動があったということだろう。式典会場から離れた場所で、テロが起こったのであろうか。流石に混乱は起こっていないが、物々しい雰囲気は増していた。
せせらぎを模した水路にかかる小さな橋のたもとで銃を構えていた儀仗兵が、突然倒れる。水音に悲鳴を上げた女性も、その場で橋の上に倒れてしまった。周囲には何の異変も見当たらない。
しかしリリトの鋭敏すぎる感覚は、誰よりも早くその正体を正確に掴んだ。
「!! 水から離れて! ガスよ!」
彼女は叫んだ。ポリフォクロロトリホノホスブチラート、軍ではACガスと呼ばれる毒ガスだ。無色透明で無味無臭だが、胸の中が曖昧に消えていく様な感覚は間違いがない。彼女は両手を広げて後ろの人々を押し留めると、水から離れるように何度も声を上げた。
複数の薬剤を水に混合する事で発生する特殊な毒ガスで、旧世紀には条約で使用が禁止されていたものである。しかし、ある程度の施設があれば合成できる毒ガスでもあった。橋の周辺には、逃げ遅れた人が十人ほど倒れている。
「換気システムは作動しています。ガスは天井に向かって吸い出されますので大丈夫です!!」
警護隊の誰かが大声で言う。パニックになりかけた集団は、多少の落ち着きを取り戻した。警備の訓練は行き届いているようだ。警護隊が水路を迂回するルートを選定している時、遠くから爆発音が響いた。
フロッグマンによる先行突入と、それに続く小型上陸用舟艇による上陸作戦は、ものの見事に失敗した。作戦が事前に漏れていたらしく、国王らがドームから脱出するところを狙うはずが、逆に上陸前に一網打尽にされてしまったのだ。
だが本命の部隊が作戦に失敗した事が陽動になり、本来は支援部隊であった潜入工作員とドーム天井部からの突入部隊は、さしたる警戒を受けることなく作戦行動に移ることが出来た。ただ、いち早くドームのシャッターが閉じられたため、そこに突入用の穴を開けるのに手間取り、突入部隊と潜入工作員との連携は十分に取れているとは言いがたい。
グライダーによってドーム天井部に降り立った部隊は、ようやく突入用の穴を開けドーム内部に降り立っていく。潜入工作員によるガスの撒布と出口の爆破工作は上手くいったらしいが、逆に参列者は小集団に分散してしまっているようだ。
「こっちは動ける時間が少ないってのに・・・」
非常用電灯だけの薄暗いドーム内で、テロ部隊の一人がつぶやく。多くの木々が植えられた温室であるため、地図があったとしても容易に迷う。ヘルメットのセンサーを次々と切り替えていった。
遠くの銃声をキャッチし、隊長が合図を出す。十人と三体の部隊がそちらに足を向けた。
「頭を下げて!!」
銃声のただ中でリリトが叫んだ。大きな木に体を預けながら、拳銃の引き金を引いている。警護隊も地面に伏せ、手にした銃を撃っている。クラシカルな装飾の付いた銃だが、普通に使えるもののようだ。
儀仗隊員の一人が声を上げる。同時に銃声が激しくなった。援護を受けた儀仗隊が銃剣突撃を敢行した。聞いた事の無いような叫び声が交錯し、銃撃がはたと止む。スーツ姿の人間が五人、倒れているのが見える。
潜入していたテロリストであろう。突然の襲撃で、警護隊員の二人が負傷していた。傷の手当と共に、小休止を取る。リリトは木陰でうずくまっているカシアとユンディに声をかけた。
「終わった、の?」
真っ青な顔でカシアが聞いた。ユンディはタルハに抱きついている。生の銃撃戦など初めてだった。リリトは緊張でこわばった顔を、何とか笑顔にする。
彼女らのグループは、六人と艦長と副長、それにスカンジナビア議会の議員夫妻が二組、王宮スタッフの女性が一人、マスコミ関係者の二人だった。これを警護隊が五人と儀仗兵の三人、そして脱出途中ではぐれてしまったという大洋州のSP一人が守るという形だった。
リリト達を頭数に数えれば、手厚い護衛といえるかも知れない。だが女性の服装は長い距離を歩けるものではなかった。一番近くの非常口まで歩くか、最寄りの建物に寄るか、警護隊の隊長が隊員に相談している。
「歩けそう?」
「芝生の上なら、何とかね」
ハイヒールを脱いだカシアにリリトが聞く。ナチュラルでしかも高齢の議員婦人は、なおさら大変だろう。警護隊長がグループを集める。
次の瞬間、隊長がもんどりうって倒れた。伏せろと誰かが叫び、同時に銃弾が木の幹を削る音が聞こえる。叫び声にカシアが後ろを向くと、今まさに木が倒れて、人が下敷きになるところだった。
応戦する銃声が軽く聞こえるほどに質の違う音が響く。リリトは目を凝らした。
「モーターアーマー!?」
木立の奥に立っていたのは、人より一回りほど大きい人影。全身を覆うボディーアーマーとパワーアシストスーツを組み合わせた、歩兵用の強化服だ。パッテリーの能力的限界から活動時間が極端に短く、その上とんでもなく高価であるため、採用されたという話は全く聞かない代物だった。
だが機関銃に耐える防弾性能を持ち、運動能力も装着者の三倍以上を確保すると言われている。それが三体もいた。それを盾にするように、自動小銃を持ったテロリストが近づいてくる。
警護隊や儀仗兵が持っているライフルでは、モーターアーマーを撃ち抜けないだろう。リリトは自分の拳銃を見つめた。
「カシア、貸して」
そう言うと、彼女の腰から拳銃を抜き出した。
「援護!!」
リリトは声を上げて、木の根元から飛び出した。暗闇に、鮮やかなドレスと美しい金髪が浮かび上がる。集中力を一気に解放した。
拳銃の重い衝撃が腕に伝わる。銃弾が自動小銃を持ったテロリストの腕を破砕する瞬間が見える。向けられた銃口から、向かってくる火線が頭の中に描かれる。その線に触れないように体を動かし、二発三発と両手の引き金を引く。鎧通しから放たれるコーディネーターマグナムは、防弾チョッキを着た体ごとテロリストを突き倒す。この距離では貫通しないが、気絶は免れない。
ようやく始まった援護射撃を聞きながら、リリトは標的を先頭のモーターアーマーに定める。防弾プラスチックと軽量セラミック、そして発泡金属糸で作られた鎧は、全身真っ黒で、のっぺりとした表面に鈍い光沢を浮かべていた。至近距離からの銃撃も効果がない。
モーターアーマーが左手を振るう。微かなモーター音を頭上で聞き流し、リリトの拳銃は右手の重機関銃を狙う。両手から交互に発射される銃弾に、その機関部が壊れた。何も言わないモーターアーマーが怒るのが見えた。
振り下ろされた拳を避けると、その腕を踏み台にして飛んだ。ドレスのスカートをはためかせ、リリトは拳銃のマガジンを交換するとモーターアーマーの肩に乗る。
「一つ目!」
背中にあるバッテリーに銃弾が連続して叩き込まれた。至近距離から同じ場所に撃ち込まれる銃弾に、防弾素材がひしゃげる。鈍い音とともにモーターアーマーが不恰好なまま止まった。バッテリーを含めた総重量は300キロ弱あるのだ。モーターの助けなしには動く事など出来ない。リリトは、動きを止めずに次を狙う。
敵が動揺しているのが分かった。心なしか、味方の援護が活発になったように感じる。イェレとフィジェも、両手で拳銃を構えて牽制の銃撃を行っていた。それを横目で見ながら、モーターアーマーを正面に捉えた。
低い姿勢のまま一気に近づく。敵が機関銃を構えるより早くその懐にもぐりこみ、右肘関節のモーター部分に銃口を向ける。二挺の拳銃から三点バーストで放たれた六発の弾丸がモーターを破壊し、機関銃の取り回しを利かなくする。
モーターアーマーの左手から伸ばされたナイフも、その動きは見切っていた。前髪が三本、切られて宙を舞うのがはっきりと見える。二度三度と敵のナイフをかわし、その軸足のモーターに銃弾を撃ち込む。大きく後に跳んだリリトを追って、モーターアーマーが足を踏み出した。
だがその足が体重を支えることはなく、敵は横倒しに倒れた。撃ち込まれた銃弾に耐え切れずに、脚部モーターが止まったのだ。動く手足をばたつかせているが、立ち上がることは不可能だろう。
「弾ない!?」
両手の拳銃から弾倉を抜き出してリリトが聞く。流石に弾の消費が激しい。大きな庭石の後ろにいるカシアが蒼白な顔を上げた。
リリトの動きが止まったとたんに、形勢が傾く。一旦後に下がっていたテロリストが再び前進してきた。儀仗兵の一人が倒れるのが見える。
カシアはデコルテの中に震える手を突っ込んだ。胸の谷間から、弾倉が一つ顔を出す。
「どこに入れてるの?」
「落としたのを慌てて拾って・・・ポケットとかないから、この服」
震える口でそう言うカシアから、温かい弾丸を受け取る。それをセットして、弾切れの拳銃を返す。
「リリト・・・」
「私の出来の良さは・・・こういう時のためのものだって、思いたいじゃない」
そう言ってリリトは再び飛び出す。警護隊の隠れている窪地を狙おうとしていたモーターアーマーが顔を向けた。重機関銃の凶暴な音が、リリトを追う。
機関銃弾が、自分の後ろの地面を抉っているのを感じながら、リリトは大きく弧を描くように走る。渦巻き状の軌跡で距離を詰めると、敵の右手を狙って回し蹴りを放った。スカートが優雅に広がり、足はしなやかにマニュピレーターを襲う。敵は重機関銃を取り落とした。
だがモーターアーマーは、牽制のため顔面に撃ち込まれた弾に怯むことなく、モーターを唸らせて左腕を繰り出す。手の甲から伸びたナイフが非常灯の光を反射させて、リリトを狙う。
ハシッ・・・
銃声がやんだ。全員の視線が、リリトとモーターアーマーに注がれている。彼女の細い腕が、黒光りする腕を受け止めていた。受け流すのでも、いなすのでもなく、真正面から止めている。ナイフに触れない拳の部分を、リリトの手の平は掴んでいた。
全身を黒光りさせる巨人の拳を受け止めるドレスの少女。下手な漫画よりも荒唐無稽な光景だ。無言のまま、巨人は怯えた。
「筋肉の単位面積当たりの出力が、そもそも違うのよ」
リリトがつぶやくように言った。遺伝子レベルでの差異がそこにはある。
敵が腕を引いた勢いに乗ってリリトは跳ぶ。全身を縮めて力を溜め、それを解放して両足に伝える。モーターアーマーの最も脆弱な頭部センサー部にハイヒールが突き刺さった。それを脱ぎ捨てて地面に降り立つ。
よろけたモーターアーマーは怒り狂ったように突き刺さったハイヒールをむしり取り、再びその太い腕を繰り出した。
ほんの少しだけ体を横にずらしてそれを避けると、リリトは静かに拳銃を構える。ハイヒールが突き刺さって開いた穴、そこに残った弾丸の全てが撃ち込まれた。
海上は大きく波立っている。海面を走り回る立方体が起こす波と、空を飛び回る砂時計が巻き起こす突風が、周囲の船を激しく揺らしている。それらの船を守るように、翼を広げたMSがドラグーンを展開する。
テロリストの襲撃を受けた式典会場から脱出する船を、ジンビンメイの二体が襲ったのだ。そして彼らの思惑通り、上空からフリーダムが現れた。
「正義の味方はいつも遅れてやってくるってか!?」
チンシャーレンのコンテナが解放され、レールガンが上空へと放たれた。フリーダムはそれを無視するように海面に突進する。別のコンテナが開き、無数の腕とビームサーベルが現れるが、フリーダムの対艦刀はそれを一薙ぎにする。
コンテナがパージされ同時に大爆発を起こした。横波を受ける船に視線が流れたフリーダムを、チーシャーレンは逃さない。両手両足から四つの斬撃が同時に襲う。
「だから、何で止めれるわけ!?」
弾き飛ばされたチーシャーレンの中でインが不快そうに言う。フリーダムの注意は別の場所にあるにもかかわらず、攻撃が通らない。試しにレーザーキャノンを船に向けた。同時にドラグーンの砲撃が集中する。
それを確認したヤンは機体を旋回させ、船を狙える位置からミサイルを放つ。フリーダムなら絶対に動かない。100%の確信を持って、ビームの照準をつけた。ミサイルが撃ち落される爆煙目掛けてビームを撃ち込んだ。
「出力差かよ!」
フリーダムの腹部から発射されるビームに、チンシャーレンのビームが押し返されていた。慌ててシールドを展開するが、コンテナを一つ抉られる。
ようやくドラグーンの囲みを突破したチーシャーレンが、再度仕掛ける。斬撃の間合いに入る寸前にレーザーキャノンを放ったが、完全に見透かされていた。プラズマ砲の直撃を避けるために、右腕を犠牲にしてしまう。
「君達は何故!?」
「バーカ、ボキャブラリーを増やせ」
「九官鳥でも気の聞いた事言うわよ」
チーシャーレンは脚で対艦刀を受け止め、チンシャーレンの化学弾頭ミサイルはドラグーンに薬品の雨を降らせる。
「この世界は・・・」
「知らないわ、世界なんて」
「俺らバカだからさ、自分の事しか知らないんだわ」
フリーダムのレールガンがチーシャーレンの両足を吹き飛ばす。ビームの刃を発生させたドラグーンが、チンシャーレンのコンテナを切り刻んでいく。流石に怯んだ二機に牽制のビームを乱射しながら、フリーダムは揺れ続ける船に近づいた。
船室の一つを確認すると、フリーダムが手を伸ばす。ガラスの窓を突き破り、壁に穴を開けた手は、船室の中の皇太子に向けて差し伸べられていた。
それを見ていたインとヤンは大笑いする。
「ありえねぇ!」
「あたしら以上に悪党じゃん!」
さらにフリーダムに攻撃を仕掛けようとする二機に、レーザー通信が入る。最優先で割り込んできた通信に、二人は口をゆがめて抗議する。しかし今回の作戦目標は、あくまでアークエンジェルなのだ。
その接近に二人はしぶしぶ標的を変える。スクランブルをかけてきたスカンジナビア軍機をレーザーで薙ぎ払い、低空を進むアークエンジェルに狙いを定めた。センサーの音に、二人揃って声を上げる。
「正当防衛成立!」
しかし、振り返った二機のシャーレンが攻撃に移る間もなく、背後から迫ってきたフリーダムが閃く。コクピット以外を切り刻まれた二機は、そのままバラバラと落下していった。
フリーダムを収容したアークエンジェルは、そのまま夜の闇へと姿を消していく。
高い天井の非常灯が淡く照らすだけの闇の中、全ての音は静止していた。さきほどまで激しかった銃声は消え、人の声すら聞こえない。静寂ではなく、沈黙が辺りを覆っている。
黒い巨人が三体、もはや動かない姿を地面の上に晒している。生き残ったテロリストは既にいなくなっていた。撤退ではなく、恐れをなして逃げ出したのだ。
そしてその沈黙の中心にたたずんでいるのは、ドレスの少女だった。美しい金髪は結い上げられたまま乱れず、露わになった肌には曇り一つ無い。右手に握られた大きな拳銃だけが、その沈黙の理由を語っている。
カシアは知った。リリトが何を恐れていたのかを。
彼女が見たのは、まさに得体の知れない物だった。彼女の知っているリリトではなく、最高のコーディネーターと呼ばれる物。リリトは、それがもたらすこの沈黙を恐れていたのだ。
彼女に注がれる視線は、重く粘つき、冷たく澱んでいる。テロリストに向けられた敵意の視線よりも、さらに心の奥底に向けられる恐怖の視線だ。視線と沈黙に縛られたように、リリトは動かない。
「・・・っ」
カシアは口が渇くのを感じる。声を、この沈黙を破りたい。リリトを縛る視線を払いのけたい。それなのに、足はすくんだように動かない。踏み出さなければ、自分が踏み出さなければならないはずなのに、足が動かない。それが、目の前で起こった銃撃戦への恐怖だけがもたらしたのではないと分かるから、カシアは焦る。
「リリト!!」
イェレの声が暗闇に響いた。駆け出す足音が聞こえる。リリトがゆっくりと声の方に振り向き、そして脚が崩れるようにその場に倒れこんだ。フィジェもイェレの後について走り出していた。
彼らがリリトを抱き起こした時、ようやく警護隊員が、負傷者の手当てを呼びかけた。タルハが倒れた木の下から人を引っ張り出す手伝いを始める。カシアは肩を震わせた。振り向くとユンディがぎこちなく笑っている。
無事かとの問いかけに無言で頷くと、ようやく息を吐き出せた。イェレとフィジェが、二人でリリトの肩を担いで戻ってきた。
「お姫様だっこくらいしてやりなよ」
ぐったりとうなだれたままのリリトを運んでくる二人にユンディが言った。息はあり、単に気を失っただけのようだ。ただ、モーターアーマーを蹴った方の足が腫れてきている。添え木を当てて固定しておいた。
遠くから、拡声器による呼びかけが聞こえる。どうやら救出の部隊が到着したようだ。儀仗兵が空に向けて銃を撃ち、大声で助けを呼ぶ。
他にもいくつかのグループがドーム内に侵入していたようだ。モーターアーマーの反撃で、救出部隊にも被害が出ているようだった。負傷者は車で搬送され、リリトも救急車に乗せられた。五人もそれについていく。
とりあえず怪我がない者は、そのまま歩いて出口を目指す事になった。マーカスはようやく震えの取れた口を開く。
「とんでもない事に、なってしまいましたね」
彼らのグループは結局、警護隊員三名と儀仗兵二名、そしてテレビ局のリポーターが犠牲になっていた。今歩いているのは、マーカスとレセディ、そして王宮スタッフの女性、大洋州のSPと警護隊員一名だけである。
もう一度襲撃を受けることはないであろうが、明るい雰囲気で歩けるものでもなかった。無言のレセディに、マーカスは小声で問いかけた。
「フィランディエーレ少尉ですが、何か知っていますか?」
「いいえ・・・プラントから来た医者を、必要なら尋問します」
彼女はそう答えた。リリトの能力は、コーディネーターという言葉で説明できるものではない。しかし、プラントから送られてきた資料にはそれらしい記述は一切なかった。
確かに、整備部門からはグラティアの戦闘データ解析の結果、パイロットの能力に異常な数値が出ているとの報告は何度かあった。だがそれが何を意味するかは、あれを目にするまで分からなかった。どうやら厄介事を抱え込んでいたようだ。レセディは眉間の皺を努めてなくそうとする。
今後の事は、これから考えようと思った。
「しかし・・・恐ろしいというか何と言うか」
「恐ろしいですよ、あれは」
マーカスのつぶやくような言葉に、レセディはつぶやきを返した。陳腐な表現をするのであれば、あれは怪物であろう。少なくとも、人の能力と呼べるものではない。それに恐怖を抱かずに済む者などいないであろう。
そんな力を、あの未熟な少女が持っている。おそらく、彼女自身もその力に振り回されているだろう。その友人達もそうだ。そう考えると、彼女らがギクシャクしていた理由が少し見えてくるような気がする。コーディネーターですら恐怖を覚える力を持つコーディネーター。まったくもって厄介事だ。
「でもその力は我々に向けられていない」
マーカスがつぶやき返した。彼女は最低限、力を振るうべき場所をわきまえている。その力がどのような影響をもたらすかを、明確でないにせよ理解しているのだろう。どんな形であれ、力に溺れる事も力に驕る事もないのであれば、まだ大丈夫であるはずだ。
そもそも人に過ぎた力など、有害以外の何物でもない。そんな力は悪と結びつこうと正義と結びつこうと、際限のない破壊にしか繋がらない。人の世界は人の力が作るのであって、人外の力はそれを壊すだけだ。
「丁度、フリーダムのように」
マーカスはふとそんな事を思った。そしてその考えがあながち間違いでない事を、宿舎に戻ってから知った。