Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第四十話  スタートライン

 足元には淡い青色の星が広がっている。吸い込まれそうなその色に見とれていると、本当に吸い込まれる事になるかもしれない。宇宙服を着た作業員が、命綱を漂わせながら建造物の上に立っている。航行灯を明滅させながら、コンテナを繋いだシャトルが近づいてきた。ここは、プラント政府が建造中の太陽電池衛星である。

 現在のプラントは本土復旧が最優先であるが、プラント数を元に戻すには時間も資金も膨大なものとなる。国内の安定にはある程度の目途が立っているため、当面は連合との関係を保ち余分な出費を避けることが求められていた。

 連合も国内復興を優先させ宇宙戦力は削減傾向にあるが、プラントとしてはそれをもって安全が保たれるとは考えない。ニュートロンジャマーは、プラント防衛のための欠くべからざる要素であった。

 連合は原発によって国内のエネルギー需要を賄うため、ニュートロンジャマーキャンセラーの情報公開を要求している。だがそれを常にそれを核ミサイルに転用されてきた以上、プラントとしては要求を飲むことは出来ない。

 代わりに太陽電池衛星を建造し、連合に対してエネルギー供給を行う事を提案していた。プラントで使用されている太陽電池は、発電効率が九割以上という高性能である。しかし、強力な宇宙線を浴びる環境でのみその性能を発揮するため、宇宙空間でなければ使用できないのだ。プラントが宇宙に発電所を建設する事で、連合のエネルギーを押さえ、政治的な優位性をも確保しようという考えであった。

 連合内の対応は分かれているが、既成事実作りは始まっていた。特殊な技術が必要なわけではないので、建造もスムーズに進んでいる。

 作業スタッフ用の居住ブロックからエアロックが伸ばされ、シャトルのハッチに接続される。

「お待ちしておりました。ご足労感謝します」

「いえいえ」

 作業員とは異なるいでたちの二人が握手を交わす。一人の青年がその二人を案内するように、居住ブロックに流れていく。椅子と机だけの簡素な部屋で、二人は改めて自己紹介をした。

 招かれたのはエフライム・ビーンシュトック。招いたのは、反ザフト機構(AZO)の精神的指導者と言われるジャック・バルニエ元プラント公社総裁である。資金提供の謝礼と、今後の協力関係についてのトップ会談であった。だが会談と呼ぶほどの話し合いはなかった。ほぼ全面的に、AZOへの協力を承諾してくれたのだ。

 本土への大規模な被害とその後の政治的混乱などで、プラント内部でも分離独立の動きは生じていた。連合加盟国の資源衛星やコロニーでも同様の動きがある。AZOはそれらの独立運動を推進する結社であった。そんな組織に、ユーラシアの石油王が資金提供をしてくれる。しかも見返りらしい見返りはなしだ。

 和やかな談笑の後で、ビーンシュトックを見送ると、ジャックは傍らの青年に相手の印象を聞いた。特徴的な髪型の銀髪の青年が、少し考えるように言った。

「胡散臭い人物だと思います。裏切るとかそういったものではなく、もっと根本的に」

 的確な評価を下した青年に安心する。地球でも派手に反連合組織に資金提供をしているターミナル残党という話だが、それほど単純な相手ではないようだ。

 その行動原理に判断基準などなく、まるで電車で老人に席を譲るような感覚でテロを行っている。あたかもその行為が正義以前に当然であるかのように。だからAZOの活動などには何の興味もない。ただ目の前の相手が、強大な敵を前にした弱者であるという事だけが興味の対象だった。

「敵も味方もないな・・・同じ表情でプラント政府に寄付を行っても何ら不思議ではない」

 資金は喉から手が出るほど欲しい。だがそれ以上の関わりは間違いなく危険だ。地球で起こしているような騒ぎを宇宙に持ち込まれてはたまったものではない。ジャックはビーンシュトックからの資金を段階的に縮小していくよう、青年に指示した。

 

 捻挫もすぐに治り、リリトはグラティアの調整作業を手伝っていた。トレランシアはサンクトペテルブルグの港に停泊している。ユーラシアと連合が共同使用する基地であった。

 スカンジナビアでのテロの後の事は良く覚えていない。気がついたのは、移動する飛行機の中だった。ルチアーノ・プレスが乗ってきた連合の専用機に乗せられ、そのままスカンジナビアを後にしたのだ。テロの影響は大きく、スカンジナビア国内は大きく混乱しているようだ。

「報道は・・・されているわけないな」

 港に程近いカフェで、ヒューはコーヒーを飲んでいた。手にした新聞はユーラシアの新聞で、国際欄にもスカンジナビア情勢は小さく触れられている程度だった。皇太子がテロリストに拉致されたなど、表沙汰には出来ないのだろう。

「あなたならよくご存知では?」

 紙面から顔を上げるとアレナが立っていた。同じテーブルに座りジャムを添えた紅茶を注文する。ヒューは肩をすくめた。

 昔ならいざ知らず、今のターミナルであればこんな馬鹿げた事はしない。そもそも自分は知る立場にはないし、知りたいとも思わない。ヒューは新聞を畳んでタラスの事を聞いた。案の定、図書館だという。

「熱心な生徒だな」

「自分で考えて選んで実践している、熱心になって当然だ」

 ガルナハンで何があったかは知らない。しかしそこで、彼はパイロットとは違う選択肢を欲したのだ。それを選択するための能力が欠けていると分かったから、今努力しているのだ。

 彼女は何度か、パイロットを辞めて勉強に専念するように勧めた。だが彼はそれを続けると言った。彼なりのケジメなのか、何か考えがあるのか、そこまでは聞かない。ただ、そんな彼のサポートをするだけだ。それが、年長者としての最低限の務めだと思っている。

 アレナはジャムを口にした。甘さを口の中で転がすようにして、遠くを見つめる。トレランシアへの物資搬入だけではなく、港に停泊する軍艦の全てに物資が運ばれつつあった。街の様子はまだ平穏であったが、郊外の基地にはMSや戦闘機が集まりだしている。また、次の作戦が近づいていた。

 

 MSデッキがいつもの喧騒に包まれている。クレーンの起動音、フォークリフトの駆動音、アーク溶接で金属がはぜる音、グラインダーが金属を削る音。それに作業員の怒鳴り声が加わっている。

 戻ってきたウェルガーと入れ替わるように、グラティアがエレベーターを上がっていく。雪や氷への対策が万全かどうか、実際に動かして試験しているのだ。頭部がゆっくりと横を向き、そのカメラアイと目があったような気がした。カシアは思わず視線を逸らしてしまう。

 それでも、カタパルトに上がって見えなくなったグラティアをいつまでも見送る。キャットウォークの下から「見えてるわよ」と叫ぶユンディに、パンツじゃないと返事をした。

「その前に、ミニスカやめろよ」

 ストローをくわえたフィジェが言う。パイロットスーツ姿の彼が、少し距離を置いて並んだ。にじり寄る気にもなれず、カシアはおもむろに聞く。リリトの事が怖くなかったかと。フィジェの視線を横顔に感じる。

 簡単に口に出来る事ではない。だが偽らざる感想だった。三体のモーターアーマーを拳銃だけで撃破した。最高のコーディネーターを目の当たりにし、そう思ってしまった。人ではない何かを見た気分だった。

 そのような感覚こそがリリトを傷付ける、そう分かっていたつもりだったのに、そう感じてしまった。自分がリリトに対して言った言葉の全てが、偽りになってしまったような気がする。

「俺も・・・怖かったさ」

 視線を遠くに向けながらフィジェがつぶやいた。最高のコーディネーターというのは、リリトを運ぶ救急車の中で二人に聞いた。だが、それを知っていようといまいと、自分はリリトの姿に得体の知れない物を見てしまった。イェレは、ちゃんとリリトを見ていたというのにだ。

 声を上げるのも、一歩踏み出すのも遅れた。それはとんでもなく大きな一歩だ。それを取り返すのは、簡単ではないだろう。

「でも、そこから始めないとダメだと思う」

 カシアの視線を感じた。フィジェは遠くを見たままで聞く。

「怖かったってのを隠したら、リリトと同じだから・・・」

 それはほんの小さな嘘かもしれない。上手に隠せば隠し通せるかもしれない。でもそれはリリトがアカデミーで続けていた事だ。ただ、今の関係を維持するための嘘。それが何をもたらしたかは、誰よりも自分達が知っている。

 だから、そこから始めないといけない。リリトの姿に恐怖を抱いた、そこからリリトと付き合わなくてはならない。都合の悪いところは目をつぶって、心地よく関係を続ける事は出来ないと言ったのはカシア自身だ。

 だったら、リリトは自分達とは違う「最高のコーディネーター」だというところから始めないといけない。その溝をパスして次のコースには進めないのだ。

「イェレは、簡単に飛び越えたのにな・・・」

「愛でしょ、愛」

「・・・ずるくないか、そういうのは?」

 カシアはフフと笑う。そしてフィジェににじり寄った。彼はそっぽを向いたままだった。

 

 春の訪れが遅くなっている、そんな報道は十年前から繰り返されていた。だが今年は、いまだに雪のちらつく日があり、そんな報道にも真実味を感じてしまう。春の訪れは、はるか先のように思われる風が吹いている。

 大都市なので電力供給が優先的になされるのだが、それでも室内での厚着が奨励されていた。会議室にコートをかけるハンガーがないのは、着たままでいろということなのだろう。マーカスとレセディは、柔らかく温かそうな毛皮を着ているルチアーノを横目に、コートのままゴワゴワと座った。

 先ほどまで別室で、スカンジナビアで遭遇したテロに関する情報提供を行っていた六人を同席させている。先方の要請だった。

 今回の作戦はユーラシア連邦との共同作戦である。目の前の男性が丁寧な物腰で挨拶をした。フィルマン・タボリエと名乗ったのは、ルチアーノと同い年くらいの男だ。上品さが嫌味にならないギリギリの線を保ったいい男だ。ユーラシア軍の准将であり、今回の作戦の責任者である。

「事務局長のおかげでスカンジナビアの協力も何とか取り付けることが出来ました」

 ルチアーノに頭を下げてそう礼を言うが、リップサービスである事は否めない。テロの影響で、スカンジナビアはそれどころではないのだ。

 コラ半島のムルマンスクに本拠を置くブルーコスモスの排除。そのために、ユーラシアとスカンジナビアは共同作戦を行う事となっていた。そのための合意文書は交わされているのだが、スカンジナビアには実際の軍事行動のための態勢が整えられていない。

 式典後に行われる予定だったユーラシア外相との会談はテロ鎮圧の直後に執り行われていた。中止もやむなしと言われていたが、ユーラシア外相が怪我を押して会談に赴き、そこで共同作戦が合意された。これにスカンジナビアの中立派とされるグループが猛反発しているのだ。皇太子が拉致され国内が混乱状態での会談強硬は、ユーラシアの策謀だと主張している。

 さらに共同作戦の項目に皇太子の救出が入っていた事も、反発を招いていた。軍の一部は独自での救出作戦を主張し、共同作戦のための行動に関してサボタージュを行っている。

「スカンジナビアは、我々とブルーコスモスが一体だと思っているのでしょう・・・」

 自業自得である面は否めませんがと、フィルマンは自嘲した。

 現在、ユーラシア連邦政府はブルーコスモスの排除に成功し、プラントとの関係改善を模索している。それはあくまでも政治体としてのプラントとの関係改善であり、コーディネーターに関しては、逆アファーマティブアクションなどを通じた制約を設け、プラントへの移民も奨励している。プラントも表向き遺憾の意は表明しつつも、減少した人口を回復させるために、移民受け入れに前向きであった。

 だがこの政策は、かつて西側と呼ばれた旧ヨーロッパ地域が中心となって進めている政策であった。モスクワを中心とする東側には、そのような政策は生温いと、依然強硬なコーディネーター排除を主張する勢力がいる。

 ベルリンを崩壊させたブルーコスモスに対する怨嗟の声は根強いが、エイプリルフール・クライシスやブレイク・ザ・ワールドで被害を受け続けてきたユーラシアでは、プラントやコーディネーターに対する恨みもまた根強いのだ。

「ローマは湖になり、アテネはエーゲ海に沈んだ・・・ヨーロッパは両親を殺されたようなものです」

 フィルマンの目に哀しい影が走る。ただ街が破壊されたのではない、歴史や文化といったヨーロッパの根底が崩されたのだ。沈んでしまった空気を元に戻そうとするかのように、彼は大きな咳払いをする。

「しかし、だからこそ、これ以上の憎しみ合いはやめなくてはならない」

 旧世紀の二度に渡る世界大戦でヨーロッパは焦土と化した。戦争を利害得失で行っていた伝統を忘れ、激情を正義と言い換えて戦争を行った帰結だった。再構築戦争が大規模な戦闘を伴わなかったのも、利害得失で進められた戦争だからだ。

 だが再び、人は正義の戦争を始めてしまった。二度に渡るその大戦の帰結は、地球圏全てを焦土と化すものだった。

「まさに歴史は繰り返すですな・・・二度の大戦は不倶戴天の敵だったフランスとドイツの同盟を生んだ」

 ルチアーノが感慨を込めて言う。フィルマンが頷いた。今回の作戦には、少数であるがジブラルタルからザフトが派遣される。

「私も、ブレイク・ザ・ワールドで両親や多くの友人を亡くしました・・・悲しみも恨みも持っている。それでもなお手を取り合わねば、この悲しみと恨みはただ増え続ける」

 悲しみに打ちひしがれ、憎しみに心を委ねるのは簡単だ。だがその安易な道から平安が訪れた例はない。連合とプラント、ナチュラルとコーディネーター、その全てが悲しみと憎しみを知っている今だからこそ、手を取り合えるのだ。「あんな時代は、もうゴメンだ」それだけは、全人類の共通認識として刻まれている。

 そしてそうやって取り合った手は、容易に離れないはずだ。どれほど対立する利害があろうとも、戦争がいかなる代償をもたらすかを知っていれば、その選択は回避される。取り合う手が、融和でなくとも構わない。たった一つの認識さえ共有できれば、そこから対話が可能なのだから。分かり合えなくとも、分かり合う努力は出来る。そしてそれは、複数の選択肢と未来への可能性を用意する。

「そうでありながら、その認識を持てない者を排除するしかないのは・・・悲しい事ですが」

 フィルマンはそう言って立ち上がった。リリト達一人一人の手を握り、今までの苦労を労い、次の作戦への激励を行う。

 作戦開始は一週間後であった。

 

 割れた氷が浮かぶだけになった港には、大きなコンテナ船が接岸している。氷が消えたため、通常船舶での輸送が可能になっているのだ。大型のクレーンで下ろされた色とりどりのコンテナが、大型トレーラーに積み込まれている。そして、そのまま基地へと運び込まれるのだ。物資の搬入は急ピッチで進められていた。

 かつて不凍港だったムルマンスクも、今は冬場に凍結する。しかしその期間はやはり短く、今でも北極圏交易の要であった。前大戦時にユーラシアを支えたものの一つが、大西洋連邦からムンマルスクに送り込まれる軍需物資であった。そしてそれは今でも変わらない。

 基地の滑走路の片隅に放置されるように駐機している平板な輸送機、それを尻目にアズレト・ベノフは司令部に向かう。東アジアから来た奇妙なMSは撃墜され、パイロットは行方不明だという。だが彼は、強化兵士などにかける憐憫は持ち合わせていない。

「完成したのですか?」

 開口一番そう言った彼に、司令官は苦笑する。各種調整にもう少しかかると言うと、彼は露骨に舌打ちをした。サンクトペテルブルクは動き出していると言うアズレトを宥め、椅子につかせた。

 スカンジナビアでのテロが奏功し、事実上ユーラシアのみが相手である。北上するユーラシア軍を迎え撃つ場合、側面を狙われるスカンジナビア国境からの攻撃は厄介だったのが、懸案はほぼ解消していた。本来なら単機でスカンジナビア軍への牽制を受け持つはずだったアズレトを正面に回せるという。

 そして司令官は、釘を刺すように言う。

「我々の目的はペテルブルクではない、それは理解しておけ」

 あれに乗ったら一人でも入城しそうだと司令官は笑う。そして人を呼んだ。二人の若い兵士がかしこまって敬礼する。

「オペレーターだ。最悪一人でも動かせるが、負担が大きいのでな」

 兵士の自己紹介を聞き流し、アズレトは情勢を確認する。スカンジナビア軍が動かないという司令官の読みは、あまりにも楽観的過ぎると感じた。何より、スカンジナビア皇太子をさらったのは自分達ではないのだ。

 別のテログルーブ、それもかなりの能力を持ったグループだと考えられた。東アジアの強化兵士はテロ攻撃支援のために出撃し、皇太子をさらったテログループに返り討ちにされている。その連中の意図が読めない以上、楽観視などできようはずがない。

 アズレトは、以前スヴァルバル諸島周辺で確認された謎の艦の件を切り出す。物資運搬中だった潜水輸送艦が撃沈され、偶然救助された乗組員からもたらされた情報だ。

「アークエンジェル・・・かね? 確かに連中はスカンジナビアとは友好的だ。だがそれが何故、皇太子を拉致する」

 無関係だと決めてかかっている司令官に、アズレトは何も言わないでおいた。だが彼には根拠のない確信のような物がある。

 ここのブルーコスモスの上層部は政治的な連中が多い。だがブルーコスモスの熱烈な信奉者であり、原理主義者であり、生粋のテロ屋である彼には、同じようなテロリストの思いが理解できるのだ。そこに政治的背景などなく、あるのは激情と正義だけだ。きっと彼らも、それを貫いたのだ。

「青き清浄なる世界のために」

 だからこそ、アズレトはつぶやく。その言葉に込められた正義を貫く。それだけが彼のできることであった。上の思惑など関係がない。持てる力をすべき事に捧げる、彼の視線が、窓の外を射抜くように注がれた。

 彼の乗る機体が、格納庫から引き出されている。起動テストが始められるようだ。

 

 基地の滑走路に見慣れた機体が並んでいる。白と灰色に塗り替えられたバクゥが五機、そして同色のドムが五機だ。ドムの方は先行配備されたトルーパータイプではなく、ウィザードシステム対応のファイタータイプであった。港にはボズゴロフ級も一隻停泊しているのが見える。地上部隊が削減傾向にあるザフトにとっては大規模な派遣であろう。

 艦内にも緊張感がみなぎり始めていた。トレランシアは最終調整を終え、作戦開始を待つだけとなっている。交代時間の端境では食堂にも人はいない。その隅でリリトとイェレが、パイロットスーツのままコーヒーを飲んでいた。

 情報によると、大西洋のブルーコスモスによる積極的な支援で、敵はかなりの武装化を進めているらしい。大規模なMS戦闘になると予想されていた。今までのように単艦での作戦行動ではないため、他部隊との連携など訓練のスケジュールは詰まっていた。

「ブルーコスモスか・・・」

 コーディネーターとしては、複雑な感情を抱かざるを得ない。ブルーコスモスが未だに大規模な勢力を保てるだけの土台が、ナチュラルの間に存在するのだ。あのユーラシアの司令官もはっきりと恨みを口にした。

 その上で、連合とザフトが協力してブルーコスモスの排除に動くのだ。どこか儚いガラス細工を思わせる。ユーラシアの部隊が、トレランシアのクルーほど融和的ではないというのは、合同で訓練をしていれば分かる。居心地の悪さは払拭できないまま、作戦に突入する事になるだろう。

 イェレはため息をコーヒーと共に飲み込む。カップを両手で包むようにして持っているリリトをそっと見つめた。視線を落としたままのリリトがつぶやくように言う。

「大丈夫よ、きっと」

 コーディネーターを前にして恨みを口にし、それでもなおその手を取ったあの司令官は、信用に足る人物だと思う。同じ人間として憎しみを捨てて手を取り合おう、そんな空疎な言葉にはない力強さを、あの手に感じた。手を取り合うのは、互いに異なるからだ。

 リリトはカップを置いて前を見る。イェレと視線がぶつかった。慌ててそれを逸らし、改めて彼を見る。テーブルの上に曖昧に置かれた彼の手に触れようと手を伸ばした。

「リリト!」

 飛び込んできた声に驚き、リリトの手は行く先を失って彷徨う。そんな事にはお構いなしに、声と同じ勢いでカシアが飛び込んできた。胸が盛大に揺れて目の前で止まる。

 息を吸い込んで。彼女は身を乗り出すようにして言う。

「やっぱりリリトは私とは違う。あんなの見て、私はリリトが怖くなった。今でも怖い、あんな力がリリトの中にある事が。きっと、怖いリリトの事はずっと怖いままで、きっとそれは嫌いなんだと思う。でも私は、リリトの怖くない部分も知っている。だから私はリリトの事を怖いとは思っていない。怖くないリリトは大好きよ。でも、好き嫌いなんて関係ないの。私は嫌いなリリトと大好きなリリトの両方を、リリトとして友達でいられるんだから」

 眼前に迫るカシアの顔をポカンと見つめる。本人としては、かなり論理的にしゃべったつもりなのだろう。何かを成し遂げたみたいな顔をしている。だが言われた本人としては、何の事だかさっぱり分からなかった。

 助けを求めるようにイェレに視線を送ると、彼の目も点になっていた。カシアはようやく、二人の様子に気付く。

「・・・何か、変なこと言ってた?」

 二人の無言は間違いなく肯定だ。かなり上手くまとめたはずなのにと、カシアは首を傾げる。不思議な沈黙は、しばらく続いた。

 

 部屋に置かれたディスプレイから見えるのは、潜水艦から伸ばされたチューブが、この艦に接続されている様子だった。船外で接続作業を行っているのは、スカンジナビア軍の水中用MS・セルキーであった。ずんぐりとした体型の機体が、合図を出し合っている。

 軍内にも彼らに共感を示す者が多いという事だろう。だがそれは、スカンジナビア王国がそのよって立つべき理念をかなぐり捨てて、連合に擦り寄っているという事でもある。ユーラシアとの共同作戦は計画通りに進められているという。

 コラ半島に勢力を持つブルーコスモスの掃討。一見、反対の余地のない提案をすることで、逆にスカンジナビアの選択肢を封じていた。連合を含めた共同軍事作戦への参加は、なし崩し的な連合への再加盟圧力のきっかけとなるだろう。

 地球圏全域の再構築すなわち地球圏連合構想は、水面下で常に推進を目指されていた。加盟各国とプラントの力が弱まった今こそが、それを推進する機会なのだろう。ユーラシアが進めているプラントとの関係改善も、そのための準備に過ぎない。やがてプラントをも飲み込む、巨大な政治組織が誕生する事となるだろう。

 それは新たな抑圧の始まりでしかない。グスタフ・ユングリングはディスプレイの電源を落とした。

「私は・・・どうすれば・・・」

 テロ攻撃を受けた式典会場からの脱出中、フリーダムに乗せられてこの艦に来た。怒りや戸惑いよりも先に、アークエンジェルに集まっていたスカンジナビアの軍人に驚いた。彼らは敬礼でもって、自分を出迎えてくれたのだ。

 皆、中立派の中核を担う中堅将校であった。彼らは連合派との対立で、ブルーコスモスからの越境攻撃に晒される国境付近に派遣されるのが常であった。だからこそ、派閥の論理ではなく、現場の皮膚感覚としてユーラシアの危険性を訴えるのだ。ブルーコスモスの主力はユーラシアのMSである。

 彼らは軍人として苦渋の決断をしたのだろう。だが、国民の生命・財産を守る者として、今のスカンジナビアの政策は例え実力行使であろうとも止めなくてはならないと感じているのだ。

 グスタフは、その旗頭を求められていた。椅子の背もたれに体重を預けるように、天井を仰ぐ。

 心情としては、先頭に立ちたい。スカンジナビアを守るために、彼らと共に立ち上がりたい。だが、王族として政治家として行政官として、それは正しい事なのだろうか。ここに来て以来、堂々巡りを続ける考えに、部屋のノックにも気付かなかった。

 慌てて返事をしてドアのロックを解除する。遠慮がちに少年が入ってきた。フリーダムのパイロット、スレイ・カルガだ。曖昧な手つきで席を勧める。

 彼はしばらくの沈黙の後、おもむろに切り出した。

「僕達としては、あなたの意志を尊重します。残る事も、戻る事も」

 それを伝えに来ました、それだけを言うと、彼は席を立つ。ボールはグスタフの手元にある、それをどちらに投げ返すかは、彼自身が決める事だった。ドアを開けたスレイに一つだけ尋ねる。

「君達は、どうするつもりだ?」

「僕達は、きっと・・・」

 ドアの閉まる音にかき消されるような声だが、彼ははっきりと言った。グスタフは自分の手を見つめる。そしてそっと握り締めた。

 

 ラドカ湖を飛び越え、スカンジナビア国境に沿うように北上する。既にブルーコスモスの実効支配領域に足を踏み入れつつあるが、敵の動きは見えない。地上を疾走するピレネー級陸戦艇に歩調を合わせるように、トレランシアは速度を保つ。

 雪解けの始まったなだらかな丘陵と針葉樹の森が占める土地であるため、大型の陸戦艇はその進路が限られる。それだけに敵の出方も限られていた。北上する部隊はあくまでも陽動だ。本命の部隊は運河を使って直接白海まで進行し、バレンツ海からムルマンスクを目指す。

 スカンジナビア軍は陽動部隊の側面支援を行う事になっているが、これに関しては期待をするなと伝えられていた。スカンジナビア軍内はその足並みが完全に乱れていた。それでも順調に進む進撃に、マーカスは肩の力を抜く。

「この分だと、敵は予想通り18号線沿いに部隊を展開していたのでしょうか」

 レセディは表情を緩めなかった。サンクトペテルブルグの動きは敵も掴んでいるはずである。それほど単純な手に引っかかるとも思えなかった。それにスカンジナビアからの支援がなければ、補給線は手薄なまま延びてしまう。付け込まれる部分は少なくないのだ。

 必要以上の突出は避け、数の優位を生かせるような進撃を心がけなくてはならない。それに、数の優位といってもその差に圧倒的なものがあるわけではないのだ。

 艦長の楽観的な考えをいさめようとした時、緊急の入電があった。偵察機からのレーザー通信である。ブリッジに緊張が走り、センサー感度を最大に上げ高度を上昇させる。

「ぎりぎり先手を取れるかどうか・・・MS隊にスクランブルを!」

 レセディの声に、艦内は一斉に戦闘態勢に移行する。MSデッキでは整備クルーの退避と同時に、カタパルトの開放が始まる。ウェルガーがエレベーターを上昇し、コクピット内ではタラスが準備を整えていた。

 ブリッジからの情報では、敵の数がはっきりしない。高高度偵察機からの赤外線探知と光学映像で何らかの動きが察知できるという程度である。だが、ここが敵のフィールドである以上、何らかの動きが味方であろうはずがない。

「無駄足ならそれまで、問題は・・・」

 タラスは呟きを切って力を込める。カタパルトがウェルガーを撃ち出し体がシートに押し付けられた。

 後方モニターには、フォルトゥーナとグラティアが射出される様子が映し出されていた。全機出撃させないところを見ると、ブリッジも背後からの敵襲を警戒しているようだ。陸戦艇からもMSが出撃を始めている。

 陸戦艇が放った砲弾が着弾する。同時に反撃のビームが撃ち上がった。どうやら無駄足ではなかったようだ。タラスは舌打ちとともに機体を急降下させる。モニターには雪中迷彩を施したセカンドダガーの姿が見えた。照準をつけると同時に、警告音が鳴った。

「なんと!?」

 ペダルを踏んで降下速度を上げる。頭上をミサイルの群れが通り過ぎた。戦闘機を引き連れるようにジェットストライカーを付けたウィンダムⅡの編隊が向かってくる。

「本物の軍だな、こりゃ・・・」

 着地と同時にセカンドダガーを切り払ったウェルガーは再び飛ぶ。グラティアが敵編隊の只中に飛び込んでいった。

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