Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第四十一話 言葉が語る範囲

 風がブラインドをカタカタと鳴らす。空調なしで過ごせるほどに穏やかな陽気が、外の芝生を鮮やかな色に見せていた。風に揺れる木々のささやかな音が、開け放たれた窓から入ってくる。

 その風がテーブルの上の資料をペラペラとめくり、男性が苛立たしげにポールペンで抑えた。研究所の外とはうって変わった重苦しさが、会議室全体を覆っている。過ぎてしまった事態に対する不毛な責任の押し付け合いが、ようやく一段落したところだ。

「政庁からの回答は?」

「先ほど連絡したばかりです、早くても三日後と言われました」

「最悪、研究の長期中断も視野に入れませんと・・・データの分散と隠匿も必要です」

 その他、今後の対応についての提案がいくつかなされた。どれも苦渋の決断を要するものばかりであったが、対応の遅れは致命傷になりかねない。最高のコーディネーターに関する研究を放棄する事など出来ないのだ。研究継続のために最大限の手を打たなくてはならない。

 何より、主要テーマの一つである「自然交配の可能性の是非」についてはいまだ何の成果も出てはいないのだ。だが、彼女の卵子を使用した研究は、既に代理母による妊娠試験及び人工子宮を使用した成長試験の段階まで来ている。最低でもこの二つの研究に関しては現体制で済ませておきたい。

「リリト・フィランディエーレに関する定期報告も空白期間が生じているが」

「彼女は連合部隊にいます、ラフィーヌ主任が別行動を命じられればそれまでです」

「それ以上に、問診の正確性が低下している。協力要請や倫理規定の遵守態勢の不備ではないのか」

 彼女を一個の個人として扱い、その権利は最大限に尊重するのが、機構の方針である。それでもなお彼女からの協力が得られないのであれば、倫理規定の見直しから始めなくてはならない。連合部隊に派遣しているフィリップ・ラフィーヌからも、彼女とその関係者を含めた研究規定の見直しを求められている。

 続けて各専門分野ごとでの分科会が執り行われる事となり、事務方は会議室を後にした。所長はその足で応接室へと向かう。彼は遅れた事を詫びながらソファーに腰をかける。来客が少し居住まいを正した。

 その来客、サーシャ・ローレンスは先端遺伝子補助医療研究開発機構からの急な申し出で、セプテンベルⅡの研究所まで出向いていた。出された紅茶に口をつけて、愛想笑いを作ろうとしている所長の顔を見つめた。その彼がいきなり本題を切り出す。

「リリト・フィランディエーレをこちらに呼び戻していただきたいのですが」

「バレましたか、最高のコーディネーター」

 所長の顔色が変わる。所詮は科学者であって、その筋の専門家ではない。被験体を囲い込んでいるうちは情報の秘匿もできただろうが、もはやそうではないのだ。もっとも、サーシャとてその情報を裏付けを含めて知ったのは最近である。

 別に研究自体は驚くようなものではない。コーディネーターという存在が導く必然的な結果だ。だが倫理や道徳がその必然に追いつくかどうかは別問題である。ましてやナチュラルがその秘密を知ろうものなら、Nジャマーキャンセラーの情報漏洩以上の問題になるやも知れない。

 あっさりと状況を説明した所長の話によると、機構から派遣した研究員が連合から事情聴取を受けたとのことだった。任意であったため、現時点で最高のコーディネーターに関する情報が連合に漏れたわけではないが、この後の展開は予断を許さない。

 そのため、リリト・フィランディエーレを早急に呼び戻したいというのだ。サーシャは薄笑いを浮かべる。彼女にそんな権限はない。報告によると、リリト・フィランディエーレの評価は非常に高く、所属部隊からは報告のたびに謝辞が添えられているという。今さらこちらの都合だけで引き抜くことは出来ない。

「一応、報告はしておきます」

 曖昧な返答を残してサーシャは応接室を辞した。正当な理由もなく人員の交代を申し出れば、逆にその理由を調べられるのがオチだ。この件は握り潰しておくのが、この研究所にとっては一番良いだろう。

 何より、リリト・フィランディエーレもここに戻る事を拒絶するであろうし。サーシャの知っている情報に、リリトの幸福な姿などなかった。

 

 リベルの六連ビームを弾きながらユークリッドが疾走する。斬機刀を突き立てられて爆発したウィンダムに煽られて、フォルトゥーナが崖を滑り落ちる。陸戦艇に肉薄するザムザザーを、三機のウィンダムが包囲して攻撃している。

 着地したグラティアを狙うように撃ち込まれる砲撃。はるか遠くのドッペルホルンからの攻撃は直撃するものではないが、雪混じりの土砂が機体を汚す。突っ込んできたセカンドダガーを撃ち抜き、上空を抜けようとする戦闘機にビームキャノンを見舞う。信号弾を確認して、リリトはペダルを踏み込んで機体を下がらせる。

 トレランシアの艦砲が一斉に火を噴き、地平線の向こう側から爆発音が響いてくる。味方のセカンドダガーが一斉にスラスターを吹かし、後方からの援護射撃が無くなった敵部隊に追撃をかける。

「新手!?」

 崖下から飛び上がってきたフォルトゥーナが信号弾を打ち上げていた。味方の部隊の着地点を見計らうように敵の一団が殺到する。寒冷地専用のアヴァランチダガーだ。脚部に装備したスキーで、雪の残る泥濘地を滑るように移動する。リベルの全砲門が開き、敵進路を塞ぐように薙ぎ払う。

 だが土砂の雨を突き抜けた敵は、一気に乱戦に持ち込んだ。グラティアとフォルトゥーナもその中に突っ込む。

 敵も味方も同じ機体を使用しているので、判別が難しい。Nジャマーも高濃度なため、敵味方識別信号も当てにならない。フォルトゥーナのビームガンが、スキーを履いたダガーの頭部を吹き飛ばす。ビームシールドで敵のサーベルを受け止め、銃把から伸ばしたビームサーベルで斬り払う。

 グラティアはエクステンショナル・アレスターで左右の敵を貫くと、撃ち上げられるビームを掻い潜るように飛び上がった。ウィンダムⅡの五機編隊を直下から攻撃する。

「飛び付けタラス!」

 アレナが叫ぶ。ザムザザーのビームに、シールドを弾き飛ばされながらウェルガーセカンドが放ったグレネードは、濃い煙を吐き出した。その煙を抜けたザムザザーの背中には、タラスのウェルガーサードが張り付いている。

 とっさに振り落とそうと、ザムザザーが背面飛行をする。無防備な腹部をヒューのウェルガーが冷静に撃ち抜いた。その爆発に乗るようにウェルガーサードは急降下し、陸戦艇を攻撃していたユークリッドを一刀両断にする。

 

 その小さな湾は切り立った崖に囲まれている。補給やMSの上陸には向かない地形であった。崖には急造ながら砲台が多数設置されており、湾内に侵入する事すら容易ではない。砲台の射程外に、ユーラシアの艦艇が停泊している。空母が一隻いるが、MSは発進準備のままで待機している。

 周囲の艦艇がミサイル発射管を開放し、艦対地ミサイルが発射された。ミサイルの中には、煙幕を発生させる弾頭が混ぜられている。湾内は濃い煙に包まれた。対空砲の発射音とミサイルの風切り音、爆発音と着弾音が湾内を満たす。

 砲台にいた人間が、湾内を走る影を見た。この湾は水深が比較的深い。

「潜水艦! ボズゴロフか!?」

 だがその情報が各砲台に伝わるよりも早く、潜水艦が浮上した。同時にミサイルと対空砲が振りまかれ、MSが射出される。ドムが五機、潜水艦搭載型バクゥが五機。湾内を満たす煙を突き破るように打ち出されたMSは、一気に崖の上まで飛び乗った。砲台では狙う事のできない場所から、正確な射撃が降り注ぐ。

 ようやく沈黙の訪れた湾内に、悠々と艦艇が進入する。空母の上のMSが飛び立っていった。

 崖の上のMSもそれを追うように前進を開始する。地上部隊との合流地点の安全を、確保しておかなくてはならない。敵が湾を守る砲台のみであるはずがない。案の上、MSによる迎撃が開始された。

 ホバー走行の出来るドムと、四足歩行と履帯走行の出来るバクゥは、スキーを履いたアヴァランチダガーにも遅れはとらない。スクリーミング・ニンバスを展開し、敵を跳ね飛ばしながらドムが激走する。上空では、ウィンダム同士の戦闘が繰り広げられていた。

「消えろよ! ブルーコスモス!!」

 二機のダガーを同時に切断したバクゥがミサイルを乱射した。ガナーウィザードを装備したドムが、戦車の一団を薙ぎ払う。追加装甲を施したウィンダムをハルバードが破砕し、ブレイズ装備のドムが空中の戦いに乱入する。

 形勢の不利を悟ったかのように、敵が撤退を開始した。深追いを避けるように隊長機のウィンダムⅡが信号弾を打ち上げる。その時、上空で待機していた機体が別の信号弾を打ち上げた。

 アンノウンを示すその色に緊張が走る。その緊張は、敵の正体が明らかになると同時に恐怖に変わった。

「バカな・・・あれが、まだ存在していたのか!」

 後方で待機する艦隊に急を報せるために飛ばせた機体が撃ち落される。その時、パイロットは敵の意図を感じ取った。

 定期連絡の途絶えた事に不審を抱いた艦隊司令は、その理由を察すると同時に消滅する。緊急潜行をしたボズゴロフ級をも飲み込むビームの奔流は、小さな湾そのものを消し飛ばすほどの爆発を発生させた。

 

 予定より十二時間の遅れで予定ポイントに到達する。トレランシアは、小さな湖の湖面にその身を浮かべていた。警戒レベルを一段階だけ落として、クルーを休息に当たらせる。

 モニターに地図を映し、今後の作戦予定を図示した。コラ半島の付け根部分で、白海に抜けた艦隊の一部と合流する予定であった。

「それにしても、後から後からワラワラと・・・」

 レセディが苛立たしさを隠すことなく言う。

 補給線が延びてきた辺りから、敵の攻撃が激しくなった。補給を維持しながらの進撃は速度が上がらない。敵がどれだけの部隊をこちらに割いているのかもよく分からないままだ。ただこのブルーコスモスは装備も練度も正規軍レベルであり、一回の戦闘における損耗は厳しいものがあった。

 もともとムルマンスクはユーラシア北洋艦隊の基地であり、コラ半島一帯は一つの軍管区であった。そこが丸まる一つブルーコスモスに衣替えしているのである。大西洋ブルーコスモスからの支援を受けていることもあり、国家間戦争規模の戦闘になるのも当然であった。

 それ以上に深刻なのは、ユーラシア軍の弱体化である。そもそも自国内のブルーコスモス掃討に、スカンジナビアとの共同作戦や緊急即応部隊の支援を要請する事自体、それを物語っていた。

 復興に予算を傾けるために、各国とも軍事費は削減傾向にある。二度に渡る戦争で膨れ上がった軍隊を削るのは、並大抵の事ではない。ユーラシアはモスクワを中心とする東側地域の軍部隊を、ブルーコスモスとの繋がりが濃いとの理由で強引に削減していた。世論を味方につけるある程度の理由にはなるが、軍内の反発も当然にあった。

 コラ半島におけるブルーコスモスは、そういった軍内の不満分子をも取り込んで急激に成長している。

 それとは逆にユーラシア軍本体は、国内の反政府勢力を自力で排除できなくなるまでになっていたのだ。補給線を維持している部隊は軍ではなく、内務省の特殊部隊である。

「軍縮も、ここまで来ると本末転倒ですね」

 マーカスが疲れた声で言う。リアリストを気取るつもりなど毛頭ないが、国家安全保障を考慮しないただ財源確保のための軍縮など、逆に高くつくことの証明だ。ユーラシアの苦衷は理解できるので、それ以上は言わない。

 二度に渡る戦争で最大級の被害を受けながら、戦後のプラントと大西洋の自壊とも言える影響力低下で地球圏の盟主をやらざるを得ないユーラシアである。政治家の野心を満足させるだけの金はどこにもなく、国家のリストラで復興財源を捻出しているのが実態だ。

 東アジアとの国境画定選挙、中東地域の独立容認、アフリカ解放戦線との条約締結、これらは本国の財政負担を圧縮するためであり、プラントとの接近は軍事費増大の圧力をかわすためのものである。それで世界が平和になるなら越したことはないが、国家という瓶の蓋が緩まったとたんに、様々な紛争が吹き出す。

「旗艦アネトから通信です。地震を観測したとか・・・」

 マーカスは考え事をやめて、カシアから紙を受け取る。震源地は、合流地点と同じ場所であった。

 

 国境地帯はまだ静かであった。時折、所属不明機が上空を掠めるが、友軍機が警告を行うと素直に撤退する。偵察のスカウトダガーが遠くの峰に姿を現すこともあるが、すぐに姿をくらませる。それでも、緊張感は抜けなかった。

 しかしスカンジナビア軍の持つ緊張感は、少し質の異なるものだ。彼らの役割は、進撃中のユーラシア軍の後方で、その補給線を確保する事である。進撃が国境沿いなのは、支援を受けやすいという理由であるが、その支援の当事者であるスカンジナビア軍の動きは鈍かった。

 幹線道路ではない道を、弾薬や補充部品を載せたトラックや交代の兵員を乗せたバスが、ユーラシア内務省部隊の装甲車やMSに守られながら進んでいく。MSはプラントからライセンスを受けて生産されたジンの改良型・シュバルベである。軍から払い下げられたもので、二線級の機体だ。

 曇天の下、どこか陰鬱な雰囲気を漂わせながら車列が続く。それを遠巻きにするように、スカンジナビア軍の機体が眺めていた。オーブのムラサメの改良型であるシアルフィと、M2アストレイの改良型であるロスクヴァが、スカンジナビア軍の正式採用機であった。

「いいんですか、ユーラシアの協力なんて」

「命令だ」

 隊長機からの通信は、細いケーブルで繋がれた全ての機体に伝えられる。パイロットの士気は一様に低い。前大戦時から、ユーラシアは常にスカンジナビアに対して圧力を掛け続けてきた存在であり、連合もまたスカンジナビアの中立政策に対して露骨な干渉を行ってきた相手である。

 軍はそれらに対する盾としての自覚が強い。現に、レクイエム戦役直前まで、ユーラシア軍とブルーコスモスは一体であり、油断の出来ない国だという事は一般の兵士の共通の認識である。

 この作戦自体、謀略の可能性をささやかれており、その直前にテロ攻撃と皇太子の拉致が発生していた事が、その見方に一定の説得力を与えていた。ユーラシアと連合によるスカンジナビアへの介入の口実としての作戦、そんな疑心を抱きながら補給の車列を眺めている。

「しかし我が国の政策は・・・」

「中立の国是は揺るがない。我が軍はあくまでもスカンジナビア防衛のための軍である」

 隊長ははっきりとそう言った。それが単なるレトリックなのか否かを知る者はいない。トラックとバスの一団が通り過ぎ、今度は逆方向に向かう車列が現れた。負傷した兵士と、回収されたMSを送る部隊である。

 それは、遠くで起こった激しい戦闘を物語るものであった。

 

 コクピットの中で、彼は命令を繰り返した。若いパイロットはようやくその意味を理解したかのように機体の操作に取り掛かる。アズレト・ベノフにとって、青き清浄なる世界の実現こそが全てに勝る目的なのだ。忌まわしきコーディネーターを引き込むユーラシア軍に、鉄槌を下さねばならない。

 ボズゴロフ級を撃沈した彼の次なる目標は、コーディネーターを使用する連合軍緊急即応部隊。プラントで開発された艦とMSをコーディネーターが運用している、まさに宇宙の化け物の部隊であった。

 だからこそ、彼も化け物を使用する。毒は毒で制さねばならない。いや、コーディネーターを殺す毒は薬なのだ。

「青き清浄なる世界のための・・・」

 アズレトはつぶやいた。この地球を、人類をあるべき姿に戻す。歪められた遺伝子に基づく歪んだ人種を駆逐し、宇宙に浮かぶまやかしの大地を打ち砕き、唯一の大地に自然の人間を繁栄させる。ブルーコスモスの理念とは、その実践によってのみ示されるものなのだ。

 軍産複合体によって汚された理念を再び輝かせるのは、他でもない自分であると信じている。プルーコスモスとは組織ではなく、一人一人の人間の内なる世界を支え、その世界を持って外なる世界を変えていく運動の事なのだ。ムルマンスクの思惑など、知った話ではなかった。

 もともとユーラシア軍に切り捨てられた者達が結集した集団であり、純粋なブルーコスモスは少ない。東側と呼ばれる地域は、西側に比べて反プラント、反コーディネーター色の強い地域であったため、ブルーコスモスという旗印が受け入れられやすかったという点はあるが、実態としては反ユーラシア連邦政府組織であった。

 だがユーラシアと正面切って対立するつもりも毛頭なく、今回の作戦でもサンクトペテルブルグへの進撃は禁止されていた。いくら弱体化したとはいえ、ユーラシアに本気を出されればひとたまりもないのは明白だ。

 相手の出鼻をくじき、その後の交渉を優位に進め、政治体としての承認を迫るのが狙いであった。アズレトに示された目標はヘルシンキである。

 彼にとっても親コーディネーターのスカンジナビア王国は、青き清浄なる世界のために倒すべき相手である。だがそれは理念のためであって、政治のためではない。アズレトは遠くを見据えるようにモニターを睨む。

 彼の理念が潰えるその日まで、この機体は永久に動き続ける事を約束されている。

 

 合流するはずの部隊に何らかのアクシデントがあったことは明白だ。連絡機が来ない上、敵の動きにも後方を気にする素振りが見えない。補給中に先手を取られて、苦しい局面となっている。ブルーコスモスが投入するMSも、強力なものとなっていた。グラティアのビームがザムザザーを撃ち抜く。

 上空のウェルガーが、リフレクターを装備したMSに苦戦している。敵のウィンダムⅡが装備しているストライカーユニットは、フォビドゥンストライカーと呼ばれる特殊装備だ。

 陽電子リフレクター二基に、レールガンと大型のビームを装備した円盤状の巨大な飛行ユニットを装備したウィンダムⅡは、ジェットストライカー以上の機動性で、空を駆けている。フォルトゥーナの斬機刀がリフリクター発生装置に傷をつけ、アレナのウェルガーがそこを狙う。

 味方の戦闘機がビームに飲み込まれ、ウィンダムの編隊はレールガンにかき乱される。上空のフォビドゥンウィンダムを牽制しながら、リベルがユークリッドの突進にレールガンを乱射する。

 飛び上がったグラティアを狙うようにビームが撃ち出された。125mm連装高エネルギー長射程ビーム砲、別名カラミティパック搭載型のダガーLが、ゲルズゲーに守られるようにビームを撃ってくる。

 ウェルガーサードが果敢に特攻し、グラティアがそれを陽動にするように上昇する。敵のウィンダムを斬り払い、ゲルズゲーの真上に回りこんでビームを浴びせた。崩れた陣形にウェルガーが飛び込み、ダガーLを真っ二つにする。

「この装備は、大西洋のもんだな・・・」

 バスターダガーのコクピットを貫き、ヒュー吐き捨てるように言った。おそらくパイロットも、大西洋の者であろう。こんな場所までMSと一緒に来る連中である、今までのようなユーラシア軍残党ではなく、熱烈なブルーコスモスであろう。

 リリトは舌打ちをしてレバーのボタンを押す。エクステンショナル・アレスターがケーブルを引き伸ばしながら飛び、リフレクターを回り込むようにしてウィンダムを貫く。混線する無線から飛び込むのは、熱狂と呪詛の入り混じった絶叫だ。

「宇宙の化け物め!」

「青き清浄なる世界のために!」

「死して宇宙へ還れ、コーディネーター!」

 ボキャブラリーの無さを露呈するような同じ文句が続く。コーディネーター、コーディネーター、コーディネーター、まるで合唱のように無線から声が聞こえてくる。斬機刀が円盤ごとウィンダムを切り裂いた。

 ビームシールドで攻撃を捌きながら、イェレがその声に叫び返した。

「俺達を一言で語るな!!」

 コーディネーターという言葉で、彼らの何を語った事となるのだろう。その言葉に人の姿は無い、あるのはイデオロギーが作り出す幻想だけだ。彼らは夢でも幻でもなく、ここにいる。

 最高のコーディネーターという言葉でリリトを語りつくす事が出来ないように、コーディネーターという言葉でコーディネーターを語りつくす事など出来ない。その言葉を発する者は、語ることを放棄したものである。現実の存在を見る事を止め、幻想のみを見つめる者だ。目の前のリリトを見ずに、収集されたデータを分析する者と同じだ。

 リベルの複列位相砲が空を薙ぎ払い、怯んだ敵の編隊にフォルトゥーナが切り込む。信号弾が打ち上がり、陸戦艇が前進を開始した。タイムオーバーであろうか、敵が徐々に後退を始める。

「・・・機影? 距離が・・・遠いのに」

 上昇を始めようとするトレランシアのブリッジで、カシアがモニターを注視した。次の瞬間、眩い光と共に陸戦艇がビームの渦に飲みこまれる。ブリッジ内のアラームが一斉に悲鳴を上げ、クルーは確認作業に追われる。

 拡大された映像を見て、レセディが顔色を変える。そして、合流するはずだった部隊の全滅を確信した。

 

 いくつもの中継地点を経由して伝えられた映像。スカンジナビア軍の機体が、ユーラシアの陸戦艇とともに戦闘を行っている映像だ。場所は国境からユーラシア領内に深く食い込んだ地点だ。スカンジナビア軍内にも、連合派と呼ばれる派閥は存在し、今回の共同作戦にも積極的に関わっている。

 神の従者の名を戴くシアルフィとロスクヴァが、崩れだした敵の追撃を開始した。切断されたダガーLが大写しになりカメラの映像が消え、しばらくして別の画面に切り替わった。映像はメインモニターからサブモニターに移され、メインモニターは外部カメラの映像に戻った。

 ボスニア湾中央部の海底、アークエンジェルと呼ばれるその艦は、何かを待つようにひっそりとたたずんでいる。ブリッジに集まった者達の視線が、一箇所に注がれる。キャプテンシートの男性が口火を切るように言った。

「敵はブルーコスモスだ。その排除は、ある意味道理にかなっている」

 視線を注がれていた男性が艦長を見た。確かにその通りだ。だがこれによって、スカンジナビアは、国際社会における中立的な立場を放棄してしまったのだ。連合側の国家として国際社会に組み入れられ、中立政策によって維持してきた仲介者としての役割を失う事となる。

 プラントと連合の間に立ち、その橋渡しを担う第三者を、国際社会は失ってしまったのだ。地球か宇宙か、ナチュラルかコーディネーターか、連合かプラントか、そんな二者択一の世界が再び訪れようとしている。

 ザフト部隊の派遣を受け、スカンジナビアとの共同作戦で行う、ユーラシアによるブルーコスモスの排除。それが融和への道を示すというのだろうか。元プラント議長による対ロゴス戦争が、再び世界を二分するためのレトリックであったように、この作戦もまた世界を二つに分かつものに過ぎない。

 だが、ではどうすればいいのか。グスタフ・ユングリングは集まる視線を感じながら床に目を落とした。スカンジナビアの、いやこの世界のために、自分は何が出来るのか。

「行きましょう、艦長」

 沈黙が訪れたブリッジに、青年の静かな声が響いた。グスタフは顔を上げる。紫がかった瞳が印象的なスレイ・カルガが、同意を求めないような視線で言う。

「僕達は、信じる道を進んできました。きっとこれからも、進んでいきます。だから・・・行きましょう」

 その言葉がブリッジにゆっくりと染み渡っていくのが分かる。ブリッジクルーは三々五々持ち場に戻り、艦を始動させる準備を始める。静かだったブリッジに電子音が満ち、やがて手順を確認するクルーの声が響きだした。

 スレイは傍らにいた桃色の髪の少女の頬に軽く口付けをする。そしてその足を出口に向けた。フリーダムの出撃準備に向かうのだ。その彼に、グスタフの視線が注がれる。スレイは振り返ることなく言った。

「人はきっと、信じる道以外は進めないんだと思います。ただ、どんな道でも最初の一歩には勇気が必要だから・・・小さな一歩でも構わないんだと思います」

 ドアの閉まる音を残して、彼はブリッジから出て行く。メインモニターの画像が揺らめいていた。艦が浮上を開始したのだ。それを見つめていたグスタフは、艦長に一つの依頼をする。

 彼はスレイを追うようにブリッジを後にした。曇天の下の灰色の海面に、アークエンジェルはその白い巨体を浮かび上がらせた。

 

「デストロイ・・・」

 マーカスの震える声が、辛うじてその名前を口にした。かつてベルリンを崩壊させた巨大MSの姿がモニターに映っている。円盤ユニットを上半身に倒し脚部を折りたたんだ移動用の姿が、望遠モニターに映っている。円盤上部に設置された巨大な二門のビームが、こちらを睨んでいた。

 レセディの声とともに、トレランシアは周囲の木々をなぎ倒しながら強引に移動する。数秒後にトレランシアの右舷を通り抜けたビームは、湖の水を残らず巻き上げる。落ちてくる大量の水と立ち込める水蒸気の中、トレランシアは全砲門をデストロイへと向けた。

 この化け物MSは、ヘブンズベースとダイダロスにも数機ずつ配備されていたのだが、その全てが撃墜され、設計図や開発チームその他も散逸して完全に失われたMSだと思われていた。それをこんな形で目の当たりにしてしまうとは、彼女は自分の運の無さを嘆く。

 ヘブンズベース攻防戦では、迫り来る艦隊の三分の一を一瞬にして消し飛ばした。本当なら撤退して善後策を練りたいところであるが、この距離では逃げ切れる保証がない。ならば逃げられる確率を増やしてから逃げるだけだ。

「足を狙って!!」

 デストロイの脚は砲の反動を抑えるためのものである。変形状態でしかアウフプラール13を撃てないのは、逆関節状態でしかその衝撃を吸収できないからである。MS形態であっても、脚部が損傷すれば胸部の大型ビームは使用できない。

 トレランシアから撃ち出されたビームとレールガン、そしてミサイルは地面をこするようにしてデストロイの脚を狙う。

「増設してやがるな」

 パニック寸前のMSデッキの喧騒を聞きながらヒューはブリッジから送られてくる画像に見入っていた。リフレクターの数は、ライブラリーのデータより多いようだ。稼働時間の見積もりも、多くしておかなくてはなるまい。

 陸戦艇からもMSの発進が始まった。あれの追撃を受けて生き残る自信は無いという事だろう。アジズの怒鳴り声に、モニターに向けて親指を立てる。だが、それが空元気だという事も、頭の片隅で感じていた。

 実際に戦ったことは無いが、噂だけなら嫌でも耳に入る。そして耳に入る噂はたいてい、戦意を削ぐに十分な内容ばかりだった。

「こういう時にこそ現れろよ・・・正義の味方」

 虫の良い願望だとは思わなかった。フリーダムの存在意義など、他の場所には存在しないであろう。カタパルトのランプが緑に代わり、Gが体をシートに押し付ける。五機の僚機を確認すると、機体を大きく煽った。

 太いビームの柱が、空を串刺しにするように伸びていく。巨大なキノコのようなMAの周りで、閃光と爆発が乱舞している。

 

 上空から投下される装甲貫徹弾を飛び回る腕が虱潰しに破壊し、対空ミサイルの群れが航空機を撃ち落す。全周囲にばら撒かれたビームが、群がるウィンダムを貫いていく。撃ち込まれるビームは、全身に設置されたリフリクターが弾き、実弾はPS装甲によってその効果を打ち消されている。

 MSに包囲され、艦砲による攻撃を受けているにもかかわらず、デストロイは変形を開始した。それでも、振りまかれるビームの数が減じることは無く、周囲を睥睨するよう直立したMSの胸が凶暴な光を発した。

「ざけんなよ!!」

 掠めただけでシールド表面のアンチビームコーティングが全て剥離してしまい、タラスは忌々しげに叫ぶ。ウェルガーサードを急降下させ、第二射を回避した。

 サブフライトシステムを低空飛行させたリベルが、全砲門を開く。だが脚部に設置されたリフリクターがそれを全て弾き、逆に上からデストロイ口部に設置されたビームを浴びせられる。

 ABP装甲で難を逃れるものの、フィジェは背中に流れる嫌な汗を感じざるを得ない。味方機の数があっという間に減っている。無線からイェレの怒鳴り声が聞こえた。

「腕のくせに!」

 斬機刀が直撃するものの、PS装甲のために吹き飛ばすことしか出来ない。リフレクター発生部や指先、スラスター部への攻撃はそう簡単に許してもらえないようだ。アレナとヒューは二機で飛行する腕を抑えている。

 イェレは気を取り直して、ウィンダムを狙おうとした腕の前面に機体を滑り込ませて、ビームシールドで攻撃を弾く。艦艇を攻撃するのと同じ要領で、この手の大型機には接近するのがセオリーだ。デストロイにとってこの腕は、艦艇にとっての直援機と同じはず。腕を抑え込むのは、地味だがデストロイにとっては大きな影響を与えられる。

 地響きを上げながら脚を進めるデストロイの速度は衰えない。ダメージらしいダメージを与えられないまま、味方の被害だけが増えていく。放たれた胸部ビームを回避するが、それはそのまま陸戦艇に命中し行動不能に陥らせてしまう。リリトは、舌打ちと共にペダルを踏んだ。

 ミサイルの群れを機体を回転させるように斬り払い、口部ビームをABP装甲で強引に突破する。振り下ろしたビームサーベルは額のリフレクターに受け止められ、ビームキャノンも有効打にならない。

「ラミネート装甲まで・・・」

 だが接近できたグラティアを退かせるつもりは無い。デストロイの眼前でビームを乱射する。狙うのはただ一つ、ビームを発射する瞬間だ。リリトは意識を解放する。

 しかし今度は、デストロイの背部円盤ユニットが分割した。二十個に分かれた円盤が、ビーム砲搭載の攻撃デバイスとなって周囲を飛び始めたのだ。リリトは包囲された事を感じる。ビームがあたかも檻のようにグラティアを囲んだ。デストロイ本体に当たる事を考慮しない攻撃が、凶暴な嵐のようにグラティアを翻弄する。

 別のデバイスが友軍機を攻撃する様子を目にしながら、リリトは回避で手一杯だった。エクステンショナル・アレスターが一基のデバイスをようやく捉え、グラティアは辛くもビームの檻を抜ける。

 だが一瞬、緊張感が弛緩した。グラティアを守ろうと飛び込んだフォルトゥーナが吹き飛ばされ、アレナ機の腕を破壊したシュトゥルムファウストが、フォルトゥーナを狙う。

 グラティアのビームライフルが狙いをつけるより早く、それを撃ち落したビームがあった。上空からの攻撃は、デストロイの攻撃デバイスを追い散らす。リリトは複雑な声を噛み締めた。

「・・・フリーダム」

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