Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
低く垂れ込めた雲の下で、純白のMSと漆黒のMSが奇妙な対峙をしていた。生き残った陸戦艇が、残存MSや行動不能の僚艇からの人員を受け入れている。トレランシアから打ち上がる信号弾も撤退を命じていた。
リリトは味方機の動きを横目で見ながら、目の前の二機の一挙手一投足に神経を集中させる。フリーダムとて味方と決まったわけではないのだ。デストロイの口が光る。同時にフリーダムはドラグーンを展開した。
デストロイも、残った腕と分割した円盤ユニットを放出しそれを迎撃する。グラティアはシールドを構えた。流れ弾という表現では生易し過ぎるビームが、撤退作業中の味方にも容赦なく降り注ぐ。陸戦艇を襲おうとしたデストロイの攻撃デバイスを切り落とし、無線から聞こえる声を無視して二機の乱戦に飛び込んだ。
デストロイが上を向き、胸部と口部のビームがフリーダムを狙う。その足元に低空で突っ込んだグラティアは、シールドを掲げて体当たりを仕掛けた。姿勢を崩したデストロイは、そのビームで自らの攻撃デバイスを四基も撃ち落してしまう。
「ふざけた真似を!!」
アズレトは激昂してグラティアを踏み潰しにかかった。そしてそれをフェイントとして、上空のフリーダムに向かって背部で直立するビームを放つ。ビームの余波だけでフリーダムのドラグーンが熔解した。
フリーダム本体の全砲門がデストロイを狙い、デストロイの各部ビームがフリーダムを襲う。ビーム同士が干渉し、シールドとリフレクターがビームを弾き合う。空気そのものが沸騰したかのような衝撃に、グラティアは姿勢を崩して地面に転がる。リリトは歯噛みした。
動揺を見せない二機のMSは、再び攻撃デバイスを展開し撃ち合いを始める。戦闘が激しさを増すにつれ、無線に飛び込んでくる声もその大きさを増していた。
「そんな力で世界は・・・!」
「青き清浄なる世界のために!」
デストロイのミサイルがフリーダムに殺到し、その爆煙を突破してフリーダムの対艦刀が振り下ろされる。PS装甲が鈍い音をたて、デストロイが膝をぐらつかせる。折れた刀を捨て、フリーダムがビームサーベルを振るった。
腹部のリフリクターがそれを受け止め、回りこんだ腕が五連装ビームを放つ。ドラグーンの特攻がビームを直撃コースからそらし、そのまま縺れるように墜落する。スレイは残った二基のドラグーンを前面に展開して、フリーダムを突進させた。
「その想いの先に何があるというんだ! ただひたすらの排除がどんな世界を・・・」
「青き清浄なる世界だ!」
「だったら、僕は・・・そうではない世界のために!」
再び眩い閃光が周囲を満たした。遮光モードに切り替わったモニター越しに、リリトは勝負が付かなかった事を確認すると、ペダルを思い切り踏み込んだ。残りの推進剤を振り絞るようにトレランシアへと帰還する。
無線が拾い続けた彼らの言葉、全く同じ事をしゃべっているようにしか聞こえなかった。彼らが何を考えているかはよく分かるが、彼らがどんな人間なのかは、よく分からないままだ。リリトは後部モニターに視線をやった。
いつの間にか降り出した雨が煙り、何も見えなくなっていた。
MSによる組織的な迎撃、十分な航空戦力による空爆の阻止、そして沿岸部に展開された艦艇。ムルマンスクは、鉄壁とも言える布陣でユーラシア軍を待ち構えていた。デストロイを南からの防壁として使用しているため、十分な防衛戦力を残す事ができているのだ。
このままデストロイをジワジワと南下させ、ラドガ湖北岸で西に進路を変えヘルシンキを狙う。そしてラドガ湖以北及び、スカンジナビア王国の東半分の割譲と独立の承認を取り付ける。
デストロイの威力を示せば、テロ活動の停止程度の条件で交渉は決着するはずだ。ユーラシア軍内部で冷や飯食いだった連中が、新国家の中枢を担う。もともとユーラシアの東側は、現在西側主導と進められているプラントとの関係改善や、連合との共同歩調を快く思っていない。支持は十分に得られるはずだ。
バレンツ海に進出したユーラシア艦隊も、攻撃に二の足を踏んでいるのだろう。完全防衛の都市を降伏に追い込むには、数が足りなさ過ぎる。
「・・・間違いないのだな」
司令官は、アズレトから送られてきた報告に、裏付けを求める。デストロイ本体へのダメージはほとんど無いものの、円盤ユニットの総交換が必要だと伝えられていた。そして敵対する未確認機の存在も伝えている。
アズレトの個人的見解として付記されていたのは、フリーダムの名前であった。そうでなければ、デストロイへのダメージなど考えられるはずが無い。アズレトは以前、アークエンジェルの存在を示唆したことがあったが、まさか本当に現れるとは。司令官は顔をしかめた。
アフリカや中東、インド洋などで暴れ回っていたアークエンジェルが、今度は自分達を標的にしたというのだろうか。だが今までのアークエンジェルの経歴をみれば、それが反連合・反ユーラシア的な行動だった事も確実だ。
「一旦、西に進むよう伝えろ。アークエンジェルの動きが見たい」
司令官はそう言ってモニターの地図に視線を向けた。デストロイが接触したユーラシア部隊は大打撃を被っている。もと来た道をそのまま撤退するより、友軍の支援を受けて撤退しようとするだろう。
別のユーラシア部隊がスカンジナビア軍とともに進撃している場所があった。おそらくそこの部隊と合流してから撤退するはずだ。
アークエンジェルは、もともとスカンジナビアよりのスタンスである。彼らがスカンジナビア軍とともにユーラシアや連合の部隊と共闘するのか、あくまでも独自の判断で自分達に攻撃を仕掛けたのかを見極めなくてはならない。
敵である事は確定していても、それが敵の味方でないのであれば、また別の展開がある。デストロイは修理と補給が終わり次第行動開始、他のMS隊は先行して西進するように命令が下される。
陸戦艇の速度が上がらないため、トレランシアはそれに合わせるように低空で飛行する。整備班の見立てではデストロイ自体はそれほど早く進撃を再開しないであろうとのことであったが、通常部隊による追撃はあって当然だ。トレランシアの艦載機は現在のところ欠けていないが、連戦が何度も可能なほどの人員は揃っていない。
いつ敵の攻撃があるか分からないため、パイロットは待機状態のままである。アレナとタラスは、酸素カプセルの中で休息をとっていた。イェレは水筒のストローをくわえながら、整備班から回されてきた敵のデータを眺めている。
正直、あんな化け物とどう戦えばいいのか分からない。アカデミーではただの木偶の坊だと聞いていたが、それは何かの間違いなのだろう。
「やっぱエネルギー切れ待ちか? 作戦としては」
「・・・どうかしら」
リリトはキーボードをいじって計算をする。スペックに関する情報は無いが、ビームのスペクトル分析からだいたいの出力は見積もれる。リフレクターは他のMAなどと同様の出力としておく。戦闘のデータから算出された使用電力は、小型の艦艇並であった。
あのサイズにそれだけのバッテリーを積んでいるとは考えづらい。デュートリオン送電の形跡は無く、電力ケーブルも存在しなかった。Nジャマー濃度を考えれば、マイクロ波送電も不可能である。
「核、ですか」
マーカスは搾り出すように言う。NジャマーキャンセラーによるNジャマーの揺らぎが観測されていた。デストロイには核エンジンが搭載されていると考えられる。これで戦闘時の時間稼ぎは意味を成さなくなった。高出力ビームとリフレクターで完全武装された巨大MSに、どんな対抗手段があるというのだろう。
艦の中性子砲であれば有効打となりうるが、それを当てるのは不可能であろう。MSで牽制してその隙に狙おうにも、そもそもMSによる牽制が意味を成さないのだ。遠距離からの砲撃は命中率が確保できない上に、デストロイの主砲もほぼ同じ射程距離だ。
やはりMSによる近接戦闘で、ビームの砲口やスラスターなどのウィークポイントを狙うしかない。マーカスは小声で言う。
「出来ますかね・・・フィランディエーレ少尉に」
「そんなに便利ではないでしょう、彼女も」
レセディは、地図が示されたモニターを見たまま言った。リリトが普通のコーディネーターと比べても突出した能力を有していることは、テロリスト撃退の様子を見れば察しが付く。だが、そんな不確定な情報を基に作戦を立てることはできない。
しかし、ベルリンの時のように敵の情報が全くゼロで戦うのではないのだ。部隊を整えれば、勝機はあると踏んでいた。
そのためにも早く味方部隊と合流し、態勢を立て直さなくてはならない。あんなものにサンクトペテルブルグを攻撃されたら、ユーラシアそのものが揺らぐだろう。緊急即応部隊が苦労して築いてきたささやかな信用も吹き飛んでしまう。
それだけは避けなくてはならない。モニターが切り替わりブリッジの空気が張り詰めた。レセディは待機中のパイロットを呼び出す。
トレランシアが180度回頭するのを、後部モニターに見る。頭上を飛び越したミサイルが敵の眼前で炎の花を開かせ、煙の渦の中から反撃のビームが伸びてきた。地面スレスレを飛ぶサブフライトシステムの上で、リベルは身構えた。
爆撃装備の航空機の一団を確認すると、全てのターゲットサイトをそれに合わせた。引き金を引く指が不意にぶれる。直下から伸びたビームとレールガンは、数機の航空機を捉え損ねていた。フィジェは舌打ちをして機体を上昇させる。両手にビームガンを持ったフォルトゥーナが、脇を抜けようとする航空機を撃ち落していく。
速度の上がらない陸戦艇は格好の的となる。MSは足止めして艦艇を航空機で狙う、シンプルだが嫌な作戦だ。こちらが迎撃に出せる機体が少ない事まで考慮しているのであろう。
「五分持たせれば、友軍の航続距離内に入ります!」
艦砲とミサイル、そして対空砲を振りまきながら、トレランシアは陸戦艇に随伴して後退を続ける。モニターカメラの眼前を火を噴く機体が通り過ぎた。艦が微かに揺れる。マーカスは周囲を鼓舞するように声を出した。
合流を目指す部隊は、スカンジナビア軍からの支援とここまでの交戦が少なかった事から、十分な戦力を持っている。追撃してきた部隊の数を考えれば、援軍が来れば引き返すであろう。MS隊には、大西洋の装備を有する機体を集中して狙うように言っておいた。
エクステンショナル・アレスターがフォビドゥンウィンダムのリフターを貫く。リフターをパージした機体をタラスのウェルガーが狙い撃った。重いカラミティパックを外しビームサーベルを抜いたセカンドダガーが、アレナ機に斬りかかる。
「センサーに反・・・両サイド!?」
リリトの声は途中から疑問に変わった。後退する方向から来るのは味方だが、敵にも増援が現れたのだ。見立てが外れ、レセディは舌打ちをする。だが艦載機には予定通り撤退の信号弾を上げさせた。この場は味方に任せて、後退した方がいい。
スラスターを損傷し墜落していくザムザザーを踏みつけるようにしてフォルトゥーナが飛び上がる。リベルのビームに支援されながら、他の機体もトレランシアに向かっていた。突然、グラティアがスラスターを吹かす。
グラティアが向かう方向には、さらに別の反応が現れていたのだ。熱紋の照合が必要ないほどの特徴的なフォルムの艦。リリトは、その艦を牽制できる位置にグラティアを留まらせた。
レセディも、その行動は正しいと思う。アークエンジェルは味方などではない。
戦場に奇妙な空白が生まれた。交戦していた部隊と増援の部隊が入れ替わる、かすかなタイムラグ。そこにアークエンジェルが、不穏な影を落としていた。その緊張を嫌うかのように、ブルーコスモスの機体がビームを放つ。まさに火蓋が切られた。
アヴァランチダガーとユークリッドが、残雪を飛び散らせながら突撃する。ソードストライカー装備のウィンダムがそれを待ち構えるように、いっせいに刀を構えた。空を覆ったロケット弾の群れをフォビドゥンストライカーの大型ビームが薙ぎ払い、その上空をスカンジナビア軍のシアルフィが飛び越える。
はるか後方から撃ち込まれるドッペルホルンの砲弾が地面を抉り、ロスクヴァがシールドを立てて前進を始めた。その脚を止めるため、バスターダガーは支援砲撃から近接迎撃にうつる。
戦闘報告を受けながら、ロマノフ級小型陸上戦艦のブリッジでは、アークエンジェルへの監視が行われていた。ムルマンスクの司令部は、アークエンジェルを単純な敵とは判断していないようだ。
「やはり頭数の差で押し込まれています」
「直援のゲルズゲーを前に。航空支援を要請し、ころあいを見て撤・・・」
陸上戦艦の艦長は、言葉を切る。アークエンジェルのカタパルトが開放され、MSが射出される。それも複数だ。
大型のシールドを装備し、特徴的な水滴型の頭部をもったMS。重量感のあるフォルムは、連合やオーブのMSとも違う。スカンジナビア王国が独自開発したMS・ハスカールである。先頭に立つのは、装甲に細やかな意匠の施された機体であった。シールドに描かれた文様は、その機体が王族のものである事を示している。
直下から攻撃を仕掛けるカラミティダガーを、随伴していた機体が一刀のもとに切り捨てる。先頭のハスカールが、外部拡声器と救難チャンネルを開いた。スカンジナビア軍の機体に動揺が走る。
「スカンジナビア王国に忠誠を誓う軍人であれば、直ちにこの無益な戦場から去れ。これは祖国を防衛する戦いではない。祖国を救う戦いではない。我が国の軍は、ただ我が国のためにある。他国の政治に干渉するための道具ではなく、他国の干渉を招くための道具でもない。ブルーコスモスの越境に対してその力を示すことはしても、ユーラシア国内でその力を示すことは断じて許されない。ユーラシアの越境に対してその力を振るう事はあっても、ユーラシア国内でその力を振るうことは決して許されない。スカンジナビア王国の自主独立と中立は不可分の原則であり、軍はその原則を守るためにのみ存在する。この戦場はスカンジナビア軍の存在意義ではない」
その声は、スカンジナビア王国皇太子、グスタフ・ユングリングのものである。テロリストに拉致されたはずの皇太子が突如として戦場に現れた。混乱が徐々に広がっていくのが見えた。
傾いた形勢を、ロマノフ級陸上戦艦のブリッジは的確に掴む。駆けつけた航空戦力を、撤退の支援ではなく攻撃の支援として使用した。
コクピットハッチを開ける間もなく再出撃だった。それ以上に、このことを予期していたかのように、パッテリーの交換と増槽の取り付け、そして砲身の緊急冷却を行わせたアジズの手際に感心していた。ゾーリンに、グラティア用の外付けバッテリーと増槽を積んでリベルは出撃する。
アークエンジェルから出撃したMS隊のよって、スカンジナビア軍は完全に統制を失っていた。その混乱に乗ずるようにブルーコスモスが攻勢を強めていた。トレランシアは後退をやめ、崩れそうなユーラシア部隊を支える。
レセディはシートの肘掛を握り潰さんばかりに掴む。動揺するクルーを叱り付け中性子砲の起動を命じた。
あくまで作戦の継続をする部隊もいるが、勝手に撤退を始めたスカンジナビア部隊もあった。だがそれは、まだマシな部類だといえた。一部部隊はユーラシア軍に対しても攻撃を始めているのだ。それに対して、ユーラシア部隊は反撃の許可が下りない。
だが連合軍から共同作戦に参加しているトレランシアは、独自の判断での行動が可能だ。
「アントレランス、照準をアークエンジェルに! 出力はいいからとにかく撃って!!」
十分なチャージもなく狙いも不十分なビームは、アークエンジェルの傍を通り抜けるだけであった。だが連合軍緊急即応部隊の姿勢は示した。アークエンジェル及びその艦載機とそれを支援する部隊は敵であると。ユーラシア部隊もそれに倣う。
隊列の整いだしたMS隊は、陸戦艇を守りながら後退を始める。トレランシアは全ての砲門を全方位に向けて振りまく。対空砲が突っ込んできたシアルフィを蜂の巣に変える。
振り下ろされるハルバードの柄を銃把のサーベルで斬り、もう一方のビームガンでハスカールのバッテリーを撃ち抜く。背後から襲ってくるのはブルーコスモスのウィンダム。それを排除したリベルに、フォルトゥーナの指が感謝のサインを出す。
陸戦艇を守っていたゲルズゲーの脚を破壊したロスクヴァをヒューのウェルガーが両断し、フォビドゥンウィンダムと交戦しているハスカールは無視してトレランシアを襲う機体に狙いを定める。混乱する戦場で、敵味方の判別に集中力を削がれてしまう。ヒューは軽口を叩く余裕も無く、ノイズだらけの無線に悪態をつく。
「知り合い以外は全員敵ってことにすんぞ、コラァ!!」
グラティアは上空を狙うバスターダガーと、それを襲おうとするロスクヴァのどちらを狙うか迷った。ブルーコスモスの機体が攻撃しているのは、混乱の張本人とも言えるハスカールだ。
レバーを押し込んで両機の間に飛び込むと、エクスタンショナル・アレスターでバスターダガーのバックパックを爆破し、ロスクヴァの両腕を斬り払う。飛び込んだ勢いを殺すことなくペダルを踏み込んでスラスターを吹かすと、上空のハスカールに狙いを絞った。
それを阻止しようと突っ込んでくるシアルフィとハスカールを一蹴し、リリトは引き金を引く。ビームキャノンを弾いたシールドに、思わず叫んでいた。
「予想通りなのよ!!」
ドラグーンを展開されるより早くエクステンショナル・アレスターを伸ばし、フリーダムの背部ユニットを狙う。正面から放たれた腹部ビームをシールドで凌いで、その眼前にグレネードを叩き込んだ。爆炎から距離を取ったフリーダムを無視し、ハスカールを襲う。
大型のシールドを蹴って体勢を崩させると、ビームキャノンを連射する。バッテリーと推進剤の残量に舌打ちをするが、リベルの発射した信号弾を目の端に捉えた。フリーダムの突進を阻止し、ハスカールへの牽制となる絶妙なビームが撃ちこまれる。
グラティアを急降下させると、リベルの乗るゾーリンから予備のバッテリーと増槽を受け取る。十分とは言いがたいが、味方の撤退までの時間なら何とか持つ。
ようやく敵の追撃を振り切った時には、スカンジナビア国境まで十数キロの地点まで来ていた。国境付近に集まっているスカンジナビア軍の部隊は、完全に敵であった。国境を一センチでも踏み越えれば、容赦なく攻撃してくるであろう。
混乱する余裕も無いほどに疲弊している前線部隊に代わって、サンクトペテルブルクが混乱しているようだ。送られてくる情報も指令も、首尾一貫しない支離滅裂なものであった。補給が途絶えていない事は奇跡であっが、スカンジナビア軍が動かない事が明確になれば、ブルーコスモスが補給線に対して攻撃を加えてくる可能性は極めて高い。国境沿いのルートでは、スカンジナビアからの攻撃もありうる。
「敵は南下しますか?」
「デストロイのみを南下させる可能性もあります」
ムルマンスク沖にユーラシア艦隊がいる以上、敵の増援には限りがある。敵は、サンクトペテルブルクが増派に動く前に決着を付けたいであろう。デストロイはうってつけの兵器だ。
だが敵の動きがどうあれ、トレランシアと残存ユーラシア部隊は、スカンジナビアからの側面攻撃に怯えながら撤退する以外に手は無い。パイロット以上に休む間もなく、整備班はMSの修理を急いでいる。
アジズの声もガラガラになっていた。汗でべたつく体を気にする暇もないほどに、仕事がある。ユンディはウェルガーのプログラム調整を行っていた。
「セカンドの左手は諦める! シールドは腕に溶接だ!!」
トレランシアの艦載機はユーラシアの制式機ではないため、補給品も少ない。修理部分の少ないグラティアの部品は、色々な場所に流用されていた。タルハはアクチュエーターの取り付けボルト位置を変更するために大型の旋盤に向かっている。グラティアの調整を手伝っていたリリトは、アジズにコクピットから追い出された。
スパナ片手に鬼気迫る表情で休めと言われたら従わざるを得ない。
ようやくシャワーを浴び終えたリリトが、ディスペンサーのジュースを片手に小さく息をついた。デストロイだけでもとんでもない事態であるのに、加えてフリーダムとスカンジナビアの裏切りである。
「どいつもこいつも、同じ事ばっか・・・」
自分の言葉が思いの他ささくれている事に、自分で驚く。周りを見回してもう一度息をついた。
デストロイのパイロットも、フリーダムのパイロットも、スカンジナビアの皇太子も、みんな同じ事を言っている。「○○のために」。そんな重みも厚みもないただの言葉を、まるで崇高な呪文のように繰り返す。
青き清浄なる世界がどのような世界なのかを語らず、スカンジナビア王国がどのような国家を目指すのかを語らず、ただ言葉だけが美しく踊っている。「プラントのために」「コーディネーターのみらいのために」そんな言葉がリリトの苦悩の答えにならなかったように、彼らの言葉もまた何の回答にもなっていない。
それにもかかわらず彼らは同じ言葉を口にする。彼らは何を語ろうとしているのだろう。
「な~に、悩んでんの」
「・・・乳を乗せるな、頭に」
後から伸ばされたカシアの手が、リリトの持っていたコップを取ってジュースを飲み干す。声は空元気なのだろう、疲れた顔をしていた。しばらくそうやってリリト抱きついていたカシアが、ゆっくりと離れて横に座る。
シャワーを浴びたらすぐにブリッジに戻らねばならないらしい。スキンシップでもないと身が持たないとボヤく。
「だからって女に抱きつく事ないんじゃない?」
「あんたが、それ言うかな」
その応えに疑問の表情を浮かべる。カシアが仕方なしといった感じで笑う。つられて笑ったリリトは思う。連中の語る世界には、こういう現実感がないのだ。彼女が苦悩とともに受け止めた、この現実感が。
リリトはカシアに抱きつく。彼女の胸は、重みも厚みも十分にあった。
岬の監視塔から送られてくる映像では、水平線の僅か上に艦艇のブリッジ上端が見える程度だ。ムルマンスク沖に停泊しているのは、MS空母二隻を中心とするユーラシア艦隊。通常空母も確認され、短距離弾道弾搭載型の潜水艦もいるだろう。
防衛態勢は万全だが、かといって沖合いの艦隊を攻撃する余裕があるわけではない。バルト海から白海に抜ける運河が敵の勢力下である以上、ユーラシアは次の艦隊を送り込むことも出来る。バレンツ海を抑えられ大西洋からの補給ルートを封鎖されれば、困るのはブルーコスモスである。
デストロイの威力を見せ付け、それによってユーラシア東部を揺さぶることで、ジュネーブとの交渉を優位に進める。当初の計画は、スカンジナビアの動きによって若干の修正を迫られていた。
「あそこまではっきりと反ユーラシアで動くとはな・・・」
デストロイは南下させず、西進を命じる。謎のテロ集団と行動を共にするスカンジナビア王国を共通の仮想敵にすることによって、ユーラシアとの対立を解消しようというのだ。ブルーコスモス色は徐々に薄めていけばいい。少なくともムルマンスクの司令部は、主義者ばかりではないのだ。ユーラシア政府とのホットラインは、使用可能な状態だった。
しかし、そのような上層部の意図など関係なく、アズレトは西へ向かう事を決めていた。連合が運用するコーディネーターの船、そしてアークエンジェルとフリーダム。青き清浄なる世界に反する存在を、アズレトは狙う。
情報ではスカンジナビア王国もゴタゴタしているようだが、どの道連中もコーディネーターに与する敵である。いつかは退治しなくてはならない存在である以上、それを今行ってはいけない理由は無い。修復の終わったデストロイが、MA形態へと変形する。
従来のデストロイは、超大型バッテリー充電のため拠点周辺か専用の陸上戦艦の支援を受けねば行動できなかった。だが動力に核が採用された事によって、それらの支援を大幅に減らし運用速度が飛躍的に向上した。移動に関しても、核エンジンによって搭載可能となった浮遊システムによって、スラスターによるホバー走行と比較してはるかに速くなっている。黒い異形のMAを中心とするように、ブルーコスモスのMS隊が編隊を組んで前進を開始した。
「青き清浄なる世界のために!」
無線を通じて、ノイズの奥から祈りの声が聞こえる。アズレトもそれを口にした。それは唯一にして絶対の真理。ブルーコスモスは他の言葉を知らないのではない、その言葉こそが世界の全てなのだ。だから、この言葉だけがあればいい。それは、この世界にナチュラルに生まれた者の全てに等しく正しい言葉だ。
高みを目指す、それを己が努力ではなく、商品として購入しようという人間の怠惰な欲望が生み出した、コーディネーターという化け物。それが今の世界を歪めている元凶である。だからこそ、その全ては排除されなければならない。それが、青き清浄なる世界のために出来る事である。アズレトは瞑目する。
古来より、正義と悪の最終戦争は神の時代の終わりを告げると同時に、人の世の始まりを告げるものでもあった。ブルーコスモスとコーディネーターの戦いの中で、アズレは自身の死を覚悟している。
それはこの不毛な戦いの先にある、青き清浄なる世界の到来を知っているからだ。コーディネーターが滅び、ブルーコスモスが力尽きたその先にこそ、唯一にして絶対の世界が現れる。
だからこそ、アズレトは戦えるのだ。それが希望や確信のような「意思未来」で語るべき世界ではなく、「単純未来」で語る世界だと知っているから。
ユーラシア国境沿いにある小さな湖の底に、アークエンジェルはその身を休めている。残存するユーラシア軍は目と鼻の先に集結していた。ブルーコスモスが進撃を開始したとの情報も入っている。
湖付近に展開する部隊は、それらに対する備えとして集まった者達だ。おそらくスカンジナビア軍司令部からの正式な指令は出ていないであろう。彼らは政治的な要請ではなく、兵士としての職務を果たすためにここに集っているのだ。湖に浮かぶ大型のクルーザーから、連絡用の潜水艇が下ろされる。
「我が軍はあくまでも祖国の防衛に徹するのであって、ユーラシアに敵対するものではない」
グスタフ・ユングリングは、アークエンジェルの一室でそう厳命する。そこの集まったのは、周辺に展開する部隊の指揮官達だ。独立と中立、それを守ることが何よりも目的だった。連合に呑み込まれず、ユーラシアを侵さない。それがスカンジナビアのあるべき立場である。
複雑に錯綜する利害関係を調整するには、常に第三者が必要とされる。利害とは無関係な場所にいる第三者の献身だけが、利害関係の衝突を破滅的な結果へと繋がる事を阻止する。前大戦が陥ったのはその第三者の不在による当事者の暴走であり、アフリカにおける条約の調印にはスカンジナビアという第三者の存在が不可欠であった。
これからも連合とプラント、連合加盟各国同士での衝突は繰り返されるであろう。その時、スカンジナビアは公正なレフェリーとしてそれを調停する。
「国際社会のコーディネーター(調整者)・・・ですか」
「未だに学生レベルのロマンチストなんです」
マーカスのつぶやきに答えるように、レセディの声が疲れた調子で言葉を紡いだ。ブルーコスモスに動きが見えた事から、スケジュールを早めて撤退となった。クルーにはギリギリまで休息を取らせているため、トレランシアのブリッジには二人しかいない。鬱憤を愚痴にして吐き出す。
グスタフとは士官学校時代に出会っている。ユーラシア領のビクトリアから、リスボンの士官学校に進んだ彼女は、そこでスカンジナビアの士官学校の交流学生だったグスタフと出会ったのだ。マーカスは、興味津々な態度を隠して耳を傾ける。ところどころで曖昧なままにされる話だという事は、それなりの関係だったのだろう。
レセディの話によると、その頃から話の内容が全く変わっていないという。無知な学生時代ならいざ知らず、上昇志向を持って軍という現場に立つ聡明な女性であれば、あっという間に冷めてしまうだろう。そして、相手が冷めている事に気付けないほどのロマンチストなのだ、マーカスは皇太子の顔を思い出して納得する。
レクイエム戦役で連合軍として月周回艦隊に所属していたレセディは、あっさりと勝ち馬の側に寝返ったスカンジナビア艦隊とそこにいたグスタフを見ている。もっともらしい言葉を言い訳に連ねた演説をぶっていた。
「だとすれば・・・彼らはこれからどう動きます」
「先制攻撃だけはありえません。ですが、流れ弾の一発で全軍が国境を越えてきます」
彼らの言い訳は自己満足の言い訳であり、周囲を説得しようとも納得させようとも思っていない。だから言葉さえ発すれば、あと好き勝手な事ができるのだ。レセディはため息をつきながら言った。
こんな事なら、ユーラシア部隊の指揮権を直接持てるように頼んでおくんだった、そう付け加えて彼女はもう一度ため息をつく。モニターに映る月は、冷え冷えとした光を夜に満たしている。