Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第四十三話 世界の駒

 湯煙漂う浴室、鼻歌が美しいエコーを伴って響いている。プラスチックの洗面器が軽い音をたてて転がる。それが艦内の施設である事を示すのは、浴槽の底に微かに感じる振動だけだ。岩を模した壁にもたれながら、十分なお湯を楽しむ。

 振動は艦が移動している事を示しているのだろう。向かう先は分からないが、それは彼らの仕事にたいした影響を与えるものではない。

「先、出るぞ」

 男がそう声をかけると、隣の浴室から返事が聞こえた。女の長風呂は、万国共通だ。誰もいない脱衣所にはガラス張りの冷蔵庫が備え付けられており、そこに入っていたコーヒー牛乳を一息で飲み干す。扇風機で体を冷まし、服を着替える。丸眼鏡をかけると、雑誌を手に取り女の支度が整うのを待つ。

 週刊誌に載っている記事は、どれもこれも差しさわりの無いものばかりで、国内情勢が混乱しているスカンジナビアで発行されている物とは思えない物だった。ようやく隣から声が聞こえ、男は浴場を出る。

 きっちりと化粧までしたつり目の女が、何かの準備体操のように肩を回していた。そして手にしている洗面器の中から、黒光りする拳銃を取り出す。

「出来れば犠牲者ゼロで済ませたいわね」

 女はそう言って歯を見せる。そして、おもむろに拳銃を肩口から後ろに向ける。視線も向けずに放たれた銃弾は、消音機で消された頼りない音と共に、駆け寄ってきたクルーの一人に吸い込まれる。

 ケタケタと笑う二人はそのクルーを浴室に運んで浴槽に投げ込んだ。廊下の血を手早く拭き取り、その痕跡を消すと。何事も無かったように浴場を後にした。インとヤンは、アークエンジェルに潜入している。

 式典襲撃の時に、二機のシャーレンがアークエンジェルを襲ったのは、このためだった。フリーダムが決してコクピットを狙わないという事は分かっているため、それを利用して破壊された機体が墜落するのに紛れて、パイロット二人はアークエンジェルに潜り込んだのだ。そして時機が来るのを待っていた。

 ジンビンメイの目的は、フリーダムのパイロットであるスレイ・カルガの捕獲であり、それ以上の破壊工作その他を行う必要性はない。今まで幾度と無くあったMS戦による捕獲がことごとく失敗になっていたため、今回のような作戦が採用される事となったのだ。もちろん、フリーダムに乗る前のスレイ・カルガを捕獲しようというのではない。

 最高のコーディネーターは、生身であっても強化兵士の性能をはるかに凌駕する事は研究で分かっており、例えインとヤンの二人がかりであっても、スレイ・カルガに勝てる保証はなかった。むしろMS戦同様に、返り討ちに遭う危険性の方が高い。

 今回は、より安全で確実な方法が採用されていた。当初予定より利用価値の高い人物がこの艦に乗り合わせていることから、作戦内容を微妙に変更する事となっている。潜入中地道に調べを進めたことによって、我が家同然に歩き回ることの出来る艦内を、二人は真っ直ぐ目的地に向かって進んでいく。

 

 幸運は、サンクトペテルブルクからの航空戦力が間に合ったことくらいである。ブルーコスモスの対地攻撃機が追い散らされている隙を縫うように、陸戦艇が後退する。補給線の護衛についていた内務省部隊のシュバルベも、撤退の支援を行っていた。トレランシアは、しんがりを守るようにブルーコスモスの編隊に艦砲を向ける。

 だが敵MSが交戦域に入ってくると、劣勢に立たされるのは否めない。少ない頭数では、やりくりにも限界がある。ダメージを受けた陸戦艇から、囮になるという電文が入った。

「ウェルガー三機に、ギリギリまで支援を行わせて」

 レセディの命令を信号弾に変えて打ち上げる。ブリッジには、絶えずスカンジナビア国境との距離が伝えられていた。既に国境まで五キロを切っている。出来るだけ国境線から離れて撤退しようとしているのだが、敵部隊からの圧力にジリジリと押されているのだ。

 国境にはスカンジナビアの部隊が展開しているのが見え、既に警告射撃が空に向かって打ち上げられていた。しかしこの距離では、本格的な空戦に突入したとたん領空侵犯になってしまう。そうなればスカンジナビア軍は、自衛の名の下に撤退中の部隊を側面から狙い撃ちにするだろう。レセディは歯軋りをした。

 囮になると伝えてきた陸戦艇から別の通信が入る。敵MSの主力は、さしたる戦闘の意志も見せずに前進を続けているという。マーカスは、モニターに地図を出し各部隊の配置を確認させた。

「・・・ブルーコスモスが我々を無視する?」

 マーカスの疑問に答えたのは、レセディではなく一発のビームであった。トレランシアの前方を通り過ぎたビームはそのままスカンジナビア国境に向かい、大きな爆発を起こす。超望遠モニターに映るのはデストロイの巨体、先ほどのビームはそこから放たれたアウフプラール13である。

「スカンジナビアを引きずり込む気!?」

 レセディはそう叫んで、撤退速度を速めるように言った。ブルーコスモスの狙いがどこにあるかは正確には分からない。だが今の攻撃で、スカンジナビア軍は間違いなく国境を越えてくる。そうなれば自分達は、ブルーコスモスとスカンジナビアに挟まれ双方から攻撃を受けることになる。

 デストロイがこちらに来ただけでも誤算だというのに、状況の悪化はそれだけに留まりそうにない。艦が揺れ、ブリッジのモニターにはリベルが急上昇していくのが映った。急降下爆撃を敢行するシアルフィに向けてリベルがビームを斉射する。

 トレランシアからの指令を待つまでも無く、フォルトゥーナはロスクヴァとの戦闘に突入していた。スカンジナビア軍と自分達が、一体どういった関係かを考えるまでも無く、攻撃を受けた以上反撃するしかない。ビームシールドで攻撃を受け止め、斬機刀を胴体に叩き込む。

 周囲に着弾するのはブルーコスモスのドッペルホルンからの砲弾だろう。味方のウィンダムにその場を任せて、ドッペルホルンの排除に向かう。突っ込んできたハスカールのカメラをビームガンで撃ち抜いてスラスターを吹かす。

 

 ムルマンスクからの指令では、ユーラシア軍に対する攻撃は可能な限り控えろとの事であった。だが攻撃を受ける以上、そうも言っていられない。全周囲に放たれるビームがウィンダムを薙ぎ払い、セカンドダガーを消し飛ばす。なによりアズレトにとって、今のユーラシアはコーディネーターに与する敵でしかないのだ。

 着地して、脚部の安定性を確かめる。戦場を薙ぎ払える角度を算出してアウフプラール13を発射した。ユーラシアのMAがいくつものリフリクターを展開するが、二発三発と立て続けに放つビームは、確実にその数を減らしていった。

「青き清浄な・・・」

 止めを念じて発射しようとした五発目は、はるか上空に伸びていくだけだった。足元の地面を抉られて機体のバランスが失われたのだ。ウェルガーが畳み掛けて攻撃を仕掛ける。

 だが足の各部に展開されるリフレクターがそれを阻止し、三機のウェルガーを睥睨するようにMAはMSへとその姿を変えた。胸部と口部から発射されたビームは、地面に一条の傷跡を残しながらセカンドダカーとロスクヴァの部隊を等しく消滅させた。

 タラスの舌打ちに被さるように、無線がノイズを発した。全速力のグラティアがビームサーベルをデストロイの頭部に叩きつける。リフレクターとの干渉が、ストロボのような発光を生んだ。

「本体はフィランディエーレ少尉に! アレナ、タラス、腕を抑えるぞ!!」

 後方から駆けつけてくるフォルトゥーナとリベルには、背部円盤ユニットの分離に備えさせる。ここで足止めだけでもしなければ、本当に全滅の憂き目に遭いかねない。デストロイの口部ビームにシールドを吹き飛ばされながら、ヒューはビームライフルを乱射する。

 二つの腕、そして背部円盤ユニットからはデバイスが四つ飛び出した。フォルトゥーナはビームシールドを展開して接近し、斬機刀を振るう。リベルのビームを縫うように飛ぶデバイスは、周囲に展開するMSにも手当たり次第に攻撃を開始した。腕から発射される五条のビームがスカイグラスパーの編隊を貫く。

 本体を狙うグラティアの攻撃はことごとくリフレクターに阻まれ、接近してもPS装甲やラミネート装甲に覆われた機体に有効な打撃を与える事ができない。ABP装甲を展開しても、胸部ビームの圧力はその砲口に近づく事を許さない。リリトは必死に頭をめぐらせる。

 攻撃を凌ぐだけであれば可能だが、この機体の射程距離は周囲への被害を無駄に広げる。周囲にブルーコスモスの機体がいないのは、流れ弾に当たらないようにしているのだ。その足元には、焼け焦げたMSが転がっている。グラティアの突進を止めるように、攻撃デバイスがビームの柵を前面に作った。

「MS形態で!?」

 デストロイの背部で直立していた二門のビームが、肩に担ぐような形で前を向く。最大出力での射撃は不可能だか、アウフプラール13の使用を可能としていたのだ。それが狙うのは、戦場に現れた白亜の戦艦。

 アークエンジェルに向けて放たれたビームは、空を覆うような巨大なビームの幕が受け止める。フリーダムも同じように、その砲門をデストロイに向けた。

 

 ミサイルと砲弾が絶え間なく降り注ぎ、陸戦艇は泥まみれになりながら進む。低い鉄条網で区切られただけの頼りない国境線は艇のすぐ左側であり、既にスカンジナビア領内に入り込んでいる事を示していた。

 併走するシュバルベが時折手持ちのレールガンを空に向けて発射し、フルストライカー装備のウィンダムがウォビドゥンウィンダムと切り結んでいる。陸戦艇を狙うロスクヴァを艦砲が牽制した。

「警告など無視しろ! 守ればこちらが死ぬ!」

 陸戦艇の艦長が怒鳴る。スカンジナビア軍は国境侵犯に関する警告を連発しているが、ブルーコスモスに追い立てられている以上、逃げる方向は他にない。そのブルーコスモスは、スカンジナビアに対しても攻撃を行っていた。

 ソードウィンダムがバスターダガーを両断し、ゲルズゲーが陸戦艇の盾となるようにシアルフィの前に立ちはだかる。アヴァランチダガーの一団が、ロスクヴァの部隊に切り込んでいった。

 トレランシアは、艦載機に撤退の信号弾を上げながら、機関を損傷し速度の上がらなくなった陸戦艇に随伴して後退を続ける。陸戦艇の甲板に乗るドッペルホルンが、近づこうとするハスカールを必死に防いでいた。トレランシアの上面は、シアルフィからの攻撃でかなり損傷している。

 国境からはスカンジナビアのMSが五月雨式に現れ、ブルーコスモスもユーラシアも関係なく攻撃していく。既に陸戦艇の一隻は信号が消失していた。

「全滅と変わらない・・・」

 レセディは吐き捨てる。既に派遣された部隊の半数近くが失われている。サンクトペテルブルクにたどり着くのかどれだけになるかも分からなかった。モニターに映るのは、光の渦を凶暴に吐き出すデストロイの姿。その渦に呑み込まれた不幸な機体が消失する。

 艦載機に撤退の呼びかけを続けていたカシアは、レーザー通信が開かれたことを艦長に伝える。アークエンジェルからの通信と聞いたマーカスは、サブモニターの一つに映像を映し出させた。

「何故、あなた方がユーラシアに加担するのです!?」

「はぁっ?」

 降伏勧告をしてくると思っていた相手が発したのは、意味不明の問いだった。思わず間抜けな声を出してしまったレセディは、モニターに映る相手を凝視する。スカンジナビア王国皇太子、グスタフ・ユングリングはさらに問いを発する。

「スカンジナビアの中立政策は、ただスカンジナビア一国のためのものではなく、連合とプラントの双方、ナチュラルとコーディネーターの双方に融和と発展を促すためのもの。何故連合はそれを認めず、自らのやり方を全ての国に押し付けようとする!?」

 レセディの困ったような視線に、マーカスも同じ視線を返した。話の脈絡が全く分からない。

 この作戦はブルーコスモスの掃討が目的であって、スカンジナビアへの干渉など、ユーラシア政府ですら考えていない。一部部隊がスカンジナビア領内に入り込んでいるのは、ブルーコスモスの攻撃によって退路を失われているからであり、そもそも共同作戦の中には領内移動の項目もある。駐留を極度に嫌ったスカンジナビアに譲歩しているため、ユーラシア軍は部隊を一時間以上停止させる事も出来ないのだ。

 だが、そんな事は説明せずとも見れば分かるだろう。いったい、彼らは何を見ているのか。アークエンジェルの砲撃で進行方向に巨大な溝を作られた陸戦艇が、急停止する。溝を迂回するためには、ブルーコスモスからの砲撃が降りしきる方向に進まなくてはならない。

「ブルーコスモスという仮想敵を利用し、世界を一つの方向に向けようとする連合の真意に気付かぬ君ではないだろう!」

 この戦場で、わざわざ自分に言葉をかけてくる男の小ささに、レセディは不謹慎な苦笑をもらす。時間があれば一言一句残らず否定できるような浅い言葉には、他にリアクションの取り様がない。

 陸戦艇をガードするようにトレランシアが移動する。掃射された中性子砲が、リフリクター越しにMAやMSを撃ち落す。

「我が国の中立政策の妥当性は、アフリカでの条約調印の場で連合も認めたのではないのか。スカンジナビアの尽力が、アフリカの内戦をくい止め、ナチュラルとコーディネーターの融和と発展の可能性を押し開いたのではないのか」

「世間知らずのボンボンがいい加減にしとけよ!!」

 不意に発せられたレセディの言葉に、ブリッジ全体が震撼する。

「自分だけが全てを知っている、自分だけが努力している、大衆は無知で怠惰だ、社会は誰も認めてくれない・・・あんたは未だに学生のままかぁ!!」

 レセディは通信機に叫んだ。彼は学生の頃からこうだった。理想の表層を舐め、現実の一端をかじっただけで、全てを知ったと思い込む。それが可愛らしいのは、学生だからだ。だがレセディは学生ではない。

 理想の深層を手探りし、現実の裏側に手を伸ばそうとする大人だ。反省すべき過去を抱え、処理すべき現実に対峙し、目指すべき未来を見据える大人だ。子供のわがままを聞き流すくらいの大人げは持っている、だが子供のわがままを許すのは大人のやる事ではない。

「スカンジナビアが何をした? あんたが一体なんの役に立った? 連合に言われるまでアフリカなどに興味も持たなかった連中が! 中立という言葉に引きこもって国際社会に無関心を決め込み、やる事と言ったらテロリストを引き込んで被害妄想だけの戦争か!! 未だに遺伝子イデオロギーでしか国際社会を語れないガキがいきがるな!!」

「わ、私は、スカンジナビア王国の皇太子として、国家を背負う覚悟を持って・・・」

「MSを乗り回すのが覚悟か!? テロリストの船で前線に出るのが覚悟か!? ユーラシアの困窮を知ろうとせず、連合の苦悩を知ろうとせず、自分の父親の努力を知ろうとせず・・・自分の世界に酔ってんじゃねぇよ!! 世界はあんたなんか及びもつかないレベルで悩んで苦しんで努力してるんだ! 何もしてない奴が口先だけでしゃしゃり出てくんじゃない!」

 通信が切られた。肩で息をするようなレセディに代わって、マーカスが指示を出す。アークエンジェルがゆっくりと後退していくのが見える。ようやく戻ってきたウェルガーに陸戦艇の護衛を任せ、残る三機に撤退の呼びかけを続ける。

 

 フリーダムの乱入で、フィジェとイェレは後退を余儀なくされる。リベルで離れた場所からグラティアを支援する砲撃を行い、フォルトゥーナはリベルの援護に回った。アヴァランチダガーを斬り捨てたフォルトゥーナは、ビームシールドを展開する。デストロイの背部攻撃デバイスは二十基全てが放出されていた。

 リリトは大きく息を吸って、意識を全身に行き渡らせる。フリーダムの第一目標はデストロイのようだ、気は進まないがフリーダムへの攻撃の意志は捨てた。地面に降り立って、機体を駆けさせる。

 デストロイの武器は上半身に偏っている。飛び回る攻撃デバイスに気をつければ、足元への接近は容易だ。

「リフリクターだけなら!」

 突き出したビームサーベルは、正確に発生器を破壊する。踏み潰そうとするデストロイの動きを読んで、その足元にグレネードを撃ち込んだ。バランスの崩れにタイミングを合わせるように、フリーダムの攻撃が集中する。

 片膝をついたデストロイは、そのままの姿勢でビームを放つ。その余波だけでシールドを吹き飛ばされたグラティアは、攻撃デバイスの一基を撃ち落して側面に回りこむ。ミサイルの群れに突っ込み、紙一重での回避を続けながらビームキャノンを至近距離から放つ。電力を補充中だったデストロイの右腕が爆発する。

 表情などないはずのデストロイが怒りを込めて口からビームを放った。ABP装甲で凌ぐが電池を一気に食ってしまう。空になった外付けバッテリーを投棄し、グレネードを煙幕代わりにして後方に回り込んだ。

 上部モニターを見ると、デバイスの数が減っている。フリーダムのドラグーンも数を減らしているが、本体への接近は容易になった。スラスターを狙ったグラティアのビームは飛んできた左腕のシールドが防ぐが、エクステンショナル・アレスターは低空で接近してきた攻撃デバイスを貫く。リベルのビームにデストロイがリフレクターを展開した隙をついて、逆サイドに回りこんだ。

「そんな場所にも!?」

 左腕の外れた部分には、ビームの砲口が開いていた。慌てて回避行動を取らせたリリトは、アークエンジェルから打ち上げられる信号弾と動きを止めたフリーダムを見た。フリーダムは全砲発射でデストロイの動きを止めると、猛スピードで帰還していく。そのいきなりの行動に、一瞬の空白が生まれた。

 片膝をついていたデストロイが立ち上がる。アズレトはコクピットにいる二人のパイロットに命じた。

「デストロイの全コントロールを私に。貴官らは脱出しろ」

「大佐!? 我々は・・・」

「これは命令である。脱出し、後方の補給艦から失われた攻撃デバイスを打ち出せ」

 彼はそう言うとコクピット周りのコンソールを操作する。二人のパイロットが座っていたシートが沈むと、緊急脱出装置の作動を示すランプが点った。後方のモニターには射出されたブロックがパラシュートを開くのが見える。

 火器管制、機体制御、索敵と防御、一人でこなし切る自信くらいは持っていた。ミサイルは残り一斉射分しかないが、ビームとリフレクターはまだ使える。核動力は存分に使わねばならない。

 二機のMSに抑えられ、戦場の中心からはかなり離れてしまったが、デストロイの射程ならば問題は無い。アウフプラール13の咆哮が、スカンジナビア領内から盛んに砲撃を行っていたMSの一団を消滅させた。

 アズレトは吼える。

「青き清浄なる世界のために!!」

 残ったデバイスを前面に展開し、突っ込んでくるMSを狙い撃つ。まるで火線が見えているように攻撃をかわすその機体に、アズレトは自身の敗北を覚悟していた。成層圏での戦闘で、このパイロットの技量は理解している。

 デストロイであっても、敵わないであろう事も薄々感づいていた。ましてや先ほどまでフリーダムも相手にしていたのである。それでも、彼に撤退の選択肢はない。目の前にいるのはコーディネーターなのだ。

 それを打ち倒す事だけが、青き清浄なる世界のために必要な事である。デストロイの胸部三連装ビームが火を噴いた。

 

 押している事は手ごたえとしてある。だがどうしようもなく決定打が無い。核エンジンによる無尽蔵の電力にあかせて、全身をPS装甲とラミネート装甲、そして陽電子リフレクターで覆った巨大MSに、有効な攻撃手段が無いのだ。リリトの狙いを見透かすように、敵は各部のビームを短いチャージで連射する。砲口の正面からビームを当てる事もできない。

 残る攻撃デバイスの数は七基、それと腕が一基だ。そこに勝機を探る。牽制のようにフォルトゥーナとリベルのいる方向に向かうデバイスを無視し、デストロイを守るデバイスに集中する。

「五分で決める!」

 推進剤残量計のアラームを切って、リリトは怒鳴った。振るったビームサーベルが視線の外側でデバイスを斬り、真っ直ぐ後方に伸ばされたエクステンシェナル・アレスターが、さらにもう一つのデバイスを貫く。

 デストロイ本体のビームを再度ABP装甲で弾き、バッテリー警告のアラームも切る。一気に接近するとデストロイの腹部を思い切り蹴りつけ、その反動でトンボを切るとビームライフルを連射する。反撃のビームをかわす動きのまま、突っ込んできたデバイスをビームサーベルで貫いた。

 爆発の衝撃でグラティアの左腕が動かなくなる。リリトは舌打ちとともに、プログラムを微調整した。

「やらせはせん!!」

 グラティアが一瞬距離を取った隙を逃さず、アズレトはフルチャージで全てのビームを発射する。大気を揺るがし大地を抉るその衝撃に、グラティアもバランスを崩す。攻撃デバイスをグラティアに殺到させ、アズレトが叫ぶ。

 混線した無線から飛び込むブルーコスモスの教義。リリトは怒鳴り返した。

「世界のためにあんたがいるのか!? だったらあんたは世界の何なんだ!」

「青き清浄なる世界のための駒だ!」

 そう言い切った男にリリトは戦慄を覚えた。自分が世界のために存在し、世界が自分のために存在しない事を、この男は喜んで受け入れている。グラティアのビームキャノンがリフレクターに撥ね返された。

「人は世界の中で始めて自己の存在を位置付ける! 人は青き清浄なる世界の中で、始めてその存在を得るのだ!」

「そんな世界は何も語らない! 私の存在は・・・」

「化け物が存在を得られる世界など無い、この世にはな!!」

 デストロイのビームを、グラティアは攻撃デバイスを盾にして防ぐ。その爆発をつき抜け、アウフプラール13の砲身を斬り落とすと、着地して身を屈める。機体の骨格そのものを軋ませながら飛び上がったグラティアは、すれ違いざまに残ったデバイスを撃ち落した。

 そのままデストロイの頭上で宙返りをして、その肩に着地する。胸のビームからも口のビームからも死角になっているその場所で、ビームサーベルを逆手に構えた。頭部のリフレクター発振器を破壊する。

 背後から迫る腕をエクステンショナル・アレスターが貫いた。リリトはつぶやくように言う。

「最高のコーディネーターにだって、存在を得られる場所はあるわ」

 しかしそれは、世界などという虚ろな言葉で示される場所では決して無い。グラティアのビームサーベルがデストロイの額に突き立ち、そのまま機体を貫く長さまで伸ばされる。

 

 デストロイの断末魔は、ビームと共に吐き出される。ゆっくりと倒れていく巨体から掃射されるビームは、交戦中のシアルフィとスカイグラスパーの二つの編隊を等しく薙ぎ払った。

 それを合図にするかのように、ブルーコスモスの部隊が、潮の引くように撤退していく。焼けただれ、踏み荒らされた森と大地の上に、静寂が訪れた。

 墜落した攻撃デバイスから斬機刀を引き抜いたフォルトゥーナが、エネルギー残量を気にするように歩き始める。コクピットの中のイェレははやる心を抑えきれない。だがこれ以上早く歩かせると、グラティアのもとにたどり着く前にバッテリーが上がってしまう。後ではリベルが同じように歩いている。

 爆発せずに倒れたデストロイは、まるで眠っているかのようだ。不意に起きだしそうな不気味さを漂わせるその機体のそばで、灰色になったグラティアが死んだように倒れている。ようやくノイズの消えた無線機が、リリトの無事を伝えていた。

「揺れるぞ」

 うつぶせ状態であるため、コクピットハッチが開かない。リベルとフォルトゥーナがグラティアを仰向けにさせた。二人でコクピットから降り、グラティアのハッチが開くのを待つ。鈍い振動は緊急用の火薬がシリンダーを切断した音だ。バネの力でジワジワと外部ハッチが開き、内部ハッチの隙間から頭を出した指先がその隙間を押し広げる。

 イェレとフィジェはハッチに手をかけると、一気に左右に開いた。二人同時に手を差し伸べ、リリトをコクピットから引き上げる。彼女の両腕がイェレの首を抱く。そして右手を伸ばすと、フィジェの首を巻き込むようにして、二人まとめて抱き締める。

 リリトはヘルメットの中で大声を出した。ヘルメット同士が触れ合っているので、イェレもフィジェにはうるさいほどに声が聞こえているだろう。それでも構わずにリリトは声を出し続けた。疲れ果てた体の中で、ぐるぐると回り続けるモヤモヤを一気に吐き出してしまう。

 フリーダムのパイロットが言う世界、スカンジナビアの皇太子が言う世界、ブルーコスモスが言う世界。リリトがずっと聞いてきた、大嫌いな「世界」という言葉。そんな言葉で喜ぶ者達、そんな言葉で戦争が出来る者達。怒りなのか憤りなのか苛立ちなのか、何だかよく分からないから、全部声にして吐き出す。ようやく言葉になったのは、無意味な言葉だった。

 リリトは空を仰いでバイザーを開く。

「・・・っざけんなよ! バーカ!!!」

 そのままがっくりと気を失うリリトに、二人は慌てる。腰から携帯用の信号弾を取り出して打ち上げると、すぐにウェルガーセカンドが見つけてくれた。背部の安定翼からゴロゴロと増槽を捨てると、持って来た人員搬送用ユニットに三人を乗せる。

 戦闘はようやく終結し、トレランシアも何とか無事に戦闘空域を脱出できたそうだ。アークエンジェルの謎の撤退に伴い、スカンジナビア軍によるユーラシアへの攻撃も止まったという。

 

 サンクトペテルブルクでは、第二次派遣部隊の準備が進められていた。一部先行したブルーコスモスの部隊によって、一時は白海へ抜ける運河を抑えられたのだが、中央アジアから回した部隊と、ジブラルタルから派遣されたザフトによって奪還に成功している。

 第一次派遣部隊は半数以上失う事となったが、ブルーコスモスが大西洋から大規模な支援を受けている事や、デストロイのような兵器を保有していた事から、早急に次の手を打つ必要があると判断されたのだ。幸いな事に、そのデストロイは連合軍の緊急即応部隊が撃破に成功している。

 トレランシアがサンクトペテルブルクの港に、その傷だらけの艦体を浮かべた時には、第一陣がラドガ湖を通って白海へと向かうところであった。マーカスとレセディは、とりあえず全クルーへの休息を命じた。しかし彼らにはまだ仕事がある。レセディの化粧が濃くなっている事に、マーカスは心から済まないと思う。

「内戦ですか?」

「流石にその前に止めます、これ以上の厄介事は勘弁していただきたい」

 疲れた顔のフィルマン・ダボリエがため息混じりに言った。窓の外に見える日差しは明るく、ようやく春らしい光が見えるようになっている。この陽気の中で眠りたい、本気でそう思いながら、マーカスは自分の太股を抓る。

 スカンジナビア軍によるユーラシア軍への攻撃、これによってスカンジナビアの国内対立は決定的となり、国王主導で軍内の粛清が始まっているという。だがスカンジナビア軍の主力はユーラシアとの国境付近に配置されており、その半数以上が今回のユーラシア攻撃に加わっていたのである。国王主導といえども、スムーズには進んでいないらしい。

 さらに国王の権限を弱め、統帥権を内閣に委譲する行政改革も進めているという話だが、これも議会派と王党派の対立を誘発しているという。アークエンジェルと共に現れた皇太子が、未だに行方不明であることも、混乱に拍車をかけていた。

 現在、連合の外交当局が仲裁に乗り出しているのだが、下手をすれば緊急即応部隊の出番になるかもしれないといわれた。これ以上の厄介事は、本当に勘弁してもらいたいと思う。

「アークエンジェルの動向は?」

「こちらでも追いきれていません・・・」

 そもそもの行動自体が不可解なのだから、あの撤退だけを不可解だという事は出来ない。しかし、レセディに叱られたから逃げていったわけでもないだろう。マーカスはカップに手を伸ばし、甘い紅茶をすする。

 これ以上考えるのは止めにした。今はただ睡魔の襲撃に耐え、サンクトペテルブルクの軍関係者からの謝辞を最後まで聞くことに集中する。

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