Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第四十七話 甘い考えと苦い現実

「先に行って!!」

 私が抑える、その言葉は既にノイズの奥から聞こえてくるだけだった。フォルトゥーナとリベルのカメラが捉えたのは、上昇するグラティアの後姿と急降下してくる二つの熱紋。空は爆発の花で満開になる。

 サブフライトシステムとの距離を測りながら、リリトはモニターを睨む。戻る事は考えていない、この二機を押さえる事こそが作戦の成功の鍵となるはずだ。研究所攻撃の時に出撃してこなかった事から、この展開は予測できていた。砂時計と立方体、越境を目論んでいる部隊の隠し球。

 敵も東アジア軍が総意で動いているわけではないのだ。この特殊な戦力は当てにされているはず。だからこそ、抑える。

「抑えられる!」

 チーシャーレンの腕をシールドで受け流した。そのまま流れようとする機体にライフルを向けて回避行動を取らせると、狙いを上空に代えてビームを放つ。リフレクターでそれを弾いたチンシャーレンは、その十倍もの砲火を撃ち下ろしてくる。

 だがリリトはそれを避けてみせる。そのまま一気にチンシャーレンへと肉薄してサーベルを振るった。三本のスレイヤーウィップを斬り落とし、コンテナから伸びた細い腕をへし折る勢いでビームサーベルがスパークする。ストロボのような閃光の中、グラティアは既にチーシャーレンに迫っていた。

 両手両足を体の前で交差させてビームを弾くチーシャーレン。牽制のレーザーキャノンと同時に、四本の手足が嵐のようにグラティアに殺到した。チンシャーレンから降り注ぐ見境の無い砲撃の全てを弾きながら、赤い砂時計は強引に距離を詰めてくる。

 リリトはペダルを踏み込んだ。装甲色をめまぐるしく変化させながらチンシャーレンの砲撃を凌ぎ、ビームサーベルとシールドはチーシャーレンの手足を防ぐ。

「マジだな! スレイと同じだ!」

「最高ね、最高のコーディネーター!」

 通信機を震わせた声には、切迫感も悲壮感も無い。リリトは呼吸を置くように、ビームキャノンで牽制を入れた。幾度か交戦した事はあるが、やはり呼吸が合わない。それは、機体の特殊性のよるものではないのだろう。

 軽く頭を振って、腹に力を込める。仮に短時間で勝負を決められれば、先行させた二機に追いつく事も可能かもしれないのだ。

 チンシャーレンが放った数発のミサイルを、グラティアは次々と撃ち落していく。爆煙と同時に、それとは異質な白い靄が漂う。反射的に危険を感じてシールドを構えた瞬間、空そのものを震わすような大爆発が起こる。

「燃料気化爆弾!?」

 グラティアはその爆発に巻き上げられた。激しく揺れる機体の姿勢だけを制御し、スラスターの噴射は最小限に抑える。追撃のために、少しでも推進剤を節約したい。高度が上がったのなら、自由落下と組み合わせて距離を稼げる。

 だが、煙の晴れた目の前には、腕をしならせるチーシャーレンがいた。爆発を目くらましにして、先行した二機を追いかけなかったのだ。予想外の事態に紙一重を見切れなかったリリトは、振り下ろされた腕の先端の赤熱する鉤爪がグラティアの胸部装甲板に傷を付けるのを見た。

 それでも、パネルにまだABP装甲使用可能のランプが点っている事を横目で確認すると、その距離からエクステンショナル・アレスターを放った。ケーブルを延長し機動用バーニアを強化したそれは、有線誘導兵器のように動く。

 背後に回りこまれるのを嫌うように距離を取ろうとしたチーシャーレンに絡み、チンシャーレンの砲撃を誘う。この二機の連携の意志は無い。案の定の攻撃に、リリトはためらう事無く突進する。

 シールドを直撃したレールガンの衝撃を利用して機体を跳ね上げさせると、そのまま宙返りするようにチンシャーレンの上に回りこむ。チーシャーレンがレーザーキャノンで狙っているため、上面の銃口ハッチは開いていない。サーベルを突き刺し、その穴にグレネードを捻じ込んだ。

 爆発と共にコンテナの一つが脱落する。リリトはすぐに回避行動に移っていた。この二機に、機体損傷に伴う動揺など無い。

「いいぜ、ガシガシやろうぜ!」

 声と共にコンテナから撃ち出されるロケット弾の群れを切り払い、突っ込んできたチーシャーレンにはシールドで体当たりを仕掛けた。リリトは唇を舐める。

 押しているはずなのに、そんな気がしない。攻撃は凌げる上に、有効なダメージも与えられる。それなのに、敵の戦意にはいささかの変化も無い。それが逆に、リリトへのプレッシャーになる。

 MSの操縦には集中力が要求される。その集中力は瞬発的なものではなく、コンスタントに維持する事が求められるのだ。MSの戦闘継続時間は、バッテリーや推進剤だけでなくパイロットの精神力にも大きく依存している。機体の損傷は、軽微であってもその精神力に大きなダメージを与えられるのだ。

 逆にそれを与えられないという事は、撃墜以外に勝つ手段が無いという事である。この二機のパイロットの最も優秀なところは、コクピットが無事である限り戦闘を継続できるという事であろう。

「ほら、ボッとしない!」

 背後から振り下ろされるチーシャーレンの脚をシールドで振り払うように受け流し、その胴体にビームキャノンを撃つ。胴体側面のハッチから現れた無数のビームサーベルが、壁を作るようにしてビームを受け止めた。

 グラティアのいる空間を丸ごと抉るような高出力のビームが通り抜け、シールド表面のアンチビームコーティングが一気に剥げ落ちる。リリトは弱気を振り払った。余力を残して勝てる相手ではない。

 全力で決める、そうつぶやいてグラティアの残り電力と推進剤を確認した。そして、自身の意識を弾く。

 

 グラティアの動きが変化した。機体性能が向上するわけではないのだ、パイロットが戦闘スタイルを変えたということだろう。インは口の端を上げて、レバーを押し込んだ。突進してくる機体を真正面から迎え撃つ。

 振り下ろされる腕と薙ぎ払われる脚をすり抜け、レーザーキャノンの射角外に潜り込むグラティア。肉薄するそれを切り刻もうとする無数のビームサーベルは、純白に輝く装甲が無理やりに弾く。そして、ゼロ距離からビームキャノンが発射された。インは短く口笛を鳴らす。

 頭部を吹き飛ばされた衝撃を利用して、しつこく絡むグラティアから距離を取る。主兵装の高周波切断四肢は、密着されると使いにくい。チーシャーレンは手足のリーチを最大限に使って、グラティアを狙う。

 たまたまタイミングよく撃ち上がってきたチンシャーレンの砲撃にタイミングを合わせるが、グラティアは怯まない。安全策ではなく、自身の回避能力を信じるかのように突進してくる。

「ナイスね!!」

 シャーレン相手にトリックなど通用しない。その割り切りと開き直りを、実現させられるという自信を持っているパイロットに、インは敬意と軽蔑を込めて手足を思い切り叩きつける。

 衝撃の軽さに回避された事を悟る。だが索敵モニターより早く熱源センサーが反応した。チンシャーレンからのロケット弾が、目標を見失ったままチーシャーレンに突っ込んで来る。グラティアへの攻撃で四肢が広がりきり、防御形態が間に合わない。

 コクピットに鳴り響くアラーム全て切り、インは吼えた。ヤンは笑い顔を戻す間もなく、機体の振動に耐えている。

 全弾命中かと思った爆発はチーシャーレンに当たったものであり、グラティアは既に背後に回りこんでいたのだ。攻撃のタイミングが遅れて、なんとか間に合わせたリフレクターの発生装置を狙撃されてしまう。

「一つや二つ!」

 グラティアからの攻撃を弾きながら、出し惜しみする事無く残っていた全てのミサイルとロケット弾を発射する。まるで巨大な球のようになったミサイルの群れが、中心に向かって急激にその大きさを縮めていく。

 それが眩い光を生みだす一瞬前、グラティアは球の中心を抜け出していた。スラスターを追いかけてまとわりつくミサイルを切り払い、爆発の閃光をバックにしてグラティアはチンシャーレンに飛びつく。コンテナから伸びる近接兵装を、飛び込んできたチーシャーレンもろとも薙ぎ払い、コンテナの一つを両断する。派手な爆炎が立ち上った。

 その爆発の衝撃を突き破るように再度飛び込んできたチーシャーレンは、右腕を切り落とされる。体勢を立て直す暇を与えまいと、グラティアのビームライフルは三つ目のコンテナを撃ち抜いていた。

「これでもまだ!?」

「あたりき!!」

 絶え間なく続く敵の攻撃に、リリトは切れそうになる集中力を繋ぎとめる。

「あなたは、スレイみたくお喋りはしないの?」

「・・・ふざけてる!?」

 チーシャーレンの脚にシールドを真っ二つにされた。だがエクステンショナル・アレスターがその先端の鉤爪とビームガンを切断する。無線機の向こう側から笑い声が聞こえた。リリトは奥歯を噛み締める。

 敵の感覚が理解できない。

「いつだって真面目よ、私達」

「スレイと一緒にするなっての」

 その嘲る口調にリリトは怒鳴り返した。

「遊びでやってんじゃないわよ!」

「遊びこそ真面目にやりなさい」

「仕事は美徳なんかじゃないぜ」

 ABP装甲でビームを凌ぎ、コクピットのアラームを黙らせると同時にチンシャーレン本体の肩部にビームサーベルを突き刺す。突っ込んできたチーシャーレンにグレネードを投げつけて、距離を取った。

 バッテリーと推進剤は心もとないが、明らかに戦闘力の低下しだした二機に止めを刺すことは可能なはずだ。それなのに、この妙な違和感は何だろうか。相手の持つ余裕は明らかに異常だ。

 ブルーコスモスなどが使用していたと言われる強化兵士は、その実態がよく分かっていない。彼らに感じる異常さは「そのように作られた」が故の異常さなのか。それがリリトの集中力をかき乱す。彼らの出自は、自分と同じなのかもしれない。

「退きなさい!!」

 チーシャーレンの胴体から伸びたビームサーベルを数本切り落とし、その胴体を蹴りつけながらリリトは叫んだ。鈍った殺気を嗅ぎつけるように、チンシャーレンの砲撃が鋭さを増す。

「来た来た来た来た!!」

「そうよ、それでこそ最高のコーディネーターだわ。バカなくせに偉そうで!!」

 降り注ぐビームとレールガンの僅かな隙間に機体を滑り込ませて、ビームライフルを連射する。瞬く間に二つのコンテナが沈黙した。チンシャーレンは半分以上のコンテナを失った事になる。

 背後から迫るチーシャーレンにエクステンショナル・アレスターを撃ち込むが、逆にケーブルを切断された。振り向きざまに振るうビームサーベルが、伸ばされた左腕と交錯する。撒き散らされたビームの粒子を防ぐのにABP装甲を使ってしまい、バッテリーがガクンと減った。だがグラティアの投擲したナイフはチーシャーレンの右足の付け根に突き刺さり、その機能を失わせる。

 それでも、退く素振りすら見せない敵にリリトは精神的に押し込まれている。安定翼の被弾に伴うプログラムの微調整を行いながら、グラティアのビームキャノンはチンシャーレンの残ったコンテナの全てを破壊した。

「あんたたちも・・・世界のためか!?」

 コンテナを失った機体が、ビームサーベルを掲げて突進してきた。それをいなし、残った手足を振りかぶるチーシャーレンにビームを撃ち込む。その機体も、脱落した手足を無視し、胴体からビームサーベルを発振してなおも迫る。

 絶望的な状況では無いとでも言うのだろうか。これでもなお戦い続けられるのは、何故なのか。強化兵士だから、そのように作られたからなのか。

「何だ、世界って?」

「自分のために決まってんじゃない・・・楽しいからよ!」

「何が楽しい!!」

 グラティアのサーベルが砂時計を両断する。脚の付いていた側が爆発するが、腕の付いていた側は、まだ動いていた。そして僅かになったビームサーベルでなおも突っ込んでくる。

 リリトは恐怖を感じた。恐怖を感じていない敵に恐怖した。そんな風に作られた人間と、作った人間を等しく嫌悪した。

「あんたらは・・・心まで作られたのか!!」

「知るかよ、俺の心は俺のもんだ。誰が作ろうと、作られた瞬間に俺は俺だ」

「あんただって、作ってもらったんでしょ・・・こんな風に戦う心を」

 グラティアのビームサーベルがチンシャーレンの腕を切り落とし、返す刀はその機体を袈裟懸けに切り裂いていた。同時に放たれたビームキャノンは、チーシャーレンの残った胴体を貫通している。

 違う、そう何度もつぶやきながら、リリトは落下する機体を制御し続けた。

 

 作戦が最善の進展を見せれば、先行した三機は国境の峠に先に到着し東アジア軍の部隊の通行を止める事ができるはずだった。運搬用車両での移動なので、MSならば容易に撃破と足止めが出来、トレランシアの到着まで時間を稼げるはずだった。

 だが飛行中に風に流され、目標ルートからかなり北にずれてしまったため、敵部隊の一部は国境を越え始めていた。フォルトゥーナとリベルは二手に分かれる。先行した敵部隊を追ったフィジェは、舌打ちをしてレバーを握り締めた。長時間の移動から間髪いれずに戦闘だ。気合を入れなおすように、外部スピーカーをオンにして大声で警告を発する。

「我々は地球連合軍緊急即応部隊だ。貴部隊の行動はユーラシア領内への侵犯であり、明確な戦争行為である。緊急即応部隊には、連合の承認無き戦争行為に対する実力行使が認められており、また貴国国防省からは反乱軍の鎮圧を要請されている。五分以内に全車を停止し国境線まで後退する事を命令する」

 どの車も速度を落とさない。当然だとは思いつつ、この車列を狙い撃ちするのは気が引けるとも思った。ジリジリとした時間の中、車列の後ろの方が停止を始めた。だが、それが後退するものだとは思っていない。

 リベルは停止した車両を飛び越えて前進を続ける車列を追った。おそらく、止まったトレーラーからはMSが降りてくるのだろう。反撃するつもりだ。足止めを食う前に全ての車両を追い越して、ゾーリンを無理やり着地させた。

 MS運搬用の大型車両が通行できる迂回路が無いのは幸いだった。道をゾーリンで塞ぎ、リベルは近くの山陰に移動する。

 程なくして現れたトレーラーの一団が、立ち往生をする。引き返してくれという微かな願いを無視するように、次々と荷台から立ち上がったセカンドダガーが、ゾーリンの撤去を行おうとする。

「最後の警告だ!」

 フィジェはスピーカーで叫ぶと、ビームライフルを発射した。リベルの行動を予期していたかのように身を屈めたセカンドダガーは、すかさず反撃を行う。ビームが山肌を抉り、崖が崩落する。

 リベルの火力なら道ごと削り落とす事も可能だろうが、この道はこの地方の唯一の幹線道路でもある。おいそれと破壊できるものではないのだ。それは敵にとっても同じ事で、双方とも相手の出方を窺うような、散発的な攻撃に終始した。

 少しでもバッテリーを節約したいフィジェにとって、それは悪くない展開である。だがトレランシア到着まで、まだ七時間以上あるのだ。

「ですから、そのような連絡は聞いていない。私はあくまでも連合の要請で動いている」

 国境の峠に陣取ったフォルトゥーナの中で、イェレはマイクに向かって怒鳴っていた。まだ国境を越えていなかった部隊は、ここで足止めしなくてはならない。僅かに幸運だったのは、相手がいきなり強行突破を試みなかった事である。

 代わりに国境警備隊の訓練だの通常の配置転換だのユーラシア政府からの許可を得ているだの、様々な理由をつけて国境を越えようとする。それらの理屈を、イェレは知らぬ存ぜぬだけで拒絶していく。せめてコクピットから降りて話をしろという相手方の要求も無視する。

 東アジア軍の中枢はこの事態には関与していないはずなので、こうして時間を稼げば相手が撤退する可能性もあるのだ。上空からざっと見ただけでも十数機のMSがいた。たった一機でその相手をするより、こちらの可能性に賭けてみたい。

 イェレは水筒のストローをくわえて水を含むと、再びマイクに向かって怒鳴った。だが押し問答が続いても、時間は容易に流れてくれない。

 もともとトレランシア到着までバッテリーは持たない。それは敵が撤退に応じない場合は、攻撃してでも撤退に追い込まなくてはならないということである。時間稼ぎのための中途半端な撤退を認めないためにも、敵への攻撃は不可避であり作戦もそれを前提としていた。しかし作戦を理解していたとしても、停車中の車両への攻撃はためらわれる。

 しかし電力の節約モードにしているとはいえ、ある程度で決断をしなければ今度は電池切れの機体を排除されて敵の進撃が再開する。

「だったら出てきてくれよ・・・」

 戦車を載せたトレーラーの窓から顔を出して何かをしゃべっている運転手、自動小銃を手に周囲の警備をしている兵士、拡声器でこちらと交渉を続けている将校。そういった人を目の当たりにしたままMSの武器を構える事は、精神的に大きな負担だ。

 撤退して欲しいという考えと、どうせ交戦するならMSを繰り出してきて欲しいという相反する考えが、イェレの頭を巡っている。ようやく一時間が過ぎたところだ。フォルトゥーナのバッテリーは、そろそろ半分になろうとしている。

 ウェルガーによる救助を待つための合流地点まで、ここから30分ほどかかる事を考えれば、そろそろ動かなければならない。だが敵はいまだにこちらとの交渉を続けようとしている。

「東アジア軍西部国境軍管区司令部からの通達書が届いた。これを見てもらえれば我々の行動が正規の手続きに則ったものだと理解できるはずだ」

 拡声器から聞こえる声に舌打ちをする。

「あと五分だけ待ちます。それまでに部隊を後退させないのであれば、連合軍緊急即応部隊の権限に基づいて、あなた方への攻撃を行います」

 イェレは祈るような気持ちで言った。マイクを持っていた将校が乗っている車に、オートバイが近づき何かを伝える。トレーラーがモーターを始動させ始める。フォルトゥーナの望遠モニターは、後方のトレーラーが方向転換を開始したのを映し出していた。

 肩の力が抜けるのを感じる。だが十分な距離まで後退するのを確認できなければ、意味が無い。やはり攻撃は避けられないのだろうか。それでも、後退を始めたトレーラーを撃てるものではない。敵部隊は、一応警告通りに後退をしているのだから。

 それほど広くない道である。大型のトレーラーはのろのろと方向転換をしてゆっくりと後退していく。時間が進むのはやはり遅い。

 目の前に止まっていた車が後退を始めたのは、30分以上経過した後である。イェレは唇を噛む。時間を稼がれたのは自分の方なのだ。センサーはMSの熱紋を捉えていた。

 

 シールドを構えたセカンドダガーが、何度もゾーリンに接近しようとする。それほど安定的に着陸しているわけではないので、数機のMSが一斉に持ち上げれば、崖下に落とす事ができる。リベルはビームライフルでその動きを牽制する。それほど広くない道幅は、多数の敵MSが同時に展開する事を拒んでいた。

 足を撃ち抜かれて転倒したMSからパイロットが脱出した。その機体を遮蔽物にするようにジリジリと敵が前進してくる。複列位相砲で薙ぎ払えるのだが、それでは道に大穴を開けかねない。

 不用意に立ち上がったMSのシールドにレールガンを命中させる。バランスを崩したその機体は、足を踏み外して崖を滑り落ちていく。

「・・・バッテリーが」

 合流場所へ向かうために残しておかなくてはならないバッテリー残量に迫っている。だが事態は何ら好転していないのだ。ここでリベルが退けば、たかだか二時間弱の足止めしか出来なかった事になる。

 だからと言って、動けなくなるまで粘ったとしても後30分。この作戦は最初から、足止めではなく敵に十分な打撃を与えて撤退に追い込まなくてはならなかったのだ。敵がMSを展開するより早く、リベルでトレーラーを片っ端から攻撃すれば、それも可能だったかもしれない。

 それができなかったのは、フィジェの認識の甘さである。戦争をしているという認識が不十分だった事が、車両への攻撃をためらわせMSとの交戦を選ばせた。

「上から!?」

 センサーの警告音にモニターを切り替えると、数機の戦闘機が爆弾を投下するのが見えた。無数に分割するそれは、リベルが陣取る岩場の上の斜面にいくつもの砂柱を生み出した。

 崖崩れから機体を退避させる。フィジェは大きく息を吸って、ペダルを踏み込んだ。そのままリベルを突っ込ませる。レールガンが咆哮し、ゾーリンに駆け寄ったセカンドダガーが消し飛ぶ。上空から狙ってくるウィンダムに、背部六連ビームを撃ち上げて牽制すると、ミサイルポッドを開放する。

 山肌抉っていくそれは斜面を崩落させ、土砂と岩石が退避中の車両に直撃する。セカンドダガーのマシンガンをPS装甲で弾くと、強引に接近してその機体の胴体を撃ち抜く。火を噴きながら墜落していくウィンダムには目もくれず、リベルは機体を走らせた。後退しようとするトレーラーが混乱をきたし、衝突、追突が繰り返される。

 青空を走る複列位相砲は、上空のMS編隊の一角を消滅させた。だが望遠モニターには、他にも複数の編隊の姿が映し出されている。

「くっそぉ!!」

 何度叫んだか分からないその言葉を、イェレは叫び続ける。フォルトゥーナの周りには、真っ二つになったMSが何機も転がっている。だが、その頭上を一機また一機と、敵のMSが飛び越えていくのだ。

 ビームガンを上空に向けるが、その度にシールドを構えたセカンドダガーが突進してくる。道が広くないため、複数の敵に襲われる可能性は低いのだが、上を飛ぶ敵機はほとんど撃ち漏らしている。打ち付けた斬機刀がシールドごとセカンドダガーを弾き飛ばし、その機体が崖を転がり落ちていく。

 イェレはレバーを押し込む。既にバッテリーは危険域に達しており、ビームシールドやABP装甲を使用すれば、一気に行動不能に陥りかねない。そのため敵がビームライフルを使いにくい状態に持ち込まなくてはならないのだ。

 フォルトゥーナの突進に怯んだウィンダムを斬機刀が突き刺し、頭部機関砲がビームサーベルを振り上げたセカンドダガーのカメラを破壊する。斬機刀を引き抜く動きのまま、回り込もうとした敵を斬りつけ、バランスの崩れた敵機を崖下へと蹴り落とす。

「大失敗じゃないかよ!!」

 泣きそうな声で叫んで上空のスカイグラスパーを撃ち落す。あの押し問答は、トレーラーに搭載していたMSにジェットストライカーを付けるための時間稼ぎだったのだ。それに乗らず、問答無用で攻撃すればよかった。その権限を持っていたのだ。それが出来なかった自分をなじる。

 だがその後悔はもはや無駄である。側面からの攻撃にフォルトゥーナの機体が大きく揺れる。右腕のモーターが損傷し、斬機刀も取り落としてしまった。崖下から飛び上がってきた機体の攻撃に、フォルトゥーナが大きく弾かれる。

 ビームガンを乱射し迫って来たウィンダムを黙らせるが、同時にコクピット内の照明はその明るさを失ってしまった。

「機体機密保持規定7条6項3、承認・・・パスワード入力完了、バックアップファイル取り出し、時間設定・・・5分、緊急用ハッチ手動開放・・・」

 シリンダー部を火薬で破断したハッチを押し上げる。灰色になったリベルが、頭を下向きにして斜面に転がっていた。コクピットから這い出て、フィジェは走る。動けなくなったリベルを爆破処理するのだ。

 もっとも敵は崖下のリベルに興味を持つ事無く、道路の上に散乱する撃墜されたMSの撤去と土砂の除去、そして道路の修復作業を急ピッチで進めていた。MS用の作業機器を持ち込んでいることから、二時間ほどで応急処置も終わってしまうだろう。そうすれば進撃が再開する。

 岩陰に体を落ち着け、フィジェは水筒のストローをくわえる。溢れてきた涙を拭った。

 激しい爆発音とともに、リベルは爆発する。残っていた推進剤が断続的に爆発し、その機体はやがて原型を留めないほどに崩れていく。

 

 トレランシアがバイコヌールに戻ったのは三日後だった。機体が爆破処分されたため、パイロットの捜索に時間がかかったのだ。唯一戻ってきたグラティアも戦闘後に十分な推進剤を確保できず、着地の際に脚部を全損していた。パイロットが無事だったのは、リリトだったからだ。

 パイロットが無事だった事に胸を撫で下ろす暇もなく、マーカスとレセディは作戦結果についての報告に出向かなければならなかった。あまり雰囲気の良くないブリッジを出て、沈んだ空気の艦を後にして、慌しさの増したバイコヌール基地の施設に出向く。

 新国境地帯における東アジア軍の動きに対して、連合の治安維持軍も対応に追われている。そのためトレランシアの艦長と副長への対応も、腫れ物に触るようなものだった。

「概況については報告書を受け取った」

 画面の向こうのルチアーノ・プレスは、表情を隠すような笑みを浮かべている。そしてロップノル研究所急襲作戦を労う。マーカスは心の中で肩をすくめる。本題はそこには無いのだ。

 東アジア軍の部隊は選挙で確定した国境を越え、かつて東アジア軍の基地だった施設を再接収しそこに駐屯していた。派遣されていた治安維持部隊は撤収し、周辺地域の情勢は一気に緊迫感を増している。

 複数の軍閥がそれに反発し、国境画定と同時に取り交わされた国境地域における停戦合意は破棄寸前の状況であった。

 越境部隊に対して統制を取れなくなった東アジア政府が強硬な姿勢を見せ始めている事も、情勢の混迷に拍車をかけていた。近々大規模な軍事行動を起こすのではないかと見られている。そうなれば、赤道もユーラシアも動かざるを得ない。

「既に連合と三ヶ国の政府は、選挙結果の堅持を正式表明している。陣取り合戦に発展する事は無いはずだ」

 ルチアーノの言葉は楽観的だろう。大西洋も大洋州も、情勢が安定化しなければ治安維持部隊の派遣を取りやめると言っている。そうなれば、治安維持は争いの大本である三ヶ国がやらなくてはならない。それでは、軍が軍閥の後ろ盾となって小競り合いを繰り返していた国境画定前と変わらない。

 言うなれば、中央アジアで行われた連合が主導する紛争解決プロセスは完全に破綻したという事であり、緊急即応部隊の経歴にも大きな傷が付いたという事だ。マーカスは早く本題に入れ思う。

「リガリスシリーズ三機は、既にプラントに手配している。一週間以内にバイコヌールに降りる」

 ところでと言葉を区切るルチアーノに、心の中で身構える。東アジア軍部隊の越境に際してのトレランシアの行動に対していくつか質問がある、その言葉にマーカスが視線を上げた。

「報告によれば、越境直後の部隊や越境前の部隊にも、トレランシアのMSは接触している。それに対して効果的な阻止行動を行っていないが、それは何故かね」

「東アジア西部から中央アジアを通ってユーラシアへと伸びる唯一の幹線道路であるため、その破壊を回避するために積極的な交戦は控えるように厳命していました」

「作戦計画書には適切な実力行使による進撃の阻止とある」

「私が口頭で出撃前に伝達しました」

 レセディは表情を変えずにマーカスに横目を向ける。彼はそのような事を言ってはいない。むしろMSを出してくる前の車両を狙えば、比較的安全に敵部隊に打撃を与えられると考えていたはずだ。

「・・・実際は少数のMSと交戦しただけで、数時間の足止めしか出来なかった」

「母艦からの支援もなく、戦闘可能時間の限られたMSではそれが限界です」

「だがリガリスシリーズはフリーダムを落としデストロイを破壊した機体だ」

「グラティアは東アジア軍の特殊部隊が運用する新型機動兵器との交戦で国境までたどり着けず、フォルトゥーナ、リベルの両機も連携した運用が不可能な状況でした」

 マーカスは一旦視線を落とし、そしてカメラを睨みつけるように言った。今回の作戦が失敗したのは、東アジア軍部隊の行動を事前に察知できなかった連合本部の失態であり、軍部隊の統制が出来なくなっている東アジア政府の問題であると。トレランシアは限られた情報と限られたMSを使って最大限の事をやったのであって、新国境地帯における情勢悪化の責任を負わされる立場ではないと。

 モニターのルチアーノが眉を顰める。レセディは自分の台詞を取られたので、そのまま黙っていた。補給が終わり次第、次の作戦が決定するとだけ言って、報告会は終了となった。

 黒くなったディスプレイに向けて、マーカスは長い長いため息をつく。パイプ椅子に腰を下ろして、もう一度息をついた。

「艦長・・・何故、あのような事を?」

「僕もね、移動中のトレーラーを上から撃たなかった二人には色々と言いたいことがありますよ・・・それ以上に、上の連中に言いたい事があっただけです」

 救助したイェレとフィジェからは、戦闘結果の報告は受けている。攻撃をしなかった理由が甘い考えと願望に基づくものだという事も、それが誤った判断だという事も分かっている。おそらく、命令通りに車列に対する攻撃を行えば、東アジア軍部隊は撤退を余儀なくされたはずだ。

 そうすれば国境地帯の情勢悪化もなく、東アジア政府も強硬派を楽に抑えられたであろう。そういう意味で、彼らのやった事は大きい。

 だがもともとが、トレランシアが引き受けるには無理な作戦だったのだ。上層部の失態を現場に押し付け、現場は前線にそのツケを回したのがこの結果だろう。そんな作戦でパイロットの責任を追及することに、どれほどの意味があるのか。

 何より、自分がどれほど重大な失敗を犯したのかは、本人達が一番よく分かっているのだ。これ以上責めたてても、何も生まれてこないだろう。

 再びため息をついたマーカスに、レセディは甘い考えだとつぶやく。だがその考えには理解も共感も出来るので、それ以上は何も言わなかった。

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