Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第四十九話 マスドライバー攻防

 トレランシアのカタパルトから飛び出すのは、追加装甲を装備したウェルガー。シールドに使用されるアンチビームコーティングを施したもので、一発二発のビームなら凌げるという触れ込みだった。ただ、増設火器やスラスターなどを考慮すると、純粋に装甲として使用できる部分は多くないだろうというのが、現場の見立てである。

 曇天の下で、繰り返し発着艦の訓練を行っていた。機体形状の変化に伴って空気抵抗が変わるため、コクピットに座ると若干の違和感がある。次の戦闘までにこの違和感を消しておかなければ、せっかくの装備も宝の持ち腐れとなってしまう。

 それは機体を新調したリリト達も同じであった。特にグラティアのエクステンショナル・アレスターは、本格的な有線誘導兵器となっていたため、その訓練に取り組んでいるのだ。

「でも地球での使用を考慮してケーブルがワイヤーになったから、使うたびに充電しなきゃならないのがね・・・」

 ユンディがキーボードを叩きながらぼやいた。電力供給ケーブルは重く、重力下での機動には向かない。そのため誘導用のワイヤーしかなく、攻撃デバイスはビームサーベルにしろビームガンにしろ、一回使えば弾切れになってしまうのだ。

 フリーダムのドラグーン対策には、あまり効果的な武器とはいえなかった。哨戒飛行を終えたグラティアが帰還する。

 針葉樹の森を揺らすように進むトレランシアに滑り込むように着艦すると、リリトはほっと息をついて機体をハンガーに載せた。慣らしを兼ねて、飛行回数を増やしているが、流石に疲れが溜まってくる。今夜のシフト会議でその件を提案しておかなくてはならない。

 早速整備に取り掛かる作業員に挨拶をして、次の哨戒飛行に当たるイェレとハイタッチをして、ロッカールームに向かった。まとめていた髪を下ろすと、ブロンドが流れる。そのままシャワー室に入ると、カシアが髪を乾かしていた。

「お疲れ」

 生まれたままの姿を鏡に映しながら、彼女は鼻歌混じりにドライヤーを振っている。腰まで伸ばしている長い髪は、乾かすのにも時間がかかるのだ。その肉感的な後姿をしばし眺める。

「ちょっと、太ったとか思わないでよ。1キロなんて誤差範囲なんだから」

「思ってないし・・・てか、目下そういう悩みしかないの?」

「だから体重には悩んでないわよ。それよりリベンジ、とか思ってんじゃないでしょうね」

 鏡越しにカシアと眼が合った。中央アジア国境地帯の混迷を、鮮やかに解決してしまった大天使。それに対して抱く複雑な心境を彼女は一言で言い表した。リリトは目を逸らすように、アンダーを脱ぐ。

 シャワールームに入ろうとする彼女に、カシアがドライヤーを切って言った。

「私達、そういう事が目的じゃないでしょ」

 聞こえない振りをしてシャワーを浴び始める。

 実力行使による紛争の解決と抑制、それがこの部隊の任務である。しかしそれは目的のための一手段であり、トレランシアはその手段の実行者に過ぎない。そして目的とは即ち、紛争地域における平和の構築である。

 次の作戦も、その目的は平和の構築である。中央アジア国境地域において潰された緊急即応部隊の面子を保つための作戦でもなければ、因縁浅からぬ大天使との決戦でもない。連合や加盟各国が何を企んでいようとも、トレランシアは平和を構築するための一つの欠くべからざる手段として行動する。

 世界各地の紛争に介入し、徒にその紛争を悪化させるテロリストの排除。それが、トレランシアの次の目的である。

 

 青く澄み渡った空には遮るものがないために、地表の僅かな熱も全て空へと逃げてしまう。だから天気の良い日は寒いのだ。カヲは窓の外を眺めながら、寒さとは無縁の室内にたたずむ。暖炉の薪がはぜた。

 いつものように穏やかな微笑みを湛えた男が部屋に入ってきた。彼が制するのを無視して、カヲは立ち上がって深くお辞儀をする。彼は今日、エフライム・ビーンシュトックに全ての投融資の引き上げを告げに来たのだ。連合による攻撃が迫っている。預金封鎖に関する情報は入手しているため逃げ遅れる事はないが、金融屋としてのモラルに忠実であることが、この世界で生き延びていく術だとカヲは知っている。

 どの道、目の前で紅茶を飲む男も事の全てを知っているはずだ。後ろめたさなど微塵も感じる必要の無い人物である。

「人を見る目には自信があるつもりでした・・・」

 カヲは初めて自分から話を切り出す。彼とはこれが最後である、言葉くらいは聞いておきたかった。

「人とは一面的ではない。ですが一人では一面しか見えない。だから多くの人で見る必要がある」

「しかし人のあり様が多面的であろうと、同時に複数の生き方はできない」

「だからこそ、多くの人が見つける多面性の中から、あるべき自分自身を決めて、行動するのです」

 カヲはカップを手にする。興味のない話になりそうだが黙って聞くことにした。結局この人物のしたかった事は分からずじまいだ。連合による預金封鎖でターミナルは事実上壊滅する。

 それに伴って、ターミナルと関係の深い傭兵やジャンク屋組合も早晩解体されるであろう。既にギガフロートに対しては大西洋軍が接収に向けた準備を行っている。連合によって位置をトレースされ続けていたマスドライバー施設が、アングラ経済と非合法軍事集団の拠点である事は、完成当時から知られていた事だ。

 静止衛星軌道上の宇宙ステーション・アメノミハシラにも、牽制のために小規模な艦隊が派遣されるという。もっとも、宇宙ステーションなど資金と物資が止まれば使い物にならなくなる。

 そのため、既にサハク家の人間は脱出して行方をくらませているという話であった。オーブの首長家らしい利に敏い動きである。残された人間はたまったものではないだろうが、資金源を断たれた彼らに今後もテロ活動を続けられる力はない。

 そして極東のここにも連合軍が向かっている。緊急即応部隊だけではなく、ユーラシア軍と大西洋軍も部隊を派遣していた。わざわざアークエンジェルとフリーダムが補給に戻るタイミングに合わせたような動きである。おそらく、ビーンシュトック派に関する情報も筒抜けなのであろう。

 それにもかかわらず目の前の男、エフライム・ビーンシュトックはつまらない人生論を形而上学的に語る事に余念がない。彼が新たな資金ルートを構築している事は、連合も掴んでいる情報である。それでいてこの余裕なのは、間違いなく賢いからではない。

 それだけは自信を持って言えた。

「自らの意志を持って決める事、自らに覚悟を持って行動する事、それだけが世界と自分自身に明日をもたらす力です」

 日は自ずから昇り、明日は否応なくやってくる。運命を100%コントロールできるなど、遺伝子に手を付けた傲慢さが生み出す考えでしかない。

 だがカヲは、自分の人生観を人に語るほど愚かではなかった。

 

 精度の悪い衛生写真と、高高度偵察機からの写真、そして各種ルートから入手された情報を元に、目標地点は捉えられていた。インディギルカ川とネラ川の合流地点、幅2km、長さ15kmほどの土地にマスドライバーとその関連施設を中心とした敵の本拠地がある。

 確実な敵戦力はアークエンジェルとフリーダムであるが、それ以外にもターミナル系の傭兵が複数入り込んでいるとの情報であった。傭兵とは言っても、いわゆる軍事企業ではなくターミナルの軍事部門であろう。契約ではなく主義にしたがって戦う集団だ。

 こちらの戦力はトレランシア以外に、アラスカからやってくる大西洋軍のMS空挺団と、ユーラシア軍西シベリア軍管区から派遣される部隊で、双方とも十機前後のMSと支援兵器からなる部隊であった。

 だが山脈の狭間にある土地であるため、迅速で十分な補給は望めない状況である。攻撃に失敗したからといって、撤退して再攻撃と簡単に行うことは出来ない。

「一発勝負ってことだろ」

 平行して飛ぶサブフライトシステムの上のフォルトゥーナから、イェレの声が入る。合わせて二十機ほどのMSがいるからといって、フリーダムの前では数など何の意味もなさない。

 トレランシアのMS隊、いやグラティアとリリトの役目は先行してフリーダムを抑えることである。航続距離と戦闘継続時間を延ばすために、わざわざサブフライトシステムが六機、トレランシアに配備されたのだ。

 敵拠点に対して北から、すなわちンディギルカ川の下流から上流に向けての侵入ルートをとるトレランシアを発進した六機は、山裾の川面を撫でるように飛行していた。川がやや西に進路を変える。川に沿って目の前の小さな山を迂回すると、目指す合流地点は目の前だ。ウェルガーファーストが手を振ると、隊は二つに分かれた。

 リリトは、付いてくるフォルトゥーナとリベルを確認すると、ペダルを思い切り踏み込んだ。ガクッと加速が強まり、サブフライトシステムは山に沿って一気に上昇する。三機は山を飛び越えて高い高度から敵拠点への侵入を行うのだ。

 早くにフリーダムを引きずり出し、それを拘束。その間に友軍が敵拠点の攻撃と占領を行う。あの機体に下手な小細工を弄しても無駄なのだ。

「上手く・・・行くといいですが」

 マーカスのつぶやきに、カシアが後ろを振り返る。先行したMS隊を追うように全速力で飛ぶトレランシアのブリッジは、緊張に満ちていた。この艦には、攻撃が不調に終わった場合、少しでも多くの友軍機を回収して撤退する事が求められている。だがそれは、フリーダムとアークエンジェルにやる気がないという前提に基づくものでしかない。

 連合・プラントの金融当局による預金封鎖、大西洋によるギガフロート接収作戦、アメノミハシラへの艦隊派遣。今回の作戦は、ターミナル解体に向けた連合とプラントの共同作戦の一環であろう。しかし、あまりにもとんとん拍子というのが引っかかった。マーカスはそこで考えを止める。

 今は他にも考えなくてはならない事が山のようにあるのだ。レセディとともに細かな指示を出していく。カシアも画面に向かった。インド洋でのやったようなドックファイトまがいの事もありうるのだ。

「確かめてみたい事・・・」

 Nジャマー濃度の高まりとともに、使い物にならなくなっていくレーダー画面を切り替えながら、カシアはフィジェの言葉を思い出す。出撃前の慌しい中で聞いた言葉だが、それがどんな意味か分からないままだった。それでも、その言葉が何に向けてのものかは分かる。彼の目はフリーダムに向けられていた。

 しかしそれは、彼の過去に根ざしただけの単純なものではないだろう。だからカシアは、フィジェが何かを確かめて戻ってくる事を信じた。カウントダウンを行っていた時計がゼロを告げる。ブリッジクルーの視線がモニターに注がれた。

 まだ何も映っていないが、シベリア西部の寂しい風景の向こうでは、戦いの火蓋が切られているはずだ。

 

 簡易陣地から砲身だけを出した戦車から、次々とレールガンの弾丸が撃ち出される。地面から垂直に発射されるミサイルが、弾頭を分割させて落下してくる。ウェルガーが追加されたレールガンとミサイルポッドで応戦し、ゾーリンに取り付けられた爆弾が投下される。

 予想通りの反撃であるが、予想外に早くから反撃が始まった。防御陣地はかなり広い範囲に構築されているようだ。旧式兵器主体とはいえ、数が集まれば、それに比例して脅威も増す。

 ヒューはモニターに遠く映っているマスドライバーの輝きを見る。スカイグラスパーの編隊にビームライフルを向けてそれを崩すと、その隙間に機体を突っ込ませる。他の二機もそれに続いた。

「マスドライバー近くで乱戦されるのはイヤだろうよ!」

 ビクトリアやパナマのものと比べれば規模で劣るが、それが戦略上重要な施設である事に変わりは無い。敵も味方もこれに傷を付ける事は望んでいないはずだ。大量の発煙弾を地上にばら撒いて砲台となっている戦車の目を潰すと、戦闘機を切り払いながら敵施設を目指す。

 ユーラシアと大西洋のMS部隊の投入時間も迫っていた。少ない頭数は集中的に動かなければ効果が無くなる。ウェルガーファーストが大きく機体を振った。挙動が一瞬遅れたウェルガーサードのシールドが吹き飛ぶ。

 地上からではなく空から発射されたビーム。特徴的な頭部のデザインは、おそらくオーブ製だろう。コクピットのライブラリーにはない機体なので、ヒューは機体を操りながら自分の頭を検索する。

 ストライカー・アストレイ。連合が採用したストライカーシステムと同規格の接続モジュールを有した機体だ。自社の市場の縮小を嫌ったモルゲンレーテとオーブ軍が可変型のムラサメを採用したために、量産化は見送られていた。だが、信頼性や生産性は極めて高く、大洋州の兵器メーカーが別ブランドで生産しているという話だった。

 サブフライトシステムに乗っているその機体はランチャー装備だろう。320mm超高インパルス砲が空を貫く。

「三時に機影!」

「地上にシビリアンが3!」

 アレナとタラスの声がノイズと共に聞こえ、三機のウェルガーは散開した。ウェルガーセカンドのビームライフルが編隊の戦闘機を撃ち落すと、そのうちの二機が変形して急制動をかけた。

 ムラサメの変形機構を変更した機体で、ムラマサと呼ばれるMA。その分類のされ方は、戦闘機から脚だけを生やしたような中間形態になれることにある。戦闘機ともMSとも違う機動に、アレナは舌打ちとともに右肩のロケット弾を斉射する。

 フレアによって目標をそらされるロケット弾は無視して、アレナのウェルガーが近接戦に持ち込む。ロケット弾に対処していたムラマサがMS形態に変形し、ビームサーベルを切り結んだ。激しいスパークの中、ウェルガーセカンドはグレネードを投げる。

 黒煙を上げて吹き飛ぶムラマサを見送る事無く、アレナはペダルを踏み込んだ。もう一機のムラマサが放ったビームは空を切る。地上に着弾したビームが土砂を巻き上げ、降り注ぐ砂と土の中を、ウェルガーサードが地面スレスレに飛ぶ。

「上じゃねぇよ!」

 タラスの雄たけびと共に、巨大な刀を持っていたシビリアン・アストレイが真っ二つになる。地上の三機が見ていたのは、何も乗っていないゾーリン。土砂が視界を遮った瞬間に、ウェルガーサードはサブフライトシステムから飛び降りたのだ。

 動揺が生む隙をタラスは逃さない。ロケット弾で畳みかけ、レールガンでもう一機を撃ち抜く。胸部追加装甲が敵のビームライフルを凌いだ瞬間には、ウェルガーのビームライフルがシビリアン・アストレイを貫いていた。スラスターを吹かせてゾーリンに飛び乗ると、ウェルガーサードはウェルガーファーストを翻弄しているソード装備のストライカー・アストレイに突進して行った。

 

 青空の染みのようだった機影がどんどんと大きくなり、やがてそれはMSの姿になった。同時にばら撒かれたフレアがミサイルを引き付け、エアボーン作戦用に装備される円錐型の盾が、撃ち上げられる対空砲を弾いている。白を基調としたウィンダムⅡの降下部隊は、アラスカからやってきた大西洋軍である。

 定刻よりやや早く降下を終えた、深い緑を基調としたユーラシアのウィンダムⅡと共に、マスドライバー関連の主要施設に殺到する。ユーラシア軍は航空戦力も投入しているため、戦況は五分五分といったところだった。

 だが傭兵にしては揃いすぎた高性能なMSと規律の取れた行動は、戦闘を長引かせると予測させた。こちらにはそれほど余裕は無い。

「リリトとフィジェはフリーダムへの警戒を!」

 イェレがそう言って、ゾーリンを降下させた。マスドライバーへの被害を避けるために近接戦闘が予測される。そうなればフォルトゥーナのフィールドであった。降下していくフォルトゥーナを見ながら、リリトは焦れる。

 フリーダムが出てこないのだ。

 本当にこの場にいないのであれば、それでいい。無事に作戦は成功するだろう。だが作戦は、こちらのタイミングでフリーダムをおびき出し拘束するはずであった。向こうのタイミングで出撃されたら、味方は瞬時に全滅する。

 だからリリトは、周囲全てに集中力を広げている。現れない事を祈るだけ無駄なのだ。

「ワンパターン過ぎるのよ!!」

 意識を弾かせたリリトはそう叫んで、空を仰ぎ見る。同時にABP装甲を展開し、ビームライフルとビームキャノンを乱射した。

 空の一点から降り注ぐ色とりどりの光。美しさとは裏腹の凶暴さで襲い掛かるそれを、グラティアは文字通り体を張って止める。機体の横をすり抜けようとした二基のドラグーンをエクステンショナル・アレスターが貫いた。

 それでも地上にいた友軍機が数機、手足を失って転がっている。フリーダムに突っ込むグラティアを援護するように、リベルは全砲門を開いた。凶暴な光が、空を上下する。

 

 マスドライバーの輝きがモニターに映る。ビームと砲弾の煌きに彩られ、青空をバックに宇宙に向けてそびえ立つ銀色のレール。レセディは、それに見とれる事無く画像解析を急がせる。マスドライバーの各部に、稼動に際しての特徴が見られるのだ。

 この状況下でのマスドライバーの使用、最悪の事態を想定しておく必要がある。レセディは、艦首中性子砲の準備を命じた。緊急即応部隊の目的は、マスドライバーの確保ではなくアークエンジェルとフリーダムの排除である。

「考えてなかった・・・」

 言い訳のようだが、実際に考えていなかった。イェレは、変則的な軌道で飛ぶブーメラン状の武器を弾き、斬機刀を構えて息を整えた。アークエンジェルがマスドライバーの上に姿を現したのだ。他の部隊を逃がすのではなく自らが逃げるとは、想定外の事態である。

 今までの彼らの行動をプロファイリングした結果、本部もこの単純な可能性を排除していたのだ。エフライム・ビーンシュトックの脱出時間を稼ぐためにアークエンジェルとフリーダムが出てくるという予測をしながら、アークエンジェルと共にビーンシュトックが逃げるという予測を立てなかったのだ。迂闊以外の何物でもない。

 フォルトゥーナの斬機刀が敵の対艦刀としのぎを削る。横合いから撃ち込まれる高出力ビームをビームシールドで弾き、拡散したビームの粒子を嫌って跳び下がった対艦刀装備の機体に肩部ビームを見舞う。上空で隙を窺っていた一機をビームガンで牽制しながら、イェレは必死に集中力を保つ。

 アークエンジェルとマスドライバーを守ろうとするフリーダム、それに対して攻撃を仕掛けるグラティアとリベル。モニターに映る二機が常に頭の片隅にちらついていた。

「そんな余裕、ないだろ・・・」

 目の前にいるのは三機のMS。おそらく東アジアのライゴウを強化した機体であろう。空戦使用、近接戦使用、砲戦使用の三機がフォルトゥーナに対峙している。機体性能では劣っていないはずだ。だが、味方を気にしながら三機をまとめて真正面から引き付けるだけの余裕は、イェレには無かった。

「だからって!!」

 ビームガンを片手にフォルトゥーナが突撃する。逃げ場も援護も期待できないのならば、泣き言は言うだけ無駄だ。細かく発射されるビームが、対艦刀を構えた機体をその場に拘束する。

 上空からのビームをABP装甲で凌ぎ、スラスターを吹かせて加速をつける。砲戦使用の機体が大型の砲身を構えた。発射されたビームを左側のモニターで見る。ビームサーベルが一閃し、砲身の先端が地面に落ちた。砲戦使用機が抜いたナイフ状の武器を、銃把のビームサーベルで受け止めると、その胴体を蹴りつけて思い切りジャンプする。

 振るった斬機刀は空を切るが、そのまま前転をするように宙返りを決めて、PS装甲を展開した脚部で空戦使用機のバックパックをしたたかに蹴る。止めを念じて撃ったビームはシールドに弾かれるが、バランスを失った敵機に向けて斬機刀を構えて突っ込む。

「・・・見え見え!」

 制動に伴う猛烈なGと振動に耐えながら、イェレがペダルとレバーを引き上げる。空中で強引に体を捻ったフォルトゥーナは、背後から迫っていたロケット弾を撃ち落していく。立ち込めた爆煙の中から何かが飛び出した。

 投げつけられた斬機刀が、砲戦使用機の腰を貫いて地面に突き刺さった。そのまま動けなくなった機体を無視して、フォルトゥーナは駆ける。発射されたロケットアンカーを切り払い、飛び立とうとする空戦機に狙いを定めた。しかし発射されたビームは、ブーメランを撃ち落すだけ。

 対艦刀を掲げて突っ込んできた敵機に、フォルトゥーナは二挺のビームガンを乱射する。滑るようにそれをかわして肉薄してきた敵は、頭部機関砲をVPS装甲で弾きながら横薙ぎに対艦刀を振るう。左手のビームガンが弾き飛ばされた。

 畳み掛けるように対艦刀が上段に振りかぶられる。

「シャイニングフィンガー!!」

 フォルトゥーナの左手が敵の頭部を鷲掴みにする。同時に展開されたビームシールドが、その頭部を消し飛ばし胸部装甲まで融解させた。

 背後で聞こえる爆発音で振り返る。空戦使用機はユーラシア軍のウィンダムⅡと刺し違えるように撃墜されていた。

 

 ドラグーンが作るビームの籠の中を、グラティアが舞い狂う。装甲色は刻々と変化し、ビームとレールガンを凌いでいく。それが何かの演技であれば、とても美しいものだと思う。しかしそこに渦巻くのは、殺気と正体の分からない何か。エクステンショナル・アレスターがドラグーンを刺し貫き、ほころんだ籠からグラティアが飛び出す。

 それに合わせるように、リベルがビームを撃ち出した。グラティアに向かおうとしたドラグーンがリフリクターを展開してその砲撃を弾き、逆にグラティア自身はフリーダム本体へと殺到する。

 互いに当たる事が無いと分かっているビームを撃ち合い、より確実性の高い攻撃に賭けて距離を縮める。二本のビームサーベルが触れ合って辺りが白く輝いた。

「止める!」

 グラティアは、その光に紛れてグレネードを投下した。マスドライバーにダメージを与えればアークエンジェルは止まる。

 グレネードはドラグーンが排除したが、リフリクターの壁が途切れたことで、リベルの攻撃がフリーダムにも届く。燐光を撒き散らすフリーダムが、残像を残しながらリベルに迫った。

 フリーダムが切断したのは、グラティアの乗っていたゾーリン。サブフライトシステムを盾にしてフリーダムの攻撃を受け止めると、信号弾を打ち上げてリベルを後退させる。リリトは電池と推進剤を確認してペダルを踏んだ。アークエンジェルが動き出したら止めるすべは無い。おそらくここにいる敵は体を張ってマスドライバーへの攻撃を食い止めるだろう。

 その前にフリーダムを落とす。ここで逃がせば、また再び彼らは地上に舞い戻る。彼らの語る世界のために、今の世界に混乱をもたらすのだ。

「形の見えない世界のために、顔の見えない人々のために・・・そんなのは認めない!」

 エクステンショナル・アレスターがフリーダムの背後に回りこむ。発射するビームはかわされるが、その動きはパイロットの視線を散らせる。グラティアのビームキャノンが、フリーダムのシールドを吹き飛ばした。

 みんなのため、世界のため、そんな言葉がリリトを縛り付けていた。だからそんな言葉は嫌いだった。それに喜んで縛られる者が許せなかった。リリトが求めた自由を、手にした自己を、彼らは真っ向から否定している。特攻したドラグーンにグラティアの機体を揺さぶられた。

 手足を突っ張らせて振動に耐え、シートに沈み込むようなGを押し切って加速する。ビームライフルを破壊されるが、加速を緩めない。再度、ビームサーベルがスパークした。

「僕達には・・・まだ守らなきゃいけないものがある!」

 通信機から聞こえるのはスレイ・カルガの声。残ったドラグーンが次々とグラティアに突っ込んでくる。捌ききれずに機体を吹き飛ばされるが、防壁の無くなったフリーダムにリベルのビームが降り注ぐ。ビームシールドを最大出力で展開するフリーダムは、そのままアークエンジェルの前面に立った。マスドライバーが静かに唸り声をあげ始める。

 マスドライバーへの攻撃にシフトしようとすると、それを阻止しようとムラサメが三機突っ込んできた。もはやリベルの攻撃を避ける素振りすら見せない。フィジェの指がためらいを見せてしまう。攻撃はあらぬ方に飛び、彼は歯を食いしばって機体を旋回させた。

 再度フリーダムに攻撃を仕掛けるグラティアのモニターに、信号弾が映った。全部隊に対する撤退信号。

「アントレランス、スタンバイ! 味方が逃げる時間を稼ぐの!!」

 レセディの声に応えるように、不十分なチャージで発射される艦首砲。当たり前のようにフリーダムによって阻止されるが、アークエンジェルが動くのを少しでも遅らせなくてはならない。トレランシアは持てる艦砲を全てマスドライバーへと向ける。

 かつてオーブは、代表首長の娘を逃がすためにアークエンジェルをマスドライバーで打ち上げ、その直後にマスドライバーごと基地を自爆させた。それと同じ事をこの状態でされれば、派遣された部隊は全滅の憂き目に遭うだろう。

 幸いな事に作戦の指揮権は緊急即応部隊にあり、今の信号で大西洋とユーラシアの部隊は撤退コースに入っている。後は自艦の艦載機を収容して後退すればよいだけだ。ウェルガーをその支援に向かわせる。

 

 他の部隊が後退した事で、逆にマスドライバー周辺の敵が増えてきた。火器を満載したシビリアン・アストレイを斬り捨て、フィジェはペダルを踏み込んだ。ウェルガーファーストは追加装甲をパージして重量を減らすと、フォルトゥーナを隣に乗せてトレランシアへの帰還コースに乗る。追尾してくるスカイグラスパーをビームライフルで撃ち落した。

 リリトは歯噛みをしながらアレナ機の乗るゾーリンに機体を寄せる。自機のサブフライトユニットを捨てている以上、フリーダムとギリギリまで戦うわけには行かない。悔し紛れに放つビームキャノンをことごとく弾かれる。

「クラフ少尉、グラティアとフォルトゥーナの回収が確認された、退くぞ!」

 タラスの声に、フィジェは黙ってモニターを見つめた。マスドライバーに集まってきた他のMSは、盛んに自分達を攻撃している。トレランシアも対空砲火を撃ち上げていた。

 しかしフリーダムは、ただこちらの攻撃をビームシールドで防ぐだけだ。グラティアがいるので下手な勝負は避けている、そういうのではない。

 リベルの複列位相砲が、フォーメーションを組んで突進してきた三機のザクに向けられる。だが薙ぎ払ったのはその手前の地面。爆発の余波で一機のザクは大破するが、後の二機はそのまま突っ込んでくる。

「退くと言っている!!」

 ウェルガーサードのビームサーベルがザクを両断し、ゾーリンから放たれたミサイルが残った一機を吹き飛ばす。フィジェは機体を傾けた。そしてスラスターを吹かしてフリーダムに突っ込む。

 制止するタラスの声を無視するように、リベルは全砲門をフリーダムへと向けた。モニターの中のターゲットサイトが次々と射撃可能の色へと変わっていく。全ての照準がフリーダムに重なった。フィジェは焼けるような喉の感覚を覚える。パイロットスーツの中の手が汗に濡れるのが分かる。

 撃たなくてはならない、その照準が捉えるものがMSではなくパイロットであったとしても。ためらいは、リベルの挙動を静止させる。

 その一瞬の静止の中で、フィジェはフリーダムが跳ねたのを見た。気付いた時には、両腕と背部六連ビームが脱落していた。背後に抜けたフリーダムは、両腰に対艦刀を納めるとレールガンを使ってウェルガーを牽制している。

 スラスターもサブフライトユニットも無事、フィジェはそれ以上の攻撃をやめて後退する。追撃してきたムラサメはタラス機が排除した。突然開いたレーザー通信が、マスドライバー自爆の可能性を知らせてくる。アークエンジェルがゆっくり動き出すのが見えた。

 コクピットの中で、フィジェが大きく息をつく。タラスは強い口調で今の行動を責めるが、それを聞き流した。彼は、フリーダムのパイロットに一つの幻滅を感じていた。

 人を撃つという事、そこにある葛藤の表れがコクピットやエンジンを狙わないというスタイルなのではないか、彼はそんな事を思っていた。自己陶酔や偽善ではなく、止むに止まれぬ葛藤が、あの様な中途半端な戦い方になっているのではないかと、思っていた。

 無防備の車列を撃てなかった自分同様の葛藤を、あのパイロットも抱えているのではないか。戦闘中不意にMSではなくパイロットが見える感覚に襲われる事があるのではないか、そう思っていた。

「・・・違ったか」

 葛藤とはやりたい事と出来る事のギャップに生まれるものだ。だが、あのパイロットは違う。最初からやりたい事と出来る事のギャップなど無いのだ。葛藤など抱かず、ただ出来る事をやっているだけ。

 相手が死ぬことが分かっていてなお、コクピットを狙わないのではない。ただコクピットを狙わないことが出来るだけなのだ。だから、そこに人の死がある事に気付きようがない。

 何のためらいも無くリベルの腕を切り落としたその挙動は、その後のリベルの事など何も考えていない。もしリベルが追撃してきた機体に撃墜されても、あのパイロットはその事を想像すらしない。

 カシアは言った。矛盾だからと、その片一方を捨てる必要は無いと。

 あのパイロットには、その矛盾すらないのだろう。最初から、片一方しか持っていないのだ。両方を手に途方に暮れることなどないのだ。それはきっと、

「たいした奴じゃないって事だ・・・」

 着艦したリベルは、同時に中性子砲発射の振動を感じる。ブリッジから回された映像には、アークエンジェルを打ち上げたマスドライバーと、それを虚しく削るビーム、そして設置された爆薬がマスドライバーを解体していく様子が映っていた。

 数分後、全速力で後退するトレランシアの背後で、巨大な音と膨大な光が生まれる。

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