Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
摩天楼からの眺望は、同じ摩天楼に過ぎない。高さを競い合うようにして立ち並ぶビルから見えるものは、隣のビルの窓である。地球規模でエネルギー問題が取り上げられているにもかかわらず、エネルギー無しには立ち行かない巨大ビルは建設され続けているのだ。上海第七銀行本社も、そんな摩天楼の一角に連なっている。
その会議室に並ぶのは幹部級の面々であった。経営方針を決定する会議に先立ち、各種データを分析するための会合だ。一回の会議の準備のために費やされる会議は、その十倍である。非効率極まりないとカヲは思う。
しかし世界を飛びまわる彼も、この会議には出ないわけにはいかない。国際的な金融状況は大きく変化していた。連合・プラントによる対ターミナル作戦によって、相当な情報が各国金融当局に集まってしまったのだ。
「当分はおとなしく商売をするしかないでしょう」
法務部門の責任者が厳かに言った。未だ復興途上である地球圏各国にとって、企業とはそのための重要なファクターだった。平時では通常のリストラクチャリングであっても、今は国家の安全保障に繋がる可能性があるのだ。
いわゆる投資銀行業務にも携わっている上海第七銀行にとって、企業とは売買対象でしかない。しかしそんな資本の論理だけで、納得をみせる世の中ではないのだ。経済は既に地球圏全体をくまなく覆っているにもかかわらず、「外資」なる言葉は厳然と存在する。
「中央アジアはまだしばらく安定しないでしょう。バイコヌールのマスドライバーと新シルクロード計画は投資可能な段階では無い」
「アフリカ解放戦線の指導者・・・オサバ女史だったか、聡明ですな。本気で、国民生活の自立が確保されるまで、外国企業を締め出すつもりだ。厄介なことに、アフリカ各国もその鎖国政策を検討しだしているそうだ」
「ムスリムの東西分割はようやく大枠が決まった程度・・・南米は?」
「第三融資部の案件でしょう、全般的に」
視線がカヲに集中する。ターミナル系の投融資を手仕舞いして、一時的に仕事量が減った第三融資部が次に狙っているのは、南米である。まだまだアングラの案件が多いと考えられるが、気がかりなのは連合軍緊急即応部隊が動いているという情報であった。ターミナルの影響力が残ると言われていることもあり、連合も注視しているのだろう。
カヲとしては十分に調査した上で動きたいのだが、来期経営計画の策定スケジュール上それほど時間をかける余裕はなさそうである。
南米は再構築戦争で統一の政府となったのだが、それは緩やかな地域連合の域に留まっていた。地球連合への不参加と大西洋による併合、独立戦争と一時的な主権の回復、そして大西洋連邦への再加盟、南米を巡る一連の政治的動きは、常に域内の不協和音を伴っていた。連合と大西洋とプラントの画策が南米を翻弄し、南米自身の不安定性がそれを助長していた。
そういった不安定性は、ハイリスクながらハイリターンを生み出す可能性がある。上海第七銀行としても、それを期待しているのであろう。カヲは言質を取られないように慎重な言い回しに終始し、現地での調査での必要性を会議メンバーに納得させる。
手始めはヌエバ・コムネーロスの民政移行後に、どのような投融資が可能かを調べる必要があった。
湖にいくつもの鉄塔が立っている。錆が浮き、少し傾いた鉄塔では、鳥が羽を休めていた。音に驚いたのか、その鳥達が一斉に飛び立っていく。鉄塔はその湖底に油田が存在した事の名残である。実際のところまだ枯渇はしていないのだが、その採掘のためには高度な技術が必要とされる事と、採掘される原油が精製しにくい性質である事から、半ば放棄されているのだ。
それでもコスト的には見合うという話だが、何よりも政治的リスクが大きかった。山脈を挟んで隣接するキト共和国とヌエバ・コムネーロスは、マラカイボ湖の領有を巡って対立している。トレランシアはその湖の上を飛んで、いったん大西洋に抜けるコースにいた。
そこから海岸沿いにアマゾン川河口を目指し、河を遡る形で目的地であるレティシアに向かうのだ。遠回りだが、どの国も連合艦の領空通過など認めるわけが無かった。
「分かるのは、さっぱり分からないって事くらいだわ・・・」
食堂のテーブルにカシアが突っ伏していた。傍らには作戦概要書とその注釈書が置いている。レティシア侵攻の目的には現政権の排除だけでなく、軟禁されている民主化指導者の救出が含まれていた。大西洋の特殊作戦団の多くは、後者の作戦に振り分けられている。
カシアはゆるゆると顔を上げて注釈書を開き、自分の発表箇所の調べを続ける。リリトが何も言わずにコーヒーを注いだ。
再構築戦争で南米各国は南アメリカ合州国となった。しかしそれは大西洋連邦の意向を受けての統合であり、あくまでも北米の権益を擁護するための政府であった。そのため大西洋が援助する軍事政権が合州国を形成しており、反大西洋の動きに対しては徹底した弾圧が行われていた。
今回救出に向う民主化指導者は、そんな状況下で活動を続けてきた人物である。
「アルトゥーロ・ガジェーゴス、社会科学者・・・テロに対しては一貫して反対の立場を取ってきたことから、逮捕と収監を繰り返すも政府による殺害を免れる。また国外に拠点を作ったり、亡命したりする事がなかったため、一般国民の間でも非常に高い支持を受けている」
キーボードを叩きながら言葉をまとめる。時計をチラチラ気にしているのは、ブリッジに戻らなくてはならない時間が迫っているからだ。助けを求めるような視線を、リリトは微笑みで受け流した。
反大西洋活動を弾圧するために軍事政権を援助してきたことは、逆にプラントの介入や独立運動の激化などの事態を招き、さらに軍事政権自体の増長をも招いた事から、大西洋は方針を180度転換し、南米の民主化を支援することとなった。しかし大西洋は、前世紀の悠長なやり方を踏襲するつもりは無かった。
前世紀の核拡散防止の失敗は、再構築戦争における限定核戦争の勃発を招いた。独裁国家の野心を国際秩序の中で解消する事は、ほぼ不可能だというのがワシントンの結論である。電撃的な体制転覆と迅速な新体制の構築こそが、危機を最小限に留める方法と考えていた。
続きは寝る前、そう言ってカシアは立ち上がる。
発表は明日なのだが、まただいぶ残っているようだ。カシアとリリトはアイコンタクトを交わす。
「ねぇ、続きやっといてくれない?」
「最後まで自分で責任もってやりなさい」
そんな無言が交わされ、カシアのため息はブリッジまで続いた。
見渡す限りの緑、以前アフリカのコンゴ盆地で見た緑とは、また違った色合いのように感じる緑が、眼下に広がっている。森とそれを縫って流れる川以外には何も見えない。文明から隔絶されたようなその光景は、太古から同じ色合いを保っているのだろうか。それがナイーブな考え方だと分かっていても、この景色にはそんな感慨を抱いてしまう。いや、そんな感慨を抱かせるから、人は大きな間違いを犯すのだ。
アマゾンの熱帯雨林は今も減少の一途をたどっている。地球の酸素供給源であり、生命の宝庫であるにもかかわらず、その破壊は続いていた。前世紀末には、ここが無限の緑などでない事は分かっていたはずだ。にもかかわらず、計画的な保護なしには、再び前世紀のような深刻な状況に陥ると言われている。
だが南米が今のような政治状況では、とてもではないが自然保護を訴えられる環境には無い。結局、全てはそこにかかっているのだ。
「民生の安定化、か・・・」
ゾーリンを傾けて帰還のコースに入る。トレランシアはアマゾン川を遡るように前進していた。領有権が未確定とはいえ、周辺に無駄な刺激を与えないよう、慎重に艦を進めていた。艦上部をカモフラージュ用の擬木で覆い、可能な限り夜間に艦を動かすようにしていた。
フィジェは夜目を凝らすようにして、夜が映るモニターを見つめる。ミナミはこの広大な熱帯雨林の下で、医療活動をしているに違いない。
学生の頃は、軍政の打倒とか独立の要求とは無条件で正しいものだと思っていた。だが現場にいる人は、それとは違った評価を下す。統治機構とは民生のための手段であって、正しいか否かはどちらがベターかによって判断されるのだ。南米の軍事政権でも、アジェンデのように安定した国もある。右派民兵などの押さえ込みも、国民の支持を受けての物だ。逆にケチュア王国のように、反政府勢力までもが国民生活を圧迫している例もある。
民族も言語もバラバラな南米の統一的な独立など、外部の人間の妄想でしかなかったのだ。経済的安定のない独立政府は、戦争の終結による敵の喪失によってあっけなく瓦解する。南米独立戦争は、南米全体に複雑な紛争の構図と大量の武器をばら撒いただけであった。それを軍政による抑圧よりましだなどという評価は、外野の意見にすぎない。それが民生の安定に繋がらなければ、等しく間違いだという評価を下さなくてはならないのだ。
ならば自分達が今から行う作戦は、ヌエバ・コムネーロスを安定化し国民生活の向上をもたらすものなのだろうか。フィジェはレバーを握り直した。
川の上を進むトレランシアに向けて、リベルがゆっくりと降下していく。
パラナ川に沿って大きく北に進撃した部隊は、国境から五百キロの地点で停滞している。パラナ川は水深が浅く物資の運搬には使いにくいため、補給線を進撃速度に合わせて伸ばす事ができないのだ。水中用ジンを改良し、湿地帯などでも活動性を高めた機体を揃えた部隊であったが、自らの進行速度に足を取られたようなものであった。
加えてブラジリア代表政府の対応が遅く、組織だった反撃が少なかった事も進撃スピードが速まった原因である。南アメリカ独立戦争のおり、南米のポルトガル語圏、旧国名でいうところのブラジルは複数に分裂していた。言語的つながりから、一応連邦制国家として統一されているが各州政府の権限は強い。中央政府でなく代表政府と呼ばれているのもその影響であった。
リオ・デ・ラプラタ連邦とグアラニー共和国の連合軍は、スペイン語圏であるコーノ・スール地域の解放を掲げて軍を展開している。兵器のラインナップは見事なまでにプラント製であり、この両国が現在も親プラントであることをうかがわせる。旧式兵器と極少数のストライクダガーなどしか持たないブラジリア代表政府軍では、太刀打ちできなかった。
「補給が届きしだい、進撃を再開。サンパウロを落とせば、ラプラタも大きな顔は出来まい」
連合軍司令部は、後続の部隊と合流してからの進撃を指示しているが、連合軍を形成する両国の間にも微妙な力関係は存在した。この部隊の中核はグアラニー共和国軍である。情報によれば、サンパウロ政府軍でも一部部隊の離反が始まっているそうだ。今までの抵抗度合いを考えれば、現状の戦力で十分に戦えると踏んでいた。
前線指揮官は、指揮用コンテナの階段を登る。天井部から突き出した櫓のような場所に登って、双眼鏡を覗いた。薄暮の中に浮かび上がるのは、自軍のMSの巨大なシルエットである。その向こう側に、チカチカと輝くものを見つけた。その信号を呼んだ指揮官は眉を顰めた。
同時に下から通信を告げる声が聞こえた。敵の接近が告げられる。
「アンノウンとはどういうことだ?」
「地上部隊ではありません、大型のMS輸送機です!」
「・・・大西洋か!?」
司令部に詰めていた人間が一斉に散った。輸送機の数は三、空挺用MSなら最大で15機を運べる。ジンの対空砲火型が、火線を空に向かって伸ばし始めた。サーチライトと照明弾が暗くなりだした空を、必死になって明るくしようとしている。
対地ミサイルが地面に突き刺さり始める。上空からの攻撃では命中を心配する事もないが、多弾頭型がばら撒かれるとそうはいかない。対空砲が静まった瞬間を狙って、輸送機の腹が開かれるのが見えた。
大西洋のMS空挺部隊に特徴的な円錐形の対空砲防御盾。空から降る槍のようなそれが、グングンと近づいてくる。
会議室の明かりがつけられ、正面スクリーンの映像が薄くなる。レーザーポインターを消したマーカスは、一通り部屋を見渡した。サッと手を挙げる者に目を留め、その名前を呼ぶ。カシアが立ち上がった。
「この作戦は、現地の農民全てがゲリラである事が前提なのですか?」
表情を変えたレセディを制して、マーカスがカシアの言葉を促す。トレランシアはレティシア攻撃の前段階として、一つの陽動作戦を行う事となっていた。
ヌエバ・コムネーロス軍の監視が厳しくなる地域の直前で、トレランシアは南西に進路を変えていた。目標がレティシアである事を隠すためであり、大西洋軍の特殊作戦団の潜入もこの隙に行われる。トレランシアの作戦は、アルト・ペルーの国土を二分する極左ゲリラへの攻撃であった。
大西洋はこれとは別に、パラナ河畔でリオ・デ・ラプラタ連邦とグアラニー共和国の連合軍に対して攻撃を行う事となっていた。連合と大西洋の目的が、別にある事を印象付けるためである。
アルト・ペルーは独立派であり大西洋が肩入れをする動機は無く、極左ゲリラもまた反大西洋であった。しかし今回の攻撃の名目は政治的な理由ではなく、極左ゲリラによるコカイン製造の抑制である。アンデスで広く栽培されるコカの葉から作られる麻薬は、こういった非合法勢力の資金源なのだ。
そのため作戦といっても、コカの畑に対するナパーム弾などによる焼夷攻撃が主であった。極左ゲリラは極少数のMSしか運用しておらず、作戦自体は楽なものであると考えられていた。しかしカシアは問う。
「現地住民に対するフォローが無ければ、この作戦は無駄です」
それは中央アジアで既に証明されている事だ。麻薬に代わる作物がなければ、現地の人は再び麻薬を作る。そもそもコカの葉自体は、有史以前からここに住む人達が栽培していた農作物に過ぎない。外部の人間の都合でそれを麻薬にしたり、焼き払おうとしたりしているだけだ。
この作戦で犠牲になるのは、そんな現地の人達なのだ。例え麻薬であっても、現金収入を断たれれば生活に困窮するのは目に見えている。カシアはそれを問うた。
既に配布されている作戦地域概要書には、現地の生活なども記されている。カシアの語った事は、その域を出るものではない。だがそういった知識と、今までの経験とを、現実に繋ぎ合わせるには想像力が要求される。
大きく息を吸い込んだように静まった会議室に、レセディのこわばった声が響く。
「この作戦はあくまでもレティシア攻撃のための陽動です」
「だから効果が無くても良いと? ナパーム弾の下で焼け死ぬ人がいて良いと?」
もしも避けられない戦争があるのであれば、それが少しでもマシな戦後につながらなくてはならないはずだ。陽動などというのはこちらの都合であり、攻撃を受ける側がそれで納得するわけがない。
レセディの再度の反論をマーカスが制する。そして、レーザーポインターをスクリーンに向けた。目標としていたアルト・ペルーではなく、隣のケチュア王国を指し示していた。
「確かに、スターム少尉の言う通りです」
「艦長!?」
「この作戦はもともと大西洋からの要請に過ぎません。我々は地球連合軍緊急即応部隊として独自に動く権限を持っている」
レティシア攻撃の前段階としての陽動であれば、標的は別でも構わないはずとマーカスは言う。攻撃後のフォローアップ態勢が整っていない以上、可能な限り非戦闘員への被害が少ない作戦を選ぶべきだと。
マーカスが提案したのは、アクレ地方政府領内を拠点に活動する麻薬カルテルへの攻撃であった。この組織は、ケチュア王国内で反政府活動を行う右派民兵と深く繋がっているという話であった。さらに言えば、アルト・ペルーの極左ゲリラから流れるコカの葉は、この組織がコカインに精製している。そしてその資金が右派民兵にも渡っているのだ。
南米におけるコカイン製造を抑制するためであれば、こちらを攻撃しても同じ事である。大西洋がそれを要請しなかったのは、錆び付いたイデオロギーに過ぎない。一つ付け加えれば、大西洋連邦が南アメリカ合州国を併合する際、南アメリカ内部における協力者として、右派民兵に武器や軍事訓練を供与していたのは暗黙の事実であった。
しかしそれはあくまでも大西洋の都合であって、南米の麻薬汚染の抑止、ケチュア王国における内戦危機の未然防止など、連合にとっては動くべき理由が多くある。再び暗くなった部屋で、スクリーンが明るさを取り戻した。
熱帯雨林の緑のみが広がる衛星写真に、いきなり別の色が現れる。ジャングルを切り開いて作られたそこには、建物が整然と並んでいる。コカインの精製工場であった。作戦は、この工場の爆撃である。
ただし、こちらには旧式とはいえMSが配備されているという情報であった。しかしクルーの表情に暗さは無い。ほんの少しであれ、正しさに近いような気がするのだ。会議が終わりを告げると、クルーは一斉に持ち場に戻る。
作戦が変更されたのだ、時間が十分にあるわけでは無い。明日の日没には、作戦開始である。
シートに深く腰をかけ、コクピット内のスイッチを一つ一つ丁寧に付けていく。計器が一つ一つ光を点し、最後にメインモニターが明るくなってコクピット内は外と同じ光に満たされる。
パイロットスーツの首周りを確かめるように首を巡らせると、隣のハンガーに立っていたウェルガーがそのツインアイを光らせてカタパルトへと歩いていく。出撃時間は刻一刻と迫っていた。リリトはサブモニターをブリッジと繋げる。
「ウェルガーセカンド発進後20秒で青ランプよ。30秒以内ならそっちのタイミングに出来るけど、どうする」
「カシアに任せるわ」
発進直前のブリッジに、それ以上の会話の暇などなかった。それでもこうやって言葉を交わせるのは嬉しい。それにこの作戦はカシアが提案したようなものだ、気合の入り方が違うのを感じる。
彼女自身は、予習の成果などと言っていたが、それだけであるはずが無い。彼女らは既に、巻き込まれただけの学生ではないのだ。グラティアをエレベーターに乗せる。
上昇する振動を感じながら大きく息を吐いた。レバーを握る手に力を込める。電磁カタパルトのラインが、赤から青に変わった。
「グラティア、発進どうぞ」
カシアの声に合わせて、加速がかかる。シートに体重を預け、飛び出すと同時にペダルを踏み込んだ。薄暗い空に、スラスターの光が明滅する。
後部モニターを確認すると、ジャングルの上に巨大な船が浮かんでいるのが見えた。暗くなっているとはいえ、目立つなという方が無理な注文であり、トレランシアはすでに対空戦闘の準備を整えている。それほど重武装ではないという話であるが、油断だけは出来ない。すっかり無口になったマーカスを横目で見ると、レセディは対地ミサイルの装填を命じる。
貴重な熱帯雨林にダメージを与える事になるであろうが、今さら自然保護もない。ウェルガーファーストが打ち上げた信号弾が敵の座標を知らせた。即座に自律航行プログラムが入力されミサイルが発射される。電波障害下ではピンポイント攻撃など不可能だが、せめてもの配慮だ。
機体の下側をミサイルが通り抜けたのを確認し、トレランシアのMS隊は高度を一気に落とす。ミサイルの爆発が夜のジャングルを不気味に照らし、その光を反射して六機のMSが地面に降り立つ。ようやく動き始めた対空戦闘車両が、ウェルガーの脚にぶつかって横転した。
自動小銃を撃ちながら散り散りになっていく人間を尻目に、工場建屋に爆弾を投下する。爆風でトレーラーが巻き上げられ、落下した場所で爆発する。対MS用有線ミサイルをシールドで防ぎ、頭部機関砲をばら撒いて発射台を排除する。
MSハンガーらしき建屋に向ったリベルはその足を止めた。移動式ハンガーを動かす手間を省いて、粗末なトタンの屋根を突き破るように三機のMSが立ち上がったのだ。どれもゴテゴテと装飾されたストライクダガー。だがストライカーユニット対応アタッチメントの付いた改修型だ。
装備しているユニットはどれも見たことのないもの。軍の試作品か横流し品か、そういったところだろう。使い勝手より威嚇効果優先といった感じだった。ハンマーを振り上げた手をビームライフルで撃ち抜くと、そのハンマーはそのまま機体頭部を押しつぶすように落下した。リベルが腹部の複列位相砲を展開する。
「抵抗は無駄です、投降しなさい」
上空を飛ぶアレナ機が外部拡声スピーカーで呼びかけると、ストライクダガーは素直に両手を上げてコクピットハッチを開いた。フィジェが振り返ると、工場建屋の全てが炎を上げていた。
対空砲火型ジンが崩れ落ちる。それには目もくれずに、ウィンダムⅡが走る。角付きのザクがハルバードを切断されて尻餅をつく。投擲型装甲貫徹弾が無慈悲に投げつけられ、ザクは上半身と下半身が分裂するように爆発した。
パラナ河畔での戦闘は、大西洋の部隊が優位に進めていた。いち早く川の中に移動した水中用ジンの部隊が、ギリギリのところで戦線を支えているが、それも時間の問題だった。降下に使用した円錐形の盾が、大型の円形シールドに広がり、ウィンダムⅡの部隊がジリジリと川に迫っていく。
後方から緊急の増援として送られたディンとバビの編隊も既に排除されており、地面には墜落した残骸だけが転がっている。水の中から顔を出したジンが、その頭を吹き飛ばされた。
「空挺団の強襲などタイムリミットがあるだろうに・・・」
どのウィンダムも、背中には大型のバックパックを装備しており、時間が立てば安全な場所まで一気に離脱を図るはずだ。だが、それまでの時間を凌ぐことすらできない。MSの性能にも個々のパイロットの技量にも、大きな差があった。大西洋が少なくなった予算を重点的に投入している部隊だけの事はある。
川の対岸から砲撃を行っていたザウートが、大型の狙撃ライフルを持っていた機体に撃破された。上空を旋回する機体が爆雷を投下するため、川の中を撤退する事すらままならない。
突然、川に猛烈な水柱が立ち上がった。上空を飛んでいたウィンダムⅡの両腕が切断され、爆発を起こす。
動揺の走るウィンダムⅡの隊列に棘付きの鉄球が打ち込まれた。とっさに構えたシールドを叩き壊して、その鉄球はウィンダムのコクピットを押し潰している。
「助かった・・・」
潜望鏡でそれを見ていたジンのパイロットは、頼もしい増援に安堵の息を漏らした。
一機のウィンダムがスレイヤーウィップに巻き取られ、高圧放電を受けていた。正確な砲撃に、ウィンダムの部隊は川岸からの後退を余儀なくされる。そして、再び隊列を組もうとする部隊の足元から、巨大なドリルと回転ノコギリが出現した。
それに巻き込まれ三機の機体が一瞬で爆発する。大西洋の部隊は一気に混乱した。MSとは一線を画すデザインの機動兵器の出現によって、瞬く間に劣勢に陥ってしまったのだ。
バッセル六基の変則的な機動に翻弄されたウィンダムが、接近してきた単眼の機体のパンチで胴体を打ち抜かれる。平行に設置された二つの車輪で動くMAのような機体は、その姿の滑稽さとは裏腹の素早い動きで、ウィンダムを翻弄していた。砲撃を行う機体を攻撃しようとしたウィンダムも、返り討ちにあっている。
「・・・ガウチョか」
そうつぶやいたウィンダムのパイロットは、撤退の信号弾を発射する。
独立戦争当時から南米独立派を支援するプラント系の武装組織が、ガウチョと呼ばれているのだ。レクイエム戦役後そういう組織の数は少なくなったという話だが、特殊な機体を使用しているという組織はガウチョの代表格だった。おそらく目の前にいるのがその組織だろう。しかしこれほどの実力を持った組織だとは、情報に無かった。
信号弾を打ち上げた機体は、使い物にならなくなったライフルを投げ捨て、ビームサーベルを両手に持つ。僚機が離脱するための時間を稼ぐのだ。発射されたバッセルを切り払い、伸ばされたスレイヤーウィップを切り落とす。
ハンマー打ち出し銃を持った機体の肩に当る部分からビーム砲がせり上がる。スラスターを吹かせて戦場を離脱しようとする僚機を狙うその動きを阻止するように、二本のビームサーベルを振りかぶって突進した。
「新手!?」
足元から立ち上がった土柱に、パイロットは上部モニターを見る。その先にいるのは、普通に人型をしたMSであった。白みがかった紫の装甲色は、特殊な装甲である事を予感させる。
西洋の甲冑を模したかのようなフォルムに円形のシールド、そして通常のものとは比べ物にならない太さのビームサーベルを持っていた。ウィンダムのパイロットは、その機体はエースではなくトップの機体だと看破する。武装勢力の指導者は、往々として前線まで出てくるものだ。
腰のグレネードを目の前の機体に投げつけて煙幕とする。ウィンダムは屈めた全身を弾けさせるようにして飛び上がった。あの機体を落とせばケリはつく。
「!? ウェポンコンテナだと!」
シールドだと思っていた円形のものから、ビームとロケット弾が飛び出す。辛うじてかわすが、完全に体勢は崩れていた。目の前には大型のビームサーベルを突き出す敵機の姿が見える。スラスターを全開にするが、間に合わない。
ウィンダムの爆発があたりを照らし、川に退避していたMSも頭を上げだす。異形のMS十機ほどが、ウィンダムを撃墜した機体を出迎えるように整列する。コクピットハッチが開かれパイロットが敬礼をする。
「お嬢、ご足労いたみいります」
「当然のことですよ、ダル。それより、負傷者の収容を急ぎなさい」
ジャングルを照らしていた炎が収まる頃、代わりに日の光が熱帯雨林を照らし始めた。まだ火がくすぶっている建屋は残っているが、トレランシアから降ろされた消火剤でその後始末が行われていた。ウェルガーファーストが、トレーラーのコンテナをもって帰還する。
襲撃と同時に逃げ出した、工場の責任者で麻薬カルテルのナンバー3とされる男が乗っているのだ。ジャングルの中では通れる道は少なく、追跡は簡単だったらしい。ブリッジは、キト共和国の連合連絡事務所と通信を取っていた。逮捕者の引渡しを行わなくてはならない。
「本部からは何と?」
「大西洋への言い訳は考えてくれるそうです」
顔色の戻ったマーカスは、受話器を置きながら言った。大西洋特殊作戦団のヌエバ・コムネーロス潜入は上手くいったらしい。本作戦開始までの三日間、トレランシアは引き続き陽動として付近の哨戒を続けるようにとの事だった。
機体の整備とパイロットの休息を優先するよう、クルーに伝達する。マーカスはレセディを伴ってブリッジを後にした。大西洋の陽動部隊が、パラナ河畔での戦闘で投入MSの半数を失う損害を被ったというのだ。
南米独立派を支援するプラント系武装組織ではないかと考えられていた。場所が隔たっているため、今すぐにどうという事は無いであろうというのが本部の見解であった。しかしレセディは眉を顰める。
「大天使ではない、のですね」
マーカスは頷く。シベリアを脱出したアークエンジェルは、アメノミハシラに対する威嚇行動を取っていたユーラシア艦隊の一部と交戦し、艦隊を撤退させた後アメノミハシラに入港したのが確認された。
いまやもぬけの殻同然のアメノミハシラだが、残存物資の量までは把握されていない。しかしユーラシア宇宙軍による監視は続けられているため、その動向はきちんと掴んでいる。
それでも大天使では無いから大丈夫と言い切れるのだろうか。マーカスとレセディは口にはしない同じ言葉を無言のままで交わす。そしてレセディの休息を先に取らせ、マーカスはブリッジに足を向けた。
ブリッジの手前でカシアとすれ違う。彼女も休憩なのだろう、マーカスは声をかける。
「今回の作戦、報告書に君の名前を載せておきます」
敬礼したまま目を丸くする彼女に微笑み、マーカスはブリッジに入った。
地球連合軍緊急即応部隊がどのような部隊なのか、それを最も真摯に考えているのは彼女らなのだろう。彼はそんな事を考えながら、キャプテンシートに腰を沈めた。