Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第五十二話 レジームチェンジ

 艦から見えるジャングルは、無限に広がる緑の海のようだ。きっと有史以来、その感想は変わらないのだろう。例え宇宙からの映像で、そのジャングルが傷だらけになっている事を知っていたとしてもだ。人が感じられる事のスケールと、人がしでかす事のスケールとの間には、埋めがたいギャップがある。

 人の手は、地球の大地を作り変え、宇宙に大地を作り出すまでになっている。それにもかかわらず、人が感じられるのは実際に手を伸ばす程度の範囲でしかない。

「それでも・・・考える事なら・・・」

 出来るはずだ。人が宇宙にプラントを建造できたのは、感じられる範囲を飛び越えて、考えたからだ。自らの手にした力が感覚の世界には収まらないと知り、思考の世界へとその活動範囲を広げたからだ。

 そうやって、人は自らの考えを形にしてきた。きっと自分も、そんな形の一つなのだろう。しかしリリトはただの形ではない。感じる事も考える事も出来る形だ。だから思う、こうやって、感じているだけでは不十分なのだと。

 一人の女の子としてただ生きるには、人の力は手に余るのだ。最高のコーディネーターならば、一層そうであろう。だからこそ、感じるだけでは不十分なのだ。この力を形にするためには、考えなくてはならない。感覚の世界を飛び越えて、思考の世界へとその活動範囲を広げなくてはならない。

 リリトはそこで考えを止める。夢と現の狭間をまどろんでいた彼女は、マフンとした感覚によって、急速に夢の側へと引きずり込まれていく。顔全体を包み込むような温もりに、リリトの意識は溺れていく。

「・・・? ・・・!? ン、んんんんんん!!!」

 本当に溺れるような感覚に、彼女の意識は一気に現実へと引き戻された。何かに押さえつけられている顔を無理やりに動かし、何とか空気のある場所に鼻が出た。思い切り呼吸をすると、なじみのある匂いだ。暗がりに目を凝らすと、真正面に谷間が見える。

 少しくたびれたTシャツの首周りからこぼれそうな胸が、リリトの顔に覆いかぶさっていたのだ。視線を上げると、カシアの安らかな寝顔が見えた。リリトはカシアの背中に腕を回すと、思い切り抱き締める。

「イタイ、いたい、痛い!!」

「人のベッド使うなら、寝相良くしなさいよ! イヤよ、乳で溺れ死になんて!」

「男のロマンよ・・・」

「女だし・・・って、寝んな! とりあえず起きなさい!」

 部屋の電気を付けると、まだ70%は寝ている顔でカシアが体を起こす。Tシャツにパンツだけのしどけない格好で、ベッドから降りたリリトを見ている。同じ格好で水筒を手にしたリリトが、一つをカシアに投げて渡す。

 ベッドに腰を下ろしたリリトが、カシアに部屋に戻るように言った。カシアは難色を示す。

「多分今、三回戦目だと思う」

「知りません」

 カシアはユンディと同室であり、今その部屋にはタルハがいる。

「あからさまにさ、横に男がいる毛布の膨らみの横で裸の胸だけ隠されて『シ、シフト代わったの?』とか言われてさ・・・ちっとも悪くないのに『ゴ、ゴメンね』とか言っちゃったわよ」

 ブリッジに戻る時間まで寝かせろと言って、カシアは再び毛布を被る。リリトはため息をついて、ベッドに入った。少しでも危険を避けるために、カシアの背中から抱きつく形で毛布を被る。

 その温かさが睡魔を呼び寄せる。夢に落ちる前にこんな事を思った。この温かさを抱き締めたままで、思考の世界に飛び込めないだろうかと。

 

 街はまだ開発途上だった。軍と政府関係の建物はとりあえず形にはなっているが、生活が出来るレベルの街並みにはなっていない。ジャングルは切り開かれている途中であり、切り株と倒木が無秩序に散らばっている場所が多々あった。

 軍の主要施設は地下化されているという話だが、見た限りではそのような大規模な工事が行われたとも思えない。例えて言うならば、急ごしらえの隠れ家と言ったところであろうか。

 彼女は余計な感想を思い浮かべるのをやめて、前方だけを見る。彼女の所属するNGO団体は、政治的中立が建前であった。

 だがそれが建前であるからこそ、活動に支障をきたすのだ。医薬品を満載したトラックは何度も検問に引っかかり、その上監視の軍用車が護衛名目でぞろぞろとついてくる。ミナミ・ナガオカはヌエバ・コムネーロスの首都、レティシアに来ていた。人道支援物資の輸送が目的である。

 本来なら、現地での医療活動も行いたいのだが、政府当局はそれを許可しなかった。粘りに粘って輸送業務だけ許可をもらったのだ。しかし配布は政府が行うというので、この物資のどれだけが実際に必要としている人に渡るかは分からない。沿道に見える人達は、とりあえずちゃんとした生活が送れているようだが、この輸送ルート自体ヌエバ・コムネーロス政府が指定してきたものだ。

「動員、ですかね」

 隣に座る男性職員が小声で言う。人道支援の必要性が無い事をアピールするために指定されたルートである事は間違いないだろう。

 南米の各政府の中でも、ヌエバ・コムネーロス政府は特殊だった。ブラジリア代表政府やケチュア王国、ギアナ共和国は大西洋連邦に加盟しその中でワシントンに対して条件闘争を行うスタイルであるが、ヌエバ・コムネーロス政府は大西洋連邦に加盟しながら反大西洋的なスタンスなのだ。

 反独立派であるため、戦争中はワシントンもヌエバ・コムネーロス政府の方針を黙認・放置していた。しかし戦後になってワシントンは、軍事政権の強圧的な統治体制を批判し民主化を推進するメッセージを送り出した。それに反発を強めるかのように、ヌエバ・コムネーロス政府は、民主化要求運動を独立派と結びつけて弾圧を開始した。民主活動家も一部に過激な行動に走るものがいたために、事態はより悪化し軍政の支配はさらに苛烈になっていった。

 それは当然、人道上の危機をもたらすのであるが、ヌエバ・コムネーロス政府は海外からの人道援助をワシントンや連合による工作と位置付け、メディア同様に厳しく入国を制限しているのだ。そのため、この国の民主活動指導者との接触も困難な状態であった。ミナミは、トラックに乗る一人の職員に視線を向けた。

「政治的中立か・・・」

 その良し悪しを一概に語る事はできない。この医薬品輸送トラックには、大西洋の連絡員を一人紛れ込ませている。詳しい事は知らないが、パナマに連合の緊急即応部隊がいた事と関係するのであろう事は、容易に想像がついた。

 トラックが再び検問で止められる。

 

 大きく背伸びをして、ジャングルの匂いを思い切り吸い込む。そして頬をピシャンと叩くと、甲板の手すりに背を向けた。トレランシアはこれより、作戦行動に移る。そのための最後の打ち合わせの時間だ。濃密な熱帯の風が、リリトのブロンドを撫でた。地球には、いつも違う風が吹いている。

 陳腐な詩を頭から追い出して、気持ちを切り替える。次の作戦は、不確定な要素が大きい。コクピットの中で判断を求められる事も多くなるかもしれない。だからこそ、事前の打ち合わせは入念に行わなくてはならない。

 イェレの横の席に座って時間を待つ。作戦の説明をするのは、大西洋の連絡官だった。部屋の明かりが落とされ、おもむろに説明が始まる。

「単なる陽動で終わってもらうわけにはいかないのです」

 連絡官の声はどこか懇願めいていた。トレランシアの役目はヌエバ・コムネーロス政府軍の注意を引き付け、レティシア近郊に分散して潜入している大西洋軍特殊作戦団の首都襲撃を支援することである。

 特殊作戦団はレンジャー部隊などを中心とした大西洋軍の精鋭ではある。しかしそれはあくまでも歩兵であり、MSに対しては有効な兵器を有していない。市街地に突入したからと言って、相手が市民への犠牲を避けるために市街地にMSを投入しないとは言い切れないのだ。少なくとも、そういう相手であるという認識だった。

 大西洋もMS空挺団は派遣することになっているが、パラナ河畔で痛手を受けたため当初予定の半数しか投入できないと言う。その分だけ、トレランシアへの期待は増加しているのだ。

「そりゃ、負担が増えたって事だろ・・・」

 ウェルガーのコクピットの中でヒューがぼやく。機器の調整を行っていたタルハが苦笑いで合わせた。パイロットにとっての不安要素は他にもあった。敵の全容がはっきりとしないのだ。

 首都にどの程度のMSが配備され、また防衛陣地はどのようなものが構築されているのか。近郊にどれくらいの基地があり、増援の規模や駆けつけるまでの時間など、欲しい情報の多くが憶測の域を出ないものばかりなのだ。ヌエバ・コムネーロス政府の徹底した閉鎖国家体制は、少なくとも現場レベルの戦術としては機能している。

 安心できるのは、ウィンダム以上の機体は間違いなく存在しないという事であり、傭兵等の受け入れもありえないという事だった。もっとも、ダガーシリーズは全てビームライフルを標準装備にしている。コクピットに座る者としては、気休め以下の安心でしかない。

「案外、ザルかもしれませんね」

 レセディの同意は期待せずにマーカスは言ってみる。ヌエバ・コムネーロス政府がアマゾン奥地のレティシアに首都を移動したのは、つい二年ほど前の話だ。都市整備もまだまだ途上であると言う。

 もちろん軍事政権である以上、軍関連施設の整備は真っ先に行われるであろうが、突貫工事の基地にどれほどの防衛能力が期待できると言うのであろう。急ごしらえの基地に一世代前のMS、正規軍といってもどれほどのものであろうか。甘い事は承知でそんな事を考えたい気分だった。

 今回の作戦では、トレランシアに課せられた制約も大きい。構造物に対する艦砲の使用は制限され、爆弾等の投下も禁止されていた。この作戦の最大の目標は軍事政権によって軟禁状態にある民主活動指導者、アルトゥーロ・ガジェーゴスの確保である。

 

 バラックのような兵舎から兵士が飛び出してくる。半地下の格納庫からは、移動式ハンガーに載せられたMSが次々と引き出されていた。対空砲や対空ミサイルを搭載した車両が基地の敷地を飛び出し、戦車が砲列を敷くために移動を開始する。サイレンと怒声がひしめき、モーター音が唸りをあげる。

 Nジャマーによってレーダーの感度が悪くなっているとはいえ、浮遊する巨大な艦の発見は容易である。張り巡らされた監視塔の網からは、敵艦の位置が逐一報告されていた。航空機の編隊による先制攻撃が始まる。

 地球連合本部からは、既にヌエバ・コムネーロス政府に対して、国内に存在する人道的危機を解消するためには軍事介入も辞さないとの通告が出されていた。当然、周辺国と協調して内政干渉に対する非難を返していたのだが、こんな形で首都を攻撃してくるとはヌエバ・コムネーロス政府としても予想外であった。

 連合が実際に動いてしまえば、周辺国もヌエバ・コムネーロスに対する過度の肩入れはしなくなる。自国にその矛先が向かないよう、それぞれに国内状況改善を掲げたパフォーマンスを行うだろう。ヌエバ・コムネーロスはいわばスケープゴートだ。

 敵艦が対空砲火を打上げ、強力な艦砲が空を薙ぎ払う。直援にMSを配置している以上、戦闘機で有効なダメージを与える事はできない。木々の間から対空砲が吐き出された。宇宙艦の底部は武装も少なく、一種のウィークポイントであった。

 しかし、監視塔から見える対空砲の数は見る間に減っていく。配置された車両を排除しているMSがいるのだ。基地司令官は状況を上に報告し、周辺基地からの増援を要請する。

「ちゃんと狙え!」

 照準の甘いリベルをそう叱咤すると、タラスは対空ミサイルを積んだ車を蹴り飛ばしてウェルガーを飛び上がらせる。すれ違い様に戦闘ヘリに頭部機関砲を叩き込み、先行してきたダガーを撃ち抜く。その機体が統合兵装パックを背負っていた事に、言われていたほど楽な戦場では無いと再認識する。

 そもそもヌエバ・コムネーロス政府が首都を移転したのは、このような軍事侵攻を恐れてのことである。政権転覆を目指して大西洋政府が軍事侵攻を行う危険性に対して、海沿いにあった首都をアマゾン奥地へと動かしたのだ。旧首都が、民主化運動のデモや反軍政組織のテロで機能不全に陥ることが多かったのも、理由の一つであろう。

 軍政トップの参謀総長を筆頭に、軍幹部が精鋭部隊とともに引きこもったのがこの街である。当然、このような事態に備えての防衛計画はなされているはずだ。

 左肩のミサイルポッドから弾をばら撒き、右肩のレールガンで止めを刺す。ウェルガーサードはスラスターを全開にしてトレランシアの鼻先を飛ぶ。戦闘機とはいえ、トレランシアの艦載機の数では対処できる量に限りがある。

 空の中から沸いて出てくるような敵の姿に、タラスはレバーを握り直した。最大出力のレールガンが、戦闘機の編隊を揺らす。

 

 リリトはライフルの照準を動かす。地上に姿を現したストライクダガーを無視し、直上から急降下してくるスローターダガーを狙い撃つ。熱帯の空気がビームを揺らめかせ、機体ではなくバックパックしか撃ち抜けない。その速度のままに墜落したスローターダガーは派手に爆発して、燃える破片を撒き散らす。

 IWSP装備の機体とはいえ、機体性能もパイロットの能力もレベルの差は圧倒的だ。それにも関わらず、トレランシアのMS隊は不自由な戦いを余儀なくされている。地上ではフォルトゥーナが数機のストライクダガーを相手にしていた。

 トレランシアは街の外周に沿うように転進を開始する。敵の波状攻撃に前進を止められているという格好で、対空砲をばら撒きながらゆっくりと艦首の向きを変えていた。演技としては中の上と言ったところか。ウェルガーの編隊がトレランシアに向うミサイルの群れを薙ぎ払っていく。

「こんな戦闘で!!」

 リリトは苛立ちと共に声を吐き出す。両足を切断されバランスを崩した敵機に、頭部機関砲を叩き込んで落下させる。彼女はスローターダガーIWSPに狙いを絞っていた。

 それ以外の機体、地上を走り回るストライクダガーなどは、明らかに練度が不足している。転倒した機体を立ち上がらせるという基本動作すらままならない機体が多い。イェレもほとんどの機体を破壊せずに済んでいるようだ。通常兵器においても、戦闘機はまだしも、戦車や対空車両もその動きはぎこちないものであった。

 ヌエバ・コムネーロス政府に対して、大西洋は段階的に経済制裁を行っており、真っ先に制裁対象となった兵器関連物資の制裁は、南米独立戦争の頃から続いている。もちろん、ターミナル系の密輸ルートや周辺国からの援助などは機能していたが、正規軍を丸々養うほどの規模ではなかった。そのため、訓練もままならない部隊が大半だったのだろう。

 エクステンショナル・アレスターが背後の二機を貫き、真正面の機体はビームキャノンで上半身を吹き飛ばされる。スローターダガーIWSPだけは、唯一まともにMSとしての戦闘に耐えられるレベルだった。この機体が、軍事政権の中枢を担う部隊のものだと判断して間違いは無い。

「だからって・・・!」

 まるで出し惜しみをするかのように、色々な方向から一機二機と五月雨式に姿を現すスローターダガーIWSPに、リリトはため息を堪える。それとも、こちらを疲弊させるための作戦なのだろうか。バッテリーと推進剤はそろそろ50%になる。

 トレランシアに向おうとする戦闘機の編隊を機関砲で牽制し、ビームの渦に巻き込む。基地を直接叩けない以上、このような戦闘を続けるしかないのだ。アルトゥーロ・ガジェーゴスが現在どこで拘束されているのか、確定的な情報を大西洋は把握していなかった。

 構造物に対する攻撃を制限されているのは、軍事基地内に彼が拘束されている可能性を排除できないからである。軍政トップを排除して新政権を樹立する際、アルトゥーロ・ガジェーゴスは無事に救出されていなくてはならない。

 旧世紀に幾度か試みられた軍事介入によるレジームチェンジ。それが対象国に分裂と内戦とテロを巻き起こしたのは、戦後の政権が国民的な支持を受けず、介入した国家の軍事力のみを基盤とする脆弱なものだったからだ。今回の作戦は、その反省を踏まえている。

 ヌエバ・コムネーロス内の反政府組織や民主活動、労働者団体や学生運動や聖職者、そういった雑多な集団から広範な支持を得ているのがアルトゥーロ・ガジェーゴスである。軍政内部の穏健派にもシンパがおり、彼以外に軍政排除後のヌエバ・コムネーロスをまとめられる人物はいない。

 だからトレランシアもMS隊も、みだりに都市部へと戦線を拡大してはならないのだ。グラティアのビームサーベルが一閃し、二機のスローターダガーが同時に爆発する。

 

 運の良さと悪さは半々と言ったところだった。突如始まった戦闘によって道路の検問は全く無くなったのであるが、代わりに逃げ惑う人達によって車が走れる状態でなくなっているのだ。荷車を引く人、家畜と共に逃げる人、運転席の窓に取り付いて助けを請う人から、勝手に荷台に乗る人まで混乱の様相は刻一刻と酷くなっていく。

 連合と大西洋の動きをキャッチできなかったのは、本部とパナマにある中南米支部の怠慢である。だが、ミナミは自分の迂闊さも呪っていた。連合軍緊急即応部隊とはパナマで会っているのだ。

 幸いな事に、MSによる戦闘は軍事基地近郊で行われているらしく、市街地には音しか聞こえないが、一般市民の避難計画などこの国の政府が策定しているわけは無かった。むしろ市街地で混乱する市民を盾にしようという発想なのだろう。

 音のする方から離れようとする人の波が、急に行き場を失ったように澱む。助手席からは、人の流れが逆流しているのが見えた。道から溢れる人達が狭い路地へと押し込められ、代わりに軍用車両が姿を現した。

「・・・大西洋軍!?」

 車高の低い装輪装甲車が、人の群れを押し分けるように走っていく。運転席の男性の声に空を見上げると、グライダーの編隊が街並みを舐めるように飛んでいる。ミナミは地図を取り出した。

 市街地の地図すら、軍事機密の名の下に入手できない国である。それは彼女の団体の職員が苦労して作った手製の地図だった。現在地を確認し、政府関連施設、軍政関係者の私邸、警察関係の建物、放送局や主要な道路をチェックしていく。そしてハンドマイクを取り出すと、周囲の人に逃げる方向を指示する。市街戦が起こる可能性が高い。

 MSによる攻撃はあくまでも囮なのだろう。本命は、密かに潜入を果たした特殊部隊による軍政関係者の電撃的な拘束。だが全くの奇襲とはいえ、戦闘もなしに作戦が終了するはずも無い。

 ようやく人の流れが生まれだした頃、装甲車が走り去った方角からMSの戦闘とは異なる音が聞こえだした。

「一次探索終了。二次捜索に移る」

 放送局を占拠した大西洋の部隊はビルの各窓に狙撃手を配置する。人通りの無くなった道路を、装甲車がジリジリと進んでいく。不意にスピードを上げた一台の後でロケット弾が爆発した。

 放送局の屋上では、街のあちこちで打ち上げられる信号弾の読み取りと、指示のための信号弾の打ち上げが続けられていた。ビルが揺れ、迫撃弾が撃ち込まれたと階下から連絡がある。作戦全体の流れとしては順調であり、軍政有力者も既に数名の拘束に成功していた。

 だが肝心のアルトゥーロ・ガジェーゴスに関する情報が来ない。いくつかの部隊から「発見できず」の信号弾が上がっただけだ。戦車が来たとの叫び声の背後で、三色の信号弾が弾けた。

「保護成功!」

 次々と打ち上げられる信号弾から、アルトゥーロ・ガジェーゴスの現在地が伝えられる。だがそれは同時に、彼を保護した部隊が孤立したまま敵の追撃を受けている事も意味していた。ただちに付近の部隊に救援を指示する。屋上から発射された携帯型対戦車ミサイルが、派手な爆発音を上げた。

 

 広大な平原にポツンとたたずむ小さな家。かつてこの牧場を管理していた一家が住んでいたものだ。牧場は戦後のどさくさで没収され、管理人の一家もいなくなった。主の無い家の周りでは、野生化した牛が草を食んでいる。

 しかしその家に寂れた感じは見当たらず、逆に屋根の上には立派な通信装置が据えられていた。綺麗な軍服を着た男性が数名、家から出てくる。畏まった態度で挨拶をして、玄関先の車に乗り込んだ。それを見送るのは、白いブラウスに少し色あせた青いスカートをはいた若い女性と、レトロないでたちのいかめしい中年の男性だ。

 風に揺れる赤毛の髪を手で軽く梳き、女性は家の中へと入っていく。その後を男性が恭しく歩く。居間のソファーに女性が腰を下ろすと、クラシックな衣装を着た女性が間髪いれずに紅茶を運んできた。

「ダル、あなたも座りなさい。意見が聞きたいわ」

「では、失礼します」

 女性に促されて男性が座る。軍服の男達が伝えてきた情報は、連合と大西洋によるヌエバ・コムネーロス攻撃の一報であった。

「パラナ河畔での大西洋の介入、ケチュア王国における連合の軍事行動、そしてヌエバ・コムネーロスへの攻撃。大西洋による南米支配の動きが再び出てきたとみるべきでしょう」

 男性がおもむろに言う。南米の北部に大西洋の傀儡国家を樹立し、南米再統合の足がかりにするつもりであろうと。旧世紀から変わらないワシントンのやり方である。女性はカップに口をつけたまま、男性の言葉を聞いていた。

 白く細い指で、軽くカップを支えたままの格好で、女性は考えを巡らせていた。音も立てずにカップを下ろすと、女性は背筋を伸ばすようにして言う。

「勝てますか、ダル」

「お嬢が勝てとおっしゃるのであれば、相手が連合であろうと勝つのが我らです」

 その返答に微笑みを見せ、女性は立ち上がった。何気ない動作であっても、指先にまで意識が行き届いているかのような優美な動き。流れるよう足さばきで窓に寄ると、思い切り開け放した。

 吹き抜ける風が届けたのは草の匂いだけではなかった。小さな川を隔てた向こう側には、MSとその整備用車両がずらりと並んでいる。その女性、ナタリア・ファリロスは、このMS隊を率いている。

 前大戦中に南米に降り、それ以降ずっと彼女らは南米のコーディネーター組織や反大西洋国家と連携して戦い続けていた。その大胆で勇猛な戦いぶりで、敵からも一目置かれる存在である。市民を巻き込むような戦闘には加わらず、常に独自の判断で行動し、どこかの組織に命令されて動く事は決してない。

 ナタリア・ファリロスを中心とした組織の堅い結束は、傭兵のような営利集団とは全く異なったものであった。人々は彼女らの事を、ファリロスファミリアと呼ぶ。

 

 艦の構造自体にダメージはなく、推進機関など重要部位も損傷は無かった。だからと言って無傷などではない。集中して狙われたトレランシアの左舷部は、対空装備がほとんど沈黙している。ゾーリンを失ったリベルが甲板に降り、対空砲代わりにビームを乱射していた。

 だが撃墜を覚悟したような戦闘機の突撃に、フィジェの甘い照準は用を成さないでいる。複列位相砲が虚しく空を抉る。

「えぇぃっ!!」

 まぐれの様に命中したビームがスローターダガーを爆発させ、近くの戦闘機がそれに巻き込まれて失速する。フィジェは頭を振った。

 自分の小さな感傷がどのような結果をもたらすのか、それは分かっているはずだ。それにもかかわらずその感傷を消せない。目の前に兵器ではなく兵士を見てしまう。何も考えずに引いたはずのトリガーはぶれ、リベルのビームは空気中でただ拡散する。

 ブリッジとの通信は開かれており、艦がダメージを受けるたびに報告される被害状況は、フィジェにも伝わっている。彼は歯を食いしばった。

 リベルの十一門の砲口が煌き、トレランシアに迫るミサイルの群れを消し飛ばす。なおも唸りを上げるビームの嵐は、戦闘機とヘリコプターとMSを等しく爆炎の中へと閉じ込めた。

 フィジェが通信を切ったのが分かる。無言になったスピーカーの向こうに、カシアは彼の涙声を聞いた様な気がした。再度通信を開きたい気持ちをグッと押しとどめ。彼女は信号弾の装填を指示する。

「・・・位置は!?」

 火を噴くバックパックをパージしたスローターダガーが降下していくのを目の端に捉えながら、リリトは信号弾を読む。アルトゥーロ・ガジェーゴスの現在地を知らせるそれを、ライブラリーの白地図と重ね合わせる。

 トレランシアからはゾーリンが射出され、スローターダガーを斬り捨てたフォルトゥーナがサインを送る。リリトはペダルを踏みしめてグラティアを回頭させると、ゾーリンを受け止めてスラスターを吹かせた。

 示された場所は戦闘空域とは市街地を挟んで反対側。大西洋軍の小隊が彼の身柄を確保したらしいが、ヌエバ・コムネーロスの軍に包囲されているようだ。MSの足の速さを買われて、トレランシアに連絡があったのであろう。

 追撃しようとするスローターダガーに、フォルトゥーナのビームガンが直撃する。リリトは背後を気にする事無く、一直線に街を飛び越える。

 

 立てこもったのは消防署の建物であるらしい。激しい銃声と、銃弾がコンクリートを削る音が途切れる事無く響く。屋上から発射されたバズーカが装甲車を吹き飛ばす。建物の中心にある一室に、アルトゥーロ・ガジェーゴスが匿われていた。殺気立つ兵士に囲まれながら、平然とした表情だ。

 その大西洋の小隊は、もともと別の人物の拘束を目指していた部隊で、目標となる人物も重要度としては低かったため、それに応じた陣容でしかなかった。そのため、偶然に発見したアルトゥーロ・ガジェーゴスを保護したものの敵の追撃を振り切れず、このような場所に追い詰められるに至ったのだ。建物全体が揺れる。

 ヘルメットと防弾チョッキを着せられたアルトゥーロ・ガジェーゴスは、静かに汗を拭う。そして護衛の兵士に労いの言葉をかける。

「あなたの方がよほど落ち着いていらっしゃる。私でも、震えが来ていますよ」

 隊長の言葉に静かな笑みを向け、アルトゥーロ・ガジェーゴスは人生の大半が修羅場であったと言う。脅迫、逮捕、拷問、強制労働、この国でしか体験出来ない事は全て体験したと。自宅が銃撃戦の舞台になった事も、二度ほどあった。

 温和な丸顔からは想像もできないだろう。彼は、コズミック・イラ40年代から南米の民主化運動の先頭に立ち続けていた人物である。ワシントンの思惑によって揺れ続ける南米の政治を、南米の市民の手に取り戻す。そんな主張を続けてきた人物を、ワシントンが救出するというのも皮肉な話であった。

 部屋の有線通信機が鳴り、MSの接近を知らせる。ストライクダガーが三機、街中を歩いて近づいてきた。

「的は二十メートルだ」

「ダーツはワンスロー分も無いんですよ」

 なけなしの携帯型対MSミサイルを構えて、屋上の兵士が文句を言う。対MSと言っても、当たり所がよければの話だ。脚部を狙える位置関係では無い以上、せいぜいカメラを狙う程度である。

 幸運は、敵にアルトゥーロ・ガジェーゴスの殺害が命令されていないことである。おそらく、他の部隊は順調に軍政トップの拘束を成功させているのだろう。ここを包囲している部隊が次の動きを見せないのは、上からの命令が無いからだと考えられる。ミサイル発射筒の照準にストライクダガーの頭部が映る。しかし照準器は、その頭部が火を噴くのも映した。

 頭部機関砲を発砲したストライクダガーが上空からのビームに撃ち抜かれるのと、消防署の屋上が砕け散るのは同時だった。リリトは叫び声を上げながら、グラティアを降下させる。残った二機は抵抗の間もなく両断され、崩れ落ちる機体が消防署を包囲する部隊を追い散らした。

「助かった・・・ようですね」

 アルトゥーロ・ガジェーゴスが、やれやれといった感じで言う。割れた窓から見える純白のMSは、外部スピーカーを激しくハウリングさせながら、周囲に警告を発している。

 

 トレランシアが空港に着陸する。連合本部が大西洋連邦と連名で、ヌエバ・コムネーロスへの進攻と軍事政権の排除を発表した。軍政上層部の人物が軒並み拘束されているため、ヌエバ・コムネーロスの軍は完全に機能を失っており、首都での戦闘は既に終結、各地でも目立った混乱は無いという。

 ブリッジのモニターには、連合報道官の記者会見の様子が衛星を介したレーザー通信で伝えられている。また拘束された軍政指導者らが、大西洋連邦の軍用機に収容される姿も映し出されていた。

 記者会見場の映像が切り替わり、アルトゥーロ・ガジェーゴスの姿が映される。クルーの視線はその隣の人物、マーカス・フィッシャーへと注がれていた。地球連合軍の現地責任者として今後の国家体制についての説明を行うのだ。

「記者はいません、落ち着いてください」

 マーカスはアルトゥーロ・ガジェーゴスに小声で言われた。

 連合は大西洋と共同し半年から一年の短期間、ヌエバ・コムネーロスの治安維持のために軍を駐留させる。その間に、アルトゥーロ・ガジェーゴスを首班とする暫定政府が、議会選及び大統領選を行い、その元で新憲法を制定して共和制国家へと移行する。

 その他、連合の援助計画や拘束された軍政関係者の処遇についての説明を終えると、マーカスはホッとしてアルトゥーロ・ガジェーゴスにマイクを譲る。彼の演説は簡潔で明快だった。

 大西洋軍のMS空挺団の機体と共に空港の警戒に当たるウェルガーの中でも、その映像は音だけながら聞くことが出来た。タラスはそれをBGM代わりにする。彼の注意は別のところに向けられていた。

 市内の警戒に当たっている大西洋の部隊が、時々捕虜を乗せたトラックと共に空港に戻ってくる。だがその捕虜の顔は一様に子供なのだ。その事に、暗澹たる思いを抱く。

 ゲリラではない正規軍が少年兵を使っているのだ。それだけで、この国がいかなる国か知ることが出来る。一説には、逮捕投獄されそのまま死亡した人の子供を、保護するという名目で集め、軍事訓練を施していたという話だ。サイズの合わない軍服に、大きすぎる自動小銃を持たされたあの子供達が何を見てきたのか、タラスは知っている。

 彼は既に終わっている演説に意識を向け直した。その言葉が救うべきものを救うのか、それを見届けられない自分は何をすべきなのか。彼はただ思いを新たにし、真っ直ぐ前を見つめる。

 警戒飛行から戻ってきたアレナ機にサインを送り、トレランシアから出てきたヒュー機と警戒活動を交代する。

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