Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第五十四話 古い友人

 船体が軋むような勢いで高度を下げる。その頭上をレールガンの弾丸が通り過ぎていく事をセンサーが知らせていた。ブリッジを飛び交う言葉は一気に増え、MS隊にスクランブルが発せられた。

 Nジャマー撒布下における長距離砲撃など、偶然以下の命中率でしかない。だからといって砲弾が飛び交う中を飛んでいられるものではなかった。なにしろ、偶然以下の確率で一発命中をもらっているのだ。

「最外層装甲板に軽微な損傷のみです」

 損害状況と共に敵の使用する砲や砲弾、砲撃地点の割り出しが行われる。320mm速射型レールガン、新型のアサルトシュラウド用に開発されたものの、ザフトがビーム兵器の実用に成功した事で、採用されなくなった砲である。しかし威力、速射性能ともに、クスィフィアス系を上回る性能とされていた。かすったのではなく直撃であれば、ブリッジの混乱は目を覆うものだっただろう。

 これがMSからの砲撃であるとすれば、敵は既に上陸を済ませているという事である。砲撃頻度からMSのものとは考えにくいのであるが、大西洋から提供されたあの映像はそれ以上の説得力を持たせている。

 パイロットスーツとヘルメットの密着度合いを確かめながら、イェレは昇降機に飛び乗った。哨戒飛行のために準備中だったウェルガーサードは既に発進しており、他の機体もカタパルトに向っている。

「ブリーフィングで見せられた変なMS? 強いのか、アレ」

「さぁな、タルハも性能までは知らないって言ってたし」

 フィジェと通信を交わすと、レバーを握り締める。大西洋のMS空挺団に大打撃を与えたという情報と、見せられた映像には大きな乖離があるのだ。イメージで判断するのは危険なのだが、そんな冷静な判断すら迷わせるデザインだ。

 二人と同じような感覚を抱いてグラティアを飛び立たせたリリトは、先行したウェルガーサードからの信号弾に気を引き締める。敵機の数はこちらを大きく上回っているようだ。

 レールガンによる砲撃も、こちらの飛行ルートを限定するような射線を選んでいる。グラティアのシールドを構えさせると、リリトはペダルを踏み込んだ。直撃する攻撃が機体を振動させる。

「ふざけた格好だが!」

 タラスの気合とともにウェルガーのレールガンが発射された。俊敏な動きでそれをかわした、両手にスレイヤーウィップを装備した機体は、三日月状の頭部全体に散らばっていたセンサーを一箇所に集める。それが昆虫の複眼のようなモノアイを形成すると、頭部の大型機関砲と、腕に仕込まれたビームガンを乱射してきた。意表を突かれたウェルガーに、SSCM-07・アッグガイが、鞭をしならせて飛び掛る。

 ロケット弾をばら撒いて牽制し、間合いを計る。見た目で接近戦のみの機体と判断するのは早計だったようだ。ビームガンで牽制しながら接近戦に持ち込もうとする敵機の動きに、距離を保ちながら僚機への援護を行う。

 初見、しかも従来のMSとは全く異なる外見とコンセプトに基づいた機体への対処は、口で言うほど簡単ではない。どこかから飛ばされたブーメラン状の武器を、身を屈めてやり過ごす。

 連合ではマイダスメッサー、ザフトではバッセルやスラッシュエッジなどと呼ばれている帰還型投擲兵器。ビームサーベルに使用されるビーム封じ込めのため力場が、Nジャマーとの干渉で斥力を発生させる事を利用して、射出後に弧を描くような軌道で飛行する特殊な兵器だ。使い勝手の悪さから、装備している機体など片手で数えられる程度だ。

 いずれにせよ、近接戦でのフェイントに使われる程度の兵器を、主兵装として六基も設置しているMSが猛然とタックルを仕掛けてくる。SSCM-10・ゾゴックだ。

 ビームガンで牽制してフォルトゥーナは飛び下がった。左右から迫るバッセルを銃把のビームサーベルで叩き落す。首が無く胸部に巨大なモノアイを設置した機体は、その隙を突くように接近する。赤と白のカラフルなカラーリングがモニターを覆った。

「パンチ!?」

 イェレは歯を食いしばって衝撃に耐える。PS装甲を展開しても、コクピットハッチに叩きつけられた鉄拳の衝撃は消しきれない。伸縮式の腕をレールガンの要領で超高速で打ち出す腕は、シンプルさに見合った威力だ。ヒュー機の援護射撃が無ければ、バッセルの直撃も数発もらっていただろう。

 体勢を立て直したフォルトゥーナを見届けて、ヒューはウェルガーファーストを上空に向ける。ムチとブーメランの二機に対峙しているグラティアを確認すると、トレランシアへの砲撃を続ける機体に向った。

 もうもうと湯気を立てている場所が砲撃地点であった。川の中ほどで巨大なレールガン六門を無造作に構える機体が立っている。湯気の正体は、その機体の前面に装備されている象の鼻のようなユニットで川の水を汲み上げて冷却水としているためだろう。SSCM-02・ジュアッグ。地上、しかも水の近くでの戦闘のみを想定しているような機体だ。

 ウェルガーファーストの接近に気付かないかのように、その機体はトレランシアのいる方角に向けてレールガンを乱射していた。ヒューはビームライフルの狙いをつける。

 一発で仕留めるはずの攻撃は、その機体の頭部によって弾かれた。扁平な形をした頭は、全面に対ビームコーティングを施していたのだ。

「突っ立ってるだけじゃないのかよ!」

 上空からの攻撃に対する対処が出来ているからこそ、砲撃に専念しているという事だろう。どの機体も格好の割には良く考えられている。ロケット弾で牽制して高度を落とす。

 爆煙に紛れて正面から狙おうとすると、センサーが悲鳴を上げ、同時に機体が吹き飛ばされる。敵機は腹部には四門のビーム砲も装備していた。追加装甲のコーティングを一瞬で蒸発させられる。

 吹き飛んだウェルガーを無視するように砲撃を続けている敵に、ヒューは怒りを噛み殺した。機体を立て直してその側面に回りこむ。小回りという言葉は、どう考えてもあり得ない形状だ。

「なん!?」

 不意に川底に足を取られた。同時に川底のさらに下から二本の尖ったものが突き出された。丸い胴体にドリルと回転ノコギリを装備した機体が、川底をぶち破るように飛び出してきたのだ。GCM-07・アッグが、嘴のような装置からレーザートーチの炎を吐き出す。

 ウェルガーファーストが砲戦機と、土木作業機械のような機体に苦戦しているのは確認しているが、アレナは自身の対応で手一杯であった。脚部の代わりにタイヤを装備したMAが、アレナ機の周囲を取り囲むように回っている。

 MSよりも一回り小さいサイズであるが、右腕部にはレールガン、頭部には旋回式のビーム砲を装備しており、火力は十分だった。何より車輪を利用した高速走行は、地上に降りたMSにとっては脅威である。SGCM-00・ギガンは二本のタイヤで器用に直立して走り回る。

 整地された地面ではないにもかかわらず、その車輪は確実に路面を捉え、アレナの集中力を削ぐように機体の周囲を回り続ける。彼女は意を決してペダルを踏む。飛び上がったウェルガーセカンドに、ビームとレールガンが殺到した。

「脱いでも・・・凄いのよ!!」

 追加装甲をパージしたウェルガーが急降下してビームサーベルを振るう。敵機を捉えなかったその攻撃は地面を抉り、土煙と砂礫、それらがガラス化したものを巻き上げる。アレナ機は構わずにビームライフルを乱射した。敵機の高速機動を阻害するレベルまで周囲の地面を掘り返すのだ。

 派手な爆発音を聞きながら、リリトはレバーを握り締める。いつまでも、敵のペースに乗せられるわけには行かない。わざと突き刺さるようにシールドを掲げてバッセルを受け止めると、飛び道具を失ったゾゴックに突進する。距離を詰められてアッグガイの援護射撃も止まる。

 ゾゴックの右ストレートが頭部をかすめ、左アッパーが眼前を通り過ぎる。二発の鉄拳を完全に見切っていたグラティアは、ビームサーベルを振るった。

 だが、ビームサーベルが腕を切り落とすより早く、ゾゴックの腹部から飛び出したバッセルがグラティアを吹き飛ばす。とっさに展開したPS装甲を瞬時にABP装甲に切り替え、アッグガイからのビームを弾く。エクステンショナル・アレスターで、足に巻きついたスレイヤーウィップを切り落とし、なんとか体勢を整えた。

 リリトは頭を振って、大きく息を吸い込む。

「・・・決める!」

 リリトは集中力を全身に広げた。かさにかかって攻撃を繰り出してくる二機の動きを見極めると、敵の動きに合わせて機体を流す。敵の巨大なモノアイに、驚愕の色が生じた。

 次の瞬間、グラティアの全ての武装が煌く。ゾゴックとアッグガイは主兵装である両腕を破壊され、モノアイをしたたか蹴られて地面に転がった。

 グラティアはスラスターを全開にしてトレランシアへと向う。

 

 ビームコーティングが施された鉄球は、リベルのビームライフルの直撃を受けながらも、軌道を変えてはトレランシアの装甲にぶつかる。艦自体へのダメージは少ないが、ミサイル発射管を二つほど破壊されている。その上、ラミネート装甲の耐久性はどんどんと削られていた。

 鉄球を射出する武器と、四連装のビーム砲を二基備えたMS、SSCM-11X・ガッシャは、トレランシアに取り付いて攻撃を仕掛けている。リベルはABP装甲を展開して敵のビームを受け止める。トレランシアの排熱機能が回復するまでの時間を稼ぎたいのだ。

 カシアの悲鳴のような呼びかけを背に、フィジェはリベルの砲を全開にする。

「ネタMSがぁ!!」

 堪らずにスラスターを吹かして上空に逃れる機体を、リベルのビームは狙い続ける。だが敵はトレランシアの対空火器が有効になる距離までは機体を離さず、素早い動きでリベルの攻撃をかわしながらトレランシアへの接近を図り続けた。

 複列位相砲で薙ぎ払おうとするフィジェは、ガッシャの動きに照準を合わせた。敵が僅かに機体を上方向に振る。

「!? しまっ・・・!」

 太陽を背にした敵にカメラを向けたため、モニターが遮光モードに移行する。モニターの切り替わりと目が慣れるまでの僅かな隙、ガッシャのコンバットネイルがリベルを襲う。PS装甲はそのツメを受け止めたが、そのまま吹き飛ばされたリベルは鉄球の追い討ちを受けて甲板から転落する。

 しかしフィジェの咄嗟の操作で、リベルは鉄球を引き戻すためのワイヤーを腕に掴ませていた。そのままスラスターを吹かし、リベルはガッシャごとトレランシアから飛び降りる。ワイヤーはカットされたが、体勢を崩したガッシャにリベルのビームが殺到する。

 仕留めたはずの攻撃を受け止めたのは、淡い青紫の機体であった。落下速度を調整しながら、フィジェは混線した無線を聞く。

「お嬢、申し訳ありません」

「今は退きなさい、ダル。殿は私が受け持ちます」

 見ると、ようやく体勢を立て直し始めたトレランシアのMS隊が、攻勢に転じようとしている。ジュアッグの砲撃もいつの間にかやみ、形勢は逆転しつつあった。ガッシャは信号弾を打ち上げる。

 淡い青紫の機体、ZGMF-2999・ギャンは、その手に持つ巨大なビームサーベルをトレランシアへと向けた。駆けつけたグラティアは、それを阻止しようとビームライフルを乱射する。

 

 ファリロスファミリアが現在使用するMSは、前大戦終了直後にターミナルが開発を計画したものである。

 前大戦時、ザフトのMSを強奪するという形でしか戦力を整えられなかったクライン派は、オーブやアングラ勢力の支援で辛うじて勝者の側に立つことができた。しかし戦後、クライン派はザフトの掌握に失敗する。そのため、軍事力確保の必要性に迫られたターミナルは、独自ルートによるMS開発を模索する事となる。

 アングラ勢力によるM1アストレイの量産化や、アメノミハシラの兵器工廠化もその一環であるが、より直接的にターミナルの兵力となりうる兵器が求められていた。だがプラントの兵器開発は、MMIという半官半民の企業を除けば全てザフトが直接管轄する開発局で行われている。

 そこでターミナルが白羽の矢を立てたのが、プラント建設用大型作業機械メーカーであるNOS社である。プラント建設黎明期に政府機関として発足し、CE40年代に民営化されたその会社は、動力及び外骨格付き宇宙作業用服の開発ノウハウを有しており、MSへの転用も容易だと考えられたのだ。

 だが兵器としてのMSは戦争によって極度に洗練され、既に作業機械とは全く異なる機械になっていた。そのためNOS社が開発したMSが正式に採用される事は無く、少数の試作機もレクイエム戦役の混乱で行方不明という事になっていた。それが何らかのルートで流出し、南米で使用されているのだ。

 その後ターミナルは、ザフトの開発局そのものを抱き込むという力技によって戦力を確保する事となった。それはドムという傑作機に繋がるのだが、プラントにおけるクライン派失脚の影響はドムを開発した部門にも及び、次期主力MSとして開発した機体はその座を掴む事無く終わった。

 目の前の機体は、コンペティションで敗北したと言われている機体だ。だがその選定には政治的な理由が存在しており、敵MSの性能はザフトの次期制式機と同様の性能と考えるべきであろう。

「・・・ゲルググと同じレベル」

 リリトは、機体を急旋回させる。淡い青紫の機体、ギャンはシールド状のウェポンコンテナに設置された四門のビームを連射した。大型で厚みもあるそれは、小型のバッテリーを積んでいるのだろう、リリトはグラティアのエネルギー残量に舌打ちをする。

 ビームキャノンとライフルで牽制して、エクステンショナル・アレスターの間合いに持ち込む。敵のビームサーベルの間合いの外側から攻撃を仕掛けたい。リリトの思惑が見透かされたかのように、ギャンに距離を詰められたグラティアはロケット弾の猛攻を受ける。ウェポンコンテナはビームだけではなかった。

 PS装甲で強引に乗り切り、敵機に肉薄する。巨大なビームサーベルに、シールドのコーティングを一瞬で剥ぎ取られるが、エクステンショナル・アレスターは、敵の背後に回りこんでいた。

 それを嫌って上昇するギャンに、リリトは落ち着いて狙いを定める。だが放った三条のビームはすべて受け止められる。ウェポンコンテナには、ビームシールドの発生器も設置されていたのだ。

「シールドの上にシールド!?」

 ビジュアルだけでなく、機能としても盾だったのだ。またしても見た目に騙され事に、何度も舌打ちをした。

 リリトのその動揺に乗じるかのように、ギャンは猛然とグラティアに斬りかかる。ビームを弾けなくなったシールドは一撃で両断され、左腕のみをABP装甲に切り替えて斬撃を凌ぐ。間合いから離れようにも、敵はしつこいほどに絡み付いてきた。スラスター推力だけなら、グラティアと遜色が無いのかもしれない。

 頭部機関砲をギャンのメインカメラに向けてばら撒く。敵が怯んだ一瞬の隙をついて、グラティアはギャンの胴体を蹴った。その勢いで距離を置くとエクステンショナル・アレスターを放つ。

 複雑な軌道を描いて飛ぶそれは、異なる二方向から同時にビームを発射する。ギャンの回避コースを限定した上で、ビームライフルの照準をつけた。敵がシールドを構えた瞬間に、ビームではなくグレネードを撃ち込む。

 ビームシールドに接触した榴弾は爆発し、黒い煙が広がる。煙を突き抜けてビームサーベルを突き出すギャンの直上で、グラティアはビームライフルを構えていた。ギャンが、モノアイだけを上に向けるのが見える。

 引き金を引いたリリトが見たものは青紫の装甲色が純白に変わる瞬間と、放ったビームが弾かれる様子。

「ABP装甲!?」

 リリトの動揺を打ち消すように乱射するビームキャノンを掻い潜り、ギャンが肉薄してくる。グラティアは、バッテリー残量が危険域に入った事を報せるブザーとともに、ABP装甲を展開してその斬撃を耐え凌ぐ。だが、たて続けに振るわれるビームサーベルにバックバックの翼を切り落とされた。

 リリトは切れかける集中力を繋ぎとめる。グラティアの稼動限界を三十秒と弾き出すと、装甲への通電をカットした。灰色になった機体に、ギャンは雄叫びをあげる様な勢いでサーベルを振り下ろす。

 サーベルが宙を舞った。真横から飛び込んだエクステンショナル・アレスターに手首ごと切り落とされ、ギャンの腕だけが虚しくグラティアの眼前を通過する。咄嗟にシールドを構えようとした左腕は不自然な形で止まる。もう一つのエクステンショナル・アレスターがその細いワイヤーをギャンの肩に絡めていた。

 グラティアのサーベルが一閃し、ギャンの頭部が切り落とされる。バランスを崩したギャンに追い討ちをかけ、そのバックパックを破壊した。

 ABP装甲の輝きを失った敵にリリトはビームライフルを向ける。しかし引き金が引かれるより早く、飛び上がったフォルトゥーナが落下するギャンを受け止めた。

「イェレ・・・?」

 その奇妙な行動に一瞬の疑問を持つが、今は装甲色が灰色になったグラティアを無事に地面に下ろす事の方が重要だった。

 

 夕日が美しく辺りを染めていた。だが、稜線に沈み行く太陽を眺めている余裕は無い。トレランシアは山間の小さな基地にその巨体を寄せていたが、十分な整備が出来る施設ではなかった。

 ヌエバ・コムネーロス軍は表向き協力的だが、積極的に手を差し伸べてくれる気も無いらしい。外国軍の排斥を掲げて襲われないだけマシだと思っておく事にした。艦の主要機能にダメージはなく、幾分か減ってしまった対空火器については、目をつぶる以外にない。

 マーカスはノックに応えて、レセディを艦長室に招きいれる。

「何か、しゃべってくれましたか?」

 首を振る彼女に、マーカスは落胆もしなかった。鹵獲した敵MSのパイロットは、幸い怪我もなく元気に捕虜になっている。南米独立派武装勢力、ファリロスファミリアの指導者であるナタリア・ファリロス。ある意味、トレランシアの整備などよりも厄介な問題だ。

 テロリストの処遇一つとっても面倒なのに、それに加えてプラント出身者である。本部としては穏便に事を運び、あわよくば対プラントの交渉カードにしようくらいの事は考えるだろう。大西洋にとって見れば、貴重なMS空挺団に大損害を与えた張本人である。恨みの一つもあるだろう。

 報告書の期限が迫っている事もあり、マーカスはため息をついた。そもそも、なぜ落下する機体をキャッチして、パイロットを救ったりしたのだろう。その他諸々も一休みしてから考えようと、彼は立ち上がった。

「一瞬、声が聞こえたんだよ」

 イェレが説明し飽きたといった感じで言う。無線に飛び込んできた会話の中に出てきた人の名前が引っかかったと付け加えた。

「あの武装勢力、ファリロスファミリアって言うんだろ? で、あのMSのパイロットが、鉄球MSのパイロットをダルって呼んでたんだ・・・カシア、覚えてね?」

 質問する側だったのが急に話を振られて、カシアは口の中の食べ物を慌てて飲み込む。そしてイェレの顔を見ながら、自分の記憶をたどってみる。一つの心当たりを見つけるが、否定するような調子で聞き返した。

「ありえるの?」

「そうは思わないけど、ギャンも戦闘能力がなくなってたし・・・」

 確かめても構わないかと思ったのだと、彼はパンをちぎりながら言う。事情の飲み込めないリリトが会話を引き取った。

「何か、知ってるの?」

「子供の頃の知り合いにね、ファリロスって苗字の子がいて、その子の家にダルって男の人がいたのよ」

 カシアが代わりに答えた。詳しく話そうとするイェレに、食堂に来ていたマーカスが声をかける。続きは艦長室でして欲しいと言って、イェレとカシアに艦長室まで来るように言った。

 何かまずい事になったのだろうかと顔に書いてある二人に、捕虜が尋問に応じてくれなくてねと付け加える。そして捕虜になっている女性の写真を見せた。顔も変わるだろうし、記憶も曖昧になっている。それでもイェレは、その写真に面影を感じた。

 

 艦居住区画の奥、捕虜収容用の部屋でナタリアはベッドに寝転んでいた。色々と後悔したい事はあるが、全ては終わってしまった事だ。それに準備を万端にしても、あのMSには勝てないだろうと思う。MSのスペックはザフトの次期正式採用機を上回り、パイロットの技量はザフトのトップエースをはるかに上回るものだろう。

 連合の部隊を甘く見ていた。南米という井戸しか知らなかった蛙の驕りだった。暗い天井を見上げ、部下達の事を思う。皆、親の代から仕えてくれている人達であり、早くに両親を亡くした彼女にとっては、家族同然だった。余計な心配を掛けている事を申し訳なく思う。

 ノックも無くドアの鍵が開き、銃を構えた兵士が三人、慎重な足取りで近づいてくる。もう一度尋問を行うといって、彼女は後ろ手に手錠を掛けられた。いつでも引き金を引ける体勢の兵士に、ナタリアはコーディネーターとナチュラルの断絶を見た。たった一人の丸腰の女に、完全武装の兵士三人が最大限の緊張をもって対応する。そこまで、コーディネーターを恐れているという事だ。

「融和は・・・どこまでも遠い」

 そんな事をつぶやきながら、彼女は取調室の椅子に座らされた。入ってきたのは、先ほど尋問を行った女性士官の他に二人の男女だった。女性士官は二人に何かを言い含めると、席を外した。男性の方が、手錠を外してくれる。

 何も聞かずにただ目配せだけを交わしている二人に、ナタリアは不審の目を向ける。何者なのだろうと考えている時に、不意に名前を聞かれた。無視する彼女に、追い討ちを掛けるように男性が聞く。

「もしかして、ナタリアって名前じゃないか?」

 表情を変えてしまった彼女は舌打ちをする。どうやって調べたのだろうか、出先にしては対応が早い。

「出身はオクトーベルの島コロニー、ご両親はシャトル事故で亡くなっている。ダルウィーシュ・ダルだったよね、お付の男の人」

「まったく、よく調べるわね」

「覚えてないかな、イェレ・ネスタ」

「カシア・スタームよ、ナタリア」

 ナタリアはハッと二人の顔を見た。よく見れば見覚えのある顔、そして忘れるはずも無い名前。だからこそ、混乱する。何故二人が連合の制服を着て、今自分の前に座っているのか。

 それが態度に表れてしまったのだろう、二人が苦笑いを見せる。そして、話せば長い訳があると言った。そしてナタリアの事も聞かせて欲しいと付け加えた。二人は交互にこれまでの事を話していく。彼女と別れてから十年以上になるのだ、話は簡単には終わらなかった。

 

 暗い水面から僅かに頭を出して、強襲揚陸潜水艦は停泊していた。交戦した敵部隊は遠くに離れたようだが、ここはあくまでも敵地なのだ。艦内では収容したMSの修理と整備が急ピッチで進められている。

 ギャンを除く全機体の収容に成功し、パイロットも無事であった。だが、ギャンの収容が出来なかったという事が最大の問題なのだ。艦内の一室で、一人の男が床に額を付けている。

「お嬢に殿を押し付け、おめおめと逃げ帰った罪、俺の命で償わせてもらう」

 男は床に付きたてられたナイフを手にしようとするが、周りにいた男達がそれを押し留める。

「止めるな! 先代より賜った多大な御恩を仇で返した俺に、これ以上の生き恥を晒せというのか!?」

「そうだダルさん! あんたには生き恥を晒す責任があるんだ!」

「お嬢はまだ死んじゃいない。敵の捕虜になったというのは確定情報だ。ダルさんはお嬢を救い出さなきゃならないんだ。それが先代からの恩義に報いるという事だろう!」

「ダルさん、俺達の命はファリロスの家に捧げている。それを勝手に処分しちゃならねぇよ。まずはお嬢を助け出し、その上でお嬢の沙汰を受けようじゃねぇか」

 男は顔を上げ、大粒の涙を溢しながら礼を言った。彼らはファリロスファミリアの中核メンバーである。

 先代、即ちナタリア・ファリロスの父親に当たる人物は、オクトーベルの評議会議員を務めた事もある人で、ファリロス家はオクトーベルではそれなりに名の通った家である。そして彼らは、ファリロス家に仕える者達であった。プラントで困窮していた彼らは、融和論者であるナタリアの父に救われたのだ。彼らは皆、ナチュラルである。

 プラント建造に携わり、その後そのままプラントで生活する事になったナチュラルは少ないながらも存在する。ゼロ世代と呼ばれる第一世代の親は、子供の庇護によって一般の生活を送れるのだが、そのようなコーディネーターの身寄りを持たないナチュラルは、当然のごとく低賃金労働に追いやられ、最後は職も家も失う事となる。

 実力主義の名の下に競争ばかりが推奨されるプラントにおいて、彼らのような先天的な弱者に対する福祉政策は乏しかった。また世論も、文句のあるナチュラルは地球に帰れというものでしかなかった。

 だからこそ彼らは、コーディネーターでありながら、自分達に手を差し伸べてくれたファリロスの家への忠誠を誓うのだ。先代の忘れ形見であるナタリアを守る事、それこそが彼らの存在理由であった。

 艦内の様子は一層慌しくなる。最新鋭のMSを擁する連合軍の部隊を相手に、捕虜の奪還作戦を行う。失敗などは決して許されないのだ、周到で迅速な準備だけが求められる。

「お嬢、我らは必ずや助けに参ります」

 ダルウィーシュ・ダルは立ち上がり、誓うように言葉を発した。

 

 窓の外に流れる雲を眺めながらコーヒーをすする。話し疲れたといった表情のカシアは、視線だけを後ろに向けた。少し距離を置くように立っているリリトに聞こえるように、彼女はつぶやく。

「うかうかしていられないわよ・・・リリトも」

 背後に動揺の気配を感じてカシアは含み笑いを漏らす。そして冗談だと言って振り向いた。慌てて顔を横に向けたのがはっきり分かるように、ブロンドが涼しげに揺れる。

「別に私は・・・ただ、その、敵の捕虜の事が・・・」

「だから冗談よ。知り合いったって、子供の頃よ。それに一年の知り合いしかいないもの・・・」

 少し寂しそうに笑ったカシアが、コーヒーの入っていたカップをディスペンサーに戻す。そして壁に背を預けた。リリトが横に並ぶのを待って話を始める。ナタリア・ファリロスとは幼い頃の一時期、一緒に住んでいたのだ。

 農業専門家であったカシアとイェレの両親は、専用プラントによる集中栽培ではなく、居住プラントにおける緑化や酸素供給を兼ねた栽培作物の研究も行っていた。そしてほぼ一年ごとに様々なプラントを巡っては、栽培指導などに携わっていたのだ。オクトーベルにも、政庁からの招きで訪れている。その時、住居を提供してくれたのがファリロス家だった。

 そこには二人と同い年くらいの少女がおり、両親を事故で失ったばかりの彼女の慰めにもなるだろうと、考えたのかもしれない。プラント建造時の拠点であり、プラント完成後に丸々一つがファリロス家所有となっていた島コロニーで、三人の子供は仲良く暮らしていた。

「なんかママゴトだといっつもナタリアがお母さん役でさ・・・てか、何するにしてもイェレの取り合いだったわね。きっと、あいつの唯一のモテ期よ」

 広いお屋敷に住んでいて、何人ものお付の人がいた。そしてナタリアから片時も離れない、ちょっと怖いおじさんの名前がダルだった。

「パパとママのオクトーベルでの仕事が終わってさ、マティウスに引っ越すときに、ナタリアがイェレの靴を隠してお屋敷から居なくなったりしてね」

 その時は涙の別れだったと思うのだが、今となっては忘れかけの記憶でしかない。カシアはそう言って自嘲気味に笑った。ナタリアにとってはそうではなかった様だ、そう付け加えて苦い表情を見せる。

 薄情なのかなと問うカシアに、リリトは応える言葉を持ち合わせていなかった。彼女は彼女で、自分の知らない、そして共有できない過去を持つイェレの事に想いを馳せていた。

 異なる二つの寂しいわだかまりを抱え、二人は同時にため息をついた。ピタリと合ったそのタイミングに二人は思わず笑ってしまう。チラリと視線を合わせてもう一度笑うと、連れ立って食堂に向った。

 みんなが集まってくる時間だ。

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