Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第五十五話 理解「してしまう」

 渇ききった砂の大地。単調な褐色の風景に溶け込むように、背の低いテントが点在している。容赦の無い日差しを遮るそれは、人が住むためのものではなく、身を潜めるためのものだった。

 簡単な通信機器が設置されているだけのテントに、伝令が人の到着を報せる。馬の蹄が砂を蹴る音が聞こえ、それがテントの前で止まる。中にいた男は立ち上がり、日差しの下で客を出迎えた。

「馬は初めてでしたか、スレイ・カルガ」

 疲れた顔を青ざめさせている青年に、男はそう言って水筒を差し出す。常人には耐えられない加速度に耐えうる体も、慣れない馬上には少し酔った様だ。しかし、まずはゆっくり休まれよとの申し出を、青年は断った。

 男はハハハと笑って、時間は十分にあると言う。準備しなければならない事は多く、その準備を整えるための環境は不十分なままだ。焦りは、小さな組織にとって致命的なダメージをもたらす。男はその事をよく分かっていた。スレイ・カルガ及び大天使との接触は、組織にジワリと広がる焦りを打ち消すためのものだった。

 男は、スレイ・カルガと幾人かのアークエンジェルクルーをテントの中に案内した。冷たい飲み物が振舞われ、男の笑い声が響く。

「議長、僕らは・・・」

「分かっています。我々はあなた方に戦力を要求する事は無い。ただ、知っておいてもらいたいのです、我々の理想を・・・アフリカの解放を」

 ビクトリア条約によって、アフリカ解放戦線は政治勢力として、実効支配していた地域を正式な領土として認められた。そして連合が主導する形で、アフリカの各政治勢力との間での問題解決のための枠組みが設けられた。現在のアフリカは、根強い部族対立や経済的確執があるものの、大規模な内戦や難民流出の事態は回避されている。

 しかし、戦争状態が回避されているだけであり、貧困などの問題には一向に解決の兆しを見せていない。ビクトリア宇宙港を中心とするユーラシアの権益は堅持されながら、それがアフリカを潤す事は無い。

 さらにアフリカ解放戦線は、外国企業への大幅な規制を掲げており、アフリカ南部から資金や技術が逃避する事態が生じていた。大規模農場や鉱山、工場などが外資系というだけで規制され、その結果そこで雇用されていた現地の人達が失業するという結果を招いている。

 解放とはそういう意味ではないはずだ。人々の暮らしが悪化する解放に、どのような意味があるのだろうか。

 融和と共存を掲げていたはずのアフリカ解放戦線が、アフリカとそれ以外という線引きを行い、その一方のみを排除しようとする。理念を捻じ曲げた先に、分裂と破綻がある事は明白である。

「私が死に損なったのにも、意味があると思うのです」

 男はそう言った。彼の志を引き継ぐものがいれば、彼はそのまま志半ばで倒れた者でいられたかもしれない。だが彼自身が、その志を引き継がねばならないようだった。

「分かりました、レジー・マヌカ議長」

 スレイ・カルガが差し出した手を、レジー・マヌカはしっかりと握る。アフリカに解放を、世界に融和と共存をもたらすために。

 

 レポートの打ち出された紙を眺めながら、マーカスは思案に暮れる。捕虜の扱いについて本部に問い合わせたのだが、未だに返答は無い。敵の状況などを聞きだしたいのだが、捕虜は取り留めの無い雑談に応じるだけだ。それも、イェレとカシアに対してのみである。

 背後関係や活動実態など、聞いておきたい事はたくさんあるが、そういう事を聞き出す術を二人に期待するのは間違いだった。尋問に関する知識は、アカデミーの選択科目でカシアが二単位を成績ギリギリで取っているに過ぎない。

「しかし、乗っていたMSを考えると、彼女が高い地位にいた事は間違いないでしょう」

「・・・多分、指導者ですよ」

 レセディの言葉にマーカスが答えた。怪訝な顔をする彼女に、マーカスはイェレの報告書を見せる。子供時代の事が記されているだけの内容だが、ナタリアがファリロス家の相続人であり、鉄球MSに乗っていたのがファリロス家の使用人であろうという事は、何とか読み取れる。

 そこから察するに、あの武装勢力はファリロス家のいわば私兵のようなものであろう。本部からの資料によると、ナタリアの父親は南米出身の熱心な融和論者であったようだ。その娘が、使用人を引き連れて南米の独立のために独自の武装闘争を行う事は、ことコズミック・イラに関しては不思議な事ではないだろう。

 レセディは額を押さえてため息をついた。そういえば、前大戦もレクイエム戦役も、そんな子供達が事態をややこしくしていた。

「ますます厄介じゃないですか」

 少しぞんざいになってしまった口調に、レセディは慌てたように唇に手を当てる。マーカスは、そんな仕草の可愛らしさを眺めているだけでは勤まらない自分の椅子を恨めしく思った。ともかく本部からの指示がない以上、捕虜はトレランシアに留めておかなくてはならない。ヌエバ・コムネーロス軍の基地に預けてもしもの事があれば、自分も副長も首が飛ぶのではなく、額に穴が開く。

 レセディが一つの懸念を示した。敵が捕虜の奪還に動く可能性である。マーカスは口をつぐんで、無言のまま肯定の意思を示す。敵MSの数はこちらを上回るが、その性能などは前回の戦闘で入手できているため、遅れは取らないというのがヒューからの報告であった。

 だが捕虜奪還作戦であれば、単なるMS戦闘ではすまないかもしれない。隔壁類のチェックは入念にしておくようにする。

「捕虜の彼女には、敵の説得を期待していたりするのですが・・・」

 マーカスが探るように言った言葉に、レセディは口を閉じて無言のまま否定の意思を示す。それにはまず、捕虜を説得しなくてはならないという事だ。カシアとイェレの顔を交互に思い出し、その期待が限りなく淡いものである事を再認識する。

 ただ、相手に説得される危険性は感じなかった。揺れ動く子供であったとしても、最低限の正しい事はちゃんと認識できているはず、それくらいの信頼は持っていた。

 思えば、彼女らとの付き合いも長い。

 

 居住区画には窓が無く、狭い部屋であれば例え明かりがきちんと付いていたとしても圧迫感がある。捕虜を収容するための部屋に広さなどあるわけが無く、そこに尋問用の椅子だの机だのまで持ち込まれれば、狭さはひとしおであった。

 だが堅苦しい話をするのでなければ、心理的な距離を縮めやすくもなる。ナタリアの笑い声が部屋に響く。

「そうだって。あの時イェレ、降りられなくなってたじゃない」

「覚えてないって」

「・・・私は、覚えてるよ」

 少し沈んだ口調に、イェレはばつの悪そうな顔をする。

 小さいうちに多くの財産を引き継ぎ、親族間ではそれなりに揉め事もあったらしい。両親の思想から前大戦中はザラ派から監視も受けていたそうだ。地球に降りてきたのは、それから逃れる意味合いもあったのだ。普通の女の子として、普通に生活のできる環境ではなかったと言う。

 だから幼い日のあの一年は、彼女にとって数少ない「普通の思い出」なのだ。濃密な記憶をとめどなく話す彼女を、イェレは不憫だと思う。

 彼にとっても、親の仕事の都合を理解し、短い間の人付き合いを心得る前の思い出だ。他の子供時代の事より良く覚えていた。だが、彼女のような強烈な思い入れは無い。彼女の思い入れは、今の特殊な生活のせいでは無いだろうか。

 ようやくプラントは平穏に向い、彼女も成人し財産に関して周囲からとやかく言われなくとも良い年齢になったはずだ。何故、普通ではない生き方をしているのか。ナタリアが武装集団の指導者をやっている理由が分からない。その事を、遠回りせずにはっきりと聞いてみた。

 彼女は微笑んでいた口元をキュッと結ぶ。

「イェレこそ、どうして連合なんかにいるの」

 巻き込まれたとか、成り行きでは無いのでしょうと、射るような目で問われる。イェレは耐えて目を逸らさない。

「プラントとか連合とか、コーディネーターとかナチュラルとか、そういう枠組みは関係ない」

 今の自分がこの世界に関与するための手段が、MSのパイロットなのだと、彼は答えた。それはおそらく、正解から最も離れた解答の一つであろう。だがもう、解答を先延ばしにする事だけは許されなくなっている、そう付け加えた。

 自分の無力さは痛感してきた、他の人が努力する姿も垣間見てきた。地球連合軍緊急即応部隊が、どのような政治性を持った集団かという事も理解しているつもりだ。

「それでも・・・何もしないのは、絶対に間違いだって分かるから」

 イェレは、自分の言いたい事が言い切れないもどかしさを抱えたまま言葉を紡ぐ。この言葉では彼女に感じる違和感を、何かが間違っているという直感を説明できない。そのもどかしさに耐えかねて、彼は視線を落とした。

 ナタリアが口を開いた。その言葉はよどみなく流れる。

「その枠組みが、世界を分断しているのよ」

 連合による強圧はプラントを戦争に駆り立てた。コーディネーターとナチュラルという遺伝的差異は、人々を対立へと誘った。大西洋による抑圧は南アメリカに隷属と反発をもたらし、それが混乱と悲劇の原因となった。

 その分断された世界を、再び一つに繋ぎ合わせなくてはならないのだ。枠組みなど関係のない世界をもたらすためには、まずその枠組みを解体するところから始めなくてはならない。枠組みを取り去り、その内側に閉じ込められていた人達が手を取り合える世界、彼女はそれを目指していると言った。

 武装闘争という手段を非難するのであれば、それは構わない。しかし大西洋による軍事的圧力がある限り、それを放棄する事は決して無いだろうと、彼女は言い切った。

 イェレはテーブルの上のカップに手を伸ばす。ナタリアの言葉は、ただ部屋の中に響いているだけのような気がする。こんなに間近で話しているというのに、何故か遠くに聞こえてしまう言葉。カップに口を付けて、唇を湿らせる。

「そういうんじゃ・・・」

 彼女の言葉は理解できる。だがそれが腑に落ちないのだ。言葉の全てが、捉えどころ無く空疎に聞こえる。

 彼女の行っている事は、彼女として世界に関与する方法なのだろう。ならばそれはイェレと同じである。だが彼は、それを同じだとは感じられない。自分達の組織の政治性と彼女の組織の政治性に、「政治性」という意味での差異は無い。やっている事は、同じ戦争である。

 ならば、何が違うというのだろう。この違和感は何なのだろう。正しいとか正しくないというのとは、何か別の基準がそこにあるような気がする。

 ドアがノックされ、時間が告げられる。一回の尋問時間にはコルシカ条約に基づく制限が設けられているのだ。彼女は正式な軍人では無いため、条約が適用されるかどうかは解釈の分かれるところであろうが、マーカスは軍人同様に条約による保護を指示していた。

 自分のカップと彼女のカップを手にしてイェレは立ち上がる。それじゃまた、そう言って彼はドアを開ける。敬礼は出来ないので、ドアの前にいた銃を手にしたクルーには会釈だけをして、彼は部屋を後にした。

 一瞬振り返ると、微笑みを浮かべるナタリアの顔が目の端に映った。複雑な心境に、彼は小さな息をつく。カップを食堂に返すと、フォルトゥーナの整備を手伝う気分でもなかったので、自分の部屋に戻ろうとする。

 おずおずと自分に呼びかける声に立ち止まった。リリトが不安そうな表情を取り繕うような微笑で歩いてくる。

「時間、いい?」

 彼は微笑みを返して、甲板へと誘う。広い場所で、外の空気を吸いたい気分だった。

 

 生暖かい風が吹いている。これが雨の前兆なのかどうかは分からない。プラントの人間にとって決定的に欠如しているのは、空気の動きに関する感覚だろう。空気とは命よりも貴重なものであり、閉じ込め留めておくものである。動き、何かを運んでくる空気はプラントには無い。

 そういったものを作るのが好きなプラントもあるが、基本的に気候は一定であり、気温も湿度も天候も、スケジュール通りである。加えて彼女らはトレランシアに乗って以来、極端な気候の場所にばかり行っている。暑いか寒いか、湿っているか乾燥しているかの二者択一だった。

 季節というものが存在するところで暮らせば、風を読む事も出来るようになるのだろうか。リリトは自分の饒舌を止められない。別にこんな話をしたかったわけではないのに。

 特に話したい事があったわけではなかったのだが、とりあえず何か話したくて彼に声を掛けた。だが勢い彼と二人で甲板に出てしまうと、何か話していなくては間が持たないような気がした。

 そんな彼女を、イェレは不思議そうに見ている。その視線に、リリトが目を伏せる。何か話があったのかと問いかける彼に、リリトはしどろもどろになる。

「あ・・・その、捕虜の子からは、何か・・・聞けた?」

 彼は小さく首を横に振る。

「何か・・・どころか、よく分かんなくなった」

 彼は視線を遠くに向けたまま言う。小さい頃に一緒に遊んでいた女の子と、今捕まっている女性が一致しない。十年以上の時間だけではない何かが横たわっている、そんな事を言う。

 彼女が語った事は、一面においては真実だ。だがそれは、イェレも知っている真実に過ぎず、イェレはその真実のみに基づいて行動する事に違和感を覚えるのだ。だが、その違和感の正体が分からないと、彼はため息をつく。

 リリトも、彼と同じ方向に視線を向ける。間近に迫った山の上に、雲がたなびいていた。

 その捕虜も世界を語ったのだ。きっと彼が感じるものは、彼女が感じるものに近いのであろう。しかしリリトは、その違和感の正体をおぼろげながら掴んでいる。彼女は言葉を一つ一つ慎重に並べていく。

「世界を口にする人は、世界を理解してしまっているのだと思う。だからそこに立ち止まって、世界に対峙している。でも世界ってきっと、理解してしまえるようなものでは無いのだと思う。どんなに理解しても、やっぱり理解できなくて、それでも理解しようとして出来なくて・・・そして」

「自分自身の心を賭けて、信頼への決死の跳躍をする」

 リリトが言おうとした事をイェレが言った。違和感の正体はそこにあるのだ。今、彼女らは、跳躍のための踏み切り板の上にいる。理解の出来ない世界を信頼するか否かの瀬戸際にいる。世界に飛び込む、最後の信頼を探している。

 このどうしようも理解出来ない世界を信頼して、その世界の中に飛び込んで、始めて世界に関わる事ができるのだ。自分の頭で理解してしまった世界は、世界のほんの断片に過ぎず、そんな世界と対峙したところで世界は何も変わらない。

 彼女たちはそうやって世界に飛び込んだ人達を知っている。選挙監視団を引き受けているプラントの人、難民キャンプで医療活動に従事する人、アフリカの困難を報道している人、迫害の中でも政治活動を行っていた人。

 この人達は決して現状の世界を甘受しようとはしていない。しかし世界そのものを疑ってなどいない。自分の限界を知り、同時にそれが無意味でない事を知っている。誰かのせい、何かのせいだと言う前に、自分が何をするかを語っている。

 彼らは世界そのものを疑い、世界そのものを正そうとなどはしない。彼らは世界を、広く深く信頼している。

 だからこそ目の前の困難を正そうと、目の前の困難を正していく事こそが正しいのだと知っている。

「翼付きのパイロットもそう・・・結局は、世界を知ったつもりで疑っている。今の世界ではなく、自分の頭の中の世界だけを信じている」

 リリトはヘンリーの事を思い出す。あの島で言葉を交わした彼は、間違いなくこの世界を信頼していたと思う。だが彼は、アフリカ解放戦線の語る世界を口にし、その信頼を手放していた。そして娘のいる現実の世界のためではなく、理想の世界のために死んだ。

 視線を空に向け、熱くなった目頭を冷ます。そしてイェレの手を握った。彼もその手を握り返す。それが、彼女に飛び込む勇気を与える。

「私・・・みんなの事、イェレの事、もっと知りたい。これまでの事も、これからの事も、全部知って・・・ちゃんとあなたに飛び込みたい」

 少し驚いたような彼の顔をじっと見つめる。彼は表情を正して見つめ返してくれた。お互いの手がギュッと握り締めあう。彼の名前が、自分の名前が、こんなに甘い響きを持つものだとは知らなかった。

 風が止んだ。代わりに、互いの息遣いを感じる。二人の吐息は、次の瞬間を待ち切れないといった感じで、一足早くに触れ合っている。

 リリトはそっと目を閉じた。

「リリトぉー! 何かアジズさんが探、し・・・ゴメン、見なかった事にするから、続けて」

 カシアが申し訳なさそうに頭を下げると、甲板出入り口のドアを閉める。しかし二人は既に、背中を向け合った体勢になってしまっていた。リリトは空に向って叫ぶ。

「バカぁぁっ!!」

 それでも、二人の手は握り合ったままだった。

 

 トレランシアのエンジンが始動を始める。空が白み始めたばかりの早朝、眠りを妨げられたのか、鳥達がしきりに騒いでいる。ブリッジでは、いくつかの手順を省略しながら艦の離陸準備が進められていた。

 肘掛の上でせわしなく指を叩いているマーカスをたしなめるように、レセディが声を出す。ブリッジが戦闘モードに移行し、窓越しの景色がモニターを通した景色に切り替わった。滑走路がゆっくりと遠ざかっていくのが見える。メインスラスターの振動ととともに、トレランシアは発進する。

 急な発進には理由があった。ヌエバ・コムネーロス軍の一部が、レティシアの暫定政府に対して反旗を翻すとの情報が本部からの秘匿回線で伝えられたのだ。トレランシアが身を寄せていた基地も反乱側の陣営であり、さらにはファリロスファミリアとの連携の可能性も示唆されていた。地元の有力者を通じて、何らかの接触があったらしい。

「先手を打ったのか、打たされたのか・・・」

 マーカスのつぶやきに聞こえない振りをする。背後から撃たれるリスクを消し、ファリロスファミリアを先に潰す事で反乱軍の動きを抑制するためには、敵にどのような意図があろうとも、出撃以外の選択肢は無いのだ。MSデッキでは出撃準備が整っていた。

 この数日で、敵MSに関する詳細な検討がなされ、対応策は立てられている。基本性能はこちらの方が上である以上、敵のトリッキーな攻撃に惑わされなければ苦戦する相手ではない。

「先制、出来ますかね?」

「無理だろうな」

 タラスの問いに、ヒューがあっさりと答えた。敵はトレランシアを基地から引きずり出したのだ。当然、次の手は打ってあると考えるべきであろう。レセディは艦の高度をギリギリまで下げさせる。

 六門のレールガンを装備した機体による長距離砲撃。こちらに圧力を掛ける事が狙いだとしても、その砲弾に艦をさらす事はできない。当然、地上からの攻撃の危険性は増すので、海岸線からの距離で敵の行動範囲を割り出して、MSを発進させる手はずとなっていた。

 だがその前提となる、敵の行動範囲の予測に誤りがあった。タイヤによる機動を行うギガンは、脚部による歩行と比べて格段に行動範囲が広かったのだ。ブリッジが敵機の存在を確認した時には、三機のギガンが無防備な艦底部に対する攻撃を開始していた。同時に頭上を押さえ込むように、レールガンの砲弾が飛来する。

 揺れるトレランシアからMS隊が発進した。あからさまにこちらを誘うような敵の動きに、警戒を強める。

「砲撃地点も割り出せたが・・・」

 ヒューは迷う。ギガンの誘いに乗ってジュアッグを潰しに行くか、誘いを蹴ってアッグガイとゾゴッグの待ち伏せに備えるべきか。隊を二つに分ける事が、敵の狙いなのか否か。艦長は、敵が人質奪還に動く可能性もあると言っていた。もしそうなら、艦が砲撃で沈む可能性は低い。

 タラス機とアレナ機にギガンへの牽制を任せ、後の四機は周囲を警戒する。敵機をトレランシアに近づけなければいい。小型車両の類にも警戒を怠らないように伝達する。バッセルの襲撃とともに、戦闘の火蓋が切られた。フォルトゥーナの斬機刀と、ゾゴックが両手に持つバッセルが激しく切り結ぶ。

 リベルのビームを掻い潜りながら、もう一機のゾゴックが体当たりを仕掛ける。複列位相砲をワイドにして壁を作り、敵の間合いに入らないようにスラスターを吹かして飛び下がる。だが、ゾゴックの拳に仕込まれた小型のビームシールドが、その壁を突き破ってパンチを届かせる。

 機体重量のあるリベルは、地上での機動性が若干劣るのだ。ゾゴックの間合いを外す事はできるが、自分の間合いに持ち込めない。ビームを撃つにしても、モーションを読まれて射線を外される。フィジェは舌打ちをした。

 リリトはそれを目の端で確認すると、二機のアッグガイを早く片付けようとする。八本のスレイヤーウィップも、その動きは完全に見えている。グラティアは軽いステップで鞭をかわし、ビームと機関砲を避ける。ビームライフルの照準が、アッグガイの頭部を捉えた。

「え・・・!?」

 モニターが真っ白になって、視界を完全に閉ざされる。何が起こったかを把握した時には、グラティアが持ち上げられているのを感じた。アッグガイの巨大なモノアイが発光したのだ。あの複眼の中には、カメラではなく目くらまし用の特殊な投光機も混ざっていた。

 叩きつけられる、そう思った瞬間にグラティアのスラスターを全開にする。足にスレイヤーウィップを巻きつけたまま、グラティアは強引に上昇した。ビームの攻撃をABP装甲に任せ、今度こそアッグガイの頭部を撃ち抜く。電撃によるダメージが最小に留まっていたのは、整備班による対策のお陰だろう。

 それでも、作動プログラムの自動チェックが入った。ウェルガーの警戒を掻い潜った一機のギガンが、ビームとレールガンを浴びせてくる。飛び上がったアッグガイのスレイヤーウィップを避けながら、リリトの目は戦場を見渡す。

 ヒューも同じように視線をめぐらせる。ガッシャがいない。あれが、もっとも飛行能力の高い機体だ。ウェルガーファーストを飛び上がらせた。

「上からに決まってるよな!」

 ロケット弾をばら撒いて牽制し、ビームライフルを向ける。敵の八条のビームをシールドで受けるが、そこに鉄球を食らって体勢を崩す。その勢いに逆らわずに機体を流し、レールガンを連射した。

 だがガッシャは怯む事無く突進してくる。ウェルガーのシールドは、立て続けに放たれるビームにコーティングを剥ぎ取られ、赤熱した爪に穴を開けられる。ビームサーベルもその爪に受け止められ、至近距離から鉄球の直撃を受ける。

 ゾゴックの脚部を破壊したフォルトゥーナが加勢に回るが、ガッシャの勢いは止まらない。斬機刀と爪が幾度となく交錯する。ビームシールドがガッシャのビームを受け止め、周囲が真っ白に光る。

 ジュアッグのレールガンによる砲撃も、射撃精度が上がってきていた。至近距離を飛び去った砲弾に、トレランシアはさらに高度を下げる。

「せめてレールガンだけでも黙らせられれば・・・どうしました?」

 艦の状況報告を行っていたクルーがせわしなくキーボードを叩き出す。艦底部に衝撃を感知したというのだ。さらに外部モニターは、地上を走ってくる車両を映し出した。サムソン・ホバートラックとキュイ・揚陸戦車。やはり陸戦による捕虜奪還を狙っているのだ。

 ブリッジでは全ての外部ハッチの封印を指示する。ロックを電源ごと切り離して、作動不能にするのだ。ハッチを携帯用火器で破壊するのは容易ではない。しかし、艦底部への衝撃は断続的に続いている。

 その正体に最初に気づいたのはフィジェだった。ゾゴックの下半身を消し飛ばし、トレランシアに注意を向けた彼は、その底部に穴をあけようとしているMSの姿を確認したのだ。丸い体に嘴のようなレーザートーチ、そして巨大な回転ノコギリとドリルを装備したMS・アッグがトレランシアの底に穴を開けようとしている。カメラの死角なのか、トレランシアは周囲の小型車両にしか攻撃を行っていない。

 スラスターを吹かすリベルに、上半身だけになったゾゴックがバッセルを飛ばす。

 

 ウェルガーサードのビームサーベルがジュアッグの砲身を切断し、ウェルガーセカンドがギガンのタイヤを破壊して行動不能にする。敵機にビームライフルを突き付けながら、コクピットの二人はトレランシアを振り返った。戦闘は終結に向っているのだろうか、少し、静かになっている。

「こんな強引な侵入方法に気付かないなんて・・・」

 レセディは忌々しそうに言う。艦底部第一装甲板の損傷によって、ブリッジはようやく状況を把握した。だが駆けつけたリベルがアッグを排除した時には、キュイから飛び立った兵士がトレランシア内部への侵入に成功していたのだ。

 艦内全隔壁を閉鎖して、陸戦への対応を整える。ブリッジでも全員に拳銃の確認が通達された。侵入されたのは三十人ほどであり、予測された事態という事もあり対応は出来ている。だがこうして拳銃を持たされると、いい気分はしないものだ。マーカスはマニュアルに沿って艦内へ指示を出す。

 隔壁の操作とクルーの配置によって、敵部隊を巧みに誘導する。敵がコンピューター端末に接触すれば、すかさず偽の情報を流す。一度艦への侵入を許したことのあるトレランシアでは、対応策を練りこんでいたのだ。それでも艦内のあちこちで銃撃戦が行われ、犠牲者はジリジリと増えている。

「敵部隊、MSデッキへの誘導を完了しました」

 カシアは上ずった声で報告する。マーカスはマイクを取って、敵部隊への降伏を勧告する。素直に降伏してくれれば、嫌な事をせずに済む。マイクを置いたマーカスに、カシアが震える声で尋ねる。

「相手からの返答がない時は、どうするんですか?」

「・・・MSに外からビームを撃ってもらうのが一番楽でしょうね」

 敵部隊が集まっている場所は分かっている。そこをピンポイントで狙えば、デッキへの損傷も最小限で済むはずだ。下手に陸戦での掃討を行えば、さらに犠牲者が増える。カシアは一つの提案をした。

 マーカスはその提案を受け入れ、彼女はブリッジを駆け出していく。彼はレセディに何も言わないのかと聞いた。

 犠牲の減る可能性があるなら、それに越した事は無いと彼女は答える。カシアが向かったのは、ナタリア・ファリロスの所であった。

「みんなファリロス家の人達なんでしょ!」

 カシアは開口一番、敵への説得を頼んだ。その勢いに怯んだ様にナタリアは視線を逸らすが、何も答えない。カシアは詰め寄った。

「イエスでもノーでもいいから、とにかく答えてよ!」

「私達は・・・」

「時間が無いの! 人の生き死にに関わる事なのよ!」

 カシアは手短に状況を説明すると、ナタリアの手を取って部屋を出る。無理やりに手を引っ張って、居住区画の最奥部にある医務室へと向った。廊下にはまだ新しい血痕が残り、中に入りきれない軽症者は廊下で応急手当を受けている。立ち込める鉄錆びの臭いは、そのまま胃の中を抉るようだ。

 呼び止める声にカシアは立ち止まった。腕を吊ったタルハの横に真っ青な顔をしたユンディが座っている。大丈夫なのかという問いかけに、タルハはかすっただけだと言う。ユンディがいきなり立ち上がった。

「その女、敵の捕虜よね・・・何しに連れてきたの?」

 周囲がざわめき、視線が集中する。ユンディの声は震えている。

「ダーリンは無事だったわ・・・でも、そうじゃない人もいる。もしダーリンに何かあったなら、私は、その女を・・・」

 タルハがユンディの肩を抱き、そのまま胸に抱きかかえる。すすり泣く彼女の髪を撫でながら、彼は言った。

「俺だって、撃った奴を許したくは無いよ。でも、イヤだろ・・・こんなのさ」

 ナタリアは怪我人で溢れる廊下を凝視していた。

 

 ガッシャが鉄球射出機を捨てる。ギガンも腕部レールガンと頭部ビーム砲塔の砲口を空に向ける。トレランシアからのレーザー通信をウェルガーファーストが受け取り、それを外部拡声器で敵に伝えたのだ。ナタリア・ファリロスによる、降伏の呼びかけであった。

 コクピットハッチを開けてガッシャから出たダルウィーシュ・ダルは、ヘルメットを外し両手を上げる。ナタリアが下した決断に、異議などあるはずが無かった。

 戦争とザラ派の台頭によって、ナチュラルを使用人などの名目で抱えているファリロス家は危険視されるようになった。ダル達は、自分達だけ地球に降りる事を申し出たのだが、ナタリアはそれを許さず共に地球に降りてきてくれた。

 しかし地球でも、彼らはナチュラル、コーディネーターの双方から厄介者として扱われた。ブルーコスモスやコーディネーターの過激派によるテロ攻撃を受けたこともあった。それでも彼女は自分達を見捨てず、当たり前のように共に生きていく世界を目指そうと言ってくれた。

「遺伝子より前に、私達は家族よ」

 ナタリアのその言葉に、何度涙した事だろう。プラントで貧困の底にあえいでいた自分達を救ってくれた先代同様、この若き当主へ絶対の忠誠を心に決めた。他の者達も皆そうであった。

 ダルは空を見上げる。まずはナタリアの無事を神に感謝した。今後連合が彼女をどのように扱うかは分からないが、彼らはただ全力で彼女を護るだけである。ウェルガーの拡声器が、彼を拘束する事を伝えた。

 ウェルガーのハッチが開けられ、周囲の機体が警戒する中、ヒューがダルの拘束に向う。素直に拘束されるダルは、ヒューの顔をまじまじと見つめながら言った。

「・・・ジョセフ・ロギライか?」

「違うって言うのも、白々しいですね・・・」

 ヒューは動揺を隠して言う。どうにも世界は、狭く出来ているようだ。

 MSデッキに追い詰められた兵士も降伏し、事態はひとまず終結した。増えすぎた捕虜の扱いにマーカスは頭を抱えるが、とりあえずは一息つけそうである。

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