Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
単調なステップの景色と乾いた風、中央アジア乾燥地帯の典型的な姿であろう。広大なだけが取り得のような軍事施設も、その風景の中に溶け込んでいる。取り立てての緊張のない地域において、その施設は半ば放棄されているに等しい。その基地の主な活動は、気象観測と乾燥化に対する学術的な観察の支援であった。
そのためMSを搭載した大型輸送機の到着は、珍事だといえる。基地の司令官も、命令書に書かれている部隊名に首をひねっていた。「ジンビンメイ」と呼称されるその部隊は、通常の命令系統にない部隊であった。
だが、その部隊の者は基地側の反応に意を介すこともなく、命令通りの補給作業を続けている。彼らは作戦行動の直前であった。基地施設の一角の会議室を借り、作戦の概要が伝えられる。
「んなことより、奴が来るかどうかだけ教えろよ」
「五戦五敗。せっかく新型が着いたんだから、勝ちを狙いたいじゃない」
一番前の席に座っている、制服を着崩した男女がそう言った。整える気のなさそうなくせ毛をしきりにいじっている丸眼鏡の男と、釣り目とそれを際立たせるようなアイメークが特徴的な女。
制服のデザインからパイロットであることは分かるが、普通のパイロットでないことも同時に分かる。いつものように彼らを無視して作戦の説明を続ける部隊の責任者が、最後に付け加えた。
「イージヨウが現れるかどうかは君たちの心がけ次第だ」
その言葉に、二人は笑った。
「そりゃ困るな、俺らの心がけはいつだって悪いぜ」
「今から清く正しくなって間に合うかしら」
話は終わったとばかりに席を立つ二人を止めることもしない。会議室に残った者達は、さらに作戦の細部を詰めていく。彼らがこちらの言う通りに動くことなどなく、彼らの動きを見越して作戦を進めることを考えなくてはならないのだ。
しかし、今回の作戦は東アジア本国から遠く離れた場所で行われるのではない。今までアフリカや南アメリカで行っていた作戦のようには行かないのだ。東アジアの権益が直接に関わる場面での投入である。作戦は密に行われなくてはならない。
それだけに、今回の作戦に関わってくるであろう不確定要因への対処は万全でなくてはならないのだ。
「連合の部隊・・・カオシュンで騒動を起こした部隊も動いているそうだが」
「常設軍事委員会の紛争介入部隊か? ただのPR部隊だろう、そもそも目的はこちらと変わらん」
「結局はイージヨウ・・・か。使えるのだろうな、シャーレンは」
「間違いなくウィンダムよりはマシだ。そしてそれ以上ではない。あの二人同様、期待するな」
輸送機の飛行コース案が示され、補給作業の進捗状況が報告される。作戦の開始は、東アジア西部国境地帯で帰属問題に関する選挙が行われる前日と決まった。作戦目標のバーシヤー渓谷までは通常の飛行ルートであれば五時間程度であるが、輸送機を成層圏で待機させた上での作戦であるため、出発までそれほど時間があるわけではない。
資料をたたむ音と、椅子を引く音が会議室を満たし、部隊のクルーが足早に持ち場へと戻っていく。
東アジア西部から中央アジアの一帯には、ヒマラヤ山脈を南の最終ラインとするように、高山と高地が広がっている。小規模な牧畜以外に産業もなく交通網も未整備であり、未だ前世紀と同様に徒歩や家畜による移動が主流を占める地域である。
そんな場所であっても領土紛争を起こしてしまうのが、国家という存在であった。ヤクやヒツジを追って生活する人々も、その国家の枠組みからは逃れ得ない。町では、帰属決定選挙を巡るデモが行われていた。
小さな市場しかないような町に、様々なシュプレヒコールがこだましている。だがその主張には、つながりも一貫性もない。
「この町は何で対立してるんです?」
「ウイグル系とキルギス系の対立に、宗教勢力と世俗勢力の対立、あとは牧畜民と定住民の対立に、市場を巡る利権の対立ってとこだ。四派七セクションの乱立だよ」
ヒューの荒っぽい運転に手足を突っ張らせながら、フィジェが納得できたかと聞くような顔を見せる。同じように手足を突っ張らせながら、五人は首を振った。ジープが派手に跳びはねる。
トレランシアは、近くの渓谷に身を潜めるように停泊している。サブスラスターに軽微な異常が見つかったための臨時停泊であった。現地にいる選挙監視団スタッフとの情報交換にフィジェ達が向かうことになったのは、プラント系のNGO団体がボランティアとして現地の選挙監視に参加しているからであった。
ヒューが運転手を買って出たのだか、断ればよかったとリリトは思う。隣に座っているカシアの胸がジープと同じように跳ねている。
「お嬢ちゃん、下着はサイズを合わせた方が良い。男の目には毒だぜ」
「セクハラですよ!」
それをはっきりと言うよりも、顔を横に向けながら目だけはしっかりと彼女の胸を追っているイェレとフィジェの方がセクハラだ、そうリリトは思った。あと、まったく興味を示さないタルハの、ユンディに対する操の立て方にも感心する。
市場に近づくと人通りが多くなり、ジープも速度を落とす。ほっと一息ついた五人は、ジープが二つのデモ隊の真ん中を進んでいることに気付く。イェレが運転席に身を乗り出して言った。
「おい、ヤバいんじゃね?」
「デモは平和的な抗議活動だ、心配・・・」
ジープに石がぶつかった。視線を向けると、一方のデモ隊が投石を始めていた。
「訂正、平和な国のデモは平和的だ」
ヒューがジープのギアをバックに入れたとき、遠くで爆発音が響きデモ隊がバラバラと散っていく。市場から少し離れた場所で、煙が上がっていた。リリトが身構えようとした時、ジープに向かって手を振る人が見えた。
小走りに近づいてきた男性は、選挙監視団が使っている施設へと彼女らを案内する。道路には、プラカードや横断幕が散乱していた。
緊張に少し顔をこわばらせながら、カシアは勧められた椅子に腰掛ける。他の五人も同じような表情だった。選挙監視団の現地スタッフは特に緊張の様子もなく、ヒューも出されたお茶を美味そうに飲んでいる。
カシアは気持ちを落ち着けようとカップに手を伸ばす。だがカップに注がれていたのはただのお茶ではなかった。
「バター茶です。現地の飲み物でして、慣れれば美味しいですよ」
スタッフの一人がそう言ってくれたが、カシアは遠慮しておいた。建物の外からは、喧騒が聞こえてきた。窓の外を見ると、建物をデモ隊が取り囲んでいる。スタッフの人達が平然としているところを見ると、ますます不安になる。
ユンディの手を握りながら、タルハが大丈夫なのかをたずねた。スタッフの一人が苦笑を浮かべながら大丈夫だという。リリトが焦れたように口を開いた。
「もう少し説明してもらわないと、納得できないんですけど」
「それは無理だな」
恰幅のいい男性が部屋に入ってきて言った。よく日焼けした手を差し出し、一人一人と握手をしていく。リリトは手を握りながら、その男性を見据えた。男性はハッハッと笑いながら椅子に座った。
「君達の疑問はこうかな? 爆弾テロが横行する中で選挙など出来るのか・・・答えはこうだ。やらなくてはならない」
男性は自信を持った物言いをした。リリトは少し気圧された様に視線をそらす。
選挙とは公正な方法に基づいて行われたとしても、公平な結果を導くものではない。いや多数決という決定方法はそもそも公平ではないのだ。ただ、人類が長らく使用してきた暴力による利害調整よりもマシであろうというだけの話だ。
選挙であろうと戦争であろうと、少数者にしてみれば同じ結果を導くに過ぎない。いや、戦争であれば可能性は低くとも少数者にも勝つチャンスはある。選挙では確実に負けるのだから。
利害調整のつかなくなった問題に決着をつけるのであれば、選挙でも戦争でもくじ引きであっても構わない。ならば何故、選挙という方法を採用するのか。
「選挙とは、単に投票用紙を箱に入れることではない」
ある問題が存在し、その問題に関して異なる利害を持つ者がいる。自分の利益を最大化するために暴力を使用することが、自分自身への損失をも招くことが分かった時、利害関係者は全員が「満足」ではなく「納得」する解を求めるだろう。提案と対案、議論と試行錯誤、それらを総合したところに選挙による投票行動が存在する。
暴力による利害調整は、独占という結果が導かれるまで永遠にとどまる事がない。それまでの間、延々と暴力は応酬され、導かれる結果はたった一人しか満足できない解である。
誰もが満足する解が存在する可能性は低い。だが、誰もが納得する解であればそれを作り出すことは可能なのだ。
「誰もがその解を作ることに参加すればいい。それが選挙だ」
「それなら、順番として逆じゃありませんか?」
リリトが冷静な声で言う。
暴力による利害調整に明け暮れる人々にとって、彼が言ったような選挙の理念は空念仏でしかない。その理念を理解しない者にとっての選挙とは、多数者による数の暴力でしかない。それに対して少数者は、実際の暴力を使用するであろう。
暴力の応酬を防ぎ、選挙の理念を教育し、暴力ではなく対話による利害調整を一般民衆レベルから浸透させて、初めて選挙は有効に機能する。いきなり選挙を行うなど、無駄に争いの種を増やすだけだ。
選挙さえ行えば、その結果は正当であり正統性を持つなどというのは、国際社会による欺瞞でしかない。いまここを取り囲んでいる人達にとって、選挙を行わせようとすること自体が一種の暴力なのではないか。
「こんな選挙、納得するのは勝った陣営だけじゃないですか」
「その通りだ。だが・・・」
男性が続けようとした時、スタッフが駆け込んできた。東アジアの国境警備隊がすぐ近くまで迫っているという。先ほどの爆弾テロに対する備えという名目だ。町にはすでに、赤道連合が選挙監視団警備を理由に小規模の部隊を展開しており、目と鼻の先にはムスリム共同体の空軍基地がある。
苦虫を噛み潰した顔でため息をついた男性は、スタッフに指示を出しながら部屋を出て行く。リリト達は取り残された格好で、部屋にとどまった。イェレが彼女に声をかけようとした。リリトの態度は、あまり褒められたものではない。
だが当の本人はどこまで自覚しているのだろう、落ち着いた顔でバター茶をすすっている。掛ける言葉を探すように口を開く。
「あのさ、ああいうのは・・・その、やめた方がいいって」
「ああいうのって、何?」
その冷めた口調に、イェレは押し黙る。ここのスタッフは、プラントから手弁当で紛争地帯に乗り込み、現地での問題解決に尽力している人達である。頭から否定していいものとも思えない。だがそれを上手に説明しても、見事な反撃を受けそうである。
「失礼だってことよ」
カシアが助け舟を出した。彼女らと議論をするつもりはなく、リリトは何も言わずに窓の外の喧騒に耳を傾ける。拡声器で怒鳴っているのはあの男性であろう、現地の言葉なので何を言っているかは分からなかった。
リリトが不意に立ち上がり、天井を見上げる。五人の怪訝そうな視線が天井に集まった時、腕を組んだまま眠っていたかのように見えたヒューが目を開いてつぶやいた。
「ムラサメだな・・・ムスリムの地方基地じゃ配備されてない。赤道か」
上空から聞こえるジェットエンジンの音と、独特の風切音。それだけで機種の特定をしたのかと驚くより早く、オゾンの匂いが立ち込めた。いつの間にか町の中に入り込んでいた迷彩色のストライクダガーが、ビームライフルを空に向けている。喧騒はさらに激しくなっていた。
スラスターの修理は早々に終えることが出来たのだが、発進のタイミングがつかめないでいた。近くの町で爆弾テロが起こり、周辺の軍部隊が一斉に動き出したというのだ。町に向かったヒュー達からの連絡が途絶えたのはその影響だろう。
肝心の作戦を前にして、下手な騒ぎに巻き込まれたくないというのが本音であるが、小さな町の治安部隊同士の小競り合いと看過できるのかどうか。艦のセンサーは複数のMSを確認している。
「東アジアと赤道の間でMS戦闘でも起これば、選挙スケジュールにも影響が出かねません。ここは我々が・・・」
「トレランシアの作戦目標は、あくまでも独立派武装勢力への対処です」
艦長の提案を副長は斬って捨てた。連合加盟国間の問題に独立して対応できる実力部隊といっても、それは名目に過ぎない。実際にそんなことをすれば、どれほどの政治問題となるか分かったものではない。
不満顔の艦長は、ヒュー達の安全を確保するためにMSを迎えに出すと提案してきた。これ以上は艦長の面子に関わると判断し、それに同意する。その代わり一切の武器使用及び、部隊に関する言及を禁じると命じた。
レセディ自らMSと通信を繋ぎ、それを厳命する。
「エリクセン少尉、作戦への影響を最小限にとどめるためだ」
「分かってます、敵に手の内を見せたくないってことでしょ」
ウェルガーのコクピットの中で、タラスは命令を自分に理解できる形で解釈する。腰部リアアーマーに非常用の人員輸送ユニットを装着すると、思い切りペダルを踏み込んだ。
単に人を迎えにいくだけの任務だが、コーディネーターを助けに行くというだけで痛快だった。自分の乗るはずだった機体を横から掻っ攫った泥棒猫が、悔しそうに礼を言うのだと思うとそれだけで気分が弾む。
Nジャマー濃度はレーダー、無線ともにギリギリ使用できるレベルであり、危険もないと思っていたのだが、町に近づくにつれて彼の顔も引き締まっていく。既に小競り合いの範疇を突破しそうな状況になっていたのだ。目視だけで五機のMSを確認できる。さらに二機がセンサーに引っかかっていた。
どの機体も、周囲の風景に良く似た薄い褐色のカラーリングであり、敵味方の判別がしにくい。さらに装甲車や歩兵の姿も確認できる。タラスは、いつの間にか乾いていた唇を舐めた。
「っ!? 撃たなけりゃ構わないってのかよ!」
機体がロックオンされたことを知らせるアラームが鳴り、機体を急旋回させる。Nジャマーが常態化し誘導弾の有効性は低くなっているため、この手の行為が戦闘行為と判断されることはないのだが、威嚇されたことに違いはない。
既に旧式の域に入っているMSであり、まともな相手となるような敵ではない。それが逆に、フラストレーションの元となる。
タラスは気持ちを落ち着けると、背後をあおっているムラサメの挑発を無視し地図を呼び出した。カメラを望遠にし、目標の建物を探す。同じような建物が並ぶ中、一棟だけ屋上で発炎筒を焚いている建物が見つかる。モニターに映ったのは手を振るヒューの姿だ。
建物周囲の道幅は狭く、群衆が埋め尽くしているため降りられる場所がない。ウェルガーは建物の上空を旋回する。
「詰めが甘いな、艦長は」
MSで迎えに来るという点は気が利くと言っても構わないが、どのように回収するかまで考えていなかっただろう事は確かだ。ヒューは心配そうに上を見上げている六人にアイデアを求めた。
だが上空を旋回するウェルガーに刺激されたのか、町中に入り込んでいたストライクダガーが、シールドを上空に向ける。そしてシールド裏面に設置されていた信号弾を、威嚇射撃代わりに発射した。
すると不意にムラサメが急降下し、道に突風が巻き起こった。猛烈な砂埃の中、喧騒が悲鳴と怒号に変わる。突風になぎ倒された人々は散り散りになり、代りに押し寄せた別の群衆が投石を開始した。
ストライクダガーの装甲に石がぶつかる軽い音が響き、その爪先では火炎瓶が燃えている。どこかで古タイヤを燃やしているのだろうか、黒煙が漂ってきた。ストライクダガーの外部拡声器が何事かを大音響で怒鳴り、集まった群衆を追い散らすように足を進める。
駆けつけた装甲車と兵士達が、さらに群集を追い立てて行った。道に立ち込めている白い煙のようなものは催涙弾であろう。
「これって・・・何なのよ」
タルハの腕にすがるようにしてユンディがもらす。目の前の光景は、理解の出来る範囲を超えている。MSに追い立てられて逃げ惑う人、住民を追い立てる兵士。遠くから聞こえるのは発砲音と悲鳴だった。
アカデミーで習った戦争とは別の何かが、目の前で繰り広げられている。リリトは唇を噛んだ。
一時的に人がいなくなった通りに、ウェルガーが降下してくる。膝を建物の壁に擦り付けるようにしながら、強引に着地した。コクピットが開くと、タラスが飛び出してくる。
「ヒューさん、まずいですよ。下手したら実戦だ」
「まずいのはお前の降り方だ。ユニットをこっちに向けんと乗れないだろうが」
一瞬静止したタラスは、マニュピレーターで一人ずつ後ろに回すと言って、コクピットに戻ろうとした。しかし、それよりも早く足を動かした者がいる。リリトがウェルガーのコクピットに滑り込んだ。
そして外部拡声器と無線を開く。
「我々は地球連合緊急即応部隊です。我々には、地球連合理事国会議における共同決議第1977号に基づき、実力行使の権限が認められています。これは、連合基本条約に基づく理事国総会が全会一致で承認した武力行使以外、加盟国が行う全ての武力行使に対して介入することの出来る権限です。この地域における、東アジア共和国、赤道連合、ムスリム共同体の武力行使は、理事国総会が承認したものではありません。直ちに市内及び市街地上空に展開する全てのMS及び戦闘員を市外に撤収して下さい。繰り返します・・・」
モニターに映る周囲のMSに動揺が見られる。上空にいたムラサメのうち二機が、大きく機体を傾けて南の方角へと飛び去っていく。リリトは、なおも旋回を続けるムラサメを睨み付け、機体を動かそうとした。
突然、コクピットハッチが開く。飛び込んできたタラスがリリトに飛びつき、一緒に入ってきたフィジェが間に割って入ろうとする。狭いコクピットの中で三人がもみ合いになっていた。
「何、勝手なことしてんだよ! 部隊の事も秘密にしておけって命令なんだよ!」
「あんたの目は何を見てんの! これは止めなきゃいけない事なのよ!」
今目の前で起こっている事よりも優先しなければならない命令などあるはずがない。それほどの事が起こっているのだ。この部隊の政治的思惑がどうであろうと、軍隊に襲われる住民を見殺しにする事を肯定などできない。
一方で公正な選挙を掲げておきながら、もう一方では実際に選挙を行う人々の声を暴力で抑圧する。一方で武力行使を伴ってでも紛争を解決すると掲げながら、もう一方で実際に起こっている騒乱を無視する。
理想で飾り立てた勝手な思惑を、実際にそこにいる人を無視して押し付け、その勝手な思惑こそが理想だと言い立てる。押し付けられる人の声など聞こうとせず、声を上げればただ抑えるだけだ。
「領土も選挙も、争いの種を撒いたのは連合じゃない! だったら実際に起こった争いにも責任持ちなさいよ!」
「っ!! それは・・・俺達の仕事じゃねぇ!」
「だったら、私達の仕事は何なのよ!」
姿の見えない何者かが勝手に考えた理想のためでなく、実際に存在する者の現実のために。少なくとも、自分だけはそうありたいと願った。自分になら、それが出来ると信じていた。
その場にいた全員に押さえ付けられるようにして、リリトはコクピットから引きずり出される。やがて、ウェルガーが町を離れる頃には市内に展開していた軍部隊も撤収を開始していた。
タシケントに置かれている連合の選挙監視団本部から、正式な感謝の意が伝えられた。部隊の初仕事が大成功したとでも言うように、艦長は得意げな顔で発進のための指示を出している。レセディは額を押さえた。
共同決議第1977号は、地球連合理事国会議でも例外的に多数決で採択された決議である。その文面は極めて曖昧なのだが、単純に解釈すれば内政干渉も可能な内容となっている。
本来この決議は加盟国の紛争に対して、それが深刻化する前に連合本部が実力行使を伴って仲裁に乗り出そうというものである。この決議が採択されたのは、加盟国の中の一国が突出してプラントとの衝突を激化させ、連合がそれを制御し得なかったという経験が根底にある。
そのためこの決議が暗黙の内に前提としている紛争は、加盟国間もしくは対プラントの紛争である。だからこそ、多数決とはいえ採択が可能だったのだ。
だがルチアーノ・プレスら常設軍事委員会委員を中心として、連合本部はこの決議を使い加盟国内部での紛争にまで介入しようと考えている。治安維持を名目とした国内紛争地域への軍の派遣を「連合基本条約に基づく理事国総会が全会一致で承認した武力行使」ではないものとして、武力介入できると決議を解釈するのだ。
もちろん、いきなりそのようなことをすれば、加盟各国から強烈な反発を受けることは確実である。実績を積み、その活動が連合にとっても加盟各国にとっても有益なものであると立証していくのが、彼女らに課せられた使命である。
それらを踏まえた慎重な行動が求められるのだ。
今回の件に関して、選挙監視団がいち早く声明を発表してくれたことは、幸運であった。東アジア、赤道、ムスリム共、ともに公式な発表を行わず、あくまで地方における爆弾テロとそれに伴う小競り合いという形に留めるつもりであるらしい。
だがこれは単なる幸運である。下手をすれば東アジア共和国に対する内政干渉、赤道連合とムスリム共同体に対する戦争行為にもなりかねなかったのだ。
「遺伝子が良いだけのバカじゃない!」
レセディは、艦長の威勢のいい発進の掛け声に隠れるように、そう悪態をつく。コーディネーターのブリッジクルーは休憩中だ。マーカスはその悪態を聞き流しておくことにした。
副長が、常設軍事委員会のルチアーノ・プレスの子飼いであることは、事情通でなくとも知っていることだ。そして彼がこの部隊を使ってやろうとしていることを、彼女が実際に行うということだろう。自分は親の七光りを伝えるためのレフ板のようなものだ、マーカスはそう理解していた。
別にそれは卑屈になるようなことでもない。親の金で遺伝子を改造することが許されるのなら、親の威光で良い肩書きを貰っても許されるはずだ。問題はその肩書きを使って何が出来るかであり、何が出来ないかだ。
ルチアーノやレセディの政治的野心は窺い知れないし、その根底にある理想も高邁すぎてよく分からないものだろう。逆に、あのコーディネーターのパイロットが見せた態度の方が、心情的には理解できる。
こういった紛争地域における対立など、理屈で分かるものではなくまた分かったところでどうなるものでもない。軍部隊によるデモの鎮圧など、どうがんばっても擁護できるものではないはずだ。それは軍人らしからぬ、普通の考え方であろう。
だがこの部隊は、存在そのものが近代主権国家という旧世紀から続く枠組みと対立する。それはこの部隊が、旧世紀から続く「国家の軍隊」という枠組みと対立するということだ。そこで必要とされるのは、普通の軍人の考え方ではない考え方なのではないだろうか。マーカスはそんなことを考えていた。
ならばこの肩書きの使い方は簡単だ。マーカスはCICの空席に視線を送った。そこに座るはずのカシアは、そのスカートでデッキをうろつくなとヒューに言われながら、リリトを探している。
重い処分は受けなかったにせよ、彼女がしたことが重大だという事は確かだ。艦に戻ってからは、発進準備が忙しく彼女と話す時間もなかった。アカデミーでも教官に食って掛かることは何度かあったが、正直あそこまでの事をするとは思わなかった。短い付き合いではないと思い、少しショックを感じていた。
「お疲れ様」
カシアは軽く手を上げて、努めて明るい口調で言う。その相手は驚いたような顔をして立ち止まった。
カシアは、通りかかったタラスに水筒を差し出していた。そんな彼女の態度に、タラスは居心地の悪さを覚えた。彼女らは、色々と細かなところで親切にしてくれるのだ。食堂での自分の態度や町に向かった時の考え方がいかに子供じみたものだったかを、その都度思い知らされる。
そんな動揺を隠すために、タラスはカシアに声を掛けた。彼としてもリリトの様子には引っかかりを感じるのだ。そもそも命令違反を公言するなど、軍隊としてはありえない。彼女らは卒業したてとはいえ、地球でいう士官学校の出身なのだ。
「その・・・ザフトでは、ああいうことやってもいいのか?」
「ダメ、でしょうね」
歯切れ悪くそう答えた。実際、ザフトにおける軍の命令系統ははなはだ曖昧であり、前線レベルにおける命令の恣意的運用に関しては常に問題視されながら抜本的な改善が行われないままになっている。
今回のリリトの行動は、彼女自身が命令を知らなかったことと選挙監視団からの感謝を理由に、艦長が特例として厳重注意にとどめていた。だが、カシアの感覚からすれば、リリトは再び同じ事をしかねない。
その懸念は、タラスも感じていた。艦長が、町に展開していた軍部隊に被害がなかったと伝えたのに対して、彼女は住民への被害を聞き返したのだ。それに関しては調査中だという返答に対して、彼女は壁を殴りつけていた。
しかし、あの時コクピットで聞いた彼女の言葉は、何故かとても新鮮に聞こえた。それは、軍人としては間違ったことなのかもしれない。
「だって、軍ってそういうところだろ・・・」
タラスはそうつぶやいて、リリトが乗っているグラティアのコクピットを見つめた。あの冷静な目で彼女が見ている物は、何か自分と違うものなのではないだろうか、そんなことを思う。
「惚れた?」
不意に発せられたカシアの言葉を、即座には理解できなかった。ようやくその言葉を理解すると、タラスは水筒をつき返してその場を離れる。そういう発想は、所詮学生だと思った。カシアは苦く笑う。
「ダメよ。競争率、高いんだから」
カシアもグラティアのコクピットを見上げた。調整作業中のその機体には多くの作業員が取り付いているのだが、コクピットの前にはフィジェとイェレがいた。中のリリトと何を話しているのだろう。例えそれが純粋にMSに関することであっても、どこか羨望の念を持ってしまう。
憂いと陰を秘めたような落ち着いた顔に、不意に爆発する激情を隠した心。
「そういうのが、モテるのかな・・・」
MSデッキが細かく振動し、軽い上昇感を受ける。トレランシアが離陸したのだ。彼女もブリッジに戻らなくてはならない。カシアが見つめていた栗色の髪は、コクピットハッチに隠れてしまっていた。