Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
自分の席に戻ってきたのは久しぶりのような気がする。地球連合常設軍事委員会事務局長という肩書きは、本来この席に座ったままで過ごせる身分のはずだ。秘書の出してくれたコーヒーの香りを嗅ぎながら、そんな事を思う。
窓から見えるダブリンの空は、この季節には珍しく穏やかな青空だった。机のディスプレイを立ち上げ、報告書の類に目を通す。決済が必要なものは、秘書がプリントアウトしてくれているので、ここに残っている物は読んでも読まなくても構わないようなものばかりである。その一つを開いた。
緊急即応部隊からの定期報告書であった。アフリカにおける、住民虐殺を含む人道的危機について、いくつか書かれている。人道支援局から送られてきた資料と重複するものが多いため、読むほどの内容は無かった。しかし、アフリカ情勢は水面下で急激に動いている。
少し熱いコーヒーを一気に飲み干して、ルチアーノ・プレスは懸案課題の処理に取り掛かった。前大戦終結以来、十年近く編成されていない連合軍の編成が取りざたされているのだ。
レクイエム戦役の時ですら、連合軍ではなく各加盟国の共同作戦という形だったのだ。連合が正式に軍を編成するというのは、例えそれが小規模でも大きな意味を持つ。派遣が予定されているのは、アフリカ南部である。
「・・・エフライム・ビーンシュトック」
大天使のスポンサーだったという人物。彼を過激派の頭目程度に考えていたのは、間違いだったかもしれない。彼の築いたネットワークは未だに生きていた。ターミナルさえ潰せば、後はどうにでもできるという見立ては、少々甘かったようだ。ルチアーノは腕組みをする。
ビーンシュトックの死後もそのネットワークは、様々な反連合組織へ物資や資金の供給を行っていた。金融当局は、さらなる規制を考えているらしいが、これ以上の規制は逆に市場への悪影響が出るとの反対も根強い。根を断ち切れない以上、地道に草を刈っていくしかない。アフリカ解放戦線は、既にかつてと同様以上の戦力を整えつつあるという。
中央アフリカ・キサンガニの攻防戦からビクトリア基地の襲撃まで、アフリカ解放戦線が投入した戦力は、反政府勢力という生易しい言葉には相応しくない規模であった。単独で連合に歯向かえるわけではないが、アフリカにおける最大勢力となりうるだけの戦力は有していただろう。公表したがらないが、ユーラシア軍がビクトリアで被った被害は、国防長官と参謀部のクビが総取替えになるほどの規模だった。
「そのお陰で、市街地もマスドライバーも無事だったがな・・・」
次がそうなる保証は無い。だからこそ、先手を打ちたいのだ。それによって、その他の懸案事項の諸々にも解決の目途がたてば申し分が無い。
連合軍の編成とアフリカへの派遣は、ほぼ決定事項だった。あとはその費用負担をどうするかである。おそらくそれが一番揉めるであろう。リターンは欲しい、リスクはいらない。それは誰にも共通する思いだ。
腕組みを解いてキーボードに向う。時間の経過は相手を利するだけであり、揉めるのであればその分速い準備が求められる。
秘書にもう一杯のコーヒーを頼むと、ルチアーノは猛然とキーボードを叩きだす。
旧世紀にはアフリカ有数の大都市であり、有名な観光地も多かったケープタウンであるが、再構築戦争以来その面影は薄れてしまったという。休暇をもらったとはいえ、それほど時間があるわけでもなく、結局テーブルマウンテンに登る事もないまま食事となったのだ。カシアが観光案内を開きながらぼやいている。
ウェイターが料理を運んで来て、全員の視線がそちらに流れる。同時に店に入ってきた男性の姿が目に止まった。男性もこちらに気付いたようだ。
「・・・奇遇というか、世界の狭さかな」
クルト・クラウはそう言って、彼女らの隣の席に座る。ロディ・ギャリに待たせた事を詫びると、紅茶を注文した。ロディがクルトに、知り合いなのかと尋ねている。
クルトの取材対象と、トレランシアの作戦対象が重複するのはある意味必然であり、そういう意味では同じ場所にたまたま居合わせる事は不思議では無い。だがこうして実際に同じ人物と何度も会うのは、妙な気分であった。運命を語るほど、ロマンチックな場ではないのだ。
クルトは、今度はどのような作戦なのかと聞く。答えられないと前置きして、リリトが言った。
「実際、次に何をするのかは決まっていないみたいなんです」
「虐殺の抑止、とかでは無いのか?」
その言葉に、リリトは顔を蒼白にした。思わずカシアの手を握り締める。そっと背中を撫でてくれる彼女の手に心を落ち着けながら、リリトは何を知っているのかと問いかけた。
クルトはロディにスケッチブックを見せるように言う。食事時にいいのですかと問うロディに、食事後よりマシだと答えた。
カシアは、ロディが手渡してくれたスケッチブックをめくる。そこには、淡い線で輪郭をぼかすように描かれた美しい風景画が収められていた。よく分からぬままページをめくっていくと、突然写真のような精密な絵が現れる。カシアとユンディは口を覆った。
描かれているのは、人の死体。それも無残に切り刻まれたり、殴り潰されたように死体である。手の止まったカシアに代わって、リリトがページをめくる。
脳漿を地面に撒き散らした子供、首を地面に埋められて逆さまに立てられている女性。木に吊るされたたくさんの人が火に焼かれる様子、巨大な穴に無造作に投げ込まれた死体に燃料を注ぐ男・・・
スケッチブックを受け取った男三人も、完全に言葉を失っていた。イェレはリリトの様子に、先日難民キャンプで何があったのかを感じ取る。
「僕は逃げ出して、記憶を絵に起こす事しかできなかった・・・」
「アフリカで実際に起こっている事だ」
クルトはその取材データを、何者かの襲撃によって失った事も付け加える。震える手でスケッチブックを返したフィジェは、これは知られている事なのかを問う。クルトは首を振った。もちろん、政府関係機関などは、事態を把握しているだろう。だが世間一般には全く知られていないことだ。それほどに、アフリカは関心を持たれていない。
この事態の背後関係を掴みかけた、そうクルトが声を潜めて言った。彼は、視線を周囲にめぐらせる。昼食時を過ぎたレストランは人もまばらであり、ウェイターも奥に入っていた。
「仕掛けているのはアフリカ解放戦線だ」
虐殺など自然発生するものではない、どこかに仕掛けた者がいるのだ。それをクルトは掴んだ。
アフリカ解放戦線は、戦闘時等の通信のために極細の光ファイバーケーブルを戦闘地域に張り巡らせる。現在ではゲリラ戦の基礎ともいえるこの戦術を始めて使用したのがアフリカ解放戦線なのだ。彼らはそれを戦略的に使用した。
Nジャマーによる電波障害で、無線による放送という旧世紀の宣伝戦略は使用不可能となり、個人用コンピューターによる有線ネットワークも所得水準の低いアフリカでは大々的に使用できない。そこで彼らは、自らが敷設した通信用光ファイバー網を放送に利用したのだ。
アフリカ解放戦線は慈善団体の装いで、各地の村に通信用光ファイバーの受信機を無料で設置した。そしてその受信機で、農業指導や天気予報、各地のニュースや民族歌謡などの番組を放送する。娯楽の無い村々で、その受信機はあっという間に人々の中心となり、情報の発信源となった。この仕組みだと、ラジオのような無線と違い設置された場所ごとにきめ細かく内容を変える事ができるのだ。
その中の一つの番組に、簡単な小話などで笑いを誘うバラエティ番組があった。最初は各地で言われている部族間の差異などを面白おかしく冗談にするだけの番組であったが、それはゆっくりと特定の部族を攻撃する内容へと変わっていった。それに合わせるように、民族歌謡の番組は一方の部族の歌だけを流すようになり、ニュースは特定の部族を非難する内容で占められるようになった。
経済的な困窮などで、潜在的な不満が蓄積していた地域において、その効果は絶大だった。「今日は害虫駆除に最適の日だ」受信機から聞こえるそんな言葉が、虐殺の引き金となった。
「だが・・・」
クルトは大きく息を吸って、言葉を切った。そして、これはまだ始まりに過ぎないと言う。民兵や住民による虐殺は、軍隊による組織的な虐殺によって完遂されると。アフリカ解放戦線が表立って行動するのか、裏で糸を引き続けるのかは分からないが、確実に次の段階が起こると。
「そうなってしまえば、ジャーナリストの仕事は終わる。おそらく、君達の仕事もなくなるだろうな」
その前に、何とかしなくてはならない。テーブルの上り料理は冷め切っていたが、手を付ける気にはとてもなれなかった。
カヲ・ツォピンと名乗った男性は、あまりにも自然な仕草で椅子に腰掛け、コーヒーを注文した。連合軍の制服を着た相手に、その連合軍の動向を教えようという人物にしては、不遜ともいえる態度だ。その態度が、この人物の正体を見えにくくしていた。
どうしてそのような人物の言葉を聞こうと思ったのか、彼女らしくないと思うマーカスは、黙って男の言葉を待つ。コーヒーを持って来たウェイターが遠くに下がるのを待って、男性は口を開く。
「連合軍が編成されて南部アフリカ連邦に投入されます」
衝撃的な言葉は、当たり前の口調で発せられた。だからこそ冗談に聞こえなかった。その当たり前さは、その情報の確かさのような響きを持っていた。ここで聞くべき事は、銀行員の彼がそのような情報を持っている事の理由では無い。その情報の確度と、背後関係だ。彼の口ぶりは、続きがある事を匂わせている。
驚いた顔を見せながら次の言葉を待つ姿勢を取った二人に、カヲは自分の人の見る目の確かさを心の中で誇る。自分の知らない情報を知る相手に対して、きちんと対処が出来るようだ。バカならここで、逆ギレするか黙殺するかしかない。カヲはコーヒーを口につけて続けた。
アフリカで起きている住民虐殺事件、その阻止を名目とした連合軍の派遣。これには複数の目的がある。一つは、コーディネーター住民保護をプラントが言い出す前に動く事。カーペンタリアやジブラルタルに調査団派遣の動きが見られるとの情報も未確認ながらあった。
もう一つは、アフリカ解放戦線の掃討。住民同士の不信が高まっている最中に、「融和と共存」を掲げるレジー・マヌカが復活すれば、アフリカ解放戦線は瞬時に市民の支持を得るだろう。アフリカ解放戦線の軍備が整えられつつあるというのは、既に金融面からのみの情報では無くなっていた。連合としては、アフリカ解放戦線が動く前に手を打ちたいのだ。
そして最も重要な目的は、南部アフリカ連邦政府の解体と新政権の樹立である。レセディは流石に口を挟んだ。
「それは・・・どういう理由で」
「商売の邪魔だからです、この国の外資規制は」
豊富な鉱物資源に低廉な労働力、そして開拓の余地が十二分にある市場。地球圏全てにとって、アフリカは戦後復興から次の経済発展を見据えた場合に欠くべからざる存在なのだ。そこが国外企業の参入を事実上禁止している。連合各国も盛んに非難を行っていた。
もしここでアフリカ解放戦線に先手を打たれれば、南部アフリカ連邦の経済的権益は、アフリカ解放戦線に支援をした者へと渡るだろう。連合加盟国内部ではそれぞれの企業、組織が競争を繰り広げている。連合本部としても、自分達を支持する者からの要求には応えなくてはならないのだ。
南部アフリカ連邦が国内保護のために行っている様々な経済規制を撤廃し、外国企業が自由に活動できるようにするためには、現政権を解体し新政権を樹立するのがもっとも確実である。国内の人道的危機に機動的な対処が出来なかったという理由があれば、十分に可能な事だ。
そして連合主導の新政権が、加盟国にとってもっとも有利な経済政策を行う。そんなあらすじであろう。
「うちの社としては・・・その方がいいのでしょうが」
「・・・では何故?」
「久しぶりに見たからです、何も無いところから富を生み出そうとする人を」
マーカスの問いにそう答えると、カヲは丁寧にお辞儀をして席を辞した。レセディはその答えに、彼の情報が間違いないのであろうと思う。
乾いた地面の上に残る焦げ跡が、ここに家があったことを教える。草で葺いただけの伝統的な家は、燃え落ちた後に何も残さない。地面の上に微かな痕跡を残すのみである。ここに村があった事は、この焦げ跡だけが知っている。
低速で移動する車の中で、レジー・マヌカは嘆息を漏らす。アフリカの現状は、何一つ変わっていない。その底流に流れる不満は貧しさがもたらすものであり、それが生み出す残酷な出来事は無知がもたらすものだ。
「あれは・・・人が埋められた場所だろうね」
村の跡の外れに、最近地面を埋め戻したような場所がある。埋葬したのではなく、ただ死体を放り込んだだけの穴であろう。
昨日まで隣人だった者が殺しあう悲劇。それは外国政府や企業の傀儡として内戦を続けてきたアフリカの悲劇が、極小の姿で現れたものだ。それがアフリカに残す傷跡は、世紀をまたいでも癒しきれないかもしれない。
「だからこそ、融和と共存に意味がある」
車の後部座席に一人で座る彼は、まるで誰かに語りかけるようにしゃべる。
アフリカの悲劇を繰り返さないためには、一人一人がその悲劇の本質に触れなくてはならない。痛みと苦しみをもって悲劇に触れ、それを互いに赦し合えた時、初めて融和と共存が姿を現す。それはただの言葉では、意味のない事なのだ。
一人一人が実感として融和と共存を感じた時、初めてたち現れる現実。それを獲得する事が、彼の夢である。それこそがアフリカの解放であり、アフリカの人々の解放なのだ。レジーはただ一人で語る。
そしてその夢を追い続けるのだ。夢を追いかけられるという事が、即ち生きているという事だった。
「でも、それは眠っているだけ・・・」
ヘストリー・オサバは執務室の椅子に体を投げ出して、一人つぶやいた。読み終えた資料を机の上に放り投げ、深いため息をつく。住民同士の虐殺は、個々につながりを持たないながらも、その発生件数は増加している。既に国内難民が生じている状況であった。舞台装置は整えられたといってよいだろう。
あとは、どちらの役者が先に舞台に上がるかである。ヘストリーは机を叩く。
レジー・マヌカを見くびっていたわけでもなく、レジー・マヌカを信用していたわけでもない。それでも、事態は最悪の方向に進みつつあるのだ。住民相互の不信を短期間で憎悪に育て、虐殺という危機を生み出す。そして、その危機を救う救世主として自己を演出し、連合の介入を誘って自己への求心力とする。
彼はそれを善意で行えるのだ。アフリカの解放という目的は、そのような手段さえ容認する。それが分かったからこそ、彼女は目覚める事を選択したのだ。
「レジー・・・あなたには、永遠に眠っていてもらいたかったのだけど」
それが叶わないのであれば、無理やりにでも眼を覚まさせるしかないであろう。アフリカの解放は、もはや夢ではなく現実なのだから。
机の上を片付け、次の資料を引き出す。時計の針は、日付の変わったことを示している。しかし彼女に眠っている暇はなかった。夢なら、彼の傍で十分すぎるほどに見たのだから。
良い資料が無かったと不満そうに言うタラスを助手席に乗せ、アレナは車のアクセルを踏む。今の彼を満足させる内容は、それこそ大西洋やユーラシアの大学にでも行かなくてはならないだろう。
何も言わずに窓の外を見ている彼に、アレナは聞いた。いつまでパイロットを続けるのかと。
「契約期間の満了まで」
無愛想なその答えは、彼の不器用さの表れだろう。そしてそれはきっと、彼なりのケジメなのだ。自分自身の進みたい方向が分かった以上すぐにそちらに向えばいい、そういう器用な切り替えが出来ないのだ。
過去の自分が下した選択が、今の自分から見れば浅はかだったと、彼自身思っているだろう。だからこそ、その浅はかな選択を無責任に放棄できないのだ。その選択を全力で受け止めて、ようやく次のステップに進む事ができる。そういう男なのだ。
そんな物思いに、アレナは一人笑みを漏らした。そんな彼女を、タラスは怪訝そうに見る。
「いや・・・君はいつから男の子でなくなったのだろうと思ってな」
「!?」
「何を想像した? 顔が赤いぞ」
そっぽを向くタラスをアレナは笑う。ひとしきり笑い終えたところで、彼女は話題を変える。図書館で珍しい顔に出会ったという。
「あの二人って・・・やっぱ付き合ってるのかな」
「それは現時点に置いて重要な事ですか?」
図書館の自習スペース。ようやく見つけたドアつきの個室スペースだが、六人は流石に多い。さらに机の上のディスプレイに全員の顔が寄っている。その圧迫感から逃れたカシアが、ふと発した一言をリリトが咎めていた。
キーボードの前に座っているタルハは、打ち上がっていた文章を大幅に削っている。今さらながら、連合とザフトでは書式が異なっている事に気付いたのだ。上官に対する公式の質問文書は、制約事項が多い。プリントアウトされたマニュアルを読みながら、ユンディが手直しを指示する。
クルト・クラウとロディ・ギャリから聞いた話は、衝撃的だが同時に信頼の置けるものだという確信があった。もし彼らの言っている事が真実であれば、地球連合緊急即応部隊としてどのような行動を取るべきなのか。質問文書はいつの間にか要求文書になっている。
緊急的には、各地の治安維持に精力を傾けなくてはならないだろう。同時にアフリカ解放戦線のプロパガンダ放送への対処を考えなくてはならない。最終的にはアフリカ解放戦線をいかに排除するかという話になるであろう。タルハが手を止めた。
「大天使が・・・いる」
全員の視線が止まった。その動静についての情報は、ここの所聞かなかったが、おそらく大天使はアフリカ解放戦線と共に行動している。全員が嫌な表情を浮かべた。正直、関わりたくない状況だ。
連中が何を考えているかは別として、今はそんな連中に関わっている暇は無いといえた。しかし、向こうがそう思ってくれるかどうかは別問題だ。
「正義の味方なんだから、今回はこっちに協力してくれたり・・・しない?」
「しないでしょ。私達は悪の枢軸よ、連中にとって」
リリトは冷たく断言する。とりあえず、大天使の存在はイレギュラーとして無視する事にした。聞きたい事や訴えたい事は、他にもたくさんあるのだ。
プリントアウトされた紙の束をもってイェレが戻ってきたときには、閉館の時間が迫っていた。今さらながらに見つかる誤字や脱字にため息をつきながら、六人は駐車場に向った。八時までには艦に戻っていないといけない。
「クルトさん、何をするつもりなのかしら・・・」
車内でリリトがつぶやく。クルトとロディは、海路でマダガスカルに向かい、そこからユーラシアに戻るという話だった。ユーラシアでちょっとした企画を計画しているのだという。ジャーナリストは受け手に「知と無知」の衝撃を与えられるか否かが問われる、ならばそれを保証するのは写真や映像だけではないとはずだ、そう言っていた。
そして別れ際に彼はこうも言った。君達が戦う相手が、僕の戦う相手と同じである事を願っていると。
港の中に、航空灯を明滅させる巨大な艦影が見えてくる。
トレランシアに現在与えられている命令は、人道支援局と協力して難民キャンプの治安維持に努める事である。ケープタウンまで足を伸ばしているのは、人道支援局局長からの依頼があったからだ。
本来なら、引き返して難民キャンプ周辺で何らかの作戦行動を行うべきなのだが、上からの指令は特に無かった。そんな場合、ある程度の裁量権が与えられた立場というのは、色々と不都合な事が多い。とりあえず、補給と整備に時間をかけるように言っておく。
もっともそれで誤魔化せるのは、一日二日程度であろう。マーカスは腕を組んで天井を見上げる。
「連合軍の編成と派遣・・・どれくらいかかると思います?」
「あの人のやる事です。我々の常識の二倍は速いでしょう」
レセディは静かに答えた。連合軍が編成されるのであれば、緊急即応部隊はそこに組み込まれるだけであろう。命令が無いのは、それまで余計な事をするなという暗黙のサインでしかない。
そこにある意図に、薄暗い打算があったとしても、連合軍がしかるべき規模で投入されれば、南部アフリカ連邦の情勢もひとまずは落ち着くと考えられる。懸案事項は大天使の存在くらいである。
だがマーカスが考えているのは、大天使を抑える事ではないだろう。レセディは一瞬だけ、彼に視線を送る。
相変わらず上を見上げている彼は、今のアフリカ情勢を緊急即応部隊のみで解決する事を目論んでいるはずだ。連合軍の投入とアフリカ解放戦線の前面衝突となれば、緊急即応部隊の目的である「紛争の未然防止」は失敗した事になる。理想家の彼としては、面白くないだろう。
しかし、具体的に何が出来るのか。問題のアフリカ解放戦線が表立って動いていない以上、相手にするものがない。レセディはカップを皿に置いた。
「アフリカ解放戦線は、どのタイミングで動きますかね?」
「どの?」
「連合軍の動きに合わせるのか、先手を打つのか、後の先を狙うのか・・・」
その問いかけは、アフリカ解放戦線が連合の動きを把握しているという前提に立っている。レセディの疑問に、マーカスは当然でしょうという表情を見せた。アフリカ解放戦線は、連合軍の派遣を予測しているはずだ。その上で、勝算を持っている。
マーカスの予想にレセディは唇を舐めた。少なくとも、艦が戦闘状態に無い場合に置いて、マーカスはその頼りない顔に似合わず有能なのだ。連合軍が投入されれば、アフリカ解放戦線は大規模な活動が出来なくなるという見立ては成立しないだろうと、マーカスは言う。
ヌエバ・コムネーロス同様の電撃的な解決を本部では考えているのだろうが、今回は相手が悪い。敵の勝算が大天使の存在であれば、なおさらである。
「だから我々としては、連合軍なんてのが派遣される前にケリを付けたい」
マーカスはレセディの目を見つめて言った。そして机の上の資料を渡してくれる。ザフトの六人が連名で出した質問状である。ところどころ書式の間違いはあるが、とりあえず付き返すレベルではない。トレランシアの今後の作戦についての質問であった。
ケープタウンで接触したというジャーナリストからの情報が付記されており、それに関しては人道支援局の調査関係部局への報告が必要だと感じられる。アフリカ解放戦線が虐殺に関与しているとなれば、今の状況そのものが彼らによって意図されたものだということになる。
付記の部分に注目してしまったのは、質問状の部分は質問の体裁をとった要求だったからだ。アフリカの現状に対して、緊急即応部隊は直ちに実効性のある作戦行動を起こすべきであるという内容だ。もちろん、具体策などは書いていない。よくある学生のレポートと一緒だった。
「これが何か?」
あえてそう問いかけてみた。まさかマーカスも、彼らと同じ事を考えているわけではあるまい。
「一つは、アフリカ解放戦線は連合を引っ張り出すために、人道的危機を作り出した可能性があるという事です。本部はアフリカ解放戦線を出し抜くつもりで、彼らの意図に載せられている・・・もう一つは、彼ら六人は緊急即応部隊の事をよく理解しているなぁと感心しまして」
不意に砕けた口調になったマーカスの言葉に肩透かしを受けながら、レセディは彼の言葉を吟味する。確かに、可能性としては捨てきれない。だからこそ事態が悪化する前に緊急即応部隊を動かす、彼はそう言いたいのだろう。
問題は、具体的にどうやって動くかなんですよ、そう言って再び天井に視線を向けるマーカスは、既に動く事を決めているらしい。動くなという命令が存在しない以上、反論の余地は乏しい。レセディは反論代わりに聞く。アフリカ解放戦線が連合軍の介入を呼び込むメリットは何かと。
旧世紀の鉱山跡地に、トレーラー数台が隠れるように停めてある。トレーラーが連結しているコンテナは、移動式の作戦指揮所であった。アフリカの各地に張り巡らされた戦闘用光ファイバーは、被覆や埋設などの処置を施さないものが大半であるため、使用可能な期間はそれほど長くない。あとは人海戦術で、そのメンテナンスを行うしかないのだ。
それを可能とする組織を作っている、そこがレジー・マヌカの非凡さであろう。各地から入る情報は、ほぼリアルタイムでこの廃鉱山に集められていた。それと同時に、国際情報も次々と伝えられてくる。
コンテナの外で煙草を吸い終わったレジー・マヌカは、軽く頭を振って中に入る。同じようにラフの格好をしたものから背広の人間まで、種々雑多な人が集まっていた。大西洋軍の制服によく似た服を着た男が差し出した資料に視線を落とし、ホッと息をつく。
「流石はヘストリーだ、手を打ってきた」
南部アフリカ連邦政府は、国内での住民虐殺事件に対して、国際法廷の設置を連合に要求したのだ。判事や法律の専門家の派遣を求めている。表向きは、虐殺事件を単なる刑事事件ではなく、人道に対する罪として問う事でその重大さを国際社会に訴えたいとの事だが、暗に戦争犯罪の存在を認めているという事だろう。標的は当然、アフリカ解放戦線である。
連合本部としても、この訴えを黙殺して、いきなり軍の派遣を行うのはハードルが高くなる。双方に対する絶妙な牽制だといえた。だがレジー・マヌカは、笑みを崩さない。
彼は予定に変更は無いと言って、各作戦の細部の詰めに入る。アフリカ解放戦線の一斉蜂起まで、あと三日だった。下手な計画変更は、計画そのものの瓦解に繋がる。
連合軍の編成は既に完了しており、正式な派遣命令が下される前にビクトリアにはユーラシアの先遣隊が到着していた。マダガスカルにはMS空母三隻を中心とする東アジアの機動艦隊が向っており、大西洋の潜水艦部隊の一部が赤道を越えて南下しているとの情報がある。
それでも、連合本部が先に手を出す事はなくなったのだ。だからこそ、向こうの圧力に押されて動くのではなく、こちらのタイミングで動く。国際法廷設置要求は、連合に対する絶妙な時間稼ぎになるだろう。しかしゲリラは国際世論など気にする必要は無い。戦争犯罪など勝者の犯罪ではないのだから。
「これも幸運という奴かな」
「・・・議長、大天使は動くのですか?」
背広の男が探るように言う。薄暗いコンテナ内だとその暗さの中に溶け込んでしまいそうな男だ。そのせいでニンジャなどと呼ばれている男は、眼鏡の奥の瞳を疑い深く光らせている。
南部アフリカ連邦の各地で生じた住民虐殺事件、それに対して大天使の一部クルーがアフリカ解放戦線に疑惑を寄せているのだ。隠れた情報網を持っているのか、勘が鋭いだけなのか、特に調査のような事をしている訳でもないのに、何故か核心を突いた疑問を浴びせてくる。
もっとも調査も何もしていないのなら証拠があるわけではなく、状況証拠などいくら集めたところで確証にはならない。しかし当然、その疑惑を理由としてフリーダムの銃口がこちらを向く可能性はある。個人の暴力とは、常に恣意的に運用されるのだ。
「そのための連合だよ・・・彼らの正義の基準は明快だ」
アフリカ解放戦線が動けば、連合軍は確実に介入する。その時、大天使に連合の側に立つという選択肢は存在しない。そしてフリーダム一機があれば、派遣されてきた連合軍などは一蹴できる。
勝利という既成事実は疑惑を隠蔽し、証拠は戦闘の中に散逸する。現地に分け入って地道に疑惑の解明を目指すなど、正義の味方の発想には存在しない。彼らが欲するのは正義という陶酔であり、それは勝利という結果のみがもたらすものだ。
「たった一機のMSに依存しすぎた計画なのでは?」
「フリーダムを知る者に聞きたまえ、私の評価ですら過小評価だと言う者が大半だ」
「ケープタウンにいる緊急即応部隊は? 幾度か、フリーダムを退けたという話ですが」
「・・・彼が本気を出せば、生きていられる存在などこの世には無いよ」
コーディネーターとの融和なら、本気で模索しても構わないと思う。だが最高のコーディネーターとの融和は不可能だ。それがレジー・マヌカの偽らざる気持ちであった。
だから彼に対しては、ただ利用するという視点で臨んでいる。スレイ・カルガという少年と青年の狭間にいる男は、信用や信頼に足る存在ではない。彼の目には、いつも自分自身しか映っていないのだから。