Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第六十話  蜂起・介入・即応

 搬入用ハッチ以外に、MS昇降用の上甲板のハッチも開けられる。ヘリコプターで空輸されてきた物資を、直接トレランシアに運び込むためだ。大型コンテナを抱えていたヘリは、ワイヤーを伸ばしてコンテナを降ろす。時折吹く風がコンテナを揺らし、そのたびにアジズの声のトーンが上がる。

 交代を告げるサイレンが鳴り響き、タルハはウェルガーのメンテナンスハッチから抜け出す。ここ最近は戦闘も無く、ケープタウンの港に停泊しているだけなので哨戒飛行の必要も無い。だが、アジズは点検を密にするように指示しているのだ。ユンディの手を借りて立ち上がると、油にまみれた軍手をゴミ箱に捨てた。

 プログラムの調整をしていたアレナが降りてくる。慌しさの増したデッキの様子に、何かあったのかと聞かれた。

「いえ、特には・・・ただ、アジズさんが近いうちに動きがあるって」

 マジックハンドのアタッチメントを取り付けた多脚式フォークリフトで、エネルギーパックを運んでいるアジズをキャットウォークから見下ろす。ブリッジからは、次の命令があるまで待機としか言われていないはずだ。

 タルハとユンディも半分は納得していない顔だ。だがもう半分は、その言葉が当たるであろう事を予期している顔だった。運ばれてきた物資はMS用の新装備であり、ユンディには戦闘用のプログラム作成も命じられていた。

 その理由を聞いたところで、「場の流れ」だの「戦場の臭い」だの、よく分からない言葉で説明されるだけだ。搬入される物資の種類と納入までの日数などを統計的に分析すれば、何か分かるのではないかなどとタルハは言うが、ユンディとしてはそのような手法を半ば諦めている。

 だが、そういった感覚を皮膚で覚えているという事は、戦場という状況において非常に重要な事だというのは理解できている。最善の整備状況を先回りして準備しておく、それはとても大きなアドバンテージとなり得るのだ。

「戦闘だとすれば・・・大天使ですか?」

「アフリカ解放戦線だろう、動きがあってもおかしくは無い」

 すれ違ったタラスがそう言った。いつものようにきつく短い口調、反射的に反発したくなる声だ。しかし、自分の機体の整備に向うのだろう彼の背中に、アレナは軽く笑顔を向けた。

「口下手なのは許してやってくれ」

 その親しげな言葉に、ユンディは確信を持った。ある意味、釣り合いは取れているのかもしれないが、お似合いとは言い難い感じだ。そんな疑問が顔に出ていたのだろうか、並んでシャワーを浴びている時に、アレナの方から話を振ってくれた。

「一生懸命な男の姿は、いいものだと思わないか?」

「・・・はぁ」

「指先のテクニックで感じるのは体までだ。心を濡らすのは誠実な愛撫だよ」

 いきなりそんな話、そう思ったときにはアレナはシャワーを止めていた。軽く頭を振って水滴を飛ばした彼女の肢体が湯気の中にぼんやりと浮かぶ。引き締まった体は、それでも確実に女性のラインを浮き立たせている。

「君の彼氏も指先だけのテクニシャンではないのだろう?」

 だから何でそんな話、そううつむいたユンディは、シャワーの水量を多くした。

 

 右脚の下半分を失ったストライクダガーが、片膝を付きながらなおもビームライフルを発射する。上空から掃射される機関砲にバックパックを破壊されて炎上するストライクダガーは、壁になるように自爆を敢行する。

 その爆炎と土煙に隠れるように、ジンの小隊が後退を試みる。先ほどまで散発的であっても行われていた支援砲撃は無くなり、完全に孤立した状態での後退である。上空をパスした可変MSから投下された爆弾が、無数の子爆弾を撒布する。

 突進してきたバクゥと刺し違えるように爆発した最後のジンの破片を踏みしだくように、MS部隊が前進する。

 南部アフリカ連邦領内の七ヶ所で、アフリカ解放戦線が一斉に蜂起したのだ。多くのMSを擁するアフリカ解放戦線の部隊は、合流と分散を繰り返しながら、南部アフリカ連邦内部に浸透するように部隊を進めていく。

 南部アフリカ連邦の軍は旧式のMSが主であり、何故か最新のMSまで配備しているアフリカ解放戦線の前に、敗走を余儀なくされていた。もともと十分な戦力を有していたわけでもなく、敵の蜂起が奇襲に近いタイミングだったこともあり、十分な抗戦もままならない状態だったのだ。

「傭兵!? シビリアンアスト・・・」

 途絶した通信は、近郊に配置していたガズウート部隊からのものであった。いつの間にか、都市の南側にも回りこまれていたらしい。キンバリーの街は、もはや完全に包囲されているのだろう。

 幸いなのは、敵が都市住民への被害を嫌って無理な突入を行わない事である。基地司令官と市長は、残存のMS部隊を市街地各所に配備し徹底抗戦を試みる。キンバリーが落とされれば、ケープタウンとヨハネスブルグは完全に分断され、各個撃破されていくだろう。

「増援部隊のあてのない徹底抗戦は無意味です」

「住民がいる限り、敵は突入できん」

「人間の盾だとおっしゃるつもりか!?」

 MS部隊の指揮を取っている者が、司令部で声を荒げる。食糧やライフラインなどを考慮すれば、キンバリーの都市に立て篭もる事ができる時間はさほど長くは無い。既に送電施設の一部に被害を受け、電力供給の止まった地域もある。それでもなお抗戦を強行するのであれば、市民への影響はさらに深刻なものとなるだろう。

 増援が無い以上、この戦闘を勝利で終える事は不可能である。ならば市民生活を脅かす前に敗北を受け入れるべきだというのだ。

 その意見に耳を貸そうとしない司令官に、MS部隊の指揮官は拳銃を抜いた。しかし、司令官を驚かせたのはその事ではない。周囲の兵士も、彼に同調して銃口を自分に向けているのだ。キンバリーは陥落した。

 南部アフリカ連邦の軍人の大半は、アフリカ解放戦線時代から人間である。そのため、アフリカ解放戦線の蜂起に伴って、そちら側に寝返る部隊も少なくなかったのだ。レジー・マヌカの名は、蜂起の翌日には全土に伝わっていた。

 相互不信を深めていた人々に融和と共存を説きながら、彼の乗る空色のジンは戦場を駆けている。

 

 トレランシアの警戒レベルが引き上げられた。ケープタウンの港からは、行きかう軍艦の姿や、上空を行き来する戦闘機の姿が見える。しかし、艦内は戦闘態勢の一段階前のレベルに留められ、艦のエンジンもアイドリング状態のままである。トレランシアは未だに停泊中であった。

 警戒レベルを上げたために、キャプテンシートに張り付かなくてはならないマーカスは、ブリッジの張り詰めた空気に居心地を悪くする。何故トレランシアは動かないのか、空気がそう詰問している。

 ヒューからは哨戒飛行の必要があるかどうかの問い合わせがあるが、その必要は無いと答えておいた。待機中のパイロットも、ここと同じような雰囲気だろう。アフリカ解放戦線の一斉蜂起という情報は、既に伝えられているのだ。

「発進はいつですか?」

 ついに来た、そういった感じでマーカスは立ち上がったカシアを見た。どう答えようかと考える前に、レセディが説明をしてくれる。連合本部からは動くなという指示があり、南部アフリカ連邦政府からは何の要請も無いのだ。故に、警戒レベルの引き上げに留めている。

 南部アフリカ連邦が連合の介入を嫌っている事は当然であろう。問題は連合本部であった。今回は「緊急即応」であっては困ると思っているのだ。せっかく編成した連合軍である、それなりの成果を挙げないわけには行かない。

 南部アフリカ連邦が要請した国際法廷の設置を検討するという形で連合軍の介入時期を遅らせ、アフリカ解放戦線と南部アフリカ連邦の戦闘が膠着したタイミングでの連合軍投入を図っているのだ。連合の目的は南部アフリカ連邦政府の解体であり、そのためにはある程度弱体化してもらった方が都合が良いとでも考えているのだろう。

「もっとも、その思惑通りに行くかは分からん」

 パイロットスーツを着たままで待機するタラスが言う。アフリカ解放戦線が一気に南部アフリカ連邦を倒してしまえば、それこそかつて南アフリカ統一機構が倒された時と同じ状況になる。住民同士の虐殺の横行を食い止められなかった無能な政府を打ち倒したレジー・マヌカという英雄を、連合軍は排除できるのか。国際世論や、加盟国間の思惑、プラントとの関係、そういったものに手足を縛られるのがオチでは無いだろうか。

 現政権が機能している間、さらにいえばこれ以上アフリカ解放戦線の支持が拡大しない間に手を打たなくてはならない。連合本部はレジー・マヌカを軽視しすぎている。

「そんな、思惑だけですか?」

 リリトが口を開いた。抱えたヘルメットに視線を落としたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。トレランシアの役割は何なのかと。

 抑制された適切な軍事力の行使による紛争の仲裁・未然予防。それが、地球連合軍緊急即応部隊の目的である。未然予防は既に失敗している。だがこれ以上の戦闘拡大を食い止める事も、政権の崩壊によって起こる国内外での混乱を防ぐ事も、まだ不可能ではないはずだ。

 今の南部アフリカ連邦政府が、色々な問題を抱えている事は事実であろう。だが内戦とそれが地域のその後にもたらす被害を考えれば、今の政権を維持し問題点の改善を促していく方が、よほど効果的であろう。より良い政府を一から作り直す、それはそこに住んでいない者の発想にすぎない。解体と再構築、それに費やされるエネルギーと時間の影で、多くの人が苦しむのだ。

 ましてやその「より良い政府」とは、連合にとって都合が良い政府でしかない。そんなもののために、今ここで暮らしている人達を難民にする事が許されるはずは無い。アフリカ解放戦線の蜂起によって、国内難民が発生しその一部は既にケープタウンの街に流れ着いているのだ。

「スターム少尉、いい加減にしなさい」

 カシアの言葉をレセディは遮る。それ以上発言をするようなら、ブリッジからの退去を命じると言った。退去上等とばかりに口を開こうとするカシアの機先を制し、マーカスが立ち上がる。

 彼はレセディを呼んでブリッジを出る。そのまま艦長室に入ると、おもむろに切り出した。トレランシアを発進させたいと。予想通りだとばかりに、レセディが反論を開始する。

 マーカスはいきなり土下座をした。

「な・・・何の真似です、艦長!?」

「いや・・・僕にもよく分からないのですが、東アジアの一部地域で人にものを頼むときの最上級の仕草だそうで」

 そういって、床に額を擦り付けるマーカスに、レセディはしゃべりにくいから立つように言う。

「あなたは艦長です、そう命令すればいいでしょう」

「この艦はあなたがいないと沈む。だからこそ、あなたには納得の上で艦の指揮を取っていただきたいのです」

 まるで、どちらが艦長か分からないような言葉だが、マーカス・フィッシャーという男はそういった部分にプライドを持たない男だった。出来ない事は恥じるようなことでは無い。ただ、やらない事に恥を感じたい、彼はそう言った。

 地球連合軍緊急即応部隊は、アフリカ解放戦線による戦闘行為に介入・制圧する権限を持っている。アフリカで再び起ころうとしている混乱を、これ以上拡大させない可能性を握っている。

 本部から送られてきたのは、ルチアーノ・プレスからの指示であり、常設軍事委員会事務局からの命令ではない。トレランシアの艦長であるマーカスには、艦の発進を命じことが出来るのだ。

 レセディは唇を噛む。おそらく、拒否してもしなくても、後悔はするだろう。ならば、どちらの後悔の方が心地よいだろうか。マーカスは姿勢を正し、深く頭を下げた。

 

 減衰しているためシールドでも受け止められるが、かなり正確な射撃であった。上昇したウェルガーサードを追うように、ビームが一条、二条と伸びてくる。敵のビームライフルの性能は、こちらと同程度のようだ。タラスは、牽制にレールガンを放って、敵との距離を詰める。

 カーキ色と深い緑という、アフリカでよく見られるカラーリングのその機体は、彼がもっとも見慣れた機体であった。GAT-06・ウェルガー、自分の乗る機体と同じ機体を敵が持っている。

「どうなっているんだ・・・一体!?」

 トレランシアに配備されているウェルガーは追加装甲を施した強化型であるが、武装や装甲の増加を追加スラスターで無理やりに補っている機体であり、性能的には一長一短がある。ばら撒いたロケット弾を切り裂いて突っ込んできたウェルガーのビームサーベルに、自機のビームサーベルを合わせる。カメラのフラッシュのような閃光に合わせて距離を取った。

 そもそもウェルガーは連合の次期正式採用機であって、先行量産機が配備されたトレランシア以外にこの機体を持っているところなど、デモンストレーション用の部隊か一部の教導団くらいなものである。連合軍からの流出とは考えられないため、メーカーからの横流しであろう。そうだとしても、とんでもなく大掛かりな隠蔽工作が必要なはずだ。

 アフリカ解放戦線よりも、その背後にいる連中の方に恐ろしさを感じる。ウェルガーサードのビームライフルが、敵の行動範囲を狭めるように細かく乱射される。僚機も同様にウェルガーと交戦している、目の前の一機に時間をかけたくは無い。頭数は敵の方が一つ多いのだ。

「フィランディエーレ達と分かれるのが早すぎたな!」

 ヒュー機のレールガンが敵ウェルガーのシールドを破壊する。だがその役割を果たしたシールドの影から、ビームサーベルが伸びてきた。

 紙一重でそれをかわしたウェルガーファーストは、至近距離でロケット弾を発射する。自機にも影響の出る距離だが、追加装甲を持っている方がダメージには強い。猛烈な爆発に、二機がそれぞれ逆方向に吹き飛ばされる。

 シートベルトの食い込みに顔をしかめながら、ヒューは両肩から煙を吹きながら落下していく敵を確認する。ビームライフルが吹き飛んでいるため、戦闘不能だ。胸部の追加装甲だけパージして、ヒューは味方の援護に回る。

 地上に展開しているジンとザウートの味方部隊が、敵のドムの猛追を受けて総崩れになっていたのだ。一機のドムの脳天をビームライフルで貫くと、グレネードとレールガンを使って土柱と砂埃の壁を作った。その上、極端な地面の凹凸は、ホバー走行に支障を与える。速度を減じたドムの注意を引くように、ヒュー機がビームライフルを連射する。

 頭上の爆発は、ウェルガーサードが敵機を両断したものだった。タラスはペダルを踏み込んでアレナの救援に向った。

 

 岩陰に隠しきれていないMSが、上空からも見える。専用の飛行用バックパックを装備した空色のジンが、翼を折りたたんで降下する。近くに停車していたトレーラーから、整備員と部品が飛び出してきた。

 機体に取り付く整備員に声を掛けながら、レジー・マヌカは昇降ワイヤーで地面に降りた。強い風に顔を背けながら、作戦指揮所になっているコンテナに入った。彼は状況を聞く。

「連合軍は動いていませんが、ケープタウンに停泊していた部隊が動きました」

「・・・そうか、大天使が動いたのはそのためだな」

 ビクトリアに集まっていた連合軍は国境近くまで進んでおり、マダガスカル沖の艦隊も喜望峰に向かっている。大西洋を南下していた潜水艦隊の動きはロストしているが、これも他の連合部隊と歩調を合わせているだろう。レジー・マヌカの読みとしては、アウリカ解放戦線の蜂起とともに、連合軍も動くはずだった。

 彼らが動いて初めて大天使は動く。そして大天使が動かなくては、アフリカ解放戦線としても不味い事態に陥る。

 住民同士での虐殺などが横行していた地域では、その地域住民全員の支持を取り付ける事が出来ていないのだ。被害者と加害者の双方の支持を受ける事など出来ない。今のアフリカ解放戦線は、かつてのように国土全域で支持を集める組織ではないのだ。自らの採用した戦術の副作用である。

 だからこそ、迅速な勝利が必要なのだ。持てる戦力を一気につぎ込んだ電撃的な一斉蜂起、それだけでは不十分だった。アフリカへの介入を目論む連合軍を一蹴し、圧倒的な戦力を見せ付けて勝利しなくてはならない。そのための大天使だ。連合軍の介入が予想通りに行われない事に、内心焦りを感じていた。

「だが、大天使が動いたのなら問題は無い」

 レジーはプランのいくつかを変更し、計画を前倒しにする。連合軍本体の介入タイミングが分からない以上、相手の予想を上回る必要がある。アークエンジェルとフリーダムが緊急即応部隊を抑えるのであれば、速攻でケープタウンを落として勝利宣言を出したほうが良い。

 彼の指令は、直ちに各地に散る部隊へと伝えられる。敷設された光ファイバーケーブルだけではない。伝書鳩、伝令犬、狼煙、発光信号、馬やラクダに乗った人による直接の伝達。明日の未明には、ケープタウンへの総攻撃準備が整うはずだ。

 あとは地球連合軍緊急即応部隊とやらが、アークエンジェルに一回の戦闘で蹴散らされない事を祈るだけである。あの連中は、用さえ済めば周りの人間の事など構う事無く姿を消す。どこまでも便利な道具というものは無い。

「アフリカの解放などに興味は無いのだろうしな・・・」

 彼らは決して具体的な地名などを語ろうとはしない。世界なるものは一体どこにあるのか、聞いてみたい気分だった。

 

 ケープタウンを出港したトレランシアは、陥落したばかりのキンバリーから幹線道路沿いに南下してくる部隊の迎撃を行っていた。しかし敵が部隊を分割し、広く散開しながらの進撃に切り替えられると、迎撃の効率は極端に悪くなった。

 もちろん敵の進撃速度を緩める事は出来ているのだが、止める事は出来ないでいた。アントレランスの咆哮が、陸上戦艦を爆発させる。もっともそれが囮である可能性は高い。各地に補給線を有しているアフリカ解放戦線には、陸上戦艦を使用するメリットはあまり無いのだ。

「ここでアークエンジェルは洒落にならないですね」

 グラティア、フォルトゥーナ、リベルの三機は、上空に特徴的な熱紋を捉えたため、そちらに急行していた。この部隊の初任務以来、どういうわけが縁が切れないままのアークエンジェルとフリーダム。アフリカに潜伏している事は分かっていたが、このタイミングで出てきて欲しくはなかった。

 貴重なMSの頭数を回さざるを得ず、その上各機体が大きなダメージを受けて帰還してくる事も予測された。そうなれば、トレランシアの作戦行動は、支障が出るどころかその時点で終了になってしまう。レセディは艦の後退を命じた。南部アフリカ連邦の部隊が、安全な距離まで後退した事が確認されたのだ。

 マーカスは、青空しか映らないモニターを見つめた。視線を移すと、ノイズだらけの画面を見つめヘッドホンの音に耳を済ませているカシアがいる。センサーのその向こう側にいる三人の無事を、彼女はただひたすらに確かめていた。

「フィジェ!!」

 大きく揺れるサブフライトシステムの上で、リベルの全砲門が開いた。アークエンジェルをかすめたその光を追うように、グラティアとフォルトゥーナが飛ぶ。エクステンショナル・アレスターがドラグーンを牽制し、ビームキャノンがバリアを強制する。フォーメーションのずれたドラグーンの網を掻い潜るように、斬機刀が振り下ろされた。

 一本の対艦刀がそれを受け止め、もう一本が胴体を払う。PS装甲にそのダメージを受け持たせて、イェレは衝撃に耐えながらビームガンを乱射する。当たり前のようにそれをかわしたフリーダムに、グラティアの斬撃が殺到する。

 フリーダムが思うように反撃に移れないのは、執拗にアークエンジェルを狙うリベルの砲撃に注意をそらされているからだ。リリトはレバーを押し込む。

「よそ見しながら勝てるほど強くないのよ! あんたは!!」

 このパイロット、スレイ・カルガの根本はそれだ。最高のコーディネーターである事への驕り、最高の悲劇を抱えている事への驕り、最高の責任を背負っている事への驕り。その全てが、取るに足らない事であるにもかかわらず、彼は無意識のうちの人の上にいる。人の中にいる事を必死になって選び続けたリリトとは、逆だった。

 それが彼のせいなのかどうかは、彼女には関係ない。ただ、そのような態度で人に、世界に接しようという傲慢さが気に食わないのだ。彼女が彼に下した評価は、それであった。

 まるでその評価が正しい事を証明するように、フリーダムはグラティアの一瞬の隙をついて機体を蹴り飛ばすと、そのままアークエンジェルへと帰還する。リリトはフリーダムへの「勝ち方」を考える事にした。

 

 機関砲の弾丸が増槽を直撃し、激しく炎を噴き上げる。変形の勢いで、増槽を切り離したムラサメに、ウェルガーのビームサーベルが襲い掛かる。装甲前面に袈裟懸けの傷を付けられ、ムラサメは真っ逆さまに墜落していく。タラスは増える敵に舌打ちをした。

 トレランシアの目立つ姿が敵を引き寄せている事もあるのだろう。だがそれ以上に何らかの意図を感じる動き、ヒュー機からの信号弾がモニターに映る。しつこいウィンダムを蹴りつけると、タラスは機体を上昇させた。周囲に牽制の攻撃を行いながら、通信用のレーザーを受け止める。

「背後に回られた!?」

 敵はトレランシアの退路を断つつもりのようだ。ケープタウンへ戻る事を嫌っているらしい。上空から見渡すと、あからさまに配備の薄い場所がいくつか作られている。そのどこを選んでも、ケープタウンからは離れてしまうだろう。

 胸部ビーム砲の発射体勢になったバビにグレネードを投げつけ、ディンの翼にナイフを投擲する。アレナ機を取り囲むザクを蹴散らすと、その背後についた。既にウェルガーセカンドはシールドを失い、追加装甲もパージしている。ザクの振り上げたハルバードの柄を切り払い。その胴体にハイキックを叩き込んだ。

 ヒューは地上でドムとバクゥの相手をしているが、流石に回避で精一杯だろう。このままではバッテリーも推進剤も持たない。トレランシアの対空砲火が激しくなった。

「・・・取り付かれているな」

「アレナはトレランシアに」

 タラスは短く言う。モニターに映るのは三機のザクに、ウィンダムとムラサメが一機。ウェルガーセカンドをトレランシアに向わせるための時間を稼げばいい。ウェルガーファーストにもトレランシアの状況を伝えるため信号弾を打ち上げると、タラスはレバーを押し込む。

 ウィンダムにレールガンを撃ち込み、残ったロケット弾で弾幕を張る。爆煙を突き抜けて殺到するザクの攻撃をシールドいなし、投げつけられたトマホークを追加装甲を犠牲にしてやり過ごす。上部モニターに、変形してアレナ機を追おうとするムラサメを見つけた。

 大穴が開いて使い物にならなくなっているシールドをムラサメに投げつける。その直撃で揺さぶられる機体をビームライフルで撃ち抜き、振り向き様の射撃でザクの頭を吹き飛ばす。ウィンダムのロケット弾の直撃を受けた背部の兵装兼スラスターユニットをパージすると、その爆発を利用して加速する。

 激しく揺れるコクピットの中、タラスは歯を食いしばってペダルを踏んだ。ビームサーベルが、ザクのコクピットを貫通する。

「あと、二つ!」

 後部モニターには、アレナが打ち上げた信号弾が映る。彼女はそのまま艦の直援に回るだろう。正面の敵を排除すれば、トレランシアへの危険性は大きく減る。タラスはバッテリーと推進剤の残量を確認すると、頭部機関砲を乱射しながらウィンダムへと機体を突っ込ませた。

 触れ合ったビームサーベルが激しいスパークを起こす。

 

 住民の避難が始まっていた。警告、勧告の類は出していないが、アフリカの住民はこういう事態に慣れてしまっている。潮が引くように、住民は郊外への脱出を続けている。ヘストリー・オサバは、人の少なくなった街を窓から眺めていた。

 レジー・マヌカの一斉蜂起、アークエンジェルの出現、一部部隊の離反、どれも想定されていた事態である。彼女がアフリカ解放戦線の幹部だった頃、彼の戦略や戦術を間近で見ているのだ。だから次に、彼がこのケープタウンに対して大攻勢をかける事も予想していた。

 ケープタウンの守備隊と、各地から敗走してきた部隊で迎撃の準備を進めてはいるが、それで対処できるとは思っていない。軍は完全に浮き足立っており、戦闘の趨勢が見えれば一斉に寝返るであろう。連合軍による介入があるという情報を流しているため離反は抑止されているが、その効果もいつまで持つかは分からない。

 実際、ケープタウンへの攻撃が始まれば連合軍は動き始めるだろう。レジーもそれは織り込み済みのはずだ。

「決着は早く付けないといけない・・・」

 アフリカ解放戦線による政権の転覆も、連合軍の介入による政権の解体も、受け入れられるものではない。そのどちらも、アフリカの解放という現実を打ち砕くものだからだ。ヘストリーはその両方に勝たなくてはならないのだ。

 もちろん、勝算はある。発想としてはおそらくレジーと同じはずだ。だからこそ勝算があるのだ。ヘストリーは受話器を取り、最終的な確認事項を各部と詰める。緊急即応部隊が、前線から撤退している事を確認した。

 おそらくレジーは、連合軍に対する抑止力としてアークエンジェルの戦力を計算しているのだろう。アフリカ解放戦線は、連合軍という軍事力に対して軍事力で勝利しなくてはならないのだ。しかしそれは、引き続きアフリカ南部を戦場にするという事でしかない。

 だがヘストリーは違う。南部アフリカ連邦は、連合軍と対峙する必要は無い。連合軍の介入目的である「重大な人道上の懸念」が解決される見込みを示せば、介入の理由は無くなり連合軍は撤退するしかなくなる。無駄な戦闘は回避できるのだ。

 受話器を置いたヘストリーが最後に頭を巡らせたのは、アークエンジェルの動向である。連合軍が介入すればそこに対して攻撃を行うであろう、それがレジーの狙いのはずだ。ではヘストリーの狙い通りアフリカ解放戦線が敗れ、連合が介入しなければどう動くだろうか。

 再び姿をくらませ、別の紛争地帯へと向う。だとすれば、面白くない事になるだろう。例えアフリカ解放戦線を撃退したところで、アフリカの状況が即座に改善するわけでは無い。それは即ち、次の紛争地帯が再びアフリカであると言うことだ。アークエンジェルが各地の反政府組織の支援を行えば、アフリカは再び内戦の渦に巻き込まれる。

「・・・当てにするしかないのか」

 緊急即応部隊がアークエンジェルを排除してくれる事を、祈るしかないようだった。彼女は再び受話器を取る。

 

 トレランシアの退路を塞ごうとした部隊は、戻ってきたグラティアら三機が排除した。各部を被弾したウェルガーセカンドは既にMSデッキに収容され、その修復作業が続いていた。

「ゾーリンの給油を急がせろ! 迎えに出す!!」

 デッキに響く全ての騒音を上回る声量でアジズの怒鳴り声が響く。ウェルガーファーストとウェルガーサードは、まだ帰還していないのだ。ブリッジのモニターは、交戦が既に終わっているらしい事を確認しているが、機体が戻るまでは安心できない。リベルを機上に乗せたまま、推進剤の補給が行われる。

 グラティアとフォルトゥーナをデッキに立たせると、パイロットには即座の休息が命じられた。アフリカ解放戦線の部隊は撤退したようだが、アークエンジェルはいつ現れるが予測が立たないのだ。

 キャプテンシートのマーカスが、肘掛のディスプレイを覗き込む。暗号文の一つをピックアップして、レセディに見せた。彼女はあっさりと断言する。

「大天使が退いたのは、このためでしょう」

 南部アフリカ連邦から伝えられた情報によると、喜望峰の沖合い50キロの海域で、戦闘の痕跡が確認されたという。大西洋を南下し、ケープタウン沖に身を潜めていた連合軍の潜水艦隊が、アークエンジェルによる攻撃を受けたのだ。

 本部は照会を渋っているが、情報は正確であろう。アークエンジェルの撤退時間とその方向が一致しているのだ。どれほどの規模の艦隊かは分からないが、アークエンジェルが艦隊の戦闘能力を残して攻撃を止めるとも思えない。せめて、スクリューとタンクからの排水機能だけを破壊して立ち去るような事をしていないことを願うだけだ。

 三方向からの進撃を計画していた連合軍としては、その一角を失った事は大きな痛手となるだろう。だからといって、計画を中止するとか時間をかけて練り直すような事はしないだろう。

「役所仕事ですね・・・」

 マーカスはつぶやいた。連合軍を編成した常設軍事委員会事務局の前例と面子がかかった問題なのだ。役所が先方の事情を考えて動くことはありえない。

 しかし残りの二方向は、いずれもケープタウンから遠い場所からの進撃となり、ゴリ押しすれば長期戦にもなりかねない。連合軍もアフリカ解放戦線も南部アフリカ連邦も大きな痛手を負い、付近住民は再び難民化する。

 トレランシアの限界が、早くも露呈しようとしていた。マーカスはそっと唇を噛んだ。レセディは小さく息を吐くと、次の指示を出す。何とか出来るとは思っていない。ただ成すべき事は多く、それをやり遂げなくては後悔すら出来ないだろうと感じているだけだ。

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