Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第六十一話 気付き

 被弾箇所は少なく、損害は軽微であった。ただミサイル類の消費が予想以上であり、現在急ピッチでその補給作業が続けられている。ボズゴロフ級を改造した大型の輸送潜水艦が浮上し、何本ものワイヤーをアークエンジェルに向けて打ち出していた。コンテナを運ぶためのものだ。

 大西洋軍が試験採用を始めた連合製潜水空母二隻を含む艦隊を、喜望峰沖合いで壊滅させたアークエンジェルとフリーダムは、その海域に留まっている。補給が終わり次第動かなくてはならないが、その行き先は定まっていない。

 強い潮風に吹かれながら、青年が水平線の先を見つめている。彼は呼びかけに振り向いた。

「ヴァニーユ・・・」

「迷って、いるのですか?」

 青年はためらいがちに視線を海に戻した。海はうねりを強くしていた。

 未来を失う人々のため、希望を奪われる世界のために、自由を抑圧し正義を捻じ曲げる者に抗う。彼はそのために戦ってきたはずだ。人が思うがままに生きていける世界を実現しようと戦ってきたはずだ。

 実験材料として、観察対象として存在していた自分は、今こうして自由を得ている。それを少しでも多くの人に広げたいと思っている。そのために、彼は戦っている。

 だが、現実はそれと逆方向に進もうとしている。まるで抗えぬ流れがあるかのように、彼らの抵抗は実を結ばず、世界は均質になろうとしているかのようだ。独立を叫ぶ人、自由を求める人の声は、世界に届いていない。

 それなのに、自分達が戦うべき相手、抗うべき対象が、どんどんと曖昧になっていく。

 中央アジアでは、関係三ヶ国の国境線問題が連合の実施した住民投票によって確定し、独立運動は一部過激派以外は影を潜めてしまった。中東ではクルディスタン、ムスリム・ペルシャ共和国、アラブ連合が、連合主導で国境問題と地域安全保障の協議を続けている。南アメリカでもアフリカでも、連合が中心となって各地域を分割している。

 人知れぬ間に連合は世界中にその手を伸ばし、その権力を強めている。それでいて、連合という主体は曖昧なままだ。倒すべき敵の顔が見えない。

「迷って・・・いるのかな・・・」

「迷っていない事は、ありますか?」

 戦う事、そこに迷いは無い。力の無いものの盾として、持てる力を振るう事に迷いは無い。自由のために、希望のために戦う事に迷いは無い。

「迷いが無い事だけでも、やり遂げればいいと思う。その向こう側に、見えてくる物もあるはずだから」

 迷う事は間違いでは無い。しかし、それを立ち止まる理由にしてはならない。何も成さない事、それこそが間違いなのだから。

 人は完全では無い。間違いや失敗は、人であるからこそ起こるものだ。だが、未来が自由であれば、その過ちは取り戻せる。失敗は糧となり、間違いは教えとなって、新たな道を行くための力となる。立ち止まるという事は、糧も教えも得られないという事でしかない。

 だからこそ、やり遂げなくてはならない。立ち止まる事無くやり遂げて、その先を進むべき力を手にしなくてはならない。

 輸送潜水艦から伸ばされていた搬入用ケーブルが、次々と切り離されていく。

 

 タラスの部屋から出てきたアレナに、声を掛けられなかった。静かな表情の彼女は、手伝ってくれないかとだけ言う。リリトとイェレとフィジェは、彼の部屋に入って驚いた。

 パイロット用の個室が大量の本で埋まっていたのだ。専門書や学術誌、どこかでプリントアウトしたらしい論文の束。壁の全面に固定された本棚が設置され、ベッドの下からはみ出したダンボール箱は、そのまま部屋の床に敷き詰めるように続いている。どの箱も、本棚同様に本が詰め込まれていた。

 国際関係論から歴史学、法学に行政学、財政学に金融論、その他諸々の本を、アレナは整理していた。まだ綺麗な辞書を手に取り、四代目は使わずじまいだったとつぶやく。

「これ・・・どうするんですか?」

「ガルナハンの行政府に寄贈するよう、遺書に書いてあった」

 一人では運べる量では無いから手伝ってくれ、アレナは微笑みながら言った。リリト達の手が止まる。その微笑はあまりにも悲しかった。

 先日の戦闘で、タラスはMIA認定されている。帰還したヒューがMSの爆発らしきものを目撃しているのだが、それがウェルガーサードのものだとの確証は無く、戦死という扱いにはならなかったのだ。

 だがあの状況を勘案すれば、撃墜で間違いないだろう。トレランシアを追撃してくる敵機がいなかったという事は、ちゃんと役割を果たしたという事であり、それはとても彼らしい事だとアレナが言う。リリトは思わず尋ねた。

「その・・・辛くありませんか?」

「辛いさ。しかし、我々がやっているのは、つまりはこういう事だ」

 アレナは口調を真似て言った、俺たちは戦争をやっているんだと。タラスならきっとそう言うだろう。

 自分達が撃墜した機体の向こう側には、同じ光景が広がっている。戦争をしていれば、この悲劇は普通の事なのだ。だからこそ、トレランシアがいる。この普通の悲劇が一件でも少なくなる可能性があるのであれば、トレランシアは戦う。

「彼は、一件でも少なくではなく、一件も無い世界を目指したかったのだろうな・・・」

 トレランシアでの任期が終わったら、彼は軍を辞めるつもりだった。はっきりとは言わなかったが、ガルナハンに戻って政府職員を目指すつもりだったのだろう。連合の国際公務員資格を取得できるレベルの勉強をしていたのは、彼の真面目さゆえだ。

 アレナは、早く軍を辞めるように言っていた。すべき事が決まっているのなら、それに専念した方が良いと。だが彼はパイロットを続けた。

 彼が政府職員を目指した動機も、パイロットを続けた理由も、本当のところは今となっては分からない。アレナはただ、それを理解して見守る事しか出来なかった。その事に悔いが無いかと問われれば、あると答えるだろう。

 しかしそれ以上に、そんな彼が真っ先に選ばれてしまう不条理の方が辛かった。他に死んでいい人間がいるとは言わない。だが、何故彼なのかという疑問は消せない。

「ケープタウンの郵便局は動いていないらしいから、補給機の戻りの便に乗せてもらおう」

 彼女は梱包の終わったダンボール箱を持ち上げる。リリトは、その目尻に微かに光るものを見た。

 

 住民はあらかた避難しているのだろう、臨戦態勢の部隊が市街地を走り回っている。南部アフリカ連邦軍は、ケープタウンを死守する構えのようだ。打って出るだけの余力は無いということだろう。

 しかし、それでは連合の介入を待つだけであり、連合の思惑通りの展開となる。喜望峰沖で、連合の潜水艦隊を撃滅した大天使の動向は不気味だが、大勢を覆せるとは考えにくい。ヘストリー・オサバという人物は、その程度の事は予測していると思うのであるがと、マーカスは報告書から目線を外して思う。

 トレランシアは貴重なパイロットを失い、戦力の大幅な低下は否めない。ほぼ固定の人員で運用されていた部隊であるため、クルーの動揺もある。南部アフリカ連邦からの特別の要請などは無いが、物資や情報の融通をしてくれるのを考えれば、期待はされているのだろう。

「どれくらい、持つと思いますか?」

「予想・・・以上に」

 レセディは一瞬言いよどんだ後に言い切った。確証があるわけではないが、アフリカ解放戦線の動きが遅く感じるのだ。喜望峰沖で連合軍が全滅という事態を招いた以上、介入のスケジュールは早まると見ていいだろう。アフリカ解放戦線としては、連合軍と南部アフリカ連邦軍の双方とぶつかる事態は避けたいはずだ。

 ならば喜望峰沖にアークエンジェルが潜んでいる間に、ケープタウンへの攻勢を強めるのが常道だろう。背後に大天使がいれば、ケープタウンの防衛は二分される事になる。

 ある種、絶好のタイミングであり同時にここしかないタイミングでもある。それを逃すとは思えないが、未だにアフリカ解放戦線に動きが無い。そこに深謀遠慮があるとも思えなかった。

 南部アフリカ連邦が何らかの動きをしているが故に、アフリカ解放戦線の動きが鈍っているのでは無いか、そう感じるのだ。レセディの言葉に、マーカスは考えをめぐらせるように腕を組む。

「それよりも、我々がどうするかです」

 レセディはマーカスの目を見据える。マーカスも、その視線を受け止めた。つい先ほど地球連合常設軍事委員会事務局から、トレランシアにケープタウンを脱出してマダガスカルに向うよう正式な命令が下ったのだ。そこで、連合の派遣した艦隊と合流するようにとの事だった。

 連合軍を編成した以上、成果ゼロで解散は出来ないという事だろう。緊急即応部隊は余計な事をするなという事であった。

「ウェルガーを一機失い、パイロットもMIA。補給に整備、クルーの休養に時間を取られている間に大天使が現れ、自衛行動に移った・・・こんな感じでどうでしょう?」

「・・・それで、よろしいのですか?」

 レセディの再度の問いかけに、マーカスは思いを新たにする。そんなレトリックは例外を一つ生むだけであり、原則にはいささかの影響も与えない。彼がしたいのは、法の隙間の例外を見つけ出すことではなかった。

 彼は、連合決議1977号の規定に従って、紛争予防のための軍事介入を行う事を決定する。

 

 インターホンの音で目が覚める、ウトウトしていたようだ。リリトがドアの鍵を解除するとカシアが顔を出した。入れば、そう言う前に彼女は部屋に入ってくる。当たり前のようにベッドに腰をかけた。

 手入れが大変と言いながら決して手放さない長い黒髪、地球の重力に逆らって存在を誇示している胸、短いスカートにニーソックス。いつものカシアが、普段とは違って話を切り出さない。何? そう聞いてやっと口を開いた。

「別に用ってわけじゃないけど・・・落ち込んでないかなって」

 タラスのMIAは大きな衝撃だった。親しいかと聞かれれば疑問であるし、むしろ苦手な部類の人だ。トレランシアでは、今までにも何人もの犠牲者を出している。それでも、彼の死は重かった。

 パイロットが、戦艦のクルーが、どのような場にいるのかを再認識させられたかのようだ。カシアが手を求めてきたので、握り返す。リリトはつぶやくように言う。

「私は、大丈夫・・・死んだりしないわ」

「最高のコーディネーターだからだ、なんて言わないでしょうね」

 カシアの視線を横顔に感じる。半分くらいはそう思っているかも、そう言ってリリトは無理に笑った。カシアの顔に怒気が生じる。

「ふざけないで。リリトの事、何も知らないままで別れる気なんか、無いんだから」

 カシアは視線を落とした。そう、二人は互いに何を知っているのだろう。こうして交し合う言葉が、一体どれだけの事を相手に伝えているのだろう。関係が落ち着いたせいで、油断していたのかもしれない。

 もし不意に、この握り合っている手が失われてしまった時、自分はどれだけ相手の事を思い出せるだろう。相手はどれだけ自分の事を思い出してくれるだろう。もしかしたらそれこそが、死の恐怖なのかもしれない。

 横目で互いを見る視線が交わった。手を強く握るが、それはどこまでも頼りない。それは簡単に消えてしまうものだから。

 だから、相手の事を自分の胸に刻みつけ、自分の事を相手の心に彫り込みたい。それにはどれだけの言葉を費やさなくてはならないのだろう。今まで交わしてきた言葉が、一体どれほど残っているのだろう。

「ずっと、何も知らないままなのかもしれない・・・私達」

 リリトの顔が、カシアのほうを向く。彼女の事を理解するとは、言葉で彼女の全てを語る事だ。それはあたかも、海をバケツで汲み上げようとするようなものだろう。

「でも私は、あなたの事を知りたい・・・私の事を知って欲しい」

 カシアの瞳がリリトを見つめる。言葉という術があり、それしか術がないのであれば、理解し続ける事を選ぶ。無限の言葉で足りないのなら、その上に無限を積み重ねる。

「それでもきっと、カシアの全てを知ることは出来ないわ」

「でも私は、リリトの事を信じられる」

 だから二人は、これからも言葉を交わす。それだけが、理解し合えない者同士を繋ぐ術であり、両者の溝を飛び越えるための方法だから。

 

 空席になったハンガーが、MSデッキのピリピリとした重い空気の中心にある。しかし、整備員にはしなくてはならない事が山のようにあるのだ。それが幸福なのか不幸なのかを考えている余裕もない。

 装置から取り出した記憶媒体をイェレに渡して、ユンディは隣の機体に向う。MSに搭載されているコンピューターのクリーンアップディスクだ。それを持ってコクピットに上がる。腰部のメンテナンスハッチに頭を突っ込んでいたタルハが、下に向かって大声を出している。

 ディスクを差し込んでコンピューターを起動させる。出てくるウィンドウのOKを連打し、作業を進めた。開け放たれているハッチから、フィジェが顔を出した。

「早くね?」

「手際がいいんだよ・・・それより、ちょっといいか?」

 最後のエンターキーを押してコクピットから出る。先に歩くフィジェを追って小走りに休憩室に入った。MSデッキが騒がしい時には、ここには誰もいない。フィジェが投げてよこした水筒に口を付け、言葉を待つ。

 同じようにストローをくわえている彼は、なかなか口を離そうとしない。焦れたイェレが話を促す。フィジェは視線を外してボソボソと声を出す。

「リリトとは、その・・・どうなんだ?」

「・・・はい!?」

 イェレの反応に、フィジェも驚いた。その反応から察するに、何か特別な進展はないという事ではないのだろうか。イェレがしどろもどろに何か答えている。ストローに口をつけた彼に、フィジェは「俺、ずいぶん前に告ってる」と言った。

 激しくむせたイェレに、本当に何もないのだと確信する。フィジェは額を押さえた。

 あの時のリリトの態度に、イェレとの間に特別な関係があるからだと思ったのは、勘違いだったという事だろうか。だとすれば、手を緩めることなく押し続ければ良かったのか。そうすればひょっとすると・・・と思った瞬間にカシアの顔を思い出してしまう自分はどうかしていると思った。

「何だよ、リリトと付き合ってるとかじゃないのかよ!」

「逆ギレされるようなことか!? ってか、何でそんな話なんだよ・・・」

「・・・次の出撃で、死ぬかもしれないんだぞ」

 フィジェの言葉にイェレは黙った。パイロットであれば、生存が保障されていないのは当然である。最新鋭機に座り、自身がコーディネーターであるという事が、その感覚を鈍らせていたのかもしれない。タラスの死は、それを強烈に思い起こさせるものであった。

 リリトの返事を聞く事無く、カシアへ返事をする事無く、そのまま死んでしまうのは、とても罪深いような気がする。だから、ケリを付けたかったのだ。イェレがリリトと付き合っているのであれば、改めてカシアに向き合えると思っていた。

 ところが当の本人は、おそらく告白もしていない。こちらからアクションを起こさない限り、彼女が彼女の気持ちに気付く事は無いであろう事が、分からないのだろうか。

「俺、カシアから告られてる・・・だからお前がリリトと付き合ってるなら、俺、ちゃんとカシアと、その乗り換えるとかじゃなくて、ちゃんと最初から・・・」

 そう言って再び頭を抱えるフィジェの姿に、イェレは愕然とした。自分が何もしていない間に、彼は何段も先に進んでいる。

「・・・俺、どっちが好きなんだと思う?」

「知るかよ・・・」

 フィジェのため息を、イェレは不思議に思う。別に不美人だとも思わないし、良い奴だとは思う。だが今までカシアをそういう目で見た事がないので、そういう視線を向ける男がいる事が意外なのだ。

 カシアとは長い付き合いだが、それでもなお自分の知らない面が存在し、その一面をフィジェに対しては見せているという事だろうか。そんな物思いをフィジェの言葉が遮る。

「リリトの事、好きなんだろ・・・だったら、言っとけよ」

 

 サイレンが鳴り響いたのは夜明け前であった。だが準備を整えていたトレランシアは、即座に臨戦態勢へと移ることができた。ケープタウンに迫っていた敵部隊が、移動を開始したとの情報が入ったのだ。

 水音とともにトレランシアは浮上する。艦の高度が上がると、地平線の向こう側から日の光が差し込んでくる。その美しい光を、遮蔽ブリッジのモニター越しに見ながら、マーカスは発進を命じる。スラスターが点火された振動が艦全体に伝わり、トレランシアはソロソロと前進を始めた。

 喜望峰沖には大天使がいるが、彼らが市街地を空爆する可能性はゼロだ。港や軍事施設に対する威嚇行動はあっても、直接的な抵抗がない限りは大きな被害を受けないはずだ。さらに彼らは、アフリカ解放戦線の命令系統の中にもない。勝手に現れ、勝手に暴れるだけである。

 だからこそ、トレランシアを前線に向けた。その意図は良く分からないが、とにかくフリーダムの戦闘には、コクピットを狙わないなど様々な制約が設けられている。乱戦の中では、フリーダムもその行動を制限されるだろう。

「上手く、行ってくれればいいのですが・・・」

「我々は出来る事をするだけです。後は、南部アフリカ連邦政府に期待しましょう」

 レセディは前を見たままそう言う。トレランシアは市街地外縁部で最終防衛線の一角を担う。南部アフリカ連邦政府からトレランシアに直接の要請があったのだ。ヘストリー・オサバ直々の電話は、レジー・マヌカの身柄確保は南部アフリカ連邦が行うと伝えてきた。

 その詳細は明らかにされなかったが、勝算もなく言っているわけでは無いだろう。ただ、トレランシアの戦力に関しては少し過大評価が過ぎるようだ。提供された情報によるとトレランシアの配置場所は、敵の主力MS隊を真正面から迎え撃つ位置であるらしい。

 パイロットとしても、気を引き締めざるを得ない。敵が所有するMSは、連合やザフトの制式機であったり、オーブ純正の機体であったりするのだ。

「大天使が出てくるタイミングの問題だな・・・」

 ヒューのつぶやきに、アレナが応じる。

「連中は三人に任せるしかないでしょう。頭数が一人減っている分、働きをよくしないといけない・・・そうでないと、彼に叱られるしな」

 モニター越しではバイザーの下の表情はよく分からない。それでも、アレナの的確な言葉はやはり悲しいものだった。だが同時に、その言葉には悲しみに引きずり込まれないだけの強さを感じる。タラスの死は彼女に悲しみをもたらしたが、タラスの存在は彼女に死をもたらさないであろう、そんな気にさせてくれる言葉だった。

 レバーの感触を確かめるように、ヒューはゆっくりと手に力を込めた。アングラを歩いている彼は、ときおり眩しく感じる人間に出会う。その眩しさが、彼を今までアングラに沈み込ませずに来た力だ。

 カタパルトのランプが緑になった。

 

 前線の一部部隊が交戦状態に入ったとの通信が入る。しかし、どのみち大規模な戦闘には発展しないだろう。各部隊とも、動きが鈍かった。督戦のためにも、傭兵を前線に投入すべきなのだが、そうなると無駄な貸しが増え後々面倒な事になる。それでも、決断の時間に余裕は無い。

 各戦線が安定してから動くつもりであったが、プランを変更しなくてはならないようだ。レジー・マヌカはヘルメットを掴む。テントを出るとそこには、青空と同じ色をしたジンがたたずんでいる。もっとも、中身はウィンダムⅡで、外装だけをジンにしている機体だ。

 喜望峰沖での連合潜水艦隊の全滅は、ビクトリアとマダガスカルに集結している連合軍を刺激する。そちらの部隊が動く前に、アフリカ解放戦線は勝利を宣伝できるだけの成果を手にしなくてはならない。ケープタウンの奪還はそのための条件であった。

 南部アフリカ連邦の首都であり、かつて連合が使用していた要塞も修復されているが、一度陥落させた事のある都市であり、要塞に関しては詳細な図面も手にしている。それほど困難な作戦では無いと考えていた。

 コクピットの計器を操作しながら、レジー・マヌカがつぶやく。

「ヘストリーを・・・見くびっていたわけではないのだがな」

 地元住民から十分な支援を受けられない事は予測していた。だが、敵からの離反部隊の数が予想外に少ないのだ。その上、離反した部隊の中には極端に動きの鈍い部隊がある。そのため、アフリカ解放戦線の指揮系統に大きな乱れが生じてしまったのだ。ケープタウン攻撃の遅延は、それが主な原因である。

 ヘストリー・オサバはかなり強固に軍を掌握していたらしい。しかも機械化部隊を優先的に抱き込んでいたらしく、離反部隊のMSは旧式か補給部品のない半端なものが多かった。

 地元住民からの支援が不十分である以上、補給線の維持などに余計な戦力を割かなくてはならない。しかし、戦力としては不十分だからと離反部隊を後方に移すのはリスクが高すぎる。結果として、優秀な部隊を補給線の維持に割かねばならず、前線に投入する部隊は、頭数ほどの戦力を有していない。

 時間が経つにつれて、作戦の困難さが際立ってきた。網目のように張り巡らせた通信用光ファイバーを利用し、歩兵一人一人に至るまでを有機的に運用するかつてのような戦闘ができなくなっているのだ。

 ザフトの義勇兵や、大西洋や東アジアから派遣されてきた軍事会社、オーブの傭兵など、子飼いではない戦力を一点に配置するよう指示を出す。空色のジンの灯が点り、ウェルガー二個小隊を護衛に引き連れジンが飛び立った。高度を取らず、その姿が地上の兵士に見えるように飛行する。

「これで少しでも部隊の動きが良くなってくれるのならばな」

 今のままでは戦線は膠着するだけである。有能でかつ捨て駒に出来る部隊を一点集中させて、敵の防衛網を突破する。ケープタウン市街地、南部アフリカ連邦の行政府を抑えれば、その時点で勝ちだ。

 政府といっても、代表が全ての権限を握っている。トップがいなくなっても自動的に権限が継承され、政府機能を維持するような仕組みにはなっていないのだ。すなわち、ヘストリー・オサバを抑えれば、勝ちいう事になる。

 このような形で再会したくはなかったのだが、レジー・マヌカはヘルメットの中で言う。感慨も抑揚もない声は、通信機に捉えられることも無い。

 

 ビルの先端をかすめる様に、巨大な艦が移動している。あのような物が宙を浮いているというのは、どうにも落ち着かない眺めだ。港から市街地に移動するところだろう。こちらの要請を聞いてくれたという事だ。連合本部からはどのような命令が出ているかは知らないが、とにかくは時間稼ぎになってくれるだろう。

 上海第七銀行のカヲ・ツォピンから伝えられた情報によれば、ビクトリアとマダガスカルの連合軍は、二日後の深夜に国境線を越える事になっているらしい。もし連合の介入が行われれば、アフリカ解放戦線は、全土でのゲリラ戦へと抵抗の手段を変えるであろう。

 そうなれば、被害も、終結までの時間も、桁違いのものとなる。何としてでも一両日中には全てを終わらせないといけない。

「再会に、感動は必要ないものね・・・」

 ヘストリー・オサバは椅子に深く腰をかけてつぶやいた。戦闘になれば、彼女の仕事は無い。彼女がすべき事は、レジー・マヌカとの対峙である。

 彼の偉大さは認める、彼の功績も認める。だがそれらの全てが、彼個人の能力によってもたらされたものではない。一人の英雄を生み出すために、無名の人間が無数に必要なのだ。かつての彼は、彼を英雄たらしめるだけの人間に囲まれていた。彼女も、その一人であった。

 しかし、今の彼はどうだろうか。確かに、行方不明になってから復活までの数ヶ月で、新たにアフリカ解放戦線を立ち上げたのは、驚嘆すべき手腕だ。だが、そのアフリカ解放戦線は、かつてのものとは全く違う。

 今のレジー・マヌカを囲む者は、彼の政治性を利用しようという者ばかりだろう。投入される最新のMSが、何よりもそれを物語っている。

 彼は今でもアフリカ解放の夢を見ているだろう。しかし彼の回りにいる者は、皆戦後のアフリカの現実を見据える者達ばかりだ。レジー・マヌカの提示するビジョンに対して、明確なリターンを求めて投資する者ばかりだ。夢を見ている彼は、その事に気付けないのかもしれない。

「だから、いい加減に目を覚ましなさい・・・」

 微かに爆発音のようなものが聞こえる。窓に視線を移すと、遠くに煙らしきものが上がっているのが見えた。いよいよ戦端が開かれたらしい。シェルターへの避難を求めるインターホンを受け、彼女は席を立った。

 だが、そのまま窓辺に寄った彼女は外に視線を向け続ける。最短の時間で事態を終結させるには、相手に余計な手間を掛けさせない方が良い。

 

 トレランシアから信号弾が打ち出される。斉射された主砲が、土の壁と煙幕を作り出す。その影に隠れるようにトレランシアは向きを変えた。信号弾を確認したウェルガーファーストとフォルトゥーナは、支援砲撃パックを装備したセカンドダガーの排除に向う。直上から迫るムラサメが、対空弾幕に触れて爆散する。

 リベルが全ての砲門を開いて、敵進路を阻害する。足を止めた敵部隊に、味方の機体が果敢に斬り込んでいく。それを援護するように、グラティアが急降下して地面に降り立った。正面のサードダガーが真っ二つになる。

 特徴的なカラーリングのグフが腕を斬り落とされる。返す刀でザクのヒートホークを断ち切ったウェルガーセカンドは、グレネードをその顔面に叩きつけて距離を取った。トレランシアからのレールガンが着弾し、その余波がザクとグフを吹き飛ばす。

「事前情報が当てにならなかったですね・・・」

「ミサイルは対地攻撃に専念! インディゴの編隊を薙ぎ払う、アントレランスは!?」

「発射可能です!」

 艦首に生じた光が束となって吐き出される。トレランシアは艦全体を振るように動き、光の束が数機のMSを飲み込む。ブリッジには、艦の被弾情報が逐一寄せられるが、もはや現場のダメコンに一任するしかないほどの乱戦であった。

 敵主力を迎え撃つはずだったトレランシアであるが、敵は外部戦力で構成される部隊を別の場所に配備し、一点突破を図ったのだ。軍事企業や傭兵の混成部隊であるが、その分MS戦には手馴れた部隊であり、トレランシアは急遽そちらの迎撃に向かう事となった。

 そのため、側面を敵の攻撃に晒されつつ戦場を移動する事となり、被弾箇所が予想以上に増えてしまった。大型粒子砲を構えたゲイツが、サブフライトユニットの上からトレランシアを狙う。

 フォルトゥーナの斬機刀がサブフライトユニットを叩き落し、落下するゲイツは機関砲の的となる。イェレは息つく暇もなく、次の標的に向う。しかし、多勢に無勢は否めなかった。

「・・・増援?」

 モニターに映ったMS隊は、南部アフリカ連邦のカラーリングだった。来た方角を考えれば、離反した部隊ではない。押されていた友軍機も、体勢を立て直そうとする動きが見える。

 その隊列を乱そうとするドムの突進を食い止めようと、イェレがペダルに力を込めようとした瞬間、モニターに光が走ったのを見る。映し出されたのは、手足や頭部を破壊されて転倒する味方の増援部隊だった。

 同時にトレランシアからの信号弾が見えた。赤色二連閃光弾、アークエンジェルとフリーダムの接近を示す信号だ。彼は、レバーを持つ手に力を込めてペダルを踏み込んだ。

 グラティアとリベルも同じ方向へと上昇していく。その先にいるのは、大地を見下ろす白いMS。

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