Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第六十二話 幕切れ

 驚かなかったと言えば嘘になる。トレランシアが南部アフリカ連邦軍とともに、ケープタウンに迫るアフリカ解放戦線の部隊と交戦状態に入ったという報せに、ルチアーノ・プレスは深いため息をついた。その報せとほぼ同時に、トレランシアからの臨時報告書も上がってきた。

 南部アフリカ連邦内における重大な人道的危機は、アフリカ解放戦線が主導している可能性が高い事。南部アフリカ連邦政府の崩壊が、アフリカ南部における無政府状態を再発させる可能性。連合軍の軍事介入が、アフリカ解放戦線によるゲリラ戦を招く危険性。そして、アフリカ南部の混乱が大陸全般へと波及する恐れを指摘してあった。

 その事によって生じる一般市民への被害は、現在確認されている人道的危機とは比べ物にならない規模になる可能性は極めて高い。また、住民同士の虐殺事件などがアフリカ全体に広がる危険性まである。

 そのような事態を未然に防ぐためには、アフリカ解放戦線がはっきりと姿を見せているこの瞬間に、それを排除しなくてはならない。しかも現地の政府である南部アフリカ連邦政府主導でそれを行えば、以後の政権運営を安定化させる事もできる。連合はあくまでも側面支援に留めるべきである。

 それらの事を可能とする部隊は、地球連合軍緊急即応部隊だけである。唯一トレランシアだけが、アフリカへの紛争予防介入を可能とする場所に居る。

「故に現地情勢を優先し、地球連合常設軍事委員会からの命令はそれを緊急即応部隊現地司令官の責任において凍結、連合決議1977号に基づく軍事行動をトレランシアは行う事を決定する」

 なかなかに堅い文書を送ってきたが、意訳すればこうであろう。現場を知らない人間が外から口を出すな、下手な思惑を巡らせる前に現場の空気を吸え、と。

 ルチアーノは、背筋を伸ばすように天井を見上げる。香りが立ち上らなくなるほどに冷めたコーヒーを口にして、その報告書を眺めた。それは、少なくともルチアーノが目指した隊の忠実なあり方である。

 各加盟国の寄り合い所帯である連合という組織、そこが編成する機動性のない軍隊。それらを飛び越え、問題のある土地、危険性のある地域に迅速に展開し、最小限の軍事行動で最大限の政治的効果を挙げることの出来る部隊、緊急即応部隊とはそのような部隊であった。

 トレランシアの行動は、まさにその理念に基づいた行動であろう。ここでアフリカ解放戦線の息の根を止める事ができれば、アフリカの情勢は大きく改善する可能性が高い。壊滅に至らなくとも、ケープタウン攻撃の失敗はアフリカ解放戦線の求心力を大幅に弱め、資金など国外からの支援を受けにくくする効果を持つ。

「だが・・・なぁ・・・」

 連合という巨大な組織は、そのような建前だけで動き得ない組織なのだ。連合軍を編成し、しかもその部隊の一つが大天使によって全滅させられたとなれば、退くに退けない状態になっているものだ。軍は自らの行動を、政治家は自らの成果を欲している。誰かの手柄など、見たくもないのだ。

 ルチアーノはただ粛々と、連合軍の軍事介入を開始するための手続きを行うだけであった。予定に変更は無い。ただ、彼らの正義感が徒労に終わってくれる事をこっそりと祈る作業が増えただけである。

 

 ドラグーンが降らせるビームの雨が、三機のMSに降り注ぐ。先頭に立ったフォルトゥーナは傘を差すように左手のビームシールドを広げた。スピードを減じる事無くフリーダム本体に近づくと、ビームシールドが消えてリベルのビームが代わりに撃ち上げられた。

 全く動揺を見せないフリーダムの動きに軽く舌打ちをして、リリトはレバーを押し込む。横合いからの斬撃はかわされ、本命のエクステンショナル・アレスターも完全に見切られていた。距離を取らせないようにスラスターを吹かし、背後に回りこもうとするドラグーンを牽制する。

 フリーダムの注意が一瞬それたのは、リベルがアークエンジェルへの攻撃を仕掛けたからだ。その僅かな隙に攻撃を捻じ込もうとするグラティアは、逆にフリーダムの蹴撃を受けてしまう。

 揺れるコクピットの中でドラグーンが周囲を取り囲むのが見えた。グラティアは手足を丸めるような姿勢で一撃目をかわす。信号弾を打ち上げて、次の行動に移った。

 ドラグーンの檻の一点を見据え突進する。背後からの攻撃を気にしないように、ABP装甲を全開にする。フォルトゥーナを撃ち落そうとするフリーダムに牽制射撃を行いながら、まとわり付くドラグーンの一基に狙いを定めた。その時、バックパックのフライトユニットが被弾する。

 パージと爆発はほぼ同時。爆風を使って瞬間的に加速したグラティアは、ドラグーンの一基を切り払う。その囲みを抜けたグラティアは、自由落下しながら、フリーダムにありったけのビームを浴びせた。

 避けながら反撃しないフリーダムは、まるで墜落してくれるならそれでいい、とでも言いたげだ。リリトは笑みを浮かべる。

「ドンピシャ!」

 高度を下げたグラティアに迫る機体があった。小型の戦闘機のようなそれは、グラティアのフライトパックを運搬するためのユニット。空中でフライトパックとドッキングしたグラティアのコクピットの中では、バッテリーと推進剤のゲージが一気に回復する。

 ケープタウンで積み込まれた簡易換装システム。シミュレーションのみのぶっつけ本番だが、ユンディの組んだ合体用プログラムは完璧だった。MSデッキではちょっとした歓声が上がっているだろう。

 急上昇してフリーダムに肉薄したグラティアの一閃が、フリーダムのシールドのアンチビームコーティングをごっそりと剥ぎ取る。

「イェレとフィジェも早く!」

 簡易換装システムは量子通信を応用した無線でトレランシアから動かしている。さして精度の良くないそれで、フライトパックとサブフライトシステムを誘導するのはカシアの役目だった。

 CICで大声を上げながらテンパっているだろう彼女の事を思い出し、リリトは口元を緩めた。気合を入れなおすように声を上げると、グラティアのビームキャノンが火を吹く。

 

 新しいゾーリンを受け取ったフィジェが見たのは、フリーダムと激しく絡み合うグラティアの姿。そしてアークエンジェルから発進した新たな機体だった。彼は舌打ちをする。

 リリトにめったな事は無いと思うが、トレランシアの負担を考えれば、アークエンジェルに長く関わっている時間は無い。出てきた機体をライブラリーで照会すると、フィジェは叫ぶ。

「イェレは金色! 速攻、落とす!」

 ライブラリーは89%の確率で、目の前の赤い機体をジャスティスと結論付けている。フリーダム同様に強化型だろう。驚くのではなく、呆れた。彼らは趣味で正義をやっているのだ。

 彼らにとって、理念も理想も自分の趣味でしかないのだろう。どれほど人を巻き込もうとも、それは自分自身の趣味でしかない。そうでなければ、こんな悪趣味なラインナップをそろえないであろう。

 自分が、自分達が味わった葛藤や苦悩とは無縁の場所で、彼らは正義を標榜している。彼らはきっと、引き金を引く正当性に悩んだりはしない。難民キャンプの現状をただ苦くかみ締めたりはしない。

 ただ出来るからとMSの手足だけをもぎ取り、世界を遠く離れた海の底で評論するだけなのだ。だから彼らは、その機体が現実に何をもたらしたのかを知らない。そしてきっとこう嘯く、かつてこの機体がもたらした融和と共存を再びこの世界に、と。

「近づけさせるかよ!!」

 リベルは間断なく砲撃を続ける。ジャスティスの装備するビームは、ABP装甲で十分に凌げる。あからさまに接近戦用の機体に接近するほど、彼らの趣味に付き合うつもりは無い。腹部複列位相砲の拡散射がジャスティスの突進を阻み、射角から逃れようとする軌道を背部六連ビームが阻む。

 動力はおそらく核、機体性能はフリーダムと同等。パイロットの技量も、おそらくは自分より上だ。フィジェは、そこまで分かる自分に安心する。不意に機動性の上がった敵の動きにも冷静な対処が出来た。

 砲撃の隙間を縫うような動きで肉薄する敵にミサイルで弾幕を張る。爆煙の中から飛び出してくるのは、ジャスティスの背部に搭載されている大型フライトユニット。ビームサーベルを発振したそれにゾーリンをぶつけるが、あっさりと返り討ちにあった。

「予想通り!」

 突っ込んで来るフライトユニットをかわし、相対速度を合わせてその上に着地する。プラントで作られたリベルの足の裏には、ザフトの共用コネクターがある。ザフト製のジャスティスにもそれは当然付いていた。

 フライトユニット側とリベル側で、コンピューターが操作権限を巡ってせめぎ合う。ユンディ特製のプログラムを起動させて、ジャスティスのフライトユニットを奪取した。

「お望み通り、接近してやるぜ!!」

 パックパックの大半を失って機動性の落ちたジャスティスに突っ込んだ。それでもなおリベルの砲撃をかわす敵に舌を巻きながら、フィジェは仕上げに入る。

 ジャスティスがやったようにフライトユニットを特攻させた。それをなんなく避け、逆に奪い返したジャスティスを見て、フィジェはホッと息を吐く。ジャスティスの装甲色が灰色になった。核動力が停止したのだろう。

 敵のサブフライトユニットを奪取するためのプログラムには、再び奪い返された時に発動するウィルスを仕込んでおいたのだ。それによって、機体の電力を強制的にカットされたジャスティスは、NJCの機能も失い核動力が停止した。そのまま落下していく敵を見送りながら、リベルはスラスターを吹かして地面に着地する。

 灰色のまま動かない機体に止めを刺した。

「正義は・・・きっと目立たないんだ」

 彼が出会った人達は、みんなそうだった。難民への医療提供も、選挙監視も、報道も政治活動も、どれも世界の注目を集める事のない狭い地域の小さな活動だ。だがそれは、MSに乗る事よりもずっと正義の名に適う、彼はそう思っていた。そこから遊離した正義の味方など、漫画のヒーローに過ぎない。

 ジャスティスのコクピットが開いていたという事は、パイロットは逃げ出していたのだろう。そのパイロットは、フィジェの考えに共感するだろうか。彼はため息一つでそれを否定した。

 見上げると、イェレの方も決着が付きそうである。

 

 接近戦、そんなスマートな言葉では表せない。絡みつき、粘つくように、フォルトゥーナは金色に光るMSに刀を振るい続けた。その輝く装甲は、未だにその仕組みが公開されていないオーブ製のビーム反射装甲。加速粒子砲に反射という言葉を当ててよいかどうかは、大きな問題ではなかった。

 ラミネート装甲とPS装甲の応用として、装甲表面をビームの熱を奪える形に相転移させ、その熱を機体外部に排出する機能を持たせたABP装甲とは全く異なる装甲。加速粒子を吸収し、機体表面から再発射する機能を持った謎の装甲。それを装備したMSは本来オーブの旗機であった。目の前にいるのは、アカツキの強化版である。

 フリーダム同様に空中浮遊の出来るドラグーンを展開した敵機は、その装甲を最大限に生かし、接近戦を仕掛けられているにもかかわらずドラグーンによる砲撃を行う。例え自機に当たっても、それをそのまま攻撃手段に出来るのだ。

「だからって!!」

 イェレは余計な事を考えずに接近戦を続ける。フォルトゥーナの選択肢は他になく、あの装甲を打ち破る選択肢もまた一つなのだ。斬機刀がアカツキのビームライフルを叩き壊す。

 ザフトでしばしば採用される実体剣は、使用時以外はデッドウェイトでしかない。しかしビームサーベルの技術が確立した今でも使われるのは、その攻撃手段がシンプルゆえに確実だからだ。

 耐熱セラミックスや超硬度タングステン、高粘性発泡金属などを幾層にも重ね合わせた刀は、ビームシールドのような薄いビームの膜では瞬時に融解させることが出来ない。その上、PS装甲であっても内部の機器やパイロットに大きな衝撃を与える事が出来る。例えビームを反射する装甲であっても、金属の塊の衝突に無傷ではいられない。純白に輝いたフォルトゥーナの一撃が、アカツキをシールドごと跳ね飛ばす

「コンボを切らすかよ!」

 シールドを展開したドラグーンを斬機刀で薙ぎ払い、イェレは裂帛の気合でレバーを押し込む。機体性能、パイロットの腕、そういったものを考える気にもなれなかった。この戦場で、唯一不真面目な態度でいるこの連中を叩きのめす事だけを考える。

 連中は、自らの正義という欲望を満たすために、このような事をしている。だから、正義という欲望を全うしたアークエンジェルに自らをなぞらえるのだ。彼らの目的は自分自身であって、他の人々ではない。

 正義という欲望が何をもたらすのか。かつてのアークエンジェルが何ももたらさなかったように、彼らもまた何ももたらさないであろう。ただ、欲望の充足がもたらす快感だけがそこにある。それこそが重要であって、それ以外などどうでもいいのだ。青空に無邪気に輝く金色の装甲が、そう語っていた。

 ビームガンの銃把から伸ばされたビームサーベルがドラグーンのスラスターを貫く。左手で突っ込んできたドラグーンを掴みとめ、ビームシールドを発振させて破壊する。全開にされたフォルトゥーナのスラスターは、距離を取ろうとするアカツキに追いすがり、ばら撒かれた頭部機関砲はアカツキの脚部スラスターに煙を吹かせた。

 アカツキが突き出したビームサーベルは、ABP装甲が弾く。そしてフォルトゥーナの振り下ろした斬機刀は、敵のビームシールドをもろともせずその頭部を叩き割り、そのまま胸部に食い込む。フォルトゥーナのアクチュエーターが唸りを上げて、刀を振り抜いた。

 金色の装甲をひしゃげさせたアカツキは、そのまま地面へと急降下していく。脚を胴体にめり込ませるようにして墜落した機体は、そのまま動かなくなった。

 グラティアが打ち上げた信号弾を確認すると、リベルに手信号を送る。イェレは大きく息をつくとぺダルを踏み込んだ。

 

 トレランシアの援護に向う二機を後部モニターで確認した。アークエンジェルもかなり離れた場所に行ってしまったようだ。リリトはフライトユニットの翼にぶら下がっていた増槽を切り離す。

 僚機を撃墜されて、流石にフリーダムのパイロットも動揺しているのだろう。その隙を見逃すリリトではない。グラティアのビームサーベルが閃いた。しかし、それで落とせる相手であれば、ここまで腐れ縁は続かないだろう。ビームサーベルの接触が激しい光を発する。

 それでも、この機体に無駄な時間は割きたくない。南部アフリカ連邦の戦線は大幅に後退し、頑強に抵抗するトレランシアは孤立しつつあった。イェレとフィジェが向ってくれたが、安心は出来ない。

「邪魔!!」

 エクステンショナル・アレスターが二基、本体のビームキャノンが一基のドラグーンを同時に破壊する。突き出したビームサーベルをフェイントに蹴撃、反撃のレールガンをシールドで受け止めてビームライフルを連射、距離を詰めてグレネードを煙幕代わりに打ち込む。

 南部アフリカ連邦の別働隊を上空から狙い撃とうとするフリーダムを徹底的に封じる。ドラグーンの一基にすら地上への攻撃を許さない。プラズマ砲の火線を掻い潜り、腹部の拡散ビームをABP装甲で凌いでビームサーベルを振るう。

 再びスパークが閃き、同時にグラティアを大きな衝撃が襲う。対艦刀を叩きつけられたグラティアは一気に高度を落とした。PS装甲の起動が遅れれば致命傷だ。リリトは奥歯を噛んでペダルを踏みしめる。地上に降り注ぐ攻撃を体を張って止め、シールドを犠牲にしてフリーダムに突っ込んだ。

「あんた達は・・・何をしたい!?」

 この距離なら、あるいは聞こえるかもしれないと、リリトは怒鳴る。ノイズの奥から聞こえるのは、答えではなかった。

「君達・・・君は、どうして・・・?」

「質問してるのは私だぁ!!」

 グラティアの腕が純白に輝き、ビームシールドを突き破って拳が届く。センサーブロックをしたたかに殴られたフリーダムがバランスを崩す。勢いを殺さずに前宙を決め、グラティアの両踵が再度フリーダムの頭部を襲った。ゴスンという衝撃とともに、フリーダムが落下する。

 落下しながら全砲門を向けるフリーダムに、リリトは初めて殺気を感じた。瞬時に精神を弾かせる。機体の中心部を狙ってきた攻撃に、彼女は叫ぶ。

「気付くのが遅い!!」

 グラティアの攻撃を回避する速度、ドラグーンの動き、攻撃の精度と照準の厳しさ、その全てが今までとは段違いの性能を見せている。それは敵が「本気」を出したという事だ。そしてそれを判断できるリリトもまた本気である。彼女は冷静に、残りの戦闘可能時間を計算した。

 レールガンの牽制射撃から、拡散ビームの目くらまし、急接近して対艦刀の抜き打ち、そこまでの連携は見えている。だからこそ必殺を念じて、エクステンショナル・アレスターを撃ち出していた。コクピットの装甲をかすめて対艦刀の切っ先が通過するのを見る。そして、左右から非対称のタイミングで飛来するエクステンショナル・アレスターが、二本の対艦刀を振り切ったフリーダムを貫くはずだった。

 しかしディスプレイには、二基のデバイスの消失を示す点滅が見える。対艦刀を捨てたフリーダムは、両の掌でエクステンショナル・アレスターを握り潰していた。近接専用のプラズマトーチが仕込まれた手がグラティアに伸ばされる。避けきれずに左肩の装甲を剥ぎ取られた。

 機体が交錯する瞬間、リリトは再び怒鳴った。

「あんた達の目的は何!?」

「君は・・・この世界を見て、何とも思わないのか!?」

「相変わらず、他人の質問は無視ね!」

 だが、その理由は分かる。彼らは、質問される理由が分からないのだ。正しい事をしている以上、本来ならそこに疑問など生じない。だから彼らは質問に答えるのではなく、自らの疑問を口にするのだ。何故、正しい事を行わないのかと。

 彼らにとって、正義は一つであり正しい行いとは一つである。彼らは融和と共存を標榜しながら、自分と異なる正義とは決して同居しない。いや、自分と異なる正義とは即ち悪であり、融和と共存の外側にある排除の対象なのだ。故にフリーダムの銃口はグラティアに向けられる。それは、テロリストの排除のためにフリーダムに銃口を向けるグラティアと同じであった。放たれたビームが互いの機体を震わせる。

「あんたの見た世界って何!?」

「・・・っな!?」

「答えてみせなさい! あんたが何を思ったかではなく、あんたが何を見たのかを!」

 ノイズの奥の沈黙に焦燥が聞き取れる。彼らの言葉には裏付けがない。ただフワフワと概念を舌の上で転がすだけだ。

 ガルナハンの街角でたむろするしかない男達。虚ろな目で配給品に群がる難民。再開発のために焼かれるスラムの住民。MSに追い立てられるデモ隊。麻薬を生活の糧とする農民。捨てられる子供。殺しあう人々。どれ一つとして、彼らはその目で見ていない。

 政府職員として奔走する元ゲリラの女性。難民の中に分け入って医療活動を行う団体。軍閥や武装勢力とギリギリの交渉を行っている組織。弾圧の中で活動を続けた政治家。見捨てられたアフリカで取材を続けるジャーナリスト。どれ一つとして、彼らの目には入っていない。

 「この世界」という言葉で語れる世界など存在しない。世界とは、個別に存在する事象が絡み合い組み合わさったものだ。個別の事象には個別の問題があり、個別の解決策が個別の人ごとにある。行政だけでも、医療だけでも、政治だけでも、報道だけでも、問題は解決しない。個別の解決策が絡み合い組み合わさった時、初めて一つの問題に解決の筋道が見出せるのだ。

「それを、テロだけで解決するつもりか!」

「僕は・・・」

「僕は、何!?」

 グラティアのビームサーベルがフリーダムのシールドを切断する。割れたシールドの陰から伸ばされたフリーダムの左手に、グラティアのビームライフルが破壊された。至近距離からのレールガンをPS装甲で凌ぎ。バランスを崩しながら発射したビームキャノンが最後のドラグーンを消し飛ばす。

 互角、いや間違いなく押している。フリーダムのパイロットには答える事のできない問いを、リリトは通信機に向って怒鳴り続ける。世界を理解してしまった彼には、もはや答えがないのだ。「世界」という言葉で、この世界を理解してしまった彼は、それ以上理解する事ができない。

 その果てにあるのは、諦めだろう。自分自身の貧しい一言で世界をカテゴライズしながら、それを世界の貧しさだと思い込む。彼自身がカテゴライズした貧しい世界を豊かにするのは、ただ彼自身の欲望だけだ。故に正義の欲望は果てしなく広がる。

「君が・・・何を分かっているというんだ!」

「質問しているのはこっちだと言っただろう!!」

 フリーダムのビームライフルがグラティアの眼前で連結される。だがグラティアの撃ち出したグレネードの爆発がその射線をずらし、接近したグラティアの頭部機関砲がビームライフルを使用不能にした。

 リリトに分かっている事は、未だに分からないという事だけだ。最も親しい友人の事ですら、彼女には分からない事の方がはるかに多い。握り合った手の温もりすら、儚い記憶だ。故に、彼女は理解するための努力を決意した。そして、その友人は言った。「信じられる」と。

 人間の持てるもっとも狭い世界で、リリトは自分の無理解と他者の信頼を知った。だから、人間が持てるもっとも広い世界でも、同じ事をしようと思う。理解するための努力と、無理解の向こう側への信頼。

 リリトはレバーを押し込んだ。フリーダムの全砲門が閃く中に、グラティアを滑り込ませる。フリーダムが生み出した無数の虚像に惑わされる事なく、一気に距離を詰めた。拡散ビームの壁を純白に輝くグラティアが突き破る。

「分かったつもりになって!」

 グラティアの回し蹴りがフリーダムの頭部を捻じ曲げる。

「勝手に世界を決め付けて!」

 ビームキャノンがその翼を脱落させる。

「自分の欲望を押し付けるんじゃない!!」

 抜き放たれた二本のビームサーベルがフリーダムの両肩を切断した。

 姿勢を崩したフリーダムの腹に足を押し付けてスラスターを吹かす。噴流炎がビーム砲を破壊し、最後の抵抗を試みるレールガンも、もはやグラティアを捉えられなくなった。

 リリトは大きく息をつき、墜落していくフリーダムを見る。

 

 大気による減衰、そして外気を利用する事によって格段に効率が上がるラミネート装甲、宙を浮く戦艦同士の戦闘は簡単には決着をもたらさない。砲撃を続けるトレランシアの背後では、四機の艦載機が必死に防衛線を維持している。ここが抜かれれば、ケープタウンは丸裸だ。

 南部アフリカ連邦のザウート部隊が放った砲撃が、空中で派手に弾ける。煙幕の裏で、トレランシアは体勢を整えた。

「アントレランスを使用します。可能出力は?」

「・・・45・・・いえ42が限界です」

「構いません、アントレランス起動」

 トレランシアの艦首に強力な砲が設置されている事は知られている。そのため艦首部分に攻撃を集中された結果、余剰エネルギーを処理するための回路が使用できず最大出力による砲撃が不可能になっていた。レセディはそれにもかかわらず艦首中性子砲の使用を命じる。

 煙幕が晴れ、トレランシアはアークエンジェルに正対する。双方の主砲が交錯し、ブリッジに嫌な振動が伝わる。モニターに映るアークエンジェルは、その両脚に設置された特装砲を展開していた。

 レセディの声は落ち着き払っていた。トレランシアの艦首から光の束が吐き出される。

 通常の半分以下の出力である、チャージ時間も半分以下だ。完全に敵の意表を突いたタイミングだったのだろう、アークエンジェルは回避運動を行う事もなくその光の直撃を受けていた。

 光が消えた時、アークエンジェルはその健全な艦体を宙に浮かべていた。だが、全ての砲が沈黙している。

 ニュートロンスタンピーダーを応用し、透過性の高い高速中性子を構造物破壊が可能なレベルまで収束するのがアントレランスの仕組みである。今回は、それを十分に出力を上げる事無く照射した。そのため高速中性子は、艦構造物を破壊するレベルには至らなかったのだ。

 しかし艦を通り抜けた中性子は、クルー全員に致死レベルの数垓倍以上の線量をもたらした。今、アークエンジェルの中に生存者はいない。

 電子機器などにも深刻な影響は出ているはずだが、中性子砲はブリッジを中心に命中したため、スラスターや浮遊システムに対してはその機能を失わせるには至らなかったようだ。無言のアークエンジェルは、ゆっくりと青空の彼方を目指す。戦場も一瞬だけ無言になった。

「ウェルガーを帰還させて! フォルトゥーナとリベルは換装させてケープタウンに! グラティアからの連絡は!?」

 沈黙を突き破るようにレセディの声が響く。戦闘は続いているのだ。

 

 市街地の周辺部で盛んに煙が上がっている。聞こえてくるのは爆発音ばかりだ。窓から下を見ると、自軍の兵士が右往左往しながら市街戦に向っていた。予想通り、敵部隊の一部がケープタウンへの突入に成功したのだろう。

 その中には間違いなくレジー・マヌカがいる。ヘストリー・オサバは大きく息を吸って心を落ち着けた。あと少しで終わる。空を飛んでいたMSが何かを見つけたように急降下を始めた。

「フィジェにはきつい場所だな!」

 フォルトゥーナのコクピットの中でイェレが叫ぶ。斬機刀がグフの刀を叩き折り、その腕を斬り落としていた。ろくに横を見る事無く、ビームガンを左方向に撃ちながら機体を走らせた。高い建物が多く、砲撃戦には向かないのだ。街を瓦礫の山には出来ない。

 敵のMS部隊がケープタウンに侵入している事は確かだが、どこに敵がいるか見当が付かない。道路に沿って走り、高速道路の高架を飛び越えながら、出会い頭で敵を排除するしかない。時折上を見上げて、ゾーリンに乗るリベルからの手信号を確認するくらいだ。そのリベルが敵のムラサメを撃ち抜いたのが見える。

 背後の音に体を屈め、横の道に機体を転がりこませる。ホバー走行で滑るドムをビームガンで撃つが、赤い幕がそれを防ぐ。ビームバズーカと実体弾の複合砲をビームシールドで受け止め、斬機刀を幕の中に突き入れる。

 爆発に耐えるフォルトゥーナは、その向こう側を駆けるMSを見た。空色のジン。フォルトゥーナの前には二機のウェルガーが立ち塞がり、イェレは信号弾を打ち上げる。

「アレナ! 行けるか!?」

「確認した!」

 シビリアンアストレイと切り結んでいたウェルガーファーストの中で、ヒューは外部装甲を脱ぎ捨てたウェルガーセカンドが大きく飛び上がるのを見る。その背後から放たれる砲撃が、ウェルガーを追った二機のウィンダムⅡを撃墜した。さらに周りの目を引くように砲火をばら撒くリベルに敵が群がる。

 それを後部モニターで確認しながらアレナはペダルを踏み込む。地図を呼び出し、フォルトゥーナが打ち上げた信号弾の位置をマークする。敵の目的地は、間違いなく行政府のあるビルだ。

 高速道路に飛び乗り、その上を走る。MSの走行など想定していない高速道路は大きく揺れた。大きな足跡を残すようにウェルガーセカンドは飛ぶ。シールドがビームの直撃に揺れ、放ったグレネードは敵のウェルガーの足元を抉った。バランスを崩した敵機にビームサーベルを突き刺し、さらに飛ぶ。

 着地と同時に攻撃を受けてシールドを失う。ビームライフルで一機のウェルガーを撃ち抜くが、投擲されたナイフが左肩に突き刺さっている。一瞬の隙にビームライフルを切り裂かれ、再度の斬撃をかわし切れずにウェルガーセカンドは転倒した。

「本当に予想外だよ」

 周囲にいた全てのウェルガーの姿が無くなり、レジー・マヌカはため息混じりに言った。アークエンジェルが予想外に役に立たなかったのか、それとも緊急即応部隊とやらが予想外の働きだったのか。ケープタウンへの突入には成功したものの、かなりの被害のようだった。

 目の前にビルは南部アフリカ連邦の行政の中心、そして南部アフリカ連邦の代表者が陣取る場所だ。キング一駒とはいえ、これでチェックメイトである。連合軍の介入前に、南部アフリカ連邦を押さえた。これで戦闘は終結し、次の展開に移る。ジンはライフルを構えた。

 火を吹くそれは傍のビルを破壊し、隠れていたMSが飛び出してくる。それを冷静に撃墜し、改めてライフルを構えた。モニターの解像度を上げてビルの窓を探す、彼女ならきっとここに留まっているはずだ。

 ヘストリーは最上階の真ん中の窓でこちらを見ている。レジーは嘆息した。裏切り者に銃を向けるたびに、彼は嘆息を漏らす。彼らとはどこで道が別れてしまったのだろうかと。彼女の目はどこを向いているのだろうかと。

「・・・ん!?」

 モニターの中の彼女は自分の方を見ていない。その後ろ側を見ているのだ。咄嗟に後部モニターを確認すると、そこにはナイフを投げつけたウェルガーの姿が映っていた。機体に衝撃が走り、ライフルを持っていた腕が止まる。伝達系統が完全に切断され、ライフルが使えない。

 機体を翻すジンを追ってウェルガーセカンドは飛んだ。最大限に伸ばしたビームサーベルがその翼を切り落とす。頭部機関砲がスラスターを破壊し、ジンはあっけなく墜落した。

 ウェルガーのコクピットの中で、アレナは倒れたジンに自動小銃を持った兵士が群がるのを見る。しばらくして、ビルから女性が出てきた。

「引きずり出して」

 ヘストリーは静かに言う。工具を持った兵士がコクピットに集まり、ハッチを開ける。兵士の一人が倒れるが、銃声はその一発だけだった。コクピットから男が引き出される。

 ヘストリーは、両腕を拘束された男を見る。顔に殴られた跡があるが、それ以外は何も変わっていないレジー・マヌカその人だった。自分を見る目も、その輝きも何も変わっていない。それをとても寒々しいものに感じた。

「殺さないのかい?」

「それはあなたをちゃんと目覚めさせてから考えるわ・・・もっとも、その時の法廷が誰の管轄かは分からないけどね」

 永遠に夢を見ているような彼が眼を覚ますかどうかは分からない。だがアフリカは眼を覚ます。レジー・マヌカという夢から覚めて、現実を見るのだ。国際社会は、彼の事を悪夢というかもしれない。だが彼女だけは、彼が見ていたものが純粋な夢だったと知っている。

 そうでなければ、誰も彼と共に夢を見ようとは思わなかったはずだ。彼女も同じ夢を見た一人なのだから。

「感謝しているのよ・・・そして・・・」

 レストリーは言葉を切り、兵士に彼を連れて行くように命じた。ウェルガーに軽く手を振ると、彼女はビルに戻っていく。レジー・マヌカの捕縛と戦闘の終結を宣言しなくてはならない。

 アフリカの現実を再始動させるのだ。

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