Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
山あいを縫うように、白い巨体が進む。ブリッジに上がってくる報告は、山肌に隠れている人間を発見したというものばかりである。つまり、こちらの動きは相手に筒抜けだということだ。選挙妨害を阻止するために、連合が武装勢力の掃討を行うということはアナウンスされているので、隠す必要もないということだろう。
だが敵もMSを運用している。拠点の移動は不可能だということだ。お互いに目標の位置が分かっている以上、動くことの出来るトレランシアの方が若干有利だと思われた。もっともそれは、気休め程度だ。
敵の勢力圏であるバーシヤー渓谷は既に目視で捉えられる距離に迫っている。狭隘かつ峻険なその地形は陸上戦艦の行動が不可能であり、近くに基地を持っていない限りMSの運用は困難なのだ。
「そこで我々が動くこととなった」
マーカスは、戦闘に関する主だったクルーを前に、作戦の説明を開始した。ブリーフィングルームには、パイロットとブリッジクルー、整備やダメージコントロールの責任者が集まっている。
地形図と航空写真と実際の映像が交互に示しめされていく。薄い褐色の山肌には植物はほとんどなく、地質も脆いものである。崖や急斜面も多く、MSを着地させる場所にも事欠くといった感じだ。
敵には航空戦力による支援があるため、MSの性能差があったとしても空戦で圧倒できる保証はない。さらに対MS地雷の敷設や、歩兵による携帯用対戦車火器での攻撃も考慮しなければならない。
「艦長。暗くなる話ばかりで恐縮だが、という前置きを忘れるなよ」
ヒューが真面目な顔で茶化す。敵のMSは旧式ばかりであるという事が、何の慰めにもならないといった感じだ。マーカスはその言葉を待っていたとばかりに、今回の作戦の核心を説明する。
トレランシアに搭載された中性子砲「アントレランス」による、敵基地への長距離砲撃。基地機能そのものを直接破壊すれば、武装勢力の力は一気に弱体化する。大気中での有効射程距離まで艦を進めて一気に勝負を決するのだ。手持ちのMSが六機しかない以上、短期集中で攻めるしかない。
MSは艦の直援として、迫ってくる敵の排除のみに集中する。シンプルであるが、破綻の少ない作戦であろう。ニュートロンスタンピーダーの原理を応用した中性子砲は電場や磁場による干渉を、他の加速粒子砲に比べて受けにくい。敵基地にリフレクターがあったとしても、打撃を与えることは可能なはずだ。
「リベルは艦の上部で対空砲となってもらう。フォルトゥーナとグラティア、ウェルガーのエリクセン機は艦周囲に展開。レペタ機とベルネル機は先行し、艦進路上の障害を排除する」
簡単な配置を伝えると、細部の詰めは各セクションで行うように言った。マーカスが自分の席に戻ると、代ってレセディが前に出る。敵に関する情報の説明だ。しかしその前に、彼女はリリトに視線を向けて大丈夫かと聞く。
微動だにせず、ただ視線を受け止めるだけのリリトに、レセディは聞こえないように舌打ちをする。気を取り直すように咳払いをすると、彼女は説明を始めた。
高地で見る空の色は、空気と逆で濃く感じる。気のせいと切って捨てるか、宇宙が近いからだと詩的に納得するか、太陽光は大気の上層で散乱するから濃く見えるのだと理屈をこねてみるか。いずれにせよ、もともとここに住んでいなかった者の勝手な感想である。
滑走路や地上施設は整備されているはずなのだが、周囲の風景もそこにいる人々も、昔と変わらない姿を保っている。そのため整備された施設の姿が、逆に陳腐なものに見えてしまう。そこに住んでいる人々の格好というものは、長い年月の間に洗練された理想的な格好なのだ。
滑走路の隅でかまどを作りバター茶を沸かしている姿は、パイロットスーツ姿で格納庫に向かう姿よりも様になっているものだ。基地に生活用品を納めに来た業者が一服を終え、ヤクをつれて帰途に着く。そろそろ戦闘が開始されるらしく、基地が慌しくなっていた。
半値にして現金払いを要求したのは正解だった、業者はそう思いながら上を見上げる。一機のMSがサブフライトシステムに乗って飛び立っていった。
「陸上戦艦がダメなら空中戦艦か、芸のないことだ」
彫りの深い顔立ちの壮年の男性がそう言う。基地司令室には、周囲から得られた報告が逐一寄せられていた。周辺一帯には通信用のケーブルがくまなく張り巡らされており、情報の伝達に滞りはなかった。バーシヤー渓谷は要塞化されている。
もともとこの渓谷を拠点にしていた軍閥に過ぎなかったこの武装勢力が、東アジア共和国や赤道連合からの独立を訴える大勢力となり得たのは、この男の手腕によるところが大きい。そのためいつしか、この武装勢力は男の名前を取ってウル・ハク派と呼ばれるようになっていた。
「敵が一隻なら使えるMSも多寡が知れている、MSを引きずり出して艦を落とせば終わりだ」
そう言いながら、地図を広げ迎撃のための指示を出していく。固定砲台だけではなく、馬や小型車両を利用してゲリラ的に艦を狙わせるのだ。それほど高度が出せるわけではない戦艦なら、携帯用火器でも十分に届く。
地の利を利用して袋小路に誘い込み、取り囲んで一気に殲滅する。既に数度の正規軍による攻撃を退けているのだ。勝算は十分すぎるほどある。
「連合による分割を承認させるための選挙など、断じて認めるわけにはいかない。独立こそが真の望みであると、人々を呼び覚ますために、我等の土地は我等で守り、我等で勝ち取る!」
ウル・ハクの言葉に、司令室の気勢が一気に上がる。モニターには、格納庫から姿を現したザウートが、配置に向かう姿が映し出されていた。ヘリコプターや航空機も順次発進していく。
敵艦との接触を知らせる連絡が届き、ややあって遥か遠くから砲撃音がとどろき始めた。
固定砲台といっても旧式の火砲ばかりであり、威力、命中率ともに無視できる程度のものである。山への接触を避けるために速度を出せないのが難点であるが、敵の攻撃は十分にしのげる。運よく命中した砲弾が艦に振動を伝えるが、宇宙におけるデブリとの接触に対して十分な耐久性を持たせている装甲には、傷を付けるくらいしか出来ない。
そのためトレランシアは無駄な反撃を行わず、真っ直ぐに敵拠点へ進路を取る。シートに微かな振動が伝わり、被弾箇所を知らせる画面が点滅する。
「スラスター周りにだけは注意して」
副長の声が響き、外部モニターが一斉に動き出す。旧式の携帯型対戦車ロケット砲程度で破壊されるものでもないが、艦でもっとも脆弱な部分である。牽制の対空機関砲が、艦側面にそそり立つ崖を削っていく。
敵MSの行動可能圏内に入ってからが本格的な勝負となる。敵もそのつもりのはずだ、これらの攻撃は末端の戦闘員が勝手に行っているものであろう。一つのモニターが、崖沿いの道を撃ち砕かれて立ち往生している数頭の馬を映し出した。その背に乗る人間が発射したロケット弾は、艦に届くことなく崖下に落ちていった。
カシアは対空装備の自律起動システムを停止させる。主に接近する赤外線源に対して弾幕を張るシステムであるが、この状態でシステムを動かせば、あのような人間を全員殺しかねない。
システムが停止したことを示す画面を見て、レセディが咎める。
「だって、相手はに・・・」
「ザフトは宇宙人を相手に戦争をするのですか?」
相手が人間であることは当然である。少なくとも、アカデミーを卒業し戦場という場に立っている者に、論理的な反論は不可能であった。カシアは押し黙り、それでもシステムを手動から切り替えなかった。
再び咎めるレセディの声をマーカスが遮った。
「対MS用の砲弾に対艦ミサイル迎撃用の砲弾、どちらも人を狙うには高価すぎる。本命前に弾の無駄遣いもしたくないですしね」
そう言うとカシアに対して、次の反論をすればブリッジから退去させると付け加えた。レセディは、この艦長を侮るのは止めにすることにした。ブリッジにアラームが鳴りMSの発艦時刻が知らされる。同時にカタパルトハッチの開放が画面に示され、カメラの一つが切り替わった。
ハンガーからカタパルトに移動するのは先行する二機のウェルガーである。ハンガー全体が外の空気に満たされ、整備員が全員退避する。タルハは発進を待つMSを見上げながら、せめて微笑んで見せた。
カメラでそれを追っていたイェレは、何度も深呼吸を繰り返す。微笑み返す余裕はない。彼らにとって、これは初めての実戦なのだ。ヒューには二度目だろうと冷やかされたが、それに構う余裕もなかった。アカデミーで初めてMSに乗った時とは質も量も全く異なる緊張だ。
通信を繋いでいるリリトとフィジェも、無言のまま。遮光バイザーの下の顔は、全員青ざめているのだろうか。
「緊張するなとは言わないぜ。けど、ほどほどにしとかないとホントに死ぬぞ。ヒュー・レペタ、ウェルガーファースト、出るぞ!」
「心配するな。私達が全ての敵を排除すれば、君達に近づくMSはいなくなる。アレナ・ベルネル、ウェルガーセカンド、出ます!」
そう声を掛けてくれた二人が立て続けにカタパルトから飛び立っていく。彼らが敵と接触すれば、イェレ達も出撃となる。作戦予定では五分ほど、これほど長い五分を味わうのも初めてだ。
無我夢中といった感じだったカオシュンでの騒動とは違い、今は十分に緊張を味わう時間がある。せめて通信の画面から自分の緊張が伝わらないように願うしか出来ない。リリトに対して声を掛けることも出来なかった。むしろ、声を掛けて欲しいくらいだ。
通信モニターの中で、フィジェが遮光バイザーをあげる。モニターとバイザー越しでは顔色までは分からないが、口元は微かに微笑んでいた。
「近づく敵は全部撃ち落してやる、お前らは飛んでるだけでいい」
甲板上で対空防御を受け持つリベルが、先に発進することとなった。カタパルトではなくエレベーターに機体を進ませる。カシアのアナウンスが聞こえ、リベルが甲板へとせり上がって行く。
イェレは大きく息を吸い込み、それを飲み込んだ。ウェルガーの三番機がカタパルトへと足を乗せる。彼の発進はその次だ。
先行するMSはヘリと航空機で足止めをし、本命の艦をMSで襲う。空中戦艦の動きがとり難い狭い山間に誘い込み、ある限りの火力を叩き込んで勝負を決める。すでに誘い込む地点にはザウートを二両、ガズウートを四両配備済みだ。
自ら出撃したウル・ハクであるが、戦闘に参加する必要はなさそうであった。敵艦はこちらからの圧力を避けるように、予想通りの進路を通っている。
アフリカ南部では連合の支配を脱し、独立を勝ち取った地域がある。ナチュラルとコーディネーターの不毛な諍いに終止符を打ち、世界を平和的に安定させるためには、もはや連合という枠組みは用を成さないのだ。地域、民族、宗教、文化、人種、遺伝的差異、それらを中央集権的に統合することなど不可能なのである。
だからこそ彼らは独立を求める。この地域に根ざした社会のあり方が、政府や経済を規定すべきである。ペキンやニューデリーのやり方を押し付けられるいわれはない。
「見物なら、直接見た方が良いか」
彼は自分の乗る機動兵器を、戦況の見渡せる場所へと向かわせる。山の向こう側からは、間断なく砲声が轟き続ける。
トレランシアは四方に弾幕を張りながら、敵の攻撃を避けるように進路を取っていた。固定砲台の種類も対艦攻撃を目的とした砲に変わっている。リベルの複列位相砲が、山肌をくりぬいて作られたレールガンの砲台を撃ち抜く。
フィジェはパイロットスーツの首元に溜まる汗にいらつきながら、引き金を引き続けた。電源ケーブルを接続したままなのでエネルギー切れの心配はないが、砲身の冷却が十分に追いつかない。
地形の画像を元に自律航行する巡航ミサイルが四方八方から飛来し、それへの対処で手一杯なのだ。山の裏側から飛んでくるミサイルを、しらみつぶしに撃ち落すしかない。周囲を飛び交うMSは事前の情報よりも多いのだが、そちらにまで手を回すことが出来ないでいる。
モニターに映るのは苦戦する友人の姿であるが、その援護も出来ない。地面の上では、フォルトゥーナが二機のバクゥに翻弄されている。
もともと足場の悪い地形である。接地圧の大きい二足歩行型のMSでは、足場を踏み砕いてしまうのだ。急な崖を滑りながら、ビームガンを牽制に撃つ。
「いつまでも、やられっぱじゃねっての!!」
スラスターを吹かせて飛び上がると、抜きざまに斬機刀でバクゥのミサイルポッドを切り裂く。残っていた三発のミサイルが誘爆し、その爆煙からもう一機のバクゥが飛び込む。
辛うじてビームサーベルを受け止めると、ビームガンを乱射する。艦底部を狙わせるわけには行かないのだ。ビーム砲搭載タイプを守るように、ミサイルポッドを失ったバクゥが駆け回る。
「フォルトゥーナは近接専用よ! 無理しないで!」
リリトの視線がイェレの機体に向いた瞬間、グゥルが突っ込んできた。それをビームサーベルで切り捨てると、飛び上がったダガーLをビームライフルで撃ち抜く。殺到するロケット弾をシールドとPS装甲で強引に突破し、胸部ビーム発射体型を取られる前にバビの頭を蹴り飛ばす。
思った以上に自分の体が動かない。機体性能だけで凌いでいるといった感じだ。重力、空気抵抗、地形、射撃の反動、爆発による圧力、コクピットレイアウトの微妙な差異、シミュレーションとは全く異なる実戦と言う場。そしてここは、そんな泣き言が死に繋がる場なのだ。
バックパックのビームキャノンがゲイツの両足を吹き飛ばし、艦を狙おうとするディンをグレネードで牽制する。一瞬動きの止まったディンを別のビームが撃ち抜いた。
「フォーメーションを崩すな、素人が!」
ウェルガー三番機からタラスの怒鳴り声が聞こえる。艦との距離が少しずつ離れていた。
「俺が抑える! お前はフォルトゥーナを連れて艦に戻れ!」
ウェルガーがビームサーベルを閃かせて、正面のザクに突っ込む。リリトは大きく息をつくとイェレの援護に向かった。フォルトゥーナは、いまだ二機のバクゥと対峙している。
イェレにとってバクゥ以上に厄介なのは、足元を走り回るジープだった。携帯用のロケット弾や徹甲仕様の機関砲での攻撃はPS装甲で防げるが、ただでさえ動きにくい足場がさらに狭くなる。
「本気で踏み潰すぞ!」
そう叫んで足を踏み出す。だが、モンターに映る人間をそう簡単に踏み潰せるものでもない。横転したジープがバクゥの履帯に巻き込まれるのを見て、イェレは嫌悪感を覚えた。味方を踏み潰すことを厭わない敵だ。
上空からグラティアのビームが降るのを確認して、イェレはペダルを踏み込む。ジープや人間を避けるように複雑にステップを踏みながら、バクゥのビームを寸でのところで回避する。
牽制のビームガンでバクゥが左右から回り込むことを阻止し、正面からの突進を要求した。頭部に装備されたビームシールドを展開したバクゥが、砂煙を上げて突撃する。フォルトゥーナは左手を構えた。掌から発生したビームシールドが接触する直前、バクゥが視界から消える。次にバクゥを捉えたのは上部モニター。
跳躍したバクゥは、口部ビームサーベルを展開してスラスターを吹かせた。
「シャッ!!」
叫びとも気合ともつかない声がイェレの口から漏れる。バクゥがフォルトゥーナを切り裂くより早く、フォルトゥーナのビームガンの銃把から伸びたビームサーベルがバクゥの体を貫いていた。
「サンキュー、リリト・・・」
背後での爆発音を聞き、イェレは肩で息をしながらそうつぶやく。フォルトゥーナに飛び掛ったもう一機のバクゥは、グラティアが撃墜していた。
敵MSの数が予想外に多かったことを除けば、作戦の進行に大きな支障はなかった。敵はこちらが考えた通りの場所にこちらを追い込もうとしている。トレランシアとしては、中性子砲の有効射程距離に入ることが出来れば、どこに向かおうと構わないのだ。
だが直援のMSが引き離されたことから、艦への攻撃は激しさを増している。レセディの声が艦に響く。
「各員、再度任務の確認を! これより最終段階に移行します!」
艦各部の損害状況がブリッジに集められる。ギリギリ想定の範囲内だが、ダメージは少なくない。ジェネレーターとスラスター、そして中性子砲の状態が報告される。ブリッジが揺れるたび、張り詰めた緊張感に痛みを感じる。
作戦通りとはいえ、艦長の顔色は良くない。口数もゼロになっている。やはり修羅場は場数なのだろう。レセディは月面の時と比べてみる。遥かに易しい戦場だ。トレランシアの速度を上げた。
それを阻止するように、三機の敵がグゥルごと突っ込んでくる。フィジェは、モニターに乱舞するターゲットサイトが全て緑になるのを確認した。リベルの全砲門が開く。
突撃してきた三機のグゥルは爆散し、吹き付ける煙が視界を遮る。
「取り付かれた!?」
甲板に伝わった振動でフィジェはそう判断した。煙が晴れるより早く、ビームライフルを連射する。重斬刀を振り上げ砲塔を斬り付けようとしていたジンは、腕を飛ばされるとバランスを崩して落下する。
ほっと胸を撫で下ろそうとした時、モニターに影が走る。見上げた目の前には、ビームクローを振りかざしたゲイツの姿が見えた。とっさに機体をずらすが、電源ケーブルを切断される。リベルは反動でバランスを崩した。
しまった、機体を甲板上で踏みとどまらせながらフィジェは思った。背後からの敵の接近を知らせるアラームが響く。背部ビームだけでも後ろに向けようとするが間に合わない。
「当たってぇー!!」
突然、カシアの悲鳴のような声が通信機を震わせ、艦の対空機関砲の一基がゲイツを狙い撃った。穴だらけになったゲイツがゆっくり倒れ、落下していく。
「フィジェ! また上から来る!!」
カシアの声に、フィジェは礼を言うより先にリベルを飛び上がらせた。ミサイルより大型でMSより小型、五機の戦闘機が真っ逆さまに艦に殺到する。放たれる機関砲を無視して狙いを定めた。
モニターに偶然、キャノピー越しのパイロットの姿が映る。フィジェは引き金を引く指を躊躇させてしまった。五機のうち一機がリベルに衝突する。
「スーサイドアタック!?」
マーカスが叫ぶのと同時に、レセディは狙撃を指示する。弾幕を張っていた対空砲が一斉に同じ方向を向く。艦の直上で次々と四つの爆発が起こった。トレランスはバランスを維持しながら前進を続ける。
正面の崖のビーム砲台が艦砲で撃ち抜かれると、レセディはカウントダウンを開始する。トレランシアは、速度を緩めることなく崖へと直進した。モニターいっぱいに映る崖に唇を振るわせるマーカスを尻目に、レセディは正確に数を数える。
「3、2、1、ゼロ!」
「上げ舵いっぱい! 全スラスター推力最大! ジェネレーター最大出力! アントレランス起動!」
少し裏返った艦長の声とともに、トレランスは唸りを上げながら崖に沿って垂直に上昇していった。カタパルトデッキの下部からは、巨大な砲がせり出していく。
機体重量の関係から、リベルは単独での飛行が不可能である。戦闘機の特攻を受けて艦に着地できなくなった機体は、崖を滑り降りていく。その眼前をトレランシアの巨体が上昇する。
バクゥとの戦闘でバッテリーを消費しすぎたフォルトゥーナは、崖下からその様子を眺めていた。グラティアとウェルガーの三番機が、艦に随伴する。リリトはセンサーが捉えた機影に機体を向けると、タラスに通信を送る。
「ウェルガーはこのまま艦の護衛を! アンノウンは私が抑える!」
タラスが何か言っていたが、それを無視して正体不明の敵影をカメラで捉える。熱紋の照合率は90%、画像の照合率は60%であるが、その敵が連合製のMAゲルズ・ゲーの改造機であること見れば分かった。空を飛ぶには無意味な六本の足が特徴的なMAである。
だが上半身のMS部分は排され、代りに大型の砲が取り付けられている。砲門の数から、おそらくはビームとレールガンの複合砲。もともとは六脚を活かした砲戦用MAなのだろう。それが猛烈な勢いでトレランシアを目掛けて突き進む。
「ふざけた作戦だ!」
ウル・ハクはMAガンズ・ゲーのコクピットで叫んだ。空中戦艦の浮遊機構はコロイド技術の応用であり、撒布されたコロイド同士の反発力に乗る形で艦を浮かせている。コロイドは常に拡散するため、高度は取りにくい。
そのためトレランシアは艦体を垂直にし、スラスターで強引に艦を持ち上げているのだ。推進剤やスラスター強度の関係から上昇できる高度には限りがあるが、崖一つ越えるだけの高度が取れれば構わないのだろう。その高さ、そしてこの位置から、基地を砲撃できるだけの高出力兵器を有しているはずだ。艦首部分に姿を現した砲門を、ウル・ハクは睨みつける。
配置しておいたザウートや固定砲台も、上から下に向けての砲撃しか考慮していない。追い込む地点の直前で上昇し崖を越えたトレランシアを捉えられないだろう。集中砲火に備えて、MSは既に退避している。それを見透かしたかのように、無防備な艦底を晒しながらトレランシアは上昇する。
「やらせん!」
ウル・ハクが狙いを定めた。だが引き金を引くより早く、モニターに割りこんできた機体がいる。その機体から放たれるビームをかわしながら、ウル・ハクは再度砲撃体勢を取る。
「止める!」
リリトは装甲を相転移させる。グラティアの体が純白に輝き、ガンズ・ゲーから発射されたビームを弾いた。同時に放たれたレールガンにシールドは持っていかれたが、敵に動揺を与えることは出来た。
中性子砲発射までの時間を稼げばいい。砲撃主体のMAであれば、遅れを取ることはないはずだ。ガンズ・ゲーがミサイルと機関砲で牽制してくる。装甲をPS装甲に戻すと、コクピットに伝わる振動を無視して突っ込む。
腕のグレネードを煙幕代わりに発射すると、パックパックからビームサーベルを抜いた。丸い胴体に六本の足、対処は不可能なはず。
「甘い!」
混戦した通信機から、敵の声が聞こえた。ガンズ・ゲーの胴体から細い腕が六本生え、その先端からビームサーベルが発振される。リリトは、慌てて機体を後退させた。敵が出方を見てくれるのは幸いだが、今のバッテリー残量ではABPはあと一回しか使えない。
「連合の犬に我等の理想が邪魔できるとでも思ったか!」
ウル・ハクの声が通信機を揺らす。聞こえていることを知っているのか、単に自分を鼓舞するために言っているのか。機関砲とミサイルを避けながら、リリトは細かくビームを撃って敵を牽制する。
「経済で従属させられ、政治で抑圧され、社会からは忘却される! 我等は自らそこからの脱却を目指している! この流れは止められん! 例え私を止めたとしても!」
リリトは唇を舐める。その言葉に微かな苛立ちを覚えた。彼女の嫌いな言葉だ。その内容ではない、その言葉を発する者の身勝手さが彼女の心を刺すのだ。あの選挙監視団のスタッフも、同じ事を言っていた。
裏の打算に無自覚な正論、それはその正論が守ると訴える対象を傷付けるのだ。この男も、選挙監視団も、この地に住む人を傷付けている。彼女は、ただそう直感した。
「麻薬マフィアが大きな口を!」
この軍閥の資金源はケシの栽培、即ち麻薬である。再構築戦争前後は東アジアの麻薬シンジケート、前大戦時はユーラシアの巨大犯罪組織に麻薬を供給していた。それらの組織が各国捜査当局によって壊滅されられた後は、その販路を引き継ぎ麻薬の流通販売にまで手を広げ資金を得ていた。各国の国境が入り組む部分であるため、捜査当局の手が伸びにくく、今日まで生き残ったのだ。
その潤沢な資金を元に、ユーラシア軍を通じてザフト製の鹵獲兵器やその補給部品などを手に入れ、巨大な軍閥へと成長していた。ウル・ハクはもとともユーラシアの傭兵であったが、軍閥の巨大化とともにユーラシア軍から離れて独自の動きを始めていたのだ。その一環が、この「独立闘争」である。
リリトはペダルを踏み込んだ。グラティアの機体が再び純白に輝く。ガンズ・ゲーの腕が、ビームサーベルから高周波切断機に変わった。それにも構わず、グラティアはスラスターを全開にした。
「残念だっ・・・!?」
ウル・ハクは勝ちを確信した言葉を最後まで言えない。敵は近接戦闘の間合いに入るより早く、腰からケーブル状の武器を伸ばしたのだ。先端にビームの刃が取り付けられた伸縮型特殊兵装、エクステンショナル・アレスター。
ガンズ・ゲーの装甲を突き破ったそれは、ダメージとともに必殺の間合いを与えている。ビーム砲の射角の外側で、PS装甲に戻ったグラティアがビームライフルを構える。敵機のばら撒く苦し紛れの機関砲を弾きながら、グラティアはビームを撃った。
「えっ?」
不意に真っ白になったモニターにリリトは、何が起こったかを把握できなかった。気が付いた時には、エクステンショナル・アレスターを上空からのビームで切断されている。
グラティアのビームをかすめつつ、エクステンショナル・アレスターのくびきから脱したガンズ・ゲーは、機体各部を爆発させながらトレランシアに向かう。ウル・ハクの絶叫が混線する全ての無線を振るわせる。
既に中性子砲の射撃体勢に入っていたトレランシアのブリッジではカウントを開始していた。サブモニターには、照準が映し出されている。艦に固定されている砲であるため、艦の姿勢制御そのものがCICに任されていた。カシアの耳が、接近するMSのパイロットの声を見つける。
「敵機が接近しています!」
「無視して! あと三秒!」
「1、ゼロ! アントレランス、発射!」
艦のモニターに映ったのは、陽電子リフレクターを展開して中性子砲の射線上に飛び込んだガンズ・ゲーが爆発する姿であった。白い光線がモニターに溢れている中、事態の変化を正確に読み取ったレセディが、すぐさま第二射を準備させる。
リフレクターによる防御が不可能とはいえ、射線がずれることは確実だ。望遠のモニターには、格納庫や管制塔が倒壊しながらも滑走路などの施設は未だ健在な敵拠点の姿が映っている。
「艦底部スラスターを全開に! 落下時間を稼いで!」
「射撃可能範囲からの離脱まであと十秒!」
「アントレランス二射目・・・可能です!」
「照準、急いで!」
再び接近する機影が捉えられた。今度は直上からの接近である。同時にウェルガー三番機の信号が消失した。
「ってぇー!!」
レセディの声と、砲身の爆発が同時に起こった。発射された高速中性子の束は再びその角度をずらされ、滑走路の隅を抉ることしか出来ない。
猛烈な振動から立ち直ったトレランシアは、何とか姿勢を保ってその落下速度を制御していた。艦のダメージが次々と報告される中、ブリッジクルーはトレランシアを撃ち抜いた敵の姿を凝視していた。
遥か上空から襲い掛かったのは、翼を広げたMSであった。