Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第六話  選挙の果実

 両腕を切断されたウェルガーが落下してきた。それをリベルとフォルトゥーナが受け止める。三機のMSはカメラを上方に向けて接触回線を開いた。モニターに映るのは、艦首部を断続的に小爆発させるトレランシア、そしてその上空に君臨するように浮かんでいる謎のMSだ。

「・・・敵、なのか?」

「当たり前だ!」

 フィジェの言葉に、タラスが瞬間的に言葉を返す。母艦を攻撃したMSが味方であるはずがない。だがそのMSは、ウェルガーを撃墜し中性子砲を攻撃した以外は何もしようとしないのだ。

 不気味に浮かび続けるそのMSに対し、リリトはコクピットの計器を見渡す。バッテリー残量も推進剤残量も、もはや戦闘に耐えうるものではない。艦に対する積極的な攻撃の意志を見せない以上、下手な動きは控えるべきであろうか。

 自分達がのるMSと同じような頭部デザインのその機体に、リリトは見覚えがあった。アカデミーでもあまり語られることのないMS、その存在を示す公式資料がほとんどないにもかかわらず、アングラではまことしやかに語られるMS。しかし、そのMSがこの場に存在するはずはない。

 だが、あるアングラの情報はこう語っていた。そのMSは常識から、いや物理法則からも自由なのだと。リリトは、頭を振る。

 しかしあの位置から攻撃をされれば、トレランシアは間違いなく沈む。ブリッジではレセディが矢継ぎ早の指示を出していた。マーカスは完全に出る場を失っている。

「それから、ウェルガーの一番機と二番機に、敵拠点空爆の信号弾を。浮遊可能高度まで降りたら全速前進、護衛のMSには撤退の信号弾を。被害状況はまだ?」

「ダメコンは完了しています。ただ中性子砲破壊の影響は・・・」

「衛生班には、艦内の放射能検知を急がせて。レーザー通信が開き次第、被爆クルーの状態を通達して治療可能な施設を探すよう要請して」

 中性子砲が破壊された影響で、高速中性子線の一部がわずかだが艦内を通過した。砲関連のクルーにはそれを浴びた者もおり、またその影響で構造物の一部が放射能を帯びる可能性がある。

 カシアは、レセディの指示をこなすだけで手一杯であったが、艦を攻撃したMSへの対応を全く指示しないことに違和感を覚える。その疑問を口にする暇もないほどに、自分自身の口は、報告と指示の伝達を行っている。彼女は目の端で、マーカスがレセディに耳打ちしているのを見た。

「信号弾、装填確認。パターン6.8で発射」

 潮が引くようにヘリと航空機が消えてなくなった理由を、ヒューはその信号弾からなんとなく推察する。二発発射された中性子砲はどちらも微妙に外れ、敵拠点の破壊は中途半端に終わっている。

 自分達に拠点爆撃を指示するということは、作戦が完全には成功しなかったということだろう。艦攻撃に向かった敵MSが戻ってくる前に、基地施設を使用不能レベルに破壊しておかなくてはならない。滑走路にいくつか穴を開け、隣接する発電施設を破壊すれば十分だろう。

 問題は今の自分達にそれが可能かどうかと言うことだ。

「アレナ、残弾は?」

「グレネードが二個、頭部機関砲が三連射分、ビームライフルが一発、ビームサーベルが十二秒」

 群がるヘリと航空機への対処に、武器を使い尽くしてしまっている。これ以上飛んでいると、バッテリーも持たないかもしれない。ウェルガーを崖下に隠すと、救助要請の信号弾を打ち上げておいた。

 

 その遥か上空、成層圏の上層部では、今まさに大型輸送機からMSが射出されようとしていた。薄い大気を掴むために、全身を翼にしたような扁平な輸送機からアームが伸び、その先端に赤と青の機体がぶら下がっている。

 青い機体は短く太い手足で、MSというより四角い箱のような姿だ。実際に八つのコンテナを機体周囲に立方体に配置している。赤い機体の方は逆に手足が長く、胴体も細身であった。その胴体は砂時計のような妙な形だ。どちらも、既存のMSとは一線を画すデザインとなっている。その機体のコクピットに、輸送機から通信が入る。

「ランデブーは一回だ。そちらの都合は考慮しない、こちらのタイミングに合わせろ」

「一回すっぽかしただけで振られるのかよ」

「モテないぞ、そんな性格」

 コクピットから入る通信を無視して、輸送機がカウントダウンを開始した。アーム先端の固定具が開き、二機のMSが落下を開始する。さらにスラスターが開かれ、一気にその降下速度を上げていった。

 輸送機はバーシヤー渓谷を目指していたジンビンメイの母艦であり、射出されたのは彼らが開発に携わった新型MS・シャーレンである。その光学センサーは、目標となるMSをしっかりと捕らえていた。どうやら、予定より都合の良い展開になっているようだ。

 軍閥に攻撃を仕掛けそれを殲滅することが彼らの第一目標であったのだが、それは別の部隊がある程度はやってくれていた。これで心置きなく目標だけを狙える。青い機体、チンシャーレンの手足のコンテナが展開した。

「大雨洪水警報だぜ!」

 コクピットの男の笑い声とともに、大量のロケット弾が撃ち出された。一機のMSとしては考えられない量である。目標を含めて、周囲一帯を吹き飛ばせる量だ。

トレランシアの赤外線センサーが、突然真っ白になった。カシアの声が裏返る。

「直上! ミサイルか何かがたくさん降ってきます!」

 モニターに映るのは、太陽光をキラキラと反射させながら煙を吹いて降ってくるロケット弾の雨。とっさの事態に、レセディもマーカスも判断が遅れる。すると、上空の翼付きMSが空を仰ぎ見た。

 次の瞬間、空が一層明るくなり、同時に壮絶な爆発音と風圧が周囲を襲う。揺れるブリッジの中からは、ロケット弾の雨がきれいに消えてなくなっているのが見えた。地上からそれを見ていたイェレは、唖然としてつぶやく。

「撃ち落した・・・あの量を、全部・・・」

 上空からの爆風が巻き上げた砂埃の中、風圧に押されたのかグラティアが着地するのが見える。手を着いてバランスをとるグラティアは、それでも上空を見ていた。画面いっぱいに広がる量のミサイルを撃ち込んできた敵と、それを一瞬にして撃ち落した敵。

 にわかには信じがたい出来事が立て続けに起きている。だが、シャーレンのパイロットにとって、それは予想されたものである。加速された落下速度をそのままぶつけるように、赤い機体・チーシャーレンはその腕を振るった。

 翼付きのMSは、スラスターを一気に開いてその攻撃を受け止める。交差されたビームサーベルと、高周波振動をするアンチビームコーティングされた腕が激しくぶつかり合った。

「五戦五敗、全部瞬殺だったのはMSの性能差よね!」

 チーシャーレンの中で女が笑った。

同時に、地響きとともに地上に降り立った青いチンシャーレンは、再び手足のコンテナを展開する。次に出てきたのは四門の大型ビーム砲。それでいて正確な射撃が翼付きに殺到する。

 手足の先端に鉤爪とビームガンを装備し、蛇腹状の手足全体が高周波切断機となっているチーシャーレンは、それを鞭のようにしならせて翼付きを襲う。

 それでも翼付きは、体をゆする程度でビームをかわし、手足による攻撃を避けていく。

凄まじい戦闘であるが、どちらが優勢かははっきりと分かった。だからそれは見とれるような戦闘ではない。リリト達は戦闘の巻き添えを避けるために、機体を移動させる。トレランシアの接近を待って帰還しなくてはならない。ウェルガーの三番機を、三機がかりで抱え上げる。

 二機のシャーレンは焦れたように攻撃を激しくする。だが、反撃すらしない翼付きに対して有効打を与えられないでいた。シャーレンのパイロットは、わざわざ無線を全周波数帯にあわせて言う。

「ちっく、あと十分あれば倒せるのにな!」

「残念な事に時間切れだわ。ゴメンネ、車を待たせてあるの!」

 チンシャーレンが全身から煙を吐き出した。あっという間に周囲は真っ暗になり、その煙にまぎれて二機のMSが逃げていくのが分かる。少し離れた崖の上から、二機のMSが上空を目指して飛んで行く。

 いつの間にか低い高度にまで降りてきた輸送機が、アームを出して二機を収容する。

「急速上昇。ヤンとインのチェックも急がせろ」

 輸送機とトレランシアが遠ざかっていくことを確認するように、しばらくの間その場にとどまっていた翼付きは、遥か高くに舞い上がりいずことなく去っていった。

 

 撤退するトレランシアに、選挙監視団からの要請が届く。飛行ルートを指定してきたのだ。投票が行われる町の上空を飛行しながら撤退して欲しいとの要請だった。作戦が不十分に終わったとは言え、ウル・ハク派が大打撃をこうむった事は事実であり、その攻撃を行った連合艦が上空を飛べば、選挙妨害も減るだろうという考えだ。

 マーカスは、重傷者と被爆者を先に運ぶための輸送機を手配してもらい、その要請を受諾した。艦の損害は中性子砲の中破のみで航行には支障がなかった。色々と考えなければならないことは多いが、ひとまずは休みたい気分だ。

 もっとも、忙しく指示を出し続けているレセディの姿に、それを言い出すことは出来ないとも分かっていた。代りに、ブリッジクルーに交代での休息を命じた。カシアが真っ先にブリッジを出て行く。

 MSデッキではようやく全てのMSの固定作業が完了した。さっそくウェルガーの腕の交換修理に取り掛かっているアジズの怒鳴り声を聞きながら、タラスがコクピットから飛び出す。先に降りていたヒューとアレナが手を上げていた。

「イイやられ方だな、あの翼付きか?」

「・・・肩部スラスターへの供給系統を爆発させずに切断ですよ、何ですアレ?」

 赤茶色の髪を掻きながら、タラスは悔しさを押し隠すように言う。敵の動きすら分からないままに撃墜されたのだ。ヒューは肩をすくめるが、その顔は真面目だった。そんなMSの噂は、前大戦の時にはよく聞いたことがあった。

 しかしそれには触れずに、別の二機の機体のことを聞く。そっちはさらに意味不明だという。データですら見たことのない奇妙な機体と言うことくらいしか分からなかった。

「ま、あとは上の仕事だな・・・」

「それより、ザフトのパイロットはどうだった?」

 アレナはタラスの頭にタオルを乗せると、話題を変える。結局自分達は航空機に足止めされ、MSのほぼ全てを彼らに任せてしまっていた。それほど楽な戦闘ではなかったはずだが、三機とも無事に戻ってきている。

 言葉を探すような顔をしているタラスに、感想ではなく評価を聞く。彼はそっぽを向きながら、足手まといにはならなかったといった。初の実戦としては十二分の出来といって良いのだろう。

 アレナはグラティアのコクピットを見上げた。まだパイロットは出てきていないようだ。整備員の一人がコクピットを覗き込んでいた。リリトは、ユンディの声にパイロットスーツのヘルメットだけを外す。

 だが、立ち上がる気力もなかった。シートに全ての体重を乗せて、上がったままの息を静めることに集中する。

 ザフトの人間をパイロットの頭数に数えているということは、苦しい台所事情を差し引いても疑いの目は持たれていないという事だろう。だが、ついこの間まで学生だった者をいきなりあんな実戦に投げ込むのは、コーディネーターに対する偏見だと思う。

「何でも、出来るわけじゃないのよ・・・私だって・・・」

 緊張の糸が音を立てて切れた彼女は、全身の力が抜けたままだった。壮絶な疲れが猛烈な虚脱感をもたらしている。今更ながらにやってくる恐怖に体の芯が震えている、にもかかわらず弛緩した筋肉は震えを起こすことも出来ない。

 ユンディが差し出した手にすがるようにして、コクピットからはいずり出す。横に立つリベルのコクピットからフィジェを引っ張りあげたのはカシアだった。ミニスカートなどお構いなしの動きである。ユンディが苦笑いを浮かべる。

「あれだから副長さんに目を付けられるのよ」

 ふらつくフィジェを支えるようにカシアが立つ。しきりに謝っている彼の体をしっかりと抱きかかえた。フィジェの視線は誰かを探している。しかしその視線は、背後で発せられた叫び声に捕まってしまった。

 キャットウォークに這いつくばるイェレの背中をタルハが撫でている。近くにいた整備員がモップとバケツを持ってくるよう怒鳴っていた。ヒュー達三人が、その声に釣られるように上がってくる。

 同じように戦闘をこなしていたはずの三人と自分達の違いに、フィジェは軍人と学生の歴然とした差を見た。カシアの支えから離れようとするが、まだ足がふらついている。

「気にすんな、新米にゃきつかったろ。役得と思って胸の感触を味わっとけって」

 自分を抱きとめているカシアの耳が赤い。今度こそちゃんと離れなくてはならないと思うが、体が言うことを聞いてくれなかった。

 リリトは手すりにつかまりながら歩き、真っ青な顔をしたまま床にうずくまるイェレを覗き込む。吐瀉物はタルハが片付けてくれていた。大丈夫かと声をかけると、彼の目にうっすらと涙が浮かんでいる。

 ヒューが困ったような顔をした。

「とりあえず、着替えろ。全員の生還を称え合うのはそれからだ」

「浮かれられる、気分じゃないです。俺、人が踏み潰されるところを・・・」

 そこまで言ったイェレが口を押さえる。もやは胃液しか上がってこないが、その不快な味がいつまでも口に残った。リリトは、彼に肩を貸してロッカールームに連れて行こうとする。

 すると、一人で立てるようになったフィジェが先にイェレを担ぎ上げた。少し驚いたようにリリトがフィジェを見上げ、そしてカシアを見る。カシアは視線をそらしていた。

 

 常夏の島、そういう言葉はあるが、果たして「常冬の国」という言葉はあるのだろうか。北極や南極には太陽の沈まない夏があり、氷河と万年雪に覆われた高地にも夏はやってくる。

 ならばここは、世界で唯一の常冬の国なのかもしれない。いつ来ても吹雪に見舞われているような気がする、そう思いながらカヲ・ツォピンはタラップを降りる。毛皮で出来た防寒着を何枚も着込み、滑る足元に気をつけながら車に乗り込んだ。雪上用の履帯をきしませながら、車は進む。

 窓は雪が張り付いて何も見えない。もっとも雪が張り付いていなくても、何か見えるわけではないが。カヲは聞こえるともなしに言う。

「ふさわしい場所とはこういうことですね・・・何も見えない」

 極東シベリアのさらに奥地。開発すら進まないその地に突如として現れる巨大施設。その目的を知る者は少なく、その理由を知る者はさらに少ない。そこは、ユーラシア連邦の複数の大手石油企業の株を多数所有する一人の投資家の持ち物であった。

 レクイエム戦役終結直後から積極的な投機を始めたその人物は、わずか数年で巨万の富という言葉が意味を成さないほどの資金を手にしていた。シベリアでの油田、ガス田の開発が近年再び活発になったのも、この人物が積極的にその計画を支持しているからであった。

 だがその人物が、その資金の一部をこのような形で運用していると知る者は少ない。だからこそカヲが足を伸ばすのである。この資産運用が何をもたらすのかを確かめなくてはならない。

 激しい風が、窓に張り付いていた雪を吹き飛ばした。一瞬だけ見えた外の景色には、天高く聳え立つ巨大なレールが鎮座していた。

「マスドライバー・・・」

 北極圏という極端な高緯度地域こそ、マスドライバーのような強力な打ち上げ施設が必要とされる。しかしそもそも、鉄道も道路も繋がっていないような場所で、なぜマスドライバーが必要とされるのか。

 そこまで金をかけて、その人物は何をしようと思っているのか。金を使って金を儲けるのではなく、金を使って金儲け以外のことを考える人物に、カヲは常に興味を引かれる。だから足を伸ばすのだ。

 ただ、その人物に好意を抱けるかどうかは別問題である。金儲けより下らない事は世の中に溢れており、その下らない事に血道を上げる人間もたくさん見てきた。東南アジアの地方政府の長は、不正に蓄財した金を使って宮殿を造り、そこを妻の靴箱にしていた。

 そんな使い方に比べれば、金で金儲けをするほうがマシである。では、この人物は金をどんなことに使おうとしているのだろうか。スーツケースから取り出した資料をめくりながら、カヲは思いを巡らせる。

「見えにくいですな・・・」

 一緒に乗っていた案内役の人間が車内の明かりを強めてくれた。カヲは素直に礼を言って資料に目を通していく。

 空中航行が可能な宇宙艦やMSを運用している事は、資料を見れば分かる。だが何故そのようなことをするのかは、やはり見えなかった。車内のラジオでは、東アジア共和国、赤道連合、ムスリム共同体、ユーラシア連邦の国境紛争が民主的手続きによって解決されたと報じられていた。

 

 東アジア共和国西部地区を蛇行するように飛んだトレランシアは、その足で選挙監視団の本部があるタシケントに到着した。とりあえずの補給と休息を済ませ、中性子砲の修復が可能なアラビア半島はリヤドにある連合の基地へと向かうこととなる。

 食堂のテレビ画面に映るのは、選挙結果の報道とそれに対する各地の反応であった。各国政府は選挙結果に基づいた国境画定を進めるとしているが、どの国も治安情勢の安定を前提としていた。

 速報で流れたのはカブールでの大規模爆弾テロの続報である。選挙結果の受け入れはスムーズに進んでいるとは言いがたかった。リリトの硬い表情に、カシアは話題を変えようとテレビのリモコンを操作する。

「・・・赤道連合は国境画定まで、シャムジール地方の治安維持に一定の責任を果たす用意があると、MS一個大隊を含む治安部隊の派遣を決定しました。東アジア共和国はこの決定を、選挙結果に対する軍事介入であると、強い遺憾の意を表明しています」

 カシアはテレビを切った。あの戦闘が終わってから一週間、色々なことを考える余裕が出てきたとたん、湧き上がってきたのは疑問ばかりであった。だがその疑問は、こうして顔を寄せ合った場面で口に出来るものではない。

 ようやく食事を口に出来るようになったイェレが、それでも恐る恐るといった感じで皿の上の肉をつついている。昨日、完徹三日から解放されたタルハとユンディはまだ眠そうな顔をしていた。互いに口を開いても、当たり障りのないことばかりだった。みんな、自分の中の疑問を避けていた。

 私達は何をしたのか、私達は何をしたいのか、私達に何が出来たのか、私達は何を出来るのか。それは、世界中が戦争の只中にあるわけではない幸福な時代に生まれたはずの彼女らには、時間をかけて探すことが出来たはずの課題だった。

 だが実際は、世界は今も戦争の只中にあり、その中で今も命があえなく消えている。自分自身があえなく消える命となる可能性の中で、その現実に触れてしまった彼女らにとって、課題の答えはすぐにでも見つけなくてはならないものとなっていた。

 状況に流されて仕方なく、そんな理由で、眼前の踏み潰される人間や戦闘機ごと体当たりをする人間のいる世界を理解できるのだろうか。自分がそのように死んでいくことを納得できるだろうか。イェレは皿の上を半分以上残して手を合わせた。

「もったいないぞ」

 ヒューがいつものように歯を見せて笑った。リリトは冷たい視線を彼に向ける。ヒューは車を出すから街に行かないかと誘ってくれた。リリトが一言だけ言った。

「そんな気分にはなれません」

「だったら気分転換が必要だ。ここはデカい街だから遊ぶ場所はいくらでもあるぞ」

 彼女の口調は全く気にも留めないといった感じでヒューが返す。リリトが口を引き結んだ。彼女の受け答えに同調する気はないが、さりとてヒューの誘いに乗れる気分でもなかった。タルハとユンディが、もう少し寝たいという理由でその場を収めようとした。

 しかしリリトはそれを良しとしない。先手を取って制しようとするカシアを押さえ、リリトは立ち上がった。

「私達は何をしたんですか?」

「選挙妨害を目論む武装勢力を排除し、選挙を円滑に実施するための手助けをした」

 リリトは黙ってテレビのリモコンを取ると再びスイッチを入れる。ニュースではどこかの町の選挙事務所が襲撃されたと報じていた。リリトはヒューを見つめる。彼は肩をすくめた。

 事態は何も変わっていない、むしろ悪化の方向にすら進みかねない。連合の思惑と各国の妥協の産物が、「先進民主主義国の自己満足」としての選挙をもたらした。それがその地域の人々に受け入れられるかどうかなど関係ない、ただそれを押し付けるだけだ。

 その上、押し付けるという自覚もなく、押し付けられた人々の憤りはテロとして切り捨て押さえ付ける。自分達はその先棒を担がされたのだ。あの軍閥の唱える独立に正義を認めないのと同様に、この選挙結果がもたらす国境画定にも正義を認めない。リリトはそう言い放った。

 食堂のざわつきが静まった。ヒューが流石に困ったような顔をする。

「なるほどな。じゃ、正義はどこにある? 悪を指摘するだけじゃ正義にはなれないぜ」

「それ・・・は・・・」

「それじゃ、宿題だ。次までに考えておけよ」

 ヒューの軽い口調に、その場の緊張感が緩んだ。食堂に顔を出したアレナとタラスにも声をかけるが、彼が車を出すという時点で断られていた。

 リリトは震えるように拳を握り締めている。カシアは彼女をなだめるように肩に手を置く。食器を片付けさせると、部屋までついて行った。アカデミーの時もこうだったであろうか、リリトのきつい態度に、カシアは記憶をたどってみる。

 

 作戦報告に関しては目途がついた。大成功とは言いがたいが、軍閥の弱体化は確実であり、軍閥が行っていた麻薬の生産や取引に対する各国捜査当局の共同作戦も始まるという。ムスリム共同体や東アジア共和国の地方政府と癒着していたらしいが、国境画定のための治安維持活動とリンクさせて取締りを強化する方針だという。

 国際犯罪の取り締まりを緊急即応部隊の主任務に格上げするという連合常設軍事委員会での提案が、それを後押ししたらしい。連合が手を出す前に自国政府で取り締まっておかなくては、色々と都合の悪いこともあるのであろう。

 緊急即応部隊の初陣としてはまずまずの出来と評価してよいだろう。クルーの犠牲も最小限で抑えられた。副長はまだ疑問の目を持っているが、プラントから連れて来た学生も、戦闘に耐えうるレベルと証明された。

「問題は・・・」

「こちらのデータになかったあの二機をどう報告するか、です」

 目の前には怖い顔をしたレセディが立っている。黒く輝くような肌と、柔らかで張りのある肢体、それでいて強靭な筋肉がしなやかな動きを体の端々に見せている。腕組みしながら部屋を行ったりきたりする姿には、見とれてしまいそうになるが、そんな視線を見せればどんな叱責を受けるか分かったものではない。

 努めて真面目な顔をして、マーカスは艦長室の机に座っていた。レセディが手にしていた資料を机に並べる。艦のカメラが捉えた画像に、熱紋その他のデータである。奇妙な姿をした赤と青のMSがしっかりと捉えられていた。

 成層圏あたりの高度から飛来したということ、大型輸送機がそのMSの支援に動いていたということ、その大型輸送機を現在保有する国は限られているということ、様々な状況が分析されていた。それをどう報告するかである。

「しかし、こちらに対しては積極的な攻撃の意志を見せなかった」

「第一射のミサイル攻撃、フリーダムが撃ち落さなければ我が艦は沈んでいました」

 マーカスは額を押さえた。ただの報告書とは訳が違うのだ。

 常設軍事委員会が直接指揮する部隊であるため、作戦終了後の報告は基本的に全面公開となっている。しかも常設軍事委員会の事務局を通すことなく、直接委員会に報告することが条件だった。よって、都合の悪い情報は報告の時点で握りつぶすように言われているのだ。

 問題は、それが握りつぶしてもいい情報か否かの判断である。もしあの謎のMSがどこかの加盟国の意を受けた部隊であり、情報の握り潰しをバラすために送り込まれたとしたら、ちゃんと報告しなければならない。ところが、あれが加盟国の何らかの特殊部隊であれば、報告書が加盟国間の緊張をもたらすかもしれない。

「中性子砲破壊の影響で電子機器が故障しデータに欠損が生じた・・・ってのはどうでしょう」

 マーカスは、ダメもとで言ってみた。怒鳴られるかと首をすくめていると、レセディは感心したような顔を見せる。

「そうですね・・・いや、そうですよ。何で思いつかなかったのかしら、そうしましょう」

 こんな手段は一回しか使えないであろう。とにかく、その謎のMSの背後関係については、早急にルチアーノに調べてもらうようにする。もう一機のMSについては、通常の報告をすることとなった。

 軍閥の資金の流れの中に、ユーラシアの銀行を複雑に経由した資金の流れがあった。この資金の流れは、南アフリカ統一機構解体時から連合が追っていたものと酷似していたため、この軍閥に対する攻撃に謎のMSが介入する可能性は、作戦前から指摘されていたのだ。

 

 中央アジア各地から、選挙監視団が続々と帰還する。その護衛を行っていた部隊も集まっているため、タシケント近郊の基地は様々なMSでごった返していた。各国ともMSの独自開発は諦めていないものの、連合として活動する場合を考えれば共有化できる部品が多い方がいい。

 そのため各国の軍では、連合が採用しているMSの改良型が採用されることとなっていた。窓から外を眺めているタルハとユンディがその機体名の当てっこをしていた。狭くなった滑走路を縫うように、航空機が離陸していく。

 トレランシアも補給を終え、出発を待つばかりとなっていた。基地の混雑が一時的に収まる未明の時間に離陸する予定となっている。夜勤になるとカシアは文句を言っていた。

「・・・どこに向かうの?」

「リヤドだろ。アラビア半島」

 コーヒーのカップを見つめたままのリリトのつぶやきに、イェレはそう答える。問われた事は別の事だと分かっていたが、そう答えた。そして、その答えで納得して欲しかった。そうでなければ、自分も疑問に思ってしまう。

 窓の外に見える滑走路の混雑は、活気に満ちている。国境画定選挙という難事業を成し遂げた連合の選挙監視団とそれを支えた世界各国からのボランティア。自分達は、あの輪の中に加わっていいはずだった。現に、クルーの多くはそういう気分でいるだろう。なのに、彼らは違和感を抱えている。

 ニュースが報道するのは、選挙を受け入れない人達のテロを含めた抗議行動と各国の好き勝手な思惑。そしてそれを無視するように歓迎の声明を出し続ける連合本部。犯罪集団が独立を唱え、人々は麻薬を作って生活する。

 指摘する悪はたくさんある。だが提示すべき正義がどこにもない。リリトの瞳に浮かぶのは、何に対する憤りなのか。イェレはカップをあおった。

「リリト、お客さんが来てる」

 フィジェが顔を出した。ゆらりと立ち上がった彼女は、入り口にかかってある小さな鏡を覗く。表情はそのままに、髪だけを軽く整えた。ブロンドが静かに揺れる。

 会議用の部屋に通されていたのは、立ち寄った町で選挙監視団のスタッフをしていた人達だった。プラントから来ていた彼らは、バイコヌール宇宙港からプラントに戻るという。

「君達に礼を言っていなかったのでね。それに話も途中だった」

 男性はそういってリリトに微笑みかけた。フィジェは立ったままの彼女を、とにかく座らせる。

 あの町では幸いに、投開票における混乱はなかったそうだ。あれだけMSが展開すれば当然だと言ったリリトに、男性は笑う。

「君の勧告のおかげで、東アジアも赤道も手を出さなかったよ」

 リリトは横を向いた。男性は選挙時のことをかいつまんで教えてくれたが、彼女は聞いているのかいないのか分からない態度をとり続ける。フィジェは相槌を打ちながら、何とかその態度を改めさせようとする。

 だがそれより早く、リリトは立ち上がった。

「そんなお話なら、もう結構です」

「なら、君の話を聞こうか。あの時は途中で邪魔が入った」

「ないです。選挙を押し付けるだけ押し付けて帰っていくだけの人に、話なんてありません」

「それが我々の仕事だよ」

「・・・なら! この状況は何なんです!? 選挙前と・・・選挙前より酷くなってる、この状況は! それを作り出しといて、仕事は終わりだとでも言うつもりですか!?」

 止めようとするフィジェを制したのは、男性の方だった。そして持ってきたスーツケースから資料を取り出す。中央アジア地域民生安定化プロジェクト、そう印字された表紙のぶ厚い資料だった。

 男性はリリトに資料を渡し、座るようにいう。

「歴史を紐解けば、社会の発展が民主主義をもたらしたのだろう。だが、その逆もありうるのではないか? 民主主義という共通のルールが社会を発展させるということも」

 視線をぶつけるリリトに男性は続けた。

「確かに、選挙結果に納得しない者は多い。だが選挙結果が出たということは、ルールが定まったということだ。納得しようとしまいと、そのルールには従わねばならない。それが民主主義だ」

 それは、多数者の横暴を言い換えただけだ。

「君はそれを押し付けだという、だがな、押し付けられたのはこの地域の人々だけではない、連合も他の国も一緒だ」

 だから状況は悪化する。

「押し付けであっても、明示された共通のルールが定まって始めて公正と不正の区別がつく。選挙結果を尊重しないものは、たとえ連合であっても不正であり、たとえ力でねじ伏せたとしても公正さを獲得は出来ない」

 ルール自体が誤りなら、それが区別する公正と不正もまた誤りだ。

「そしてそのルールは、連合と関連四カ国が実施した選挙によってこの地域に住む人々が作った。その選挙の公正さを監視するためにプラントの民間団体も参加した」

 リリトは奥歯を噛んで視線を落とした。

 資料に書かれているのは、国境画定後の中央アジア地域における様々な施策であった。乾燥地帯でも生育する商品作物導入によるケシの転作、軍閥の武装解除と構成員の転職支援、地域・民族・宗教間対立解消のための対話プログラム、厚生施設の建設及び医師・看護師への指導、教育インフラ拡充による次世代の育成、その他いくつもの計画が書かれている。

 連合と関連四カ国による共同計画も多く、民間の財団や基金を通したプラントからの支援もあった。この地域の国境紛争は、ヤキン・ドゥーエ陥落後すぐに関連国がその収拾に動いていたため、準備期間も長くその後のプランもしっかりと用意がなされていたのだ。

 連合はここのケースを加盟国間紛争解決のモデルとする事を考えており、予算も人員も十分に手当てされている。最短でも五年、最長では二十年にわたる計画が記されているが、それだけ意気込んでいるということであった。

「そこに書かれていることが上手く行くかどうかは、これからの努力しだいだ。だが、その結果以上にその努力こそが民主主義の根幹であり、この選挙の果実だと私は思っている」

 リリトは視線を上げなかった。男性はテーブルの上に置かれていたバター茶を飲み干すと、艦長にご挨拶してから帰りたいと言った。フィジェは慌てて立ち上がり、男性を艦長室に案内する。

 下を向いたまま微動だにしないリリトには、声をかけることが出来なかった。

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