Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
ウェルガーが偵察飛行から戻ってきた。トレランシアの飛行ルートは旧世紀以来の紛争多発地帯である。ユーラシアが中東の自治独立を事実上認めたことによって、ムスリム共同体の内部でも独立闘争が生まれていた。ムスリム共同体自体が、宗派対立による東西分裂の危機にある中、独立闘争は激化の兆しを見せているという。
リヤドに連合の大規模拠点が置かれているのは、それらに対する重石である。宇宙港施設も併設されているそこでなら、中性子砲の修理もできる。MS用のカタパルトだけは修理されたトレランシアが、夜の砂漠を飛ぶ。
着艦したウェルガーに整備員が取り付く中、グラティアが機体の調整を続けていた。エクステンショナル・アレスターが引き出され、ケーブルがチェックされている。
「何、切ないため息ついてるの?」
「ついてねぇし」
イェレが反射的に言う。つなぎ姿のユンディが、横に並んだ。MSデッキの壁面に設けられたキャットウォークの手すりにもたれながら、グラティアを眺める。開け放たれたコクピットハッチからリリトが顔を出し、何かを言っている。
遠目で見てもイラつきが分かるようだった。ユンディがため息をつく。ここのところ、六人での食事でもあの調子なのだ。
「原因、分かる?」
ユンディの問いに、イェレは答えない。アカデミーの時には、もっと冷めた態度だったような気がする。ただそれは、努めてそのような態度をとっていたのかもしれない。言い方は変だが、今のきつい態度の方が生き生きしているように見えるのだ。
リリトに出会ったのは、カアデミーのコース分け初日だった。パイロット課程に進んだイェレとフィジェは、昼食の場所を探している。二限目の航宙法の講義が長引いて、カフェテリアは満席になっていた。
「イェレ! 政治思想史のノート見せて!」
「カシア・・・これで貸しいくつ目だよ、返すまで見せね」
「ケチ。フィジェなら見せてくれるよね」
「昼飯おごってくれるなら」
「人の足元見る奴はモテないのよ」
三人で昼食の場所を探して中庭に出る。天候計画表では晴れ、ランダム降水も非発動となっていた。緑の芝が柔らかく輝いている。時折吹く風も、心地よく頬を撫でる程度だ。
そんな陽気に誘われるように、中庭で昼食をとっている者も多かった。ベンチや花壇のような腰を掛けられる場所は、既に先客がいる。日当たりのいい芝生は、カップルが一定間隔で陣取っている。バスケットボールに興じるグループを横目に、座れる場所を探した。
少し離れたケヤキの木陰、そこは人がいなかった。誘われるようにそこに足を向ける。すると丁度、木の裏側にあたる場所で、女性が昼食の包みを開いていた。木漏れ日がその女性のブロンドに美しい陰影を描いている。イェレは、他の場所を探すのではなく、その女性に声をかけていた。
「お昼、ご一緒させてもらえませんか?」
妙に丁寧なその言葉にカシアは笑った。だが彼の声質なら、そういう言葉遣いの方が良く似合う。少し驚いた表情で顔を上げた女性の横に、カシアは座った。制服のワッペンの色は同学年を示している。
「ゴメンね、下手なナンパで。私はカシア・スターム、管制課程。この二人は、フィジェ・クラフとイェレ・ネスタ、パイロット課程」
「よろしく、リリト・フィランディエーレさん」
フィジェがそう言って隣に座った。イェレの疑問の目に、さっき同じ講義を受けていたと答える。彼女は、最後の確認テストを時間いっぱいまで使わずに講義室を退出していたのだと付け加える。
めいめいに昼食の包みを広げ始める三人に、リリトは困った顔をしていた。イェレは内心、失敗だったかと思う。もしかしたら誰かを待っていたのかもしれない。この手の美人なら男くらいいてもおかしくない。
だが、それを正直に切り出すのはデリカシーに欠ける行為だとも思う。カシアの言葉はまさにそれだった。
「あ、もしかして男待ちだったりした?」
「いえ・・・そういうわけじゃ・・・」
「何だ。困った顔してるんだもん、どうしようかと思っちゃった。あ、食べる? アパートの庭で取れたイチゴだけど」
タッパーに入った赤い大粒の実を差し出してカシアが微笑む。幼年学校の頃からの付き合いになるが、彼女のある意味強引な突破力は貴重だとイェレは思う。リリトも最初の警戒は解いてくれたようだ。
リリトの整った横顔に視線を向けると、フィジェと目が合う。互いの下心がぶつかり合った嫌な感覚に一瞬目をそらすが、すぐに視線は彼女に吸い寄せられる。カシアのおしゃべりに圧倒されるように、言葉少なに頷くだけのリリトだが、その微かな声さえも綺麗だった。
「午後の講義は何取ってる?」
「電磁気工学基礎と、共通課程の軍法概論ですけど・・・」
「ラッキ、私も軍法概論取ってるの。ノート見せて」
カシアはそう言ってリリトの手を大げさに握る。初めて見せたリリトの笑顔は苦笑だったが、それは今でも印象に残っている。
リリトはアカデミーにいる頃は、あまり感情を表に出す事がなかったのだ。だから出会った時の事をよく覚えている。あの困ったような苦笑は、何も装っていない彼女の心情だったと感じるから。
「やっぱ、そのため息は切ないって」
「違うっての」
ユンディの言葉に、イェレは瞬間的に返した。下から呼びかけるタルハに手を振ると、ユンディはタラップのほうに向かった。グラティアの調整は、まだ続いているようだ。
地球の紛争地帯は、旧世紀の紛争地帯とそのままに重なる。石油資源さえ枯渇すれば紛争は雲散霧消するという旧世紀のシニカルな視点は、はなはだ楽観的なものだったのだ。石油資源しかない場所でそれが失われれば、何が起こるのか。そこまで考えなくてはならない。
そして紛争の様相もまた、旧世紀と重なる。MSを利用した大規模な紛争は稀であり、自動小銃をもった強盗団が民兵を名乗って紛争を行うものがほとんどである。故にMSの存在する紛争とは、その運用が可能な組織同士が行わせる代理戦争である。これもまた、旧世紀と重なるものであろう。
ムスリム共和国のMS・ムジャヒディン。現在の連合制式機・セカンドダガーを改良したもので、乾燥地帯での行動に対する対応を強化した新型である。MS用塹壕に身を隠しながら、マシンガンで弾幕を張る。
だが数が少なすぎた。一応は新型であるムジャヒディンはわずかで、主力は旧式ばかりである。ストライクダガーにヒジャーブと呼ばれる追加装甲を装備させただけの機体は鈍重で、ガズウートの攻撃すらあしらえないでいる。
部隊が戦場で孤立してしまっていることは、後方からの連絡が完全に途絶えたことから分かる。しかも最後の交信は、救援を求める絶叫だったのだ。敵の動きがいきなり激しくなった。ガズウートの砲撃が正確になる。
ヒジャーブを失ったストライクダガーが、グフのサーベルに貫かれている。辛うじて隊伍を保っていた小隊が崩れる。稜線に陣取っていたドッペルホルンがバビの空爆によって排除されたため、戦線を支えきれなくなったのだ。塹壕から飛び出したムジャヒディンがしんがりを努め、ウィンダムが煙幕を張りながら撤退していく。
煙幕が晴れたとき、戦場に転がっているのはムスリム共同体のMSばかりであった。
勝ち鬨を上げるように撃ち出された信号弾が、次々とリレーされて後方に伝わっていった。司令部は喜びに沸く。
「神は偉大なり! 白きモスクは我等の祈りを聞き届けた!」
司令部の粗末なモニターに映るのは、夕日に輝く白亜の戦艦であった。足を突き出したような特徴的なフォルムの戦艦の上を翼を付けたMSが舞っている。誰ともなく天使と呼ぶその機体が、たった一機で敵拠点を壊滅させたことが、戦闘の帰趨を決した。
破竹の勢いで進撃する彼らの最終目標はガルナハン、この地域の中心都市である。だがリヤドの連合軍が動きを見せない以上、その陥落は決定されたようなものだ。もし連合が動くようなことがあったとしても、彼らには天使がついている。
司令官らしき男が、次の指示を出していく。モニターに映っていた戦艦は、いつの間にか山の裏側に消えようとしている。男はつぶやく。
「私は今、救世主の再臨を見ているのかもしれない・・・真なるムスリム共同体の誕生は近い」
旧来の宗教的権威の失墜が、そのまま宗教の没落に繋がると考えるのは浅はかな無神論である。宗教とは人の無知が生み出したものではなく、人の希望が生み出す幻影の一つなのだ。
それコズミック・イラであっても変わらない。遠くから礼拝を呼びかける声が聞こえてきた。男は司令部員とともに、礼拝の準備を始める。
ルチアーノからの報告では、報告書に載せなかった謎のMSの背後には東アジアの影がちらついているという。だが、さらに調査を続けるという報告以上にマーカスを悩ませているのは、進路の変更命令だった。テヘランを経由しバクダッドの北を迂回する形でリヤドに向かえと言う。
経路の詳細とその理由はテヘランで伝えると結んであったが、大体の察しはついた。ブリッジでモンター越しの青空を見ながらため息をつく。
「クルーの士気に関わります」
ブリッジに入ってきたレセディにそう言われるが、彼女とて同じ気持ちであろう。中性子砲の修理をする前にもう一仕事させる気なのだ。ため息の一つだってつきたくなる。CICから顔を出したカシアに愛想を振りまいてはおくが、気分は正反対のままだ。
ついさきほども、ムスリム共同体と武装勢力の間で軍事衝突が生じたという報告が入ったばかりなのだ。命令された進路はまさにその只中、テヘランからは第一種警戒態勢以下のシフトは不可能だろう。せめて戦闘は勘弁してもらいたいところだった。
レセディが怖い顔のままで耳打ちをする。
「フリーダムとアークエンジェルが確認されています」
「・・・!?」
声を上げそうになったマーカスの口をレセディが押さえる。そして目配せをすると、ブリッジから出ていった。
あの二人は案外デキているのではないだろうか、などと言う噂話がブリッジで持ちきりになっているとは知らず、二人は艦長室をため息で満たしていた。届いたばかりの暗号電文を机に投げ出すと、レセディの視線を避けるようにマーカスは椅子を九十度横に回した。
スレイマニアにあるムスリム共同体の基地が壊滅したと言う確定情報だった。画像、熱紋、その他のデータが、基地を攻撃したMSの種類を断定していた。どうやら、第一種戦闘態勢で臨まなくてはならないようだ。
「中性子砲以外は万全です。それにブリッジいる以上死なないでしょう」
「じゃ、全クルーをブリッジに集めますか」
レセディらしくもない軽口に、マーカスは冗談を重ねた。だが、彼らの部隊の役割を考えれば、その遭遇は避けられないものであるとも言える。マーカスは、現時点で分かっている敵に関するデータを呼び出した。
つい数年前に実在した機体でありながら、もはや噂と伝説しか残っていない存在。その名を再び冠された敵である。簡単な作戦というわけにも行かないであろう。
戦闘以外の時、パイロットがすることは限られている。召集に備えてひたすら休息に努めるか、整備員と一緒に機体の整備をするかだ。事実上の専用機となっているグラティアには、パイロット同伴でなければ出来ない整備も多く、彼女の仕事も少なくないはずだ。
きっとコクピットに座っているだけでは飽き足らず、内部構造の整備にも首を突っ込んでいるのだろう。その例えの通りどこかに首を突っ込んだのだろう、顔に黒い油を付けたリリトが制服を脱いでいた。うっすらと浮かんだ汗に、細い金髪が艶かしく張り付いている。
「お疲れ」
タオルを抱えたカシアは、リリトにそう声をかける。シャワールームには、今のところ誰もいないようだ。彼女の使っているロッカーの隣に陣取ると、ボタンに手をかける。固くなった肩を気にするように、胸を張るような姿勢を取り首を左右に曲げる。長時間の座り仕事に、電子画面相手の仕事である。肩の凝りはCICの職業病のようなものだ。
だが、その仕草を男の前で見せることは絶対にしない。口に出さなくとも、考えることは手に取るように分かるからだ。ブラジャーの締め付けから解放されほっとすると同時に、胸の重さが肩と首にのしかかる。
地球の質量が生み出す1Gという時空間の歪みに抗おうとする胸に、下から腕を回して支えてやった。大きな胸を強調したいわけではなく、一番楽なのだ。リリトの視線にニッと笑う。
「半分あげようか? ってか、もらって」
後半は、半分本気だ。リリトの後をついていくように、シャワールームに入った。寒々しかったタイル張りの部屋は、やがて暖かい湯気に満たされていく。間仕切り越しに見えるのは、ほんのりと紅潮したリリトの透けるような肌だ。やっぱり、綺麗な女性だと思う。
最近は少し棘々しくもあるが、それが美しさを損ねる方向に向かないのがすごいと思う。怒鳴る顔にすら見とれる男がいて困る、そうユンディがぼやいていた。
「リリトさぁ、ここんとこ元気だよね・・・何ていうか、諦念?っぽいのがなくなった」
腰まである長い黒髪を丁寧にトリートメントしながら、カシアは言う。言葉を聞き返すように、リリトはシャワーを止めた。カシアはそのまま続ける。
アカデミーにいた時は、消極的というのとは少し違うが、どこか閉じこもる感じの雰囲気があった。講義などでたまに教授をやり込めるくらいに反論したかと思うと急に自分の意見を引っ込めたり、少人数のゼミナールで議論を引っ張っていたかと思うと不意に冷めた視線になって何も言わなくなるとか、そういうことがあった。
真面目で頭が良くて、それに見合うだけの情熱というか思いを持っているのだろうけど、それを表現するのが下手という感じだった。
「熱くなった自分が急に恥ずかしくなった・・・って感じじゃなくて、不思議だったんだ」
声を掻き消さない程度のシャワーで、丁寧に髪をすすぐ。リリトの視線は感じないが、聞いていることは間違いないだろう。彼女の使うシャワーも弱い。
そんなリリトが、最近ではその思いを溢れさせている。兆候らしきものは、地球旅行の予定を立てている頃から感じてはいた。当初はカーペンタリアに降りる予定だったが、それをジブラルタルに変更したのは彼女だった。それも事前に相談なしである。
「ま、あんたでも旅行前に浮かれるなんてことあるんだぁ、なんて思ってたんだけど・・・」
そのテンションは、旅行がアクシデントともに終わった後でも続いている。むしろ、この部隊に配属されてから一層それが強くなったといってもいい。自分達の方が圧倒されるくらいだ。
確かに、考えなくてはならないことは多く、その内容は深刻なものだ。だが、そうやってあちこちにぶつかってまで考えなくてはならないのだろうか。そこまで言って、カシアは視線を感じる。
シャワーを止めたリリトがじっと見つめていた。カシアは内心しまったと思う。
「今ここにいるのは私達だ、そう言ったのはカシアよ。それは、どういう意味なの」
「・・・」
「連合が何を考えていようが、実際に何かをするのは私達だって意味じゃないの? だったら何が出来るかを考えなきゃならないんじゃないの? そのためには、あの時の私達が何をして何をしなかったかを・・・」
リリトは大きく息を吸って、ゴメンとだけ言う。彼女は、踵を返してシャワールームを出て行った。肩甲骨から背骨のライン、ウェストからヒップを通って足首までのライン、どれも美しかった。
この瞬間にそういうことを思うのは不謹慎であろうか。カシアはほっと息を吐き出した。
彼女の言うことは正論だ。だがその正論の裏に、彼女は何かを隠している。もしかしたら本人も気がついていないのかもしれない。そんなことをカシアは感じていた。彼女はその正論を、ただ反発するために用いている。選挙監視団のスタッフに対する言葉や、ヒューに対する態度がその証拠だ。
何が、彼女の気に障っているのだろう。そして何故、今になってそれが現れたのだろう。湯気の晴れてしまったシャワールームは、再び寒々しくなっていた。カシアはカランを押して再びシャワーをだす。
「まだ、短い付き合いなのかな・・・」
何となく、その事が一番ショックだった。シャワーを目一杯顔に浴びせる。
ウェルガーのコクピットをアレナが覗き込む。熱心に機器を調整しているタラスに資料を渡した。ブリーフィングのための事前資料、タラスには興味のないことしか書かれていない。
この部隊はその性質からなのか、クルーにも政治的な動向を教えたがる。パイロットが欲しい情報は、作戦目標と倒す敵の種類それくらいだ。政治屋が何をしようと知った話ではないし、知ったからといってパイロットがどうこうなるわけではない。
「倒すべき敵を知るためには、敵がいかなる存在かを知らなくてはならないだろ?」
アレナが言った。ハスキーな声に男のような固い口調。背はタラスより頭一つ大きく、筋肉質な体は一見男のようにも見える。タラスはそっぽを向いた。
自らこの部隊に志願したという彼女は、頭も良くMSの操縦も非常に優れている。その見た目に似合わず、細やかな神経の持ち主で立ち居振る舞いは非常に美しい。真面目だが融通の利く性格であり、整備員の受けも良かった。まだ二十代半ばだというが、とても落ち着いた大人の女性なのだ。
タラスとしては苦手なタイプだった。自分の言い分をきちんと聞いた上で、反発の出来ない丁寧な言葉を選んで、反論の出来ないことを言われる。何より、腕力でも勝てない相手なのだ。
ちゃんと読みなさいと言われて、しぶしぶと資料をめくる。アレナは苦笑いをした。まるで子供、いやまだ子供なのだ。正確な年は分かっていないだろうが、ザフトの六人と同じような年なのだ。コーディネーターならいざ知らず、そんな年齢でMSのパイロットとして戦争を行うなど、異常以外の何物でもない。
「次の作戦はガルナハン防衛の支援・・・分かっているのだろ」
「関係ないね」
資料には、作戦の概要とその理由が書かれている。
再構築戦争後ブロック化した世界の中で、中東地域はそのブロック化に乗り遅れた。各国が強引な手法で領域と経済圏の囲い込みを行う中、石油資源を失った中東地域はいわば見捨てられていたのだ。民主化の遅れや、脆弱な経済システムなどもそれに拍車をかけていた。
その後、宗教的連帯から辛うじてムスリム共同体という組織を立ち上げたのだが、内部には深刻な宗派対立と民族対立、そして政府と市民の対立を抱えることとなる。
戦争中は、スエズ運河を懐に抱くという地政学上の特性から、連合・ザフトともに中東地域を重視することになったが、戦後は再び見捨てられることとなった。ユーラシアにいたっては、西部地区と呼ばれる小アジアからカスピ海西岸にかけての地域の自治を容認した。
その地域はザフトの影響力が強かったことからユーラシア本国から切り離されたようなものなのだが、それが呼び水となってムスリム共同体全体に自治独立を求める動きが強まったのだ。アフリカ共同体が事実上機能しなくなっていることから、北アフリカを含めた国家の再編劇が起こっている。
「紛争を解決するには紛争の原因を知らないといけない。君の不用意な行動が、紛争に油を注ぐことになるかもしれないんだ」
聞こえない振りをするタラスに、アレナはため息をついた。場所が場所である、彼が何かしでかさないとは限らないのだ。コクピットから離れると、とたんに資料を投げ出す音が聞こえた。
彼女はもう一度ため息をつく。
テヘランでは簡単な補給と艦の調整だけが行われた。基地の片隅で、生活用品を積んだコンテナを搬入する。アジズはリストを片手にその数をチェックするが、さして忙しいわけでもなかった。MSや艦に必要な部品はほとんど補給されず、弾薬類も片手で足りるほどしか補給されない。
現在、ムスリム共同体は分裂直前の様相を呈しており、連合の艦に対する十分な支援活動が出来る状態ではないのだ。基地は現在、臨戦態勢といった感じでMSが行き来している。
「艦の修理もままならずに次の戦場とはな」
特殊装備である中性子砲の修理はリヤドまで出来ないのだ。他の部分の修理は終わっているとはいえ、壊れた部分を抱えたままの作戦行動と言うのはやはり不安である。ダメージコントロールの現場指揮も受け持つアジズにとっては、大きな問題なのだ。
その破壊された区画は、現在隔壁で閉鎖されたままになっている。内部の構造物が微量であるが放射能を帯びているため、閉鎖したままにしているのだ。その隔壁の前には花が手向けられていた。
わずかな休暇時間を利用して町に出たユンディとタルハが買ってきたものだ。他にも、食べ物や飲み物、それにタバコの箱が置かれていた。二人は手を合わせる。
中性子砲を破壊された時に、関連クルーが十二名死んでいる。また中性子線被爆で病院に運ばれた七名のうち、二名は既に亡くなったと連絡があった。さらに行方不明者が二名いるのだが、その二人は隔壁の向こう側にいるのではないかと言われていた。合わせた手がかすかに震える。
戦場で死者を悼むことは無意味である。戦場では死が日常であり、生は奇跡なのだ。生きていることに感謝をすることはあっても、死を特別視することはしない。そう考えるなら、彼女らの行為は無意味の最たるものであろう。実際、タラスなどはそういうことを言っていた。それに、死んだクルーは新参者の彼らにとっては部署が異なることもあり、知らない人に過ぎない。
それでも二人は花を手向ける。それは単に死者を悼むのだけなのではなく、自分自身のいる場所を再認識することであり、かつその場所を肯定しないための努力である。明日死ぬかもしれない場所に自分がいることと、それが異常な場所であることを確かめるために、手を合わせ死者を悼むのだ。
「ダーリンは、何が怖い?」
「・・・死ぬのがどういうことか、よく分からないこと」
タルハは言葉を探すように言った。明日には自分が花を手向けられるかもしれない、それを頭で分かったとしても、想像力が追いつかない。今隣にいる女性が失われるとはどういうことなのか、それをリアルに思い浮かべられない。どれほど考えようと、それを現実の可能性として捉えられず、思考の上の結果としてしか感じられない。それが怖かった。
だが現実にここで人が死に、悲しみに暮れる人がいる。それは、直接触れなくては分からないことなのだろうか。
「そうじゃないって・・・思いたいけど」
二人はそのまま言葉もなく、ただ閉ざされた隔壁を見つめる。厚く堅く通路を塞ぐ隔壁は、何か二人の思いを代弁しているようだった。
この間の戦闘に関する分析結果が徐々に出てきている。あの翼付きのMSが、付近で行われた戦闘で確認されたという情報から、それに対する対応策をまずは検討していた。しかし、いかんせん情報が少なすぎる。
一瞬にして両腕を失ったウェルガーに残されたわずかなデータと、赤と青の謎の機体と交戦していた時のデータ。そこから何か引き出せるとは、ここで画面を見つめているヒューも期待はしていない。
ただ自分がオーブにいた時、同僚の機体を撃墜したMSに良く似ているということは画像データから分かる。その機体に関しては、噂レベルの情報がたくさんあった。
「やっぱ、腕だけを狙ったんだろうな・・・」
ウェルガーのカメラが捉えていた映像は、二本のビームサーベルが腕を切断する様子だった。そのまま胴体ごと斬り捨てた方が安全な位置関係で、それを行っていた。
敵の機体のどこに攻撃を当てるかなど、普通は考えない。特にビーム兵器が主流になってからはその傾向が強い。実弾のように当たり所のよって致命的か否かが分かれるのではなく、ビームは当たれば終わりだからだ。
それにもかかわらず、MSの特定の部位を狙って攻撃することに、どのような意味があるのか。趣味だと斬り捨てても、悪趣味である。だが、そのような攻撃方法もまた、噂通りであった。
「それ、本当ですか?」
ヒューが振り向くと、ヘルメットを小脇に抱えたフィジェが画面を覗き込んでいる。ヒューは画面を切り替えながら、自分の推測を披露した。MSの動きやその後の行動パターンからしても、そのMSにウェルガーをその場で破壊する意志はなかったと思えるのだ。
「だから、何になるんです?」
事実、リベルとフォルトゥーナがサポートしなければ、ウェルガーはそのまま地表に激突し、タラスは死んでいただろう。その場で破壊する意志があろうとなかろうと、あの機体がウェルガーを破壊したという事実は動かない。問われるべきは行為の結果であり、意志ではない。
フィジェはそう言って、食い入るように画面を見つめる。白と青を基調に、黒でアクセントをつけ間接部に金色を配した機体。その表情は険しくなっていく。
「おいおい、リリトちゃんが伝染ったか? すごい顔だぞ」
「ちゃん付けはやめて下さい、レペタ少佐」
ヒューは大仰に肩をすくめると、恭しくお辞儀をし丁寧な謝罪を口にする。彼としてはおどけているつもりかもしれないが、リリトは馬鹿にされているように感じる。何か一言言おうと思って、さっきカシアに言われたことを思い出す。
大きく息を吸うと、足早に自分の部屋に向かう。次の偵察飛行のシフトまで寝ておこうと思っていたのだ。イラついている頭をなだめるように、深呼吸してから部屋に入る。それほど広くはないパイロット用の個室、倒れこむようにベッドに横になった。
明るい蛍光灯に、掌をかざす。細くしなやかな指に、きめ細やかな白い肌。純粋に綺麗だと思う。だがそれが、コーディネーターを生み出す技術の行き着く先だとしたら、あまりにも無意味ではないだろうか。自分の体をみるたびに、そんなことを思う。
「コーディネーターの未来を拓くため・・・」
彼女が思い出すのは、そんな寒々しい言葉だ。大人の語る言葉は、いつも裏のない言葉。もはやそこには、薄さすら存在しない。額面通りの意味すら持たない、単なる音声だ。
もしもその言葉に裏があり、その言葉が厚みを持つのなら、いかようにもすることが出来るだろう。しかし単なる音声である以上、それに反論することはできない。反発する対象ともなりえない。それでいて、その音声は否応なく彼女の耳に届く。
だから逃げたのだ。そんな音声が届かない場所に。
「はしゃいでる・・・のかな」
自分のイラつきを、友人はそのように評している。提示された問題、目の前に広がる知らなかった現実、その渦中に身を置く自分達。彼女はそれらのことについて、真剣に考えているつもりだ。
それとも、そのようなことを考えている事そのものが、はしゃいでいることになるのだろうか。少なくともアカデミーでは、いや今まで真剣に考えたことのない問題ではあった。
しかしなぜ、こうもイラつくのだろう。いくつものいくつもの形にならない答えが、出口を求めて頭の中を駆け回っている感じだ。もしかしたら、この頭の中の状態のことを、はしゃいでいると言われたのだろうか。
リリトは電気を消した。今はとりあえず眠りに沈もうとする。少なくとも体は、それを求めていたから。