霞んだ英雄譚   作:やさま

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第七話 オラリオ観光

ミアハ・ファミリアのホーム、青の薬舗。

道具屋でもあり、西のメインストリートの路地裏深くに居を構える店。

ただ、西には一般の労働者が多く住まい、それゆえに冒険者の客は殆どおらず、青の薬舗の看板商品でもあるポーションの需要は低い。

晴天に恵まれた空の下、物悲しく閑古鳥が鳴く神様の道具屋を、テクトは仰ぎ眺めていた。

 

「テクト君!行くよ!」

「……」

 

俺は、冒険者としての役割をミアハ様より授かった。

調合のための素材、あるいは資金の調達。

それが俺の役目であり、仕事。

店の掃除だとか、販売方法に関しては俺の仕事ではない、が―――

 

(出張販売でも考えたほうがいいのかもしれない……)

 

俺もミアハ・ファミリアの一員だ。

今日の夜にでも、ミアハ様に相談してみるか。

 

「兄さん……?」

「あぁ、悪い。今行く」

 

こちらに向かって大きく手をふるヘスティア様の隣、寄り添うように立つ(ベル)

我が家(青の薬舗)を背に、彼らのもとへ駆け出した。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

ヘスティア様曰く、オラリオには八つのメインストリートがあるらしい。

地下迷宮への入り口が存在する中心部を起点に、メインストリートは東西南北を更に二分割した八つの方角へ延びている。

そのうち、ミアハ・ファミリアとヘスティア・ファミリアのホームがあるのが西。

こちらではナァーザの説明にもあった通り、ファミリアに所属していない一般の労働者が多く住んでいる。

ただ、冒険者の間で有名な酒場が一軒あるようで、夜などは冒険者で賑わう事もあるとの事。

一方、そこから北へ少しズレた北西のメインストリートにはギルドが存在している事もあり、西とは違い冒険者の往来が激しい。

武器屋や防具屋など、冒険者の為の店も軒を連ね、そこは冒険者の為のメインストリート―――通称、冒険者通りとも呼ばれているようだ。

 

「まず、八つの大通りが集束する中央……バベルに行こう」

「バベル……そこが、地下迷宮への入り口の名前ですか」

 

実は、昨日ギルドへ冒険者登録をしに行った際、その姿だけは間近で見ていた。

聳え立っていた天を衝く大きな白い巨塔に圧倒されたのを、よく覚えている。

 

「入り口というか、まぁあそこはいろんな施設の集合体なんだけどね。地下迷宮の他、冒険者専用の施設や、私達のような神達の居住区も上階にはあるんだ」

「神様が住んでいるんですか?」

「その通りだ、ベル君。ま、結構お高いから私みたいな貧乏な神には高嶺の花だけどね」

 

神様の為の家であるのだから、かなり高級な住宅なのだろう。

羨ましげに語るヘスティア様の隣で、ベルは何やら思案するように顎に手を寄せていた。

 

「……ベル」

「な、なに?兄さん」

「意気込むのは結構な事だが、焦る事だけは禁物だぞ」

 

その高級住宅とやらが、どれほどのお金を必要とするかは分からない。

しかし、レベル1の冒険者一人しかいないヘスティア・ファミリアの手が今すぐに届くような代物ではない事は確かだ。

物事には段階というものがあり、一つ一つ踏み越えていかなければならない。

二段飛ばし、三段飛ばしで飛躍していけるほど、この世界は甘くはない。

 

俺はそれを、約10年間の経験から学んだ。

 

「……うん、分かってるよ」

「ま、目標を持つのは良い事だけどな」

 

大きな目標を持てるというのは、俺には無いベルの大きな長所。

それを否定するつもりはないし、いずれは叶えてほしいとも思っている。

ただ、その為に無理をして、夢を叶える道のりから足を踏み外してほしくはなかった。

 

「テクト君は、ベル君の事をとても大切に思っているんだね」

 

微笑ましげに、ヘスティア様は母親のような慈愛に満ちた笑顔で俺を見ていた。

実際、彼ら神様からすれば、俺達人間など子供のようなものなのだろう。

 

「えぇ。ですからどうかよろしくお願いしますよ、ヘスティア様」

 

あの日、俺が弟とヘスティア様を引き合わせた、その意味。

神様を前に、おこがましい事は言えない。

オブラートにオブラートを重ね、偽りの仮面を被せて俺は告げた。

 

「勿論さ、テクト君!ボクはベル君を愛しているからね!」

「ちょ、ちょっと神様……!?」

「ベル……幾らなんでも手を付けるの早すぎないか」

 

俺の真意が、想いが伝わったかは定かではない。

だが笑いあい、そのように仲睦まじい姿を見せつけられては、俺も苦笑するしかない。

そしてミアハ・ファミリアへの所属を決めた時のように、ゆっくりと瞼を下ろした。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

それから俺達は、ほどなくしてバベルに到着した。

天衝の巨塔はいつみても雄大で、初めて近場でみるベルはもとより既にみた筈の俺ですらも圧倒され、言葉を失った。

こんなものを作ろうとしたら、一体どれだけの時間がかかるかわからない。

己の背丈の何倍以上もある塔は、人の―――あるいは神の、叡智の結晶だろう。

 

また、行き交う冒険者の数も非常に多かった。

いかにも新人そうな貧相な装備に身を包む者も、高価そうな上等な装備に身を包む者も、全てが入り混じり一直線にダンジョンへと向かっていく。

 

「……凄いな」

「うん……!」

 

目を輝かせるベルの隣、じっと冒険者たちを観察していると、気付いた事がある。

それは、装備の優劣に差はあれど、いずれも“大真面目”であるという事。

皆一様に装備をそろえ、モンスターを倒す為に入念な準備をし、大真面目にダンジョンへと向かっている。

俺とはまるっきり意気込みが違う彼らに、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

 

そうして暫く彼らを眺めていると、装備のどこかしらに刻まれている紋様(エンブレム)が眼に止まった。

 

「ヘスティア様。彼らのエンブレムって……」

「ファミリアのエンブレムだよ。君のところにだってあるだろう?」

 

ボクのファミリアにはまだないけどね、とヘスティア様は俺の来ているローブ―――ミアハ様からお借りした服の肩付近を指差した。

確かにそこには、五体満足の人型のエンブレムが刻まれている。

 

「あのエンブレムを見れば、誰がどこのファミリアに所属しているのかが分かるんだ」

「……なるほど」

「神様、僕達のエンブレムはいつ作るんですか?」

「そうだなぁ……ベル君はどういうエンブレムがいい?」

 

エンブレム談義を始めた弟と神様を余所に、俺は他ファミリアのエンブレムの事が気になっていた。

ナァーザが言っていたが、違うファミリア同士での諍いは可能な限り避けなければならない。

そうした事を念頭に置いた時、自身の所属しているファミリアを周知させる事は非常に重要な事だろう。

 

(なら、主要なファミリアのエンブレムは一通り調べておいた方がよさそうだな……)

 

問題を起こすつもりはさらさらないが、争いに巻き込まれたり等、万が一にも何かが起こる可能性も捨てきれない。

ミアハ様に迷惑をかけない為にも、出来うる限りの手間は掛けておいて損は無いだろう。

 

(調べるなら……ギルドを頼ったほうがいいか)

 

脳裏に浮かぶのは、ギルドで登録をした際に担当してくれた桃色の髪の女性―――ミィシャ・フロット。

ミィシャに相談すれば、エンブレムくらいなら教えてくれるかもしれない。

 

「そうだ、そんなにダンジョンが気になるなら、次は北西のメインストリートへ行ってみるかい?」

「北西には何があるんでしたっけ……」

「主要な施設といえばギルドだ。他にも武器屋や防具屋、冒険者にとって必要な店なら一通りあるんだ」

 

いつのまにかエンブレム談義を終えていた二人は、次の目的地について相談していて。

そんなヘスティア様の提案に、俺は大人しく乗っかる事にした。

 

「冒険者通り、ですよね。私も丁度気になっていたんです」

「よし、じゃあ決まりだ!早速出発しよう、二人とも!」

 

―――防具の準備、道具類の調達、そしてエンブレムの調査か……

街について知れば知る程、やらなければならない事が増えていく。

 

「……この様子では、しばらく退屈する事もなさそうだ」

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

さて、俺達はヘスティア様に付き従い冒険者通りへと向かったわけだが。

当たり前の事だが、一文無しな自分達には買える物など無い。

そのため、武器屋や防具屋に訪れても何をどうしたって冷やかしにしかならない。

流石に店の邪魔になるのは御免被りたく、俺達は大人しく外からそれらを眺めるにとどめた。

 

ただ、展示されている装備品の数々は、そのどれもがこれまで見てきた物とは比べものにならなかった。

俺の相棒、銀の両刃剣(ブロードソード)は故郷へ来ていた行商人が商品としていたものだが、勿論それとは性能も値段も桁違い。

さすが強力なモンスターが徘徊している地下迷宮を有しているオラリオだけあって、ここには一級品のものばかりが揃っている。

これでは、しばらくの間はギルドからの支給を頼らざるを得ないだろう。

 

その後、一通り冒険者通りを満喫したのち、商店街が建ち並ぶ北のメインストリート、大きな闘技場が建立されている東のメインストリートを探索。

やはりいずれも金の無さゆえに“見るだけ”となったが、故郷より遥かに発展したこの街に興味が湧いた事は否めない。

俺も、そしてベルも、頻繁に周囲の景色に目移りしていたその様子は、住人からすればさぞ田舎者のように見えたことだろう。

 

やがて東のメインストリートから中央のバベルへと戻る頃には既に日も落ち始め、ひとまず今日の観光はここまでという事になった。

 

「今日はありがとうございました、ヘスティア様」

「ベル君と引き合わせてくれたお礼さ。これで借りは返した、今後は良き隣人としてボクのファミリアをよろしく頼むよ」

 

イタズラな笑顔で目配せする神様に、二つ返事で頷く。

 

「勿論。こちらこそ、今後ともよろしくお願いしますヘスティア様……そして、ベルもな」

「……これでやっと僕も、兄さんの隣に立てるんだね」

 

今までは、守られてばかりだった。

しかし神の恩恵という戦う力を手に入れ、兄と共に戦えるようになった事をベルは心の底から喜んだ。

 

「そうはいっても、お前と俺じゃ場数が違う。足手纏いにならないようにな?」

「大丈夫だよ、すぐに兄さんだって超えるから!だって……」

「英雄になるから、か?よくいうよ、泣き虫ベルのくせにな」

「に、兄さん!それは言わないでよ!」

 

笑い、からかい、また笑う。

これまで何度繰り返してきたか分からない、兄弟の会話。

そこに、異なるファミリアという壁は存在しない。

ファミリアを違えど、変わらぬモノが必ずある。

 

 

 

ただ―――――俺がそれを真に理解するには、まだ少し時間がかかりそうだった。

 

 


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