そこでヘスティアは友人のヘファイストスに頼み事をする。
『本日はよく集まってくれた皆のもの!俺がガネーシャである!今回の宴もこれほどの同郷者に出席して頂きガネーシャ超感激!愛してるぞお前達!さて積もる話はあるが、今年も例年通り三日後にはフィリア祭を開催するにあたり、みなの『ファミリア』にはどうかご協力をお願いしたくーーー』
象の頭を持つ巨人像が、白い塀に囲まれただけのただっ広い敷地の中で、胡座をかいてデンと座っている。驚くことにこれは建物なのだが、内装は外見と異なり落ち着いた様相となっている。そんな『ガネーシャ・ファミリア』のホームでガネーシャがばかでかい肉声で宴の挨拶をしていた。
「むっ!給仕君、踏み台を持ってきてくれ、早く!」
「は、はい」
『ガネーシャ・ファミリア』はオラリオの中でも指折りのファミリアなので、この迷宮都市内で居を構えている神達には全てお呼びがかかっていた。
ヘスティアもその一人で、『ガネーシャ・ファミリア』の構成員が務めるウェイターを使い多種多様な料理と格闘していた。
彼女の体格では、テーブルの奥の方にある料理にてが届かないのだ。
「(さっ!さっ!さっ!)」
「……」
持参したタッパーに日持ちのよさそうな料理を次々と詰め込んでいくヘスティア。それを見せつけられる給仕の青年はなんとも言えない顔をする。
当然、そんな振る舞いをしていれば目立つ。だが、ヘスティアは自分がばかにされているのはわかっていたが、ちょっかいを出されない限り無視を決め込むつもりだった。口の中にも料理を放り込みながら、むくむくと丸い頬っぺたを動かしていく。
「何やってんのよ、あんた…」
「むぐ?むっ!」
脱力したような声がヘスティアの側から投げられる。振り向くと、燃えるような紅い髪と真紅のドレス。メリハリとついた体型だが、一番目を引くのが、顔半分を覆い隠してしまっている黒色の皮布だ。右目に大きな眼帯をした麗人が、呆れた色をした左目でヘスティアを見下ろしていた。
「ヘファイストス!」
「ええ、久しぶりヘスティア。元気そうで何よりよ。…もっとマシな姿を見せてくれたら、私はもっと嬉しかったんだけど」
ひとつのため息を吐くヘファイストス。しかし、ヘスティアは嬉しそうな顔をして彼女に駆け寄る。
「いやぁ良かった、やっぱり来たんだね。ここにきて正解だったよ」
「何よ、いっとくけどお金はもう一ヴァリスも貸さないからね」
「し、失敬な!」
逆にヘファイストスは友好的ではない目付きを作って、ヘスティアに辛辣な物言いをした。ヘスティアがベルに会う前に厄介になっていた神友が、このヘファイストスだ。
ヘファイトススとは付き合いが長い。が、このオラリオに住み着いてから、ファミリアも作らず全く働こうとしなかったヘスティアに信用はがた落ちした。
「僕がそんなことする神に見えるかい!そりゃあヘファイストスには何度も手を貸して貰ったけど、今はおかげで何とかやっていけてる!今の僕が親友の懐を食い漁る真似なんかするもんかっ!」
「たった今、普通にただ飯食いあさっていたじゃない」
「うっ…いや、これは、どうせ残るんだし…粗末に捨てるくらいなら僕が有効利用してあげようかなー、なんて…」
「ほーほー、立派じゃない、そのケチ臭い精神。わたしゃあ、あんたのそんな姿に感動して涙がとまらないわよ」
「ぐぬぅ…!」
ハンと鼻を鳴らすヘファイストスにヘスティアは悔しそうに唸る。そんな二人に寄ってくるもう一人の女神。
「ふふ…相変わらず仲が良いのね」
「え…ふ、フレイヤっ?」
ヘスティアの前に現れたのは、容姿の優れた神達の中でも郡を抜いた、美に魅入られた神フレイヤだった。
「な、何で君がここに…」
「ああ、すぐそこで会ったのよ。久しぶりー、って話していたら、じゃあ一緒に会場回りましょうかって流れに」
「か、軽いよ、ヘファイストス…」
「お邪魔だったかしら、ヘスティア?」
「そんなことはないけど…」
ヘスティアは口を曲げながら言った。
「僕は君のこと、苦手なんだ」
「うふふ。貴方のそういうところ、私は好きよ?」
止めてくれよ、とヘスティアは手を振った。ヘスティアの本心では余り関わりたくない相手なのだ。
「おーい!ファーイたーん、フレイヤー、ドチビー!!」
「……もっとも君なんかよりずつと大っ嫌いやつが、僕にはいるんだけどねっ」
「あら、それは穏やかじゃないわね」
品良く微笑むフレイヤから視線をきって回転すると、大きく手を振りながら歩み寄ってくる女神がいた。
「あっ、ロキ」
「何しに来たんだよ、君は…」
「なんや、理由がなきゃ来ちゃあかんのか?『今宵は宴じゃー!』っいうノリやろ?むしろ理由を探す方が無粋っちゅうもんや。はぁ、マジで空気読めてへんよ、このドチビ」
「……!……!!」
「すごい顔になってるわよ、ヘスティア」
自分より頭二つは高い神、ロキに馬鹿にされたヘスティアは顔をひきつらせる。彼女にとってロキはもはや、敵だ。
「本当に久しぶりね、ロキ。ヘスティアやフレイヤにも会えたし、今日は珍しいこと続きだわ」
「あー、確かに久しぶりやなぁ。…ま、久しくない顔もここにおるんやけど」
ロキは銀髪の女神にニヤニヤと視線を送った。
「なに、貴方達どこかで会っていたの?」
「先日にちょっと会ったのよ。といっても、会話らしい会話はしてないのだけど」
「よく言うわ、話しかけんなっちゅうオーラ、全開で出しとったくせに」
「ふーん。あ、ロキ貴方の『ファミリア』の名声よく聞くわよ?上手くやってるみたいじゃない」
「いやぁー、大成功してるファイたんにそんなこと言われるなんて、うちも出世したなぁー。…てもま、確かに今の子達は、ちょっとうちの自慢なんや」
ロキは照れ臭そうに頭に手をやった。つんとした態度をとっていたヘスティアはその会話を聞いて、丁度いいとロキに質問した。
「ねぇ、ロキ。君の『ファミリア』に所属しているヴァレン某について聞きたいんだけど」
「あっ、『剣姫』ね。私もちょっと話を聞きたいわ」
「うぅん?ドチビがうちに願い事なんて、明日は溶岩の雨でも降るんとちゃうか?ハルマゲドーン!ラグラナロクー!みたいな感じで」
噛みつくぞこのやろう、とヘスティアは思った。……まぁ、ヘスティアも知らないが剣の雨なら降らせることが出来る人物が自身のファミリアにいるのだが。
「……聞くよ。その噂の『剣姫』は、付き合っている男や伴侶はいるのかい?」
「あほぅ、アイズはうちのお気に入りや。嫁には絶対出さんし、誰にもくれてやらん。うち以外があの子にちょっかい出してきたら、そいつは八つ裂きにする」
「ちっ!」
「何でそのタイミングで舌打ちすんのよ…」
隣で黒い思考で考え、舌打ちをしたヘスティアに呆れ返ったヘファイストスは、ふと気づいたようにロキに尋ねた。
「今更だけど、ロキがドレスなんていうのも珍しいわね?いつもは男物の服なのに」
「ーーーフヒヒ、それはアレや、ファイたん。どっかのドチビが慌ただしく、パーティーに行く準備をしてるって小耳に挟んでなぁ…」
ちらりとヘスティアに流し目を送ってから、ロキは腰を折り、背の低い彼女の顔にぐっと自分のものを寄せる。
「ドレスも着れない貧乏神をぉ、笑おうと思ったんやぁ」
(うぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)
眼前でニマァと口を吊り上げるロキに、ヘスティアは大爆発しそうになった。
ヘスティアはロキのその物言いに言い返した。
「ふんっっ!!こいつは滑稽だ!僕を笑うために自分のコンプレックスーーーその貧相な胸を周りに見せつけるなんて、ロキッ、君は笑いの才能があるね!」
「んなっ!!?」
「ああ、ゴメンゴメン、笑いじゃなくて穴を掘る才能だったね!…墓穴っていう穴のさぁッ!!」
怒りで顔を赤くしていたヘスティアに代わって、今度はロキがカァーッと赤面する番だった。
「大体その母性ゼロの胸でどれだけ男を失望させてきたんだよッ!絶壁なだけに絶望とか、馬鹿じゃないの!?あっ、今僕上手いこと言ったねぇ!」
「全然上手くないわボケェええええええ!!」
「ふみゅぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」
瞳に涙をためたロキがとうとうヘスティアに掴みかかった。
そんな光景を、見物だ見物だと取り巻き出す神々一同。ヘファイストスはそんな二人をげんなりと見ていた。
「……ふ、ふん。きょ、今日は、こんくらいにしといてやるわ…」
(((めっちゃ動揺してる…)))
「ッウ……!今度現れる時は、そんな貧相なものを僕の視界に入れるんじゃないぞっ、この負け犬めっ!」
「うっさいわアホォーッ!覚えとけよぉぉぉぉ!!」
ついには涙をまき散らしてロキは会場を出ていった。そんないつも通りの光景を見た神々はヘスティア達の周りから散っていく。
「本当に丸くなったわ、ロキ…」
「丸くなったっていうか…小者臭しかしないんだけど…」
「下界に来るまでは暇潰しのために、どこかの神達に殺し合いをけしかけていたのよ?今の方がずっと可愛いわ。何より危なっかしくないもの」
「ふんっ!あんな小者のことなんか知るもんか!」
ヘファイストスは本気で戸惑った顔を、フレイヤはくすりと笑い、ヘスティアはいまだ憤慨していた。
「ロキは子供達が大好きみたいね。だからあんな風に変わったのかもしれない」
「……甚だ遺憾だけど、子供達が好ましいっていうのはロキに賛同してあげるよ」
「へぇ、前まで『ファミリアに入ってくれないなんて子供達は見る目がなーい』、何て言ってたくせに…貴方のファミリアに入ったベルっていう子のおかげ?」
「ふふん、まぁね。僕にはもったいないくらい、すごく良い子だよ!……もう一人は全然だけど…まぁ、良い子だよ…」
「?白髪に赤目の子のヒューマン以外にも入ったの?あんたが報告したときには聞いてないけど…」
「一応僕の家族なんだけど…恩恵を頑なに拒否していてね…まぁ、王様君のことは良いよ…」
「お、王様?」
あぁ、まぁ、うん。と歯切れが悪そうにヘスティアはそう返した。そんな二人の様子を見ていたフレイヤがグラスをテーブルの上に置き髪を翻す。
「じゃあ、私も失礼させてもらうわ」
「え、もう?フレイヤ、貴方用事があったんじゃないの?」
「もういいの。確認したいことは聞けたし…」
ヘファイトスはフレイヤを怪訝な目で見ていたが、フレイヤはそんな彼女を無視し、ヘスティアの方を見下ろして、これまでと少し違った形で笑む。
「……それに、ここにいる男はみんな食べ飽きちゃったもの」
『『『サーセン』』』
「「……」」
それじゃあと、言い残し彼女はひしめく神達の中に消えていった。取り残された二人は微妙な顔をして、隣り合うお互いの顔を見交わす。
「やっぱりフレイヤも『美の神』だ…だらしないよっ」
「まぁ、フレイヤ達が愛や情欲を司らなきゃ、誰が務めるんだっていう話にもなるんだけどね……」
小さいため息ついたヘファイストスは、カリカリと右目の眼帯をかく。彼女の癖で、納得していなかったり、不満があると、よくこの仕草をする。
「で、あんたはどうするの?私はもう少し回ってみようかなと思うけど、帰る?」
びくっ、とヘスティアは肩を揺らした。本来の目的を思い出したからだ。
「もし残るんだったら、どう?久しぶりに飲みにでも行かない?」
「う、うん、えーとっ……ヘファイストスに頼みたい事があるんだけど…」
「……」
すっ、と紅い左目が細くなる。金は貸さないと言った先程の姿勢と同じだ。
「この期に及んで、また頼み事ですって?あんた、さっき自分が言っていた事をよーく思い出してみなさい?」
「え、えと、なんだっけっ……?」
「私の懐は食い漁らないって、そう言ってなかったかしら?」
あぁ言ってた、とヘスティアは空笑いした。そんな親友を汚物を見るような目で見て、仁王立ちするヘファイストス。
「……一応聞いてあげるわ。な・に・を、私に頼みたいですって?」
ヘスティアはそんな彼女を見て、意を決死大きな声で自分の望みを放った。
「ベル君にっ……僕のファミリアの子に、武器を作って欲しいんだ!」