その夜、ギルは気分がよくなり、どこかで酒を飲むことにし、以前に訪れた遊郭に出向いた。
「ふむ。今日は幾分か気分が良い、ベルとヘスティアよ。我は酒を飲みに出かけるぞ」
「えっ?」
「本気かい王様君?」
「無論だ」
ヘスティアの問いに、ギルはそう返し、既にホームの出入口まで歩いていた。
「王様…。そしたら明日はダンジョンどうします?」
「我のことは気にせず、我が臣下と行くが良い。我が臣下とな!」
ギルは臣下のことを強調して、ベルにそう返した。ベルは余程気に入ったんだなぁと、思った。ヘスティアは臣下?と首を捻っていたが。
「では、出掛けてくるぞ!」
「あっ、行ってらっしゃい王様」
「あんまり遅くならないでくれよー」
二人にそう言い、ギルはホームを後にした。
ーーーーーー
「はぁ…」
「春姫、今日もアイツは来なかったな…」
遊郭の一室にて、春姫とアイシャはとある人物の来訪を待っていたが、未だにあれ以来来ていないことに対して、ため息を吐いた。
「まぁ、アイツもあんな金を置いていったんだ。その内ひょっこり顔出すさ」
「そうですね…」
とある人物ーーーギルはあれ以来ここに来ていなかった。春姫は、自身の為にあれだけお金を置いていったギルの為に、色々と出迎えの余興を考えていたが、こうまで来ないと、忘れているのでないかと内心で思った。
「それじゃあ、私も忙しいからもう出るぞ?」
「あ、はい」
アイシャも、ギルが訪れているかと気になって、春姫の所に足を運んでいたが、来ていないと分かった為、春姫の部屋を後にした。
「はぁ…。やっぱり王様は忘れたのでしょうか?」
「むっ、我は王だぞ。馬鹿にしているのか?」
「へっ?」
あの時のように、背後の窓からかけられた声に、すっとんきょうな声を上げ、振り返った。
「お、王様!?」
「うむ、あの時以来だな道化よ。酒を飲みにやって来たぞ」
待ち望んだ来訪。あの時のように突然窓から現れたギルに春姫は笑顔を見せた。
「お待ちしておりましたよ王様!」
「うむ。よい心がけだ道化、早速だが極上のツマミを用意せよ」
「は、はいです!」
そう言って、先程出ていったアイシャを追うため、自身も部屋を出た。
ーーーーーー
ズズッ
「ええっ!?王様今どうやってお酒出しました!?」
「何を驚く?王足る我が、倉から酒を取り出せるのは、当然だろう」
「そうなんですか…」
へぇーと、感心したため息をを吐いた春姫。それだけではすまないのだが、春姫も元々が箱入りなため、王様なら出来そうと言う理由から追及するのをやめた。
あれからアイシャに王様が来たことを告げ、ツマミを作ってもらい、王様と食べていた。
「それで王様。どうしてこんなに日が空いたのですか?」
「王足る我は多忙なのだ。あまり気にするでない」
「そうですか…」
ど、どうしよう会話が続かないッ!?
春姫は必死に会話を広げようと、あれー、あのー、とかよくわからない声をあげながら、手をあっちにこっちに振っていた。
春姫自身、いつ来ても大丈夫なように話の練習をしていたが、いざ相対すると緊張して上手く話せなかった。
「フハハ。なんだその奇っ怪な動きは!貴様の出身の、極東とやらの踊りか、何か?」
「い、いえっ!?こんな踊りないですよ!」
その動きを見て笑うギルに、春姫は必死で否定した。
それで緊張が解けたのか、春姫は最近オラリオで起こったことを話始めた。
「アイシャさんに聞いたんですけど、ここ最近冒険者の間で、武器や持ち物の盗難があったらしいんですよ。王様も気をつけて下さいね」
「たわけ。我をそのような愚鈍なものと一緒にするな」
「そうですね。王様なら大丈夫ですよね!」
でも、気をつけて下さいねと、再度念を押してくる春姫に、ギルは今日来た本題を、春姫に聞いてみた。
「道化、貴様『ソーマ・ファミリア』を知っているか?」
「……お名前だけなら聞いたことがありますが。春姫はあまり外に出られないので、詳しくありません」
「……チッ、そうか」
「あっ、でもアイシャさんなら分かるかも知れません?ちょっと聞いてきます」
そう言って春姫は、部屋から出てアイシャを呼びにいった。
ーーー数分後、アイシャを連れた春姫が戻ってきたが、アイシャの機嫌は誰が見ても悪そうだった。
「……なんだい急に呼び出して?こっちがこれからって時に」
「す、すいませんっ」
「ふん、相も変わらず不敬な奴だ。…まぁよい、さっさと我の問いに答えるがよい」
チッ、こいつは…。とアイシャは悪態をついたが、ギルの問いーーー『ソーマ・ファミリア』について説明した。
「あそこは、ここじゃ有名な酒を販売してる、商業系ファミリアだよ。一度口にしたことがあるけど、確かに味は絶品だったよ」
「ぬかせ。雑種の舌などたかが知れている」
「人が親切に説明してるのに、こいつは…!後はそうだね、なんと言うか、金への執着がすごかったな…」
「……ほう」
アイシャは前に見た出来事を思い出すように、そう言った。ギルはその発言にピクリと、片眉をあげた。
「前、ギルドの職員と換金のことで揉めてるのを見たよ。他の奴等も何人か見たって話だ。…まぁ他所の事情だから私も理由までは知らないが…。あっ!後は噂程度だけど、何でも販売しているお酒は失敗作なんだとか…」
「えっ?でもアイシャさん、さっき美味しかったって?」
「やはり、雑種の舌などその程度か…」
「うるさいっ、だから噂だってんだろ。…まぁ神様が作ってるんだ、もしあるとすればその完成品は、文字どおり『神酒(ソーマ)』何だろうね…」
アイシャは自身の憶測をそう述べた。だが、先程からギルが飲んでいるお酒も、神造のものなのだが…。
「まぁ、雑種にしては役に立った方か…」
「本当にあんたは、人を煽ってなきゃいけない訳でもあんのか…!」
「アハハ…。アイシャさんも落ち着いて下さいね…」
今にも飛びかかりそうなアイシャを、たしなめるように春姫は力なく笑っていた。ギルはそんな様子を尻目に、酒を飲んでいた。
「……私が知ってんのは、それぐらいだね。もう私も戻るよ」
「あっ、ありがとうございます」
アイシャはそれだけ言い、部屋を後にし、春姫は去っていく背中に礼を述べた。
「お、王様?春姫は分かりませぬが、聞きたいことは大丈夫でしたか?」
「問題ない。…なるほど、あやつの目が怪しかったのはそう言うことか…」
ギルの呟きを、春姫はとらえられず、聞き返そうとしたが、空のグラスを出され、慌ててそれに酌をした。
その後、興味が失せたのか、ギルは『ソーマ・ファミリア』については聞いてこなかった。