ギルは前と同じく偶然会ったリューと街を歩いていた。
「やあぁぁぁぁっ!」
「……遅い」
青い空が広がる市街の上で、僕は今日もアイズさんと訓練していた。
王様の提案によって、アイズさんとの模擬戦を繰り返しているが一回も、かすることさえ出来ていない。
今もあっさりとかわされ、逆に僕が一撃貰ってしまいそれで座り込んでしまっている。
「大丈夫?」
「……ほあぁ!?」
僕を覗きこむように、視界のすぐ近くに現れたアイズさんの顔に、僕は奇声を上げながら立ち上がった。
顔を真っ赤にさせている僕をアイズさんは不思議そうに見つめながら、腰を下ろし膝の上をぽんぽんと叩いていた。
……膝枕する…?
無表情ながら、その行動で察する事ができる。
僕は更に顔を真っ赤にさせ、ぶんぶんっと首を横に振る。
嬉しいですけど、恥ずかしさで死んでしまいますっ!
訓練の最中、僕が度々気を失うとアイズさんは膝枕をしてくれている。今も僕が限界だと思い、膝枕をしようかと提案してきた。
「だ、大丈夫ですよ!?」
「……そっか」
依然顔を赤くしながら、僕は小休止ということでアイズさんの隣に腰かけた。
今日一日中は、僕はアイズさんと訓練することになっている。
というのも、リリが下宿先の用事があるとのことで、ダンジョン探索に同伴できないと連絡があったからだ。
それならばと、アイズさんに交渉して普段の早朝の時間を過ぎても、鍛練を続けている。
……王様は、初日以来ここには来ていない…。
僕の為にかはわからないが、図らずともアイズさんと二人きりの状況になっている。
「あ、あの、僕っ、少しは上達してるんでしょうか?」
「……どうして?」
「いや、その、全然攻撃は当たらないし、気を失ってばっかりなんで…」
邪な考えを振り払い、緊張しながらも思いきって話題を振ってみた。
「君は、ちゃんと成長しているよ。…ビックリしちゃうくらい」
「え、えっと、でも…」
「それに今は、気絶しなかったし。…多分、いつも気絶しちゃうのは、私が力加減を間違えるから…」
「い、いえっそんなことは!?」
そろりと瞼を半分下ろすアイズさん。最近少し分かったが、こういう時の彼女は結構落ち込んでいる。
高嶺過ぎる高嶺の花。
彼女をそういう風に、思っていた僕だったが、こんな風に何てことない事柄で落ち込んでいる姿を見ると、ちょっと変わった普通の女の子だなぁと思ってしまう。
「……聞いても、いい?」
「えっ?」
思考が飛んでいた僕は、アイズさんの呟きに彼女の方を向いた。
先程までと違い、落ち込んでいた姿はなく真剣な表情でこちらを見つめてきていた。
「どうして君は、そんなに早く、強くなっていけるの?」
「つよ、く…?」
その内容に、目を白黒させた。
強い、という言葉が、自分に不釣り合いなものに聞こえて。
その言葉が似合うのは…。
貴女や、王様のような人じゃ…。
しかし、こちらを見据えるアイズさんの瞳に、僕は真剣に考えてみた。
僕が強くなれたのは…いや、今だって強くなろうとしてるのは…。
「……えっと、どうしても追い付きたい人がいて。その人を必死に追いかけていたら、いつの間にかここまで来てて、その…」
考えが纏まらない。
というより追い付きたい本人の前でこんなこと言うのが、小っ恥ずかしくて堪らない。
でも、何とか次の言葉で締めくくった。
「……何がなんでも、辿り着きたい場所があるから、それに…」
僕を強いと言ってくれたあの人の期待に応えるため。
内心でそう足して、心の中のあの人を思い浮かべた。
「そっか…」
その答えに、アイズさんは僅かに目を見開きそう呟いた。
「……わかるよ」
ぽつり、と出てきた言葉に、僕はアイズさんの方向に顔を向けた。
「私も…」
その先の言葉は、急に吹いた風によってかき消された。
突風に目を瞑った僕だったが、ややあって風が弱まり瞼を開けると、さっきと変わらぬ姿勢で、アイズさんは空を見ていた。
「あ、あの…」
「?」
「あ、いえ。…何でもないです」
小首を傾げたアイズさんを見て、僕はそれ以上聞くことはしなかった。
そこからは会話がなくなってしまい、外界の喧騒を聞きながら、うららかな日差しを受けていた。
「んっ…」
「……?」
隣から聞こえた吐息に首を回すと、アイズさんが口元に手を当てていた。
そして少しして…
「昼寝の訓練を、しようか」
「は?」
あまりにも訓練にそぐわぬ内容に、僕は目を点にした。
ーーーーーー
同じ青空の下、先程目を覚ましたギルは街を散策していた。
ベルとアイズを訓練するようけしかけた張本人だが、あれ以来訓練に参加していない。
が、思惑通りアイズと訓練するようになってから、飛躍してベルのステイタスは伸びていた。
「またお会いしましたね」
「むっ?…なんだ貴様か…」
この期間でどこまで伸ばせるか、そう考えていた矢先、前回と同じ様に向こうから声をかけられた。
「リューと申したか…。して、何用だ?」
「いえ。特にご用と言う訳ではありませんが、お一人でいたので、声をかけさして貰いました」
不要でしたか?と謙虚な姿勢で質問してきたリューに、特に何も話すこともなくその場を後にしようとした。リューもまさかスルーされるとは思っていなかったが、特に何も思わずその背を見送った。
が、不意にその背が振り返った。
「リューよ、貴様冒険者であろう?」
「……そうですが…」
「ならば聞きたいことがある。…そこの露店で良いか…」
冒険者という単語に一瞬顔をしかめたが、ギルは特に気にせず近くの露店ーーージャガ丸くんを販売している場所に向かった。
「いらっしゃいま…せ、え?王様君?」
「むっ?なんだヘスティアか…」
その露店の店員ーーーヘスティアは予想外な人物に目を点にした。
そして、後ろにいるリューを見て、いやらしい笑みを浮かべた。
「なんだい王様君、デートかい?」
「……貴様の節穴は今に始まったことではないしな…」
「な、なにをーっ!?」
残念な物を見るような視線を送り、適当な飲み物を買い、近くに設置してあるテーブルに腰かけた。リューもそれにならい、対面側の席に座った。
「私の分まで…。ありがとうございます。それでお聞きしたいこととは?」
「貴様ら冒険者共が持つ、Lvというものだ」
「ランクアップですか…」
質問の内容に、リューはこの質問に該当する人物、ベルのことだと察した。
そして一度コーヒーに口をつけてから、質問の回答をした。
「
「……続けよ」
「人も、神々さえも讃える功績の達成。…己自身より強大な相手の打破し、より上位の
偉業の達成。…つまり、いつまでも自分より下位のモンスターを倒そうとも、ランクアップには至れない。
……それこそ、ベルにトラウマを与えたモンスターを打倒しなければ…。
「Lvの上昇は心身の強化ーーー器の進化と同義です。そして神々の恩恵は、試練を越えたものにしか高位の資格を与えません」
「……なるほどな」
アビリティをいくら上げようとも、資格があるだけで、ランクアップには至れないと言うことか…。
今のままでは、か…。
しばし無言で思考に耽っていたギルを見て、リューはふっと笑みを浮かべた。
「だが、彼は冒険者だ」
「……くくっ。そうであったな、我としたことが忘れておったわ」
ならば、そう遠くないうちに彼は至るだろう。そう言外に伝わった。
ーーーーーー
「ジャガ丸くんの小豆クリーム味、二つ下さい」
僕と神様が固まる横で、アイズさんは淡々と注文する。
そして、その後方で僕達の様子を見ている王様は、心底楽しそうにニヤニヤしていた。隣で見ているリューさんは、僅かに困ったような顔をしているが。
しばらくしたあと、別の店員さんによってジャガ丸くんは渡された。
やがて、神様は能面のような顔になり、露店の裏を回って僕達の前に現れる。
「ーーー何をやっているんだ君はぁぁぁっ!?」
「ごごごごめんなさいぃぃっ!?」
「ヒハハハハハ、フハハハハっ!」
大噴火した神様、泣き叫ぶようにして謝罪する僕、そして後ろで様子を見ていた王様が、高笑いをあげていた。
「よりにもよって、『剣姫』と一緒にいるなんて、一体どういうことだベル君っ!?」
「そ、それには訳がーーー」
「なんだベルよ、もしやデートか?」
「ベル君ーっ!?君って言う子はーっ!!」
「ちちち、違いますよー!?王様も余計なこと言わないで下さいよぉ…」
王様の茶化すように挟んだ言葉によって、ますますヒートアップした神様。
困った顔を見て更に笑う王様。
僕は、半泣きの状態で事態を収集させようと奔走した。
……アイズさんはその光景に、不思議そうに首を傾げていたが。