「王様!今日はとても楽しかったです。ありがとうございます!」
「……」
街は夕暮れに染まり、歓楽街へ戻る途中。私は王様に向き直って感謝の言葉を伝えた。
……最後に街も見れて、私は満足できました。
「王様?どうかなさいましたか?」
前を歩いている王様が返事をしてくれないことに、私は再度聞き直してしまった。
「道化…。貴様の願いとやらはこれでよいのだな?」
「……ッ!?」
振り返った王様の表情は真剣なもので、私は思わず喉を詰まらせてしまった。今日一緒に街を歩いていて私は満足…できた、そうできました。だから…
「は、はい王様。春姫は王様にお願いを聞いてもらい、嬉しかったです」
「……まぁいい、本来なら我の前で虚偽を言うなど死罪同然だが、貴様も自分の命運がわかっているか…。ならば我が手を出すまでもない」
「ッ!?」
何でっ!?王様は
「い、嫌ですよ、王様…。私は別にーーー」
「我の目を侮るなよ道化。今の貴様はまるで断頭台に上がる者の顔だ。…だがまぁ、死ぬ間際まで道化を演じたいのであれば、これ以上言っても無意味か」
王様はそれだけ言うと、また前を向いて歩いて行ってしまった。私はしばしその背中を呆然と眺めることしかできなかった。
……考えたってもうどうにもならないんです…。私の運命はもう決まっているのだから。
ーーーーーー
春姫がホームに戻り、いつも通りに歓楽街が賑わいを見せる頃。アイシャは一人、ファミリアの宝物庫の前にいた。そしてその扉に手をかけようとした時…。
「何をやってんだい、アンタ?」
「ッ!?フリュネ!?」
ーーー背後から声をかけられた。2Mを超える巨女。横幅も太く、ずんぐりとした体型、極めつけはその顔。もはやヒキガエルと言っても過言ではないその顔。しかしながら彼女の実力は、『イシュタル・ファミリア』において唯一のLv.5。
「ゲゲゲッ!どうしたんだいそんなに慌てて?宝物庫から何かちょろまかす気かい?」
「そんなことするか、私は明日の
内心の焦りを悟らせないように、平然とした雰囲気で返す。幸い、相手は私が何かする前に声をかけてきたので、まだ確たる証拠はない。
まだ大丈夫…。そう思っていた。
「ゲゲゲッ!だそうですよ、イシュタル様?」
「……随分殊勝じゃないか、アイシャ?」
この
「イ、イシュタル様…!?」
「くくっ。どうしたんだい、私を見て慌てるなんて?」
こちらの行動を見透かすように笑う女神。予想外の神物の登場に頭の中は混乱し、目の前の神物から目が逸らせなくなる。
そして、フリュネの脇をスッと抜けてアイシャに近付き、フリュネはゲゲゲといやらしい笑みを浮かべる。
「……私が春姫を気にかけるお前を放置しておくと思っていたのかい?」
耳ももに囁かれた言葉に背筋が凍った。
見抜かれていた!そう思った直後、逃走を図ろうと走り出そうとした…、が。
「何処へいくんだい?」
「ガッ!?」
進行方向上に現れたフリュネの腹への一撃でその場に崩れ落ちた。
崩れ落ちそして足で踏まれ、アイシャはその場から逃げられなくなった。
「ふふ。明日の前祝いにアイシャ、今日は私がたっぷり可愛がってあげるよ」
「ぁ、ぁっ!?」
膝をつき、自身の顔を撫でる主神の目は怪しく光っていた。
ーーーーーー
「王様ー!」
「むっ?ベルか…」
夕暮れから時間がたち、すっかり暗くなった街。前方に見つけた王様に声をかけた。
「その手に持っているのはなんだ?」
聞くと、王様も今帰りとの事。僕がダンジョンに潜っている間、何をしていたのだろう?
そして、二人でホームに帰る途中、王様は僕の手に持っている包みに興味を示してきた。
「これですか?実はこれ『サラマンダー・ウール』って言って、精霊の護符で明日の中層に行くのに必要なんです」
「精霊の護符か…。我には布切れにしか見えんな」
布切れって…。確かに見た目はそう見えるかも知れないですけど、本当にすごいんですよ?
王様は「精霊の護符にしては内包してる神秘がショボいな」とか言ってるけど、そんなことないですよ!冒険者の間では中々に高価なんですからね!
「あっ、そう言えば明日って満月ですね!僕ダンジョンに潜りってばかりだったので気づきませんでした」
ふと夜空を見上げると浮かんでいる月が丸いことに気づいた。そっか明日は満月か…。中層から戻ったら王様と月見酒でもしようかな?