ギルと春姫の二人が、天空で月見酒を楽しんでいる間、地上は大混乱に陥っていた。
……突如として歓楽街を中心に吹き荒れた、紅き暴風。それによって、鎮火の作業にあたっていた者や、歓楽街の状況を知ろうと、周辺をあたっていた者全てが吹き飛ばされた。
……風の余波によって、火はなんとか消えていたが、それと同時に…。
ーーー歓楽街も消え去った。
イシュタルのホーム、『
事態が収束し、ギルドも調査員をこの事件に興味を持ったファミリアの者が、かつて歓楽街だった跡地に踏み込んだが…。
なんの成果も得られず、生存者も確認できなかった。
ーーーーーー
「……フレイヤ様、ご無事ですか?」
「……ええ」
自身の主神を覆い被さっていたオッタルは、風が収まり周囲の安全を確認してから立ち上がる。
……暗雲が空を覆い、ここにいる二柱の神が、その力の出所を感じ取り脅威に備えたが…。
ーーーそれは地上から放たれた。
地上から天に昇る紅き暴風は
「ありえへん…。
「……まったくだわ」
他の団員が庇っていたもう一柱の神。ロキはいまは雲一つない空、満月を見つめながら今しがた起きた出来事に驚愕していた。
……フレイヤも口調こそ穏やかなものの、その瞳は細く忌々し気にその方向を見据えていた。
「……フレイヤ様、この事件の首謀者は神々によるものなのでしょうか…」
「いいえ、違うわ…。確かに似たようなものを感じたけれど…。あんなものは知らない、あれはまったくの別物だわ」
その質問に否と答えた。ロキも同様なのか口を挟むことはしなかった。だが…。
そんなことはあり得ない。そんなことできるはずがない。
「……オッタル」
「はっ!」
未だ天を見続けるフレイヤの言葉を聞き取ったその男は短く返答し、ロキを庇っていた他の団員もその男の背に並び女神の命令を待つように膝を地面につける。
「貴方達も現場に向かってちょうだい。…ここには
「……畏まりました」
返答するやいなや、疾風が巻き起こりその場に誰も居なくなる。団員達が居なくなったのを確認したフレイヤは横にいる、とあるギルドの人と話していたロキに視線を向けた。
「ーーーって言う訳や。よろしく頼むで?」
「……畏まりました、神ロキ」
そのギルドの職員、以前自身のホームに居たこともあったーーーエイナは手を頭にあてながらも、確かな返事をした。去っていくその背を見送った後、ロキはこちらをみていたフレイヤに向き直る。
「……明日緊急の
「ええ…」
短い返答だが、確かに了承しその場を後にするようにロキに背を見せ、自身のホームがある場所に歩を進める。去っていくその女神を暫し見つめてから、ロキも自身のホームに歩みを進めた。
ーーーーーー
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「……ぅぅ」
都市の数ある裏路地。その一つの場所でシルは倒れ伏すアマゾネスの女性を見つけた。まるでいつか見つけたエルフの女性に似たその状況に、驚きつつも頭を膝にのせる。
……先の暴風に巻き込まれたのか、酷く衰弱したそのアマゾネスの女性を担ぎ上げ、自身の家に向かうことにした。
「気をしっかり持ってください!大丈夫ですよ、家に戻ればしっかり治療できますからね!」
「……」
返答はない。しかし寝息が聞こえることから、意識が失っただけだろうと判断した。野次馬根性で、外に出ていたシルだったが、その女性を担ぎ上げ足早に家に戻っていった。
ーーーーーー
「なぁ
「ヘルメス様…」
とあるファミリアのホームのテラスにて、オラリオ
地に戻ってきていたその神は、今しがた起こった光景に、小さく呟いた。
……この地に戻りし
「……今夜はもう寝よう、アスフィ。今から行動したって遅すぎる」
「……はい」
帽子を手をやり、目元を見せぬように眷族の頭にぽん、と手をやりテラスから戻るよう促す。だが、その目は確かに困惑していた。
ーーーーーー
「いったい何が起きたって言うんだい…っ!?」
寂れた教会の前。そこで自身の眷族を待っていったヘスティアは不安な瞳で空を見つめていた。
……今日初めて中層に向かった大好きな子は未だ帰らず。
……片や、今まで自由気ままに振る舞っていったもう一人の子も直ぐ戻ると言ってから帰ってこず。
不安で外で待っていったのだが、突如として歓楽街から空へ昇る紅き暴風が現れ、その不安はいっそう加速した。
けれどこの場所を動いて、すれ違う訳には行かないと待っていたのだが…。流石にあの光景を見て、そして神として、感じたことのない脅威を感じ、居てもたっても居られなくなってきていた。
「ベル君…。王様君…」
自身唯一の眷族の名を口にし、空に輝く満月に視線を向ける。
ーーーーーー
その一撃は、都市を…。その地下のダンジョンまでにも及んでいた。
『ガアアァァァッ!?』
17階層。嘆きの大壁と呼ばれる大広間。
その場所において、今しがた生まれ落ちた階層主。
それに追われ、今まさに自分達の命を無きものにさせようと振るわれた、その巨大な拳は…。
ーーー17階層を、いやダンジョン全域を揺らしかねない地震によって阻まれた。
「くぅぅぅっ!?」
その地震によってあらぬ場所に拳は落ち、九死に一生を得たベル。そして、突如起こった大地震に膝を着きそうになったが、それを踏みこたえ18階層に続く洞窟に飛び込むように体を飛び込ませた。
宙を舞う体は狭い洞窟内で衝突を繰り返し、その度に悲鳴をあげるが、両手に抱えた二人を離すことはしなかった。
やがて…。
「ぅ…!?」
出口と思しき穴から吐き出され、勢いよく地に投げ捨てられた。落下の衝撃は地面を削ったことによって止まつた。
うつ伏せの体勢で倒れ込んだ体を動かすこと叶わず、そのままの体勢のままで小さい呻き声を上げる。体のあちこちは痛み、視界は霞がかって朧気にしか見えなかった。……
ーーー全身の下から感じられる柔らかい感触は、見えない視界ながらも、温かく包み込むこの光りは何だろうか?
そんなことをぼんやりと考えていたら、こちらに近づく気配があった。
「……!」
その人物は自身の前に佇み、その影がこちらの体を覆うように感じた。瞬間、渾身の力を振り絞り右手を、その細い足を掴む。震える口を開き僕は絞り出すように言葉を出した。
「仲間をっ、助けてくださいっ…!」
霞んだ視界が最後に見えたのは、幻想だったのかも知れない。微かに輝く黄金の髪を見たのを最後に、僕は意識を手放した。
ーーーーーー
黄金の満月に照らされ、優雅に月見酒を楽しんでいたが…。
「ふふっ。おうさまぁ~♪」
「……なんだ貴様?もしや一口で酔ったのか…」
春姫は顔を赤らめ、ギルの体にすり寄っていた。一人で酒を足しなむつもりだったが、気紛れでお猪口一杯分のお酒を渡したのだったが、それを口にした瞬間春姫は、一瞬で出来上がりろれつも上手く回っていなかった。
「そんにゃ、ことないです!ヒクッ。春姫は、全然、大丈夫ですよ~。ヒクッ」
「まさかあれしきでこうなるとは…。何とも情けないやつだ」
……ちなみにこのお酒、彼の蔵から引っ張り出した物で。一応普通の者でも飲めるが、彼が大丈夫なだけで神々を除いた、下界の子供が飲めばほぼこうなる。
……いや、正気を保っていられることでも充分なのだが。
「おうさまぁ~。さっきの本当に、凄かったですよ!ヒクッ。とっても格好よかった、です!ふふっ」
「ふっ、当然だ。我を誰と心得る」
酔いから出た純粋な称賛に、鼻で笑いながらも、その口元はつり上がっていた。
すり寄っていた春姫は、ギルにその体を預ける。そして、その瞳はギルの相貌を映す。
「……物語の中にいる、みたいで、春姫は嬉しゅう、ヒクッ。ございました」
「……酔っているとは言え、調子に乗りすぎだぞ貴様?」
顔が触れ合いそうな距離。酔いから若干目を潤ませる春姫。流石に看過出来んと目尻を吊り上げるギル。
だが…。
「……あんなことを、ヒクッ。されては、春姫は、惚れてしまいます」
「ほう…」
ーーーその告白を聞き、目尻は下がりその潤んだ瞳を見つめ返す。
そして…。
「おうさまぁ…」
「……」
ーーーその口をゆっくりと近づける。二人の距離があと少しの距離で…。
「お、おおお、男の人の鎖骨ぅぅぅっ!?」
ーーー春姫は気絶した。
恥じらいで目線を下げた先に見た、鎖骨で、春姫はぱたりと、意識を失った。そして体は横に倒れ、黄金の船の上でぶっ倒れた。そんな春姫を見たギルは…。
「まっ、生娘には我の体は刺激が強すぎたか…」
酒をぐいっとあおり、一人満月を見上げた。