ダンジョンに英雄王がいるのは間違っている   作:あるまーく

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冒険者は冒険してはいけない

感想ありがとうございます


男達の激突

「そらレフィーヤよ、欲するモノを欲するままに買うがよい。我が許す」

 

「わぁい、ありがとうございます」

 

とある駄菓子屋の前にてレフィーヤとギルはいた。東と東南に位置するメインストリートの少し外れ、二人は何時のまにやらそんなところにまで足を運んでいた。

 

どうしてこんなことになったのか。光が灯ってない瞳を浮かべるレフィーヤはそんなことを思っていた。服屋を出て数刻、何故か未だ付き合う事になっているこの事態をレフィーヤは喜べない。

 

服屋を出て直ぐ別れたい衝動そのままに逃げようとしたが、出来ず。それならばと、直ぐ近くにあった高級宝石店に入店して高級なモノをねだって、無理だと言わせておさらばしようと画策したがーー。

 

『ーー今の貴様にはまだ早かろう。こちらのモノが良かろう』

 

その店で一番高かった彩飾豊かな指輪をねだってみれば、そのような事を言われ、代わりに前者の宝石よりは幾分か落ち着いた自身の髪と同じ色をしたネックレスを提示された。

 

だがそれでも購入の際に店員から告げられたゼロの数にレフィーヤは絶句した。それもそうだろう、いかに彩飾の宝石が小さかろうが、ここは゛高級゛の二文字を掲げている店、向こうからすれば当然だろう。だがーー。

 

『ーー釣はいらん』

 

そう言って出された袋には、この店で一番高かった指輪よりも多いヴァリスが入っていた。レフィーヤは侮っていた、この男の財力を。良く良く思い返してみれば、何時かの『豊穣の女主人』の時、高々飲食店に100万ヴァリスを支払っているのだ。ーー侮るな、この程度の支払い、支払えなくて何が英雄か。

 

レフィーヤが、店内にいた客全てが、そしてそれを受け取った店員が絶句するなか悠々とギルは退店。残念ながらこの店には彼の王の琴線に触れる品物は置いてなかった。

 

店員から品物を受け取ったレフィーヤも慌てて店を後にし、王から告げられた言葉に、もう諦めた。

 

『ーーさて、次は何処へ行こうか? 好きに振る舞って良いぞ』

 

この王からは逃げられない。服だけではなくネックレスまで買って貰ったレフィーヤは、観念してこのダサい豹柄のスーツを着た男が満足するまで行動を共にする事にした。

 

ーーーーーー

 

春姫と偽ベルは現在、『タケミカヅチ・ファミリア』のホームに来ていた。そこは『ヘスティア・ファミリア』のホームである廃教会とは違うとは言え、こちらも中々ガタが来ている借家だった。

 

元々は良いところのお嬢様。その名に相応しい社に住んでいた、そしてオラリオではかの大派閥のホームに籍を入れていた春姫。だが、今彼女は幸せだった。

 

「犬も歩けばーー」

 

「はい!」

 

「おお!春姫殿は相変わらずお強いですね。ですが自分も負けませんよ!」

 

千草が読み上げた札を、その全てを読み上げる前に春姫は手を走らせた。その一連の動作に命は感嘆の声を上げる。

 

この遊戯は極東に伝わる伝統的な遊び、『カルタ』と呼ばれるモノだ。『タケミカヅチ・ファミリア』の命を始めとした者達にとっては慣れ親しんだ遊び。

 

だが今命達は楽しかった、いや幸せだった。それは春姫も同じだ。特に命はその喜びを表情にすら出していた。目元に光るモノを拭うように腕でこする。

 

「ふふっ。命ちゃん、ちょっと見ない間に泣き虫さんになったのですか?」

 

「いえ、違いますよ。これは唯単に嬉し涙です。それにそう言う事を春姫殿こそ…」

 

「これはっ!その…。私だって命ちゃんとまた遊べてーー」

 

春姫の言葉はそこで途切れた。感極まって抱き付いた命、それに続くようにその遊びを周りで見ていた千草達が抱き付いてきたからだ。

 

どうしようもなく幸せだった。またこうして遊べる事が。もう二度と叶わない夢だと思っていたから。共に語らい、共に笑い、共に泣く。そんなただ普通の事が。

 

それを傍で見ていた主神であるタケミカヅチも、庭で片膝を着き見ていた桜花も、目元に光るモノを浮かばせる。そして桜花は、腕で輝かしい光景で滲んだ目元を強引にこすり、立ち上り目の前の相手へと向き直る。

 

悠然と手に待つ棍を回しながら立つ相手に、先程から立ち合っていた疲れも、受けた傷のダメージすら見えない。

桜花は今組手の最中だった。それもこの都市では珍しい人外(・・)との。

 

「今のは上手く決まったっと思ったが…」

 

「キュイイ…」

 

立ち上がりながら土を払う。自分でも今の一撃は確実に入った、と思っていた。だが残念なことにそれはかわされ、逆に手痛い反撃を受けてしまった。

 

桜花とアルミラージーー王命名『偽ベル』は、春姫らがカルタで遊んでいる最中、模擬戦を行っている。

 

最初こそ桜花のLV.2としてのステイタス、そして技の技術に何度も倒されていた偽ベルだが、一刻も経てば食らい付き始め、数刻を経てば同格に、そして今では桜花を圧倒している。

 

「成る程、春姫の恩人がテイムしたとあって生半可なアルミラージではなさそうだ…」

 

「キュイ」

 

そりゃどうも、とでも言いたいのか、鳴き声を一つ上げ肩を竦めるアルミラージに、桜花はフッと笑みをこぼす。

 

「だがなーー」

 

「キュイイ!?」

 

突如として襲いかかってきた桜花の連撃を偽ベルは手に持つ棍で防ぐが追い付かない。今までより鋭い紙突。重い斬撃。ガードする棍の隙間から幾つももの竹刀の刺突が偽ベルの体に新たな傷をつける。

 

「ーー俺は偉大な武神の眷属。それもLV.2の団長だ。アルミラージに敗北したまま、はいそうですかとは行かないんだ」

 

桜花の連撃がその熾烈さを増す。偽ベルはその連撃に思わず苦悶の表情を浮かべる。だがそれでもその連撃は止むことはない。

 

この模擬戦は桜花の個人的な思いで行われているもの。偽ベルは拒もうと思えば拒めた戦いだ。それでも偽ベルは、その愛らしい首を縦に振った。桜花の真っ直ぐな瞳を見てしまったから。

 

男には引けない矜持が、そして思いがある。それをどうして雄である偽ベルが拒めるだろう。モンスターとか人であるとか、そんなつまらない理由はそこにはない。

 

この戦いにかけるのはお互いのプライドだ。桜花は武神の眷属として、偽ベルは自分を選んだ王のため。

 

ーー最初こそ偽ベルは自らの境遇を恨んでいた。

 

モンスターとして産まれ落ち、人の敵であれと願われた自分。あのまま暗いダンジョンで同胞と共に暮らし、何時か人に撃たれるであろう存在。ーーそう思っていた。

 

だが初めて相対した存在は、人の身ではなかった。いや、人の身で人を越えた存在だった。もしかしたら天災そのものだったのかも知れない。

 

人もモンスターも、天災を前にしたらとるべき行動は一つ、逃げ出すほかない。モンスターにある矜持は冒険者である人を襲え、神を許すな。その二つ。ただ、天災には抗えない。強大なモンスター達ならいざ知らず、自分はただのアルミラージだ。

 

それがかつて地上に進出したことのあるモンスターの本能だ。当たり前だ天からくる災いを、自らに迫る死を感じながら挑む馬鹿が何処にいる。

 

そして逃げて、捕まった。迫る死を感じならが自分は生かされた。たった一つその人ーー王の戯れによって。

 

『少女を満足させよ』と在り方は制限された。だがそこに閉塞感はない。それ以上に生在ることに喜びを感じた。息を吸うこと、目の前の光景を見ること、そして地上に出ることによって、始めて見ることが出来た日の光りを。

 

だからせめて真摯に生きよう。この当たり前の生を歓喜し、偉大な王の命を守り、そして何時か来る裁きを待とうと。

 

そのためには力がいる。王の命なきまま死することは許されない。なればその前に立ち塞がる試練を乗り越える力が。

 

故に負けられない。このまま土を付けられたまま地に伏す訳にはいかない。例え相手にも譲れないプライドがあろうとも。

「ーーキュイイ!!」

 

偽ベルが桜花の連撃のほんの刹那の間を縫って反撃の一撃を返す。首元を穿つ渾身の一撃。だが桜花もまた今までの培った経験その全てを動員して、そして死力を振り絞り予測、回避する。

 

互いに突き出した一撃の結果の後、後ろに下がる。眼前の敵を見据え、偽ベルは手に待つ棍をグッと握り締め。桜花もまた竹刀をあらんかぎりの力で握り締める。

 

「うおぉぉぉおっ!!」

 

「キュイイ!!」

 

烈迫の気合いの元、手に持つ武器を振るい、男達は再び戦い始めた。

 

ーーーーーー

 

ーーダンジョン16階層。中層に位置するその階で、男は一人戦っていた。

 

「オラァッ!」

オラリオに多く存在する下位の冒険者であれば、このような行為は誉められたモノではなく、自殺まがいの行動になる。それが下位の冒険者であれば、だ。

 

苛立ちをぶつけるが如く繰り出した蹴りが、中層最強と名高いモンスターーーミノタウロスの、その核が埋め込まれている胸部をくり貫き、瞬く間に亡骸は塵へと帰った。

 

それが都合五度。自らを取り囲んでいたミノタウロス達の数と同数だ。ミノタウロスには断末魔を上げる間も無かった。

 

塵の上に、モンスター達の核である魔石が転がっていたが、狼人(ウェアウルフ)の男はそれに目もくれることなく先へ進む。

 

ーー『ロキ・ファミリア』所属の狼人の男、ベート・ローガ。この迷宮都市に数少ないLV.5の第一級冒険者。

 

それはこの都市では正しく強者足るに相応しいLVだろう。だがベートはそれで満足してはいなかった。

 

『雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ!』

 

ベートが好きな異性アイズ・ヴァレンシュタイン。同じファミリアに属し、自分より上の(・・)LVを誇る女性。それの番になるのが己が望みなのに、今の自分のLVはそれより下。

 

あの時笑った少年は確かに自分よりは下だろう、それよりも遥かに、だがーー。

 

ーー少年は強くなっている。それも誰よりも早く、何よりも早く。

 

今はまだ脳の片隅にしか記憶していない程度だが、今後どうなるか分からない。そうベートは思っていた。

 

自分は過信していた。今はそう思う。都市最強の看板を掲げるファミリアに属し、そしてまだ見ぬ階層へと挑戦し続けられる環境。あの少年とは比べるでもない、恵まれた環境。そしてそのスタート地点。

 

なのにこの様(・・・・・・)だ。追ってくる少年(アイツ)はどんどんと成長して、自分はなんの変化もないのに。

 

ーーベートは今だLV.5。ステイタスもあの日とそう大差ない。今回の遠征を終えてというのに。確かに幾つかのアビリティは上がった、が、ほんの少しだけ。そして自分と同じLVを誇る二人のアマゾネスの姉妹より劣って。

 

「ガァッ!!」

 

文字通り獣の声を発しながら繰り出された必殺の蹴りが、目の前に立ち塞がる新たなモンスター達を薙ぎ倒す。それはベートにも分かりきっている結果で、慣れた作業でもあった。

 

「糞が…」

 

魔石を残し塵へと帰るモンスター達の亡骸を背にそうこぼす。それが果たして誰へ向けられているかは彼にしか分からない。

 

ベートは自分でもかつてないほど苛立って在ることに気付いている。この行為が気晴らしにすらならないと知っていながら。だがすることがない。体を動かしていないと、誰に何をするか分からない、だからダンジョンへと潜っている。

 

「……何でテメェが生きてやがる?」

 

「……ウオ?」

 

17階層へと降り立ったベートが見たのは一匹の超大型モンスター。自らに背を向け寝転がる不遜な態度を取るモンスター。

 

ーーそして今は休息期間(インターバル)によっていないはずの階層主。

「あの骨野郎と一緒に死んだんじゃないのか? …まぁそんなこと、どうでもいいか」

 

「ゴォォ…」

 

17階層、『嘆きの大壁』に君臨する階層主ゴライアス。それは一介の冒険者には太刀打ち出来ない存在。

 

ベートが腰に備えている小型のポーチから魔剣を取り出した。そして目の前に立つゴライアスもまた自らの巨躯によって隠れていた垂れ幕を見せる。

 

『ジャガ丸の関所

 

通りたくば1000ヴァリス払うがよい

 

払わぬ場合はどうなるか、分かっているな?』

 

ベートはその垂れ幕を見た瞬間絶句し、戦う気を削がれた。だがその垂れ幕をよく読む内に苛立ちが加速した。よりにもよって今最も苛立たせる(・・・・・・・・)人物を再起させる男の言葉使いそっくりだったから。

 

一瞬戸惑った魔剣を、迷いなくベートは振るった。迷いは予想外の魔物の行動のため、そしてベートはそれに従いたくはなかったから。気分が良いときは見逃していたからも知れない。しかし今の気分は最悪だった。

 

魔剣から炎が産まれベートの装備している特殊武装(スペリオルズ)『フロスヴィルト』に装填される。そして装填された炎を脚に纏ったベートは飛び上がりーー。

 

「ーー消えてろ雑魚!」

 

「ゴォォア!?」

 

胸への強襲。油断していたゴライアスへ火の玉の如く襲いかかった。

 

ベートは座学が嫌いだ。それでも覚えるべき相手のことは学んでいる。階層主ゴライアス、17階層に君臨する敵の弱点ぐらいは頭に入っている。

 

魔石のある胸への攻撃。ゴライアスの魔石のある場所に。階層主との戦闘は本来、大規模パーティーによって成し得るが、LVの差は時としてそれを必要としない。

 

LV.4に相当するゴライアス、片や第一級冒険者に相当するLV.5の自分。故にこの強襲は本来は一撃で倒しせしめるはずだった。ーー相手が通常ならば。

 

「ゴォォアッ!!」

 

「何だとっ!?」

 

胸部への強襲は、ゴライアスが硬直した筋肉の壁に阻まれた。残念ながらここに今いるゴライアスは普通ではない。ベートは強襲が失敗しながらも、その反動そのままに後方へと退避する。

 

失敗こそしたが、胸部に赤く抉った箇所を付けることには成功した。このまま連続して狙えば済むだろうと思ったその考えはーー。

 

「ーーゴアアアアッ!!」

 

雄叫びを上げるゴライアスによって粉砕された。脈動する筋肉が抉った箇所を回復させ始めた。垂れ幕をそっと下ろし、向かう敵へとその双眸を吊り上げた。

 

「ちっ、『異常種』か『強化種』かよ。めんどくせぇな」

 

自らの目の前に立つ強大な相手の力量を見誤ったことに短く舌打ちをするが、ベートは退くことはしなかった。

 

ーーどうでもいい。ベートにとって今ここにいる事も、その相手が何であろうと。この苛立ちを晴らすことができるなら。

 

「どうなるかだと? どうなるか教えて見ろ!!」

 

「ゴアァォァ!!」

 

ーーベートの苛立ちはあの少年でも、ましてや自分でもない。あの日フィンがランクアップした時に伝えられた男の存在によるものだ。

 

『ーーそれで僕らはウダイオスを倒すことが出来たんだ』

 

『……ほんまかいな』

 

『事実だよ』

 

それはフィンとアイズがボロボロになって戻ってきた後に行われた幹部のみ許させた会話。ここにいるのは第一級冒険者へと至った者達のみ、他の団員へは混乱を招くためにご遠慮願った。

 

事の顛末を語ったフィンに、アイズを除く他の者達は信じられず、主神であるロキも嘘を付いていないと分かっていながら信じられずにいた。

 

『……それでフィン。どうするんや(・・・・・・)?』

 

『叶うなら仲間(ファミリア)へと迎え入れたい』

 

『それは…』

 

団長であるフィンがそうするのは他の者への示しがつかない。心強い団員が増えるのは喜ばしい、だがいきなりの入団に他の者が認めるかは、問題がないとは言えない。

 

ーーそれも幹部にだ。

 

リヴェリアが言い渋ったのはそのためだ。他の者も同意なのか一様に認められないと苦い表情をする。

 

『私からも…』

 

『アイズ!?』

 

『何で!?』

 

黙っていたアイズもまたフィンの案に賛同する。その滅多に進言しない彼女の姿に、双子の姉妹は驚愕する。

 

姉妹はどちらかと言えば反対だった。強いのは良いかもしれない。ただ性格に難が有りすぎる、とてもではないが迎え入れて仲良くとは出来ないだろう。

 

ベートはそれを壁に寄りかかりながら黙って見ていた。誰を仲間に入れようと関係がないと思っていたからだ。だがしかし、その思いは続くアイズの一言に打ち崩された。

 

『ーーあの人に認められたいから。私が憧れる、あの人に』

 

その一言は、ベートのみならず他の者もロキでさえも言葉を無くすほどだった。ただ一人、同じ想いを抱きかけていたフィンを除いて。

 

ーーーーーー

 

「お姉ちゃん、あれも!」

 

「わ、私も…」

 

「はいはい…。大丈夫ですよ~、好きな物を選んでいいですよ…」

 

周りに寄ってくる自分よりも幼い少年少女にそう返すレフィーヤの瞳に光はない。今レフィーヤの周りには会った事もない子供達に囲まれていた。

 

そうと言うのも、駄菓子屋に入店して直ぐ子供達もやって来て、そしてあの男の人に群がり始めだしたからだ。

 

大方あの男の奇抜な服装に興味を抱いたのだろうと、気にかけてすらいなかったが、数巡の会話の後にワァーっと歓声を上げながら自らに集まり出してきた。

 

訳も分かるぬ子供達の突撃に揉みくちゃにされながらも、レフィーヤは一人の子供に理由を訊ねた。急に飛び掛かっては危ないですよ? とたしなめながら。

 

そうすると一人の男の子が元気よく、目を輝かせながら答えてくれた。曰く『王様が何でも買っていい』ってと。

 

そうすると周りの子供が足りない言葉を足すように口々に話始める。違うよ、夕御飯が食べらなく量は駄目だよ、えー、何でも好きなだけ買っていいよ、って言ってたよ。

 

周りでアレコレ思い思いの答えを述べる子供達に目を回すレフィーヤだったが、外でその様子を眺めていた男が一言。

 

「ーーレフィーヤ、年長としての務めを果たすがよい。そら、そやつに駄賃は授けてある欲しくばそやつに願うがよい」

 

男はいい笑顔を浮かべながらレフィーヤにそう告げ、自分は店外へとまた戻っていった。確かに自分は駄賃と言ってヴァリスが入った袋を受け取っているが…。

嫌な汗を流しながら下を見ると、目を更に輝かせている子供達の姿。レフィーヤはまた、この人と出会った事に後悔しながら子供の海に飲み込まれた。

 

「ーーふぅ、ふぅ。はぁ、疲れました」

 

レフィーヤは息も絶え絶えに店の外へと逃げることに成功した。一体あれからどれだけの時間がたったのだろうか、もう日の光りは夕暮れへと代わり始めている。

 

今も店内では子供達が思い思いの品を手に取りあーでもない、こーでもないと詮索している。その光景は微笑ましく、今までの苦難もそう悪いものではないかなぁ、と思う。

 

そしてレフィーヤはふといつの間にか先程まで居たはずの男が居ないことに気づく。一体何処へ行ったのやら。でもいないのならこれはチャンスだ、この子供達の面倒をある程度見ておさらばしよう。

 

そう結論付けたレフィーヤの横に、今だ幼い一人の少女がとことこと、やって来た。手に持った色取り取りのお菓子を見るからに、もう満足したのだろう。

 

「お姉ちゃん、もしかして王様を探してるの?」

 

「んん、別にそう言う訳ではありませんが、貴女知ってますか?」

 

お姉ちゃん、その単語が思いの外くすぐったく身動ぎしたレフィーヤ。そして会話を進めればもしかしてもう一回言ってくれるかも、と淡い願望のおもくままこの少女と会話をすることにした。

 

別にあの男が何処へ行ってもどうでもいい。レフィーヤにとっての好感度は残念ながらその程度。でも色々と買ってくれたお礼はしたい。

 

近くにいるなら追ってお礼を、何か用があって去っていったのなら諦めよう。乙女心はそう決めた。

 

「うんとね、あっちに行ったよ」

 

へーあっちにですか、そう笑顔で返すレフィーヤはだがしかし、少女が指差した場所を見て固まった。

 

ーー『ダイダロス通り』オラリオに存在するもう一つの迷宮。

 

何でそこに、そんな疑問を浮かべるレフィーヤを余所に少女は買ってもらったお菓子をぱくり。

「あそこ迷ったら大変だよ? 私達と違って道を知ってなかったら」

 

ぱくぱくごくん。食べていたお菓子を食べきってからちゃんと物を言ったことに、偉いねぇと頭を撫でてからーー

 

「ーー馬鹿ぁ!!」

 

レフィーヤ突然の咆哮。隣にいた少女が驚き、店内にいた子供達がわらわらと湧き出てくる。

 

……よりもよって、よりもよってあそこに行きますか!? 本当にどれだけの迷惑をかけるのですかっ!

 

確かにここはあそこに近い。レフィーヤの咆哮も最もだ。無知な人間が入れば二度と出られない場所。それも一人でだ。

 

「あぁもう!皆お買い物はおしまいですよっ?」

 

「えぇー」

 

「まだ早いよー」

 

子供達のどこか気の抜ける返答に、しかしレフィーヤは有無を言わさず店主のおばあちゃんへと買った商品のヴァリスを払う。

 

そして店外へと子供達を集めたレフィーヤは、今だぶつくさ言う子供達へ一喝。

 

「貴方達の王様が今迷子です! お菓子を買ってもらったのですから探しますよ!!」

 

レフィーヤの号令は子供達へ直ぐ様浸透。そして子供達にとって迷子は大変。口々に大変、大変だねと言う子供達。

 

「突撃っ!」

 

「「「とつげきぃー!」」」

 

レフィーヤの突撃を合図に、子供達もそれを真似して突撃を開始する。目指すは迷子の王様だ。

 

ーーーーーー

 

コツコツと、男は周りに誰もいない道を歩む。『ダイダロス通り』の道など分かってはいない。それでも上へ上へと。

 

周りの窓は締め切っている。それはこれから起こることなど分かってはいないが、日も暮れ始めたが故に。

 

「幼童はいつの時代も良いものだ。それ故にその本質を分り、目を輝かせる」

 

そして男はとある広場へと辿り着く。別段ここまでの道のりは問題ない。一度通ったことのある道だ。

 

ーーそこはかつてベルがシルバーバックと雌雄を決した場所。

 

どこでも良かった。人の行き交う大通りでも、自らの寝床でも、ただどうやら無人の場所が相手の好みらしい。相手に合わせる道理などないが、今日は気分がよい。それ故に死に場所(・・・・)くらいは選ばせてやろう、と王は寛容な器を持ってして許した。

 

コツ、とその足が止まる。男は振り返りはしない。

 

ーーそしてそれは現れた。

 

闇に溶かしたような暗色の防具、暗色の短衣、そして同色のバイザー。

 

それは同じく男であった。だがその体躯は足を止めた男よりも鍛えこまれていた。現れた、二Mを超すその巨躯は正しく巌のそれであった。バイザーによって隠せないの錆色の短髪に猪の耳。

 

後ろに誰か立っている気配には気付いている。いやそれ以前から。ただ興味すらなかっただけ。だから逆立つ黄金の髪の男は今だ振り返らない。

 

「……貴殿の実力計らせて貰う」

 

猪人(ボアズ)の男は低い言葉でそう口にし背にしていた大剣を抜いた。自身の女神の望みのために。

 

「計る? …くっくっ、貴様如きが?」

 

男は心底愉快そうに笑う。なんともまぁ傲慢なものだと。そして男は自身の腰に備えている剣を抜くことなく振り返る。

 

その男の行動に、大剣を持つ猪人の眉がピクリと動く、自分を前に、この状況を前に剣を抜く事をしない男の傲慢な行動に。

 

だがそれは直ぐ改められた。男は剣を抜いた。背後(・・)から。

 

猪人ーーオッタルは、その光景を始めて目にし、だが緊張は解いていない。逆に向こうもやる気を出したことに剣を握る手に力を込めた。

 

「雑種風情がーー」

 

黄金の波紋から抜かれし剣は二つ。その剣先はオッタルへと向けられている。男の一挙一動を見据えるオッタル。

 

ーー過ちは一つ、それは彼に挑むことでも。相対することでもなく。

 

「ーー誰の許しを得て我を見ていた?」

 

それが開戦の合図だった。

 






おい、その先は地獄だぞ

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