『異端審問会』。
それは残存する魔導を取り締まるべく発足された対魔導機関である。彼らの使命はただ一つ、人類の脅威となり得る全ての【魔導】を根絶する事。体内に魔力を宿した
しかし彼らの意に反する者たちがいた。
それは魔法という文化を重んじ、魔導という兵器を生み出した魔力所持者たちだ。彼らは数百年という時間が過ぎた現在でも人類と敵対し続けている。
魔導と人類が対立したのは二〇〇年以上前、魔女狩りが本格化し始め、これに対し魔導側が報復という名目で攻撃を仕掛けたのが事の始まりだった。戦火の火種は徐々にその輪を広げ、人類の大半が死滅するという熾烈を極めたこの戦いは後に『魔女狩り戦争』と呼ばれている。
そして終戦から一五〇年余りという時間をかけて人類は今の体制を構築、しかし戦後の爪痕は色濃く残っており完全な社会再建とは程遠く、加えて残存する魔導側の勢力との終わりの見えない戦いに人類は確実に疲弊していた。
戦力差で圧倒的に劣る事実に異端審問会は一つの策を講じた。異端審問官を育成するための特殊機関の設立。
それこそが異端審問官育成機関。
―――――通称・『対魔導学園』だった。
◇◆◇
対魔導学園とはその名の通り魔導に対抗する人材、異端審問官の育成を主とする場である。しかし異端審問官と言えどそれは一つの名称であり、その職種は多岐に渡って存在する。
戦闘時に必要となる抗魔兵器の開発及び整備を担当する『
その他に治安維持や重要施設の警備、戦闘の際には主力部隊として投入される『
入学した生徒たちはこれらの役職を目指して日々訓練に勤しんでいる。が、訓練とはいえ時には命を落とす場合もあり年間の死亡者数は決して低くはない。それでも彼らが臆することなく訓練を続けるのは様々な理念の下に行動しているからだろう。
とはいえ入学すれば必ず審問官になれるかというとそういうわけではない。あらゆる試験や訓練をこなした上で成績が伴っていなければ審問官への道は開かれないのだ。特に多くの人命を左右する審問官は正式に任命されるまでの過程が厳しく、途中で脱落する者も珍しくはない。
その過程の中で最も厳しいとされるのが高等部から導入される学園試験小隊制度というものだ。通常の成績の他にこの試験小隊制である目標をクリアしなければ進級が出来ないシステムになっている。
この試験小隊制とは、生徒間の競争意識を高めて互いの能力を更に向上させるという理由の他、一人一人の協調性を養うためでもある。個人の能力がいかに優れていようとも魔女を相手に勝利する確率は非常に少なく、大抵の場合は複数人での戦闘行動が基盤となっているため、魔女狩り志望の生徒はともかく騎士団志望の生徒は特にこれが重要となるのだ。他にも事件の捜査経験を積ませたり、状況判断能力や小隊全体の指揮など多方面での才を磨かせるためでもある。
小隊のメンバーについては学園側で予め編成を行われ、学園側で指定された隊員たちで三年間小隊活動を行う規定となっており、その他に小隊全員で魔導事件の調査・解決を義務付けられている。
しかし学園側からは各種兵装や機材以外の支援は一切なく、情報収集・作戦立案・戦闘・逮捕に至る全ての過程をこの小隊メンバーで行わなければならず、誰もが難関中の難関と言うのはこれにある。
実際脱落した生徒の約半数がこの壁にぶち当たっているのが現状だった。メンバー内での衝突や隊員の欠員による目標の不達成など基本的な理由としてはこの二つが圧倒的に多く、現審問官の間では不動の壁として語られている。
そしてここにもその壁にぶつかっている隊員たちの姿があった。
「あーもう!どうすればいいんですの!?」
少し癖のあるミディアムヘアーを両手でわしゃわしゃと掻き、うさぎの耳を思わせるカチューシャをピョコピョコとはねさせながら、少女―――
「これは危機的状況ですわ!今すぐにでも行動を起こさなければ本当にマズいことになりますわよ!?」
「な、なあ、少しは落ち着けって。そんなに焦ってたら考えも出ないだろ?」
錯乱したように慌てふためくうさぎを、斜め右のソファアに座っていた目付きの鋭い少年―――
「この状況を焦らずにどうしろといいますの!?むしろ隊長こそ焦るべきなんですのよ!?わたくしたちに課せられたポイントがいくつだったか忘れたわけではないでしょうっ!?」
「あ、ああ。二〇〇ポイントだよな確か」
まだあどけなさの残る可愛らしいうさぎの顔は鬼気迫る表情で見事に破顔し、血走った目で詰め寄られたタケルは若干その姿に気圧されながらも何とか答える。
「そう二〇〇ポイント!わたくしたちがこの一年間で取得しなければならないポイントは二〇〇ですわ!でもこの半年間で取得できたポイントは!?」
再びギョロリと大きな眼を向けられたタケルは頬を掻きつつ合計ポイントを口にした。
「………ゼロ、です」
「半年が過ぎてもわたくしたちの手持ちはゼロ!これ以上は無視できない忌々しき事態ですわ!」
そう、試験小隊制にはポイントという言わば単位のようなものがあり、このポイントは魔導事件などの解決によって取得できる。結果によってポイントの増減は決まるものの、半年という時間があれば大抵の小隊は一〇〇前後のポイントは稼げているもの。
しかし彼らはこの半年間で一ポイントも稼げていないという、うさぎの言う通り忌々しき事態が浮き彫りになっているのだ。
「いい加減重い腰を上げなければ間に合いませんわ!いえ、すでに間に合っていません!ですからわたくしたちも人数を言い訳にせず活動を再開させなければ―――――って聞いてますの!?」
小隊の今後を心配するあまり空回りしているうさぎの矛先は、タケルの向かいに座る黒髪の白衣を着た少女へと向けられた。一方白衣の少女は腰まで届く艶やかな髪を掻き揚げるとどこか達観した瞳を少女に向ける。
「そんなに怒鳴らなくても聞いてるわよ。大体私がこの場に居て聞いてない話なんてないわ。まあ聞いてるだけで面白くない話は流してるけど」
「それって結局聞いてないのと同じじゃね?」
「馬鹿ねえ、私は話の内容を取捨選択してるって意味で言ったのよ。まあ主に面白そうなネタしか聞いてないんだけどね」
「最低だなおい!」
小悪魔のようなウインクをしてみせる白衣の少女―――
「そんな話はどうでもいいんです!というよりさっきから何をニヤニヤしているんですの!?」
バンッとテーブルを両手で叩きながら斑鳩ににじり寄るうさぎ。すると斑鳩は策士が何かを企てているような笑みのまま、
「ん~、これよこれ。さっき撮った写真」
人差し指と中指で挟まれた写真の中にはうさぎとタケルの姿が写っている。しかしただの写真というには些かおかしな構図だった。大きなうさ耳を着けたバニーガールもどきの半裸になったうさぎと、そのうさぎに首を絞められ涙しながら青い顔で泡を吹きかけているタケルの姿。正直どういう状況を撮影したのか意味不明な写真だった。
「な、なななな、なな………なんでまだ持ってるんですのおおお!!!??」
それを見た途端にうさぎの顔が真っ赤に染まり、その反応を見た斑鳩は煽るように写真をひらひらとなびかせる。
「だってこれすごいじゃない?半裸のバニーガールもどきに首を絞められる男、芸術って見た目は意味不明だけどこういうのをきっと芸術って言うのよねえ」
「か、返しなさい!というか捨てなさい!即刻!今ここで!」
「嫌よ。こんなわけのわからない面白写真なんてそうそう撮れるものじゃないわ。安心して、いざという時の切り札以外にこの写真を表に出すことわないわ。うふふふふふ…………」
「そのセリフを聞いて安心できるわけないですわっ!?」
こうしてまたいつも通りの日常が繰り広げられ、それを見ていたタケルは呆れたようにその様子を見ることしかできない。この第三五試験小隊の会議はこうしていつも破綻し、チャイムが鳴る頃にまたやってしまったと後悔して解散するというワンパターンで終わってしまうのだ。
これからまた例にもよって無駄に時間が消化されるんだろう、そう思うと胃が痛み始めるタケルだったが今回はその予想を外していた。その証拠に普段この小隊に現れる筈のない客人が現れる。
「やあやあ第三五試験小隊諸君!今日も元気に小隊活動に勤しんでいるかい?」
全員の視線の先にいたのは
颯月はにこやかな笑顔のまま、パレードの最前列を牽引するスタッフのような軽やかな足取りで部屋に踏み入ると、大仰な仕草でそのまま続ける。
「HAHAHA!どうやらその様子では活動に行き詰っているようだね?そうなんだね?だがしかしこの対魔導学園理事長にして異端審問会会長たるこの私、鳳颯月が来たからにはもう安心だ!さあ君たちに救いの手を――――」
「いらないです。つーか何許可もなく人んちのテリトリーに侵入した挙句ギャースカ騒いでんですかうるさいんで静かにしてくださいというより黙れ」
その様子を満足そうな笑みで眺める斑鳩に、青い顔をした颯月はかろうじで留めている笑顔を向ける。
「あ、あのさ斑鳩君、私はこれでも理事長なんだよ?会長なんだよ?もう少しお手柔らかな対応というものがあるんじゃないかな?」
「敬語を使ってやってるだけマシだと思ってくださいこのアホ理事長」
斑鳩は椅子にふんぞり返りながら足を組み換え、頬杖を突きながら尚も暴言で返す。敬語の使い方を明らかに間違えている斑鳩の言葉は問題発言のオンパレード、その現状を目の当たりにしたうさぎはあわあわと口を開閉させ、タケルに至っては諦めたように上を向いて涙を流していた。
ここに彼ら以外の人物が姿を現したなら状況把握に苦しむであろう異様な空間が出来上がっていた。そこへ見ていられなくなった一人の少年が部屋の中へと足を踏み入れる。
◇◆◇
颯月に『素晴らしい歓迎ムードを作り上げて来るから待っていてくれたまえ』と言われ、待機からおよそ一分も経たない内にヒカゲはやはりまかせられないと第三五試験小隊の部屋へと突入した。そして結果は予想通り、混沌と化した小隊部屋を目にして心底呆れて深い溜息を吐く。まかせるべきではなかったと。
開け放たれた扉の前に立つもヒカゲの存在に気付いていないらしい彼らに、ヒカゲは開いた扉を軽く叩いて部屋へと入った。すると尻を突き出して倒れ伏している
最初に声が上がったのは斑鳩だった。
「あら黒井じゃない!久しぶりねぇ中三以来かしら?」
「久しぶり斑鳩、相変わらずのイジメっぷりだね」
中等部三年のクラスメイトだった斑鳩はヒカゲを見るなり懐かしむように目を細め、ヒカゲも苦笑混じりで挨拶を交わす。そのまま視線を右に移すと大きな目をこれでもかと見開いて仰天するうさぎの姿が目に入った。
「やっ西園寺、久しぶり」
彼女もまた中等部の頃から顔見知りだった人物だ。ヒカゲが声をかけるとフリーズしていたうさぎは両手をわたわたと振り回して驚きの声を上げる。
「ど、どうしましたの!?なんでここに黒井がいるんですの!?」
状況が読み込めていないうさぎは目を白黒させながら両手を更にブンブンと振り回した。相変わらずのコミカルな反応にあははは………と苦笑いを浮かべ、事態の収拾をつけさせるために未だ愉快なオブジェと化している最高責任者に目を向ける。
「理事長、いい加減起きてくださいよ。被害をここまで広げたのは理事長なんですから早く収拾つけてもらわないと困ります」
ヒカゲの声に反応した颯月はモソモソとその場から起き上がり気まずそうに頬を掻いた。
「い、いや~すまない黒井君。こうなる予定ではなかったんだけど………。というよりなんだか黒井君の言葉にも妙な棘を感じるんだけど気のせいかな?」
「さあどうでしょう?」
そもそも理事長室の颯月と今の颯月のキャラが何故こんなにも離れているかというと、ズバリ生徒達に愛される理事長を目指しているからだと本人は言っていた。堅物で厳格な理事長よりもフットワークが軽く親近感のある楽しい理事長を目指しているそうだ。とはいえ些かフットワークが軽すぎる気もするが。
色々と乱れていたものを直した颯月は切り替えるように咳払いをすると真剣な眼差しで隊員たちを見据えた。
「話が大分遠回りになってしまったけど、今日ここに来たのは他でもない。君達第三五試験小隊の今後の方針について話をしに来た」
その言葉を耳にした途端タケルとうさぎの表情に緊張が走る。椅子に座りっぱなしの斑鳩も視線だけは颯月に向けていた。
するとタケルが控えめな挙手と共におずおずと一歩前へ出る。
「あ、あの、今後の方針ってどういう意味ですか?もしかしてこの小隊を解体する、とか…………」
「か、解体っ!?ひいいいいい恐れていたことが現実にぃ!?どどどどどうなるんですのわたくしたち!!?」
「落ち着きなさいうさぎ。まだクソ理事長の話の最中なんだから」
タケルの不穏当な質問に連鎖反応を起こしたうさぎが半狂乱を起こし、斑鳩は颯月への罵倒を忘れずにそんなうさぎを宥めた。
「クソ理事長という言葉の真意はあとで確かめるとして、今日この場に出向いたのは君達の
その言葉を聞いて安堵するタケルたちにしかしと颯月は続けた。
「今の状態では小隊活動続行不能で解体というリスクを大いに孕んでいる。実際この小隊はすでに三人もの脱落者が出ているし、正直小隊の半数が欠員となると捜査も危うい。でも私はこの小隊を少なからず気に入っているし、出来れば解体なんてことはしたくない」
そこで!と颯月は腰に手を当てもう片方の手の人差し指を立てて言った。
「特例中の特例としてこの第三五試験小隊に補充要員を進呈しよう!」
その言葉にタケルやうさぎは当然の如く驚き、これまでほぼノーリアクションを貫いてきた斑鳩も眉を顰めた。
それもそのはず。試験小隊のメンバーの変更、増員は余程のことがない限り認められないからだ。しかも今までに前例がほとんどないということもあって二人はほぼ硬直していた。
そんな二人のリアクションにうんうんと頷く颯月はその場で一八〇度方向を転換させ、部屋の外に控える補充要員に声をかける。
「ほら、いつまでもそんな所にいないでこっちに来なさい」
一拍遅れて扉の奥から渋々姿を現したのは他でもない桜花だ。常に不機嫌面な彼女の表情はいつにも増して酷く、すこぶる機嫌が悪そうに見える。
しかし颯月はそんな娘の様子を気にすることなく両手を広げて紹介を始めた。
「紹介しよう!異端審問官特務階級魔女狩り所属の
「…………よろしく頼む」
明後日の方向を見たまま無愛想にそれだけ言うと再び押し黙った。一瞬タケル達の空気が不穏になりかけたのを察知した颯月はすかさずヒカゲの紹介に入る。
「そしてもう一人の補充要員が彼、黒井ヒカゲ君だ。彼も少々込み合った事情でこの学園に編入してもらったんだ。黒井君も魔女狩りのメンバーだから戦力としては十分なはずだよ」
「え~と、とりあえずよろしく」
と、軽い紹介を終えたところで最初の位置から不動のままの斑鳩が颯月にある質問を投げかけた。
「ちょっといいですか」
「ん?何か質問かい斑鳩君」
「ええ、何故魔女狩りのメンバーが二人もウチの小隊に配属されるんですか?しかも前例の少ない小隊の増員に無理を利かせてまで…………」
「理由、ねえ。まあ…………補充要員に魔女狩りが二人もつけば疑問に思うのも当たり前か」
要点だけを突いた簡潔な質問に颯月はワザとらしく悩む振りをして桜花に目配せした。颯月が答えるのではなく桜花自身にその応答を
「さっき説明があった通り諸事情だ。それ以上は答えられない、だから余計な詮索は無用だ」
突き放すようにきっぱりと言い放つ桜花。斑鳩がそれに対して何かを言いかけようとする前にうさぎが反発した。
「なんですのその物言いは。これから仲間として行動する相手に対して失礼ではありませんの?」
普段こういう場では最も発言の少ないうさぎが珍しく攻勢に出ているということに、タケルと斑鳩とヒカゲを含む三人は少しばかり驚いていた。
しかし相手が誰であろうと桜花の返答は変わらない。
「無用なものは無用、そう考えたからこそ言ったまでだ。それに事情の有無が小隊活動に支障を出すわけでもない」
「…………やっぱり噂通りのいけ好かない人間ですわね鳳桜花。話せば少なからず理解し合えると思いましたけど…………所詮七光りの天才はどなたも変わりませんのね」
そこでついに桜花の視線がうさぎと衝突した。この場で双方ともに行動を起こすつもりはないようだが、二人の間に不穏な影が差し始め、急いで間に割り込んだタケルが仲裁しようとする。
「お、おい、二人ともちょっと落ち着こうぜ?な、な」
「………………」
「………………」
「え、え~と。あっ、そうだ。元気だったか鳳、中二の時同じクラスメイトだったんだけど」
打開策が湧かなかったタケルは強引に話を逸らそうと精一杯の作り笑いで桜花に話しかけた。強引にもほどがあるようにも思えるが今のタケルにはこれしかない。
して桜花の反応はというと――――
「…………すまん、誰だ?」
タケルの策は違うベクトルで功を成し、この場はタケルが心に傷を負うという代償で幕を閉じた。