飛鳥の推測通り、森の奥にはムカデのような妖魔が口から次々と妖魔を産み出している。ムカデの妖魔を倒せれば現状は打破出来る。しかし、その前には産まれたばかりの妖魔達が壁を成して、飛鳥の行く手を阻んだ。いくら攻撃しても、その攻撃が壁を貫くことはできない。逆に濁流のように押し寄せる妖魔達に服を破かれ、全身を傷つけられていた。
「秘伝忍法!!半蔵流乱れ咲き!!」
二本の刀の連撃に妖魔の壁が薄くなる。そこへすかさず飛び込むが、飛び込みが甘く飛鳥は妖魔に捕まってしまった。
「し、しまった!?」
握った刀は幸い放していない。しかし、振り払おうにも四肢を妖魔に拘束されて身動きが取れない。
生まれたての妖魔が飛鳥の柔肌を這ってきた。ムカデの妖魔の唾液と悪臭を帯びた妖魔は乳を求める赤子のようだ。しかし、人間の赤ん坊のような愛らしさも母性をくすぐる仕草も無い。
「いや………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
その瞬間、飛鳥の周囲を炎が包んだ。瞬く間に飛鳥を拘束する妖魔達が灰塵と化すが、飛鳥には熱さは感じず、どこか慣れた感覚だった。この感覚には覚えがある。
後ろを振り返ると灰塵の中の紅蓮の長髪の少女が歩いていた。
「どうした、飛鳥?」
「ほ、焔ちゃん!?」
逃げた獲物を再び捕らえようと妖魔達が飛鳥と焔に一斉に迫った。しかし、その頭上を飛び越えて、雪泉が現れると氷の太刀を地面に突き刺した。その直後、氷の刃が地面を貫き、迫り来る妖魔達を串刺しにした。
「飛鳥さん、無事ですか?」
「雪泉ちゃん……ふ、二人とも……」
二人の姿を見た飛鳥の目に大粒の涙が込み上げてきた。
「うわぁぁぁぁん!!恐かったよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
飛鳥は二人を抱き締めた。その体は震えていた。妖魔と戦っていたことが恐かったのではなく、妖魔から辱しめを受けそうになったことがうら若き乙女にとって、どれ程の恐怖だったか計り知れない。
「あ、あああ、後は私達にお任せください、飛鳥さん!!」
雪泉は体温が上がって、顔が赤くなるのを感じた。鼓動も高鳴り、不謹慎だが、飛鳥の愛らしさに興奮した。
「ほ、ほら、飛鳥は下がっていろ」
焔も照れくさそうに飛鳥をあしらった。
その後ろでムカデ妖魔が奇声を発している。自分が産み出した妖魔を殺されて激怒する母性を持ち合わせているとは思えない。おそらく自分の存在を無視されているのに腹を立てたのだろう。
「安心しろ。今、お前の相手をしてやる」
「行きます!!」
炎月花と氷の太刀を重ねると二人は妖魔に飛び掛かった。小型の妖魔達が再び集まり壁を作るが、焔の宙に浮く六本の刀が炎を纏って妖魔の壁を焼き払った。瞬間、雪泉が氷の太刀を振るい、氷柱をムカデの妖魔に飛ばした。氷柱はムカデの妖魔に突き刺さり、毒々しい血液を噴き出しながら奇声を挙げた。
焔が炎月花を振るえば妖魔達は火達磨になり、雪泉が氷の太刀を振るうと妖魔達は凍り付いた。
妖魔達は雪泉と焔だけ狙っているわけではない。無防備な飛鳥にも妖魔達が襲い掛かった。
しかし、二人が助けに来てくれたことが飛鳥にどれ程の力を与えただろう。
「絶秘伝忍法・真影!!」
飛鳥の周囲に竜巻が起き、群がる妖魔達を吹き飛ばした。竜巻が晴れるとオーラを帯びた脇差しを持ち、髪を下ろした飛鳥が立っていた。
「私も行くよ!!焔ちゃん!!雪泉ちゃん!!」
三人は次々と妖魔を撃退した。
焔の六本の刀と炎月花が妖魔を焼き払い、雪泉の氷の太刀が妖魔を氷結させ、飛鳥の刀が妖魔を凪ぎ払う。そして、最後に残った瀕死のムカデの妖魔を三人の一斉攻撃で葬った。
焔の紅蓮の髪が元の色に戻り、雪泉の髪も元の色に戻った。撃破した妖魔達は煙のように消え、三人は背中を合わせて、その場に崩れ落ちた。妖魔との戦闘の前に既に戦っていた焔と雪泉はもちろん、飛鳥も満身創痍だった。
「なんとか……全部……倒せたね……」
「そ、そうだな……」
「二人とも……ケガはありませんか?」
ケガが無い訳が無かった。だが、少なくとも致命的なケガは無く、動けるようになるまで時間がかかる程度だ。
「ねえ、二人とも何で戦っていたの?」
妖魔との戦闘で聞きそびれていたが、飛鳥はまだ二人が戦っていた理由を知らない。
焔は急激に顔が赤くなって、黙った。互いに背を向けているおかげで表情は見えない。その一方で雪泉は大胆だった。静かに飛鳥の手に自分の手を伸ばした。
「ゆ、雪泉ちゃん?」
「飛鳥さん……私は飛鳥さんのことが……」
「ゆ、ゆゆゆ、雪泉!?お前、何を言うつもりだ!!」
「焔さんには関係ないことです。飛鳥さんとはずっと友達でいればいいではないですか?」
「なっ!!わ、私だって飛鳥のこと……!!」
そこまで言わされてしまい、焔は口ごもった。その様子を面白そうに雪泉は見つめ、飛鳥は話が見えていないようだ。
「二人とも何を言ってるの?」
「飛鳥には関係ない!!」
「いいえ、飛鳥さんに関係あります」
「うるさいぞ、雪泉!!」
「ならば、先ほどの続きをいたしますか?」
「望むところだ!!」
焔はふらつきながら立ち上がろうとした。しかし、やはり体が言うことを聞かない。それは雪泉も飛鳥も同様だ。
「また今度にしましょうか」
「そうだな……」
「ねえねえ、本当に二人とも何があったの?」
「秘密だ」
「秘密です」
焔と雪泉は笑い合い、飛鳥だけが納得いかない様子だった。
雪泉はそう遠くなく月閃を卒業してしまう。それでも今はこの思いを閉まっておくことにした。いつか自分の道が飛鳥の道と再び繋がると信じていたからだ。
焔は自分の気持ちを簡単には言えないと思った。進むべき道が善忍と悪忍では違いすぎる。でも、繋がる先がある。それはカグラになること。だから、今は言わないでおこう。
「もう二人とも、何なの~?教えてよ~!!」
「どうやら向こうも片付いたようだね…………でも、まだまだ甘いね」
煙管をふかしながらジャスミンは呆れた様子だった。その後ろにはまるで象に踏み潰されたような妖魔の残骸が転がっていた。
「カグラ千年祭の準備を急がないとね……」
これは忍を目指す少女達の忘れられない"夏"が始まる少し前の物語。