どうぞ
「こうして会うのは初めてだね、お兄ちゃん」
嬉々とした笑みを浮かべながら、年端もいかぬであろうその少女は佇んでいた。
そしてその傍らに、まるで聳え立つかのようにして存在する、鉛の巨人。
少女はくるりとステップを踏みながら、その巨人の前へと躍り出る。
異様な空間の中で、あくまで自然に振る舞うその少女に、俺は今まで感じたことのない戦慄を覚えてた。
「女の子…?」
「…いや、アイツもマスターだ。それに…」
セイバーは俺に下がっているようにと手で制しながら言った。
「アイツ、
「…え?」
「ホムンクルス…じゃあ、アイツは…!!」
遠坂がそう言うと、少女はクスクスと笑みを浮かべる。
「…そう。そういえば、まだ自己紹介してなかったね。私の名前はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと言えばわかるかしら、リン?」
小さくお辞儀をしながら、少女は自分は己の名をイリヤだと名乗る。遠坂はその名を聞くと、何か覚えがあったのか、表情をより一層険しいものへと変えた。
「ご挨拶はもういいよね?じゃあ…」
「下がっていろ、マスター!!」
セイバーが剣を構えながら叫ぶ。
アーチャーも同様に、その手に例の双剣を出現させた。
「―――やっちゃえ、バーサーカー」
少女がそう呟くと、狂戦士はその瞳に紅蓮を宿し―――
「―――■■■■■■■■ッ!!」
咆哮と共に、蹂躙という名の暴走を開始した。
「なんなのよ、アイツ…本当にバーサーカーだっていうの!?」
そう最初に呟いたのは遠坂だった。
「ステータスも異常だけど…あんなの、本物の化け物じゃない!!」
「■■■■■■■ッ―――!!」
「オォォォッ!!」
―――遠坂の言う通り、その
「チッ!!」
「■■■■■ッ!!」
―――何せ、あのセイバーとアーチャーを同時に相手取りながら、なおも圧倒していたのだから。
―――バーサーカーがその石斧を振るえば、暴風が巻き起こった。バーサーカーが咆哮すれば、アスファルトの地面に亀裂が走った。
―――これを、怪物と呼ばずして何と呼ぶべきか。
セイバーが振るった一撃も、アーチャーの放つ一閃も、バーサーカーの嵐のような連撃の前には届くことがない。
バーサーカーのそれは、セイバーの力を上回り、アーチャーの技量を凌駕していたのだ。
―――
「野郎、狂戦士の分際で…!!」
セイバーの剣と身体を、赤雷の魔力が覆う。形となった魔力の奔流が、禍々しいセイバーの殺気と入り交じって辺りを呑み込む。
「…!アーチャー、セイバーの援護!」
その様子を見た遠坂が、アーチャーへ指示を出した。
それを聞いたアーチャーは、おそらく狙撃のできる地点へと向かったのだろう。手に握られていた双剣を放ると、霊体となって姿を消した。
セイバーが駆け出し、バーサーカーもそれに応じるかのように石斧を振り上げる。
「―――!!」
一瞬でその距離をほぼ零にし、バーサーカーの懐に飛び込む白銀の騎士。しかしその脳天を叩き割らんと、巨人は石斧を降り下ろす。
「セイバーッ!!」
思わずその名を叫ぶ。
―――――――――――――――!!
「嘘…」
―――その声は雪の少女のものだったが、おそらくその場にいた誰もが驚愕していた。
―――セイバーが足元から振るった袈裟の一撃が、バーサーカーの剛撃を大きく弾き返した。
―――すなわちその瞬間、セイバーの力がバーサーカーのそれを上回ったのだ。
兜の下で、セイバーはニヤリと笑う。
轟、と音をたてながら、魔力を帯びたセイバーの剣がバーサーカーへとさらに追い討ちをかける。
―――セイバーの持つスキル、魔力放出。武器やその肉体に魔力を帯びさせることで、その能力を瞬間的に上昇させる、いわばジェット噴射のようなモノ。力や素早さで大きく上回るバーサーカーを相手に、セイバーが切り結ぶことが可能となっているのはそのためだ。
「オラッ!!」
「■■■■■■■ッ!!」
先程まで圧倒されていたセイバーが、バーサーカーへと反撃を開始する。
一撃、二撃、一撃、二撃。
銀剣と石斧が衝突する度に空間が歪み、大地が軋む。
赤雷を纏ったセイバーの姿は、誰もが想像するような中世の騎士のそれとはかけ離れたものである。卓越した剣技を駆使しながら、野獣の如く獰猛に戦うその姿は、もはや鉛の巨人とどちらが
「…すごい」
それでも、衛宮士郎がセイバーのその戦う姿に魅了されるのはなぜなのか。彼だけではない、おそらくその姿を見たら誰もが、セイバーの突風のように戦う姿に熱狂するはずだ。
「―――ッ!!」
バーサーカーが降り下ろした斧を、セイバーが避ける。そのまま巨人の股下を潜り抜け、セイバーがバーサーカーの背後をとった。
「いける!」
遠坂が叫ぶ。
セイバーの握る美しい銀剣に、これまで以上に膨大で禍々しい赤雷が纏われる。
―――剣を構えたセイバーは大きく跳躍し、
「くたばってろ…!!」
―――その一撃は、巨人の脳髄へと直撃した。
「や、やった…!」
俺は、セイバーのもとへと駆け寄ろうとする。
「待って、何か様子が変よ…!」
しかし、遠坂が俺を引き留める。
「え…?」
「■■■■■■ッ―――!!」
「…!?」
その咆哮を聞き、セイバーのほうへと振り返る。
そこには、セイバーにより倒されたと思われていたバーサーカーが、今もなお暴れ続けていた。
「どうして…!」
「…バーサーカーが、あの程度の一撃で負けるわけないじゃない」
「!!」
イリヤが、笑みを浮かべながらそこに立っていた。
「最初はちょっと驚いたけど…セイバーのあの程度の攻撃じゃ、バーサーカーには傷ひとつつけられない」
「…どういうことよ、それ」
遠坂が言った。
「いいわ、特別に教えてあげる。だってバーサーカーはね、ギリシャの大英雄"ヘラクレス"なんだもの」
「なんですって…!?」
―――英雄といえば?と問われれば、多くの人々がまず始めにその名を思い浮かべることだろう。
―――ギリシャ史上最大の英雄、ヘラクレス。
―――オリンポス十二神の主神ゼウスの子とされ、十二の試練を乗り越え数多くの武勇を残した、まさに英雄の中の英雄。
「ヘラクレスをバーサーカーのクラスで召喚するなんて、アインツベルンは何を考えてるのよ…!!」
―――本来、「狂戦士」とは力の弱い英雄を強化するために用意されたクラスである。
―――では、ヘラクレスのような大英雄が、狂戦士となったらどうなるのだろうか?
「■■■■■■ッ―――!!」
「ッぐ…!」
―――此度の聖杯戦争において、最強で最凶のサーヴァントが誕生したのである。
金槌で釘を打つように、バーサーカーの石斧がセイバーのへと連撃を与える。全てが即死級の一撃。セイバーはそれを剣で凌いでいるが、それも時間の問題だ。
「っ…!!」
バーサーカーの苛烈な斬り上げの一撃が、セイバーへと直撃した。セイバーは宙を舞い、その身の自由を奪われる。
巨人は騎士のその小さな体を、万力のような腕で掴み取り、そして地面へと叩きつける。さらにセイバーが叩き付けられた反動で再び宙に浮いたと思うと、極め付きの一撃として回し蹴りをその身に叩き込んだ。
「がっ…!!」
セイバーの体は幾つもの塀や木々を突き破りながら吹き飛ばされ、ようやく停止したかと思うと、そのままセイバーは動かなくなってしまった。
「…!セイバーッ!!」
俺はセイバーの元へと駆け出そうとした。しかし、遠坂が俺の手を引き留める。
「よしなさい衛宮くん!!あなたが行ったところで死ぬだけよ!」
「…!!」
バーサーカーの姿を捉える。今セイバーの元へ向かうことがどんなに危険なことかなど、考えなくてもわかることだ。
―――それでも
地面に倒れたまま、ぐったりとしているセイバーを見る。
『このオレを共に戦うサーヴァントとして選んでくれたってことだろ?』
―――それでも、俺はセイバーと一緒に戦うって決めたんだ。
―――こんなところで、アイツが殺られてしまうのをただ見ていることなんて…
「ちょっ、衛宮くん!?」
衛宮士郎には、我慢できない―――!!
遠坂の制止を振り払い、セイバーの元へと駆け出す。そして倒れたままのセイバーの半身を抱き起こし、その名を呼んだ。
「おい、しっかりしろセイバー!!」
「……マ、スター?」
よかった、生きている。俺はこんな状況でも、その事実を確認できたことに安堵した。
「………!!」
瞬間、セイバーが跳ね起きた。
「バカ野郎、なんで…!!」
セイバーが怒鳴ろうとした。しかし―――
「■■■■■―――!!」
―――目の前には、斧を振り上げた狂戦士の姿が
「しまっ…!!」
―――セイバーが俺を庇おうとする。遠坂の叫ぶ声がする。
―――しかし、迫り来る死を目の前にしては、何もかもが停止しているように思えた。
―――俺は、ここで……
刹那、それは流星の如く狂戦士へと降り注いだ。
「…!!」
様々な形や大きさをした剣の群が、バーサーカーへと襲いかかる。それにより、バーサーカーの行動は強制的にキャンセルされ、俺とセイバーへと降り下ろされようとしていた一撃は剣群へと標的を変えた。
セイバーはその隙に俺を担ぐと、狂戦士から距離をとった。
「遅いのよ、アーチャー…!」
遠坂がそう呟いたのが聞こえた。
ということは、あの剣群はアーチャーが…?
「…遅れてすまない。だが、確実に敵の意表を突くならば、最後まで奥の手はとっておくものだ」
念話で己のマスターに怒鳴られながら、アーチャーは標的の数キロメートル以上離れた地点から矢をつがえる。
「巻き込まれたくなかったらその場からすぐに離れろ、凛」
そのまま念話を一方的に切断すると、アーチャーは己の矢に魔力を籠める。
「―――
その矢は、はたして本当に矢と呼べるものなのか。矢というよりも、歪に捻れた剣とでも言うべきか。
そしてなによりも――――
「
―――その矢に籠められた神秘は、宝具のそれに等しかった。
弓兵は不敵に笑うと、その矢を放った。
俺は、迫り来るその殺気になぜかいち早く気付いていた。咄嗟にセイバーや遠坂を庇うようにして身を伏せる。
「―――!!」
次の瞬間、爆発音と熱風が周囲を覆いつくしたのだ。
しばらくして体を起こし、辺りを見渡す。
「あれは…!!」
そこには、上半身の吹き飛んだバーサーカーが佇み、辺りには剣の破片と思われるものがそこら中に散らばっていた。
炎がそこかしこに上がり、言峰教会の墓地は焦土と化していた。
「アーチャーめ…バーサーカーだけでなく、オレらも巻き込もうって魂胆だったわけか…!!」
セイバーが起き上がる。
「それだけじゃない…遠坂だってここにいたんだ」
「へぇ…リン、あなたのアーチャー、中々やるじゃない」
イリヤが、少し不満げにそう呟いた。
「バーサーカーを"一回"でも殺すなんて」
「―――え?」
一回でも…?
「バーサーカー」
肉塊と化していた己のサーヴァントに、その少女は声をかける。
―――次の瞬間
「■■■■■―――!!」
―――巨人は、立ち上がった。
「嘘…」
失っていたはずの上半身も、まるで何事もなかったかのように再生していた。傷跡もなく、鋼のような筋肉の鎧がそこにある。
「いいわ、あなたのサーヴァントに免じて今日は見逃してあげる。…帰ろう、バーサーカー」
少女はそう言うと、巨人の差し出した手に乗り、そして肩へと座った。
「―――ばいばい、お兄ちゃん」
「
遠坂はそのまま俺を睨み付けた。
「それに衛宮くん、サーヴァント同士の戦いにいきなり飛び込むだなんてどういうつもりよ!?」
「…遠坂?」
「おい、マスター…」
振り返るとそこには、傷だらけの鎧を身に纏ったセイバーが佇んでいた。
「下がっていろって言ったろ…!!なんでお前は…!!」
その声には、怒りを通り越した別の感情が籠っていた。
「…なんでもなにも、あのままじゃセイバーが殺されると思って」
「…!!」
遠坂の瞳が、驚愕により大きく見開かれる。
「…ヘッポコ魔術師のお前がオレの所に来て、何ができるんだ?」
「それは…」
何が、できたのだろう。…いや、セイバーの言う通りあの状況で俺ができることなんて何もなかった。ただあの時は、セイバーが殺されてしまうのではないかということで頭が一杯で…。
―――それでも
「―――それでも、俺は一緒にセイバーと戦うって決めたんだ。黙って見ているだなんて、俺にはできない」
「―――!!」
――――――――――――――――――――――――――。
「…衛宮くん、分かってないようだから言うけど、あなたが死んだらセイバーも死ぬのよ」
「…あ」
―――マスターのいなくなったサーヴァントは、消滅する。
遠坂に言われて、そのことをようやく理解した。
「でも…!!」
理解はしたが、納得はできない。衛宮士郎には、目の前で誰かが死ぬのを黙って見ていることなんてできない。
―――そんなこと、許されない。
「…マスター、こんな馬鹿げた真似二度とするな」
「セイバー…!」
「…二度と、するな」
そう言ったセイバーの鎧は、小刻みに震えていた。それはおそらく、怒りによるものだろう。確信は無いが、俺にはそんな気がした。
―――マスターが死ねば、サーヴァントも死ぬ。
「…すまない、気を付ける」
だから俺は、そんな曖昧な返事しかできなかった。
「フン…なんだ生きていたのか」
しばらくして、アーチャーが姿を現した。
俺はそんな言葉を吐くアーチャーを睨み付ける。
「…生きていたもなにも、あんたがもう少し遅かったら死んでるところだったわよ」
遠坂がアーチャーに怒鳴る。
「…だが、結果として私によって助かった。いや、我ながら己の腕が恐ろしい」
「あんたねぇ…!!」
焦土と化した言峰教会の墓地を後にし、俺らは再び帰路についた。
「衛宮くん、提案なんだけど」
微妙な空気に包まれていた中、沈黙を最初に破ったのは、遠坂のそんな言葉だった。
「…提案?」
「そう。考えてみたんだけど…あのバーサーカーを倒すまで、私たち同盟を組まない?」
「同盟…?」
先程の戦闘を思い出す。あの狂戦士は、セイバーの一撃を食らっても傷付かず、それどころか最後はあれほどにまで強かったセイバーが圧倒されてしまった。
一方でアーチャーは、遠距離かつ無差別的とはいえ、あのバーサーカーの肉体を破壊した。
…まぁ、どういうわけか、それでもバーサーカーは生きていたのだが。
確かに、遠坂と同盟を組むのは願ったりかなったりだ。なにより、俺は遠坂と戦いたくなんてない。
「やめとけマスター」
あれっきり黙ったままだったセイバーが口を開いた。
「そこの弓兵、いつオレらの寝首を掻こうとするかわからないぞ。そんなやつに背中を預けられるか」
…む、確かにそう言われてみればそうだ。
「それに、その女も信用できる訳じゃない」
…いや、遠坂はそんなことするようなやつじゃないだろ。
「同感だな。凛、同盟を組むならもう少しまともな相手を選べ。そこの小僧では、いつどこで野垂れ死にするかわからんぞ」
アーチャーが姿を現し、遠坂に言う。
「…アーチャー」
遠坂が呟いた。
「…なんだね、凛」
次の瞬間、遠坂が腕を掲げ―――
「令呪をもって命ずる。私の許可なしに、衛宮くんたちに戦闘行為を行うな…!!」
「「「な…!?」」」
その場にいた遠坂以外の三人が、同時に驚愕の声を漏らした。
次の瞬間、アーチャーの体に魔力の電撃が走る。
「正気か凛!君は令呪の大切さを本当に理解しているのか!?」
アーチャーが身体にできた枷に顔をしかめながら言う。
「どう?これで少しは信用してくれたかしら?」
そんなアーチャーの言葉に構うことなく、遠坂はニッコリと笑いながら俺とセイバーに問いかける。
「俺は全然構わない。むしろお願いしたいくらいだ。でも…」
俺はそう言って、セイバーへと振り返った。
セイバーは時折唸りながら、しばらくの間考えていたようだが、
「…しょうがねぇな。マスターが決めたなら反対はしない」
「えぇ。令呪まで使わせたんだから、そうこなくっちゃ」
「だがアーチャーのマスター、共闘はあの忌々しい狂戦士を倒すまでだ」
セイバーは、念を押すように言った。
「遠坂凛よ。もちろん、私もそのつもりだからその心配はいらないわ」
遠坂は俺に振り返る。
「さっきはいろいろキツいこと言ったけど、ごめんなさいね。これからは、同盟を組む相手として仲良くやっていきましょう、衛宮くん?」
差し出された手に、俺は内心少し恥ずかしがりながらも、手を重ねて握手をした。
「あぁ、俺からもよろしく頼むよ、遠坂」
「お互い疲れているだろうから、とりあえず今日のところはこれで解散するけど、明日にはまた詳しい話をするつもりだから。そこのところよろしくね」
遠坂はそう言うと、小言をいまだに呟いているアーチャーと共に去っていった。
「なぁセイバー、やっぱり怒っているのか?」
俺はふと、隣について歩いているセイバーに質問した。
「その、さっきのことでさ」
セイバーや遠坂の言うことも聞かず、バーサーカーとの戦闘に割って入ってしまったこと。
何せあのときは、俺もセイバーが心配で無我夢中だったのだ。
「なんだよマスター突然に。気持ち悪いな」
「なんだってお前、そんな言い方はないだろ…」
やっぱり、怒っていたのだろうか?
「怒ってはいない。ただ、不満がある」
…不満?
「…確かにオレはあの時あの肉だるまにやられていたがな?別にオレは、あんな程度の攻撃じゃ死にやしない!」
「………!!」
「無様を見せてしまったことは謝る。だがマスター、次に戦うときはオレは…!!」
もしかしたら俺は、知らずの間にこの自信家の騎士のプライドを傷つけてしまっていたのかもしれない。きっと、あのバーサーカーとの戦闘の結果がセイバーにとっては満足のいくようなものではなく、悔しいのだ。
きっと今のまま、考えなしにバーサーカーと戦っても勝てない。
そしてなにより、俺が今のままではいけない。このままでは、セイバーの足を引っ張ってしまうだけだ。
―――それでも
「―――勝とう、セイバー」
「―――!!」
―――それでも、勝ちたい。セイバーの戦う姿には、俺をそう思わさせる何かがあった。
「…あぁ、当然だ!勝って、聖杯もぶんどってやろうぜ、マスター!!」
―――柳洞寺にて、キャスターは己の工房で頭を抱えていた。
「なんてこと…まさか、あのヘラクレスがいるだなんて…」
セイバーとバーサーカーとの戦闘を遠見の魔術で見ていたキャスターは、バーサーカーの真名をすぐに看破した。何せ、彼とキャスターは生前に顔を合わせたことのある間柄であったからだ。
「おぉ、戻ったぞマスター」
キャスターの背後に、突然男が姿を現した。
「…アサシン、どこに行っていたのですか?あなたには、山門の警備をするように命じておいたはずです」
「どこって、今まさにマスターがその水晶玉で見ていた現場さ。敵サーヴァントが三人も揃って戦ってたんだ。これを見ない手はないだろ?」
悪びれる様子もなく、暗殺者のサーヴァントは答えた。
「あなたにこの場を離れられては困ります。敵が攻めてきたらどうするのですか?…それに、外の様子が見たいのならば、私と視覚を共有させることで可能でしょう?」
「まぁそう固いことを言わないでくれ。警備を怠ったのは謝るが、令呪があるんだからその気になればいつでも呼び戻せるんだ。それに、敵サーヴァントと戦う以上、できるだけ俺はこの目で直接見ておきたいのさ。マスターが君である以上、俺は前線で戦う羽目になる。マスターの目線で見ても、俺はあまり感覚が掴めないんだよ」
すまないな、と笑うアサシン。
キャスターは再び頭を抱える。どうにもこのサーヴァントとは非常に接しずらい。しかも、会ってから日に日にそれが増しているように感じる。
溜め息を吐いていると、アサシンが言った。
「あぁそれと、マスターは既に知っているだろうが、バーサーカーはヘラクレスだ。先に言っておくが、俺はあんな怪物とは戦えないぞ」
「えぇ…知っています。まさかあの男が、あろうことか狂戦士のクラスで現界するだなんて…」
三騎士であり、最優と名高いクラスであるセイバーを相手に、あのサーヴァントは圧倒し続けていた。
「噂以上だったよ…いや、アキレウスも化け物だっが、あれはそれ以上かもしれないな。狂戦士のクラスには惜しい。ギリシャ最強の名は伊達じゃないってことか」
「…それで、その目で見てきてどうだったのです?」
アサシンはそれを聞くと、飄々とした態度から一変し答えた。
「そうだな、とりあえずヘラクレスは置いといて…。セイバーやアーチャー以外の奴も俺は見てきたが…結論から言ってしまえば、どいつもこいつも中々の強者揃いだ」
「…」
「
「…なんですって?」
キャスターは、戦闘の様子を見ていただけで、その後のことは知らなかった。
キャスターの反応を聞いて、アサシンは愉快そうに笑った。
「なんだ、知らなかったのか?だから言ったろマスター。この目で見てきた結果、早速有益な情報が手に入ったじゃないか」
「っ…!!」
得意気な顔をするアサシンに、キャスターは再び頭を抱える。
「…わかりました。それで、あなたの考えを聞かせてもらえるかしら?」
感情をなるべく表情に出さないように、キャスターは取り繕う。
アサシンはそうだな、と何やら考える。
「しばらくは様子見をする必要があるが、
キャスターはそれを聞くと、ニヤリと笑った。
「はぁ…今日は本当にいろいろあったな」
家に着き、汗にまみれた体を流すため俺はすぐに湯船に浸かった。時刻はとうに深夜二時を回っていて、俺は戦いが始まってからそれほど時間が経過していたのかと驚いていた。
「…まさか、遠坂が魔術師だっただなんて」
穂村原学園の皆の憧れのアイドル、遠坂凛。
そんな彼女が魔術を扱うような人物で、しかも自分よりも何倍も優秀ときた。
「…聖杯戦争か」
ランサーに殺されかけたこと。セイバーを召喚してしまったこと。バーサーカーと戦ったこと。今日の夜に起こったことは全て幻なのではないか、俺は今だにそう思えてしまう。
しかし、己の手の甲にある
『―――私と衛宮切嗣は、第四次聖杯戦争において共に聖杯を巡って争った者同士だからな』
言峰の言葉を思い出した。
「知らなかったよ爺さん…あんたが、聖杯戦争に参加していただなんて」
俺を、地獄から救い出してくれた命の恩人。切嗣から、かつて聖杯戦争に参加していた魔術師だったなんて話を、俺は一度も聞かされたことなんてなかった。
「なんで隠してたんだ?なんで聖杯を求めてたんだ?」
憧れていたにも関わらず、その実、俺は切嗣のことなんてなにも知らなかったというわけか。
風呂から上がって体を拭き、着替えを済ませて洗面所の扉を開くと、そこには鎧兜を身に纏ったままのセイバーが立っていた。
「うわ、驚かさないでくれよセイバー」
「何訳のわからないこと言ってんだ、マスター」
…そんなこと言われても、いきなり目の前に鎧の騎士が現れたら誰だって驚くだろ。
「そうだ、セイバーも風呂入るか?」
「風呂?あぁ、東洋の湯浴みの文化か」
「セイバーも疲れたろ?着替えは俺がそこに置いておくから、良かったらどうだ?」
セイバーはそれを聞くとほう、と呟き、
「いいね、じゃあマスターのお言葉に甘えさせてもらうとするかな」
そう言うと、セイバーは鎧のまま風呂場へと入っていった。おそらくサーヴァントというものは、ああいった装備の類いは好きなように着脱できるのだろう。
「セイバー。着替え、ここに置いておくからな」
俺は着替えを入れておく篭の中にそれを用意すると、風呂場にいるセイバーに声をかけた。
「おお、サンキュー。それにしてもマスター、風呂ってのも中々悪くないな!」
…ん?セイバーってこんなに高い声だったっけか?
たしかに比較的高いし、透き通ったような声をしているなとは思っていたが。
「ああ、兜をつけていたからか」
なるほど兜をつけていたから、少し声が通常よりくぐもったように聞こえてしまっていたのか。
「なんか言ったか、マスター?」
「いや、なんでもない。ゆっくりしてくれ」
「あぁ、そうさせてもらう」
俺はその場を後にし、居間へと向かった。
「もう三時か…そろそろ寝ないと」
今後のことについて色々と考えごとをしていたら、ついつい一時間以上も時間が経過していた。
「おいマスター、これどうやって着るんだ?」
「ん?セイバー?」
脱衣場のほうから、セイバーの声が聞こえてきた。
「あ、そうか。浴衣…」
セイバーに用意していた着替えは、客人用にあった浴衣だった。たしかに見るからに西洋の騎士であるはずのセイバーが、日本の文化の賜物である浴衣を知らないのも無理はないのかもしれない。
「しょうがないな…」
帯なんておそらく結べないだろう。だから俺は、脱衣場へと向かった。
「なんだ?この紐…」
扉の向こうから、セイバーの呟きが聞こえてきた。やはり、帯の付け方に苦戦しているようだ。
「セイバー、入るぞ」
扉に手を掛ける。
「あ、おい馬鹿。勝手に開けるなって…」
セイバーのそんな言葉が聞こえてきたが、もう既に遅い。
扉を開き、そこにいたのは―――
「―――え?」
―――風呂上がりの艶やかな肌の上に、浴衣を羽織っただけの小柄な金髪の女の子で。
「…女の子?」
その時俺は状況が理解できず、思わずそう
―――そして俺はその後、再び地獄を見ることになったのだ。
どうも、枝豆です。
わりと個人的にはいいペースで更新できているような気がします。
今回はセイバーが女だってことを、士郎が初めて知る。そんな回です
話は変わりますが、日曜fateようやく追い付きました。
もうすぐアニメも終わってしまう。
俺はいったい何を糧に生きていけばいいんだ。
とりあえず英雄王が己己言うのを楽しみにしています。
それでは