Fate/blood arthur   作:枝豆畑

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予定よりもかなり遅れました。






どぞ


憧憬と

「―――、―――!」

 

…頭が鈍器で殴られたかのように痛むのは、どうしてだろうか。

 

「―――先輩!」

 

俺を呼ぶ声がする。この声は―――

 

「ん…桜?」

 

目を開くとそこには、心配そうな表情で俺の顔を除き混む間桐桜の姿があった。

 

「いって…」

 

痛む頭をさすりながら、横になっていた体を起こす。どうやらここは、廊下のようだ。

 

「もう、心配したんですよ?昨日の夜は帰ってこないし、おまけに今朝家に来てみたら先輩がこんなところで白目を剥いて倒れてたんですから……」

 

「……」

 

桜に見られないように、手に刻まれているずの()()を確認する。そこには、たしかに俺が聖杯戦争に参加したことを示す、令呪の姿があった。

 

「夢じゃない…」

 

「…先輩?」

 

「ああ、いやなんでもないんだ」

 

立ち上がろうとする。しかし、体中が覚えの無い痛みに蝕まれていて、思わずよろけてしまう。

 

…なんだ、このまるで誰かに殴り飛ばされた挙げ句、壁に頭を打ち付けてしまったかのような理不尽な痛みは。

 

おまけになぜか、昨晩家に帰ってからの記憶が曖昧だ。俺はたしか家に帰ってから、風呂に入って…

 

「でも先輩、なんでこんな場所に…」

 

桜が問いかける。

 

しかし俺にもわからない。思い出そうとすると、それを拒絶するかのように頭痛がするのだ。

 

…ん?そういえば、セイバーはどこだ?

 

 

 

 

「―――あ…」

 

 

 

―――思い出した。

 

 

 

―――扉を開けて、そこにいたのは…。

 

 

 

 

 

「せ、先輩!お顔が真っ赤です!!」

 

桜が慌てて俺の額に手を当てる。

 

「きっと熱があります。朝食は私が用意しますから、先輩は部屋で休んでてください!」

 

いや違う、違うんだ桜。別に熱があるわけじゃない。

 

「いや、悪いから俺も作…」

 

「いいですから!」

 

朝食を作るのを手伝おうとしたが、桜は頑なに俺を休ませようとする。ついには居間へと連れていかれ、「ここにいてください」と言うとエプロンを付けて一人朝食を作り始めてしまった。

 

―――いや、本当に熱はないんだ、桜。

 

桜は時々、こんな風に頑固になるときがある。以前と比べて明るくなったのは俺としても嬉しいけど、この時の桜は少しばかり苦手だ。

 

 

 

「なぁ桜、その…誰か見なかったか?」

 

台所にいる桜へと声をかける。

 

「誰かって…藤村先生のことですか?藤村先生なら、今朝は早いからって此処には寄らずに学校に行きましたけど…」

 

「あ、いや…そうか、ありがとう 」

 

 

 

 

 

 

朝食を済ませると、桜は朝練があると言って早々と身支度を整える。

 

「先輩、今日は学校を休んだほうがいいんじゃないですか?」

 

桜は俺の体調を気遣ってくれている。しかし桜の心配を他所に、俺には熱など全く無い。

 

…だから俺は、別に学校を休むつもりなんてないぞ。

 

「いや、そこまで…」

 

しかしそこで気付いた。そういえば今使っている制服は、昨日の夜ランサーによって引き裂かれてしまったのだ。予備がないわけではないが、今から用意するのは少し億劫だ。おまけに血で染まってしまったあの制服を早く洗濯しないと汚れが落ちなくなってしまう。

 

…というのは建前。実際は姿の見えないセイバーのことが…その、色々と気にかかるのだ。

 

「あー…そうだな、今日は少し家で休んでるよ」

 

「はい、藤村先生には私から伝えておきますね」

 

「すまない、ありがとう。桜」

 

桜はニッコリと微笑むと、鞄を持って玄関へ向かう。

 

「それじゃあ先輩、行ってきます」

 

「おう、いってらっしゃい」

 

靴を履き、桜が玄関の戸を開いた。

しかしそこで、彼女はふと立ち止まる。

 

「あ、それから先輩。昨日みたいにあまり遅くまで外出するのは控えてくださいね?」

 

「…?」

 

「…最近は、何かと物騒ですから」

 

そういえば、通り魔やらガス漏れ事故やらで、最近の冬木の治安はあまり褒められたものではない。昨日は色々とあったせいで帰りが遅くなったが、桜はきっと俺の身を案じて心配してくれたのだろう。

 

「…悪い、そうするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜を見送り、玄関の戸を閉める。

 

「…おい、今のは誰だ?」

 

「うおぅっ!?」

 

前のめりによろけ、そのまま倒れる。

突然背後から声をかけられ、我ながら情けない驚き方をしてしまった。

 

振り返り、そこに立っているのは―――

 

「セ、セイバー…?」

 

―――浴衣を強引に帯で縛り付けるようにして着ている、一人の少女が。

 

「なぁマスター、驚くの好きなのか?さすがに()()()だろ」

 

上半身のみを起こし、セイバーを見上げるようにしてる俺の顔に、彼女はさも不機嫌そうな顔を近付けてきた。

 

自分の顔から頭にかけて、熱くなるのを感じる。

 

「あ、うわ…!」

 

慌てて何故か、正座の姿勢をとってしまった。

自分でも何がしたいのかは全く分からない。だがとりあえず今は謝らなくては…。何せ、俺は彼女の…その、色々と見てしまったのだから。

 

「昨日はすまん!!」

 

謝罪の言葉と共に、土下座をする。はたしてセイバーが、我が国の土下座の文化を知っているかは分からないが、男がこれほどにまで頭を下げているのだからその真意と誠意は汲み取ってくれるはずだ…!

 

「…?あぁ、昨日のことか」

 

セイバーが俺の様子を見て呟いた。恐る恐る顔をあげ、セイバーの表情を伺う。

 

「……!!」

 

 

そこには見るからに怒りを露にし、殺意の眼差しをこちらへ向けるセイバーの姿があった。

 

…あの、セイバーさん。いつその大きな剣を取り出されたのでしょうか?

 

「セ、セイバー…?」

 

「あー…」

 

腕組みをし仁王立ちをしているセイバーは、項垂れたような声を漏らしたかと思うと、

 

「思い出しただけで腹が立つ!」

 

身体中に突き刺さるかのような鋭い声で怒鳴り、俺はその気迫に気圧され再び頭を下げる。

セイバーの怒りも当然だろう。いくら過去の英雄とはいえ、男ならいざ知らず、女の子である彼女は、自身の無防備な姿を見られたのだから。

 

「いいかマスター、今度またオレを"女"扱いしてみろ。次はオレも、オレを抑えきれないぞ」

 

まだ聖杯戦争は始まったばかりだ。こんなことで彼女と争いたくなどない。だから今は、許してもらえるよう誠心誠意を持って謝り続ける…

 

…って、ん?女扱い?でもセイバーは女の子じゃないか。

 

「…セイバーが怒ってる理由って、それなのか?」

 

刹那、セイバーは俺の襟首を掴みあげた。

 

「うっ…」

 

「他に何の理由があるってんだよ」

 

……なんでさ。

 

「…わかった、わかったから離してくれ…」

 

セイバーに拘束を解いてもらうと服の皺を整え、再び正座の姿勢をとる。

 

物凄い形相で睨み付けるセイバー。昨晩に何があったかいまいち頭では思い出せない。しかし身体は覚えているのか、頭と背中は恐怖で冷や汗を滝のように流し、身体中の打ち付けたかのような痛みは、これ以上セイバーになにか意見するのは命に関わると危険信号を訴え続けている。

 

何故彼女が女の子扱いされるのを嫌悪するのかは分からないが、理由を聞いたら今度こそ本当に死ぬかもしれない。

 

…というか、普通女の子がオレって言うか?

 

「……本当にすみません」

 

改めて彼女の容姿を伺う。

 

下ろせば長いであろう金色の美しい髪に、袖口から見える細くて白い手足。長い睫毛に、ほのかに膨らんでいる胸。丸くて大きな碧眼に、透き通るような声。

 

 

 

―――いやこれは、どう考えても…

 

 

―――どう考えても、女の子だろ。

 

 

―――しかも、間違いなく美少女の類の。

 

 

 

 

 

「マスター、オレの話聞けよ」

 

「……!!」

 

セイバーのドスの聞いた声により意識が引き戻される。

 

…いかんいかん、余計なことを考えてたら本当に殺される。

 

 

「ま、いいけどさ。オレだって別に鬼じゃあないし、一回目だから許してやるよ」

 

「…え、本当かセイバー!?」

 

意外だ。あれほど怒っていたのに、こんなあっさり許してもらえるだなんて。ぶっ飛ばされたけど。

 

「…その代わりだけどさ、マスター?」

 

「…え?」

 

セイバーが白い歯を見せてニヤリと笑う。

それとともに、彼女の持つ剣の刃もキラリと光る。

 

………なんだか、寒気がしてきた。

 

 

「な、なにを…?」

 

恐る恐る、聞いてみる。

 

すると彼女は、聞かれるのを待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべながら答えた。

 

 

 

「……へ?なんて?」

 

 

 

………一瞬、セイバーのいった言葉がよく理解できず、思わず聞き返してしまった。

 

 

 

 

 

「だから、服だよ。服を買ってくれ」

 

 

 

 

 

………なんでさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の報告通り、アトラムという魔術師は既に脱落しているという確認がとれた」

 

「ええ、協会と一族の者には私のほうから連絡を入れておきます」

 

礼拝堂に響き渡る二人の声。

 

「アトラムという男は、聖杯を掴むには魔術師としての力も知識も圧倒的に足りていません。この戦いが激化する前に脱落したのは、ある意味運がいい」

 

一人は男物のスーツに身を包んだ、赤毛の麗人。魔術協会より派遣された、戦闘に特化した武闘派魔術師集団―――執行者の一人。名を、バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 

「彼はどうやら自分のサーヴァントと良好な関係を築くことができなかったようだな。サーヴァントを扱う能力がモノを言うこの聖杯戦争では致命的なことだ。…元より、己の実力を把握することすらできないような愚かな魔術師だ。"己のサーヴァントに裏切られる"など思いもしなかっただろう」

 

そしてもう一人は、この協会の神父であり此度の聖杯戦争においては監督役を務めている男、名を言峰綺礼。

 

「…その点に関して言えば、貴様はサーヴァントと良好な関係を築けているようだが?」

 

言峰はそう言うと、バゼットの横に立つ男へと視線を向けた。

 

「…」

 

バゼットのサーヴァントであるその男―――ランサーは、言峰の言葉には応じずただ彼を睨み続ける。

 

「…そう私に殺気を向けるな。さすがにこの私も生きた心地がしないぞ?」

 

そう言うと言峰はニヤリと笑った。

 

「ほざけ、死人みてぇな(ツラ)した神父がよく言うぜ。バゼット、これ以上こんな奴と関わらないほうがいい。どうにも俺はこいつが信用ならねぇ」

 

吐き捨てるようにしてランサーは言うと、己の主であるバゼットへと視線を向ける。バゼットはそれを聞くと少し困ったような表情を浮かべ、

 

「ランサー、彼は私の昔馴染みです。口は悪いですが、その腕は元代行者の名に恥じぬものだと保証できます。それに彼はこの聖杯戦争の監督役だ。我々に害を与える理由がない」

 

「…分かってねぇなバゼット、俺はそういうことを言ってるんじゃねぇよ」

 

「…どういう意味ですか、ランサー」

 

バゼットの問いに答えず、ランサーは言峰へと再び視線を向けた。

 

「バゼットに指一本でも触れてみろ。監督役だかなんだか知らねぇが、その時はこの俺が貴様を殺すぜ」

 

「ランサー…!!」

 

言峰はそれを聞くと僅かに頬を歪め、

 

「よい心掛けだな、ランサー。君の忠告はありがたく頂戴しよう」

 

「…てめぇ」

 

その態度が気に食わなかったのか、ランサーは再び何かを言おうとした。しかしそれを、バゼットが制する。

 

「落ち着きなさい、ランサー。…言峰、話が反れましたが、アトラムのサーヴァントについて何か分かったことは?」

 

言峰はランサーとバゼットを一瞥すると、

 

「マスターが脱落しても、サーヴァントは生き残る場合がある。アトラムという魔術師はたしかに死亡が確認されたが、彼のサーヴァント…キャスターの消滅は確認されていない」

 

「…!!」

 

「マスターの死亡から既に数日が経過している。キャスター自身の貯蔵魔力を考慮しても、消滅しているはずなのだが…」

 

言峰はそう言うと、ランサーへと視線を移した。

ランサーはバツの悪そうな表情を浮かべ、

 

「…たしかに俺はあの女を仕留め損ねたが、所詮死に体だ。放っておけば勝手に自滅してるだろ」

 

そう、キャスターの陣営を偵察がてら襲撃し、そこでキャスターが自身のマスターであるアトラムを殺害した現場を目撃したのは他でもない、ランサーであった。

 

「だがキャスターは生きている」

 

言峰は言葉を続ける。

 

「バゼット、近頃この町で多発しているガス漏れ事故については知っているな?」

 

「…どういう意味ですか?」

 

バゼットは不審に眉をひそめた。

 

「不思議なことに、それに巻き込まれた全ての者たちは、皆精気が奪われているのだ 」

 

「…」

 

「…精気、即ち、サーヴァントが現界するにあたっての糧。魔術師ではない者の物など大した糧にはならぬであろうが、いかんせん数が多いのでな。はぐれサーヴァントの一人や二人、養うことなど容易いだろう」

 

ランサーはそれを聞くと、

 

「つまりてめぇは、仕留め損ねた俺らにその尻拭いをしろって言いたいわけか」

 

「私も仮にも神父だ。罪の無い市民が我々の不手際で巻き込まれるのを、黙って見過ごすことはできまい?」

 

「満更でもない顔して、よく言うぜ」

 

ランサーがそう言い放つと、バゼットが口を開いた。

 

「分かりました。当面はキャスターの討伐を第一としましょう」

 

それを聞いたランサーはやれやれ、と肩を竦める。

 

「話が早くて助かる。かつて右も左もわからぬような小娘であったお前も、随分と頼もしくなったものだな」

 

「な…そんなことは…」

 

バゼットが俯く。そんな彼女をよそに、言峰は言葉を続けた。

 

「時にバゼット、この土地(冬木)管理者(セカンドオーナー)には会ったか?」

 

それを聞いたバゼットは顔をあげ、

 

「いえ、ランサーが昨晩会っただけで、私自体は…」

 

「あぁ、あの嬢ちゃんか」

 

ランサーが呟く。

 

「そうか…彼女は私の妹弟子だ。何かあったら、私の名を出すといい」

 

言峰が言った。

 

「…ええ、わかりました。魔術師である以上、一度は管理者へ挨拶に行くべきでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教会を後にし、バゼットとランサーは今後の行動について考えるべく、新都の中を歩いていた。

 

「それにしてもランサー、なぜ貴方あれほどにまで言峰を敵視するのですか?」

 

『あ?』

 

その道中で、バゼットは霊体化しているランサーへと問いかけた。

 

『俺からしてみれば、あんたがなんであんな野郎とつるんでいるのか聞きたいくらいだね』

 

「質問に質問で返すのはずるいですよ、ランサー」

 

バゼットは一度立ち止まってそう言うと、再び歩き出す。

 

『簡単なことさ。誰だって生きてりゃ、相性の悪いヤツってのがいるもんだ。あの男は、俺にとってのまさにそれだね。見ているだけで反吐がでらぁ』

 

「…」

 

ランサーは言葉を続ける。

 

『いいかバゼット、あの言峰とかいう男は何を考えているかわからねぇ。そいつはつまり、何をするかわからねぇってコトだ。背中預けてたら後ろからブスリ、なんて笑い話にもならん…っておい、聞いてんのか?』

 

沈黙のままであったバゼットに、ランサーが問い掛ける。

 

「…ええ、聞いています。しかしランサー、彼とはあくまで協力関係です。それを反故にするつもりはありません」

 

『あー、ダメだこりゃ。少しは心配するこっちの身にもなってほしいもんだ』

 

「ランサー…」

 

呆れたように呟いたランサーに、バゼットもため息をつく。

 

「しかし、貴方の意見も無駄にするつもりはありません。必要かどうかは判断しかねますが、用心をするのに越したことはないでしょう」

 

「ああ、頼むぜマスター。先達の言葉ってのは素直に聞いておくもんだ 」

 

バゼットは目的地に辿り着くと、ランサーに実体をするように促した。

蒼い魔力の粒子の光と共に、ランサーが姿を現す。

 

「バゼット、ここは…」

 

「ええ、先日起こったばかりの、例のガス漏れ事故の現場です。安心してください、人払いは既に済ませてあるので」

 

バゼットはそう言うと、『立ち入り禁止』と書かれた蛍光色のテープをくぐり抜け、無人となったビルの中へと入っていった。

 

「なるほどね、たしかに魔力の残り香がするわ」

 

薄暗い、壁を白いセメントで塗り固められた廊下を歩きながら、ランサーは呟いた。

 

「綺礼の言った通り、やはりキャスターの仕業でしょうか?」

 

「だろうな。気に食わない野郎だが、無能って訳じゃあなさそうだ。言っても、これだけ派手にやられんだ。気付かないほうがおかしいがね」

 

 

 

 

とある一室の前で、バゼットとランサーが立ち止まった。

 

「…ここですね」

 

「ああ」

 

青いビニールシートで覆われた扉を開き、会社のオフィスと思われるその部屋の中へと入る。

 

「…こりゃひでぇな、隠匿も秘匿もあったもんじゃねぇ」

 

魔術に携わる者にしか分からないであろう、その濃密な魔術の痕跡を感じとると、ランサーはそう呟いた。

 

「…協会に所属する魔術師として、見過ごす訳にはいけません。…ランサー?」

 

見ればランサーはしゃがみこみ、手にした朱槍の先で何やら地面に文字を描いている。ランサーが一言二言詠唱すると、その文字は青白い光を放って、そして消えた。

 

「動いている。方角は西ってところか」

 

そう呟くと、ランサーは立ち上がった。

 

「人間共から搾り取った魔力は、おそらくこの土地の霊脈に乗ってキャスターのいる陣地へと流れているんだろう」

 

「…!!」

 

バゼットは驚愕した。なにも、キャスターの所業によって驚いたわけではない。目の前にいる己のサーヴァントが、この一瞬でキャスターへの手掛かりをほとんど掴みとったことに衝撃を受けたのだ。

 

ランサーが使用したあの詠唱は、ルーン魔術だ。ルーンの大家出身のバゼットにとっては見慣れたものであると同時に、ランサーが使用したそれが、バゼットのルーンを上回っていることも理解できる。槍の扱いならばいざ知らず、この英霊は魔術師としての知識も腕も一流であるというのだ。

 

「…さすがは光の御子と言ったところでしょうか」

 

―――太陽神ルーの息子であり、アイルランドきっての大英雄、クー・フーリン。影の国の女王スカサハから授かった呪いの朱槍ゲイ・ボルグを片手に、戦場では無敗の強さを誇ったという希代の英雄である。

事実バゼットも、彼の成し遂げた武勇の数々に憧れに近いものを抱いていた。幼い頃から読んできたクー・フーリンの物語は、彼女の心に大きな影響を与えてきたのだ。此度の聖杯戦争で彼を自身のサーヴァントとして召喚したのも、そのためである。

 

「美人に褒められるのは嬉しいがね、もう少し砕けた言い方できないのかよ。カッコイイー、とかステキー、とか」

 

もっとも、彼に抱いていた幻想は、出会って三日ほどで砕け散ったのだが。

 

「…とは言ってもよ、キャスターの陣地がまだ判明したわけじゃない。バゼット、ここから西の方角に霊脈の集まった場所があるだろ?」

 

ランサーが飄々とした態度から一変し、バゼットは慌てて事前に調査しておいた知識を頭の中から引っ張り出す。

 

「西にはたしか、御三家の遠坂の家があるはずです」

 

「違うな。あの威勢の良い嬢ちゃんが、キャスターみたいな女を匿うわけがねぇ。他にもあるはずだ」

 

その判断基準は如何なものか、バゼットは疑問を抱いた。しかし今は、ランサーの言う通りにするべきだ。

 

「あとは…そうです、柳洞寺という寺があります」

 

それを聞くと、ランサーはニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜は俺の後輩で、いつも家事の手伝いをしてくれてるんだ。別に怪しい人間って訳じゃない」

 

「甘いぜマスター、一般人だからといって気を許すなんてのは三流のすることだ。それに忘れるなよ、オレたちは戦争をしてんだ。あの女がオレたちの戦に巻き込まれた時、ピーピー喚くのはマスターだろ?」

 

「む…」

 

俺は今、新都からの帰りで隣にいるセイバー―――腹部をさらしたチューブトップに真っ赤なレザージャケットを羽織った―――と共に家への帰路を歩いていた。

なんで服なのか、と聞いたら『霊体化は嫌だ、落ち着かない。何より外を歩けないだろ』と言われたのだが…なんかセイバーの言っていることは正しいようで間違っているような気がする。

 

何より、セイバーの服を買うのには本当に心が砕けた。俺みたいな健全な学生が、女物の服を漁ってるもんだから周りからの視線もかなり辛かった。店員さんのあの微妙な笑顔は、きっと俺のトラウマとして記憶の中に生き続けることだろう。

 

そしていざセイバーと町を共に歩けば、また一苦労だ。ただでさえ目立つ容姿に加え、あの服装である。好奇の目で見られ放題だ。

 

……まぁ、たしかに凄い似合ってはいるのだけど。でもその服装って、明らかに女の子向けだよな?

 

おまけに店を見つければ手当たり次第中に入っていくものだから、放っておくわけにもいかず、少しは付き合うこちらの身にもなってほしい。

 

「分かったら、さっさとあの女を追い出せよ?」

 

ジャケットを風に靡かせて、セイバーが俺の胸に人差し指を突き立ててクイッと押す。

 

「あのなぁ、そんな言い方ないだろ…」

 

おそらくセイバーなりの桜への気遣いなのだろうが、彼女に言うのは結局は俺なのだから、少しはこちらの意見も汲んでほしい。

 

 

 

「あーらよっと」

 

家に着くなり、セイバーは居間の畳で横になった。

 

……目のやり場に困るから、頼むから脚は閉じてくれ。

 

「…なぁ、マスターってこの屋敷に一人で住んでるのか?」

 

セイバーは首を傾げて、仰向けに寝転がったまま俺に聞いてきた。

 

「…ん?ああ、今は一応そうかな」

 

「暇潰しだ。少し話してみろよ」

 

セイバーはそう言うと、床をポンポンと叩いた。そこに座れという意味だと気付き、俺は横になったセイバーの隣に腰を下ろす。

 

「切嗣が五年前に死んでからは、俺がこの家で一人で暮らしてきたんだ」

 

「切嗣ってのは、昨日お前が話していた父親のことだろ?なら、母親はどうしたんだ?」

 

「いや、母親はいないよ」

 

「…?」

 

あれ、話していなかったっけ?

 

「俺はさ、切嗣に拾われた養子なんだ。切嗣には独り身だったから、俺には母親にあたる人はいない」

 

「…養子だと?」

 

寝転がっていたセイバーが体を起こした。

 

「すまん、言ってなかったっけか」

 

「…いいから、話を続けてくれ」

 

一変して神妙な顔になったセイバー。俺は何か変なこと言ったか?

 

「言峰が言ってただろ?十年前、この町で大きな火災があったって」

 

「それは聞いた。その後の話をしてくれよ」

 

「ああ…それで俺の元の家は、その火災の中心にあったんだ。もう顔は覚えていないけど、俺の家族も、周りに住んでいた人達も皆焼け死んだ」

 

少し、頭痛がしてきた。

セイバーは変わらず無言で話を聞いている。

 

「俺だけが生きていて、俺だけが地獄の中をさ迷っていた。それでももう駄目だって時に、切嗣に俺は命を救われたんだ」

 

頭痛が激しくなり、目眩がする。

 

「おい、大丈夫かマスター?」

 

「…ああ、少し目眩がするだけだから心配しないでくれ 」

 

大丈夫だと告げ、俺は話を続ける。

 

「その後、拾われた俺はそのまま切嗣に引き取られて、俺は衛宮士郎になった。それからはずっとこの家で暮らしてる。切嗣が死んでからはたしかに俺は一人暮らしだけど、それでも桜や、セイバーはまだ会ってないけど藤ねえっていう姉みたいな人がいてさ。二人とも俺にとっては本当の家族みたいなもんだ」

 

「血も繋がっていないのに家族?」

 

セイバーが言った。

 

「当たり前だ。家族に血の繋がりなんて必要ないだろ?」

 

「…そんなことは知らない。けど、それって普通なのか?」

 

「少なくとも、俺はそれでいいと思ってるぞ」

 

ふーん、とセイバーは呟いた。

 

「その火災って、前回の聖杯戦争によるものなんだよな」

 

「わからない…でも、言峰の言っていたことが本当なら、そうなるんだと思う」

 

たしかに、確証はない。しかしもしそれが本当ならば、何としてでもあのような事態が再び起こるのを防がなければいけない。

 

「マスターは、その切嗣ってやつが前回の聖杯戦争の参加者だってことは知らなかったんだよな?」

 

「ああ、昨日言峰に聞いたのが初めてだ」

 

「…なぁマスター、変なこと聞くけど」

 

「?」

 

…なんのことだろう。

 

「…切嗣が、"その火災を引き起こした張本人"って可能性もあるんだよな?」

 

「…!!」

 

―――それは

 

「…そんなはず、ない」

 

「どうしてだよ」

 

「…切嗣は、俺を助けてくれたとき泣いてたんだ。俺を助けられて良かった、って言って。切嗣がそんなことをするような人じゃないってことは、俺が一番よく知っている」

 

「じゃあ聞くけど、なんで切嗣はお前に、聖杯戦争の参加者だったってことを黙っていたんだ?」

 

「…」

 

―――――――――。

 

「それは、俺にもわからないよ…」

 

―――それは違うと、俺は信じている。

 

―――だがその一方で、頭の中ではそれと逆のことを考えている自分もいる。

 

―――切嗣(爺さん)、なんであんたは黙っていたんだ?

 

「最後に聞くが…もし仮にオレが言ったことが全て真実で。…その時マスターにとって、切嗣って男は何になるんだ?」

 

沈黙の後、セイバーは俺にそう問いかけた。

 

「わからない…わからないけど…」

 

―――諦めてはいけない。

 

「…それでも、切嗣は俺の命を救ってくれたことには変わりはない。切嗣は俺のことを本当の子供のように扱ってくれたことも。だからやっぱり、俺にとっての親父は切嗣なんだと思う」

 

「…そうか、参考になった」

 

セイバーは立ち上がると、体を伸ばした。

 

「…人間ってのは、やっぱり理解できん」

 

「…?」

 

 

 

俺は最後にセイバーがなんて言ったのか、小さくてよく聞き取れなかった。

 

 

 

 

 

 

「ところでさ、マスター。この屋敷には随分と立派な鍛練場があるんだな?」

 

すっかり消沈してしまった空気の中、気を遣ったのかセイバーはそんなことを聞いてきた。

 

「…鍛練場って、道場のことか?」

 

「ドージョーだかなんだか知らないけどさ。マスターって何かやってるのか?」

 

何かって…武術とかそういうことかな。

 

「いや、何も。昔切嗣(爺さん)と少し剣道をやったぐらいかな」

 

「…なんだ、つまらない。そんなんだからヘッポコなんだ」

 

…なんでさ?

 

 

でも、セイバーの言うことももっともだ。一緒に戦うって決めた以上、いつまでもセイバーに任せきりって訳にもいかない。俺だって戦わなくちゃいけないんだ。彼女の足を引っ張るような真似だけはしたくない。

 

 

「なあ、セイバー。俺に剣を教えてくれないか?」

 

「…へ?」

 

俺がそう言うと、セイバーはキョトンとした表情でこちらを見た。

 

「なーんで、オレがそんなことしなきゃいけないんだよ」

 

「いや、だってさ…今の俺じゃあ、セイバーの足を引っ張るだけだろ?そのためにも、少しでも強くなりたいんだ」

 

「…強くなって、マスターは誰と戦うつもりなんだ?」

 

セイバーが俺を睨み付ける。

 

「まさかマスター、昨日みたいにサーヴァントなんかと戦おうなんてふざけたこと考えてるんじゃないだろうな…?」

 

「そんなわけじゃ…」

 

―――実際、考えていたのかもしれない。

 

昨日一人で戦っているセイバーを見て、いてもたってもいられなかった。自分も戦いたいと思った。例え、相手がどんな英霊(怪物)であっても。

 

「もちろん、今のままじゃ俺にサーヴァントを倒すなんてことは無理だ。そんなことは俺にだってわかる。でも、何もしないでいることなんて俺にはもっとできない」

 

「あのなぁ…」

 

呆れたような声でセイバーが呟いた。

この通りだ、と頭を下げる。今ここで退いたら、きっともう頼む機会なんて二度とこない。

 

「昨日セイバーが戦ってるのを見ていて思ったんだ。俺も、セイバーみたいに強くなりたい、あんな風に俺も戦いたいって…セイバーの剣を見ていたら、自然にそう思えたんだ。…こんな言い方おかしいかもしれないけど、俺はきっとセイバーの剣が好きなんだと思う」

 

「……!!」

 

「セイバー、頼む」

 

もう一度頭をさげる。

 

 

 

 

 

「…ばーか、マスターが俺みたいに強くなれるわけなんかないだろ」

 

「…!!」

 

しばらくの沈黙の後、セイバーはそう言い放った。

つまり、駄目だということなのだろう。

 

「マスターみたいなへっぽこに、最強のオレの真似なんかできるわけないんだってこと」

 

―――う…、何もそこまで言う必要無いだろ…。

 

「でもさ」

 

「…?」

 

セイバーが呟いた。

 

「オレのマスターである以上は、いつまでも貧弱なヘッポコマスターじゃ困るんだよなー。オレがいくら強くても、マスターがヘッポコじゃ釣り合わないだろ?」

 

「…え、それってじゃあ…」

 

俺がそう言うと、セイバーがバシッと音をたてて俺の背中を叩いた。

 

「いって…!」

 

「言わせるなよマスター。しょうがないからこのオレが、マスターのことを鍛え直してやるって言ってんだ、嬉しいだろ!」

 

バシバシと何度も俺の背中を叩くセイバー。

 

「痛い、嬉しいけど痛いよセイバー…」

 

「そうだよな、嬉しいよなー!最強の英霊であるこのオレに鍛えてもらえるんだ。こんな光栄なこと、二度とないぜマスター」

 

…どうやらセイバーには、もう俺の声は聞こえていないらしい。

 

「言っておくけどオレは甘くないぞ。覚悟はできてるか?」

 

セイバーが言う。

 

「…ああ、望むところだ」

 

…当然だ。だって俺は、セイバーと一緒に戦うって決めたんだ。

 

「そうこなくっちゃな。なら早速行こうぜ、マスター」

 

立ち上がりながらそう言うと、セイバーが笑った。

 

最初は断られるのかと思ったけど、むしろ、セイバーは乗り気のようだ。

 

「ああ、じゃあ道場に…」

 

「なぁマスター、その代わりと言ったらなんだけどさ」

 

 

 

……!?

 

 

……この流れはまさか…!!

 

 

 

 

 

 

「…腹減ったからさ。それ終わったら、なんか食おうぜ?」

 

 

 

 

 




こんにちは、枝豆です。



色々とあって、更新が遅くなりました。申し訳ありません。

バゼットって書くの難しいですね。作品によってキャラが大分違うようで。

プリヤノータッチなもので、いまいちキャラ付けが安定しない。なんかHAと違ってかなりバゼットが凄い人らしい。(小並感)
凛のことなんて呼ばせればいいんでしょう。HAとはやっぱ違うのでしょうかね。
Fateマスターのかたアドバイスお待ちしております。




アニメも終幕。最新話まだ視聴しておりませんが、士郎がかなりカッコいいとか。
楽しみですが終わってしまうのはやはり悲しいです。
エピローグはどうなるのかな。



これからも本作をよろしくお願いいたします。

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