Fate/blood arthur   作:枝豆畑

7 / 9
更新遅くなりました。






是非もないネ





どうぞ


翻弄と

『ーーーさぁ早くその愛しい(憎い)顔を見せてちょうだい。アナタの誕生を、私だけは祝福してあげる。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーそれは、現在から少し時間を遡った頃のことだ。

 

 

 

 

閉じていた瞳をゆっくりと開く。

 

日付が変わってから時間が大分経った頃、セイバーはある方角から二つの魔力の波動を感じ取っていた。

 

「…… 」

 

体を起こし鎧に身を包むと、彼女はマスターのいる隣の部屋へと続く戸を静かに開く。そこには先ほどまで喚いていたマスターが、静かに寝息をたてたしかに眠っていた。

 

「…大人しくしていろよ、マスター」

 

セイバーはそう呟くと戸を閉め、屋敷の表へと足を運んだ。外は電柱と僅かな月明かりのみで薄暗く、人の気配は感じられなかった。しかし彼女の感じ取っていた魔力の気配は、目には見えずとも確かにセイバーの鋭く研ぎ澄まされた感覚を刺激している。

 

「……」

 

殺気混じりの魔力はセイバー自身に向けられたものではないが、それでもなおセイバーの警戒は解かれることはない。

 

「…近いな」

 

ぽつり、と彼女は呟いた。この聖杯戦争の参加者であるーーー恐らくはサーヴァントが、今現在どこかで死闘を繰り広げているのだろう。常人では捉えられない僅かな空気の振動から、この屋敷から魔力の反応地点までのおおよその距離と方角を把握すると、セイバーはその方角へと向かった。

 

 

 

 

 

 

セイバーがマスターである少年を屋敷に置いていったのは、もちろん彼女の独断ではあった。しかしそれは、決して勝手を冒したいが故ではない。

 

彼は文字通り未熟であり、セイバーに言わせてみれば魔術師として半人前だ、とすら評価し難い。

 

だがそれはセイバーにとってみれば然したる問題ではない。彼女にはマスターの力を借りずとも、己の力のみで戦い抜けることができるだろうという絶対の自信があり、それを裏付けるだけの実力も確かにあったからだ。

 

セイバーが独断で行動したのは、何よりもマスターである少年の昨夜の行動によるものである。

 

彼はセイバーがバーサーカーとの戦闘で危機に陥った際に、一つの算段も無しに彼女を助けようとして、人の身でありながら英霊と英霊との剣戟の間に割って入って来たのだ。

 

仮に彼が冷静でまともな魔術師としての知識を持っていたのなら、間違ってもそのような行動を起こすことなどなかっただろう。

 

言うなれば、魔術師という非常識な存在が非常識とするようなことを、彼女のマスターはやったのだ。それも、ただ彼の戦における"駒"に過ぎない、一度は死んだ身ですらある存在(セイバー)を助けるためだけに。

 

「……」

 

そんな己のマスターの行動が、セイバーには理解できないままでいた。今、彼女が向かう先には、二つのサーヴァントの気配。距離にして1㎞も離れていない。もしもマスターをそこへ連れていったとして、昨晩のような無謀且つ予測不能な行動を取られては、その命を守ろうにも守りきれなくなってしまう。

 

 

ーーーそれだけは、なんとしてでも避けなくてはならない。

 

 

 

拠点のすぐ近くに敵がいるというのならば、それを無視することもできない。それは己の性分故か、あるいは戦いの余波の影響を予測しての判断か。

なにせその武勇のみで伝説になりえるような英雄同士の、己の望みをかけた本気の戦闘である。間接的にだとしてもこの小さな冬木の町を破壊し尽くすことなど容易なことだ。

 

ーーーそして彼女自身にも、それを可能とする一手があるのも事実である。

 

まさかこのような一般人の暮らす町中で、それこそサーヴァントの切り札たる宝具の解放をするなどといった愚行を冒すものなどいないと信じたいところである。しかしどの時代にも、例の結界を張ったというサーヴァントのように、巨大な力を持ちながら周囲を顧みない者というのは存在するのだ。

 

距離にして1㎞といったが、仮に宝具ではないとしても、長距離戦に秀でたサーヴァント…例えるならアーチャーだが、この距離ならば十分にその矢の射程範囲内であろう。敵を近くに認識しておきながら、とても拠点であるあの屋敷で大人しく待っていることなど彼女にはできなかった。

 

要するに、マスターを一人にするというリスクを背負ってでも、予測不能な行動を取られるよりは、マスターにはあの屋敷で大人しく眠ってもらっていたほうが彼女にとっては都合が良かったのだ。

 

 

 

「……何?」

 

 

 

だが、そんな彼女の思考の最中異変は訪れた。認識していた二つのサーヴァントの気配が消えたのである。彼女が屋敷を出てからまだ幾分もたっていないうちに。

 

「逃げたか」

 

戦いに決着が着いた…とは考えにくい。恐らくは一方が、あるいは互いに撤退をしたのだろう。セイバーの気配を感知された可能性もあるが、そう考えたほうが自然である。

 

セイバーは足を止め、来た道へと振り返る。サーヴァント()が撤退したのならば、これ以上の深追いは必要ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーしかして、この僅かな時間の彼女の行動が、今宵の聖杯戦争の歯車を動かすこととなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の玄関戸が、開いていた。

 

ーーー扉が開いている?

 

「…っ!!」

 

何やらビシりと、体のどこかに痛みが走った。

 

…そうかと思うと、セイバーは何も無かったかのごとく、ごく当たり前のようにそこから屋敷の中へと入る。

 

 

ーーーそう。ただ、扉が開いていただけではないか。

 

 

奥へと進み、与えられた自室の戸を開く。

布団は自分がほんの数分前、この屋敷を出ていった時のままだ。

 

 

セイバーは鎧を解除し、マスターに買ってもらった現代の服装を身に纏うと息をつく。

 

 

そして眠っているはずのマスターの確認をすべく、隣の部屋への戸を開いた。

 

「……」

 

しかしそこには、いるはずのマスターはいない。あるのは、使用した形跡のある彼の布団だけであった。

 

ーーーマスターが、いない?

 

「………っく!?」

 

再び彼女の脳内に一瞬、静電気のような痛みが走る。

 

ーーーそう、マスターがいないだけだ。

 

セイバーは一人そう納得すると扉を閉じ、布団へ体を伸ばして横になる。

 

屋敷に戻ってきたら、玄関戸が開いていて、待っているはずのマスターがいなくなっていた。それだけのことではないか。セイバーはその事実を頭の中で反芻すると、静かに瞼を閉じる。玄関戸が開いていたということは、きっとマスターは自身と同じようにどこか外出をしてしまったのだろう。何もおかしいことはない。

 

ーーーいや…違う?

 

セイバーの胸の中に、頭の中に、靄がかかったような感覚が生じる。

 

ーーーなんだ、この感覚は…!!

 

しかしそれと同時に、再び先と同じように静電気のような衝撃が脳内に直接響く。

 

「やめろ…!!」

 

何かを忘れている…!彼女の持つ天性の感が、彼女に何かを訴えている。靄は次第に広がるが、麻痺するような例の感覚がそれと同時に脳を刺激する。

 

ーーーカチャリ。

 

突然そんな音が、廊下から鳴り響いた。

 

ーーーカチャリ、カチャリ。

 

その音の持ち主らは、セイバーの自室の扉をつたない手付きでゆっくりと開くと、姿を現した。

 

「あ…?」

 

そこに現れたのは、竜の歯で作られたという、何体もの竜牙兵。その細い手に握られた剣や斧が、セイバー自身に向けられたものであるということは容易に認識される。

 

「…っ!!」

 

このままでは竜牙兵がいくら使い魔レベルの雑兵とはいえ、武器をとらなくては殺されてしまうのは明らかだ。

しかし、再び例の感覚がセイバーの脳内を駆け巡る。

 

ーーー竜牙兵()が、いるだけ…?

 

銀の大剣を出現させようとした瞬間、その手が止まる。

 

ーーーそう、竜牙兵がいるだけ…

 

セイバーが丸腰のまま、なおも竜牙兵はゆっくりと近付いてくる。

 

ーーーマスターがいなくなっていただけ…

 

カタカタ、と無抵抗のままのセイバーを、まるで笑うかのように竜牙兵たちは近付いてくる。

 

ーーーいなくなった…?

 

ピシリ、と麻痺するような感覚が…………

 

 

 

 

 

 

ーーーうるさい、黙れ…

 

 

 

 

 

 

竜牙兵たちはセイバーをレンジ内に捉えると、ゆっくりとその手に握られた大剣を掲げ………

 

 

 

 

 

___瞬間。轟、と音をたてセイバーを中心に魔力の風が吹き荒れる。

 

 

 

その風圧によって竜牙兵らの行動はキャンセルされ、同時に吹っ飛ばされた。

 

 

 

「いなくなっただけな訳あるか、馬鹿野郎っ……!!」

 

 

 

セイバーがそう叫ぶと同時に、胸中の靄は消え、先程までしつこく襲ってきた麻痺のような感覚も次第に薄れていくのを感じた。

 

「やられた…!!くそ、くそっ!!」

 

瞬時に鎧に身を包み、その手に大剣を出現させると、セイバーは縁側からそのまま外へと飛び出した。

 

しかし外には先とは比較になら内ほどの数の竜牙兵が渦巻いており、セイバーの進行の邪魔をする。

 

「っ!!」

 

セイバーはそれらを一閃すると、己のマスターの所在を探ろうと集中した。本来ならば、サーヴァントは常に己のマスターがどこにいるか、方角や距離などからある程度は認識できるはずだ。しかし今のセイバーには、マスターとの繋がりが感じとることができず、どこにいるのか全く分からなかった。

 

「くそっ…!」

 

マスターは死んではいない。セイバー自身が存在している限りは、現界を繋ぎ止めている要となっているマスターは少なくとも生きているはずだ。恐らくは何者かの仕掛けた術に、マスターもセイバーもまんまと嵌まってしまったのだろう。

 

背後から襲いかかってきた竜牙兵を、セイバーはノールックで拳で粉砕する。

 

 

ーーー先程までセイバーが襲われていた感覚…あれも間違いなく、その何者かの仕掛けた術の一つだろう。高ランクの対魔力を持つセイバーでさえ陥れる程の術だ。並大抵の物でない。

 

 

セイバーはあの時、戦闘、戦争における重要な感覚を失っていた。

 

 

ーーーそれは違和感、あるいは危機感とも言うべきものだ。

 

 

屋敷の玄関戸が開いており、マスターが消えたことに対しての"違和感"を察することができず、それがあたかも普通であるかのように錯覚してしまった。それに加え、竜牙兵が襲いかかるその直前まで、セイバーは自身への"危機感"を失っていた。

 

戦に望むものならば備えていて当然のこれらの感覚を、セイバーは感じとることができなかったのだ。

 

「どうなってんだ、畜生…!!」

 

セイバーの頬を、タラリと冷や汗が伝う。感覚を失っていたという感覚に、無性に悪寒が走った。

 

 

セイバーは剣を握り直し、自身の愚かさと、警戒を怠ったことに対する怒りを周囲に群がる竜牙兵らにぶつける。

 

「てめぇらの親玉はどこにいやがる!!」

 

この竜牙兵と術を仕掛けた者のもとに、おそらく自身のマスターはいるはずだ。セイバーは焦燥に駆られながら、宛もないままに先を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おや、見つけたと思っていたら…ようやくか」

 

それは、セイバーがようやく"異変に気付くことができた"頃。

 

アーチャーの振るう剣を軽々といなすと、アサシンは一人呟いた。

 

「…ッく!?」

 

それとほぼ同時に、アサシンは剣を弾かれ隙のできたアーチャーの脇腹に、鋭い回し蹴りを叩きこむ。

 

「ほら。隙あり」

 

「…ッ!!」

 

アーチャーは一度体勢を整えるべく後退する。すると、それを確認したアサシンは目前に敵がいるにも関わらず

その場に腰を下ろし、やれやれと息を着いた。

 

「油断させてしまったか?それはすまない。こっちの話でさ、君が気にする必要はないんだ」

 

アサシンがそう言った瞬間、アーチャーがアサシンとの距離を縮めるべく階段を駆け上る。

 

「戯け、隙だらけなのは貴様だ…!!」

 

腰掛けるアサシンを目前にすると、アーチャーは跳びその距離を一瞬で詰める。

 

しかしその瞬間、アサシンは体を捻るとバネのように跳躍すると、降り下ろされたアーチャーの一撃を紙一重で避けた。

 

「……!!」

 

すかさずアサシンの姿を捉えようと振り返る。だがそこには既にアサシンの姿はなく、アーチャーは剣を構えたまま、周囲に視線を巡らせる。

 

「何…?」

 

アーチャーはその異変にすぐに気が付いた。辺りを見回してもアサシンの姿は見つからない。否、それどころか、アサシンの気配を微塵も感じとることができない。

 

元来、アサシンのサーヴァントは固有スキルとして、周囲から自身の気配を断つことを可能とする気配遮断の能力を有している。アサシンの代名詞たるこの能力は、使用者が完全に気配を断てば発見するのはほぼ不可能となるほどのものだ。その一方で、戦闘中など、攻撃に態勢を移すとなるとこの能力の効果は大幅に精度が落ちる。

 

 

 

ーーーしかしアーチャーが今まさに遭遇しているのは完全なる気配遮断であり、その精度が落ちたものなどではない。

 

 

 

アーチャーは再び辺りを見回す。

しかし、草木が風に靡いて音をたてるばかりで、アサシンの気配はやはり全く感じとることができない。

 

それでもアーチャーは警戒を解くことはなかった。

思考を巡らし考えられる限りの、己の置かれている状況を考察する。可能性は三つだ。

 

 

まずは一つ目。アサシンが戦闘態勢から一時離脱し、どこからかこちらの出方を伺っているのでは、という可能性。確率で言えばこれが一番高い。しかし、あの一瞬でここまでの気配を断つことが可能なのだろうか。

 

 

二つ目。この場から山門の守りを放棄し、既に撤退を選びこの場にそもそもいないのではないかということ。

 

…いや、それはありえないか。

 

アーチャーはすぐにその考えを捨てた。少なくともさっきまではアサシンは明らかに自分よりも優位に戦っていた。優勢でありながらわざわざ撤退を選ぶなど、あの男のこれまでの言動からは考えられない。

 

そして三つ目。

 

これは今までの二つの可能性を逆に考えたものであり、確率としては著しく低い。

 

"戦闘態勢から離脱しておらず"、"完全なる気配遮断を再現しながら"、"あの男は今もなおこちらより優勢を維持している"のだとしたら…?

 

アーチャーの頬を汗がタラリと伝う。

そうだ。もしも、今の状況が三つ目の可能性の場合だったのなら、アーチャーは………

 

 

 

「こっちだ、色男」

 

「……!!」

 

 

 

ーーー既にこの男の、射程距離内にいたというわけか…!!

 

 

アサシンの、嘲笑うかのような声が突然背後に響く。

しかし振り返った時には既に遅く、アサシンの小剣はアーチャーの胸部に潜り込んでいた。

 

「気配遮断を維持した状態で、戦えるというのか…!!」

 

咄嗟にアサシンから距離をとると、傷口を押さえながらアーチャーは言った。

 

しかしそれを聞くとアサシンはいや、と首を横に振る。

 

そこでアーチャーは気付いた。目の前にいるはずのこの男からは、たしかにそこに存在するというのに、"気配そのもの"が未だ認知できない。

感じたことのない感覚に、アーチャーは浮き足立つような違和感を覚えた。

 

「俺は気配なんて消していない」

 

そう言うとアサシンは彼の背後に茂る草木を指差すと、言葉を続ける。

 

「そこに隠れていただけさ」

 

馬鹿な、と喉元から出かけたその言葉をアーチャーは呑み込んだ。

 

生き物が外部から脳へと伝わる情報の八割は、視覚で捉えられたものだという。なるほど、たしかにアーチャーはアサシンの姿を見失っていた。しかし彼も、生前は幾多の戦場を駆け抜けてきた英霊である。仮に視覚からの情報を失ったとしても彼ら英霊が放つ膨大な魔力の気配がある限り、相手がどこにいるかはおおよその見当はつくものだ。

 

規格外レベルの気配遮断を持っているのなら、あるいは姿を見せながらにして気配を断つことも可能なのかもしれない。それももはや反則レベルではある。しかしこの男は言った。己は隠れていただけであると。気配などは殺していないと。

 

「どういうことだ…」

 

アーチャーはアサシンを睨み付ける。しかしアーチャーのその様子を見たアサシンは何が可笑しいのか、大袈裟なくらいの笑い声をあげた。

 

「はっはっは!その俺を見る目!苛立ち、憎悪が詰まっていて大変結構!」

 

一頻り笑うと、アサシンは言葉をさらに続ける。

 

「最初は君を殺して俺がアーチャーにでもなってやろうかと思っていたが…気に入った。アーチャーが君ならば、俺はアサシンでも良いな」

 

「…戯れ言をぬかすな」

 

一人で話を進めるアサシンに、アーチャーは苛立ち混じりの声をあげる。

 

「おっと、すまんすまん。怒らせるつもりはないんだ。質問の答えは……そうだな、愉快な君には特別にヒントをやろうか」

 

手をヒラヒラさせながら、アサシンは言う。

 

「俺は気配を消していない。もとより、君が推測している可能性の一つであろう、俺の気配遮断能力は、アサシンクラスにおいては底辺のそれだと思ってくれても構わない。でも君は俺の気配を認知できていない、と」

 

そうだとも。この男と剣戟を交えていた時は確かに感じていたこの男の気配を、先程の一件以降、常にアーチャーは認知できないでいる。

 

「なら答えは簡単じゃないか、アーチャー」

 

「何…?」

 

アサシンの口元が、ニヤリと歪む。

 

「だってほら、"君が俺の気配を認知できない"って、君は自分で答えを出しているだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ…!」

 

斬っても斬っても出てくるこの竜牙兵の集団に、セイバーは思うように進めないでいた。竜牙兵の個々の能力はセイバーからしてみれば彼女の眼中に無いレベルなのだが、如何せん数が多すぎる。元より、彼女は敵の罠に陥った状態からのスタートであり、目指すべきマスターの居場所も見失っていた彼女は、焦燥に駆られ徐々に冷静さを失いつつあった。

 

「セイバーッ!!」

 

そんな中、後方から聞き覚えのある声が自身の名を呼ぶのが聞こえてきた。

 

「!!」

 

同時に、彼女の背後に迫りつつあった竜牙兵の数体が、その声の持ち主ーーー遠坂凛の放った魔術により砕け散る。

 

「衛宮くんを追っているんでしょ!?」

 

「お前、なんでそのことを…」

 

「詳しい話はあと!っていうか、色々説明してもらいたいのはこっちのほうなんだから!」

 

そう言いながら凛は再び指先から北欧の呪いの魔術ーーーガンドを、セイバーの前方にいた竜牙兵に数発放つ。

 

「あなた、なんでこんなところで雑魚の相手しているのよ!衛宮君がいる場所とまるで逆の方向じゃない!!」

 

「…!!」

 

それを聞くとセイバーは血相を変え、凛に詰め寄った。

 

「お前、マスターの居場所を知っているのか!?」

 

「…あなた、知らなかったの?」

 

凛はそれを聞くと、困惑の表情を浮かべる。

 

「ああ、妙な話かと思うかもしれんが今のオレには…」

 

 

剣を一閃し、一度に数体もの竜牙兵を粉砕するとーーー

 

 

「ーーーマスターとの繋がりが、感じられない…!!」

 

 

ーーー彼女は、悲痛の声をあげた。

 

「…どういうことよ、それ」

 

「オレにもわからない…だから頼む教えてくれ!」

 

振り返りながら、セイバーは凛に言う。

 

「オレのマスターはどこにいる!」

 

瞬間、セイバーの背後から斬りかかろうとしていた竜牙兵を凛は再びガンドで牽制する。

 

「…!!」

 

「…落ち着きなさい、っていっても今のあなたには無理な話かもだけど」

 

凛ははぁ、と一呼吸入れると言葉を続けた。

 

「衛宮くんがいるのはこの先の小さな山にある柳洞寺よ。私のアーチャーが貴方たちの異変に気付いて先に向かっているけど…」

 

「…柳洞寺ってのはこの先か」

 

セイバーは言う。しかしそれを凛は引き留めた。

 

「行くのは構わないけど、話を最後まで聞いてからにしなさい」

 

「?」

 

「…実は、アーチャーと今連絡が付かないの。私から魔力をもってってるのは確かだから、おそらく衛宮くんを拐った敵と戦っているのね。この消費量だもの、苦戦してるのかしら?」

 

「…だったらなんだってんだ」

 

結論を早く言えと、苛立ち混じりの声をセイバーは漏らす。自身のマスターの窮地だというのなら、セイバーの苛立ちも理解できる。凛はそれに対してただええ、と答えると、言葉を続けた。

 

「衛宮くんをあなたから誘拐し、……この数の使い魔を同時に操り、それでいながらアーチャーを追い詰めるほどの実力者。ねえセイバー、これほどのことを短時間で一度に一人の敵ができると思う?」

 

「…」

 

「私たちが同盟を組んでいるように、もしかしたら敵は一人じゃないのかも。それもかなりのやり手でしょうね」

 

セイバーはそれを聞くと数秒沈黙し、やがて凛へと背を向けたかと思うと、凛の示した柳洞寺の方角を見た。

 

「…敵がああだ、こうだなんてのは関係ない。オレは行くぞ」

 

「…あら、頼もしいのね。…ええ、もちろん私もそのつもりだけど?」

 

凛はそれを聞く僅かに微笑み、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバーを…?」

 

俺は精一杯目の前に立つこのアサシンのマスターだというこの女のことを睨み付ける。体は足元に描かれた魔法陣によるものか、全く動くことができず、口元あたりだけが動かすことが辛うじて可能であった。

 

「ええ。坊やには悪いけれど、貴方のセイバーを私たちに譲ってもらえないかしら?」

 

女はローブの下で笑うとそう答えた。

 

「そんなこと、するわけ…っ!?」

 

足元の魔法陣が鈍く妖しい輝きを放つ。それと同時に、俺の体に痺れるような痛みが襲いかかる。

 

「あらごめんなさい?加減がわからないものだから、つい」

 

「ぐっ…」

 

俺が苦しむ姿が愉快なのか、クスクスと女は笑う。

 

「坊やも昨日戦ったのでしょう?あの男と」

 

「…あの…男…?」

 

痛みを堪えながら、俺は女の問いかけに聞き返す。

 

「分からないの?バーサーカー、ヘラクレスよ」

 

女は答えた。

 

「まさかあの男が、あろうことか狂戦士のクラスで召喚されるだなんて…。坊やも戦って分かったでしょうけど、あの男は並みの英雄がまともに戦って敵う相手じゃないわ」

 

「それは…」

 

確かに結果的に言えば、昨晩はセイバーとアーチャーの二人でようやくバーサーカーに対抗できていた。この女の言うように、バーサーカーは間違いなく強力なサーヴァントなのだろう。だからこそ俺と遠坂は同盟を組んだのだ。

 

「だから私たちは、少しでもヘラクレスに対抗できる力が欲しいのよ。生憎私やアサシンだけでは心許ないのでね」

 

「でも…なんでセイバー(俺達)なんだよ!?」

 

それを聞くと、女はローブの下で再び笑みを浮かべる。

その口元の歪む様子に、俺はどこかゾクリとした。

 

「本当にお馬鹿な坊やね。なぜセイバーなのかって?だってあなた、セイバーは最優のサーヴァント…なにより、それのマスターが坊やみたいに簡単に敵に捕まるような未熟者だっていうのなら、これを狙わない手はないわ…!」

 

「…!!」

 

ーーーそう言うと、女はローブの下から歪な刃を持つ剣を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇちょっと!!段々数が増えていってないかしら!?」

 

ガンドを放ちながら凛が叫ぶ。

 

セイバーと凛が柳洞寺へと続く道を進もうとする一方で、その行く手を阻むように竜牙兵たちのかずも次第に増えていった。

 

「だったらなんだ、本命に近づいてるってことだろ」

 

そう言うとセイバーは剣の一振りで、彼女に群がる何体もの竜牙兵を一度に粉砕する。目的地に確信を持ったためか、セイバー自身には焦りがあったもののの、彼女の振るう剣に迷いは感じられなくなっていた。

 

「ッチ、キリがねぇ」

 

竜牙兵たちが道には石畳のように敷き詰められ、両側の民家の屋根からは雨のように降ってくる。

セイバーが道を切り開き、凛は降り注ぐそれらをガンドで打ち落とす。しかしそれでも、如何せん数が多いためか中々思うように進めずにいた。敵は幾ら斬っても何度も立ち上がる。さらに、この狭い路地では、セイバーも己の大剣を中々自由に扱うことが出来ずにいる。

 

「くそっ…!!」

 

痺れを切らしたセイバーは己の体に赤雷の魔力を纏う。セイバーを中心に嵐のように吹き荒れる魔力の風は、それだけで竜牙兵たちの動きを鈍らせる。

 

「オラァッ!!」

 

力任せに振るわれる、セイバーの大剣。魔力放出により火力を上乗せされたそれは、前方に群がっていた竜牙兵の集団を文字通り消し飛ばした。

 

「走れ、赤女!」

 

その様子を後ろから眺めていた凛に、セイバーは呼び掛ける。その圧倒的な力強さに、凛は一瞬見とれていたのだ。

しかしそれと同時に、一つの懸念が彼女の中に過る。

 

「気持ちは分かるけど、マスターの衛宮くんが近くにいない状態であまり無理しない方がいいわよ」

 

「…わかってる」

 

セイバーはそれを聞くと、体に過剰なまでに纏っていた

魔力を抑制する。彼女の感情がそのまま出たのか、いくらなんでも竜牙兵に放つにしては重すぎる一撃であった。魔力も限られているものだ。無駄に使うわけにはいかない。

 

 

 

…しかし道は開けた。ここからなら柳洞寺までもそう遠くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そらよっと…!!」

 

「っ!!」

 

アサシンとの戦いの中で、山門の地形や彼の未だに謎の多い能力のせいで、アーチャーは苦戦を強いられていた。既にアーチャーのその背中には幾つもの傷を負わされていた。それの意味することはつまり、彼は何度も背後をこの男にとられてしまっていたということだ。

 

 

アサシンの手には先ほどまで振るわれていた小剣は無く、代わりに暗殺者の名には不相応な長弓が握られていた。

 

彼が幾つか矢を放ち、それをアーチャーは自身の双剣で全て叩き落とす。

 

「…!!」

 

アサシンによる矢の弾幕により、アーチャーの視界が一瞬遮られてしまう。気配を探れない以上、あの男の行動を把握するには視界に常に納めていなければならない。しかしこれにより、再びアーチャーは自身がアサシンの姿を見失うことを許してしまった。

 

咄嗟に周囲に視線を巡らすが、やはりそこにはアサシンの姿はない。

 

そして次の瞬間、アーチャーの肩を一本の矢が貫いた。

 

「上か…!」

 

見上げればそこには宙で矢をつがえながら、ニヤリと不敵に笑うアサシンの姿が。アーチャーがそれを視界に捉え後退すると同時に、上空から熾烈な矢の雨が降り注ぐ。

 

「…」

 

アーチャーは再びアサシンを見失ってしまう。剣を構え、周囲の物音に意識を集中させる。

 

 

するとガサッ、と茂みの中から音がした。アーチャーは半ば反射的にその音の方角へと干将を投擲する。

 

「…!!」

 

しかしその方を見れば、そこには木に矢が一本刺さっているだけであり同時にそれが音の正体であると気付く。

 

アーチャーはならば、とその矢の飛来してきた方角へともう一振りの中華剣・莫耶を放った。双振りの刃は互いに弧を描きながら、周囲の茂みを切り裂きながら森の闇の中へと消えてく。

 

「おい、もっと自分の得物は大事に扱え」

 

その瞬間、彼の背後からアサシンの声が響いた。

 

「ッ!!」

 

振り返ろうとした時には既に遅く、アサシンの手に握られていた小剣はアーチャーの背中を再び切り裂いた。

 

咄嗟に振り返ろうとしたためか傷は深いものの致命傷は避けており、アーチャーがアサシンの凶刃により倒れることは無かった。一方のアサシンは己の刃の露払いをすると、肩で呼吸をするアーチャーを見てニタリと笑う。

 

「実に惜しいな。ここで君を失うには実に惜しい。どうだ、君も我々の仲間にならないか?我がマスターには君を養うくらいの余裕はまだあると思うのだが」

 

そう言うと、アサシンは言葉を続ける。

 

「マスターに俺、弓兵の君に、そして最優のサーヴァントたるセイバーが揃うというならば、あるいはあのヘラクレスにも対抗できるかもしれないな。そんな悪い話ではないだろ?」

 

「戯れ言は大概にするのだな、アサシン。セイバーと違って、生憎私自身はマスターには不自由していないのでね」

 

フン、とアーチャーは笑った。

 

「…なるほど、たしかにあのお嬢さんはなかなか腕が利くと見た。まあ、いささかこの戦争に参加するには経験も年も足りないとは思うが」

 

そう言うとアサシンは弓に矢をつがえると、アーチャーへと標準を合わせ、言葉を続ける。

 

「取り合えず、君には一度ここで撤退してもらいたい。でなければ、このままでは私は君を、説得する前に殺してしまいそうだ」

 

「そうか。ならば…」

 

 

 

それを聞くとアーチャーは徒手のままにも関わらず、ニヤリと笑う。

 

 

 

「ーーーやれるものならやってみることだ、戯け」

 

 

「ーーー!!」

 

 

瞬間、アサシンの口元が再び不気味なほどにまで弧を描き歪む。不適な笑みを浮かべたその男の手より、つがえられた矢が放たれた。

 

アーチャーはそれらを紙一重で躱しながら、階段をかけ上るとアサシンとの距離を詰める。しかしそれとすれ違うように、アサシンは木から木へと跳び移るようにして同じように距離をとった。そして同時に、跳躍したかと思えば再び矢の雨を放つ。

 

「…っ!!」

 

剣を持たない今のアーチャーには、完全にそれらを避けきることは不可能であった。後退しながら己の片腕を盾に、放たれた矢の数本を防ぎながらアーチャーはその場を凌ぐ。そして同時に、再びアサシンの姿は消えていた

 

アーチャーとて、鷹の目と謳われる程の眼力の持ち主である。しかしアサシンは自身の放つ矢を巧みに操り僅かな死角を作り出し、鷹の目の視界を掻い潜るようにして常に動いていた。サーヴァントを相手に刹那の時間でここまでの戦術を編み出すアサシンの頭脳も大したものではあるが、何よりこの男は、鷹の目ですら視界に収め続けるのが困難なほど、全ての動きが(はや)かった。それは先日刃を交えた、最速のサーヴァントたるランサーに匹敵する程だろう。

 

「…フン」

 

ここまでの展開は先程と同じであった。アサシンは周囲の木々らに身を潜め、相も変わらず気配は消したままだ。

 

「…投影(トレース)開始(オン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妙だ、とはアサシン自身も感じてはいた。この期に及んでアーチャーが己の得物たる双剣を躊躇もなく放り投げたかと思えば、今度はアサシンの攻撃から逃げるばかりである。何かこの場を乗り切る策があるのかと思えば、結果として先程と同様、再びアサシンに先手を取られる

形となってしまった。

 

「……」

 

欺く言うアサシンも、まさかこのままアーチャーが引き下がるなどとは思っていない。物音を一つたてることなく、アサシンは自身の都合の良いポジションまで移動しながら考える。

口では軽口をたたいていたアサシンではあるがその実、セイバーよりも彼はこのアーチャーをより危険視しており、そして興味があった。

なにせこの男は、不意打ちとはいえギリシャ最強の英雄と謳われるヘラクレスを一度殺しているのだ。アサシンの生前には、ヘラクレスを殺せる可能性がある英雄が周りにどれ程いただろう。少し考えてみたが、片指を数え切る前にそれが無駄なことだと気付き止める。

 

 

アサシンは矢をつがえ、アーチャーの立つ側面の木々の一つに狙いを定めそれを放つ。そして同時に場所を移動しようとしたのだがーーー

 

「…?」

 

ーーーアーチャーは先程のようには反応することはなく、見向きもしないではないか。

 

本当にそこに俺がいたらどうするんだ、とアサシンは苦笑する。しかしこれで、アサシンはアーチャーが何を考えているのかが少しずつ分かってきた。

 

要するにアーチャーは誘っているのだ。ブラフや小細工など必要ない、来るならば来い、と。

 

なるほど、これがアーチャーの策の一つなのだろう。狙いは全く分からないが、アサシンの次の行動(アクション)を間違いなくあの男は待っている。

 

「…挑発するなら、もっと上手くやれ」

 

思わずアサシンは呟いた。そして同時に僅かではあるが、今宵初めてアーチャーに殺意が湧いた。

 

アサシンは再び矢をつがえようとし、しかし途中でその手を止め小剣を手にとる。仕返しの意味でもう一度矢を放ってやろうとでも思ったのだが、アサシンはふと考えを改めた。

 

"ならば、その挑発に乗ってやろうではないか"

 

アサシンはあろうことか、それがアーチャーの罠であると承知した上で、彼が撒いた餌に食い付いてやろう、そう思ったのだ。

 

ニヤリ、と彼の頬が歪む。生前何人もの英雄たちを陥れてきた彼であるが、逆に個人として自身が策に嵌められた経験は記憶を辿れども中々思い付かない。英霊となって生前の記憶が多少磨耗しているのもあるだろうが、それでもやはり数えるほどしか覚えはなかった。

 

何といっても気になるのだ。この弓兵が、如何にして自分をその策へと陥れようとしているのかを。

 

アサシンが多少なりともまともな思考を持っていれば、あるいは「罠だと分かっていながらそれにかかりにいこう」となど、思ったりなどしなかっただろう。

 

しかし彼の好奇心とは恐ろしいもので、普段こそ冷静だからこそ一度その好奇心が働いてしまうと、逆に歯止めが効かなくなってしまう。

 

手に取った小剣を逆手に握り、殺意をその刃に込める。

わざわざアーチャーが自分のために用意した策ならば、嵌められるこちらも手を抜くわけにはいかない。

 

アサシンは音をたてることなく、完璧にアーチャーの背後へと回り込む。といっても先程のようにアーチャーが周囲に目を向けて警戒していない分、かなり難易度は低下しているのだが。

 

距離にしておよそ10メートル。アサシンが一歩踏み出しさえすれば、彼の刃がアーチャーの身体を切り裂くことが可能となる距離だ。

 

未だにアーチャーは身動き一つせず、アサシンの存在に気付いた様子もない。

 

これで殺してしまっても恨みっこは無しだ、とアサシンは心中で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー刃を構え、暗殺者はついにその一歩を踏み出す。

 

 

 

ーーーー時間にして一秒も経たずにその距離を縮めると…

 

 

ーーーーー暗殺者の刃は、弓兵の体へと潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ…それ…」

 

女の持つその剣を見て、俺は思わず呟いた。殺すための剣にしてはその刃はあまりにも細く、そして何よりその刃が雷のように曲がっていた。

 

「そうね…ええ、坊やには可哀想だから教えてあげましょう」

 

女はクスクスと笑うと言葉を続ける。

 

「これは私の英霊としての宝具、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)。これを使えば、坊やとセイバーとの契約を白紙に戻し、そして私がセイバーのマスターに成り代わることができるようになるのよ」

 

「そんな…!!」

 

そんなことができるのか。いやそれよりも、今この女はこの剣を自身の()()だと言った。

 

「お前、やっぱりサーヴァントか…!!」

 

「…随分とつまらないことを聞くのね?」

 

「だって、サーヴァントがマスターだなんておかしいだろ…!?そんなことができるわけ…」

 

「私は魔術師(キャスター)のサーヴァントよ?現代の魔術師にできることが、英霊である私に出来ないとでも思っているのかしら?」

 

「…!!」

 

キャスターが言っていることは、この聖杯戦争の常識を覆すことだということは俺にもわかる。そしてそれが禁忌を犯すことだということも。サーヴァントがサーヴァントを使役する。そんなふざけたことができてたまるものか。

 

しかしそれ以外にも、俺には気になることが一つあった。

 

「キャスター…お前、学園にしかけられた結界を知らないか?」

 

俺がそう言った瞬間、ピタリとキャスターのクスクスという笑い声が止まった。

 

「…なんですって?」

 

「…皆の通う学園に結界がしかけられたみたいなんだ」

 

俺はキャスターの返事を待つ。

 

「どうしてそんなこと、私に聞くのかしら?」

 

「…お前、キャスターだって言ったよな。なら、結界っていたら普通魔術師を疑うだろ?」

 

「…呆れた。坊や、あなた今自分が置かれている状況が分かっていないの?他人の心配より、自分の命の心配をしたらどうかしら?」

 

キャスターは言った。しかし俺には、今は何よりもキャスターの答えが聞きたかった。

 

「そんなことはいい。俺の質問に答えてくれ」

 

「…もし私が犯人だったら?」

 

 

「…俺はお前を、許さない」

 

 

俺がそう答えると、キャスターは暫く沈黙した。そしてやがて、彼女は口を開いた。

 

「…私じゃないわ。そんな所に結界を仕掛けたところで大した意味もないもの。第一、坊やみたいな素人に気付かれるような結界を、私が作るわけないじゃない」

 

「…そうか。ならいい」

 

すると キャスターは呆れたような表情を浮かべると、俺に言った。

 

「聖杯戦争に参加しながら、自分よりも他人の心配をするなんて。坊やは聖杯が欲しくないの?そんな考えを抱いているようじゃ、この戦争で勝ち残ることなんて不可能よ」

 

「俺は別に聖杯が欲しくて参加した訳じゃない。このふざけた争いを終わらせるために参加しているんだ」

 

「…そう。聖杯が欲しくないのね…」

 

キャスターはそう呟くと俺に一歩近づき言葉を続ける。

 

「でも、"セイバー"はどうかしら?」

 

「…!!…それは…」

 

俺の反応を見ると、クスリと彼女は笑う。

 

「坊やが聖杯戦争に参加するには、優しすぎるのよ。それに、やっぱりセイバーは坊やに相応しくないわ」

 

再び破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)をその細い指で握り直すと、キャスターは言う。

 

「悪いけど、セイバーは貰うわよ。安心なさい、悪いようにはしないから」

 

「…!!」

 

そう言うとキャスターは、その歪な剣を振りかざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!!」

 

突然、セイバーの放つ気配に異変が訪れた。凛もそれを察し、息を呑む。

 

「…セイバー?」

 

「クソッ…!!」

 

セイバーの表情に、今まで以上に焦りが現れる。

 

「…マスターッ!!」

 

魔力をその身に再び纏うと、セイバーの走る速度がさらに加速する。凛も追い付こうと、脚に強化を重ねがけし走る。

 

「衛宮くんがどうかしたの!?」

 

問いかける凛に振り向かず、セイバーは走りながら叫ぶ。

 

「マスターがヤバいッ!!」

 

「なんでっ…わかるのよ!?」

 

呼び掛けるように、凛も叫ぶ。

セイバーは先程、マスターである士郎との繋がりが感じられないと言っていた。しかしそれでは、マスターに危険が迫っているという今の発言とは矛盾している。

 

「わかるもんは、わかるんだよ!!」

 

「…根拠は?」

 

凛は聞いた。

 

「…勘だ!」

 

「なっ…!?」

 

しかし、士郎が連れ去られてからもう少しで20分近く経ってしまうのも事実であり、不思議なことにセイバーのいう言葉にも妙な説得力があった。

 

「そこ、左!!」

 

凛は少し先に進んでいるセイバーに、後方から指示を出す。セイバーが先に指示した角を曲がり、遅れて凛もその突き当たりに入る。

 

「いたっ!?」

 

しかし凛が曲がり道に入った瞬間、彼女は何かに勢いよくぶつかり、尻餅をついてしまった。見上げれば前方にはセイバーが立っており、そして自分とぶつかったものが彼女の背中であるということを同時に認識する。

 

「ちょっ…何立ち止まってるのよ…」

 

そう言いかけて、凛は途中で口を止める。そして彼女たちのその目前に広がる異様な光景に目を疑った。

 

「どういうこと…?」

 

見ればそこには、数え切れないほどの竜牙兵の残骸が道を覆い尽くすようにして散らばっており、そしてそれらはどれも再生が不可能なほどにまで粉砕されていたのだ。

 

「…あ」

 

そこで凛は気付いた。

前方の暗闇の中、目を凝らして見てみるとそこにはまだ一体、おそらくは最後の竜牙兵が、何者かと対峙しているではないか。

 

「遅い…!!」

 

しかし、対峙するその何者かが声をあげると同時に竜牙兵は一瞬にして粉々になり、そして吹っ飛ばされた。

 

「…!!」

 

あまりの一瞬の出来事に、一体何が起きたのか凛はよく分からなかった。隣に立つセイバーはすでに剣を構えており、周囲に殺気を放っている。

 

すると、セイバーの放つ濃厚な殺気に気付いたのか、暗闇の奥から何者かが彼女たちのほうへと近づいてきた。

 

「ーーーどういう訳かと思いましたがそういうことでしたか。ようやくお会いできましたね、トオサカリン」

 

声色の様子から、近付いてくる何者かが女性であるということに凛は気付いた。そしてその相手が自分の名を口にした瞬間、彼女は己の右手のひらにゆっくりと宝石を忍ばせる。

 

「お前…何者だ」

 

セイバーが剣を構えながら、近付いてきたその者に問うた。

 

「ああ、これは失礼しました。私だけが貴女たちを知っているのはフェアではありませんね」

 

やがて月明かりに照らされるようにして、その者が姿を現す。

 

 

「ーーー私はバゼット・フラガ・マクレミッツ。此度の聖杯戦争において協会所属のマスターとして派遣された、封印指定執行者です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アサシンの刃がアーチャーに届く寸前に、アサシンは自身が目にしている異様な光景に気が付いた。

見れば、アーチャーのその手には先程彼が自ら放ったはずの双振りの中華剣が、何事も無かったかのようにそこにあるではないか。

 

ーーー何で持ってるんだ?

 

アサシンの思考に曇がかかり、彼の握る小剣の軌道にも一瞬迷いが生じる。しかし、踏み込んだ以上は彼の刃は止まることはできない。

 

ザシュ、と音をたてて、彼の鋭利な刃の先がアーチャーの身体に届いた。彼の身体から血飛沫があがるのをアサシンは確認したが、同時にその傷が浅いということも感覚で判断した。それはやはり寸前で迷いが生じたためだろう。

 

「ーーーそこか、アサシン」

 

アーチャーが呟いた。瞬間、彼は振り向き様にアサシンへと斬りかかる。アーチャーの二連撃を、紙一重でアサシンは器用に小剣を使い防ぐ。

 

「…おしいな。君にもう一つ腕でもあれば、俺にもその剣が届いたかもしれない」

 

アーチャーの二つの刃を防ぎながら、そう言ってアサシンは笑う。しかしアーチャーを見れば、彼もまた不敵に笑みを浮かべているではないか。

 

「…腕は無いがな、アサシン」

 

 

アーチャーがそう言った瞬間、アサシンは彼の声に紛れて妙な音が背後から迫ってくるのを感じとる。

 

 

そう、例えるならばーーー

 

 

「ーーー"剣"ならば、あと二つあるぞ?」

 

 

ーーー剣が、空を切り裂く音だ。

 

 

「…!!」

 

アサシンが振り返ると、そこには"アーチャーが今まさに振るっているのと同様"の双振りの中華剣が、弧を描くような軌道に乗って、彼の首を刈り取らんと飛来してくるではないか。

 

ーーーこいつは、さっき放った…!!

 

アサシンは咄嗟に身体を捻り、目前にまで迫っていた双振りの中華剣のうちの一つを蹴り落とす。しかしそれと同時に、彼の体勢が大きく崩れてしまう。

 

「ッ!!」

 

もう一つの中華剣が彼に襲いかかる。アサシンは己の小剣を振るい、彼の首元に届く寸前でその刃を弾いた。しかし、彼はそこで己の失態にそこで気付く。

 

飛来してきた中華剣に気をとられていた彼は、今まさにその無防備な背中をアーチャーに向けてしまっているではないか。

 

「…おいおい、やるじゃないか」

 

アサシンの頬に、タラリと汗が伝う。そしてアサシンがそう呟くのと同時に、アーチャーの振るう剣が彼の左肩から腰までを袈裟に切り裂いた。

 

「…ふっ!!」

 

瞬間、アサシンが彼の手に握られていた小剣を振り向き様にアーチャーへと放つ。

もう一撃をアサシンに与えようとしていたアーチャーは、放たれた小剣をそれで弾いた。その隙に、アサシンはアーチャーから距離をとる。

 

「…自分の得物を大切に扱えと言ったのは誰だったか、アサシン?」

 

肩で呼吸をしながら、アーチャーは皮肉な笑みを浮かべる。

 

「…そうだったな。あとで拾っておくさ」

 

それに対してアサシンも、彼の皮肉がおかしいのか笑いながら答える。

 

「下手な真似はするもんじゃないな、本当に」

 

自ら策にかかりにいったことを言ったのか、あるいは別のことか。アサシンは呟いた。そしてアサシンは己の負った傷を確かめると、その手に弓を出現させる。

 

「この時点でこれ(作戦)負け戦(失敗)だとはわかっているんだがな。しかし()()()()敵をここから通すわけにもいかない」

 

「…これ以上だと?」

 

アサシンが言ったその一言を、アーチャーは聞き返した。そしてその瞬間アーチャーとアサシンを横切るようにして、突風が吹いた。

 

「これは…!!」

 

アーチャーが驚愕の声をあげる。

 

「…そう」

 

 

アサシンがやれやれ、と息をつく。

 

 

「ーーー向かい風(東風)だよ、まったく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「協会から派遣されたマスター…しかも執行者が参加するなんて、私聞いてないけど?」

 

凛がバゼットと名乗るその女を睨み付ける。しかしバゼットはその敵意に反応することはなく、毅然とした態度で答える。

 

「ええ。だからこそ、冬木の管理者(セカンドオーナー)である貴女にこうして挨拶に参ったのです」

 

「…」

 

「安心してください。貴女の兄弟子であり、此度の聖杯戦争の監督役でもある綺礼には、以前より既に話を済ましていますので」

 

それを聞くと、凛は内心舌打ちをする。協会から派遣されたマスターが来ることについて、綺礼は一言も自身について話をしてなかったではないか。

 

「…そう、まあいいわ。態々ご苦労様。…それで、これは全部貴女がやったことなの?」

 

辺りに散らばる無惨な竜牙兵の集団を指しながら、凛はバゼットに問う。バゼットはそれに対して頷くと言う。

 

「別に大したことではありません。所詮は使い魔ですから」

 

それを聞くと、凛は表面では平然を装いながらも、内心ではその事実に驚愕していた。執行者の存在は以前より凛も知識はあったが、執行者そのものとその実力を目の当たりにするのは初めてであった。バゼットはこれほどの数の竜牙兵を相手に、息の一つもあげず、さらには傷らしい傷も受けずに倒しきったというのか。

 

「…おい、挨拶が済んだってんならさっさとそこをどけ。オレはお前に要なんかねぇんだ」

 

剣の切っ先をバゼットへ向けてセイバーは言う。不味い、と凛は思った。セイバーの焦燥は既に限界にまで達しており、その放つ気配からも明らかな殺気が混ざっている。何かの勢いでもしもこの執行者と、未だに姿を現さないそのサーヴァントとで戦いでも始めてしまったら、それこそ士郎を救いに行けない。

 

ーーーしかし

 

「剣を下ろしてください、セイバーのサーヴァント。今すぐ貴女方と争おうなどとは思っていません。生憎、私の側には今サーヴァントがいないので」

 

バゼットは言った。

 

流石のセイバーもその言葉には驚愕した。なにせこの女は敵を前にして、自身を守るための最大の術であるサーヴァントが側にいないと自ら告白したのだから。

 

「どういうことだ、態々殺されに来たってのか?」

 

セイバーが問う。

 

「…いいえ」

 

バゼットは首を横に振りながら答える。

 

 

 

 

「ーーー私のサーヴァントは今、貴女のマスターと共にいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ!!」

 

キャスターの振りかざしたその短剣が俺の胸へと振り下ろされそうとしたその時、キャスターは突然その手を止め、俺から距離をとった。

 

「え…?」

 

キャスターが何故俺から逃げるようにして後退したのかわからなかった。しかし次の瞬間、キャスターがほんの一秒ほど前に立っていたその場所に、とてつもない勢いで紅色の槍が突き刺さる。

 

「う…わぁっ!?」

 

槍が地面突き刺さったその勢いで生じた風圧により、俺の身体が吹き飛ばされる。そしてそれと同時に、キャスターによる魔法陣で縛られていた身体に自由が戻るのを感じた。

 

 

 

「ーーーよぉ、生きてるか坊主」

 

 

 

前方に突き刺さった槍を見て愕然とする俺に対して、その槍の持ち主が後ろから声をかける。

 

「お前は…!!」

 

振り返り、その姿を視界に納める。青いケルトスーツに身を包み、深紅の瞳をしたその男は驚いた俺の顔を見ると、何か面白かったのか、ハッと笑った。

 

「…よっと」

 

突き刺さった槍を引き抜くと、男は再び俺を一瞥し、そして次にその前方で苦渋の表情を浮かべるキャスターを眺める。

 

「…なんだよ。折角来てやったってのに、どいつもこいつも湿気た面しやがって」

 

 

 

「何で…どうしてあなたが…!!」

 

そしてついに、これまで沈黙していたキャスターが震えるような声で、目の前に立ちはだかるその男の名を口にした。

 

「ランサー…!!」

 

 

ーーー戦慄したその声を聞くと、ランサーは心の底から愉快気に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久し振りです。枝豆です。

前回から大分お待たせさせてしまいましたが、ようやく更新です。

まあ年末も現在進行形で色々忙しく、合間を縫って書いてきたものをようやく、という感じですね。

オリ鯖のためかアサシン描写がどうしても多くなってしまいましたが、そこはどうかご容赦を。そろそろ真名もお分かりいただけたのではないでしょうか。

いや、わからないかもしれません。能力がかなり自己解釈入ってるので。ごめんなさい。






以下、読まなくてもいいようなこと。

GOの孔明強くなってた。やったねロンドン☆スター。
でも最近はモチベが続かなくなってきちゃったり。やっぱり沖田が自分のところに来なかったのが最大の原因か…?←ガチャ大爆死


なんかやりたいこと一杯ありますよ、本当。
本作も完結いつになることやら。

是非もないネ!







使い方あってんのかな、これ






これからも本作をよろしくお願いいたします


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