Fate/blood arthur   作:枝豆畑

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大変お待たせいたしました。









どうぞ



追記

文章が多少時間軸にズレがありますが、特にミスしたわけではないです。ご容赦を。


約束と

 

 

 

俺にはそこで何が起こっていたのか、あるいは俺は()()()()()()()のか 、全く分からなかった。

 

ただ結果からして言えることは、ランサーの朱槍はキャスターの心臓を貫いた、ということだ。

 

 

にも関わらず、俺の脳が、視覚から得た情報を頑なに拒否し続けているのには理由がある。

 

 

ランサーが槍を突き放った瞬間、標的であるはずのキャスターは彼の背後をとっていた。それでもランサーは構うこと無く、その槍に集められていた魔力と殺気を解放した。

 

槍っていうのは…というよりも、武器とは普通どれも、前方にいる敵を討つことを前提に扱われる。後ろにいる敵を討つこともそれは不可能ではないかもしれない。しかしそれには、やはり前方に槍を向けたままでは当たらず、標的に再び狙いを定める一工程(アクション)が必要不可欠だ。

 

 

俺が何を言っているのか分からない…分からないと思う。何せこれは誰もが当然に考えられる知識であり、今更説明するようなことでもないからだ。

 

それでも俺が、そんな当たり前の常識についてこの僅かな時間の中で頭を悩ませているのは、その常識が俺の見ている目の前で覆されたからなのだと思う。

 

 

話を元に戻す…というより、簡潔に述べよう。

 

 

ランサーの槍は放たれたその()()に、既に背後にいるキャスターの心臓を貫いていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね…要するに嬢ちゃんは、そのバーサーカーを殺るために坊主と手を組んだわけだ」

 

館に戻ったランサーは椅子に腰かけると口を開いた。

 

「嬢ちゃんはおそらくセイバーの腕を見込んで坊主を相棒に選んだんだろう…しかしどうだかな。たしかにセイバーは剣の腕は悪くはねぇが、サーヴァントとしては俺はいささか不満があるね」

 

「…どういうことです?」

 

バゼットが訪ねると、ランサーはやや不機嫌な表情を浮かべる。

 

「サーヴァントってのはマスターを守るためのもんだ 。しかしどうだい?アイツはサーヴァントとして最低限の義務を果たすどころか、危うくキャスターに坊主を殺られるところだったじゃねえか」

 

「…しかしそれは、未だに謎の多いアサシンの介入があってのことでしょう」

 

バゼットはそう答えながら、ランサーの向かいの椅子に静かに腰かける。マスターがこの館を拠点にして以来、この椅子がランサーの定位置となっていた。それまでは長い間廃墟であったこの館ではあるが、今ではランサーが飲み干した洋酒の空きビンや、インスタント食品のゴミらがそこかしこに散乱している。

 

「マスターであるエミヤシロウは数日前までは魔術を少々かじった程度の一般人。セイバーに落ち度はあったことは否めませんが、それを差し引いてもやはり彼らだけではこの聖杯戦争を勝ち抜くことは不可能です」

 

「…なんだよ。俺はてっきりあんたは坊主たちを庇うもんだと思ってたぜ」

 

「…この戦いが、素人が勝ち抜けるほど甘いものではないことは知っているつもりです」

 

そう言いながらバゼットは着ていたスーツを脱ぎ、自身の椅子の背もたれに掛ける。彼女がネクタイを緩め再び腰をおろすと、その一連の動作を黙って見ていたランサーはそうかい、と静かに呟いた。

 

「まぁなんにせよ坊主たちにとって嬢ちゃんと組むのは渡りに舟だったって訳だ。事実、アーチャーの野郎がいなかったら今頃坊主は、最初に脱落したマスターになってただろうさ」

 

「いえ…2番目でしょう?」

 

バゼットがそう言うとランサーはあ、と声を漏らした。

 

「そういやそうだったな…キャスターの元マスターか。あんまりにも速かったもんだから本気で忘れてたぜ」

 

「ええ…ランサー、やはりキャスターにはアトラムとは別に、他の新たなマスターがいるのでしょうか?」

 

「だろうね。俺たちサーヴァントが現界を維持するのに必要なのは魔力だが、それを繋ぎ止めるための寄り代がいるだろ」

 

そう言うとランサーはバゼットを指差した。

 

「それが私たちマスター、なのですね。しかしキャスターが新たなマスターを得たとしても、このような極東の小都市にマスターに成り得るような別の魔術師がいたのでしょうか?」

 

寄り代となるのはもちろんマスターである。しかし、それを維持するために必要なのはやはり魔力だ。そうとなると、新たなマスターとはその人物が魔力を供給できる魔術師である必要がある。それを踏まえた上では、バゼットの意見とはいたって自然なものだった。

 

しかしランサーはそこで首を横に振る。

 

「どうだかな…なあバゼット、どうしてキャスターの奴は町中の人間共から、必死になって魔力をかき集めてると思う?」

 

バゼットはそれを聞くと、しばらく沈黙した。

 

「…それは…やはり力を蓄えるためではないでしょうか。魔力の保有量は、そのままサーヴァントの強さへと直結します。特にキャスターのようなサーヴァントとなると、貴方のような対魔力を持つサーヴァントは脅威となりますから、それに対抗する手段が必要となるのでしょう」

 

するとランサーはなるほどね、と呟いた。バゼットは僅かに首を傾げる。

 

「たしかに、普通に考えるならそうなるだろう。でも俺たちが今話していることは、キャスターのマスターの話だ。この意味わかるか?」

 

「…それでは説明が不十分です。何が言いたいのですかランサー?」

 

バゼットはもどかしそうに眉を潜める。その表情を見ていたランサーは愉快げに笑みを浮かると、

 

「マスターってのは、サーヴァントにとっては極論、寄り代の役割だけでいいんだよバゼット」

 

「…?」

 

「考えてみろ。魔力を供給することができる寄り代なんてそんな都合のいいもんが、こんな神秘もへったくれもない町なんかにいる訳もない。だが言い換えれば()()()()()()()()の人間なら、いくらでもいるじゃねえか 」

 

バゼットはここにきて、ランサーの問いの真意に気がついた。そしてそれが意味することの異質さに、彼女は顔をしかめる。

 

「まさかキャスターは…魔術師ではない一般人と契約を結んだと言うのですか?」

 

ランサーは頷いた。

 

「だがあくまで可能性の話だ。もしそうだったなら、キャスターが必死こいて魔力集めてるのにも納得がいく。マスターからの魔力が望めないのなら、自分で魂食いなりなんなりして調達するしかないからな。だが厄介なのは、そのマスター自身もキャスターに操られている一般人に過ぎない可能性があるってことだ」

 

「なるほど…たしかに辻褄が合いますね」

 

バゼットはランサーの意見に、純粋に感心していた。彼自身の白兵戦能力もさながら、少ない情報で俯瞰的に敵を推察する観察眼にも長けているとは。

 

しかしランサーは、何やら未だに納得のいかない表情を浮かべていた。

 

「ランサー…?」

 

「…ああ、わからねえのはアサシンだ」

 

「え…?」

 

 

ーーーアサシン。キャスター陣営と同盟を組み、今夜の一連の騒動を引き起こした張本人。彼の能力には謎が多く、その言動からも未だに不審な点の多いサーヴァントだ。

 

 

「…もしもそうだとしたら、どうしてそんなはぐれサーヴァントもどきの陣営なんかと、アサシンのマスターは同盟を組んだんだ?」

 

「それは…」

 

言われてみれば、この同盟には確かに違和感があった。アサシンとキャスターとは、どちらも本来ならば同盟を組もうとする相手にしては選び難いクラスである。

というのも、キャスターとは聖杯戦争においては最弱という汚名すら課せられているクラスであり、聖杯戦争で勝ち抜くには不利なサーヴァントだ。

一方のアサシンも、その名の通り暗殺者のクラスであり、元来対サーヴァントの戦闘よりも、クラススキルである気配遮断を活かした、敵のマスターを殺すことに長けたサーヴァントである。

 

聖杯戦争とは言うなれば、サーヴァントの力がものを言う戦いだ。もしもこの二つのクラスが共闘を組む相手を選ぶならば、普通に考えるならば互いの能力を補完できるクラスのサーヴァントを望むはずだ。それこそランサーのような、白兵戦に長けた三騎士のように強力なサーヴァントを。

 

にも関わらず、なぜ彼らは互いを同盟相手に選んだのだろうか?

 

ましてや、キャスターに正しいマスターがいないとすれば、それこそ同盟を組むにはリスクが伴う。

 

「…わかりません。しかし此度のアサシンは、アサシンにも関わらずアーチャーを正面から相手にできる異質なサーヴァントと聞いています。そういう意味では、キャスター側がアサシンと同盟を組もうとするのも納得がいくのですが…」

 

「…ま、わからねえことをぐだぐだ考えてもしょうがねえか。まだキャスターのマスターが魔術師だって可能性もあるしな」

 

ランサーはあくびをしながら背筋を伸ばし、首を右に左にと回す。

 

「どちらにせよ俺たちの当面の目標は変わらねえんだ。…あーあ、今日はついてねえな。考えてみれば、こちとら損しかしてねえじゃねえか」

 

「…まあ、気にするほどのことでもありません」

 

そうは言うものの、バゼットはランサーの言葉を否定することもなかった。

 

「いや、するね。こっちは殺すつもりで奥の手まで披露したってのに…」

 

ランサーはばつの悪そうな表情を浮かべ、

 

 

 

 

「ーーーまた殺し損ねちまった。あーあ、俺の槍の腕も鈍っちまったのかねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『帰らない、ということはないよ…君が俺の帰りを待ってくれている限りは』

 

 

ーーー男が妻へと告げた別れの言葉は、たったそれだけであった。

 

神々をも巻き込む程の戦争へと発つというのに、生きて帰れるなどという保障など無いのに、それでも男は妻へ伝えたのはそのたった一言だ。最愛の者との今生の別れともなるかもしれないというのに、それはあまりにも淡白なものだった。

 

しかし妻も、引き留めるなんてことはしない。

 

それは決して悲しくなかった訳でも、別れるのが惜しくなかった訳でもない。むしろ誰よりもこの男を愛していたし、この男こそが彼女の全てでもあった。

 

ーーーだからこそ、妻は男の言葉を信じた。

 

待っていれば必ず帰ると、男は告白した。

 

 

ーーー待ちます。

 

ーーーいつまでも待ちます。

 

 

男は最後に強く妻を抱き締めると、その震える体を優しく包み込む。

 

ーーー妻はその温もりを噛み締めると、小さな声で一言囁いた。

 

 

 

 

ーーー貴方の帰りを、待っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー柳桐寺の境内の一角。そこには女がいた。

 

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ……!!」

 

呼吸のリズムは狂い、顔色は蒼白しきっており、紫の美しい髪は吹き出る大量の汗により乱れていた。

 

「うっ………ふっ!?」

 

その白い手で抑えようとしたものの、口から溢れ出した

鮮血は指の隙間を通り抜け、庭園にこぼれ落ちてしまう。

 

「なんで…どうして…!?」

 

その女ーーーキャスターは痛み故か、しめつけるように左胸を押さえながら、苦悶の声を漏らした。

 

「ありえない…こんなはずじゃ…!!」

 

彼女の左胸には激痛が走り続けていた。

しかしながら押さえたられたその左胸には、外傷どころか血の一滴も流れていないのだ。

 

 

『ーーー刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)…!!』

 

 

「いや…!!」

 

忘れようとしても、何度もあの瞬間の恐怖が再び蘇る。

 

自身に向けられた突き刺されるような殺意とーーー明確に体現された、己の死の恐怖。

 

あの時、キャスターはたしかにランサーの背後をとっていた。…というよりもあの瞬間、ランサーの槍から逃れるために彼女に残された手段はそれしかなかった。しかしそれが唯一でありながら最善の策であったことは、今でも揺るがない事実だった。

 

白兵戦能力のないキャスターでさえ、あの時のランサーの槍の軌道は読めていた。だからこそあたるはずのない、槍の担い手たるランサーの背後へと逃げたのだ。

 

「くうっ……!!」

 

心臓を細いワイヤーで締め付けられるような痛みが再び襲ってきた。肺は常に酸素を欲しており、しかしその一方で呼吸をする度に耐え難い程の痛みが彼女を苦しめる。

 

 

ーーー彼女は背後をとったその瞬間、一つの幻覚を見た。

 

ーーーいや、今思えばあれは幻覚などではなく、現実だったのでは…?

 

 

 

目の前には、先程まで自分がいた空間へとそのまま槍を放とうとする槍兵の姿がそこにあった。この時、彼の手元には確かに朱槍が握られていた。

 

 

ーーーのだが、その時彼女は同時に一つの映像を見たのだ。

 

 

「私は…生きているの…?」

 

彼女は自身の生きている感覚を確かめるように、何度も、何度も左胸を締め付けるように掴んだ。

 

 

ーーー自身の心臓が朱槍によって貫かれている幻覚(現実)

 

 

ーーー明確で、あまりにも現実(リアル)に描かれた自身の死。

 

 

 

そしてその瞬間、彼女はーーー否、キャスターが()()()()()()()()()()は、その左胸を貫かれた。

 

 

 

 

「無事か、マスター」

 

その時、背後で聞き慣れた声が響いてきた。

 

「…貴方、今まで何を…!?」

 

そこにはアーチャーとの戦闘で傷を負ったと思われる、アサシンが立っていた。

 

「…無論。君に与えられた役目を果たしていた…つもりだった。すまないなマスター。思いの外、てこずってしまった」

 

アサシンは頭を下げる。キャスターが振り返ると、アサシンの腕には、自身の()()()が抱かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔槍ゲイ・ボルグか…なるほどランサーはつまり、彼の光の皇子というわけだな?」

 

これまでの互いの事情を話し終えると、アサシンは今までとは打って変わって神妙な顔つきになっていた。

 

「過程はともあれ、ランサーの槍は確かにマスターが使っていたこの人形(マスター)の心臓を貫いているんだ」

 

アサシンは抱えていたそれを静かに置くと、その左胸にできた風穴を指差しながらそう言った。

 

「ありえない…ありえないわ…」

 

震える声で、何度もキャスターはそう呟いていた。彼女の恐怖におびえきった表情に、さすがのアサシンも眉を潜める。

 

 

「…マスターの魔術は完璧だったろうさ。人形とはいえ、これは君が常時感覚から…果ては呼吸までも共有(シンクロ)して操っていた、言わばもう一人の君だ。多少の落ち度はあるかもしれんが、しかし…」

 

するとアサシンは、人形からズタズタに引き裂かれたエーテルの心臓を引き抜いた。ブチリ、と音をたてて血管からもぎ取り、アサシンは手にしたそれを静かにそれを見つめる。

 

「ランサーの一撃は、君の魔術(空間転移)すらをも上回ったというのか」

 

ランサーが朱槍の真名を解放した瞬間、キャスター(人形)は間違いなくランサーの背後をとっていた。それにも関わらず、真後ろにいたはずのキャスターの心臓がその槍で貫かれたのはーーー

 

「放てば必中、ねぇ…」

 

ポツリ、と独り言のようにアサシンが呟く。

既に機能を失ったその擬似心臓は、中かからドロドロとした液体を吹き出しながらアサシンの手に収まった。

 

「一度放てば必ずやその心臓を貫いたと言われた呪いの槍。もし彼の槍が伝承通りだというならば…そんなのちょっとズルくはないか?」

 

彼なりに何かを理解したのか、アサシンはその表情を曇らせる。

 

「…ちょっと、それを私の目に見えるところに出さないでちょうだい」

 

擬似心臓を指差しながら、キャスターが震える声を漏らす。

 

「失礼。たしかにあまり気分が良いものではないな」

 

自身の姿見から引き抜かれた心臓をまじまじと見つめられるのは、心地良いものではない。

 

まぁ、作ったのはマスターだがな、とアサシンは呟く。

 

「マスターが恐怖するのも無理はないさ。自身が死ぬという感覚を、こいつ(人形)を通してはっきりとイメージしてしまったのだろう。それも現実と区別がつかなくなるほどの濃厚なものを、だ。君は生前、自身が誰かに殺されるような恐怖を味わったことはあるかい?」

 

アサシンは静かに笑った。

 

キャスターは自身の左胸の辺りを、再び強くその手で掴むように押さえる。すると確かに心臓の鼓動が一定のリズムを、体内を流れる血液へと刻んでいた。キャスターは自身の生を再認識すると、ようやく落ち着いたのか大きく息を吐く。

 

「アサシン、何がおかしいのですか…」

 

キャスターが眉を潜める。

 

「なんの、マスターがそんな怖い顔する必要も無いし、特に言いたいことなども無いさ。妙なことを聞いて悪かったよ」

 

アサシンは一人頷く。

 

「…」

 

言いたいことが無くても、彼が何かを考えているのということは、キャスターにも分かりきったことであった。それでも彼に反論しないのは、今の彼女にそれほどの気力も余裕も残っていなかったからであろうか。

 

「まあなんだ。悲しいが今宵は我々の敗北だ。いつの世も初陣に失敗は付き物だが…あぁ、この感覚はやっぱり悔いが残るなぁ」

 

しばらくの沈黙の後、アサシンが口を開いた。

 

「事前にも行ったが、やはり我々はまだ陰に徹するべきだったのだ、マスター。サーヴァントである限りはマスターである君の方針に基本的には従うがーーー約束通り、次からは俺の意見にも耳を傾けてもらうよ?」

 

 

 

アサシンはニヤリと笑みを浮かべ、

 

 

 

「ーーーそしたら聖杯は()のものさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーしくじったか」

 

ランサーの口から、憎悪の籠った呟きが漏れ出した。

 

「…え?」

 

 

ーーー彼の槍は確かにキャスターの心臓を貫き、決着は付いたじゃないか。

 

ーーー何をしくじったと言うのだろうか?

 

俺はランサーの元へと駆け寄ろうと、静かに立ち上がる。

 

「おい、動くんじゃねえよ」

 

しかしそれを、ランサーが遮る。

 

「…!?」

 

「まだ終わってねえんだ。下手に動いてまんまと罠にかかってみろ、今度は死ぬぜ?」

 

「終わってないって…キャスターは倒しただろ…?」

 

するとランサーは槍を無造作に引き抜き、その反動でキャスターの死体を俺の方へと放り投げた。

 

「何して…!!」

 

俺の足下へと転がってきたキャスターの死体を見て、俺は言葉を詰まらせる。

 

一見すると、それは単なる左胸に風穴のあいた無惨な死体である。しかしその貫かれた風穴からは血ではない別のドロドロとした液体が噴水のように吹き出している。それが俺の肌にかかると、気持ち悪いほどに冷たいのだ。

 

ーーーなんだ…これ…!!

 

「わかったろ、そいつは偽物だ。本物はまだどっかで生きてやがる」

 

「偽者って…!!」

 

目の前にあるそれが、命あるものだったとは俺だって思えない。それでも、あれほど強力な魔術を放っていたキャスターが偽者であったということが、俺にはすぐに受け入れることができなかったのだ。

 

ランサーは辺り一帯に視線を巡らせ、キャスターの姿を探す。しかし、時間が経ってもキャスターは姿を現すことはなく、ランサーはばつの悪そうな顔を浮かべた。

 

「チッ…」

 

するとランサーは静かに俺の方へと歩み寄る。

 

「撤退だ、坊主。キャスターはもう巣穴に引っ込んじまった」

 

 

ーーーえ?

 

 

「…どういうことだよ。ここがキャスターの陣地だろ?それならまだ、この先にキャスターがいるんじゃないのか?」

 

ランサーはそれを聞くと面倒くさそうに、ああ、とだけ答える。

 

「じゃあ何で撤退なんだ?向こうが逃げたって言うなら、それはお前に勝てないって判断したってことだろ?なら…」

 

「此処はな、坊主」

 

ランサーは俺の言葉を遮る。

 

「あの女の手のひらの上(神殿)だ。とりわけ魔術師のサーヴァントの工房ともなれば、それだけおっかない場所なんだろうよ。長居するような場所じゃねえ」

 

「…!!」

 

「わかったら…」

 

 

ーーー瞬間、腹部に衝撃が走る。

 

 

「ガッ…!?」

 

「…大人しく帰ろうや」

 

それがランサーによるものだということは、俺の体が倒れる寸前に理解した。

 

 

ーーー衝撃と、これまでの疲労が重なって意識が薄れていく。

 

ーーー目を閉じる直前に俺が最後に見たのは、無表情のまま俺を見下ろすランサーの紅い瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…悪く思うなよ坊主。俺だってこんな湿気た終わり方望んじゃいねえが…」

 

そう言うとランサーは倒れたその少年を軽々と持ち上げ、その肩に担いだ。

 

「…てめえの命が最優先ってのがマスターの命令だ」

 

やれやれ、とランサーは呟く。

 

「…ったく、素人がゴチャゴチャ口出しするもんじゃねえよ。大体な、泣きたいのはこっちだってんだ…二度も殺し損ねるなんざ、英雄が聞いてあきれるぜ」

 

ランサーは気を失っている少年の表情へと視線を向ける。

 

 

「お前もだけどよ…って、聞いちゃいねえか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー辺りには何百、あるいはそれ以上の数の無惨な死体が累累と重なり、鉄の焼けるような臭いが漂っていた。

 

 

またこの夢か。最初、俺はそう思っていた。

 

 

しかし時間が経つにつれて、そこが俺の脳裏に深く刻まれたあの場所ではないということに気付く。

 

 

倒れている者は皆同様に、手には剣や槍といった各々の武器を持ち、その身を鋼鉄の鎧に包んでいるのだ。

 

 

ーーーなんだ、ここは…?

 

 

俺はさらに意識を集中させ、自由の効かない視界を動かそうとする。

 

不思議なもので、目を見開こうとする感覚はなかった。

 

ただ、自分がまるで映画の登場人物の一人で、それでいながら何かスクリーンを通してその光景を見ているかのような、そんな奇妙な感覚だったのだ。

 

 

ーーーここは…そうか。

 

 

夢であるということにはすぐに気が付いた。普通夢を見ているときは、自分が夢を見ているということに中々気が付かない。それが例えどんなに奇妙なものであっても。しかし今の自分には、これが夢の中であるということをすぐに受け入れることができた。

 

 

不気味なほどの静寂に、俺は寒気がした。辺りには死体、死体、死体。その鎧の背後を剣で貫かれている者、首と体が別れてしまっている者、鎧の僅かな隙間を矢で貫かれてしまっている者。

 

 

ーーーそう、それらは全てが殺された死体。

 

 

死体には見|()()()()いるが、明確な殺意をもって殺されたモノを見るのは初めてであった。

 

 

 

ーーー此処は、戦場だ。

 

 

戦火が風に吹かれてゆらりと揺らめく。

 

 

そこが戦場であると気付いてからは、俺の意識は妙に冷静であった。ただひたすらに思うのは、こんな景色に覚えはないということだけだ。

 

 

 

ーーーそんな中、俺はある人影に気が付く。

 

ーーー無数の死体の転がる丘の上に佇む、一人の人物に。

 

ーーー傷だらけの鎧を纏いながら剣を杖に、ただ一人で。

 

 

その人物が、何かに呼ばれたかのように、ゆっくりと俺の方へと振り返る。

 

 

ーーーあれは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…セイ…バー…?」

 

「!!」

 

 

ーーーそこは、見覚えのある天井。

 

 

「…俺の…部屋?」

 

「マスター…!」

 

そして、聞き覚えのある声。

 

ゆっくりと上体を起こし、布団の横にいるその声の主へと顔を向ける。

 

「セイバー…ッ!?」

 

しかしその顔を見た瞬間、激しい頭痛がした。

 

「おい、しっかりしろ…!」

 

フラりと再び倒れそうになった俺の体を、セイバーが咄嗟に支えてくれた。

 

「悪い、大丈夫だ…ありがとう、セイバー」

 

「マスター…」

 

ズキリと脳を針で刺すような痛みが、頭の中を駆け抜ける。しかしその痛みもしばらくすると、少しずつ安らいでいった。

 

 

「…セイバー…そうだ、俺は…!!」

 

 

痛みが和らぐと同時に、思考もクリアになる。

 

「キャスターは…アイツはどうなったんだ!?それに、ランサーも!俺は一体…」

 

「話す。だから落ち着け、マスター」

 

そう言うとセイバーは体を包み込んでいた鎧を消し、昨日買った衣服を纏ったその姿を現した。

 

「…セイバー?」

 

その時、俺はどこかセイバーの様子が違うような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…じゃあ結局は、俺はランサーに助けられたのか」

 

セイバーに事の顛末を聞かされ、俺はようやく自分の置かれた状況を全て把握することができた。

 

「…そうよ。それと、私のアーチャーにもね」

 

「え…」

 

振り返って見ると、そこには遠坂がいた。

 

「遠坂?お前、なんでここに…あいたっ!?」

 

瞬間、頭を殴られたのか、鋭い痛みが響く。そしてそれが、遠坂によるものだということは、すぐに理解できた。

 

「なんで?…じゃないわよ!心配してついてきてあげたんじゃない」

 

遠坂は震える拳を抑えると、悶絶する俺を睨み付ける。

 

「ああ、いや…ごめん、遠坂。セイバーから話は聞いたけど、結局自分じゃ何が起こったのか分からなくてさ。……なんで俺がキャスターに拐われたのか、全く思い出せないんだ」

 

「それは…」

 

遠坂はセイバーの隣に静かに腰を下ろした。

 

「恐らくキャスターの魔術で操られていたのよ。迂闊だった…衛宮君に術が仕掛けられていたことに気付かなかった私にも、少し責任があるかも」

 

 

「…いや、遠坂は何も悪くないだろ、悪いのは…」

 

「ーーーオレだ」

 

 

ーーーえ?

 

 

俺と遠坂の視線が、声の持ち主…セイバーへと集まる。

 

すると、俯きがちだったセイバーのその視線も、静かに俺の視線と重なった。

 

「…オレの失態だ、マスター。気付かなかったのもそうだが、オレはマスターが拐われたその時、マスターの側に…」

 

「そんなこと…!!」

 

『…全く、その通りだな』

 

その時、聞き覚えのある低い男の声が部屋の中に響く。

 

「お前は…アーチャー…!!」

 

姿の見えない相手に、俺はその声の持ち主の名を呼ぶ。

 

…すると魔力の粒子と共に、そいつは姿を現した。

 

「マスターを守ることこそがサーヴァントの存在意義だ。ならば、マスターを守れないサーヴァントに、一体なんの価値がある?」

 

「…!!」

 

俺はその言葉を聞いて黙っていられなかった。一瞬で顔が熱くなったのが自分でもよく分かる。しかし、反論しようと立ち上がる俺を、遠坂は視線で制した。

 

「…貴方には見張りをしているように言ったはずよ、アーチャー。マスターである私の命令を忘れたのかしら?」

 

すると彼女は、自身のサーヴァントを鋭く睨み付ける。

 

「…昨日の今日だ。こんな朝方に奇襲をしかけてくるような輩はいないだろう」

 

アーチャーはそう言うと、黙ったままのセイバーを見た。

 

「そんなことよりも、私は最優のサーヴァントとやらの言い分を聞いてみたいものだな」

 

「…ッ!!」

 

いつものセイバーなら、これほどにまでアーチャーに侮辱されて黙っていられるはずがない。しかし今の彼女はただ睨み返すだけで、その小さな体を強ばらせていた。

 

「…フン、黙ったままか。だが小僧、これで貴様もよく理解しただろう。お前が命を預けたその剣は、所詮は戦うことしか頭に無い欠陥品だとな」

 

「言わせておけば、てめえ…!!」

 

我慢の限界だ。ついに俺は遠坂の制する手を振り払い、目の前にいるこの男に掴みかかろうとする。

 

 

 

ーーーしかし

 

 

 

「…よせ」

 

「…!?」

 

俺とアーチャーとの間に、セイバーが割って入った。

そしてアーチャーへと伸ばされた俺の腕を、静かに下ろさせた。

 

「悪い、マスター」

 

そう言うと彼女は視線で俺に座るように促す。

 

「セイバー…」

 

他の誰でもないセイバーから止められ、俺はその手を止めざるを得なかった。

そして俺は、なぜ彼女に手を止められたのかもわからない。

「…なるほど。思っていたよりは思考は冷静だな」

 

アーチャーがセイバーを嘲笑う。

 

 

ーーーこいつ…!!

 

 

「…アーチャー」

 

その時、遠坂が口を開いた。すると彼女は手の甲に浮かぶ令呪をアーチャーに見せながら、言葉を続けた。

 

「もう気が済んだ?だったら早くここから消えなさい。私がまた、つまらないことで令呪を使っちゃう前に」

 

「…」

 

遠坂の鋭い言葉が部屋に響き渡る。アーチャーはそれを聞き、そしてしばらくの沈黙の後、俺たちの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね…アイツ、根は悪い奴じゃないと思うんだけど…後で私からキツく言っておくわ」

 

「いや…俺の方こそ冷静じゃなかった。それに遠坂が謝るようなことじゃないだろ?空気を乱したのは俺とアイツだ」

 

「いえ…ううん、でも良かったわ」

 

「遠坂…?」

 

良かった…?

 

「この前のバーサーカー戦の時といい、さっきのことといい、アーチャーのやつ、衛宮君たちに喧嘩売るようなことばっかりしてるじゃない?」

 

…確かにそうだ。あの夜、バーサーカーに向けたあの一撃()だって、どう考えたってセイバーや俺を巻き込む前提で放たれたものだ。さっきの言葉だって、いくら聖杯を争うサーヴァント同士だとはいえ、共闘者に向けて言うものだとは俺には思えない。

 

「だからね?私、衛宮君に協力関係を破棄されるんじゃないかって…ちょっと思ったのよ」

 

ーーーなるほど。

 

「そんな…前にも言ったけど、俺は遠坂と争うつもりはない。だから、せっかくの今の関係を俺は終わらせようなんて思わない」

 

そうだ。確かにアーチャーは俺たちにとっても黙認できる存在ではないかもしれない。しかしそれ以上に俺は、遠坂と敵同士になんてなりたくない。今の関係が崩れてしまったら、俺たちはこうして話し合うことすらできなくなるじゃないか。

 

遠坂は俺の言葉を聞くと、少し微笑んだ。

 

「…そう言ってもらえると、こっちも嬉しいわ。うん、協力者に衛宮君を選んで良かった」

 

「遠坂…」

 

そこで笑っているのは、紛れもなく俺の憧れていた遠坂凛その人だ。

 

ーーーいかんいかん、余計なこと考えそうだ。

 

「まあ、衛宮君は良いとして…セイバー、貴女はどうかしら?」

 

「!!」

 

俺はセイバーへと視線を移す。

「…どういう意味だ?」

 

セイバーは視線だけを遠坂に向け、静かにそう言った。

 

「どうもこうも、私たちの話聞いてたでしょ?私と衛宮君が手を組むこと決めたのって、私たちが勝手に決めたようなものだし。この際、貴女の意見もちゃんと聞いておくのが筋ってものじゃない」

 

「オレは…」

 

セイバーはその時、ようやく顔を遠坂へと向けた。

 

「前にも言った。マスターが決めたことなら仕方がないし、オレはそれに従う。それにお前たちには借りができた。アーチャーの野郎はいずれあの首をぶった斬ってやるが、手を組んでいるうちはそれも無しだ」

 

「セイバー…」

 

少し物騒なことも言っていたが、遠坂はそれを聞くと満足気に頷いた。

 

「そう、ならいいわ」

 

遠坂はそう言うと、静かに立ち上がった。

 

「遠坂?」

 

遠坂はそのまま俺とセイバーの前を通り過ぎ、扉の前で立ち止まる。そして振り返ると、

 

「…少し席をはずさせてもらうわね。色々あったんだし、二人でちょっと話でもしてみたらどうかしら。ねえ、セイバー?」

 

「…え?」

 

俺は遠坂の言う意味がよくわからず、セイバーへと顔を向けたが、セイバーは黙ったままだ。

 

「気を悪くしないで欲しいんだけど…アーチャーの言っていたことも、私は一理あると思うわ。この先もっと戦いは厳しくなるだろうし、衛宮君っていうマスターを引いた以上、気を引き締めていかないと」

 

ーーーよく意味が分からないが、要するに俺はダメだってことだろう。

 

「…余計なお世話だ」

 

セイバーが口を開いた。

 

「…そうね、ごめんなさい。じゃ、二人ともまた後でね」

 

遠坂が部屋を出ようとした。しかしその時、

 

 

「…おい、赤女」

 

セイバーが遠坂を引き留める。

 

「…なに、セイバー?」

 

 

「…アーチャーのやつに伝えておけ。偉そうにサーヴァントを語るのは、マスターの命令に従えるようになってからにしろってな」

 

 

ーーーその時俺は、目が覚めてから始めてセイバーがセイバーらしく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠坂は部屋を後にし、残されたのは俺とセイバーの二人だけになった。どこか気まずい空気が流れていたので、俺からとりあえずセイバーに話しかけてみる。

 

「な…なあ、セイバー…さっきのことだけど」

 

「なあ、マスター」

 

しかし、俺が話をかけたその時に、セイバーも口を開いていた。二人の声が同時に重なり、一瞬言葉に詰まる。

 

「あ…なんだ、セイバー?」

 

「いや、いい。用があるならマスターが先に言えよ」

 

なんだかやっぱり、先程からセイバーの様子がおかしい。遠坂もこれに気付いていたんじゃないか?

 

「そうか…じゃあ…なあ、セイバー。なんであの時、俺を止めたんだ?」

 

セイバーは眉を潜めた。

 

「あの時って…」

 

「ほら。アーチャーのやつが、セイバーのことを好き勝手言ってただろ?あの時俺…」

 

セイバーが拍子の抜けたような顔を浮かべる。すると、あーはいはい、と俺の言葉を遮る。

 

「あれは…あー、なんだろうな…強いて言うなら…いや違うか。うーん?」

 

「…セイバー?」

 

彼女はしばらく考えていたようだが、時間が経つにつれてその表情は次第に険しくなっていった。

 

「マスターはさ、自分がやったらヤバイこと、誰かにさせられる?」

 

「…え? 」

 

突然の問い掛けに、今度は俺が眉を潜める。

 

ーーーヤバイこと?ヤバイことってなんだ?

 

「例えば…?」

 

「ーーー誰かを殺すとか」

 

「!!」

 

セイバーの回答は早かった。

 

「そりゃ…ダメに決まってるじゃないか…」

 

当然だ。そんなこと、俺のしらない、どこの誰がやろうとも、俺は許されることではないと思っている。

 

「でも、それが何の関係が…」

 

「…あの時さ」

 

セイバーが口を開く。

 

「マスターがあの色黒に殴りかかろうとしてなかったら、オレがやってたと思う」

 

「え…?」

 

セイバーはばつの悪そうに笑みを浮かべると、言葉を続けた。

 

「ぶっちゃけ、冷静じゃなかったのはオレなんだよ、マスター。危うくマスターを死なせちまうとこだったってさ、勝手にずっと苛ついてたんだ」

 

ーーー!!

 

「そしたらアイツ、オレのこと好き勝手言ってきやがってさ。参っちゃうよな。言ってることが正論だって分かってるのに…それなのにオレ、ムカついたもんで理性が吹っ飛んで殺しちまいそうだったよ、マジで」

 

「…」

 

そう言うと、セイバーは俺へと顔を向ける。

 

「でも」

 

「?」

 

「いよいよ我慢の限界って時になってさ…そうしたら、今度はオレじゃないどっかの誰かが、自分のことでもないのに勝手にキレやがった」

 

「いや…それって…」

 

ーーーどっかの誰かって…俺か?

 

俺は視線でそう尋ねると、セイバーは愉快気に頷いた。

 

「それ見たらなんか可笑しくなっちゃってな。だって変だろ?他人のことなのに本人より先に耐えられなくなってんだぜ?ただでさえ自分の命の危機だったってのにだ。オレ、不思議と頭が冷静になったんだよ。さっきまであんなに苛ついてたってのにさ」

 

「…自分の仲間があんなに馬鹿にされてたら、そんなの自分が馬鹿にされてるのと同じだろ?セイバーが傷つくようなこと言われてたら、俺だって…」

 

「ッ…ハハハハッ!!」

 

ーーー突然、セイバーが大声で笑い出した。

 

「なんだよセイバー。俺、おかしなこと言った覚えはないぞ」

 

「ああ、悪いマスター。でも、別に格好つける台詞言う必要なんかないぜ」

 

「そんなつもりじゃ…!!」

 

しかし、反論しようとしたところをセイバーが遮る。

 

「ま、それは置いとけって。オレが言いたいのは、逆の立場だったらマスターはオレを止めてただろうな、ってことだけ。だからオレは、あの時マスターを止めたんだよ」

 

「…それは」

 

ーーーどうだろうか。もしも仮に、アーチャーに殴りかかろうとしていたのが俺ではなく、剣をかざしたセイバーだったら?

 

たしかに、あの時俺はセイバーを嘲笑うアーチャーに怒りを抱いていた。それだけは間違いない。

 

ーーーしかし、もしも…もしもセイバーがあの瞬間、本当にアーチャーと殺し合いを始めようとしたら…

 

ーーー俺は、黙ってそれを見ていることができただろうか?

 

 

 

「…オレを止めたのはマスターで、マスターを止めたのはオレってわけだろ。それが正しいかはオレは知らんが、マスターはどう思うよ?」

 

セイバーがニヤニヤと笑みを浮かべる。それは馬鹿にしている訳でもなんでもないということは分かるが、どうしてか俺は急に恥ずかしくなった。

 

「ごめん。セイバー、ありがとう」

 

セイバーの気持ちになっていたつもりだった。でも、俺が考えるよりもセイバーはもっと考えていて、なんだか自分の存在が、体の小さいセイバーよりもずっと小さく見えた。

 

「よせよ。謝るのはオレのほうだっての」

 

「え…?」

 

見れば彼女の表情は、真面目なものになっていた。

 

「…昨日は、マスターを危険な目に遭わせちまってすまなかった」

 

ーーーセイバーは突然、頭を下げる。

 

そのあまりにも唐突なセイバーの行動に、俺は少し混乱してしまった。

 

「え、いや…その…セイバー」

 

どこからつっこめばいいのか、もとい何と言い返せばいいのかわからず、言葉に詰まる。

 

「…とりあえず頭を上げてくれ」

 

すると彼女は、俺の言葉通り顔をこちらへと向けた。

 

「俺はセイバーに謝られるようなことをされた覚えはないし…そもそも昨日の件だって、セイバー一人が悪い訳じゃないだろ?」

 

「…いや、マスターの命の危機だったってのに、オレは何もできなかった」

 

「それは…!!」

 

それは違うと、俺は言おうとした。俺が狙われたのだって俺自身の不注意だし、話に聞けば、セイバーだって必死で俺のことを助けようとしてくれたらしいじゃないか。

 

しかし、セイバーは俺が何か言おうとしたのを察すると、静かにそれを制した。

 

「だからさ、マスター。この謝罪は、今後オレがまたやらかしちまわないようにするための、マスターとの約束とでも思って受け取っといてくれよ」

 

「セイバー…」

 

彼女は、俺を落ち着かせようとして気を遣っているのか、それとも照れ隠しか、少し困ったように笑っていた。

 

「…分かったよ、セイバー。でも、俺からも一つ約束して欲しい」

 

「…?」

 

セイバーは首を傾げる。

 

「もう二度と、何があっても自分一人が悪いなんて言わないこと」

 

「…!!」

 

「そりゃ、セイバーに助けてもらわないと俺にはまだ何もできないけど、それでも一緒に戦うって決めたんだ。自分の命の責任くらい、聖杯戦争に参加するって決めた以上は自分でとらないとダメだろ?」

 

俺がそう言うと、セイバーは驚いたような表情を浮かべ、一瞬沈黙した。

 

しかし、

 

「ふうん、なるほどね…確かに、それはそれで一理あるかもな。…で、それはマスターからのオレへの命令ってことでいいの?」

 

ーーーへ?命令?

 

「命令って…俺はただ、セイバーに…」

 

命令って言い方だと、まるで俺が強制させてるみたいであまり良い感じがしない気がする。俺は単に、セイバー一人に責任を負わせたくないだけなのだ。

 

しかし、俺がセイバーへ視線を向けると、彼女は頬杖をつきながら、何故かは知らないけどどこか嬉しそうにこちらを見ていた。

 

ーーーうわ…

 

俺はセイバーのその姿と表情に、一瞬気をとられていたが、

 

「…ただ、何?」

 

「えっと…いや、うん。まぁ、セイバーがそれでいいなら、それでもいいか…な?」

 

そう言うと、彼女はまた嬉しそうにニヤリと笑うのだ。

 

 

 

「そうか、そうか。マスターの命令だっていうなら、しょうがないな。そのオーダー、しかと受け取ったぜ、マスター?」

 

透き通るような白い歯を見せながら、満足げに笑みを浮かべるセイバー。その表情は、バーサーカーやランサーと死闘を繰り広げていた剣のサーヴァントのものではなく、年相応の少女のそれであった。

 

彼女(少女)がかつてどのような人生を歩み、どのようにして英霊とまでに至ったのか、俺は全く知らない。しかし、彼女の振る舞いを見ていると、はたしてそれがどのようなものだったのかーーー俺は、やはりそれが少し気になる。

 

俺はセイバーへと顔を向け、その表情を眺める。

 

ーーーその時俺は、なぜか夢で見たあの光景を再び思い出していた。

 

「…なんだよマスター、人の顔をジロジロ見やがって」

 

 

 

 

ーーー無数の剣と死体が転がる、あの赤い丘。

 

ーーーそして、そこに立っていたのは……

 

 

 

 

「おい、オレを無視するな!!」

 

脳に突き刺さるような大きな声が、耳元で響く。

 

それと同時に、俺の意識も現実へと戻ってきた。

 

「うをっ!?わ、悪い…セイバー。少しぼうっとしてた」

 

俺はそう言うと跳び跳ねるように体を起こし、一度深呼吸をする。

 

「そろそろ居間に行こうか。きっと、遠坂も待ってるだろうし」

 

「まあな。さっさと今日の方針を決めて、何か旨いもんでも作ってくれよ」

 

「おう、任せてくれ」

 

イリヤとバーサーカー。キャスターと、彼女と手を組んでいるというもう1人の男のサーヴァントーーーそして、学園に仕掛けられたという謎の結界。

 

 

ーーーきっと俺たちがやらなくてはいけないことは山積みなのだろう。

 

ーーーしかし、隣にいる少女ーーーセイバーを見ていると、なぜか不安が和らぐ。

 

 

「…ありがとう、セイバー」

 

俺は無意識に、そんなことを呟いていた。

 

「あ?何か言ったか、マスター?」

 

セイバーが振り返る。

 

「あ…いや、なんでもない」

 




お久しぶりでございます。
枝豆畑です。

忘れられたころに更新することに定評のある本作ですが、今回は前回の更新から実に3-4ヶ月?も経過してしまいました。
しかも何度も「もうすぐ更新できます」とかほざいてしまいました。

本当に申し訳ございません。

4,5月くらいには既に書きはじめてはいたのですが、如何せん忙しさが続いてしまい、終盤まで書き終えることができずにいまして。

ようやく終わったと思えば、FGOで円卓回が始まってしまい、それをプレイしていたら「ああ、モードレッドってこういう面もあるんだな、言うんだな」など一人勝手に考えてしまい、書き終えた今回の話の半分を再度書き直すという事態になっておりました。

さて、今回は更新が遅かった割りには新たな動きは極めて少ないです。
というわけで次回辺りからはもっと聖杯戦争していきたいので、また更新できるようにがんばります。

これからも本作をよろしくお願いいたします。









以下、本編とはあまり関係ありません。


fgoの六章は、なんというか流石奈須きのこ先生と言いますか、やはりこの人の描くfateって面白いなー、なんて思いました。ネタバレに繋がるので深くは言えませんが、ガウェインもアグラヴェインも、それぞれの行動に彼らなりの王への思いがあるというか、なんというか。まだ全ての章が終わった訳ではありませんが、すごい面白かったです。(小並感)

特にベディヴィエールの真実とか、最後のアグラヴェインのシーンとか、今までほとんど関わったことのない?キャラクターのはずなのに、勝手に感情移入してました。

是非ともプレイしていただきたい。




あとどうでもいいけど、strange fake の3巻、まだ読んでない。
はよ読みたい。

それでは。
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