ミリの案内で街を進むと、
「屋台が増えましたね」
通りの両端に、縁日で見かけるような屋台がポツポツと現れ始めた。綿菓子や焼きそばなど、見慣れた食べ物は一切無いが。
「何か食べますか? お昼には帰れそうにありませんし、ストロさんからもそう言われています」
「ストロさんはいいんですか?」
「ご飯、作り置きしてありますから」
「…………」
当主の扱いがぞんざいである。
「……じゃあせめて、お土産を持って帰りましょう。申し訳なさすぎる」
「! それはいい考えですね!」
__考えなかったのか……。
「それで、何を食べますか?」
「うーん……。と言われても、見た事ある食べ物が無いんですよね……。オススメとかありませんか?」
「そうですね……」
クルルの質問に、ミリはしばらく辺りを見回す。
「あ、これなんか美味しいですよ。私も大好きです」
ミリが近付いた屋台には、“ノムットの葉焼き”とある。
「二つ下さい」
「まいど〜。ハズル四枚になります」
__ハズル?
「お金の単位です」
そう言ってミリは、一円玉ほどの大きさの、銀色の硬貨を取り出した。
__通貨はハズル。よし、覚えよう。
「またどうぞ!」
包んである紙を開きながら、クルルは訊ねる。
「一ハズルの価値って、どのくらいなんですか?」
「そうですね……一食食べようと思ったら、ハズル十枚ほどになりますね」
東京で一食食べようと思ったら、平均して五百円といった所だろう。それが十枚であるならば、
「ハズル一枚は、大体五十円か」
かなり安い物価。東京の半分と言ってもいい。
「魔法の一言で片付く世界なら、手間もそんなにかからないって事かな」
「魔法もそこまで万能じゃないですよ? 種類は相当多いですが、使用範囲はかなり限られてしまいますから。ストロさんのように多種の魔法を扱える人は、稀なんです」
クルルの声を聞き取ったのか、ミリが言う。
一つの事柄に対し、絶対的に点で貫く魔法。一つの事柄に対し、様々な面で受ける科学。
「そう言われると、魔法と科学って対極の存在なのかもしれないなぁ……」
「奥が深い話ですね……。考えさせられます。__さ、早く食べちゃいましょう。冷めちゃいます」
「ですね」
クルルは改めてノムットの葉焼きに目を落とす。
元の色は黄色がかっているが、今は少し焦げ色がついている。掌ほどの大きさで、厚さは一センチ強。何となく、厚焼きのベーコンを連想する。
「…………」
口にした事の無い食べ物というのは、実は食べるのにそれなりの勇気が必要である。だが、
「はむっ」
隣で美味しそうに咀嚼するミリを見て、クルルもかぶりつく。
「! 美味い!」
サクッ、という軽い食感。まるでパイ生地のよう。仄かに香る柑橘系は、かかっているソースか。
「野菜しか食えないって聞いて軽くショックだったけど、こりゃいいや」
「? 野菜しか食べられないわけじゃないですよ?」
ミリは不思議そうな顔をする。
「え? いやでも、昨日から野菜しか食べてないですよ」
「ここは内陸なので、結果的に野菜メインになりますけど……。魚も食べられますよ」
会話に、“肉”が一切登場しない。
それがひたすら気になるクルルは、おそらくタブーである事を承知の上で思い切って訊いてみる。
「肉は……食べないんですか?」
驚く、あるいは怒ると思っていたミリは、複雑な表情を作る。
「……食べない事はありません。ただ、元々肉自体が高価な上に、何の肉が判別できない事が多いので……」
「あー、そういう事ですか」
__確かに、得体の知れない肉は食べたくないよなぁ。
「……万が一にも、共食いはしたくないんです」
「ん? 何か言いました?」
「いえ、何でもないです! __クルル君は、チキューで肉を食べていたんですか?」
「はい。多分、ノグリスほど高価じゃないんで」
「何の肉ですか……? 鹿、とか?」
「…………」
最初にそれが出てくる辺り、カルチャーギャップを感じる。
「……いや、牛とか豚ですよ」
「牛⁉︎ 豚⁉︎」
凄まじい反応をされた。間違いなく、出会ってから最高の反応である。
「は、はい……」
目の前一センチまで迫った美少女の顔に、クルルは一歩退く。
「最高級食材じゃないですか……。平民なんてもっての外、貴族でも、限られた上流階層が祝いの場で食べるしかできないと言われる肉を……」
「そ、そうなんですか……」
よく分からないが、どうやら爆弾発言をしてしまったと自覚するクルル。
「クルル君は、チキューでは王様か何かだったんですか?」
「ぶはっ!」
かなり真顔で訊いてきたミリに、クルルはノムットの葉焼きを吹き出してしまう。
「クルル君?」
「違いますよ。何の変哲も無い平民でした」
「平民で牛肉や豚肉を……⁉︎ チキュー……なんて裕福な世界なんでしょう……」
「うーんまあ、否定はできないですね……。国や地域によって、貧富の差は凄いですけど」
ミリが話すノグリス事情を聞く限り、日本がどれだけ裕福か思い知らされる。
「科学が発展した、魔法の無い裕福な世界……。いつか行ってみたいです」
遠い異世界に思いを馳せるミリを見ながら、
「……そんなに素晴らしい世界じゃないですよ」
どこにあるかも分からない故郷を思い浮かべて、クルルは呟いた。