一級冒険者がサポーターなのは間違っているだろうか 作:ジェイ
プロローグですが感想下さると嬉しく思います。
それは月の光が辛うじて射し込む路地裏での出来事。
表通りは様々な人々の喧騒で賑やかなにの対して、路地裏はそれが嘘の様に静まり返っていた。微かに聞こえる声や物音がそれを強調し、まるで異界の様に錯覚してしまう。
「―――――」
しかし少年にとっては違う意味で異界に踏み込んだ様な感覚であった。
この日、狼人の少年は表通りの喧騒から隠れる様に、獲物を狙う狩人の様に路地裏の物陰に身を潜め、本日の糧を狙っていた。獲物はいつもと同じ通行人の食料や金といった生きるのに必要なものである。
少年には帰る家や、帰りを待つ親がいなかった。気が付いた時には孤児院にいたが肌に合わず、単身孤児院を抜け出し生きるためにこれまで盗みを働いてきたのだ。
いつもと同じ、そう心苦しくも己に暗示をかけ獲物を絞り、獲りやすそうな獲物を見つけた。
見た目は綺麗な女だった。いや、綺麗どころか絶世の美女だった。特長と言える長く黒い髪をストレートに流し、大きな瞳と高い鼻、艶のある白い肌と健康的な唇、理想的な卵形の輪郭、それらのパーツが絶妙に合わさった芸術品に思わせる造形美。さらに女性的象徴も平均を越える膨らみが服の上からもわかるほどである。それでいて細身であると錯覚させるほど女の肌の露出した腕や足は細かった。
そんな絶世の美女が笑みを浮かべながら表通りを歩きながら唐突にたち止まる。
何かを探す様に己の持つ鞄を探っているが、少年にとっては格好の餌食であった。何故なら女は隙だらけだったからだ。
美女故に周囲は女に気を使い距離をあける。女は探し物に夢中で周囲の警戒心がまるでない。これではまるで盗ってくれと言わんばかりであった。
少年は目を閉じて自己暗示をかけた。
(生きるために、生きるために、生きるために、生きるために!)
少年は己の行為が悪である事を自覚していた。肌に合わなかったとはいえ孤児院に身を寄せていたのだ、それくらいの常識は身に付いていた。それでも生きるために盗みを働く。それが如何に罪深き行為であるか理解しているからこその自己暗示だった。故に毎回己に暗示をかけ良心を押し退け盗みを働いていた。
覚悟は決まった!と少年が目を開けた瞬間
「君は何ぃ~?」
間延びした声が背後から響き驚き振り返ると、そこには獲物の美女が笑みを浮かべながら少年を眺めていた。
その姿は絶世の美女では到底敵わないほど美しかった。その姿に少年は見惚れ、ただ美女、いや女神を眺めてしまった。
「ねーえー、私を見てたでしょー?どうしたのぼくぅー。お腹すいたのー?」
ある種の衝撃ににより呆然と女を見つめる少年をよそに女は聞き返す。少年はその声に「え?いや、あの」などと返事に困った様子であるが、それも仕方ないかもしれない。
つい数瞬まで獲物と認識していたモノが笑みを浮かべながら己に語りかけているのだ。困惑するのも当然と言える。
「むぅーー、何で何も言ってくれないのー?ねぇ君は゛何がしたい゛の?何のために私を゛狙っていた゛の?」
「………生きるために」
女の質問に即答した。それまでの混乱など無関係とばかりに少年は答える。女の言葉の意味など考えず、己の意図を見抜かれた事に気が付かず反射的に答えた。
全ては生きるために。
罪に目を瞑り、常識に背き、道徳を踏みつけ、ただ生物の本能に従い生きるために他を陵辱する。少年はそれしか術を知らなかったからだ。
「………そっか」
女は瞳を閉じ考える様に、しかし全てを分かっているかの様に言葉を紡ぎ
「命じる」
瞬間、世界は隔離された。
己の視界が正常ならば何も変わっていない。音も匂いも風も何も変わっていない。それなのにまるで異世界に放り込まれたかの様な感覚に襲われ理解した。この美女は―――
「汝、我が眷族として生きよ」
「………俺は貴女の物です」
―――゛超越存在゛神であることを。
この日、新たな゛神の眷族゛が生まれた。
きらびやかな表とは別の裏の片隅で。
誰とも知れず結ばれた絆。
それは始まりの物語。
月と美を司る女神と、一人の狼人の記録を綴る、それだけのお話。