アンチリリカルな日々 作:平乃
腐れ外道でありかつド阿呆な少年の無駄話に付き合ってやるという寛大な御心を持つ方は、どうぞ鉄拳のご用意をしてお読み下さい。
世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだ、とは誰の言葉だったか。
起きてしまった事を悔やむより、それに立ち向かうべきだ、という考え方は、なるほど正論だけれど、実際に立ち向かえる人間は世の中に何人いるのだろう。
少なくとも僕は悩みに悩んだ上で諦めて妥協するまで現実を受け入れられない。時間という無情の鉄槌に負けた結果。それは抗戦ではなく受容だ。
これも僕、
だから今「ああ、いっそ神に祈れば時間を巻き戻してくれないだろうか」とか考えているのも当然と言えば、当然なのかもしれない。
「……あ、あの、大丈夫ですか?」
「ああ、ごめん。無性に己の不運を嘆きたくなったんだ」
控えめに疑問を呈しながら、行儀良くベンチの右隣に座っているのは、名も知らぬ金髪美少女。
歳の頃は僕と同じ9つ位といったところか。
一際目を引く二つに束ねられた長い金髪と宝石のような赤い瞳。整った目鼻立ちに大きな瞳と白く華奢な体も相まって、まるで精巧な人形のような印象を受ける少女だ。着ている黒いワンピースも、その印象に拍車をかけている。
そんな美少女と僕が仲睦まじくベンチに座っているのには理由がある。
あ、少しだけ距離をとられた。馬鹿な、微笑ましい恋人を装った一世一代の微笑が逆効果とは。
ともかく、夕刻の海鳴市臨海公園のベンチに座る2人の出会いは約30秒前に遡る。
場所は日本、海鳴市。
中心に発展したビル街を置き、周囲を海と山に囲まれた街であり、僕が通う私立聖祥大付属小学校を含め、大学病院に市民プール、郊外に温泉まであるこの街は、海鳴りの名に相応しく海を臨む広い公園も備えている。
「あの、えっと、聞いてますか……?」
そんな臨海公園の一角、学校帰りに御使いを済ませた僕は黄昏る夕日を眺めながら、一人物思いに耽っていた。
「あのっ!」
突然、隣の少女に袖をつままれた。わずかに皮膚を巻き込んでいる為、地味に痛い。
「あっ、ごめんなさい」
「いや、別にいいけど」
誰でも自分の話を無視して、目の前でたった30秒前の出来事の振り返りをされれば怒るものだろう。
しかも、僕の話は自他共に認める無駄情報が付随する長話ときている。
「それって、自分が認めちゃダメなんじゃ」
この名も知らぬ美少女、なかなかに鋭い。
「あとその名も知らぬ美少女って」
「まあ、些末なことは気にするなよ。名もなき美少女」
「悪化してる!?」
でも美少女って凄いよね。前に何がついても負け組な感じがしないもん。
薄幸の美少女とか無駄に美化されるしね。美人薄命とか目茶苦茶不幸なのに、何か人生勝った気がするからね。
というか、美少女って言われる度に羞恥で真っ赤になっているけど、この子狙ってやってるんじゃないだろうか。
「という事で、そんな勝ち組の君の願いを聞こうじゃないか。家なき美少女」
「うぅ……わ、私にはちゃんとフェイトって名前があるもん」
フェイト、fate? ともあれ、やはり外人さんでしたか。日本語ペラペラじゃん、グローバル化すげぇ。
しかし、初対面でいきなり名前を名乗るとは。日本語に比べて、個人情報保護についてはみっちり教育されていないらしい。
「……だって、名乗らないと際限なく悪化しそうだったんだもん」
「ごめんなさい、調子に乗り過ぎました」
だから拗ねないで下さい。あと、二の腕をつまむのを止めて下さい。
「それで、コレが欲しいんだったっけ? フェイトさん」
話を戻して、フェイトさんにさっきベンチで拾った青い石を見せる。
菱形で青く輝く手の平サイズの石は夕日の光を反射して、のぞき込んだ内部は星空のように瞬いている。
そもそもの事の発端というのも、買い物帰り、ボーっとしていた時に偶然手に当たったコレを夕日に翳して眺めているところに、このフェイトさんが声をかけてきたという成り行きな訳だし。
「さっきは物思いに耽ってたって」
「格好つけたんだ。思春期だからね」
ともかく、控え目に「それを渡して下さい。渡してくれたらなんでもしますから」と申し出たフェイトさんに何をしてやろうと考えているわけだが。
「後半言ってませんよねっ!?」
チッ、覚えていたか。無駄話で記憶が曖昧になっていやしないかと期待したのに。
「まあ、冗談は置いておいて」
少し真面目なトーンになって、姿勢を正す。
根っからの真面目っ子であるらしいフェイトさんも、慌てて姿勢を正した。
「渡すのはいいけどさ。コレ、フェイトさんの物なの?」
「えっ……?」
予想外の問いかけだったのか、フェイトさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、固まった。
「それ、は。そんなの、えっと、もちろん」
その後すぐに口を開いたけれど、悲しいかな根っからの良い子であるフェイトさんは人を騙すのに向いていない。
「別にいいよ。深くは聞かないよ」
僕の言葉にフェイトさんは再度、固まった。その顔に罪悪感というか、叱られる子供のような後ろめたさがあるのは、もう隠しようがない。
まるで聖母のように穏やかな気持ちで、微笑を湛えながら僕は次の一言を発した。
「公にできない事の1つや2つあるものさ。盗品とかね」
「とっ……!?」
衝撃的に割と核心を突かれたフェイトさんは目を回して慌てまくっている。すごい、人の目ってホントにグルグル回るんだね。
「ち、違います! 私は、私はただ母さんに取ってこいって言われたから」
「あー、お母さんが盗ってこいってねー。あるよね、そういう児童相談所的な」
「ちがっ、違うよ? 日常的に鞭で打たれたりとかじゃないからっ!」
ああ、これは伝わっていないな。同音異義語って怖い。
あと鞭とかナニソレ、コワイ。
「まあまあ、落ち着いて」
「うぅ……誰のせいだと」
息を切らせて主張するフェイトさんの肩を叩いて落ち着かせる。
誰のせいと言われても、フェイトさんの反応が面白いのが悪いと思う。
……はい、ごめんなさい。僕が全て悪いので、恒例の二の腕つねりを止めて下さい。
「はい、コレ」
落ち着きを取り戻したらしい、フェイトさんに青い石を差し出す。
「えっ……いいの?」
もともと、誰の物かなんて僕は感知しない事だし、フェイトさんが持ち主だというなら渡すに決まっている。
それに彼女もなかなか苦労しているようだし、流石は家なき美少女。
「えっと、同情するなら石をくれ、ってこと?」
この子……できる!
「今どき1990年代まで網羅する博識なフェイトさんにコレを進呈しよう」
「あ、ありがとう?」
「どういたしまして。ところでフェイトさん、1つ頼みを聞いてくれるかい?」
首をかしげるフェイトさんへ、ベンチに置いていた買い物袋を1つ差し出す。
「できれば一緒に家まで買い物袋を持ってくれると有り難かったり……ダメかな?」
それというのも――僕がこの公園でボーっとしていたのも――それに起因するものなのだけれど、今は夕刻から夜の帳が下りる時間へと変わる時分。
唐突だが、僕には姉がいる。
僕と10歳違いの義理の姉だが、とかく鬱陶しい。炊事、洗濯を始めとして、およそ家事と呼ばれる事は全て僕に押し付け、果ては風呂で髪や体を洗う時、仕事帰りのマッサージに抱き枕の代わりまで。
見てくれだけは美人な為、知る人は羨ましがったりもするけれど、義理とはいえ肉親で、なおかつ流石に365日続けていれば、そんな気も擦り切れるというものだ。
「えーと、それって――それなんてエロゲ、だっけ?」
「エロゲじゃないッスね。ところでそれ誰に聞いたの?」
「リニスっていう私の教育係」
なに教えてるんスか、教育係さん。
先の僕のお願いを聞いてくれたフェイトさんが、買い物袋を1つ持ちながら隣を歩く。
さっきは一時的に公園で現実逃避していた僕だけれど、そろそろ時間的に更なる怒りを買いかねない。
そんな中、フェイトさんに一芝居打ってもらえば、夜道を帰る女の子を送る為に遅くなったって言い訳も立つって訳さ。
「それって、いったん家に帰って私を送るって事だよね? 帰る時間が遅くなるの関係ないと思うけど……」
なるほど、盲点だった。
かくなる上はフェイトさんをナンパしてデートした帰りだと言えば……うん、殺されるな。
「まあ、やってみなきゃ分からないさ」
のほほんと言い切って歩く僕の横で、先ほどから何やら考え込んでいるフェイトさん。
それは無駄話をしながら、商店街を抜け、閑静な住宅街に入り、一際高い高層マンションが見えてきたあたりで控え目に切り出された。
「あの、ちょっと聞いてもいいかな?」
何気ない素振りを装っているが、そこはフェイトさん、そんなに真剣な顔で、恐る恐る聞いてきたら誰だって何かあると思いますよ。
そもそも、僕に付き合って一緒に帰っているのだって、そのことを聞きたいからだろう。
じゃなきゃ、子供とはいえ初対面の子の家まで素直についてくるとは思えない。いや、フェイトさんなら、あるいは――言い包められている様子しか思い浮かばない、大丈夫か、この子。
まあ、それは置いておいて、フェイトさんの質問に頷きで続きを促す。
「私に、……最初、私が持ち主か聞いた、よね? なんで、そう思ったのかな」
想定通りの問いかけに、心の中で腕を組んで考える。
上手く煙に巻く言い訳はいくつもあるけれど、どれがいいか。
「ああ、それは――」
その時、僕の視界の端に見知った人物が映った。
聖祥大付属小学校の制服を着た、目立った特徴がなく、どの小学校にも必ず1人はいるという噂の平均的な日本人の顔立ちをした少年。
プレーンヨーグルトという二つ名を経て、今や「どこにでもいて、どこにでもいる」という
「ちょうどあそこにいる、同じクラスの斉藤って奴が言ってたんだよ。失くした青い石を探してるって」
「……そう、なんだ」
スッ、と目線が鋭くなるフェイトさんを横目に僕は僕で自分の予測が間違っていない事を確信していた。
おそらくフェイトさんの知りたかったのは「僕がフェイトさんを持ち主でないと疑った理由」、さらに言えば「僕の知っている石の持ち主」だ。
それこそ彼女があの石を回収する際の敵という事なのだろう。そもそも彼女は本来の持ち主ではないのだから。
「フェイトさん? そろそろ着くよ」
「あ、うん。わかった」
斉藤に鋭い視線を向けていたフェイトさんは僕の声で我に返り、すぐに後をついてくる。目的地は目の前、住宅街でも一際高い高層マンションだ。
「……あれ?」
そして、さっきとは違う困惑を顔に浮かべたフェイトさんを伴い、高層マンションのエントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。
「えっ、あれ?」
地上15階まで上がって、廊下を歩く内にフェイトさんの表情がさらに困惑に彩られていく。
「到着、ここだよ。ありがとう、とりあえず今日は素直に怒られる事にするよ」
ドアの前まで来たところで、目を点にしているフェイトさんから買い物袋を受け取った。
「フェイトさーん、どうしたの?」
固まったまま動かないフェイトさんの頬をつんつんとつついてみる。
反応なし。
「……チャーンス」
ニヤリ、と笑みを深めた僕は買い物袋から500mℓペットボトルのソーダを取り出して、そーっとフェイトさんのうなじへと近づけていく。
「あの、ここって――ひゃぁぁっ!?」
うなじに触れた瞬間、声を上げて飛び上がるフェイトさん。
うん、やはり良い反応だ。
「なっ、なな、なにするのっ!?」
「いや、つい反応が見たくなって」
少し涙目になりながら、抗議するフェイトさんについ本音が漏れてしまう。
「……うぅ~」
うっうー、とか茶化せる状態じゃないですね、はい。今日何度目か分からない二の腕つねりで不満を表すフェイトさんをなだめる。
「それで、何であんなに動揺してたの? まあ、大体予想はつくけど」
「えぇっ、何で分かるの!?」
なんでも何も、さっきから僕の部屋のドアと隣のドアを見比べているフェイトさんを見れば簡単に推測できるでしょうに。
しかし、まさか彼女がお隣さんとは、僕にとっても衝撃的だった。
「まあ、袖振り合うも他生の縁って言うし」
一つ咳払いをした僕は丁寧にお辞儀をして、さっきのソーダを差し出した。
「四之宮賛歌です。よろしく」
「あっ、あの、フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします」
慌ててお辞儀を返したフェイト・テスタロッサさんは、渡されるがままにペットボトルを受け取った。
その後、ファミリーネームを口走った事に落ち込むフェイトさんを慰めたり、フェイトさんが慣れない炭酸にむせたりと、別れ際まで慌ただしく、僕たちはそれぞれの部屋へ戻った。
まあ、そんな訳で――僕のお隣さんに魔法少女が越してきました。
ちなみに姉はソファで寝ていたらしく、怒られる事はありませんでした。
「
「あっそ。 ……寝る」
さして興味もなさそうに僕を引きずってベッドへ潜り込んだ義理の姉、未涼さんに抱き締められながら、僕は1人「これからどうするか」という、今日フェイトさんと出会ってから、ずっと頭を悩ませている問題について考えていた。
「なんだお前、うわなにをするやめrアッー!」
ちなみにその頃、とある民家で悲痛な少年の断末魔が聞こえたとか、聞こえないとか。
当方、これが処女作となりますので、御指摘・御感想は年中無休で募集中で御座います。
ちなみにフェイトのポンコツ化は仕様です。ご了承下さい。
不定期ですが、できれば最初は早めに投稿したいな、とかなんとか。
ではでは、次もお付き合い頂けると幸いです。