アンチリリカルな日々 作:平乃
人生は選択の連続である。
右か、左か。目の前の選択肢を眺めながら、僕は1人考える人の姿勢で硬直していた。
そもそも僕は決断するのが苦手だ。お風呂で右腕と左腕、どちらを先に洗うか迷った末に髪から洗うことが常であり、赤か青かと言われれば苦悩の果てに初号機を選び、右乳と左乳のどちらと聞かれれば、迷いなく両方と叫ぶ。
そんな優柔不断が服を着て歩いている僕のような人間に、この選択はあまりにも酷というものでは――、
「じゃ、アンタはこっちね」
非情な言葉と共に僕の手から奪われたペンは声の主である少女の手に渡り、右の線の先に僕の名前が書きこまれた。
「えっ、ちょ、何してくれてるんですか、アリス・ザ・バーニングハートさん」
「踏み潰すわよ」
いきなりプレイのお誘いとは――ごめんなさい、頬を餅のように伸ばさないでください。
「それにしたって、酷いじゃないか、アリサ。僕の選択権を無視するなんて」
「アンタを待ってたら休憩時間終わっちゃうでしょ。それにさっきのとか、最後の方はただただ変態だっただけじゃない」
呆れ顔で溜息をつく目の前の金髪少女、アリサ・バニングスは級友であり、いわゆる幼馴染ポジションにあたる人物である。
但し、非攻略キャラである。幼馴染なのに攻略対象外とはこれいかに。
というか、お隣の魔法少女といい、僕の近辺に金髪幼女率高すぎである。
「アリサ、男はいつの時代もおっぱいを求めるものなんだよ。そして、おっぱいは2つで1つ、右のおっぱいか、左のおっぱいか、そのどちらかを選ぶなんて出来るわけがないじゃないか!」
「何の話よっ! Der変態!」
――相変わらず良い罵倒だ。我々の業界ではご褒美です。
「さ、賛歌くんっ、ちょっと声が」
アリサとじゃれ合っている僕の制服の袖を引く手と、控え目な声。その声の発生源へ目を向けると、顔を朱に染めた少女の姿があった。
彼女の名前は月村すずか。アリサと同じく、僕の幼馴染であり、数少ないお色気担当である。
ちなみに深窓の令嬢といった風貌に反して、我が校で屈指の身体能力を誇る超人であり、男子を惑わす色香に八面六臂の活躍ぶりから、ついたあだ名が撃墜女王というハイスペック幼馴染でもある。
僕が大声でおっぱい連呼していたことを恥じらっているらしいが、頬を上気させ、潤んだ目で上目づかいをしている彼女の方がよほどエロ――なんでもないです、はい。
流石女王、無言の圧力が半端ない。
「とにかく、これで全員ね」
アリサが自分の分の印を書き込んで、全員分の記入が完了する。
幾重にも折られた紙の端っこに等間隔の直線が平行に伸びている。とどのつまりがアミダ籤。明日の授業で行うドッジボールの組分けをする為だ。
「もう、賛歌がいるといつもムダに時間がかかるんだから」
「にゃはは、仕方ないよ。賛歌くんが優柔不断なのは、いつものことだし」
アリサの言葉に同意して、明るく笑ったのは、アリサ、すずかさんに続く、3人目の幼馴染。
「悪いのは僕じゃない、僕に選択を強いる世界の方だよ。ところでなのはさん――好きだ、結婚しよう」
2つに結った尻尾のように揺れる栗毛。真っ直ぐな青みがかった瞳に、太陽のような笑顔。
彼女こそ、僕が愛してやまないマイスイートエンジェル高町なのはさんである。
「いつもながら脈絡なさすぎでしょ、アンタ」
「あはは……、これで通算何回目だっけ? なのはちゃん」
「うーん、一日一回は言われてるから、1100回目くらいかなー?」
半ば呆れ気味の三人だけれど、僕としては甚だ心外である。確かに今ので通算1098回目だけれども、今でもその気持ちには一点の曇りもないというのに。
「というか、3年間ほぼ毎日会ってる事実を異常に思わなくなった自分が怖いわ……」
感慨深く自分の成長ぶりを語るアリサ。
確かに最初に会ったばかりの頃に比べると、アリサも随分丸くなった――あれ、おかしいな。僕に対してだけ、接し方が不変の構えを見せている気が。具体的にはツンとデレの割合が10対0のままのような。
「なぜ、なぜなんだ!? なのはさんとすずかさんには2対8くらいでデレを振りまいているのに、僕の何がいけないっていうんだ、アリサ・バニシングッ!?」
「そう、いう、ところよッ!」
ああ、なるほど。
と納得した僕は繰り出された
*
今の時代、よく英才教育がもてはやされ、やれお受験だ、習い事だと口やかましいけれど、僕はそんな風潮を快く思わない。
確かに幼少の頃は飲み込みも早く、地道に続けた努力は未来への糧になるだろう。だが、人は機械ではない。知識だけをいくら詰め込んだところで教養は身についてくれるものではない。
だから、人は多くの人と関わり、失敗し、挫折していくことで、自分と他人の心の機微を学び、それを取り込んで健全な精神を育んでいく。
そして、それは自分で体感してこそ、本当の意味で理解していく事ができる。
だから、子供には遊びが必要なんだ。自分の意志で自由に行動し、多くの未知と遭遇する。
そんな子供の情操教育に必要な遊びをこそ、この多感な時期に推奨すべきであって――
「それがこれってわけ?」
熱弁する僕をデコピンで遮ったアリサが机に置かれた紙を取り上げてこちらに向けて広げた。
氏名欄に『四之宮賛歌』と書かれた用紙のタイトルには『進路希望書』の文字がプリントされ、第一希望から第三希望までの欄が設けられている。
「一、働いたら負けかなと思っている。二、NO NEET,NO LIFE。三、永遠の17歳。 ……バカ、だったわね。そういえば」
「ちょっと待って、そんな改めてしみじみ言わないで。もっと信じよう、僕はまだ本気出してないだけだから。いや、マジで」
あのアリサが割と本気で頭を抱えている。
ごめんなさい。公開はしてしまったが、反省はしている。
「っていうか、アンタくらいよ。わざわざエスカレーター式の進学校に来て、将来の事なにも考えてないの」
それについては、逆に僕から物申したい事がある。
僕たちはまだ小学3年生である。まだ齢10を数えないガキんちょである。
なのに『将来の夢』というハートフルな言葉でなく、『進路希望書』なんてガッチガチの重い現実を突きつけるのは、いくら進学校でも異常ではなかろうか。
あと、アリサやすずかさんを始めとした一握りの子ぐらいだと思うよ。将来の事を現実的に考えているスーパー小学生は。
ともあれ、今は本日最後の授業中。
『進路希望』とやらをクラス内で数グループに分かれて話し合う時間。いわゆる算数、英語とは趣の異なる特別授業というやつだ。
ちなみに最後といっても、今日は半日で終わりの為、時刻はまだ昼前なわけだけれど。
席の近いもの同士でグループを作っているのだが、何の因果か幼馴染4人は半径1マス以内に集結している為、必然的にグループも同じである。
そもそも、わざわざ級友同士で見せ合って自分の将来を考え直す、って競わせる気満々じゃないですか。
これもクラスの担任であり、目だけで男どもを病院送りにしたと噂されるほど、鋭い眼光の持ち主である女性教諭の陰謀だろうか。生徒の事を想っているのは良いのだが、彼女の指導方法は力尽きるまで千尋の谷に蹴り落とすタイプな気がする。
「アンタもちゃんと考えて書いとかないと、先生にまた呼び出されるわよ?」
成績優秀であり、実業家である親の後を継ぐ勉強までしている才女であるアリサは当然のように、進路も固まっているし。
「賛歌くんは成績良いんだから、ちょっと真面目にやれば将来の事も問題ないと思うんだけど」
なんて容赦なく正論をぶつけてくるすずかさんもすずかさんで、好きな工学系の技術者に向けて勉強していて、生来の努力家気質から、着々と自分の将来に向けて歩んでいるし。
まったくもって、ぐうの音も出ないほど優等生すぎて面白くない。
「二人とも、少しはなのはさんみたいに魔法少女って書くくらいのユーモアは欲しいものだよ。ね、なのはさん」
「ふぇっ!? な、なんで知ってるの賛歌くん!?」
慌てて自分の手元を見下ろしたなのはさんだが、そこには翠屋の跡継ぎとか、学校の先生とかしか書かれていない。
まあ、そこには昨日まで魔法少女という記入もあったわけだが、流石に消したらしい。
「フッ、なのはさんのことで、僕が知らない事はないのさ」
「今年入って一番ドン引きしたわ」
「うん、同感」
アリサとすずかさんが何か言っているが、僕は羞恥で顔を赤くして、にゃあにゃあ鳴くなのはさんを眺めるのに忙しい。
ちなみに知っている理由は単純で、昨日遊びに行った時、なのはさんの机の上に置いてあったのが偶然目に入っただけである。
まあ、それでもなのはさんには実家である喫茶店、翠屋の跡継ぎという将来の進路があるわけで。こう考えると、我が幼馴染たちは小学3年生らしからぬ、現実的で堅実な未来を見据えているということになる。
まったく、やってられない。
たまには普通の同年代の男子とでも駄弁るとしよう、と隣へ視線を移して、
「あれ、1人足りなくない?」
人数が足りない事に気づいた。グループは五人一組である為、もう1人いるはずだ。
確か男子だったかと思うんだけれど、
「アンタ、朝の先生の話聞いてなかったわね? 今日、体調不良で斉藤くんは休みです、って連絡あったじゃない」
ああ、そういえばもう1人は彼だったような気がする。
しかし、体調不良とは何があったのだろうか。心配だ。
「大丈夫だよ。先生が言うには大したことないらしいし、明日からは登校するって話だから」
「あ、そうそう、それでアンタに聞きたい事があるんだけど」
すずかさんに続いて、アリサが切り出した噂話によると、斉藤何某とやらは夜に勉強中だった状態で気絶しており、そのまま朝まで床に横たわっていたらしい。それで風邪をひいたとのことだが、その時机に開かれていたノートにはミミズがのたうったような字で『賛歌、露出、おしり』と書かれて――前言撤回。なんてメッセージをダイイングってやがるのか、あの野郎。
しかも、その噂話は既にクラス中から学校中に広まりつつあるとか。道理で今朝から僕に対する皆の目が……あれ、いつもと変わってなくない?
「いや、今更そのくらいでアンタへの見方は変わんないでしょ」
マジですか。
いつの間にか、そんな残念な人間になっていたなんて――心当たりが多すぎて、もうこれ(自分の評判が)分かんねえな。
授業終了後、
「四之宮くん、放課後職員室へ来なさい」
あ、書き直すの忘れてた。
*
その頃、
「魔力の残滓から見て、多分この辺りにジュエルシードが――」
「にゃー」
「え゛っ」
街中でフェレットと猫の追いかけっこが発生していた事など、駆け出し魔法少女である高町なのはが知る由もなかった。
前回に比べて、主人公くんの性格が変わっていると思われた方、前回の彼は猫を被っていたので、今回が主な言動となります。
苦手っぽい方はご注意を。
正直「……猫被ってたっけ、前回?」と思っていたりもするので、杞憂かもですが。
次回は今回が今回なので、もう少し早めに投稿を……。
毎回、書き始めてから話を考えているので、展開が迷子になるかもしれませんが。
お話書くのってムズカシイデスネ。