甘粕工業から正式に打鉄二機を秋羅と孝太に貸し出され訓練に付き合ったり、虚ちゃんの楯無に対する愚痴を本人の目の前で聞いたり、女尊男卑の馬鹿共に(物理的な意味で)絡まれたりして訪れた決闘騒ぎの当日。俺はアリーナ全体を見下ろせる位置にザフィーラとアルフと一緒にいた。観客席は男性操縦者の初めての試合という前触れもあったのか満員御礼である。
「はぁ~良い眺めだ」
「時雨殿、本当にここで良かったのですか?」
「確かに絡んでくる奴はいるけどそれなら反対側のビットに行けば良かったじゃないか」
「変な拘りかもしれないけどこう言うのは直で見ておきたいんだよ。それにどっちかのビットに居ればそのビットに居る秋羅か孝太に肩入れしていると見られるかもしれない。二人のことを考えればそれは出来ないさ」
その時、向かい合っているビットから同時に打鉄が二機飛び出してくる。
「そら、始まるぞ」
「秋兄頑張ってくれよ!!」
「秋羅、私の弟なら恥ずかしいところを見せるな」
「…………」
織斑一夏と織斑千冬から話しかけられている織斑秋羅は眼を閉じて無反応のままでベンチに座っていた。その顔はどうしてか知らないが青アザだらけで痛々しい。
「織斑君!!時間です!!」
山田先生に声をかけられて、秋羅は眼を開いた。そして何かを言ってくる姉と弟を無視して打鉄に乗り込む。この一週間毎日していたように背中から、打鉄に体を預けるような感覚で。乗り込みはスムーズに行われ、すべての機能が淀むこと無く順調に起動する。
ゆっくりと、一歩一歩確かめるようにして秋羅はビットにあるカタパルトに打鉄を固定する。一週間前までは立つこともようやくと言った様子だったのに秋羅のISの操縦は淀み無く行われた。
そしてカタパルトから、アリーナに打ち出される。突然の加速によるGはISの操縦者保護装置により中和されて不快感を感じることもない。一瞬の浮遊感、そして重力に従い地面にへと落下する。訓練出来たとはいえ出来るようになった事と言えば立つことと歩くこと、そして走ることくらいだ。武器の展開、スラスターの使用による飛行などはまだしていない。それは訓練の内容が打鉄を不自由無く動かせるようになることに重点を置かれていたからだ。その訓練のお陰か打鉄を動かすだけならば問題ない。ロシアの国家代表の楯無からもまったくISを知らなかったという前提なら一週間でここまで動かせるようになれれば十分だと太鼓判を押されている。
カタパルトから射出されたことによる速度を、打鉄の足で地面にブレーキをかけることで抑える。20m程の線を引いて打鉄は止まった。
顔を上げればそこには自分と同じ様に地面に立っている打鉄を纏った錦孝太がいる。この一週間、二人は同じ内容の訓練をしたからかIS操縦の技術も同レベルだった。つまり、秋羅が出来ることは孝太も出来るし、孝太が出来ないことは秋羅も出来ない。
故にISの対決というのに両者とも地面に立っているという奇妙な光景になった。予想外の展開に観客席にいる生徒たちはざわめく。
秋羅と孝太は互いに睨み合いながら、手足を小さく動かして打鉄の調子を確かめる。そして視界の端に数字が映る。始めは10から9、8と少なくなっていることからカウントダウンだと察しをつけた。
そして、カウントダウンが0になりブザーが鳴るーーーーーーーーーーのと同時に、二人は駆け出した。
全身を使って持ち上げた打鉄の足を地面に叩きつけるように下ろし、地面から跳ねるようにして体を前にへと持っていく。
同速度の突貫はアリーナの中心に辿り着いたことで終わり、二人は打鉄の手を握り拳に変えて、力任せにーーーーーーーーーー
「孝太ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「秋羅ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ーーーーーーーーーー互いの顔面を、殴り抜いた。
「…………なんだこれは?」
織斑千冬は目の前で行われている試合を見て呆れていた。いやこれは試合とも呼べない、ただの喧嘩である。ISに乗って行われるだけの、武器も何も使わないで殴り合うだけの原始的な争い。自分の弟なら、と思って期待していたが裏切られた気分だった。
すぐにビットに付けられているマイクに手を伸ばし、この試合を中止させようと動きーーーーーーーーーー
「はい、ストップです」
「何止めようとしてるんですか?」
横から現れた老人と少年に止められた。
「リッター、それに轡木さんか…………」
千冬はそのフタリニ見覚えがあった。少年の方は千冬が担任を勤めている一年一組のミカド・リッター、そして老人の方は学園の用務員の轡木十蔵。ミカドの方はともかく、轡木はどうしてここにいるのか不明だった。
「何故止めたのですか?」
「では逆に聞かせてもらいましょうか、どうしてこの試合を止めようとしているのですか?」
「これは試合ではなくただの喧嘩だからです。ISを纏っているというのにこんなことでは他の生徒のモチベーションも低下してしまいます」
千冬は生徒のモチベーションを理由に試合の中止をしようとしていることを告げた。しかしそれは表向き、本心は自分の弟が下らないことをしているからだ。
「生徒のモチベーションの低下ね…………轡木さん、そう言えばここ、外部からの音の収集切ってますね?」
「えぇ、一々拾っていては耳に優しくないからですね。今着けましょう」
ミカドの要領を得ない言葉に轡木は説明し、ビットに付けられているコンソールを手慣れた手付きで叩いた。そして切られていた外部の音声の収集が始まる。
「ーーーーーーーーーーな」
聞こえてきた音を理解した千冬はどうしてそうなっているのか理解できなかった。ISという最先端の科学技術を使っているのに行われているのは殴り合いという原始的な争い。
だというのに、外部から集められた音声は、割れんばかりの歓声だった。
ここにあるのはISという時代の最先端を行く、既存の兵器を凌駕した物。それなのに、行われているのは原始的な殴り合い。
互いに足を止めて、殴り合う。
そこには玄人のような技術も、
達人のような技量も、
策士のような策略も、
眼を引くようなものは何もない、素人の戦いだった。
しかし、どうしてだろうか。その素人の物でしかない戦い、心が引かれる。
開始した時には冷めていたはずの観客たちの心臓が鼓動を打ち、血が滾り、体が熱くなる。
頑張れと、誰かが自分の拳を固く握り締めて呟いた。
それは本当に小さな小さな呟き。しかしそれが呼び水となる。最初の呟きに続くように小さくはあるが殴り合う二人を応援する声が増えていく。
敗けるなと、誰かが立ち上がった叫んだ。
そしてそれが引き金となり、小さかった呟きは大きな叫びに変わる。一切の小細工無しに殴り合う二人の勇姿を讃えるように、大地を揺らすほどの音となって響き渡る。
しかしそれは二人には届かない、そんなことを気にしている暇もない。彼らの関心は、目の前に立つ馬鹿を殴ることだけにあった。
「至高はきのこだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
「たけのここそが究極だって言ってるだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
この叫びが観客の歓声に掻き消されたことは救いだったのかもしれない。
「…………ごめん、もう一度言ってくれるかい?」
「またか…………あいつらの雰囲気がおかしかった理由はなんか駄菓子の意見が合わなかったとかで喧嘩してたからだよ。たしか昨日、本音ちゃんが駄菓子を持ってきてそれを食べてたら秋羅が『きのこうめ~超うめ~』って言ってそれに反応して孝太が『はぁ何言ってるんですか?たけのここそが究極でしょう?』って言って、でそこから取っ組み合いの喧嘩。あいつらの顔の傷の原因はそれだね」
「若いって良いねぇ…………そんな下らないことで喧嘩出来るなんて」
「きのこもたけのこも美味いぞ?」
「いや、うん、それは分かってるよ?原材料ほとんど同じだし。それでも譲れない何があるんじゃないかな?」
アリーナを見下ろしている時雨とザフィーラとアルフは、この殴り合いの真相を知って楽しそうに笑い、不思議そうに首を傾げ、下らなそうに呆れていた。
「ふふっ…………駄菓子の趣味が合わないから殴り合いですか」
「若さゆえの特権ってやつですかね、下らないことでここまで熱くなれるだなんて」
「まぁそこら辺の趣味は譲れないものがあるのでしょう。私にも経験がありますよ…………目玉焼きにかけるのは醤油かソースかで友人と殺し合いをしましたからね」
「ちょっと待って下さい。軽い調子で軽く流してはいけないものが出た気がするんですが」
ビット内で事情を知るミカドは轡木にどうしてこうなったのかを明かしていた。幸いなことに歓声と二人の殴り合いに二人以外の全員が釘付けになっているために二人の会話に気づけたものは誰もいない。
「にしても殴り合いですか…………青春ですね…………羨ましい」
「どうもリッター君は年不相応なところが見られますね。軍属という環境のせいですか?それに羨ましいとは?」
「まぁ年不相応という自覚はありますよ。軍属のせいかは知らないですけど精神は早熟みたいで。それと羨ましいって言うのはああやって殴り合える相手がいるってことですよ。俺の相手になることが出来るのはほとんど居なくて。たまに時雨さんが相手をしてくれますけどそうしたら蹂躙される一方ですから。対等な相手が居ないんですよ。だから、対等な相手が居る二人が羨ましいってことです」
「そうですか…………若いなりに苦労しているようですね」
「俺なんてまだまだ、時雨さんの方が色々と苦労してますよ」
殴り合う二人の画像から眼をそらさずにミカドと轡木は会話を続ける。
「共感できないのならお帰りを、ここは貴方の世界じゃない」
ミカドが語る。
「共感したのならようこそここに、新たな同志を歓迎しましょう」
轡木が語る。
「スデゴロこそが男の世界、殴り合いこそが喧嘩の華よ」
時雨が語る。
「「「ようこそ、男の世界へ」」」
三人は殴り合う秋羅と孝太に賛辞を送った。
ただ固く拳を握り、
力任せにそれを振るい、
相手の顔面を殴る。
ただそれだけの行為を二人は延々と続けていた。
手を抜くことなどしない。
常に一発一発が全力。
避ける労力すらも殴ることに割く。
握る拳が悲鳴をあげ、
絶対防御に守られた顔が腫れ、
酸欠で視界が眩もうとも、
この拳を緩めることだけはしない。
理由なんてちっぽけなもの、
自分が一番だと信じている物のために、
相手の信念を打ち砕く。
「こうっ、たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!」
「あっ、きらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!」
秋羅の右の拳と孝太の左の拳が、同時に互いの顔に突き刺さる。いわゆるクロスカウンターという狙ってもない技を行い…………試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。
『試合時間18分43秒…………
秋羅と孝太の操縦技術
立つ、歩く、走るがまともに行える程度。武器の展開やPICによる浮遊やスラスターを使った飛行はまだ出来ない。IS未経験者であることを考えれば十分な成長速度だと訓練を手伝った時雨、ミカド、楯無は思っている。
殴り合い
スデゴロ、一対一という男がかかっている不治の病。IS学園の生徒たちにも感染したようです。この戦いを考えていた時から案の一つとして保留していましたが『血界戦線』を見て此れに決めました。これぞ男の世界…………!!
轡木十蔵
IS学園の用務員。いつも笑顔を絶やさないで生徒たちに優しいことからIS学園の良心とも呼ばれている。実はそれなりの権利者らしい。時雨とは以前から交流があり、その関係でミカドとも知り合っている。昔、目玉焼きに何をかけるのかで友人と殺し合いをしたことがあるらしい。ちなみに作者は醤油派、たまに塩コショウ。
きのことたけのこ
数ある駄菓子の中で派閥を二分しているチョコ菓子の俗称。秋羅はきのこ派で孝太はたけのこ派、その事を知ってしまったことが喧嘩の原因。
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