昨日椋の部屋でビールを飲んで、朋也に何かを言ったような気がするのだけども、残念ながらあたしの記憶にはその事が残っていない。そんなに飲んだつもりは無いのだけども、起きた時にかなりの頭痛があたしに襲い掛かった。
「痛ったー……」
「お姉ちゃん、最近お酒の量が多くない?」
「椋……おはよう」
あのまま椋の部屋に泊まり、寝起きながらも状況の整理をする。一回着替えに帰らなきゃ駄目そうね……
「おはようございます、杏さん」
「勝平さん……頭に響くからあんまり大きな声は出さないで」
「ご、ごめんなさい……」
おそらく目を細めたからだろう、勝平さんの顔に恐怖が浮かんでるのは。
「朋也は?」
「岡崎君はちゃんと帰ったよ。お姉ちゃんと違ってお酒も飲んでないから」
「少しくらい付き合ってくれてもいいじゃないのよね。勝平さんもそう思うわよね?」
「えっ……そ、そうですね」
「お姉ちゃん、顔洗って来て」
寝不足と二日酔いと不機嫌が相まって、あたしの顔は普段からは想像も出来ないくらい怖かったのだろう。勝平さんは完全に引き攣ってるし、椋も私に顔を洗うよう命令する。
「うっわ……」
そして洗面台で自分の顔を見たあたしは、そんな声を漏らしたのだ……
仕事自体はつつがなくこなしたのだが、一日中頭痛は付きまわった。
「(椋に言われてるし、最近のあたしは確かに飲み過ぎよね……)」
自覚はあるし飲まないでおこうと思う事もある。だけど朋也を見かけると如何してもあの部屋に誘い、如何してもお酒を飲みたくなるのだ。
「(最近のあたしは如何かしてるわね……)」
朋也に対する恋心は、高校卒業と同時に置いてきたはずなのに、最近またあたしの中で燻っているのだ。それほど迄に、あたしは朋也の事が好きだったようだ。
「(勝平さんが退院して、朋也と合う機会が増えたのも原因かしらね)」
朋也と勝平さんは友人だ。だから朋也が勝平さんに会いにあの部屋を訪れても問題は無いのだが、あの部屋はあたしの妹と義弟の生活の場でもあるのだ。だからあたしもあの部屋を訪れるのに抵抗は無い。
「(間に陽平でもいれば楽なんだけどね)」
この前もだが、あたしと朋也の間には何時も陽平がいた。二人で弄ってパシって罵って、陽平で遊んでる時はこんなにも緊張する事は無いのだ。
「(いっそのこと朋也に伝えて返事をもらっちゃおうかしら……)」
朋也があたしの事好きなんて可能性は万に一つも無いだろう。だって朋也はあたしと二人っきりでも何も変わらないんだし……
「(なんだか腹立たしいわね……)」
今更ながらに、朋也の態度に腹立たしさを覚えた。うら若き乙女と一緒にいても何も変わらないって、それってかなり失礼なんじゃないかしら……ううん、絶対に失礼よね。
帰り道に一人ブツブツと呟きながら歩いていると、前に良く見知った背中を見つけた。何年も一緒に生活してきた背中だ、見間違える事は無い。
「椋」
「お姉ちゃん? 今帰りなの?」
「アンタは今から仕事?」
「うん。だから今日は部屋に行っても勝平さんしかいないよ」
「あたしだって毎日あの部屋に行ってるわけじゃないんだけど……」
自分で言っておきながら、最近のあたしはあの部屋を訪ねる頻度が高いと思っている。あそこに行けば一人じゃないし、朋也に会える可能性が高いからだ。
「お姉ちゃん、まだ辛そうだけど」
「大分マシよ。朝なんかホントヤバかったもの」
さすがに一日経てばアルコールは体内から排出されている。だけども気持ち悪さが残ってるのは否めないのよね。
「朝も言ったけど、最近お姉ちゃんはお酒飲み過ぎだと思う」
「分かってはいるんだけどね……幸せそうな妹夫婦を見ると、如何しても自棄酒を飲みたくなるのよ……」
「じゃあ部屋に来なければいいのに……」
「一人じゃ寂しくてお酒を飲んじゃうのよね……」
「………」
椋が呆れてるのが分かる。もしこれがあたし自身の話しではなく他の誰かの話しだったらあたしも呆れるだろうし……
「じゃあ岡崎君に告白でもしたら?」
「なっ! 何でそこで朋也の名前が出てくるのよ!」
「だってお姉ちゃん、岡崎君の事好きなんでしょ? しかも高校時代から」
「うっ……」
双子だけに隠し事は出来ない、むしろ隠そうとした分だけ気づかれるだろう。
「もし私に遠慮したままなのなら、もうその必要は無いからね」
「分かってるわよ……あんたにはもう勝平さんがいるものね」
高校時代に椋に「朋也が好き」と相談された時はかなり焦ったわ。でも結局椋は朋也ではなく勝平さんを選んだのだ。
「それじゃ、私はもう行くね」
「頑張ってね」
椋を見送りあたしは自分の家へと続く道を歩き始める。今日はお酒も飲まないし、あの部屋にも行かずにまっすぐ帰ろう。そう決意してあたしは自分の足に前進を命じたのだった。
頭に響く、と言う事だけは分かります。