杏と出かける為に、俺はアイツと待ち合わせをしてその場所で待っている。約束の時間は午前十時。現時刻は午前十時半……完全に遅刻だ。
「杏のヤツが遅刻なんて珍しい……いや、ある意味昔のままか」
アイツは高校時代から遅刻が多く、酷い時はバイクに乗って学校まで来ていたからな。
「勝平と初めて会った時も、杏はバイクに乗ってたな……」
つまりは俺も杏も遅刻していた時に、運良く――いや、運悪く? 勝平が俺たちの前に現れてそのまま杏のバイクに撥ねられたのだ。
「さすがに今日はバイクで来ないだろうな……」
アイツが遅刻=バイクで移動する、という考えが頭の中をよぎり、俺は思わず苦笑いをしてしまった。高校時代は兎も角、今は俺もアイツも携帯を持ってるんだから、連絡して遅れる事を伝えれば良い。
「まさか、忘れてるんじゃねぇだろうな?」
一抹の不安を覚えて、俺は携帯を取り出した。杏からの連絡は来ていない。
「アイツ、何やってるんだ?」
別に電車を使わなければこれない場所を待ち合わせ場所にしたわけでも、アイツの家からものすごく遠い場所にしたとか、そんな事は一切ないのだ。
「ご、ゴメン……待った、よね?」
「まぁそれなりに。どうしたんだ?」
これが待ち合わせ前の時間なら、俺も平均的な気遣いは出来ただろう。だが既に三十分以上待たされた上に、何の連絡も無かったのだ。これくらいの嫌みは許してもらいたい。
「別に大した事じゃないんだけど……緊張で吐きそうになってたのよ」
「……緊張?」
何を今更、と笑おうとしたが、杏の顔を見てその事は出来なくなった。杏の顔には本当に緊張の色が濃く出ており、今も少し気持ち悪そうにしているからだ。
「なんなら中止にしても良いが……」
「そこまでしなくても大丈夫だから! そ、それより、少し休んでいい?」
「あ、あぁ……どこか入るか?」
あまりの酷さに俺も慌てる。近くの喫茶店に入り、杏が落ち着くまでここにいようと決めたのだった。
杏さんと朋也君がデートという事で、僕はリハビリがてらその二人を尾行する事にした。ちなみに椋さんは本当にお仕事なので、今回は僕一人での行動となる。
「朋也君は待ち合わせ時間より前に来た、でも杏さんはまだのようだね」
待ち合わせ時間は、杏さんから教えてもらった椋さんから聞いている。だけどその時間を過ぎても杏さんの姿は一向に現れないのだ。
「何してるんだろう? もしかして当たり前過ぎて忘れてるとか?」
高校時代からの付き合いなら、二人で出かける事もあったかもしれないし、杏さんにとって朋也君と出かける事は特別じゃなく当たり前なのかもしれない。
そんな事を考えながらの三十分強、漸く杏さんの姿が待ち合わせ場所から確認出来た。その表情は凄く疲れていて、更に調子も悪そうだった。
「もしかして、緊張して体調崩したのかな?」
椋さんも初めてのデートの時に似たような感じで遅刻して、似たような顔をしてたからおそらくそうなのだろう。変なところで双子なんだと実感させられた。
「朋也君も慌ててるし」
普段冷静な朋也君も、あの杏さんの姿を見たら冷静ではいられなかったようで、凄く心配そうに杏さんの顔色を窺っている。
「どうやらお店の中で休憩するらしい」
慌ててその店に近づき――バッチリ朋也君と目が合ってしまった。
「あ、あわ、あわわわわ……」
杏さんに断りを入れて、朋也君が腰を浮かせた。そして迷うことなく僕のところにやってきた。
「お前も暇だな」
「えっと……何時から気づいてた?」
「何となく最初から。てか、あれだけ声を出してたら普通気づくだろ」
どうやら僕は考えを全て声に出していたらしい。自分では心の中だけにとどめてたつもりだったのに……
「杏には黙っておくから、大人しく帰れ」
「うん……僕に尾行は無理だって分かったからね」
考えを声に出してしまってる時点で尾行者としては失格だろう。そもそもあっさりと対象に気づかれるんだから、これ以上尾行しても意味は無い。
僕は注文した飲み物を一気に飲み干すと、すぐにその店から逃げ出した。その所為で会計を忘れたんだけど、どうやら朋也君が払ってくれたようで飲み逃げとして追われる事は無かった。
「今度朋也君にお金返さなきゃ……」
その事に気付いたのが家についてからだったので、僕はただただ気まずい感じに陥ってしまったのだった。
まさかの杏がヘタレる展開……