椋に脅される日が来るなんて思っても無かったわ……でも、あれくらい言ってくれなかったらきっと決心なんて出来なかったと思う。
「(あたしは、朋也の事が好き。それはずっと分かってた事なのに……)」
自分の気持ちなのに、ああして言われるまで向き合う事が出来なかったのは、心の中できっと恐れていたからだろう。
「なあ、杏」
「な、なによ?」
「いや、近すぎ。邪魔だ」
「ご、ゴメン……」
いざ決心したは良いけど、何をすればいいのか分からず、とりあえず朋也の傍に立っていた。それも調理中の朋也の傍に……
「手伝うなら良いが、なにもしないで突っ立ってられると邪魔でしょうがないんだが」
「じゃあ手伝う」
「……そうか」
朋也が一瞬だけ怪訝そうな顔をしたけども、それ以上踏み込んで来る事は無かった。昔からあたしや椋の変化に目敏く気づく癖に、あたしが悶々としてる事なんて気にもかけてないんだろうな……そう思うと腹立たしいわね。
「ところで」
「な、なに?」
「何で春原は素巻きにされてるんだ?」
廊下に転がっている陽平を指差して、朋也があたしに訊ねてくる。
「余計な事を言いかけたから、反省させてるのよ」
「余計な事? それは何時も通りじゃないのか?」
「……言われてみればそうね。陽平の存在そのものが余計だしね」
「何気に酷いですよね、あんたら」
素巻きにされ、棒泣きしていた陽平があたしたちにツッコミを入れてくる。こうしたやり取りは高校時代から変わらないわよね。
「そもそも何で俺が春原の飯を作らなきゃいけないんだよ」
「だって僕、料理出来ないもん」
「ならそこら辺の草でも食ってろ」
「食えるか!」
「ダメよ朋也。草なんて食べさせたら」
「杏……やっぱり僕の事を心配して……」
「緑が減っちゃうでしょ」
「そうだな。悪い、春原。土でも食っててくれ」
「変わってねぇし、より酷いわ!」
陽平を弄ってる時は自然に朋也と話せてるのに、これが陽平弄り以外だと全然ダメなのよね……ホントどうしたらいいんだろう……
朋也君と杏さんの会話を、僕と椋さんはこっそりと盗み聞きしている。今のところ杏さんが朋也君に「好き」と言いそうな雰囲気は無い。
「お姉ちゃん、勢いで言っちゃえばいいのに」
「それが出来てれば、今更苦労してないと思うけど」
高校の時から杏さんは朋也君の事が好きだったのだ。勢いで告白が出来るのであらば、本当に今更だ。
「春原君を弄ってる時は楽しそうなのにね」
「お姉ちゃんと岡崎君は、昔から春原君を弄って遊んでましたから」
「じゃあある意味、春原君は朋也君と杏さんを繋ぎとめる役割をしてたんだね」
「どうでしょう……普通に弄られてただけのような気がしますけど」
椋さんにこんな風に思われてるなんて……春原君、本当に哀れな人だね……
「勝平、椋、お前ら何してるんだ?」
「と、朋也君……」
盗み聞きしてた事が朋也君にバレた……てか、最初からバレてたかもしれないけどね……
「そろそろ出来るから大人しくしてろ」
「う、うん……分かった」
多分僕たちの会話は朋也君には筒抜けだったんだろう。何時もの朋也君の眼差しとは違い、鋭さを持った視線を僕たちに向けて来たのだった。
「あの視線なら、朋也君が不良だって思われてても仕方なかったと思うよ……」
「殆どあんな視線なんて見せてませんでしたけどね……したとしても理不尽な教師相手や、数で弱者を囲ってた余所の不良相手くらいじゃないでしょうか……」
椋さんでも見た事無いあの視線……朋也君の恐ろしさを初めて実感した瞬間だったんだろうな……
「椋、勝平さん、ちょっといいかしら」
「お姉ちゃん?」
「どうかしましたか?」
杏さんが手招きしていたので、僕と椋さんは杏さんの傍まで近づく。近くには素巻きにされた春原君が転がってるけど、杏さんが強制的に聞き耳を立てられないようにしたので気にする必要はなさそうだった。
「あたし、頑張って告白する」
「何時?」
「それは……ご飯食べてから……」
「そう……頑張ってね、お姉ちゃん」
もし杏さんの告白が上手く行って、結婚まで行くとなると、朋也君は僕のお義兄さんになるのか……年下だけど、朋也君の方がしっかりしてるもんね。お義兄さんでもおかしくないな……思ってて情けないけど。
春原の存在価値っていったい……