飯を食い終えて片づけを済ませたタイミングで、俺は杏に誘われて外に出る事になった。春原も来たそうにしていたが、おそらくあれは杏をからかうネタが手に入るかも、という直感からだったのだろう。まぁ、その春原は既に杏が沈めたので今頃はあの部屋の押し入れで寝てるだろうがな。
「何処まで行くんだ?」
既に結構歩いたが、杏の足が止まる事は無い。俺はため息を吐きながらも杏の後に続いて足を動かし続ける。普段から重いものを運んだりしてるから、疲れたわけではないのだが、目的地も分からずただ歩き続けるというのは、結構精神的に来るものがあるのだ。
「おい、杏」
「うっさいわね! 黙ってついてきなさいよ!」
さっきからこの答えしか返ってこない。何を焦ってるのかは分からないが、杏がイライラしている事だけは理解出来る。
そんなやりとりをしながら数分、杏は漸く足を止め俺の方に振り返ってきた。
「それで? 何でこの場所に来たんだ?」
「始めるならここかなって思っただけよ」
杏が足を止めた場所、それは高校の前の坂だった。
「始める? いったい何を始めるって言うんだ」
「始める、って言うか、前に進む、って言うか……」
「うん?」
何か言いにくい事でも言うのだろうか。杏は何時ものハキハキとした喋り方ではなく、妙にしおらしい、普通の女子の感じがした。
「朋也」
「なんだよ」
「アンタ、今付き合ってる人、いないわよね?」
「ああ、いないな。そもそも俺なんかと付き合いたいなんて物好きな女なんてそうそういないだろ」
好意は持たれる事はあっても、それイコールで付き合いたいにはならないだろ。それは俺が良く分かっているつもりだし、実際にこれまで誰かと付き合った事は無い。
「アンタそれ、本気で言ってるの」
「悲しいが事実だろ? そうじゃなきゃお前とこうやって歩く事も出来て無かったかもしれないんだし」
「どういう事よ……」
「彼女がいたとして、他の女と休日に外を歩いてたら、その彼女はなんて思う? 例え相手が友達だったとしても、良い思いはしないだろ」
「……確かに」
そんな事を考えるだけ無駄なのだが、杏が何を言いだそうとしてるのか、何となく分かってる俺としては、こうやって和ませるくらいしか出来ないのだ。
「それで、何を始めるって言うんだ? まさか、この坂道を駆け上がるとか言い出さないよな。それなら俺はお断りだ」
「あたしだって嫌よ! この坂を駆け上がるなんて、遅刻しそうな学生じゃないんだから!」
「俺は何時もノンビリ上ってたけどな」
俺と春原は遅刻上等だったからな。駆け上がるなんて疲れる事をするはずも無かったんだがな。
「って! そんな事はどうでもいいのよ! 朋也、アンタわざと話題を逸らして無い?」
「まぁな。何となく、杏が言いたい事に心当たりがあるんだよ。自惚れじゃなく、色々と情報を踏まえてな」
てか、既に何度か告白まがいな事はされているのだ。杏が酔っ払ってる時の事なので、冗談として処理してきたのだが。
「鈍感なアンタでもさすがに気づいてるのね……」
「いや、酔っ払いの戯言で済むならそれでよかったんだけどな……椋や勝平からあれはお前の本心だって言われてたから」
そもそもだ、酔っ払ったからといって好きでも無い相手に告白などするのだろうか? 俺はあまり呑まないし、そういった感情を持った事も無いから分からないが、少なくとも杏が春原に告白する事は無いだろうと断言できるくらいには酒を知ってるつもりだ。
「そうよね……朋也、あたしはアンタが好き。友達としてじゃなく、一人の男として……」
「そうか」
そうか……それしか言いようが無かった。言われると分かっていても、実際に告白されたらなんて答えるべきなのか、俺は答えを持ち合わせていなかったのだ。
「そうかって……それだけ? 他に何か無いの?」
「そうだな……とりあえず嬉しいとは思えてるから安心しろ。その……ちょっと処理するのに時間がかかってるんだよ」
「だって、朋也は何を言われるのか分かってたんじゃないの?」
「分かってた! でも実際に言われるとどうなるかなんて分かるわけないだろ」
精神を落ち着かせるために、俺は一度大きく息を吸い、そして吐いた。所謂深呼吸だ。
「杏」
「は、はい!」
「ありがとう、俺を好きでいてくれて」
「う、うん」
「これからは、友達としてじゃなく、恋人として過ごして行こう」
「う、うん!」
俺は杏の告白を受け入れ、そして泣きそうになっている杏を抱きしめた。もちろん、周りに誰もいないかを確かめての行動だったんだけどな。
他の場所も考えたんですが、やっぱりあの坂の下がクラナド的には一番かな、って事で