週末、僕は朋也君と椋さんと一緒に駅まで来ていた。駅に来た理由は東北からやってくる春原君を迎える為だ。
「何で杏のヤツは来てないんだ?」
「なんでも残業らしいですよ。お姉ちゃんも大変なんですよ」
「幼稚園の先生の残業ってなんだ?」
「さぁ? 私には分かりません」
朋也君と椋さんは同級生だと言う事もあって普通に会話出来る仲、夫としては妻自分以外の異性と仲良く話してるのを見たらつまらないと思うか、相手に嫉妬を覚えるのだろうけども、朋也君は僕の友達でもあるのでそんな気持ちは芽生えなかった。
「藤林がアイツを迎える必要はあったのか? 俺一人で十分だったと思うんだが」
「お姉ちゃんの代わりですよ。それと岡崎君、私はもう『藤林』じゃないですよ」
「だけど、柊って呼ぶのもなぁ……」
「名前で構いませんよ」
椋さんがそういうと、朋也君は僕に視線を向けてきた。
「ん、なに?」
「いや、旦那がさん付けだからな、と思って……呼び捨ては拙いだろ、色々と」
「気にしすぎだと思うけど。僕も椋さんもそれで構わないって言ってるんだし」
「そうですよ。岡崎君は少し気にしすぎです」
「そんなもんか?」
朋也君が訊ねてきたので、僕と椋さんはそろって頷いた。僕たちが呼び捨てにしあうには、まだまだ時間がかかるだろうけども、朋也君が僕や椋さんを呼び捨てにするのは、別に簡単な事だろう。そこに特別な感情など無く、普通に呼ぶだけなのだから。
「なぁ勝平」
「如何したの?」
「お前の嫁ってこんな感じだったか? 俺の知ってるのとちょっと違うんだが」
「椋さんだって成長してるんだと思うよ」
朋也君が少し困った顔を浮かべてたけど、結局は僕たち二人の勢いに負け、椋さんを名前で呼ぶ事になった。
「おーい! 岡崎ー!」
「ん? ……どちら様で?」
「僕だよ! 春原だよ!」
「春原? ……俺が知ってる春原ってのは、金髪で白目がチャームポイントなムチャメンだぞ」
「どんな覚え方してるんだよお前は! だいたい就活の時に髪の毛を黒くしたの、お前だって見ただろ!」
「……あーあー! ラグビー部に袋にされて、杏や智代にボコボコにされてた自称親友の春原君じゃないですか。久しぶりです、お元気でしたか?」
「……お前は相変わらずだよね」
朋也君の春原君弄りが終わり、僕たちは再会を喜んだ。
「久しぶり。……えーと……あっ! 冬原君!」
「惜しい!」
「惜しくねぇよ! だいたいさっきまで岡崎が『春原』って呼んでたでしょうが! 君も相変わらずだね、柊ちゃん!」
「何時までその呼び方なんだよ。失恋してもう何年だ?」
朋也君が「失恋」という単語を口にすると、椋さんが少し怖い顔をして春原君に近づいた。
「昔も言いましたが、春原君の趣味にとやかく口をはさむつもりはありませんが……勝平さんは駄目です」
「だから誤解だって言ってるだろー!」
春原君が椋さんに襲いかかろうとした瞬間、朋也君の拳が春原君のお腹にめり込んでいた。
「グヘッ!?」
「悪い、つい反射で手が出てしまった」
「岡崎君も、なかなかひどいよね……」
コンクリートに沈んだ春原君から椋さんを離し、僕は春原君に話しかける。
「仕事はどんな感じ?」
「大変だよ。みんな僕を頼り切っちゃってさー」
「へー。俺が芽衣ちゃんから聞いてるのと情報が違うな」
「何で岡崎が芽衣から情報もらってるの!?」
「この前メールで近況報告をな。その時ついでに春原の情報ももらった」
「お前……何時の間に芽衣と仲良くなってるんだよ!?」
妹さんの事で、春原君が熱くなっている。だけど対する朋也君は至って冷静だ。
「駄目兄貴の唯一の友人である俺に、芽衣ちゃんが感謝してくれてるだけだよ。アドレスは手紙に書かれてたからな。はがきを使うより安いだろ、メールの方が」
「何で文通してんだよ!?」
「はっはっはー。相変わらず春原は面白いなー」
「誤魔化してるんじゃねぇよ!」
「あーもう、うっさい!」
「グベェ!?」
何処からか飛んできた英和辞書が、春原君の顔にめり込んだ。
「相変わらずのナイスコントロールだ、杏」
「アンタも相変わらず陽平を弄ってるのね、朋也」
杏さんも漸くやってきたので、僕たちは部屋に向かう事にした。
「……柊ちゃんも、なかなかひどいよね」
春原君が何か言っていたような気がしたけど、朋也君と杏さんに殴られて気を失ってしまったので確認出来なかった。
「それで、コイツは如何するんだ?」
「朋也が運べばいいじゃない」
「お前も殴っただろ」
「あたしは女だもん」
「……しょうがねぇな。ほら、陽平君。目を覚ませ」
朋也君が春原君の頬をペチペチと叩く。すると春原君が目を覚ました。
「イテテ……なんだか身体中が痛いぞ?」
「そりゃ摩訶不思議だな」
「あれ? 何で僕こんなところにいるんだ?」
「勝平の退院祝いをするからって、わざわざ来たんだろうが」
「勝平って言うなー! 胸が! 心が痛い!」
終始そんな感じで春原君を弄っていたけども、部屋に到着したらさすがに朋也君も春原君を弄るのを止めた。退院祝いだし、僕も少しは楽しまなきゃ。
秘儀・辞書投げは健在……