勝平さんが仕事を始めて暫くの間、私は勝平さんの事が心配で仕方ありませんでした。いくらリハビリの経過が順調で、先生が働いても大丈夫と許可してくださったとしても、勝平さんは五年間寝たきりの生活だったのです。それをいきなり働き始めたりしたら、心配するなという方が無理だと私は思います。
「椋、なに怖い顔してるんだよ……」
「なにかあったの?」
「えっ? ……ううん、何でも無い」
私は今、お姉ちゃんとお義兄さんと一緒に夕ご飯の支度をしている最中だった。もちろん私はあくまでもお手伝いで、実際に調理するのはお姉ちゃんとお義兄さんの二人だ。
「そんなに勝平の事が心配なのか?」
「別に取って食われるような場所じゃないんでしょ? それに、重たいものを運んだり、走り回ったりする職場でも無いんだし」
「分かってる……分かってはいるんですが、やっぱり心配なんです」
「まぁ、分からないではないが……少しは勝平の事を信じてやっても良いんじゃないか?」
「勝平さんを……信じる?」
お義兄さんの言葉に、私は思わず固まってしまった。確かにこんなに心配してるという事は、見方を変えれば勝平さんを信じていないと思われても仕方ない事だった。
別にそんな事は無いし、お義兄さんも本気では私が勝平さんを疑ってるとは思ってなかったでしょう。でも、一度その考えに至ってしまった私は、自分で自分が許せなくなってしまいました。
「ただいまー…あれ? 椋さん、何かあったの?」
「い、いえ! お帰りなさい、勝平さん」
軽い自己嫌悪に陥っていたら、そのタイミングで勝平さんが帰って来ました。何時も通り明るく、そして元気な勝平さんの表情を見て、やっぱり心配する必要は無いのかもしれないと思えました。
「朋也君、今度事務所に来てほしいって社長から言伝を預かったんだけど」
「また何か壊したのか?」
「テレビの調子が良くないみたいだよ」
「まったく……勝平に伝言を頼むんじゃなく、会社に電話しておけばいいものを……」
「あはは……僕が朋也君の義弟だって事がバレてるんだし、そっちの方が確実に朋也君を呼べるでしょ? ほら、朋也君は管理職になっちゃったんだし……」
「現場に出てないわけじゃないんだがな……」
お義兄さんと楽しそうに話す勝平さんを見ていると、こんなにも楽しそうにしているのを見るのは久しぶりだなと思えてきました。
入院生活が長く、退院しても通院しかする事の無かった時を考えると、こうして自分の意思で出かけられるのは楽しいんだろうなと今更ながらに思いつきました。
「朋也、話しこむのは良いけど、こっちもちゃんとやってよね」
「分かってる。勝平、詳しい事は後でな」
「うん、分かった。それじゃあ頑張ってね」
とりあえずの話合いが終わったので、勝平さんは着替えの為にキッチンから姿を消した。最近はお姉ちゃんとお義兄さんも前より頻繁にこの部屋に来てくれるので、私は料理を二人に教えてもらっているのでここに留まっている。本音を言えば、勝平さんの着替えを出してそれを手伝いたいのですが、過保護だと言われるのが分かったので諦めました。
「さてと……後はこれを焼けば終わりか」
「これなら椋でも出来るわよね?」
「ふぇ? ……でも、この前私が焼いた茄子は……」
「あれはいきなり強火でやったからだろ? 今度はしっかり指導するから」
「そうよ! 失敗は成功の元なんだから! 失敗しても気にしなくて良いのよ」
「うん……慰めてくれてありがとう」
二人の顔が引きつってるのが良く分かった。多分二人ともあの時の事を思い出したんだろうな。私も自分の顔が引きつってるって分かるし……
子供じゃないんだから……