僕がこの事務所で働きだして、もう一ヶ月経とうとしている。最初は明細の整理や領収書の整理、電話番などが主な仕事だったけど、最近では現場に赴いての交渉も任されるようになってきた。
交渉と言っても、殆ど口論になる事も無く、予定調和な会話をして契約書にサインしてもらうだけなのだが。
「やっと一人前扱いされた気分だよ」
僕は椋さんに今日あった出来事を話してそう締めくくった。朋也君に紹介してもらった手前、すぐに辞めてしまったら朋也君にも迷惑がかかってしまうと恐れていたけど、今ではそんな事は杞憂だったと思えるくらいに仕事に慣れてきたのだ。
「そうですか。でも勝平さんはまだ通院が必要な身体なんですから、その事を忘れてはいけませんよ?」
「分かってるよ。椋さんが僕の事を心配してくれている事もね」
自分の足で歩けるようになったからといって、完全に回復したわけではない。リハビリはまだ当分必要だろうし、問診なども定期的に受けなければならないだろう。
それでも、ベッドに寝たきりだったあの頃と比べれば、かなり自由に動けるし楽しい生活を送れているだろうな。何より椋さんと一緒に生活出来ているんだから。
「今日は朋也君たちは来ないんだよね?」
「はい。お姉ちゃんもお義兄さんも忙しいらしく、今日はこれないとメールが届いてました」
「そっか……じゃあ今日は久しぶりに二人きりだね」
椋さんは非番、僕は仕事を終えて帰宅済み。そして義姉夫婦は仕事が忙しいらしく来られない。ここ最近二人きりの時間が減っていたので、これはこれで良かったのかもしれない。
「思えば、再会してからあっという間だったね」
「どうしたんですか、急に?」
「ううん、ただ何となくそんな事を思ったんだ。退院間近だった僕と朋也君が再会して、その縁で杏さんも朋也君と再会を果たして、色々合って今は夫婦になってるんだなって思ってさ」
「確かに、お姉ちゃんはきっかけが無かったら未だにお義兄さんの事で頭を悩ませていたかもしれませんものね。そう考えると、私たちはお姉ちゃんとお義兄さんの関係を進展させたのではないでしょうか?」
「少し古いけど、恋のキューピット役だったのかな?」
元々想い合っていたらしいから、キューピットというより橋渡し役かな? それでも、二人の関係の進展に貢献出来たのなら嬉しいけどね。
「そう言えば最近、お義兄さんの事を病院で聞かれるんですよ」
「そうなの?」
朋也君は別に通院しているわけでも、僕みたいに看護師さんたちと顔見知りなわけでもないんだけどな……何で話題になってるんだろう?
「偶に勝平さんを車で迎えに来てますよね。その光景を他の看護師に見られてたんですよ」
「ああ、そうなんだ」
「はい。それで『あの男の人は旦那さんとどういった関係なの?』と聞かれてたんですが、最近では『彼女はいるのか』とか『好みのタイプとか分からない』とか色々聞かれるんですよ」
「あ、あはは……朋也君はもう結婚してるのにね」
「そうなんですよ。だから私が『彼は私の姉の旦那さんです』と言ったら、結構な数の看護師がショックを受けてました」
「無自覚にモテてるんだね、朋也君は」
聞けば高校時代も意外と人気と人気が高かったらしいけど、本人はその事に気づいていなかったらしいし、椋さんも僕と出会う前は朋也君の事が気になってたらしいしね。
「お義兄さんは少し怖い印象ですけど、話せば優しい人だと分かりますからね」
「うん。僕と初めて会った時もそうだった」
バイクに撥ねられた僕を見捨てずに起こしてくれて、更に僕が落とした履歴書も保管してくれていた。普通なら破り捨てられてもおかしくなかったのに、朋也君はそうしなかったのだ。
「僕と椋さんの関係が進展出来たのは、杏さんと朋也君のおかげだね。よくよく考えればさ」
「つまり私たち姉妹は、互いの恋の進展に一役買っていたんですね」
「仲良しだね、椋さんと杏さんは」
改めてそんな事を話ながら、僕と椋さんは笑いあったのだった。
この二人は嫌いじゃないんですが、ボケとボケなのでやりにくいんですよね……