僕と椋さん夫婦と朋也君と杏さん夫婦で衣装を借りて写真を撮った日。僕たち四人は珍しく外食をしたのだ。
「これで漸く結婚した自覚が出てくるわね」
「なんだ、杏はまだ無かったのか?」
「少しはあったけど、役所に紙を提出しただけだったでしょ? だからイマイチ実感が無かったのよね」
「確かにそうだが、『紙』ってお前な……」
杏さんの大雑把な捉え方に、朋也君が呆れたようにため息を吐く。この義姉夫婦は何時もこんな感じなのだろうかと少し心配になるが、するだけ無駄なのですぐに忘れてしまうのだけど。
「勝平たちは既に同居してるしな。写真を撮ったからといって何か思う、なんて無いだろ?」
「いえ、漸く勝平さんと夫婦になったって気がしてます。前から思ってはいましたけど、あの衣装は特別ですから」
「うん、そうだね。僕も椋さんの晴れ姿を見て感動してるよ。この人が僕の奥さんだって、改めて実感もしてるし」
「そんなものか? お前たちは俺たちと違って何年も夫婦をやって来たんだろ? 入院してたからと言って、そこは変わらないんじゃないのか?」
「一緒に暮らし始めたのは今年に入ってからだし、その後もリハビリとか夜勤とかで一緒にいられる時間は多く無かったからさ」
朋也君たちのように、付き合ってすぐ結婚したのも驚くけど、僕たちのように、結婚してから暫くは入院患者と看護師の間柄だった夫婦も珍しいのかもしれない。
「藤林家には結婚の報告と共に写真を持っていけば良いんだよな?」
「そうね。お父さんもお母さんも、娘が結婚してるという事は受け容れてくれてるけど、写真を見るまでは半信半疑っぽいからね」
「私はもうとっくに結婚してたんだけどね。疑われてるのはお姉ちゃんだけでしょ」
「そんな事無いわよ。椋だって結婚してた、って言っても暫くは勝平さんは入院してたし、退院してからも色々と忙しくてまともな新婚生活は送れてないでしょ? だからお母さんたちも疑ってたんじゃない?」
「どうだか。とりあえず挨拶に行くのは一緒に行こうぜ」
「そうだね。僕も挨拶に行った事ないし、朋也君と一緒なら心強いしね」
既に娘さんを貰っている僕たちに、『娘はやらん』などと言う定番の言葉は無いだろうし、二人のご両親ならそこまで迫力のある人ではないだろうけども、それでも心細いと思うところはあるのだ。
「そういえば、この近くに三人の母校があるんじゃなかったけ?」
「ん? 確かに近くだな」
「あたしが朋也に告白した場所でもあるけどね」
「お姉ちゃん、ここで告白したの?」
「そうよ。朋也を好きになった場所の傍で告白したかったの」
「意外とロマンチストなんだね」
椋さんの言葉に、杏さんが恥ずかしそうに頬を染めて椋さんを追いかけ回す。その光景を僕と朋也君は苦笑いを浮かべながら眺めていた。
「ホントに、この姉妹は仲が良いんだか悪いんだか……」
「少なくとも、悪くは無いと思うよ。だってホントに仲が悪かったら、あんな風にじゃれ合ったり出来ないもん」
追いかけている杏さんも、追いかけられている椋さんも、何処か楽しそうな顔をしている。本気で怒ったりしてないと言い切れる顔なのだ。
「仲が良いという事は、昔から知ってるがな。成長してないとも言えるのかもしれんが」
「朋也君だってあの二人と一緒の時は高校生のままでしょ? 僕も人の事は言えないけど」
「……かもしれんな。とりあえず、一緒にいて退屈しないのは確かだ」
僕たちは笑いあいながら長い坂道に視線を向ける。僕は何回かしか上った事が無い坂道だけども、三人には思い入れのある場所、上り慣れた坂道。これから僕たちの夫婦生活にも、このような険しい坂道があるのかもしれないけど、二人だけでは無理でも、四人なら登りきれるのかもしれない。僕は朋也君に視線を戻し、そっと心の中でそんな事を思っていた。
「朋也君」
「あん?」
「これからもよろしく」
「なんだ、急に」
「特に意味は無いよ。とにかく、これからもよろしく」
「良く分からんが、まぁよろしく」
僕たちはこれからも長い付き合いになっていくだろう。それこそ、この坂道よりも長い付き合いに。途中で躓くかもしれないけど、最後までその道が途切れないように頑張ろうと、改めて誓ったのだった。
くだらない妄想にお付き合いいただき、ありがとうございました。