刹那と早雲のデュエルが終了し、刹那と舞、優希の三人が帰るのを見送った後、ミラは夕飯作りに取り掛かっていた。
今日から暫くの間、キングダムという組織から飛び出した女性、
「へー、これがキッチンなんだ。初めて見るものばかりだよ。あ、クリフ君これなんだろ」
「それはね、電子レンジなんだよー」
「どうやって使うのかな。あ、開いた」
しかし、キッチンにはミラだけではなく早雲とクリフの姿もあった。興味津々といった様子でキッチンの機器に触れる早雲と一緒になって遊んでいるクリフ。いくら可愛い弟でも、物事には限界がある。
「こら、早雲勝手に弄らないで! クリフも一緒になって遊ばない! お姉ちゃんお料理できないでしょ!?」
「あうっ!? ごめんなさいっ」
ぺこりと謝るクリフ。しかし早雲は聞く耳を持たないのか、クッキングヒーターに手を伸ばそうとする。
「ダメですよ早雲さん。お嬢様の邪魔になってしまいます。クリフ様も、こっちでテレビを見ましょう。サッカーやってますよ?」
「ちえー、せっかく面白かったのに」
「サッカーみるー!」
渋々といった感じでキッチンから離れる早雲とサッカーに釣られてリビングへ走るクリフ。二人の後ろ姿を見ながら、メイレンはくすりと笑った。
「なんだか、手のかかる子供が増えたみたいですね」
「年齢は私達と同じくらいのはずだけどね……」
ため息をつくミラ。と、何かがぐつぐつと音を立てているのに気づく。
「って、お鍋が噴いてるじゃない!」
「火を止めましょう!」
そんなこんながありながらも、何とかミラは夕飯を作る事が出来た。
「おまたせ。今日の夕飯よ」
「やったー!」
「あれ、なんかお盆小さいね?」
リビングに出来上がったそれを運び、三人に配膳する。最後に自分の分をテーブルに置き、全て終了だ。
「今日の夕飯は、肉うどんよ」
「……あれ?」
きょとんとした顔を見せる早雲。何かおかしかったのかと思い、ミラは早雲の顔を覗き込む。
「どうしたのよ?」
「一つ聞きたいんだけど、ミラってお嬢様だよね?」
「そうよ?」
「そのお嬢様が、肉うどん作るの?」
「くすっ、お嬢様の好物なんです」
メイレンが笑いながら説明すると、早雲は不思議そうな顔を見せた。
「……何がきっかけで好物になったの? 三人とも海外出身の留学生だよね?」
「私達、母国より日本にいる年数の方が長いのよ。小さい頃、パパが仕事の拠点を日本に移したから。クリフなんか日本生まれ日本育ちだから母国語話せないし。話が逸れたけど、初めて日本に来た時に食べたのが肉うどんだったってだけよ」
そう言いながら、うどんを啜りこみ、スープを飲む。今日も白だしがいい塩梅だとミラは自らの料理の出来に納得した。
「そういうこと、かぁ。あ、いただきます」
「いただきます」
「いただきまーす!」
三人も一斉にうどんを頬ばる。クリフは豚肉と一緒に麺を啜り、幸せそうな表情を浮かべていた。その顔が見られるだけでもミラは嬉しい。
「でも、料理できるなんて羨ましいなぁ。私キッチンになんか入ったこともなかったし」
「流石に三人暮らしを始めてからは、メイばかりに負担かける訳にもいかないから。メイに教わって、時間かかったけど少しはまともに作れるようになったわ」
初めは何でもかんでも焦がしていた記憶が蘇る。しかし、そんな自分にメイレンは根気よく教えてくれた。だから今があると思っている。
「流石にメイや舞には及ばないけどね」
「そんな事ありませんよ、お嬢様のお料理は美味しいですよねクリフ様?」
「うん! ボク、ミラおねえちゃんのおりょうりもメイおねえちゃんのおりょうりも大好き! 舞おねえちゃんのおりょうりは食べたことないから食べてみたい」
そんな風に会話が弾むと、早雲が何処か羨望の眼差しでこちらを見ているのに気づいた。
「どうしたのよ?」
「ん、何だかこうやって家族と食事出来るのっていいなぁって。私は父さまと母さまがいるけど、二人とも忙しいからあんまり三人揃って食べたことないから」
その話を聞きながら、ミラは早雲が家を出た原因はそこもあるのかもしれないと思った。
ミラとクリフも父は忙しく、母はいない。けれどこうして三人で揃って食卓を囲むのが当たり前になっているので寂しさはない。しかし早雲は話を聞いている限り一人だったのだろう。いてもお付きの人がいるくらいで、家族団欒の経験があまりない。だからこの光景が早雲にとっては眩しく見えるのかもしれない。
「あんたも色々大変そうね」
「そうだね」
複雑そうな笑みを見せる早雲。ミラは余計な事を言ったかもしれないと思いつつ、うどんを啜るのだった。
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一方その頃。刹那は舞の家にお呼ばれしていた。玄関で舞が用意したスリッパを履き、リビングを通ると舞と優希の兄である観月昴とすれ違った。優希がすかさず昴に抱きつく。
「にーにー!」
「おかえり優希、舞。……お? 刹那も一緒なんだ」
「よっ、昴の兄貴。お邪魔するぜ」
「今日、
それを聞いた昴がニヤニヤと二人を見る。嫌な予感がして、逃げようとするも。
「うんうん、未来の義弟だからね。今のうちに我が家の味に慣れ親しんでもらうのは良いことだと思うよ。って、もう慣れっこだったか」
「お兄ちゃん!」
舞が顔を真っ赤にして怒鳴るが、昴は堪えずにニヤニヤするだけだ。刹那もやや顔が熱くなっているのを感じつつ、リビングの椅子に腰かける。
舞がぶつぶつ言いながらキッチンに向かうのを確認した後、昴が優希を抱きかかえたまま声量を小さくして口を開いた。
「で、実際のところどうなのかな?」
「どうって、何もねえよ」
「んー、それは残念。傍から見てると舞も刹那も分かりやすいんだけどなー。ね、優希」
「うん! ねーねーはせっちゃんおにーちゃんの事だいす――」
「優希! 天ぷらうどん抜きにするわよ!? バカ兄貴は夕飯抜き!」
「やだやだー!」
「って、僕は確定なの!?」
優希の大きな声を遮断する舞の怒声に、昴と優希が焦燥するのを見ながら刹那はデッキケースを見る。デッキには『ティマイオスの眼』が投入されたままだ。早雲と出会い、そしてこのカードを持つ事で刹那は父の死の真相に近づくチャンスを得られた。しかし、それは同時に自分自身、そして周りにいる人達を危険に巻き込む可能性がある事を意味している。
早雲の前では威勢の良い事を言ったが、いざ冷静になってみると不安になってくる。
舞が作った刹那の好物、野菜炒めを平らげた後、刹那は舞に連れられて彼女の部屋に入る。昴がまた茶化してきたが、舞が拳一つで沈黙させた。
「……っ。そ、それにしても、あの野菜炒め母さんの味にそっくりだったな」
部屋に入るなり、柑橘系の果物の様な甘い香りが刹那の鼻をくすぐった。意識しないように刹那は心を落ち着かせようとする。
「そりゃそうよ。あれは渚さんに教わったんだし。将来のため、とか言って半ば無理やりだったけど」
「……なんか悪い」
「いいわよ、別に。わ、悪い気はしなかったから……」
最後の方はごにょごにょと声が小さくなっていたので良く聞き取れなかったが、刹那は気にせず部屋の椅子に腰かけ、舞はベッドに座る。
「で、どうしたのよ。話したい事があるって」
「ん、まあな。ほら早雲に協力するって言っただろ。オレは父さんの事があるからそうしたいけど、何も舞まで首突っ込む事ないんだぜ?」
「…………」
じっと舞が刹那の目を見つめる。その先を急かすかのように。
「言っちゃあれだけど、本来お前はこの件とは無関係だし協力する理由も特にないだろ? ミラはクリフが危ない目にあったからーとか言って無理やりこじつけてるけど、お前は何にも無い。だから――」
「だから身を引けって言うのね」
「……そういうことだな」
しばしの沈黙。何か言わなくてはと思い口を開きかけたが、舞がそれを遮った。
「あんたを守るため、って言ったら理由になるわよね」
「は?」
一瞬何のことだか分からず、混乱する。舞はニヤリと笑みを浮かべながら続ける。
「だって、あんたと早雲だけじゃ危なっかしいしミラはクリフ君で精いっぱいだろうし。だからあんたを守るのがいてもいいわよね?」
「あのなぁ、守るって言われても」
「あんたの身にもし何かあった時、渚さんはどうするのよ?」
「……?」
「早雲が言ってたじゃない。キングダムのデュエリストはモンスターの攻撃を実体化させることができるって。それで万が一の事があったら、渚さんが一人きりになるじゃない。旦那さんを失って、たった一人残った息子まで失うなんて。そんなの悲しすぎるわ。だから私があんたを守る。渚さんを悲しませないために。それじゃ、ダメ?」
真剣な目つきでこちらを見てくる舞の目を見て、刹那は説得するのを諦めるしかなかった。彼女の意思の強さは、昔から嫌という程見てきたではないか。それを今更変えようなんて、出来るはずもなかったのだ。
「わーった、わーった。じゃあこうしようぜ。お前がオレの事守ってくれんなら、オレもお前の事を守ってやる。これでおあいこにしようぜ?」
そう言うと、舞は嬉しそうな表情を見せて拳を突き出した。刹那もそれに応えて拳を出し、ぶつけ合う。
「約束破ったら、針百万本飲ますわよ?」
「それは、こっちもだな」
二人で笑いを堪えるが、我慢できずに同時に噴き出した。二人の笑い声はしばらくの間響き渡り、隣の部屋で優希と一緒に寝ようとしていた昴を怪訝な顔つきにさせたとかさせなかったとか。
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深夜。都内のビジネスホテルの一室で、一人の少年がベッドに寝転がっていた。
部屋に置いてあった質素な寝巻に袖を通し、ボサボサの髪とだらしない輝きを放つ瞳。何か魂が抜けたかのようにぼーっとしている。
そんな静寂の時間を破る一本の電話が少年のスマートフォンに入った。少年は気だるそうに手を伸ばし、テーブルに置いてあったスマートフォンを取った。
「どうしたんでい、アトス?」
『ボルトスか。国王から指令の変更があった』
その少年、ボルトスは自らが属する組織で苦楽を共にしてきた仲間の声に耳を傾ける。
「何かあったんですかねい?」
『姫様が持ち出したカードの反応があったそうだ。その地点も特定できている。データを送るから、明日そこを調べて欲しいそうだ』
その言葉に、僅かに目を見開く。ようやくまともな情報にありつけたが、ボルトス自身は普段のペースを変えないように心がけた。
「『ティマイオスの眼』ですかい? ようやく適合者が見つかった訳ですかい。ん、りょーかいしときますぜい」
『デュエルをして発現したはずだから、複数人数いる可能性がある。こちらから兵を送るからそれと合流してから行ってほしい。今どこにいる』
「奉花市のビジネスホテルですぜいー」
『東京のか……ならそこの住所を送れ。そこに兵を明日の六時までに三、四人向かわせる』
「ん、りょーかいですぜい」
『では、朗報を待っているぞ』
神妙な声を最後に、通話は切れた。ボルトスはぼーっとしたままスマホを手に、ここの住所をアトスへ送った。
「……いよいよ、本格的になるって訳ですねい……いいような悪いような」
そんな呟きを口にしながら、ボルトスは瞼を閉じる。すぐに眠気が襲ってきて意識が沈んでいった。
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ボルトスが宿泊しているビジネスホテルの屋上。本来は従業員以外誰も入れないはずの場所に、二つの影があった。
二人ともドクロを模したシルバーメタルのマスクを被り、黒のスーツを身に纏っていた。
一人は背が小さく、もう一人は豊かな胸の膨らみから女性だと判断できる。その女性も、男物のスーツに身を包んでいるが。
「『ティマイオスの眼』、適合者……何か重要なキーワードの様ね」
二人は盗聴器を使い、ボルトスの会話を聞いていた。もう一人の背の小さい方が軽く鼻を鳴らした。
「それが何だろうと、俺達には関係無い。俺達の目的はただ一つ」
「奴らの殲滅、ね」
二人は立ち上がり、マスクに手を掛ける。マスクの奥からは鋭い眼光が見え隠れする。
「明日、行動を起こす。残りの連中にはアジトに残っておく様に伝えろ。俺達だけで充分だ」
「分かったわ」
「俺達は誰にも止められない。立ちはだかる奴は叩き潰すだけだ」
その呟きと共に、二人の姿は消えて無くなった。まるで初めから何も無かったかのように。