日が高く燦々と輝く都市部から外れた閑静な住宅街。その一角に、キングダムがアジトとして使用している家屋がある。年数がそれなりに経っているのか外観は決して良くないが、逆に言うと目立ちにくいので潜むにはちょうどいい場所である。
その室内には二人の人物がいる。一人は男性、もう一人は少年。黒のコートを羽織り、気難しい表情で椅子に腰かけている。
「そうか、ロス・インゴベルナブレスの連中が」
そう口を開いたのは、王国三銃士と呼ばれている幹部集団の一人、アトス。
「あいつら、いつから俺達を尾行してやがったのか……飛んだジャマが入ったぜい」
そう口惜しそうに話すのは、少年ボルトス。彼らはキングダム国王の娘である皆月早雲を連れ戻すために行動しているが、成果は芳しくない。国王から期限を設けられている訳では無いが、早ければ早い方がいいのは明白。いつ急かされるかも分からないので、密かな焦燥感が生まれていた。
最初はアトスの従者であるバザンが向かったのだが、とあるカードショップにてシーベル・コーポレーションの跡取りであるミラ・シーベルに敗北。それに伴い、ボルトスがキングダムの兵士、キングダム・ナイツを連れて早雲を襲撃したのだが、今度は裏世界の無法者集団、ロス・インゴベルナブレスの妨害に遭い失敗。連続で失敗するのは、失態以外の何物でもない。
「一応、国王に報告は行うが……三度目は無いと思った方がいいだろう。やはり俺達が直々に出るしか」
「ホホホ……それならこのワタクシが行きましょうかァ?」
入口付近から聞こえてきた甲高い声に、二人は振り返る。そこにいたのは二人と同じコートを身に纏った中年の男。
双眸は欲望に塗れたかのようにギラギラと歪で危険な輝きを放ち、ニヤニヤと笑みを浮かべる口元と体を揺する行為が怪しさを増大させる。その人物を見たボルトスはあからさまに嫌そうな表情を向けた。
「うえ、オルガ……お前が行ってもまともに帰ってこないじゃないですかい」
その人物、オルガはおどけた様な表情を作る。
「んー、これは心外ですねェ。紳士たるこのワタクシが失敗を犯すとでもォ?」
「お前は本来の目的から逸脱する危険がある。それをしないと誓えるか?」
「ええ、それはそれは。ちゃぁんと、目的は果たしますよォ? 目的を果たした上で逸脱するのなら、問題無いでしょォ?」
ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべるオルガに、ボルトスは不快そうな顔を見せる。アトスは表情を変えないまま話を続ける。
「……何をしたいのかは想像つくが、ちゃんと姫様を連れてきてからにしろ」
「了解しましたァ。それで、目的は姫様だけでいいのですかァ?」
「『ティマイオスの眼』の適合者か? それなら――」
「お姫様が潜伏していたマンション。それは『ティマイオス』の反応があった場所でもありますよねェ? 調べてみたのですが、そこはシーベル家が所有しているマンションだそうですゥ。そこに、ミラ・シーベルも住んでいるそうですよォ?」
「……なんだと?」
いつその事を知り、いつ調べたのかという疑問はあるがアトスはオルガにその先を促す。
「つまり、アトスの従者が戦ったというミラ・シーベルが適合者である可能性が高い訳ですよォ?」
そう言いながら気味の悪い笑みをより強めるオルガ。その様子にアトスとボルトスは諦観したような表情を浮かべた。しかし、彼の言っている事はもっともな事でもある。
「そういう訳なので、私は暫くシーベルの懐に潜りこみますよ。いいですねェ?」
「……好きにしろ。ただし、失敗は許されない事を忘れるな」
「もちろんですよォ。失敗の二文字は私の辞書にありませんからねェ」
そう笑いながら、オルガは部屋を出ていく。アトスとボルトスはその様子を見送るしかなかった。
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目が覚めた時、最初に見えたのは白い天井だった。そして頭に重しを置かれたかのような鈍い痛みが走る。観月舞は辺りを見渡し、ここがミラの家の一室であると理解した。
「あ、舞おねえちゃんおきたー!」
ミラの愛弟、クリフが嬉しさと安堵が混じった声を上げながらこちらに駆け寄ってくる。
「クリフ君……ここって、クリフ君の部屋?」
「ボクとおねえちゃんのお部屋だよ! 舞おねえちゃん、デュエルで負けちゃった後に倒れちゃったんだ」
そう言われて舞は記憶が戻っていくのを感じた。ロス・インゴベルナブレスのリーダーである桐生悠貴とデュエルし、手酷い敗北を喫した事を。
正直言って、あんな完敗を喫したのは初めてだった。刹那やミラにもあそこまで酷い負け方はしない。最初から何もかも太刀打ち出来なかった。デュエリストとしてのレベルが違い過ぎた。
そんな自分が刹那を守るなど、なんて調子の良い言葉なのだろう。悠貴の言う通り、今のままでは自ら死を選ぶようなものだ。けれど、刹那に告げた言葉を嘘にしたくない。しかし現実として嘘になってしまうのが現状だ。それが悔しくて、やるせなくて。気が付くと、いつの間にか目頭が熱くなっていた。
「うっ、くっ……う……」
「舞おねえちゃん、どこかいたいの?」
クリフが不安そうにのぞき込んでくるが、一度あふれ出た感情という名の流れは止まらない。肩を震わせていると、不意に頭にさわさわした感触が伝わる。見上げると。
「いたいのいたいの飛んでけー、いたいのいたいの飛んでけー」
クリフが舞の頭を撫でていた。その温かさに、舞は少し気分を落ち着かせる。
この男の子は本当に何処までも純粋で、真っすぐな優しい心を持っている。ミラが彼を溺愛する理由が少し分かった気がする。
「ありがと、クリフ君。少し落ち着いたかも」
「ほんとー? じゃあボクのおなじまいが効いたんだね!」
にっこりと笑うクリフに、舞もつられて僅かに笑みを浮かべる。そして彼の頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めた。
「それを言うならおまじないだよ、クリフ君」
軽くドアがノックされた後、そう言いながら入ってきたのは皆月早雲。闇組織キングダムの首領の娘であるが、現在は父と敵対している立場だ。
「とりあえず、ミラには連絡しておいたよ。電話越しだったけど、最後らへんの声が低くなってたから結構怒ってると思う。主にクリフ君関連で」
「ボク、ほんとうに怖かったよ……」
僅かに震えるクリフ。その様子が彼の恐怖度を物語っている。恐らくミラが帰ってきたら力一杯抱きつくのだろう。
(そんな事よりも……今のままじゃ確実に私は足を引っ張る。なら、力を付けないといけない。でも、どうやって……)
それ以前の問題として、刹那は『ティマイオスの眼』を手に入れた。新しい力を手に入れた以上、自分の助けなど必要無いのではないか……? さっきとは別の考えを浮かんできて、舞は戸惑う。
約束と、現実。そもそも、自分は何で刹那を守りたいのか? 刹那がいなくなると渚が可哀相だから、彼を守ると刹那本人にも言ったはずだ。それなのに今はその答えをはっきりと告げる自信が無い。何故なのかは、自分にも分からなかった。
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キングダムの襲撃があった翌日、ミラは自身とクリフが使用する部屋でクリフにデュエルの指導をしていた。
昨日の件に関しては警察に任せてあるが、立て続けにクリフが危ない目に遭った事もあり、ミラは父にマンションの警備を増強する事を依頼。そして今回の様に自身が不在の時でもクリフが自身の身を守れる様にしなくてはならないため、指導に熱を入れる事にした。
早雲は居場所がばれたというのもあり、暫く別の場所に潜伏すると言って出て行った。当てがあるのかは知らないが。
「ああ、なんでそこでそのカードを出しちゃうのよ! 手札に『サイクロン』があるんだからまずリバースカードを破壊するのが先でしょ!」
「あうっ!? ごめんなさいっ」
メイレンを相手に、ミラが横からクリフのプレイングをチェックするというスタイルを取っている。ミラ自身、クリフの良い点でもあり弱点である素直すぎる所を少なくともデュエルの間だけは直したいと思っているのだが、性格故に中々上手く行かない。
メイレンが相手の思考を読み裏をかくタイプのデュエリストなので、相手としてはうってつけなのだが、いかんせん彼女の言う事を素直に聞きすぎて術中に嵌ってしまうのだ。
「お嬢様、クリフ様。一度休憩しましょう。さっきからずっと続けていますし」
「そうね……クリフ、三十分休憩ね」
「あいっ!」
クリフを一旦解放すると、ミラは軽くため息を吐いた。メイレンもその意味が分かっているのか、苦笑しながら口を開いた。
「こう言うのもなんですけれど、上手く行きませんね」
「一日二日でどうにかなるものじゃないとは分かっているんだけどね……はぁ」
素直な所は普段なら可愛いのだが、騙し合いも時に求められるデュエルにおいて、クリフの素直さは致命傷になりかねない。舞やメイレンみたいになれとは思っていないが、少なくとも多少は騙し合いに対応出来る様になってもらいたいのだ。
すると、インターホンが鳴った音が聞こえた。何だろうと思いリビングに向かってみると。
「おねえちゃん、たくはいびんが来たってー」
既に応対していたのか、クリフがそう告げてきた。しかし自分は何かを頼んだ覚えは無い。もちろん、クリフでも無いだろう。そうなると、後はメイレンなのだが。
「私も違いますね。そもそも、下の警備さんから連絡が無いのは不自然ではありませんか?」
その言葉に、ミラはまさかと思う。ミラ達の許に来訪者が向かう場合、まずは警備から連絡が来るはずなのである。しかし、今回はそれが無かった。それが意味するのは……。
「まさか、キングダム……?」
「そんな、警備を強化したばかりなのに?」
あり得ない話では無いと思っていると、玄関のドアがガチャリと音を立てて解錠されるのが聞こえた。
「そんなっ……クリフ、隠れて!」
弟に叫ぶが、一歩遅かった。
ドアが開いたと同時に、無数の弦が飛来してクリフを雁字搦めにする。
「クリフ!」
「おねえちゃーん!」
ミラは手を伸ばすが、クリフに届くことはなかった。クリフはそのまま引きずられる様にして玄関まで連れてこられる。そして。
「ホホホ……これはこれは可愛らしい子ですねェ。貴女の愛しい弟ですか、ミラ・シーベル?」
甲高い、不気味な声が聞こえてきたかと思うと一人の男が入ってきた。
クリフの言う通り、宅配員の恰好をしてはいるものの、その体からは危険なオーラが漂っていた。クリフを横目で見るやいなや、舌なめずりをしてニタリと笑った。その表情にミラの背筋が凍る。この男は危険だと、頭の中で警鐘が鳴り響く。
「どうも初めましてェ。キングダム所属、王国三銃士の一人、オルガと申しますゥ」
男は恭しく一礼するが、そこを狙ってミラは男に飛び掛かった。
「お嬢様!」
止めようとしたメイレンをかわし、怒りに任せて男に迫るが、それを右手首の違和感が止めた。見ると、手首に赤い閃光が巻き付いている。
「ホホホ、いきなり暴力に訴えるとは令嬢のする事ではありませんねェ……親御さんはどういう教育をなさっているのでしょうかねェ」
「黙りなさい! クリフを、クリフを返せ!」
「それなら、デュエルで私に勝つことです。このデュエル・アンカーはデュエルを完遂しない限り解除される事はありませんからねェ。それと、私は家を破壊する趣味はないので、ダメージのみをリアルにさせてもらいますよォ?」
「そんなの何だっていい。地獄に堕ちる準備は出来ているかしら!?」
メイレンが手早くデュエルディスクとデッキを用意してくれたので、ミラはすぐにそれらを装着して起動させる。オルガと名乗った男も同じ様にディスクを起動させる。
互いに手札を取ると、少しの沈黙が流れる。そして――。
『デュエル!』
戦いの火蓋は、切って落とされた。