日が沈み、漆黒の闇が空を覆いつくす時間帯。都心から外れた場所に古いコテージが存在している。かつてはキャンプ場として栄えていたのだが数年前に廃止となり、今はその頃の面影を感じる事は出来ない。
そんなコテージのリビングで、ソファーに寝転がりながらくつろいでいる女性がいる。
茶色の髪をポニーテールに纏め、森林を思わせる緑色の瞳は活発そうな印象を与える。
服装はカジュアルなTシャツと程よく肉づいた瑞々しい太ももを限界まで露出させたホットパンツと、彼女の女性としての魅力を凝縮させた格好をしている。
そんな彼女は現在、テレビに映るニュースを退屈そうに見ていた。強盗事件やら殺人事件やらを取り上げているが、彼女はさほど興味が無いのか怠そうな目をしている。すると玄関からドアの鍵が解錠される音が聞こえた。途端に彼女は飛び上がり、何かを待ちわびていた様な顔でニヤニヤしながら身構える。しかし、その直後ドアを乱雑に開け放った人物を見て、残念そうな表情を浮かべた。
「なーんだチビキングか、ってスルー!?」
入ってきた人物、
「ただいま
「おかえりー。しっぽりデート楽しんできた? ってか、チビキングなんかあったの? めっちゃくちゃ不機嫌だったけど」
その女性、
「彼の満足するデュエルが出来なかった、と言えば伝わるかしら」
その答えに、理苑は鼻で笑う仕草を見せた。
「相変わらずのデュエルバカだねぇ……。んでんで、キングダム関連ではなんか収穫あったの?」
「とりあえず三人は殲滅したわ。それと、奴らが重要視しているであろう事に関しても」
「……へえ」
理苑は目を軽く細める。翔子は理苑が興味を持ったのを確認した後、ゆったりと口を開いた。
「『ティマイオス』と適合者。恐らく何らかの力を持ったカードとそれを使えるであろうデュエリストの事だと私は見ているんだけど……」
「じゃあ、あいつらはそれを探すためにあたし達の家を乗っ取ったって訳?」
理苑の言葉に翔子が頷く。その表情は僅かにだが焦燥している様にも見えた。
「推測が正しければ、だけど。だとしたらみんなはそれに適合しなかった事になる。危ないと思うわ」
「クックック。こういう時こそトランキーロ、焦んない焦んない」
ニヤニヤ笑っている理苑に、翔子は呆れた様なため息をついた。
「貴女はそろそろ焦る、という言葉を覚えた方がいいと思うわ。『ティマイオス』や適合者の事も気になるけど、私達の最優先事項は」
「あたし達が育った孤児院、『福音の家』をキングダムから取り戻すこと、でしょ?」
「そう。みんな奴らに囚われたままになっている。手遅れになる前に奪還しないといけないわ」
「だからあたし達入ったんじゃん、ロス・インゴベルナブレスに。そしてその日本支部、ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンとして活動している。みんなの自由を取り戻すためにさ」
翔子は理苑のその言葉にはっきりと頷いた。そして理苑はどこかワクワクとした様な表情を見せる。
「明日は、あたしが出ようかなー。あ、福音の家に直接行くのあり?」
「……真面目に言っているの?」
「冗談、冗談。流石にそこまで理苑さん無謀じゃないよ。これはエンセリオ、マジだから」
翔子の深いため息がリビングに響き渡る。理苑はそれをケラケラ笑いつつ、翔子の肩を強く叩くのだった。
********
目が覚めると、白い天井が最初に見えた。照明が目に染みるような感じがして、何度か瞬きを繰り返す。少しして、自分がベッドの上にいるのだと気付いたミラ・シーベルはゆっくりと起き上がった。
「お嬢様、気づかれましたか」
付き人のメイレン・マグナスが安堵した様な表情を浮かべながら駆け寄ってくる。しかし、何か違和感のある笑顔だった。何て言えばいいのか、どこか淀んだ雰囲気があった。
そして、もう一つ違和感がある事に気づいた。いつもなら真っ先に来るあの子が……いない。そして、ミラは思い出した。
自分はクリフを人質にしたキングダムのオルガとデュエルし、そして敗れた事を。
「……! メイ、クリフは! クリフはどうしたの!?」
メイレンはぐっと何か堪える表情を見せ、言いにくそうな顔をしていた。そして絞り出すような声で告げた。
「……申し訳、ありません。クリフ様はあいつに、連れ攫われてしまいました……」
その言葉の意味が、最初は理解できなかった。いや、理解したくないと言った方がいいだろう。あの子が、何よりも大切な弟が攫われたなど、信じたくなかった。
「嘘、でしょ?」
「私も止めようとしたのですが、不思議な力であいつは姿を消したんです。クリフ様と共に……」
メイレンの掠れた声が、ミラによりそれが事実であると突き付けるような気がした。ミラは呆然と遠くを見つめる。
「あいつが去り際に、こう言ったんです。『弟を助けたいのなら、チャンスをあげます。いつになるかは分からないけど』と」
「クリフは? クリフはその時、どんな様子だったの?」
「……私の口からは、とても」
辛そうに首を振るメイレン。その目尻には涙が滲んでいた。メイレンを責める気にはなれない。そもそも、自分が勝てば何も問題はなかったのだから。
「……っ!」
悔しさ、不甲斐なさ、情けなさ。それらが形となってミラは壁を殴りつけた。
「お嬢様っ!」
メイレンが止めようとするが、ミラは構わず続けた。何度も、何度も。感情をぶつける相手がいない以上、こうするしかなかったが、それでもミラの気分は晴れない。当り前だ。こんな事をしても、クリフは戻ってこないのだから。それでも、壁を殴るのをやめられない。
「私が、私がもっと強ければあの子は……!」
「お嬢様、やめてください!」
「離してメイ! クリフ、クリフ……!」
骨が砕けても構わない。そんな気持ちで壁を殴り続けていたが、不意に体の向きを変えられ、そして――。
乾いた音が響いたと同時に、ミラは頬に痛みが走るのを感じた。メイレンが涙を浮かべながら腕を振り抜いていた。
「お嬢様。ここでお嬢様がしっかりしないで、誰がクリフ様を助けるんですか?」
静かながら、確かな怒気を含んだメイレンの声。それを聞いたミラの心は先程まで燃え盛っていたのが嘘の様に急速に冷えていく。
「クリフ様はお嬢様が助けに来るのを待っています。だから一緒に取り戻しましょう、クリフ様を」
メイレンの目は真剣だった。今まで見たことも無い様なその真っすぐさに、ミラは少しだけ驚いていた。
「ありがと、メイ。少し落ち着けたわ」
「い、いえ。こちらこそすみません、引っ叩いてしまって……」
「いいわよ、そんなの。取り戻すわよ、私達の大切な存在を」
自らに言い聞かせるように呟く。必ず、実現してみせる。あいつを倒してクリフをもう一度抱きしめてやるために。
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孤児院、『福音の家』。親や親戚がいない子供達を引き取り、育てる家として運営されていた場所である。しかし半年前、この場所は悪夢に襲われた。
キングダムの襲撃によって施設は乗っ取られた。院長は殺害され、残った子供達はキングダムの支配下に置かれた。自由に暮らしていた子供達はそれを奪われ、息が詰まるような生活を強いられている。それ以降もキングダムが捕らえた子供達は全てここに連れてこられるのが慣例となっている。
そんな福音の家の管理を任されている人物が、戻ってきた。新たなモルモットと共に。
「さァて、到着しましたよォ?」
福音の家の現院長、オルガはニタニタと気味の悪い笑みを顔に張り付けながら自身が抱きかかえている子に語り掛ける。
その子供、クリフ・シーベルはうつろな目で室内を見る。
数多くある寝室には鍵が掛けられ、自由な出入りが出来ないようになっている。もし逃げ出そうものなら、オルガの息が掛かった見張りが逃がしてくれない。
「オルガ様、おかえりなさいませ」
オルガの部下が声を掛けると、すぐにクリフをオルガに代わって抱きかかえた。
「その子は406号室にでも入れておいてくださいねェ? デッキも調べておいてくださいねェ。適合者でなくとも、楽しい事に使えますからねェ」
「は、かしこまりました」
クリフはただされるがままである。目の前で見せられた光景に、ショックを受けていた。
大好きで、自分のヒーローである姉の敗北。絶対に負けるはずがないと思っていた姉が負けた姿は、クリフの心に大きな傷跡を残した。
姉が倒れた後、クリフは当然暴れたのだが有無を言わさずにオルガが奇妙な力を使ってここまで連れてこられた。メイレンが必死に手を伸ばしていた姿も、クリフの目に焼き付いていた。
「おら、ここが今日からお前の家だ。言っておくが食事時間以外、部屋から出る事は禁止だからな。お前達、新入りを歓迎してやれ」
少々乱雑に降ろされたが、クリフは魂が抜けた様に動けなかった。そして目の前に、少年少女達がやってきた。少年が二人、少女が二人で年齢はクリフとそう変わらないのから少し上と思われるのがいる。どちらにせよ、小学生なのだろう。
「お前、新入りなんだな。俺は
残りの三人も口々に自己紹介しているが、クリフの耳には入らない。
「おい、お前聞いているのか?」
翔太と名乗った男の子がクリフの目の前で手をひらひらさせるが、クリフは反応しない。その様子を見た翔太は軽く舌打ちした。
「くそっ、あの変態野郎何しやがったんだ?」
「ねえ翔太君、今はそっとしておいた方がいいと思うよ?」
紫の髪をした女の子が翔太に話しかけると、翔太はそれに納得した様に頷いた。
「……おねえちゃん……」
クリフはうつろな目でそう呟いた。すると、それに翔太が反応した。
「お前、姉ちゃんがいるのか? って、聞いちゃいないか」
クリフは僅かに頷く。それにほっとしたのか気を良くしたのか、翔太が口を更に開いた。
「俺にも姉ちゃんがいるんだよ。年は離れてるんだけど、俺は好きだぜ姉ちゃんの事。お前もそうだろ?」
「……うん……ボクも、すき……でもでも、おねえちゃん、あのおじさんに負けちゃった……」
それを聞いた翔太は苦々しい顔を見せた。
「そうだったのか。あいつ、変態野郎だけどデュエルは出来るからな悔しい事に。でも、絶対姉ちゃんが助けに来てくれる! 俺はそう信じてるぜ。だからお前も自分の姉ちゃんを信じろ!」
その言葉に、クリフは僅かながら目に光りを取り戻す。姉なら絶対に助けに来てくれるはず。今までもそうだったのだから。だから、少しだけこの男の子の言う事を信じてみよう。そんな気持ちになった。
「そういや、名前聞いてなかったな」
そう聞かれ、クリフは小さい声ながらも、はっきりと自分の名前を告げた。
「クリフ。クリフ・シーベル……」
「よし、クリフ。今日からお前は俺達の仲間だ!」
そう言って差し出された手を、クリフはそっと取った。
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その頃、オルガは院長室に籠って電話を掛けていた。相手は同じキングダム三銃士のバザン。今回の結果を報告するためだ。
『なるほど、ミラ・シーベルは適合者では無かったか』
電話口のバザンは何とも言えない複雑な声色で電話に出た。オルガは構わずいつもの調子で答える。
「私の推測が外れてしまい申し訳ありませんねェ……しかし、あの家で反応があった事は確かなのですゥ。ミラ・シーベルの周辺を洗い出してみるとしますよォ。そのために、貴方の部下をお借りしたいのですよォ」
『好きにしろ。お前の部下なんて居ていないようなものだからな』
「それは失礼ですねェ。小さくて愛らしい部下達と言ってほしいものですよォ」
『本来、あそこは適合者の可能性がある者達を収容するために乗っ取った事を忘れるな。お前の私物部隊を作るためではないぞ』
「分かってますよォ。それでは、またァ……」
電話を切ると、オルガは濁った笑い声を漏らす。地の底から悪魔がはい出る様な、そんな声を。
「ワタクシの野望は、だァれにもジャマさせませんよォ……?」
その言葉は部屋の中で響き、やがて消えていった。オルガは机に置かれたパソコンと向かい合い、その画面を見てニヤニヤと笑った。その画面には、こんな文字が書かれていた。
『楽園計画』と。