陽もすっかり暮れた頃、カードショップでのひと時を過ごして刹那達と別れた舞と優希は、手を繋ぎながら自宅に戻る。玄関に入ると、見慣れた大きめの靴が置かれていた。それを見ながら、舞は優希の顔を見る。優希も誰が家にいるのか分かっているので、とても嬉しそうな顔をしている。
「ただいまー」
「ただーまー!」
リビングに入ると、その人はソファーに体を預けながら本を読んでいた。 所々の部分が逆立ったスカイブルーの髪に神秘的な輝きを放つサファイア色の瞳。二人の姿を認めると、ニコリと笑った。
彼は
「おかえり、二人とも」
「にーにー!」
優希は待ちきれなかったのか、背負っていたランドセルを放り出してすぐ昴に抱き付く。昴も待っていましたとばかりに優希を抱きとめ、頭を撫でている。
「おかえり、優希。今日もいっぱい遊んだのかい?」
「うん! あそんだよー!」
「そっかー。それにしても優希はやっぱり可愛いね」
「えへへっ」
兄の胸にスリスリする優希と、ぎゅっと優希を抱きしめる昴。年の離れた兄妹のスキンシップに舞は苦笑しながら優希のランドセルを持つ。
「お兄ちゃん、早かったわね」
「一コマ休講になったからね。その分だけ帰るのも早いさ」
「ああ、そういう事ね。ほら優希、宿題あるんじゃなかったの?」
舞の一言に、優希は思い出した様にパッと顔を上げた。
「そーだった! しゅくだいやる!」
「じゃあ、分からないところはお兄ちゃんが教えてあげるよ」
そう言いながら、昴は優希を抱きかかえたまま立ち上がる。優希は嬉しそうに足をパタパタさせる。
「私も宿題やらないとなんだけどね」
「ならお姉ちゃんの邪魔しない様に、お兄ちゃんの部屋で宿題やろっか?」
「わーい!」
優希は再び昴の胸に顔を埋める。すると、昴がチラリと舞の方を見る。
「なんなら、舞も僕の部屋で宿題やる?」
「やる訳ないでしょ」
本当なら蹴りを入れたいところだが、優希を抱きかかえているので出来ない。結局優希のランドセルは昴の部屋まで運び、二人を見送った後そのまま自らと優希が共に寝起きする部屋に入って宿題を片づけにかかるのだった。
********
優希は昴の部屋に入ると、すぐに勉強道具を取り出して宿題と睨めっこする。その隣では兄の昴が微笑ましそうにその様子を見つめている。
「みゅー……にーにー、三×五のこたえが分からないの」
優希は兄の方を振り向き、プリントを指差す。兄は優希の肩口からそれを覗き込む。
「んー、これだね。じゃあ、お兄ちゃんから大ヒント。さっきやった三×四の答えはなんだったかな?」
そう言われ、優希は先程自ら解いた問題の答えを見る。
「じゅーに!」
「そうだね。じゃあ、その十二に三を足してみよう。それが答えだよ」
「んーと、じゅーにに三を足して……あ、わかった!じゅーご!」
「正解。三五、十五だよ。よくできたねー」
「えへへっ。ぼくえらいー?」
「うん、偉い偉い。優希は頭もいい子だね」
「わーい!」
兄に撫でられると、心地いい感触が伝わってくる。優希は嬉しさを表現するために兄の胸に顔を埋め、こすり付ける。すると兄もぎゅっと抱きしめてくれる。これが優希は一番好きだ。
「じゃあじゃあ、三の段ぜんぶ出来たら、今日のおゆうはんは天ぷらうどんだよね?」
「うーん……それはママに聞いてみないと分からないかな」
困ったように頬を掻く兄。それでも優希は知っている。兄なら、絶対母に対して天ぷらうどんを作る様に言ってくれる事を。だから兄が大好きだ。
「ねーねーもしゅくだい、やってるのかなー?」
「うん、舞もやってるだろうね。でも舞の宿題は優希のよりずっと難しいよー?」
「そーなのー?」
「なんて言ったって、高校生だからね。難しくもなるよ。それにしても、あの舞がもう高校生とは。なんだか感慨深いね」
うんうん、と頷く兄に優希は小首を傾げる。
「ぼくも大きくなったら、こーこーせいになるんだよね?」
「うん。でも優希にはそのままでいて欲しいかなー、なんて」
「えへへ。ぼくは変わらないよー!」
そう言うと、兄は笑顔を返してくれた。それから優希は兄に教わりつつ、宿題を少しずつ消化していくのであった。
********
奉花学園がある都市、奉花市の中でも一等地にあたる高級住宅街。その中にそびえ立つ、いかにも豪奢なマンションの一室にミラとクリフ、メイレンは住んでいる。実家は別にあるのだが、学校までの距離が遠いという事でシーベル家が所有しているこのマンションに三人で暮らしている。
その浴室では、メイレンがシャワーを浴びながら今日一日の疲れを落としている。適度な温度のお湯がメイレンの体を濡らしていく。ボディソープを手に取って泡立て、体を清める。
「……ふぅ……」
思い出すのは刹那とのデュエル。いい所までは行けたと思うのだが、最後の詰めの部分が甘かった。刹那は課題が見つかったと言っていたが、メイレンにとっても自らの課題を浮き彫りにしてくれたデュエルになったと思う。その意味では刹那に感謝しなければいけない。
肢体に纏わりつく泡を洗い流してさっぱりとした所に、洗面所から幼い声が聞こえてきた。
『メイおねえちゃーん、いっしょに入ってもいい?』
ミラの弟、クリフの声だ。メイレンはくすりと笑いながら声を掛ける。
「クリフ様? いいですよ、どうぞ」
その声を聞いたとほぼ同時にドアが開き、幼い裸体が飛び込んできた。
「おじゃましまーす!」
「おじゃまするわ、メイ」
と、聞こえてくるはずのない声にメイレンは思わず耳を疑った。クリフの背後を見ると、ニヤニヤと笑っているミラが立っていた。
「お、お嬢様!?」
「クリフがどうしても三人で入りたいっていうから。たまにはいいでしょ?」
自らに抱き付いているクリフの方を見ると、その言葉は本当らしくニコニコしている。メイレンはクリフの頭を軽く撫でてやる。
「じゃあ、今日は三人で入りましょう」
「やったー!」
嬉しそうにバンザイするクリフに、メイレンも顔を綻ばせる。そんな二人の様子を見たミラは更にニヤニヤと笑う。
「それだけ仲が良ければ、私も安心してクリフをメイとくっつけられるわ」
「お、お嬢様!? 何を……」
「あぅー、ボクはミラおねえちゃんとメイおねえちゃんとけっこんするのー!」
「クリフ様まで!?」
メイレンが混乱していると、ミラも浴室に入ってくる。メイレンはクリフをミラに預けると湯船の中に身を沈める。ミラがクリフの体を洗う様子を眺めながら、自らのデッキの改善案を頭の中に思い浮かべる。そうしている内にミラとクリフも湯船に入ってきて、三人でじゃれ合うのだった。
********
刹那は自宅に帰ると、すぐに父が使っていた部屋に行き仏壇に手を合わせる。そして自らの部屋に戻ると、宿題には手を付けずにテレビをつける。すると、ニュースキャスターが神妙な面持ちで原稿を読んでいた。
『えー、速報です。先程午後四時二十分頃、東京都墨田区の公園で地元の高校に通う高校生が行方不明になっているとの事です。行方不明になっているのは
そのニュースを聞き、刹那の表情が曇る。思い出すのは自らが攫われたあの日。何故自分が連れ攫われたのか。何故父は殺されなければならなかったのか。誰が父を殺したのか。それらの真相は未だに闇の中となっている。
今朝、舞に言った、父を殺した奴に復讐するという気持ちに変わりはない、という言葉。確かにそれについては嘘偽りは無い。しかしどうすれば復讐出来るのか、それについては何も思いつかないでいた。
あの日の自分は攫われた恐怖に震え、犯人の顔すらまともに見れなかった。貴重な手がかりを自らの手で放棄した様なものだ。時が経つにつれ、その事が悔しく思える。
結局、今の自分は前に進みたくても進めず、かと言って後ろに下がる事もできない状態だ。ただの高校生にしか過ぎないのだから。
「オレはどうしたらいいんだよ……父さん」
虚空に向かって話しかけるが、当然答えは返ってこない。当然だ。その答えは自分の手で見つけなければならないのだから。答えが見つかる日は果たして来るのだろうか。それがいつになるのかは、まだ分からない。分からないけれど、必ず見つけて見せると、刹那は改めて心に誓うのだった。