あれは去年のミラの誕生日。両親も使用人達も、みんな揃ってミラが十五歳になった事を祝ってくれた。そんな最中、可愛い弟がとてとてと歩きながら二枚のカードを差し出してきた。
「おねえちゃん、おたんじょうびおめでとう!」
にっこりと眩いばかりの愛らしい笑顔を浮かべながら手渡してきたカードを、ミラは受け取る。
「これ、クリフが買ってくれたの?」
「あいっ! ボクね、いっしょうけんめいおこづかい集めたんだよ!」
幾ら家がお金持ちだろうと小学一年生が貰えるお小遣いの額など、ほんの僅かでしかない。それをクリフは全てミラの誕生日プレゼントのために貯めていたのだろう。それだけでも涙が出そうになるが、ミラは何とか堪えて受け取ったカードを見る。そのカードは『クリフォトン』という名の可愛らしいモンスターと『
「これって、お姉ちゃんのデッキに合わせてくれたの?」
「そうだよ! 二枚ともすごいけどね、『クリフォトン』はボクのおなまえが入っているんだよ!」
そう言われ、ミラはもう一度そのカードを見る。
(『
「ボクのおなまえが入っているからね、そのカードをおねえちゃんのお守りにしてほしいの!」
キラキラと目を輝かせる弟を、ミラは思いっきり抱きしめてあげる。
「クリフ、ありがとー! お守りだけじゃなくて、ちゃんと使ってあげるからね」
「えへー。おねえちゃんだいすきー」
「お姉ちゃんもクリフの事大好きよー」
そんな姉弟の様子を、周りは微笑ましく見つめているのだった。
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ミラとバザンのデュエルが続く中、ギラスの店舗内にある女子トイレの入り口のドアが僅かに開いている。そこから二人のデュエルを覗く女性の姿があった。
「あの金髪の娘、結構出来るね。もしかしたらこの店に私の探すデュエリストが……ううん、考え過ぎかな」
そう言いながら、女性は懐から一枚のカードを取り出した。そのカードには『ティマイオスの眼』というカード名が書かれていた。
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ミラのフィールドに召喚された『銀河眼の時空竜』は大きく咆哮する。現状ではミラがやや有利に立ったか。しかし、これだけで安心するのはまだ早い。ミラは相手のターンが始まるのを今か今かと待つのだった。
ミラ:LP5100
手札:0枚
場:銀河眼の時空竜(ORU:2)
バザン:LP5200
手札:1枚
場:デーモン・ソルジャー、伏せ1枚
「私のターン、ドロー。手札から魔法カード、『トレード・イン』を発動。手札のレベル8モンスター『ヘル・エンプレス・デーモン』を墓地に送り、デッキからカードを二枚ドローさせてもらう」
手早く手札の交換を行うバザン。しかし、ドローカードを確認しても表情が動く事は無かった。
「『デーモン・ソルジャー』を守備表示に変更。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」
これと言った大きな動きは見せてこなかったが、リバースカードの存在は気になる。『トレード・イン』で落とした『ヘル・エンプレス・デーモン』を復活させるカードか、それとも攻撃に対応するカードか。
「私のターン、ドロー。このカードは……」
ドローしたカードを見て、ミラはクリフの方を見る。クリフの方は小首を傾げるだけで、よく分かっていないようだった。
「『銀河眼の時空竜』で『デーモン・ソルジャー』を攻撃!」
『時空竜』のアギトが大きく開かれ、赤い螺旋状の閃光が放たれる。『デーモン・ソルジャー』は主を守る様にその攻撃に飛び込み、命を散らせた。
「ターンエンドよ」
「私のターン、ドロー」
ドローしたカードを確認すると、バザンは口元に笑みを見せる。
「ふ、一気に行かせてもらうぞ。まずは二枚の永続罠、『悪魔の憑代』と『リビングデッドの呼び声』を発動する。『リビングデッドの呼び声』で墓地の『ヘル・エンプレス・デーモン』を攻撃表示で特殊召喚」
墓地より這い出てきたのは、毒々しいカラーリングが特徴的な、女性のデーモン。黒髪は豊かに舞い、手にしている錫杖の様な武器を振りかざす。表情は仮面に隠れているので窺えないが、口元には不気味な笑みを張り付けている。
「更に『悪魔の憑代』の効果発動。『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』をリリース無しで召喚する」
天より黒い雷が飛来し、バザンのフィールドに直撃する。そこから舞い上がった黒煙を振り払う一筋の剣閃が見える。その中から現れたのは、四本の角を持つ大柄なデーモン。
胸と腹の辺りに紅玉を埋め込み、膝には悪魔の顔を持ち、重々しく玉座に鎮座するその姿は正に皇の名に相応しい風格があった。
「ふーん。この二体があんたのエースって訳ね」
その通りだ。ジェネシスとエンプレス。この二体でお前を深き闇の深淵に落とす。『ジェネシス・デーモン』の効果発動。一ターンに一度、手札か墓地のデーモンカードを除外することでフィールドのカードを一枚破壊する。墓地の『デーモン・ソルジャー』を除外し、『銀河眼の時空竜』を破壊」
『ジェネシス・デーモン』が墓地に行った『デーモン・ソルジャー』の魂をその黒と赤に塗られた大剣に吸収し、エネルギーとして放つ。それは『銀河眼の時空竜』の体躯を直撃し、見る見るうちに溶かしていった。
「『時空竜』!」
ミラの叫びも空しく響くだけだった。これでミラのフィールドにモンスターはいなくなってしまった。
「まさかこれで終わりか? 『ヘル・エンプレス・デーモン』でダイレクトアタック」
『ヘル・エンプレス・デーモン』が自らの武器に黒い稲妻を集約させて放つ。その速度はかなりのもので、気づいた時にはミラの眼前に迫っていた。
「っ! 手札の『クリフォトン』の効果発動! ライフを2000払ってこのカードを墓地に送る事で、このターンに私が受けるダメージは全て0になる!」
ミラの手札から現れた、小さなモンスターが『ヘル・エンプレス・デーモン』の攻撃を受け切る。そして光のバリアを張って、ミラを守る。
「ボクの『クリフォトン』がおねえちゃんを守ったー!」
クリフがバンザイするのが見える。このターンを凌いだが手札は使い切ってしまった。バザンの口元には再び笑みが浮かぶ。
「やはり、そう簡単には終わらないか。そうでなくてはな。ターンエンドだ」
ミラ:LP5100→3100
手札:0枚
バザン:LP5200
手札:1枚
「私のターン! 手札から『貪欲な壺』を発動。『銀河眼の時空竜』と『輝皇帝ギャラクシオン』をエクストラデッキ、『フォトン・スラッシャー』、『フォトン・クラッシャー』、『銀河の魔導師』をデッキに戻して二枚ドローする」
それぞれのカードを指定された場所に戻し、デッキから新たなカードを得る。その二枚を手にしたミラの判断は、早かった。
「墓地の『クリフォトン』の効果発動。フォトンモンスターである『フォトン・チャージマン』を墓地に送り、このカードを手札に戻す。カードを一枚セットして、ターンエンドよ」
「私のターン、ドロー」
ミラの手番を見届け、デッキからカードをドローしたバザンは何とも言えない様な表情を見せる。
(ふむ。これで次のターンも最大のダメージ量は2000となることが確定したか。歯痒いな)
「『ヘル・エンプレス・デーモン』でダイレクトアタック」
「手札の『クリフォトン』の効果発動。もう言わなくてもいいわよね?」
先程と全く同じ光景が繰り広げられる。しかし、これによってミラのライフは1100にまで減少した。これで回収したとしても、『クリフォトン』の効果を使う事は出来なくなった。
「メインフェイズ2に入り永続魔法、『強欲なカケラ』を発動してターンエンドだ」
「そのエンドフェイズに罠カードを発動するわ。『活路への希望』。私のライフが相手より1000以上少ない時、ライフを1000払って発動できるカード。ライフ差2000ポイントにつき、カードを1枚ドローする。私とアンタのライフ差は5100。よって2枚のカードをドロー」
新たに二枚のカードを得たミラだが――。
「『活路への希望』のコストでお嬢様のライフが100に」
「おねえちゃん……」
自らを断崖絶壁に追い込んだ形となった。しかし、ミラは不敵に笑う。それをバザンは怪訝そうな表情で見る。
「ほう、もうライフは風前の灯だというのに良くそんな表情ができるな」
「当たり前よ。私はアンタに勝つんだから」
「言ってくれる。この状況からどう覆す気だ? 改めてターンエンド」
ミラ:LP3100→1100→100
手札:2枚
バザン:LP5200
手札:1枚
「私の、ターン!」
ミラは空気を切り裂く勢いでカードをドローする。その気迫に、デッキは応えてくれるのか――。
「行くわよ。魔法カード、『未来への思い』を発動。レベルの異なる三体のモンスターを攻撃力0、効果を無効にして特殊召喚する。私が特殊召喚するのはレベル1の『クリフォトン』、レベル4の『ギャラクシー・ドラグーン』、そしてレベル8の『銀河眼の光子竜』!」
次々に現れる、三体のモンスター。しかしその力を活かす事は出来ない。
「そんなのでどうするつもりだ?」
「これは下準備よ。魔法カード、『ギャラクシー・クィーンズ・ライト』発動! 私のフィールドにいるレベル7以上のモンスターを選択する。私のフィールドにいる全てのモンスターのレベルは選択したモンスターと同じになる! 選択するのは勿論、『銀河眼の光子竜』!」
「これにより、『ギャラクシー・ドラグーン』と『クリフォトン』のレベルは8になる……まさか!」
「そう。私はレベル8の『銀河眼の光子竜』と『ギャラクシー・ドラグーン』、『クリフォトン』でオーバーレイ!」
『銀河眼の光子竜』は竜を象った光となり、他の二体も閃光となって異空間へと飛び込む。異空間から赤き光が漏れ出し、爆破を起こす。
「逆巻く銀河よ、今こそ怒涛の光となりて、その姿を現すがいい! 降臨せよ、私とクリフの魂! 『超銀河眼の光子龍』!」
現れたのは、赤い光を纏った、巨大な龍。何枚も生えた翼の付け根部分には頭部が二つ存在し、三つ首の様に見える。赤い光を周囲に放ちながら、その龍は大きく咆哮する。するとバザンのモンスターが苦しそうに膝を着き、発動しているカードは力を失う。
「『銀河眼の光子竜』をエクシーズ素材としてこのカードをエクシーズ召喚した時、フィールドに存在するこのカード以外のカード効果を無効にするわ。そして『超銀河眼』で『ヘル・エンプレス・デーモン』を攻撃!」
三つの頭部から赤いエネルギーが集束し、巨大な閃光となって放たれる。その閃光は『ヘル・エンプレス・デーモン』を瞬く間に飲み込み、有無を言わさずに葬った。
「ぐおおおおっ!?」
バザンが大きく体を仰け反らせる。攻撃力が高い分、受けたダメージはかなり大きい様だ。
「カードを一枚セットして、ターンエンドよ」
ミラ:LP100
手札:0枚
バザン:LP5200→3600
手札:1枚
「ぐ、お……私のターン!」
多少よろめきながらも、バザンはカードをドローする。そしてそのカードを見るやいなや、すぐに叩き付けた。
「これで終わりにしてやる。二体目の『ジェネシス・デーモン』を自身の効果を使ってリリース無しで召喚!」
もう一体の『ジェネシス・デーモン』が出現し、元からいたもう一体の隣に鎮座する。
「今召喚した『ジェネシス・デーモン』は効果を使用できる。よって効果発動! 墓地の『ヘル・エンプレス・デーモン』を除外して『超銀河眼の光子龍』を破壊する!」
『ジェネシス・デーモン』が『ヘル・エンプレス・デーモン』の魂を大剣に吸収し、放つ。『超銀河眼』はその魂の怨念に飲み込まれ、消滅していく。
「そんな!」
「おねえちゃん!」
メイレンとクリフの悲鳴に近い声が聞こえる中、ミラはリバースカードを翻した。
「罠カード、『
「何!?」
『超銀河眼の光子龍』が存在していた場所に、黒い渦が発生する。その渦は瞬く間に巨大化していき、バザンのフィールドに存在しているモンスター、カードを全て飲み込んでいく。渦が消滅すると、バザンのフィールドには何も無かった。まるで焼け野原の様に。
「馬鹿な……こんな事が。ターン、エンドだ」
「私のターン。ドローフェイズ時に墓地の『時空混沌渦』の効果発動。通常のドローを行う代わりにこのカードを除外することで、墓地のギャラクシーエクシーズモンスターを一体、特殊召喚するわ」
「なん、だと……?」
絶望に満ちたバザンの表情。その中で、ミラは叫ぶ。
「再び降臨せよ、私とクリフの魂! 『超銀河眼の光子龍』!」
墓地より甦る、魂のモンスター。これで勝負は決した。
「さあ、地獄に堕ちる準備は出来ているかしら!? 『超銀河眼の光子龍』でダイレクトアタック!」
赤い龍から放たれる、高次元のエネルギー砲。それは真っ直ぐにバザンへと向かい、文字通り引導を渡した。
「ぐ、あ……ぐああああ!?」
バザン:LP3600→0
「おねえちゃんが勝ったー! ばんざーい!」
クリフが思い切り万歳をしている。そんなクリフの許にミラは寄っていき、抱きしめてやる。
「あぅ?」
「ありがとね、クリフ。クリフがくれたカードのおかげでお姉ちゃん勝てたんだから」
「えへー」
嬉しそうに胸に顔を埋めるクリフの頭を、ミラは思い切り撫でてあげる。
「相変わらずお熱いことで」
舞が呆れ半分といった形で言ってくるが、そっちには言われたくないというのが本音だ。
「ったく、ライフの大半を自分から削りにいくなんて危なっかしいデュエルしやがる」
「ふふ、お嬢様らしいですけどね」
刹那とメイレンもミラを労う。ミラはクリフを解放すると、倒れているバザンの方を見る。
「さ、どうするのかしら? 店の修理もそうだし、クリフに手を出しかけたことも。どう詫びるつもり?」
「ぐ……」
よろめきながら立ち上がるバザン。しかしその瞬間。バザンのデッキから光が放たれた。
「っ!?」
あまりの光の強さに目が眩む。次に聞こえてきたのは。
「ま、待ってください我が首領! もう一度、チャンス――」
何かに向かって懇願するバザンの声。しかし、それが突然途切れた。光が収まると、そこにバザンの姿は無かった。
「き、消えた!? 一体どこに」
「お、お嬢様、床を見てください!」
メイレンに言われて床を見る。バザンがいた場所に一枚のカードが落ちていた。それを拾い上げてみると。
「これ、アイツじゃない……」
そのカードには確かにバザンの姿が描かれていた。突然の出来事に、その場にいた全員が何が起きたのか理解できないでいる。
「な、なぁ。もしかして、あいつカードになったんじゃ」
「な、何言ってるのよ刹那。そんな漫画やアニメの世界じゃないんだし」
「それがあるんだよね」
突如として聞こえてきた第三者の声に、皆が振り返る。声がしたのはトイレのある方角からだった。そこにいたのは、深い森林を思わせる緑色の髪を持つミラ達と同年代に見える女性。薄い紫の瞳は宝石の様に輝いて見える。
ジーンズジャケットを着込み、ショートパンツとニーソックスの組み合わせにより、程よく肉付いた太ももを惜しげも無く晒している。
「ここからは、私が説明するよ」
そう言うと、女性は周囲を見渡すのだった――。